2013/10/31

2013年10月の雑記

  2013年10月の雑記。(→2013年11月2013年9月


  10/31(Thu)

  【 もやもや 】
  ご自身がよく知らない(と思われる)趣味嗜好のことを、単なるオーソドックスな嗜好に対する「逆張り」と見做して見くびったり、あるいは「コミュニティ依存的」だとして(しかもそれを非本来的なフェイクだとして)軽侮するのは、さすがに公平な態度とは思えない。人の趣味嗜好は、オーソドックス(または多数派的)であろうが無かろうが不当なものになるわけではないのだし、また、その嗜好を身につけるに至った過程が生得的なものであろうが自発的乃至内在的なものであろうがあるいはなんらかの外在的契機(なんらかのコミュニティへの同一化を含む)によるものであろうがその趣味自体が偽物になるというわけではないし、ましてやそのような違いはその趣味を第三者が単なる錯覚や妄信でしかないと断じることを正当化するための理由を提供するものではない。他人の自律的な趣味判断に関する事柄であり、しかもその中でも性的嗜好の一つに関するものであれば、尚更だ。……ちょっとこれは無いなあ。
  もしかしたらもっと慎重かつ公平な熟慮に基づいた思考の表出がたまたまそのように読める文面になってしまっただけだという可能性も考慮すべきだが、しかし文面は「真に受けてしまう」「イワシの頭も信心」といった非常に一方的なバイアスを示唆する表現に漬かりきっていて、そのような公平性の余地を見出すのはほとんど不可能なように思われる。もう一つ考えられるのは、別の特定の(それ自体おそらく偏っているであろう)発言に対するリアクションとしてそうなったという可能性だが、もしもそのような背景事情があったとしても、このような発言にまで至らせてしまうほどの理由乃至事情の具体的可能性は依然として私の想像力の埒外にある。
  ほんとうに、いったいなんでこんなことを言ってしまったの? ここ半年くらいで急激にこの種の粗漏な発言を零されるようになっている方なので、正直にいえば心配でもある。



  10/29(Tue)

  【 FAVORITEブランドについて少々 】
  以前は、クリアしたタイトルはアンインストールすることで気持ちに区切りをつけるようにしていたのだが、最近は、あまりに面白すぎてアンインストールできないタイトルが増えている。『ウィズアニ』も、アンインストールする気になれず、デスクトップにずっとアイコンを残している。
  起動時のシークエンスも秀逸なので、本編――あの少々だるい本編――はプレイしなくてもそこだけを見返してしまうことがある。起動すると、いきなりBGM「はじまりのせかい」がジャリーンと鳴り響き、その重々しいBGMをそのまま鳴らし続けながら、ブランドロゴ表示を挟んでタイトル画面まで一気に持って行く。ありがちに思えるかもしれないだが、このBGM継続は、実はコンピュータAVGでは非常に珍しい。そしてタイトル画面も、右側を塔に臨みながら、2006年当時の最新技術である微速スクロールを誇示しつつ次第に街の全景を見せていく。しかも、興味深いことに、このタイトル画面の背景画像は、本編中でも、あるイベントCGの一部として使われる(――FAVORITEブランドの美術設計についての一枚目のスクリーンショットを参照)。
  それにしても、ディレクターの水間氏にはテキストを刈り込ませることを覚えていただきたい。『ウィズアニ』といい『星メモ』といい『いろとりどり~』シリーズといい、それらのテキストは不必要に冗長とは限らないのだが、そして部分的には隠しヒロイン導入というユーザーサービスの結果でもあったりするのだが、しかし「見て取れる作品コンセプトのサイズ感に比して長すぎる」という印象が否めない。『いろとりどり~』FDについても、脚本家から上がってきたテキストが多すぎることについて「うーぶり屋」22回(つまり杏子氏がいらっしゃった回)で言及されていたが、氏の対応はどうやらただ苦笑いしてそのボリュームを受け入れるしか出来なかったようだし。
  「うーぶり屋」で使われているBGMは、FAVORITE作品のBGM群からいろいろ取ってきているので、ラジオを聴いているとふとした瞬間にゲームの印象がフラッシュバックしてきて、自分の中で気持ちが混乱したり、もやもやしてしまったりする。


  【 PCゲーム名画百選 】
  「PCゲームの名画百選」みたいなのをやってみたいと思うことがある。べつに100枚に限定する意味も無いし、本当に実現してやろうという意欲は持っていないのだが、これまでに見てきたイベントCGの中で特別に秀逸なものを挙げて並べてみたら、あるいはそれを大きなサイズで印刷して展覧会のように出来たら、と夢想してみることがある。「あの絵は良かったよねー」「この絵は構図が素晴らしくてねー」「この絵の背景が実に美しくて……」「ここの質感が……」「えろいよねー」と頭の中で一人会議をしている。
  PCゲームの一枚絵は、これまで何枚制作されているだろうか。大雑把に計算すると、一年に平均600タイトル、そのうち3割が低価格だと仮定すると、一タイトルあたりのイベントCG枚数は平均72.5枚(95*0.7+20*0.3)、そして1998年(16色から256色化した時期)からの15年間で考えるとすると、これまでアダルトPCゲーム業界が作り出してきた一枚絵の総数は652500枚(※差分含まず)。控えめに見積もるとしても50万枚以上にもなる。……すごいや。
  もちろん、その中で私が実際に見たCGはごくわずかでしかないが。今し方フォルダ情報をチェックしてみたら、これまで撮ってきたスクリーンショットは8万枚以上(8GB以上)にもなっていたが、しかしながら一枚絵の差分変化を複数枚撮ったものもあるし、もちろん一枚絵以外も大量に撮っているので、実際のところ、私が今すぐに提示できるCGはほんの少ししかない。他方で、一枚絵だけでなく、背景画像や立ち絵シーンのSSにも良いものが大量にあるので、名場面回顧はいよいよ(幸せにも)頭を悩ませることになる。
  まあ、さすがにベッドシーンのCGは出せよう筈がないんですけどね。


  【 攻略の意義 】
  一般的な傾向としていえば、どんなタイプのゲーマーの言葉(例えば個別ゲーム評)が最も信頼出来るかというと、大量にゲームをプレイしている人よりも、特定ジャンルに一家言あると自負する人よりも、攻略サイトを作っている方が一番だと思っている。ただ単に自力攻略するだけではなく、攻略記事を作って公開する人というのは、1)きちんと作品の仕組みに意識が届いており、2)その構造に踏み込んで正確に理解しており、3)そしてその中で記事として公開する価値のある事柄についての重要性の選別をしており、4)ただプレイするだけではなく「攻略」について独自の視座を持っており、5)攻略のプロセスで作品全体をきちんと把握していなければならない、ということだから。実際には、攻略を早期公開するためにテキストはあまり読まないという方もいたりするので、絶対に正確だとは限らず一定程度割り引いて考えねばならない場合も間々あるが、しかし全体としては彼等の言葉にはしばしば傾聴に値する示唆があり、そしてそれゆえ彼等のテキストは慎重に読まねばならない。……そして私も、攻略に関するスキルはまだまだだが、できればそのような深度と正確さを、攻略を通じて獲得していきたいと思っている。
  もう一つ、ゲーム制作経験のある人(ゲームスタッフ)の言葉も、非常に的確で、しばしば含蓄に富んでいる。ただし彼等の場合は、立場上言えないことも多い筈だし、また、立場上不可避的なバイアスも生じているが。
  その正反対の位置にいるのが、批評への志向をもってゲームに口出しする連中。彼等の発言は、しばしば不正確であり、作品内容よりも作品外の文脈に左右されがちであり、往々にしてその発言の「大きさ」に比してゲームに関する知識は乏しく、参加的マルチメディア作品に向き合っていながら(いろいろな言い訳をしつつ)テキストを読むことにしか関心を持たず、そしてなにより、平気で嘘をつく。そうした意欲がPCゲームに対する注目を喚起することに部分的に寄与したことは認めるし、また90年代後半頃に盛り上がったそれらの議論は(その対象はごく一部のタイトルのみに極端に限定されていたが)個別作品のテクスチュアに即した詳細なものになり得ていたが、しかしながらとりわけ00年代半ば以降、そういう余計な色気に導かれている人たちは私の中ではゲーマーとして最も低い地位にある。


