2017/08/31

2017年8月の雑記

  2017年8月の雑記。(→9月7月


  08/31(Thu)
  蕪木子徹もとい徹子さんは分かりやすいが、その相方もおそらく、Brooksを「くす」にしてBunnyをウサギにした結果、楠田兎さんになっている。しかしてその正体は、田宮氏原画のサブヒロインだったり、M&M原画のざっくばらんな褐色肌キャラだったりするのだが。
  同様に、「成賀くるが」「里緒玲亜」を名乗った方はおそらく某狩猟ゲームがお好きなのだろうし、「車の人」の件はあらためて言うまでもない。自由に名乗りを作れる方々は楽しそうだなあ。

  ちなみに、『T&B』のヒーローたちの活躍に応じたポイント獲得システムは、ヒーローを怪盗競技に置き換えて『アウトベジタブルズ』の「怪盗ポイント」制のアイデアを発想させたのではないかと妄想している。


  『少年ラケット』は、漫画表現の高度な秘術妙技をあれだけふんだんに注ぎ込んでその表現効果を正確にコントロールして、漫画作品の最新最高の水準を突き進んでいたのに、なんでもっと続けられないんだ……。



  08/30(Wed)
  大波氏は、alicesoft(『エドランゼ』)、Escu:de(『ヴェルディア』)、e.go/でぼ(『夏神楽』『神楽早春賦』ほか)、SHC(『ブラウン通り』ほか多数)、Eushully/anastasia(『蒼海』ほか)、tail(『G.o.D.』)のSLG系主要ブランドすべてに出演されているのか(――ただしalicesoftは非市販品の『エドランゼ』のみなのでぎりぎり。また、LeafやLiar-softに出演されていないのもちょっと惜しい)。そのほか、pajamas soft、かぐや/astro、LW/tencoのSLG作品にも出演歴がある。キャリアの長さもあるとはいえ、ここまで幅広く出演されているのはかなり珍しいかも。
  他にいるとしたら……桜川氏と青山氏はtail系列には出演されていないのだったか。北都氏もたしかEscu:deには出演歴が無い。風音氏はたしか6社全てに出演されている。あとは、えーと……芹園氏と御苑生氏も6メーカー制覇されているのか。さすがだ。他には、桃組/黄組で手広く出演されている方は、かなり近い位置にいるかもしれない(たとえば逢川氏とか藤森氏とか)。
  無難なalicesoft、アダルトゲーム専業声優の強いEscu:de、堅実なe.go/でぼ、固定キャスト傾向の強いSHC、近年ミーハーになったEushully、ダーク系専業のtail系列と、それぞれキャスティングの傾向が大きく異なるだけに、それぞれに食い込んでいくのは大変だと思う。もっとも、SLG作品は参加声優が多くなりがちなので、機会は多いと言うこともできるが。


  規模が大きすぎないSLG作品だと、ひととおりコンプリートした後でもう一度、口直しのデザートのように再プレイすることがよくある。移動のための旅ではなく、旅そのものを楽しむ時のように。ゲームシステムとイベントフラグはすでに把握しているので迷うことはないし、しかしそれでいて、目的も定めずに気の向くままにいろいろなことをして楽しむ。テキストもスキップしたりしなかったり。ゲームシステムとして構築されたフィクショナルな空間を歩き回る楽しさだ。


  『ことのはアムリラート』の他言語表現は、『永遠のアセリア』を思い出させる。言語的理解の難易度は『アセリア』の方が上だが、他言語のまま選択肢を突きつけられるとは『アムリラート』もずいぶんハードな挑戦を仕掛けてきてくれる。