  レアタイトル(希少性のある、あるいはただ単にプレイしている人が少ない作品)はあまり持ってないなあ。SHCを全部持っているくらいというなら、同じような人はたくさんいるだろうし。SLG作品だと『とびっきりRUIN』(2000)も『花暦』(2000)も良い作品だったし、『Dearest Vampire』(1999)も吸血鬼との恋愛をストレートに扱ったものだった(――たしかフラグのバグでコンプリートできなかったが)。青山氏初期(PL+US時代)の『蒼刻の夜想曲』『想い出の彼方』も趣があってなかなか良かった。ミステリの『とおりゃんせ』も、後から買ったが、2000年当時のピーチ声優を聴けるという意味でもわりと印象に残っている。『奪還機構ラヴネイティア』(2003)とか『娘3動物園』(2002)とかは、今でも(中古で)入手できるんだろうか。『黒の図書館』(2003)はライター陣に伊藤氏や日野氏がいて面白い。『Apocalypse』(2003)は、かんたか氏を知ったタイトル。『陽だまりの陰で』(2003)では、秋華氏を知った。……十年前までのタイトルで見ると、せいぜいこんなところだろうか。どれも良い作品だが、パッケージを他人に見せて驚いてもらえるようなものではないだろう(――それだけなら、『さよならを教えて』を出せば済むことだ)。



  10/28(Mon)
  自分と同じ名前のキャラクターは、一度だけ遭遇したことがある。幸いにして出番の少ないサブキャラだったので、もやもやすることは無かったが。ただし、弟と同じ名前(漢字も同じ)主人公のタイトルがあって、それは辛くてプレイしきれなかった。
  名前だけでなく名字でも、実生活上の特定の誰かをほんの少しでも連想してしまうのはたいへん辛い。とりわけ恋愛主軸のAVG作品に際しては、奇抜名前には、そういう不幸な符合を回避するというたいへん重要な効用がある(――もっとも、だからといって、最近のゆずソフトのように作為ばかりが目立って面白味の無いネーミングまで全肯定されるというわけではないが)。


  「痩せて美人になる」といったら『どすこい!女雪相撲』の蛇苺可憐さんだろうか。未プレイだが。


  【 図書館風景 】
  くっ……来月の『シオリノコトハ』を見逃していた。図書館ものですよ! どうやら最後に図書館炎上しそうですよ!(※getchuにそれらしきサンプルCGがある)
  図書館シーンが含まれるタイトルはわりと多い(数え切れない)が、図書館が物語の主要舞台になるタイトルは少ない。古い例では『黒の図書館』とか、あるいは図書委員たちの『まじのコンプレックス』とか。司書さんキャラも多いようで実は少ないし……。『ピリオド』の加賀宮鈴さんも、図書室に出没していたが、図書委員ではなかった筈。まあ、個別のシーンとしてならけっこう頻繁にあって、『水月』で那波さんに襲われるシーンとか、『夏めろ』で委員長さんの本性の扉を開いてしまったシーンとか、『恋色空模様aheh』で清美さんに蹴り飛ばされるシーンとか、『アトラク=ナクア』でサチホが好き放題なことをするシーンとか……いやいや。『片恋い』で三笠部長と図書館でとか、『終末の過ごし方』の敷島緑さんと図書室で待ち合わせとか。たしか『WHITE ALBUM』や『Crescendo』にもあった筈。『プリンセス小夜曲』や『シュガーコートフリークス』では師匠キャラの書庫を掃除させられたり。『腐り姫』では西田ヴォイスの従姉キャラと一緒に役所の資料を調べたり。『瀬里奈』では図書室の代わりに夏の暑い土蔵で古文書を調べていて、そこに青山ヴォイスの瀬里奈さんがお茶を持ってきてくれたりして……。わりと記憶に残っているものだなあ。
  SFCの『悪魔城』にも巨大な図書館ステージがあった。あの雰囲気も好き。


  あ、れ……? ぱれっとの「スタッフ日記」[ www.clearrave.co.jp/diary.html ]コーナーが、いつの間にか消滅しちゃってる……。「スタッフブログ」に移行したということなのだろうけど、「ヤス」ディレクターの近況とか「ん。」氏のゲーム日記とか「たまひよ」氏のイラストとかがあって楽しかったのに、そのログが失われてしまうのはもったいない。イラストはローカル保存していたし、ページ自体は一応、Internet Archivesで擬似的な閲覧が出来るけれど。


  そういえば私がtwを開始したのはもう4年前(の今日)だった。丸2年も保たなかったが。
  このブログを開設したのは6月5日で、偶然にもその日はどうやら何人かの声優さんの誕生日でもあったらしい。その偶然のおかげでそのままついなんとなく(舌の根も乾かぬうちに)ブログ活動を再開してしまったのだけど、もしもあの偶然が無かったら、このブログのアドレスを取っておくだけで私はずっと沈黙したままでいたかもしれなかった。
  ちなみに、前のブログを開始したのは9月24日。これは(私の中では)別段特別な日付ではない。サイトの攻略コーナーを開設したのは12月1日。惜しいことに、あと一日遅らせていれば『Canvas』に出演された友永氏のお誕生日に当たるところだった。
  前のブログをやめたことは、一つにはあの演出技術論の枠組――の中だけで思考すること――をいったん放棄する機縁になったという(予期していなかった、いわば副次的な)メリットがあった。個別的知識の集積としては今でも適宜利用しているが、しかしあれはけっして思考の出発点にすべきものではなかった。追うべきは体系ではなく、個々の作品であり、そしてそれらを縫いあるいはそれらの織地を構成するいくつもの糸でなければならなかった(――とはいえしかしただし、あの演出技術論を各論単位でもっと詳しく展開していくことにも意味はあり、そしてそれらはほとんど着手されていないままなのだが)。
  あと、tw時代に書き散らしたものを再整理する仕事も、早いうちに手をつけていきたい。


  「ソフマップPCゲーム情報最前線|四方山バックナンバー(2002)」(5月24日付)
  背景画像の中に人物を描き込む(嵌め込む)という『腐り姫』のアプローチ(cf. 演出論Ⅳ-4-1β)は、企画者によれば本作の独創ではなくelfの先行作品に倣ったものだというが、具体的にどの作品のどのような構成のことなのか私には分からない。


  今月は記事数15……こんなことに時間を費やすよりもゲームをすることに時間を使いたい。来月は四日に一本くらいのペースに収めたい。とりあえず、今月はもう新しい記事は書かない。


  アニメの話だが。『SW』を観た後はしばしば、「下に何も穿かずに外に出てもいいんじゃないか、それが普通なんじゃないか」という錯覚に陥りかけてしまう。いつか本当に下半身が下着一枚(作中ではあれは「ズボン」扱いだけどな!)のままで外出してしまいそうで……自分が怖い。



  10/27(Sun)
  というわけでショタエルフたちと幸せに暮らしております。新記事:「『ひなたのつき』短評

  「エルフは食事をしなくてもいい」→「排泄もしない」→「局部もきれい!」ということか。

  上の記事でも『翠の海』に言及したが、実際、Cabbit好きの心の琴線に触れるタイトルだと思う。


  うんざりしつつ、新記事:「ClochetteのCGワークの問題



  10/25(Fri)
  『ひなたのつき』のような作品は買っておかねばならない。よくもこんなコンセプトの作品をフルプライスで出せたものだと感心させられてしまうが、しかし同時に、ニッチはニッチなりに狙い澄まして上手いところを突いているとも思わされる。
  緑色のパッケージといって思い出せるのは、若草色の『よつのは』、オリーブドラブの『巣作りドラゴン』、深緑の『書淫』、おなじみ『CloverPoint』、『おしえてRe:メイド』、あとはせいぜい『残暑お見舞い申し上げます。』くらいだろうか。『花咲く乙女と恋の魔導書』とかもそうだったかなあ。『巫女さん細腕~』は本編かFDのどちらかが緑色でどちらかが水色だった筈。


  最近のPCゲームは、キャラデザも着彩も服飾も背景もすべてが飛躍的にレベルが上がっていて、作品紹介ページを見ているだけでどれも欲しくなってきてしまう。人一人の人生の時間は限られているというのに……。購入計画のためにgetchuの発売予定表から個別タイトルへとページ遷移を繰り返しているだけで無上の幸せに包まれる。
  そしてこの観点でみれば、新規ブランドでもクオリティの面では大手ブランドに遜色ない水準を達成していると言うことができる。おそらくツールの発達やノウハウの普及といった技術的側面の進展があると想像される。広報面では大手ブランドとの間に資金力の差も出るだろうが、新作を満遍なくチェックしていくゲーマーが多ければ多いほど、新規ブランドのチャンスは広がっていくことになるだろう。
  一昔前であれば、新規ブランドの作品は――あるいは有名ブランドの作品ですら――、バグの危険に恐れ戦きながら、融通の利かない鈍重なインターフェイスと格闘しつつ、属性分類で機械的に割り振られたかのようなヒロインたちのぎこちない原画と洗練されないキャラ塗りと薄っぺらい背景を受け入れて、立ち絵や一枚絵の差分もほぼ皆無で輪郭はジャギーだらけ、もちろん立ち絵演出やカメラワーク演出は皆無、貧弱な機材で作られた数少ないBGMと低音質なヴォイスの中に、そこに表現されたものをなんとか楽しむといったような状況は、けっして珍しいものではなかった。もちろんそのような環境でも野心的なコンセプトや素晴らしいCGワークや巧緻なゲームシステムや名場面の名演技は無数に存在して、だから十分に楽しかったし、だから私は当時からゲーマーであり続けてきた(年齢は聞くな!)のだが、アダルトゲーム十年がどれだけの蓄積を、どれだけの洗練を成し遂げてきたかを振り返ると、そして――制作者たちの努力のおかげで――いつの間にか私たちゲーマーがどれほどの高みにまで連れてこられたかに気付くと、本当に目もくらむような思いがする。特に背景美術と演出そして音響表現の三者は飛躍的に進歩を遂げてきたが、キャラデザの繊細さや服飾表現の豊かさなども素晴らしい。


  うーん、feng新作も買っておくべきだったか。
  「青山氏といえば巫女キャラ」という連想は、どこから来ているのだろうか。『神楽』シリーズの葉子さん、『宵待姫』の若葉さん、それから『朝凪のアクアノーツ』の友里子さんまでは思い出せるけど、実際にはそんなに巫女役は多くないかもしれない。上品なお嬢様キャラ(例:『花と乙女に祝福を』)や和服美人キャラ(例:『碧ヶ淵』)の役が多いので、つい錯覚してしまうのだろうか(――あと、よくわからないけどたぶん朱門優のせい。きっと)。出演リストをざっと浚ってみると、『巫女さんだーいすき』『妹巫女・萌』の2本の巫女もの以外は、『恋色空模様aheh』だけ? 和風神格キャラの『彼女は高天に祈らない』及び『とっぱら』も一応。まだ他にも何人かはいそうだが、それでも400本ほどもある青山氏の出演歴全体の中で見れば「巫女キャラが多い」とまではおそらく言えない。


  ゲームではないが、今日の抱腹絶倒テキスト。
  「カマキリオスは頭部がなくなると生殖能力が上昇する」
  こういう不条理一歩手前のフレーズに弱いんです。


  10/24(Thu)
  あるこっとないこっとラジオ。今回は密度があって好感触。
  ALcot HC新作の前に、『Theガッツ!』最新作もプレイしておきたい。まさかあんなところに大槻氏がいらっしゃるとはまったく想像できなかったもので……。

  FD制作するための敷居が下がっているというのは予想されたことだが、「本編が8000本売れれば」と聞くと、先日の「FD制作は減っているのか」記事を思い出していよいよ不思議になった。セールスランキング等に鑑みて、記事で挙げたブランド群の新作が1万本を割り込んでいるとは考えられないし、他方で経済的事情以外でFD制作を制限する方向に作用する要因というのも思いつかない。例えば人材面の逼迫という可能性も考えにくい。いったい何なのだろうか。もしかしたら「FD制作の消極性」仮説は、誤謬であるかあるいは少なくとも一時的な躊躇を表しているだけなのかもしれない。


  ここ数年は、発売前のデモムービー(OPムービー)を観ることがほとんど無くなっていた。ゲーム本編とはずいぶん趣の異なったコンテンツではあるものの、DLしたムービー群を連続で観ていると、PC(美少女)ゲームの美しさと楽しさをシンボリックに抽出した部分に触れるようで、ほとんど陶酔的な気分にすらなれる。


  『Forest』がMgStr誌に収録されるのだとか。このタイトルは素直に好きとは言いがたいし、「改賊」パートのように誉められないセンスのところもあるけれど、やはりこの作品でしか味わえないユニークな体験もあるので、どうしても無視することはできない。私は(後から)パッケで買ってプレイしたし、たしかDL販売もされている筈だが、それでも作品へのアクセス手段が増える(プレイする機会が増える)のは良いことだ。みる氏のやさぐれキャラを堪能する機会としても。
  そういえば、みる氏のLiar-soft出演は、これと『SEVEN-BRIDGE』(ジェーン役)の2本だけらしい。どちらのタイトルも、みる氏の非常に尖った演技(役柄の意味でも、そして芝居の質においても)を聴くことができて実に貴重なのだが、それ以降、Liar-softでのみる氏のそういうお芝居を聴く機会が絶えて久しいのはあまりにももったいない。