  というわけで(昨日の続き)、櫻井氏主演の『亡国の戦姫』もたいへん楽しゅうございました。プロローグの作りもなかなか挑戦的だし、ゲームパートも激しい消耗戦の雰囲気を演出するには十分だし、金目鯛原画もきれいに仕上がっている。ディレクター兼脚本の花山和夫(天翔狗)氏はフタナリものに多数の実績のある方で、今作も読み応えのあるテキストを書かれている。おそらく日露戦争を自由にアレンジしたとおぼしきシチュエーションで、敵軍兵士はロシア語を喋るし、ミリタリーものとしてもなかなか個性的(三十一年式速射砲らしきものも出てくる)。軍服ヒロインも絶品。ピーキー(ブランド)は、その名のとおり鋭く尖ったコンセプトの低価格作品を立て続けにリリースしているが、今作も狙い澄ましたコンセプトがうまく成功を収めている。こうやって全体がきちんと一貫した趣味で作られている作品は、プレイしていて楽しい。このブランドを買い続けてきて良かったと思えた。先に述べた櫻井氏の芝居も、今回はとりわけ入神の出来で、アダルトシーンの「おぉおぉおぉぉっ」という吠え声(喘ぎ声)も凄まじい迫力がある。
  こんな関連記事も……。[ blog.getchu.com/archives/52177879.html ]


  【 ミリタリーものいろいろ 】
  近代以降の時代設定で、SF要素もファンタジー要素も薄めのミリタリーものというと、ここ5年内外では、上記『亡国の戦姫』のほか、『百機夜行』『ガンナイトガール』『デデンデン!』『セックス あ~ん♪ パンツァー』あたりか。SLG『門を守るお仕事』もファンタジー要素は控えめ。低価格『軍人狩り』は、Portionブランドなのでそれほど軍事要素に注力しているわけではない。『ひとつ屋根の、ツバサの下で』も年内発売とのこと。この調子で『花御女』もそろそろ動いてくれないものか。もう少し遡ると、潜水艦ものの『蒼海』シリーズ、『クラインハーゼ』、SLG『戦場デ』シリーズ、『マブラヴ』シリーズ、『群青の空を』、それから低価格の『虜囚市場』『奴隷将校クラリス』なども入ってくる。『大帝国』も、世界設定はSF的だがネタはストレートな軍事もの。ミリタリー者の端くれとして、どれも購入し、そしてほとんどをクリアしている。
  最近はあれこれいろいろあって下地が出来てきているので、アダルトゲームでもミリタリーものを取り上げるにはちょうど良い頃合いだと思う。盛り上がってくれたら嬉しい。ただし、混じりけのないミリだけでは難しいだろうけど。上記作品群も、人工生命や触手くらいは出てきていたりする。