  [ www.hs-crowd.co.jp/anim/product/pro_pc/pc036/img/cg02b.png ](※アダルト注意
  ベッドシーンで男の人が身体を半透明化させたり局部だけを浮遊させたりするスキルを発揮するのは知っていたが、まさかこんなふうに一部分だけを完全透明化させることもできたとは!w


  隠しヒロインの記事は、当初はだいたいのところを記憶頼りで書いたのだが、ggってみたらそれら以外にもいくつもの例が挙がっており、「今後の課題」がまた増えてしまった。『十六夜の花嫁』は未プレイだったし、『ひめごとユニオン』も未プレイ。『月に東に~』の秋山さんと広瀬さんのことを「隠しヒロイン」と呼んでいるサイトがあったが、隠しヒロインなんだっけ? フラグ劣位ヒロイン(いわば準ヒロイン)ではあったけれど、ヒロインであること自体が事前広報段階で隠されていたかどうかは憶えていないし、確かめようもない。『まほこい』の夕姫についても「隠しヒロイン」と述べているものがあっt…えっ……青山ゆかり氏だと!? ……いや、そういえば『瀬里奈』も2004年だし、この頃の青山氏はかぐや作品に出演されていたのだった。
  そんなこんなでいろいろ書き足していたら文字数が当初の倍になってしまっていたりする。元々は、「知っているかぎりの隠しヒロインたちをばらしてやろう」というただの一発ネタのつもりで書き始めたものだったが、予想外に関連する議論が多岐に亘り、そしてその内実も豊かなポテンシャルを持っていたことが、後から分かってきた。
  ちなみに、最後の文の「…を。…を。…を」は、すたじおみりすのキャッチコピー「Hと、笑いと。そしてちょっぴり純愛を。」(だったと思う。正確には憶えていないのでggって確認した)の密かなパロディのつもり。



  10/23(Wed)
  わふわふ、きゅーん。



  10/22(Tue)
  よんどころない事情により、昔のtwアカウントにログインする羽目になった。パスワードをすっかり忘れていて、思い出すのにかなり苦労した。あのアカウントはあのまま沈めてしまうつもりだったのだけどね……。懐かしむ思いを抑えきれず、TLをちょっとばかり遡って閲覧してみたら、なんとも言葉にしがたい感情が……。それと同時に、「これを機会にブロックしてやりたいなあっ」と思うものもあったが、自重した。もちろん投稿などはしない(このブログのことを、というか私自身の消息を、お伝えしたい方はたくさんいるのだが!)し、用が済んだらすぐにログアウトしてそして今度こそ永久に封印したい。


  excitemailが新システムに移行するのだそうで。怖いのは、自動移行までの60日間にログインしていなかったアカウントはメールデータを削除されるというところ。サイトの方で連絡先として置いておくために取っていたフリーメールなので常用はしていないのだが、放置していたらあやうく削除されてしまうところだった。
  ちょうど三日前にも書いたとおり、アカウントの長期維持保証の無いサービスは本当に危険だ。




  10/21(Mon)
  「夏野こおりの、のんびりスポット。裏山ー!」(リラリラ#23をまた聴いているところ)
  西田氏の超天然発言で、まき氏が絶句するという、驚天動地の奇跡的な瞬間もあったり。

  webラジオを聴いていて、よく思うこと。
  笑い声の気持ち良い人たちってうらやましいなあ。そういう笑い声の、しっかりした呼吸や声の張りの良さや通りの良さは、部分的には本職声優としてのヴォイストレーニングの(副)産物でもあるのだろうけど、しかし部分的には天性のものでもあるように思える。文字で再現するのは難しいが、愛嬌のある喉声笑いの「くっくっくっくっ」とか、朗らかで力強い「あはははは」とか、おもいきり面白がっている様子が窺われる「うっふふふふふっ」とか、品のある含み笑いの「くふふふっ」とか、あるいは、笑い声を聞くだけで目の前に華が開くような「きゃははははは!」とか……。


  「隠しヒロイン」記事に関連して、ごく短いメモレベルの新記事:「FD制作は減っているのか



  10/19(Sat)

  【 西田氏と中原氏 】
  ゲームで西田氏の芝居を聴いていると中原氏のことを時折思い出すし、アニメで中原氏のお声を聴いていると西田氏をたまに連想する。単純に声色に似た雰囲気があるというだけでなく、線が細いようでいてピンと張った緊張感があるところもそうだし、もっと派手な芝居をすることもできそうなところであえてその抑揚をぐっと絞り込みつつしかしその天性のリズムと流れの良さは維持されているといった時などは特に。


  【 外国語での表現 】
  外国といえば、これまで書いてきたゲーム関係の記事を自分で英訳してここに再掲する――そうすることによって、もっとユニヴァーサルに記事を届けられる――という腹案も持っているのだが、まだ実現の目処は立っていない。たとえば演出論だけならほんの7万字弱だし、文章自体も翻訳しやすいような文体で書いているので、訳出のための手間や苦労はあまり掛からないだろうとは予想しているのだが。
  ゲームタイトルの英訳を考えてみるのもわりと楽しい思考実験だが、たまに難しいものがある。たとえば『触装天使セリカ』や『桃華月憚』のような複雑な造語は訳しにくいし、『るいは~』のように言葉遊び(日本語のダブルミーニング)が入っているものも表現しにくい。『残暑お見舞い申し上げます。』も、日本文化特有の季節感と日本語固有の定型句の双方を外国語で適切に表現するのは難しい。先月の『モーレツ☆にゃん×2クリニック 女医とナースがマンモスギザエロE』などは悪夢でしかない。『8665^2(ハルルコノジジョウ)』も、日本語での発音を知っていなければ意味を成さないので、どうしようもない。訳者の頭を――語彙選択の次元ではなく解釈的選択の次元で――最も悩ませるのは『プリンセスうぃっちぃず』かもしれないが(……いや、ロゴデザインの中に最初から"a princess, which is?"は入っていたか)。
  日本語の駄洒落やダブルミーニングや当て字の入っているタイトルも無数に存在するが、アルファベットのLEET表記の入っているタイトルもそこそこ存在する。『DUNGEON CRUSADERZ』、『AliveZ』、『らぶ2Quad』、『X Change』、『Close2U』、『XrossScramble』など。なかでも最も極端なのは『D+VINE[LUV]』であろうが、このブランドは『終末の過ごし方』の作中でもこの種の表記を用いた(――ラジオDJの台詞テキストは「フォーユー(for you)」を「4 U」のように書いている)。ナッドサットを作中で使用したのは、今のところ『BALDR FORCE』しか知らないが、他にもあるだろうか。


  『Duvas Rabies』などで原画担当されている藤井氏のことを考える時は、いつも「AUGUSTみたいな絵の人」というイメージを手掛かりにしてしまう。ちゃんと見ればずいぶん違うし、そもそも失礼だとは思うが、なんか、つい……。