  以前書いた記事が、ほぼ「ミリタリーもののアダルトゲーム」に関する記事にもなっている。

  『ガンナイトガール』は、見てのとおりキャスト陣が素晴らしくて素晴らしくて……。


  当事者の方には悲しいことになったようだけど、今回各所に議論と騒擾をもたらしたあの件は、コミケ(同人誌即売会)が一般社会との接触乃至摩擦を引き起こした大きな里程標的事件になるのかもしれない。これまでのような、報道や偏見といった大きなレベルにおいてではなく、即売会への参加という具体的な現場レベルの問題として、これまで彼等が形成してきた場とその内部的ルールが一般社会の風に晒されるようになったという意味で。
  例えば「こみトレ」も、オタク系企業だけでなく、ドライフルーツなどの物産品的出店があったり、自衛隊が広報としてやってきていたりして、すでに「同人誌即売会」としてはかなり変質し混淆してきている。それらと同様に、同人文化やオタク的嗜好に必ずしもコミットしているわけではない(必ずしもそれらを尊重していない)が即売会の場をみずからのために有効に使いたいと考える者は、今後も増えてくるだろう。それはけっして悪いことではないが、このままお互いが無策無思慮なままでは軋轢をもたらすだろう。
  以前であれば、お盆や年末といった扱いづらい時期にのみ、しかもせいぜい一日十数万人のマニアな若者たちが集まるくらいの風変わりなイベントとして、あまり注目もされなかった。しかし、メディアへの露出が増え、著作権周りの議論では公的な立場にある者が明示的に言及したりするようになってくると、オタクではない人々もそこに商機を見出したり、あるいはもしかしたら悪用したいと考える者が生まれてきたりするだろう(小さなレベルではチラシ撒きやサービス品配布、場内窃盗、勧誘詐欺などがすでに現れている)。一般社会からの広汎な認知および受容は、もしかしたらオタクに対する見方を好転させてくれたかもしれないが、それと同時に、一般社会からの雑多放恣な流入をも開始させるだろう。全国的なネームバリューがあって、参加者がかなり多く、しかも参入(出店や入場)の敷居がかなり低いというのは、大きなチャンスであると見做されやすい。それは自然な成り行きだろう。そしてそれに対して、同人系オタクたちが即売会とオタク文化の関係についてあらためて明確な態度決定を迫られることになるのは、まず間違いない。その意味では、今回の事件が大事にならないうちになんとか解決(?)して彼等に予防接種的に教訓を残してくれたのは、幸いだったと言うべきだろう。
  私自身は、同人文化にはそれほどコミットしていないが、オタクの一種である以上、そこから間接的に大きな恩恵を受けており、その意味では同人文化がうまく維持されていくこと望んでいる。ただしその際に、あらゆる参加者をできるかぎり受け入れるという彼等のイデオロギーを、彼等が維持するかそれとも縮小乃至放棄していくかは、彼等次第で好きにしてくれて構わない。コミケはべつに特権的な存在ではないし、その形態それ自体は独占的なものでもない。だから、コミケを初めとした即売会が、オタクだけのためのイベントであり続けてもいい(他の種類の活動をしたい人たちは余所で別にイベントを作ればいいのだ)し、あるいは今後の様々な社会的勢力の参入にも堪えて開かれたイベントであり続けるのであってもいい(それはそれでうるわしい多様性が具現化された場となるだろう)。
  例えば、最も危険な可能性を挙げると、攻撃的な姿勢の政治勢力とかじゃぱにーずまふぃあとかがコミケの場を利用しようとして本格的に雪崩れ込んできたらどうするんだろうかという懸念はある。もはや、そういう事態もけっしてあり得ない話ではない。あるいは、こみトレの自衛隊についても、「いったいなんでここに来てるの?」という疑念は常々持っている。



  08/28(Mon)
  新記事:「『studio TeaParty』『聴いてくれたら胃~之煮』DVD概要」。
  忘れてしまいそうなので備忘録として。
  「胃~之煮」初期も、こちらに移設しつつ加筆したい……が、時間が取れるかどうか。

  初期STPのデータは40kbpsだったが、幸いにもCM部分は128kbpsで残されていたようだ。おかげでハムカツ氏の「ぐべらぁっ!」(STP#24)もきれいに聴ける。(そこかよ)

  STPの方は、記事が184回までで止まっているし、そもそも400回を超えたあたりからアレな投稿者が増えたので聴くのをやめている。リスナーの中には、何度も聴き返している方もいるようだし、どなたかが第200回以降の概要紹介をしてくれないかなあ。ただし、400回分×30分もあるので、ただ聴き返すだけで200時間もかかr…ん? たった200時間? 時間のことはともかく、時事ネタなどを後から掬い上げるのは、時が経つにつれてどんどん難しくなると思う。


  「オタクは金儲けの気配を嫌う」という、例の嘘臭い神話がまた流布されてるのか……。オタクはべつに金の匂いが嫌いわけではない(仲間ではない人が儲けるのが嫌いなだけだろうし、その一方で非オタクだって自分の金が他人に搾取されるのは嫌いだろう)。また、オタクはけっして道徳的にストイックなわけではないし、オタクは制作者の底意を見抜けるような超人ではないし、もちろんオタクはそんな特殊な基準が当てはまるような一枚岩の集団などではない。
  しかし、どうして一部のオタクはそんなことを信じたがるのだろうか。動機がよく分からない。昔の「オタク=エリート」説の顰みに倣った身内褒めだろうか?