  10/18(Fri)
  回復のため、この土日はゲームと睡眠しかしないことに決めた。


  新記事:「『水の都』舞台のタイトル、そのほか


  おっと、『木漏れ陽のノスタルジーカ』にも軌道エレベータが。


  「カルマル同盟(circle)」というネタはすでに使われていた模様。


  W大の某声優イベント、いかに大学生のすることとはいえ、主催者(団体)の名前すら出さないというのはいかがなものか。イベント公式サイトのF.F.というのがそれかもしれないが責任のある形で明示しているわけではないし、連絡先もgmail一つだけだし。それでいてチケット料金2000円というのは、学祭イベントとしてはずいぶんボっているように思える。ちゃんとした企業が主催した、内容の濃いイベント(=きちんとコストをかけて企画/広告/サービス/進行をデザインしたイベント)でも、このくらいのトークイベントではそれほど高額にはならないというのに、学生レベルのイベントではそんなにコストも掛かっていない筈だし、内容面のクオリティ(例えばプログラム自体も学生企画、司会者もおそらく素人学生でしょ?)に鑑みても、この料金設定は強気に出過ぎている。W大の施設利用料がそんなに高いということも無いだろうし……。そもそも「15号館」としか書いておらず、どの教室を使うかが明示されていない(教室割り当てもすでに確定している筈なのだが)というのは、一般向け企画の案内として非常に杜撰。そもそもW大全体がザルなのかもしれないが。



  10/17(Thu)
  いろいろ書きたいネタはあるのだが、あまり時間がとれず、なかなか果たせずにいる。
  twで書き散らしていたいろいろなアイデアも、一度丁寧に振り返っていくべきなのだが……。

  このblggrは、一つのgglアカウントで複数のブログを持てるのだが、プロフィール情報自体は個別ブログの上位のアカウント情報に属するため、各ブログ間で同一(単一)の管理者名が共用されてしまう。複数の名義を持って任意に使い分けるということができないのでは、複数のブログを作れることの実が上げられない(――こわいので試していないが、「プロフィール」上の名前を変えてしまうと、おそらく過去のブログ記事投稿者名も遡及的にすべて変えられてしまうだろう。もしも「その都度の投稿時点での管理者名で投稿者名が固定される」というのであれば、管理者が手間をかけることで、事実上、ブログ間で複数の名前を使い分けることが可能になるが……)。

  前のブログとの関係、あるいは前の対外的アイデンティティとの関係は、自分でもどういう方針でやっていくのかをきちんと決めてはいない。すでにこちらのブログの中でも前のブログと同一人物であることを含意した言及を行ってしまっているが、建前としてはあの名前は死んだものとして扱うつもりだし、あの過去の名前をふたたび名乗ることも無いだろう。他人が二つのブログの関係を、または二つのHNの関係をどう捉えてどう呼ぶか、あるいはこのブログのことをどのように言及するかはまったく自由だし、私自身もうこのブログから逃げることはしないつもりだが。

  こちらのブログでの名前も、実はまだちゃんと決めていない。どうしたものか……。ネーミングの望ましい原則としては、アルファベット書きであること(ユニヴァーサルに使えるために)、一般名詞であること(固有名詞っぽいのは避けたい。造語ネームも嫌)、特定性が高いこと(他の人々から識別できること)、できれば程々に短い文字列であること(ハイフンやアンダーバーを含まない一単語であると良い。範囲指定の時などにも便利だし)、ネガティヴな印象を与えないこと(ネガティヴな意味の単語でないこと。そして、まぎれのある複数の語義を持たず、一意的に意味確定できる単語であること)、もったいをつけすぎないこと(駄洒落ネームのごときは個人的には論外)、できれば発音した時の響きが良いこと(実際には口頭で自称することも呼ばれることも無いだろうが)、といったあたりだろうか。この観点で、前のHNはわりと理想的だったのだが、それを捨てることを自分で選んだのだからね……。
  現在の(本当に暫定的な)仮名「さんだー」は、Alexanderからとっていて、以前からこの名前は好きだった(――同名のカクテルも好き)。実際にも愛称はAlexやSander、Sandyなどになる。Xanderにすると、少々嫌味が過ぎるが。発音でいうとAnastasiaとかNatashaのようなロシア(スラヴ)っぽい名前も好きだが、前者は同名のゲームブランドが存在するので差し控えざるを得ない。『RS3』のキャラクターに掛けてCatherineというのも一案だったが、実生活の知人にこの名前の方がいるので、これもとりやめ。人名だとLawrenceとかVeronicaとかも。
  一番良いのは、そもそも名前を呼ばれる機会が一切生じないまま、今後もずっとひっそりと過ごしていけることだが。

  サイトの方も更新しなきゃなあ……。SHC関連の情報は、実は『雪鬼屋』がまだ完全にコンプリートしたとは言えない状況であるせいもあって、滞ったまま放置してしまっている。



  10/16(Wed)
  風邪を引いて辛い時でも、寝る前に「ピリらじ」を聴けば落ち着いた気分で床に入ることができる。
  くふぅ……ぱたり。


  マウスの左ボタンの利きが悪くなってきた。シンプルな単色の有線マウスで、価格も程々ながら静音性、サイズ、フィット感、軽量性のいずれもお気に入りだったのだが、現在はもう生産していないようで、これが使えなくなるのはつらい。静音マウスは種類が非常に少なくてデザインや重量で選ぶ余地が乏しく、しかも大型家電店でもなかなか置いていないので、こういう時には非常に難渋する。クリック音だけでなくキー打鍵音もかなり気にする性質なので、薄手のパンタグラフキーボードを使っているくらい。世間の人々はこういうノイズを気にしないんだろうか?
  今回はマウスを一度解体して内部をお掃除したら長押しがきちんと認識されるようになったが、基本的には消耗品と考えておくべきものなので、今後のためにも新しい代替品を早めに入手しておきたい。


  新記事:「最初期のワイド画面タイトル」→加筆&改題「ワイド画面がもたらしたもの



  10/14(Mon)
  粗書きの雑記だったのを、思い切って加筆増量した新記事:「ゲームCGとイラスト
  本文とSSキャプションとが二つの話題に分裂しかけてしまっているが。

  テーマに沿った適当なSSを選び出すためにSSフォルダを漁って一枚一枚検分していくのは、実に楽しい時間の過ごし方だ。美しい画像を大量に浴びつつ、それらの美的/知的構成の如何へと意識を集中することができるのだから。そして、それらの中から必要最低限、最小枚数の引用画像へと絞り込んでいくのは、楽しくも辛い作業になる……選びきれない(――ただし、「良いCGを選び出せたことの満足」を、まるで「良い文章を書けたことの満足」であるかのように錯覚してはならないことは、常に自戒せねばならない)。
  今回も『水平線』ヒロイン4人にちょうど一枚ずつ引用画像を割り当てられたことに満足している。ただし古賀先輩については、以前に別のところで画像引用したこともあり、今回は涙を飲んでオミットした。
  某ゲームの「足柄」さんにどこか見覚えがあるような気がしてならなかったが、その既視感の正体はどうやら名香野陽向さんだった。ちょうど片目をウインクした立ち絵差分も存在するのだが、残念ながら今回の画像引用に適したスクリーンショットは無かった。

  先日の「隠しヒロイン」の記事も、後から思い出したいくつかの事例などを加筆していたら1万字を超えてしまった。いや、こんな筈では……。ネタバレの「量」という観点ではなかなか良いものが書けたと思う。



  10/13(Sun)
  特定の声優さんのことを本当に真剣に応援していて、もっと活躍してほしいと願っている熱心なファンであれば、自分が買ったあらゆる製品版のアンケート葉書に「キャスティングも満足でしたが、次回は○○さんとかも使って下さい」「○○さんの演技が気に入りました、次回もまた起用して下さい」のようなことをひたすら書いては送り続けるのだろうけれど……残念ながら、そして申し訳ないことに、アンケート葉書を送ったことは一度も無い。
  よく言われているように、アンケート葉書は「そのタイトルを購入してくれたユーザーの声」であり、メーカーにとっては最も重視すべき顧客の意見だとされているそうだし、なおかつ、スタッフ編成の中でも出演声優の選択は比較的裁量の効きやすい領域なので、意見が反映される見込みはけっして低くないだろうと考えられる(――似たような話だと、アダルトコミック雑誌などでもアンケート葉書の要望は反映されやすいらしい)。
  葉書を出さない理由はいくつかあって、ひとつには葉書一枚でもとっておきたいというオタク心のせいもある――特にALcotのアンケート葉書は可愛らしくデザインされていて、手放してしまうのはもったいないと思ってしまう――し、また、差出人の名前を書きたくないというのもある。ゲーム売り場でもカードは極力使わないようにしているくらい、そういうところに自分のアイデンティティ情報を出すのが大嫌いなので。



  10/12(Sat)
  最近、羽根が黒く(←「ピリらじ」ネタ)なりかけているので、自重する。


  [ www.praline-game.com/bakamoe/character_krumm.html ]
  如月葵氏は今日もメイドでした、と。確認されたかぎり、これが12回目のメイド役。
  ちなみにこのタイトルは木村ころや氏企画なので、きっと面白い筈。


  ということでネタバレ全開方針の新記事「隠しヒロインたち」を書き始めてみたものの、一区切りついたところでweb検索してみたら知らなかったものがいくつか出てきたので、構成を再考するために執筆を一時中断。
  一応完成したが、たったこれだけ(8000字程度)の記事に5時間も掛かってしまった。うぐぅ。
  数えてみたら、今回言及した「隠しヒロイン」は(不明確なものも含めると)約40人。これらの他にも、知っていたが論述の都合で言及しなかったキャラクターもいるし、まだ他にも私の知らない隠しヒロインはいる筈だ。
  今回の記事では、面倒になったので文中では「Hシーン」という言葉を多用してしまった。ふだんならこの言葉は使わず、別のいろいろな表現で言い換えているのだが。あと、「男性ヒロイン」という言葉もしれっと書いてしまった。……いや、実態に照らしていえば「男性ヒロイン」という概念はけっして間違いではない筈なのだが、字面だけ見るとやはり何かおかしい。
  詳しく論じられなかった論点として、隠しヒロインを隠している「フラグ」の分析がある。フラグ最劣位とか二周目以降限定とか、いろいろあるのだが、論述構成の中にうまく組み込めなかった。


  あれっ、木村あやかさん出演情報の方が『Venus Blood GAIA』に言及されているのは何故だろう、公式サイトを見るかぎりでは木村氏のお名前は無いのに……とサンプルヴォイスを聴いてみたら、ああ、この凛々しい「MAIKO」さんが! ありがとうございますありがとうございます!
  ももぞの氏も咲氏も三十氏も渋谷氏も出演されていてちょうど良い機会なので買うことにしよう。
  「殺戮人形」といったら、triangleの『魔法戦士』シリーズのリリクスさんを思い出すなあ。いきなり巨大な鎌をふりかざして攻撃してくる滅茶苦茶強いキャラクターだった。

  Lump of Sugar新作のキャストは、相変わらず独創的な布陣で、聴いたことの無い方が多いが、とりあえず買う理由を確立するにはこれで十分。早めに予約しておこう。


  いったいどうして私はブログheader部分(「ブログの説明」欄)を活用していなかったのだろう?
  というわけで、記事一覧ページの日付は後ろに追いやって、各ページの最上部から自動的にリンクできるようにした。これでブログトップページがきれいになったし、機能的にも利便性が増した筈。唯一の欠点は、記事一覧ページを再編集する時に投稿一覧からのアクセスが悪化したことだが、これは「記事一覧ページを開いてから再編集ボタンを押す」ようにすれば済む。
  購入予定メモは私一人のためのものであって他人が閲覧して面白いものではないので、ヘッダに書く必要は無いかもしれない。ひとまずは、自分自身のための利便と、それからヘッダ部分を見逃さないようにする配慮(にぎやかしとも言う)から、記事一覧リンクの横に置いておくことにする。


  『あるぺじお』(2007)は、本編シナリオの出来はほどほどだったが、インターフェイスが良い感じだったり、鈴田ヴォイスの眼鏡着用+スウェーデン出身キャラがいたり、そしてなにより、作中で流れるラジオ番組「SMILE WAVE」がもう抜群に良かった。演じておられたのは海原氏で、ED曲「私の歩幅で」とあわせて海原氏の落ち着きのある芝居と歌唱をゆったりと聴くことのできる、素晴らしい作品だった。



  10/11(Fri)
  昨日の記事から思い立って、各ブランド公式サイトの作品紹介ページで「舞台紹介」がいつ頃からクローズアップされるようになってきたのかを調べている。ほんの二十数個のブランド公式サイトを見て回っただけで非常にはっきりした傾向が見て取れる。すなわち、2007年頃から急激に白箱系ブランドで「世界観」「舞台紹介」「world」「stage」といった項目が現れている(――そして、学園恋愛系専業でないブランド群では、明らかに導入が立ち遅れている)。もう少し調査を進めて、近日中に数字としてまとめて記事にするつもり。
  →とりあえず新記事:「公式サイトの背景紹介について
    セールスランキングを素材にしたので、図らずして2010年代の人気ブランド群をピックアップしたような形になっt…あっ、Escu:deが入ってない! Escu:deもかなり早期に、『英雄×魔王』(2005)から舞台紹介欄を設けていて、特に『乙女恋心プリスター』(2010)以降はほぼ全てのタイトルできちんと舞台紹介をしているのだが。
  というわけで、ざっと400タイトルほどの作品紹介ページを見て回って、いろいろ収穫もあった。「こんなタイトルもあったのかー」とか、「この作品ってこの年のタイトルだったのかー」とか、「あら、こんなところに傘キャラが」とか、「おお、素晴らしい、○○さんが出演されてる!」とか。

  似たような話で、公式サイトなどで「キャラクター相関図」の採用が増えてきたという話を以前にどこかで見かけた。これも近年の(2010年代に入ってからの?)新傾向であろうが、ただしこちらはそれほど目立ったトレンドにはなっておらず、比較的少数ながら採用例が増えたという程度にとどまっている。おそらくは相関図を作成する手間(インプットの問題)や、相関図からの個別キャラクターの情報が見づらいこと(アウトプットの問題)などが影響しているのではないかと推測される。おそらく我々(未プレイのユーザーたち)にとっては、まだよく知らないキャラクターたちの人間関係を簡単に図示されてもそれだけで面白味を感じるのは少々難しく、むしろまずは個々のキャラクターのことを丁寧に紹介してくれる方が近づきやすい。本編を――製品版であれあるいは体験版であれ――プレイした後でならば、相関図を見ることによって登場人物たちの位置付けや関係の認識が整理されるので、面白味も有用性も出てくるのだが。