  歴史SLGっぽくしたら、こんな感じのステータスになるだろうか。

名前指/武/知/政/魅コメント
ジーク

ED時
50/60/50/65/60

55/60/65/80/70
軍隊で最低限の訓練は受けているようだが、特別な資質は無い。ただ、CGを見るかぎりでは貴族にしてはかなり筋肉質で大柄な体躯なので、武力(身体能力)は高めにした。人の巡り合わせの運が良く、説明をきちんと理解する力はあり、そして能力ある者(レオナやロゼ)の意見を素直に聞いたのが成功の主因だろう。このくらいのステータスでも、それなりの規模の領地に善政を敷くことは十分可能。真面目に頑張れば大きな失敗をせずに自勢力を伸ばしていけるくらいには政治的センスはある。政治力は、EDによってはさらに大きく成長した。三国志でいえば、素直な劉繇。
レオナ

ED時
40/40/75/85/70

40/40/80/90/80
積極的にアウトドアの労働もしているので、素人にしては集団指揮能力がある。意外と腕力もある(ジーク殴打)。合理的かつ堅実な経営で領地を発展させた開明的な指導者として評価される。史書にも「領民からの評判は良かった」と記されるであろう(魅力要素)。劉曄相当?
メイド長40/30/55/60/55ひととおりの教育は受けており、メイドたちを統括できるくらいの力はある。ただし、あくまで一地方貴族の家政を差配しているだけなので、それほど高く評価する必要はない。史書にぎりぎり名前が残る文官くらいのステータスはある。
コルネ

ED時
25/25/65/50/55

35/25/70/75/95
彼女の美質は数値化しにくい。王家の一員としての高度な教育は受けている筈だ(知性評価)が、まだまだ成長途上段階としての評価。おそらく15~16歳くらいだろうし。魅力パラメータは、王族補正抜きの値。第二王女としてであれば80はつけてよい。コルネEDの歴史的名君モードならば、政治や魅力が大幅UP。初期状態は孔伷、名君状態では張魯。
メリー45/35/75/70/65貴族娘として高い水準の教育を受けており、その中でも王女付きのメイド長に任じられているくらいだから、実力は相当なものだろう。ひととおりの仕事は堅実完璧にこなせる。ただし、規模の大きな仕事ができるかどうかは不明なので、数値は控えめにした。このくらいのステータスでも国家的陰謀の一つや二つくらいは十分実行しきれるだろう。切れ者扱いで、知力>政治力の評価にした。王允並。
ヨミ

ED時
80/90/40/45/65

85/95/45/55/75
集団指揮は、広大な男爵領で総指揮官をこなせるほどの力量があり、さらに隣国の侵攻も独力で撃退できるほど優秀。そして剣術も国内随一の腕前。武力は95でもいいかも。赤熊騎士団はどうしてこれほどの人材を放出したのか。知力と政治力は、特筆すべきところは無いが、けっしてバカではない。太史慈レベル。
ロゼ
(ライゼ)
45/25/85/80/80後ろ盾もなしにほんの数年で(?)、貴族相手の高級娼館を作り上げた手腕は尋常ではない。脚本の都合とか言わない。娼館の人員を適切に統率できているので、指揮能力も多少評価できる。二人で一人分とはいえ、董允クラスの人材。分割するならば、知力(礼典の知識など)はロゼに、政治力(現場の差配)はライゼに振り分ける。
エリー30/30/65/40/85人間関係の立ち回りはうまくないが、どうやら宗教家としてのオーラは抜きんでていたようだ。教会でひととおりの学問を修めている筈なので知性評価を高めに。
イファ40/30/65/75/60商売人として、一流とまでは言われていないが、十分優秀なようだ。人を見る目もある。ただし、まだ未熟さも窺われる。将来性込みで、傅巽くらいのステータスを付けてもいいだろう。

  軍事面はヨミと騎士たち、対外政略はロゼとメリー、領内政務はレオナとイファ。政軍両輪の人材が高いレベルで確保されていて、しかも全員が絶対に離反しないのだから、あとはプレイヤー自身の腕前次第で、戦乱の世でも十分国内統一を狙えるだろう。

  ブラウベルは長年存続している大国なので、「一地域の話だから」「一時的な状況だから」などといって下方修正をする必要は無い。つまり、ブラウベル王国のトップクラスの人材であれば、90以上のステータスをばんばん与えてもいい。
  第三王子や第四王子のステータスは、かなりひどかったんだろうなあ……。

  今作の分もキャラクター辞典(名前、登場作品、プロフィール)は加筆している。ただし、以前にサイトで公開していたようにパラメータやスキルまで記載するのは、もうやめている。上記のような妄想もこれはこれで楽しいもので、キャラクターの位置づけ、能力、事績等を丁寧に振り返るきっかけになりもするのだが、サブキャラまで一々考えていくのはさすがに手間が掛かりすぎる。人数(行数)が2800弱にまで膨れ上がっているし。


  [ b.dlsite.net/RG11464/archives/52529122.html ]
  示唆的な指摘がたくさんあってなかなか面白い。
  ページ数の非常に小さい同人誌が、500円なり1000円なりの決まった価格帯(かなり割高な)で販売されているのは、価格競争で(特に中小の)サークルが疲弊してしまわないようにそういう慣習が出来ているのだという説明も、なかなか啓発的だ。

  ……と思ったが、実際のところ、どうなんだろう。「カルテル化なのでは」とか、「いやしかし、黙示的合意があるわけでもなかろうし、本当にそんな作用が期待されているのだろうか」とか、「アマチュアの手売りだから処理しやすい金額設定にしているだけでは」とか、「アマチュア保護のために参加者たちがその慣習的価格設定を受け入れているということはあるだろうか」とか、いろいろ疑問が湧いてくる。


  [ www.onsen.ag/program/kotonoha/ ]
  [ www.onsen.ag/program/sabaradi/ ]
  ながつまさんのラジオが、もう楽しくて楽しくて。お声がおそろしく耳心地良いのはもちろんのこと、テンポのよいトークの中に明るいユーモア感覚と相方への的確な気遣いが終始満ち満ちているのも素晴らしい。


  櫻井ありす氏の芝居には、毎回感嘆させられる。素のお声は可愛らしい感じのようだが、作品毎に演じる役と台本をきちんと練り込んで、入念かつ大胆な芝居を披露されているので、いつも神妙に聴き入ってしまう。アダルトゲーム分野が育んだ名匠の一人だと思う。



  08/26(Sat)
  あー、黒箱系ゲーマーは『ダビスタ』の馬のネーミングに困らないよね……。
  寝取られものだと、男性キャラもたくさん登場するし……。


  SHC新作を含む今月の宝箱も届いたし、STP/胃のディスクも届いたのだけど、所用があって外出しなければいけない。プレイできるのは夕方以降か……。


  『領地貴族』、これはイベントの広がりがかなりとんでもない規模なのでは……。回想登録されるイベントも974(+24)と膨大だし、エンディングも25種類(?)とかなり多い。

  ありそうな道筋を探して、
→そのためのコマンド実行に必要な資材を構想して、
→該当資材を産出する施設を建てる、
→関連するコマンドの実行回数とその組み合わせをいろいろ試す
というのをいろいろ繰り返していくことになりそう。


  イベントは70%ほど埋めた……が、リストが多すぎてなんだかデバッグモードに見えてきた。

  イファに初めて会ったのはおまけコーナーの中でした。それでいいのか?


  【 システム総評 】
  「無駄な時間潰しをさせない」、「コマンドを実行する度に、ほぼすべてテキストイベントのリアクションが返ってくる」の二点は、今作の特徴的な美質だろう。

  例えば、施設建設をする際に、通常の経営SLGであれば一つ一つ配置位置をプレイヤーに決めさせる(操作させる)だろう。しかし、本作ではそれはすべて自動化されている。それによりプレイヤーの負担は非常に小さくなっている。たしかに、都市計画シミュレーションを視覚的に捉えたり、自分が配置した施設の美しい並びを鑑賞したりするのは、それはそれでSLGの楽しみの一つだ。しかし、絶対ではない。ましてや、本作はかなり自由に施設を建てられるし、隣接コンボのようなちまちました仕様を取り込めば面白くなるというようなシステムでもない。だから、不必要な部分を簡易化して、ゲーム進行を高速化するのは、理に適っている。