  それにしてもNavel公式サイトのインターフェイスデザインの劣悪さは、作品内容のアレっぷりと正確に歩調を合わせているかのようで、むしろ感心してしまうほどだった。個別タイトルの内容紹介ページに辿り着くまでにいったい何回クリックさせそしていくつ新タブを開かせるつもりだ……。しかも、targetタグで新タブを開くのかそうでないのかの仕様も一貫していないので非常に面倒。サイト全体のレイアウトも融通の利かない左寄せでいかにも見苦しい。
  輪を掛けてひどいのがnitro+で、作品内容紹介ページに到達するまでのクリック回数が詐欺的に多いだけでなく、Flash多用の演出過多(=無駄待ち強要)にBGM強制(非常に鬱陶しい)と、非常におしつけがましい。

  Clochetteの新作、またヒロインがトップページの画像でピースサインしてますね……。
  cf. 2012年1月22日付雑記


  今回のおまちゃん、おっとりしっとりされていてなんだかとんでもなくかわいい!(胃_華#42)
  こまきさんはこまきさんで、いよいよお写真が凛々しくなられて……。(I#254)
  (畑違いのラジオですが、いろいろな事情と経緯で、この二つだけはこちらで言及してます。)

  桃井いちご氏は「委員長声」……なるほどそうか!(大航海#14)
  (このラジオは品の無いところがあるのでふだんは聴かないが。)



  10/10(Thu)
  というわけで、プレイ途中だったゲームをコンプリートして、次は『ウィズアニ』をインストール!

  そして新記事:「FAVORITEの表現様式・再説
  この演劇的ライヴ感に満ちた表現様式は、言葉だけでは伝えきれないので、『ウィズアニ』体験版だけでもプレイしてもらえれば……。ただし、体験版以上をプレイすることまではあまりおすすめできないが。この当時もそして近作でも、読み進める毎にこのブランドの脚本面の趣味の悪さがどんどん鼻についてきてしまうだろうから。『ウィズアニ』ではしよーもないオタク的パロディトークの多用、『はぴマ』では全体の緩み、『星メモ』では非常に雰囲気の悪い私物破壊ギャグ、そしてそのいずれにおいても、過剰なまでにストーリーがひたすら長く続いていく。ロシア的苦行に近い。

  個人的には、司田氏の絵は――特に最近のものになればなるほど――あまり好きではない。良い絵だとは思うが、なんというか、ゲームCGであるにもかかわらずその絵の中に時間が流れていないかのように感じられるところが。描かれているキャラクターたちは一見動きのあるポーズをとっているのだが、しかし彼女等はまるで重力の影響も受けておらず自身の筋肉も動かしていないかのように、いわばただの彫像を見せられているかのように感じてしまう。『ウィズアニ』でいえば、アリスなどを描かれている(この当時の)GT氏の方が、身体運動の漫画的デフォルメを素直に取り入れていて、その躍動感溢れる動きの表現でユーザーの目を楽しませてくれる。



  10/07(Mon)
  PCゲームのキャスティングの実情について、オーディションがどのくらいの頻度で行われているのか、そして「オーディション」「メーカー指名」「音響制作会社におまかせ」がどのような割合で行われているのかが、最近なんとなく気になる。作品毎/ブランド毎のキャスト一覧などを見ていると、常連キャストや連続出演あるいは頻繁な共演関係が目に付くので、メーカー指名や配役委任が多いように思えるが、その一方で出演歴のほとんどがPCゲームという役者さんのブログでもオーディションに参加したというお話がわりと出てくるので、(ユーザーサイドでは見えないところで)オーディションもわりと頻繁に行われているのかもしれない。ブランド毎のスタンスの違いが大きいのだろうとは思うし、サンプル録音のみでのテープオーディションと台詞指定のある試演(実演)オーディションとでは意味合いも異なるのだろうが。
  stoneheadsの中目黒ラジオ第14回によれば、ゼロからのオーディションは珍しく、一般的にはキャラ表を見たプロダクション(音響会社)からの提案をベースにしつつメーカー側に特に要望があれば特定の声優を指名するとのことだった。メーカー内部での決定権の所在(つまりディレクターが決めるのか、ライターか誰かが決めるのか)は案外はっきりしていないとも言われている。


  ちょっとした思いつきの新記事:「緑色の制服、緑色の髪
  緑色基調のイメージというと、このほか、たぬきそふと公式サイトや、『CURE GIRL』『よつのは』『Garden』『Clover Point』あたりも思い浮かぶ。

  ちょっとした思いつきの新記事その2:「女性主人公(とsofthouse-seal)


  どみるが問題をうまく乗り越えられますように!(祈)
  年に1~2本作るのがせいぜいな主力商品の発売が突如数ヶ月規模で遅延する(≒入金もそれだけ遅延する)というのは、いかにこの分野の中では「大手」に属するとはいえ、中小企業の規模では即・致命傷になりかねない大事件だろう。幸いにも顧客がかなり忍耐強い市場であり、そして業界内の関連企業や取引先企業との関係も密接であろうと思われるので、危難を乗り切れるだけの助力が得られることを期待したい。現在説明されていることがもしも事実なら、あまりに不憫なので、今からでも予約しておきたい。せっかく木村氏も出演しておられることだし!

  普段はPCゲームの話をまったくしていないくせにこういうスキャンダルがあった時だけしたり顔でいっちょかみしてくるただのゴシップ好きどもは視界の外に消え去ってほしいなあ。数年前にtwのログインアクセスを辞めて以来、そういう輩を目にする頻度は随分下がってきたが、今でもtw上のあれこれを見に行くことは一応あるわけだし。

  ずいぶん前のことだが、ふだんの自分だったら絶対に見ないような類のページを――たしかtgttrのいずれかの記事だったと思う――たまたま開いてみたら、原色の放射状デザインを背負ったアイコンだのどぎつく明滅するアニメーションアイコンだの非常にグロテスクで威嚇的なアイコンだの真黄色背景に自分撮り写真だのばかりがずらーっと並んでいて、つまりそこには自分の想像していた程度を超えるほどに、その美的想像力の幅の狭さがあまりにもあからさまに露呈していて、ただ目を背けることしかできなかった。自己顕示欲の旺盛な人々がそのためにどのようにして自己表現を試みるかをまざまざと思い知らされた経験だった。