  もう一つは、施設を一つ建てる度に、あるいは視察コマンドを一つ実行する度に、他勢力と交渉する度に、すべてテキストイベントが発生する。もちろん、SLGの中でのことだから、一つ一つのイベントはごく短いものだし、何十回も実行していればネタ切れになってくる(汎用イベントだけになったり、イベント発生しなくなったりする)が、標準的な5年間のプレイではそうしたことはほぼ生じない。架空世界のシミュレーションを展開するSLG+AVG作品として、一つの極限的なアプローチと言えるだろう。

  システム設計のこれらの要素は互いに連動している。1)一周回の経過ターンが比較的短いことから、テキストイベントがほぼ全てをカヴァーできるようになった。2)また、さまざまな活動をそれぞれコマンド化することによって、フラグをモジュール化しつつ、テキストイベントの作成を容易にしたと思われる。3)そして、システムとシチュエーションの相互関係、すなわち領地経営をおこなう貴族として「領内の経営」と「王都での政治」の二つの次元で、プレイヤーキャラの活動内容を幅広いものとして構想することが可能になっている。4)さらに、コマンド(=活動内容)と、それに対応するヒロイン(=アダルトシーンイベント)を結びつける作用も果たしている。例えば交易所ではイファ、教会寄進ではエリー、王都各勢力でもそれぞれの勢力に属する女性たち。

  ただし、本作のゲーム進行フレームワークは、危険性も孕んでいる。a)無駄を省いた施設建設システムは、「中味が無い」と捉えられる虞がある。b)コマンド実行する毎に発生するテキストイベントは、ゲーム進行の邪魔だと捉えられかねない。c)シチュエーションを楽しむものだという前提認識を持たないプレイヤーには、いわゆる狭義の「ゲーム」観(提示されたハードルをクリアするために、技術的知性的に試行錯誤することこそがゲームであるという観念)に反する本作は、期待に外れた作品と見做される可能性がある。


  アダルトシーンに関しては、男性主人公の筋肉質な身体を堂々とフレームインさせているのが、なかなか挑戦的だった。私としては、絡み合いの密着感があって面白いと感じたが、伝統的因習的な「男性の身体は見せない」アプローチからすると、びっくりするイベントCGだろう。男性の身体を極力フレームアウトさせる作法は、おそらく「男性の身体(例えば臀部など)は見たくない」「女性の裸身を遮蔽されては面白くない」といったユーザーの意見と連動しており、それはそれで納得のいくものではあるが、絶対にそうでなければいけないというものでもあるまい。


  こういうことはあまり言うべきではないとは思いつつも……やっぱり、ふじむら氏の声がすごーく苦手。ぬちょっとして籠もった感じで、耳元にこびりつくような耳障りな感触がすごく嫌。桃組十把一絡げで、よくついてくるんだよなあ……。


  真のヒロインは、「王城メイド」ことコリーナ=メリーアンさんなのでは……。
  青山氏の芝居も切れ味がすごいし。


  旧作とのつながりは、固有名詞レベルではほとんど存在しなかった。魔物討伐にベトらしき魔物がいるとか、おまけコーナーのイベントで通貨単位「B(ブレッド)」が出てきたくらいか? あとは、サービス的に「アオイ温泉」があったか。世界設定としては、魔物の存在が噂レベルの珍しいものになっているとか、それどころか魔法すら登場していないとか、教会(アーセット教)があるとか……テキストの広がりに比して、メタレベルでのつながりは極端に少ない。そもそもソフトハウスキャラ共通世界に含まれるかどうかすら分からない。


  ひととおりクリアした。未見のイベントは「コルネ12」、「エリー24、25」、「イファ14」、「建設関連04、18、28、29」の8つ。基本的には順番通りに出てきているがので、おそらく特定の条件が必要なイベントだろう。例えば、先行するイベントが必要だとか、特定の施設を建てていなければいけないとか。あるいは、特定の(ランダム)イベントとして発生するという可能性もあるが、それだと考えられる可能性が多すぎて絞り込めない。建設関連04はおそらく酒場イベントのヴァリアント、18は牧場と学園の間なのでなんらかの施設建設だが……何だろう? 28は温泉の下、汎用建設の上なので、温泉のヴァリアントかもしれない。
  私は多少慣れてくるとかなり強引なプレイをする癖があり、そのせいでいくつかのフラグを取り落としたままになっていると予想される。他方、複数ヒロインのフラグ連携によるイベントという可能性は低そうだ。本作のフラグ体系は、いつもどおり、完全にヒロイン個別の平行進行になっていると思われる。だから、基本的にはいろいろな施設をたくさん建てながらゆっくりプレイしていけば、取り漏らしもフォローできるだろう。
  おまけコーナーも、「事件」の下の一つが開いていない。