  10/06(Sun)
  PCゲームに限らない一般論として。新記事:「お金を払って得られるもの
  補足的にコメントしておくと、こうした議論に際して、私はモラルを梃子にして他人を説得し得る可能性には期待していない。特定のモラルにその正当性を依拠した議論は、自分とは異なったモラルを持つ人々やモラル(の違反)に自身の価値観や矜持を賭けていない人々に対しては効力が非常に薄いからだ。また、そもそも議論乃至論証をこうした公共の場で行う際に、私は他人が幸福になれるためのアドヴァイスをするつもりは無いし、他人の幸不幸に対して責任を持ちたくもない。趣味分野において私が他人に対して望むのは、ただ他人が私の幸福追求を邪魔しないでいてくれること(結果的に私を邪魔しないことになるような行動基準で行動してくれること)だけだ。だから私は、実体的次元では実利(またはそれを得る蓋然性の程度)を、そして形式的次元ではその利益構造の不可避性(があるか否か)をできるだけ理に適った形で提示し、そしてその理屈を理に適ったものとして他人が受け入れてくれることによって互いに侵害することなく共存(あるいは併存)できればと期待するだけだ。
  ちなみに、趣味分野における実体上の価値観についても私の立場は同様で、私は私なりに特定の視座及び方法の下に形成された特定の価値体系を持っている(そのプロセス自体は他の人々と同じようなものだ)が、それを他人と共有したいとは思わない。両立しない価値観を持つ者との間で自分の立場の(絶対的とは限らないが)正当性を確認的に述べることはあるとしても、そしてその過程で相手の価値体系の不備を指摘することがあったりあるいはそのような意見交換の機会をいただいた中で互いの思考と知識を磨き合うことができもしくは誰かが私のその言明の体系的乃至事実的整合性に対して第三者的に納得してくれて嬉しく思ったりすることはあるかもしれないとしても、しかし相手が自説に賛同してくれるよう望むということはもう無いかもしれない。

  ネタバレを気にして口を噤むのは害悪だと思う。新記事:「『ネタバレ配慮』が持つ問題


  この雑記欄にHRタグを入れると、ブログトップから見えるページ全体の区切りがどこなのか見間違えやすくなってしまうかもしれない。……やはり「もっと読む」の上に開いておくのは最新の日付だけにしておこう。どうせ何十回も更新するのだし、改行幅などもその都度変えていけばよい。


  名言といえば、『Piaキャロ3』の木ノ下貴子さんの「30歳まで遊んでいても大丈夫大丈夫~」という台詞(※大意。文言を正確に記憶しているわけではない)は、人生の中でわりと何度も思い出してきた。実際、そうしてきたし、そしてなんとか(そう)なってきたが。


  思い立って、新作購入予定メモのページを新規作成。毎月の購入計画のメモはこのページに集約していくつもり。これまでは月間雑記の適当なところで書き散らしておくばかりで、後から探すのにも苦労していたので。



  10/04(Fri)
  緑茶ラジオのお二人は再開の最初っからおっとり仲良しでいいなあ。



  10/02(Wed)
  ビーチパラソルの下にいるヒロインは、「傘キャラ」と見做していいのだろうか……。例えばこういうの:[ madosoft.net/namaiki/img/gallery/gallery_kyo2.jpg ]とか、あるいは似たような例として野点傘(例:『BUNNYBLACK3』のキュリハさん)とか。さしあたっての直感的判断としては、ピーチパラソルはその場の友人たちの誰でも自由に出入りできる共同スペース(または一種の施設)である――それゆえ特定の誰か一人のみが(あるいはその登場人物全員が)傘との間に特有のつながりを持つことにはならない――のに対して、キュリハさんの野点傘の場合は、主人公と一対一のお茶会の場面で、しかも一枚絵の構図として明確に彼女自身が傘を背後にしているかたちになっているので、彼女自身が傘キャラとしての美及び個性を発揮していると認められる筈だ(※――現実における野点傘"一般"の使用法の話ではない点に注意。実際には傘は客のために設けられるものなので、主人側であるキュリハが傘の下にいるのは、もしも現実の作法及び理屈で判断するならば、おかしい。さりとて主人公側に傘を掛けようとすると画面に傘が入らなくなってしまい、それではせっかくの傘の存在感とその美しさがプレイヤーに伝わらなくなってしまう。イラストとしての美的構成を重視したことによる意図的な小道具配置だと解すべきだろう)。

  さらに余談になるが、この『BB3』のキュリハさんは、その十二単の描写の正確さ及び緻密さにおいて、『七彩かなた』の菫姫のそれに匹敵する(――というか、それ以外に十二単キャラはちょっと思い浮かばない。「それっぽい」という程度でいいなら、たとえば『ちぇいすと☆ちぇいすっ!』の姫神や『超時空爆恋物語』の小野小町などもいるが。『桜吹雪』はどうだったかなあ……そうだ、『プリンセスX』のてぐす御前がいた。未プレイだが。あと、『らいむいろ戦奇譚』の黒田綸子も)。その十二単を――さすがに文字通りの12枚ではなく五衣並だが――をわざわざ半脱ぎにさせたイベントCGまで存在するという事実は、ソフトハウスキャラスタッフがこのキャラをどれほど重視しどれほど丹精込めて作り上げてきたかを窺わせる。



  10/1(Tue)
  あ、firefoxのブックマークにようやくファビコンが反映されてる。事情はよく分からないし、もやもやが残るが、結果良ければということで満足しよう。


  ブログレイアウトの方針を変えて、最新月雑記の最新日付の雑記のみはトップページからじかに見られるようにしてみる。前日以前は、いつもどおり「続きを読む」でカットしておく。ここでは訪問者に気を使うつもりはまったく無いが、一般論としての閲覧利便性には関心があるので、実験的にこうしてみる。ただし、機能性が向上する一方で、見栄えはあまりよろしくないと思われるので、このスタイルを継続するかどうかは分からない。
  細かいことをいうならば、最新の1日分だけではなく直近2日分くらいを表に出しておくというのが、読み漏らしを防止するフェイルセーフとしても望ましいし、カジュアルな訪問者がブログ管理者の傾向を知るための手掛かりを多少なりとも増やすという意味でも有効だろう。これは実際に、一昔前の(各利用者が既成レイアウトをただ利用する「ブログ」が普及する以前の)個人サイトの日記欄などでもたまに採用されていた手法だ。
  もっとも、さらに考え直してみれば、このブログのような構成を採っている場合、一般的な訪問者はトップページから機械的にページを遡っていくという読み方をすることはまず生じないであろう――過去の記事を見たいならば「個別記事一覧」ページを利用する方がはるかに便利な筈だ――から、トップページの下方にこの雑記欄のログがずらっと続いていても閲覧上の支障を来すことはほとんど無いと思われる。あえて言うなら、ページ最下部の「ブログアーカイブ」欄に到達しにくくなるというデメリットはあるが。
  ちなみに、この手法は以前のブログの時にもアイデアとしては持っていたが、実行はしなかった。というのも、当時のブログはサイトトップの個別記事一覧(目次)ページが今のものより大規模で、さらにその直下にコメント用ページも置かれていたため、最新日記を表に出しておく仕様にしたとしてもそこに到達するために必要なスクロール幅が大きくなってしまっており、利便性の点では「サイトトップから1クリックで最新雑記に到達できる」仕様に劣るであろうと判断したからだ。
  いずれにせよ、この月間雑記ページができるだけページ上部に来ていなければこのアイデアは意味を成さない。雑記以外の新規ページが作られていくことを考えると、月間雑記ページのタイムスタンプは月初めではなく月末にしておくのが良いということになる。これはこれで、月末日付(10/31)の表示がトップページに出てしまって不格好だが……やむを得ない。