  また、「複数エンディング同時到達」のボーナスで一部の系統が全部オープンにされてしまっている。回想コーナーは埋まっているものの、実際には本編では未見のものが多数存在する……筈なのだが、識別できなくなってしまっている。この仕様はひどいと思ったよ……せめて回想開放するかしないかの選択肢を与えてほしかった。


  初期雇用メンバーは、最終的には「木こり」「料理人」「山の民」「風俗嬢」「農業研究者」「占い師」「建築士」「教師」「芸人」と騎士10人にすると、スタートダッシュも出来るし中長期的にもバランスが取れると思う。プレイ目的によっては「冒険者」「軍師」を入れてもよいだろう。序盤から特産品が要ることは無いので「焼物名人」は取らなくてよいと思う。「芸術家」は、滞在延長効果がどのくらいかを確かめておきたい。


  ヒロインたち。
  レオナはメインヒロインらしく、複雑さと魅力のある良いキャラクター。まだ若いけれど内面的にはしっかり大人としての自我を確立していて、ちゃんと目的を持って生きているけれど、パートナーとの交流の中で現在の自分のより良いあり方を更新していっている、柔軟性のある感じが良い。
  騎士のヨミも、仕事上の真面目さと私生活の享楽的側面の取り合わせがなかなかチャーミングだった。関連イベントは、アダルトシーンばかりのようでいて、幕間イベントなどでちょっとずつ個性が浮き彫りになってくる感じが、いかにも内藤キャラの味わい。
  司教のエリーも、なかなか珍しいタイプのエキセントリックな性格が垣間見えるが、地に足の付いたキャラクター像にまとまっている。今回の綾音氏は、若々しい声色を保ちつつも、ちゃんとした成人のキャラクターに作り上げてきている。エリーもイファも、実は一枚絵は2枚ずつしかないのだけど、十分な存在感があった。
  コルネには、伏兵的な魅力があった。描写はそれほどでもなかったと思うが、イチャイチャシーンの中から次第に人柄の手応えが感じられてきて、「ああ、可愛いなあ」と思えるようになった。最終的にすごい名君になってしまうところも微笑ましい。
  ロゼは、羽高氏×羽高氏の頑張りがなかなかの聴きもの。

  原田ヴォイスのイーグル男爵はいったい何のために出てきたのだろうか。わざわざ立ち絵があるあたり、企画初期にはもっとイベントが予定されていたのかもと勘繰ってしまいそうになる。



  08/22(Tue)
  うう……もう今週末には新作が届くのか……。


  沙耶のフィギュアも店頭に並んでいたので、買いはしないもののひとしきり眺めてきた。原作ゲームでは、あどけなさといたずら好きなところと知的な機敏さがあったように思うが、このフィギュアでは大人びたクールな表情をしているようだ。肉塊部分は、もっと緑色や黄色が混じってビチャビチャグチュグチュしている方が良かt…こほん。
  まあ、戦艦プラモを4~5隻買える値段だしなあ……ということで、代わりにというわけではないが、米国戦艦キットを3隻ほど買ってきた。塗装見本を見るだに、巨大な幾何学的迷彩模様が実に楽しい。塗装するのは大変だが。


  [ www.animatetimes.com/radio/uqr ]
  佐藤氏が第2回のゲスト。思慮深さ、繊細さ、的確さ、そして豊かな響きのある声色と安定感のある語り口の中にそっと滲ませている柔和なユーモア。このようなお人柄の声優さんの中から――であればこそまさに――あのような正面から深く突きつめた卓越した芝居が出てきているのは、素晴らしいことだと思う。


  例の軍艦ゲームは、不プレイなモデラー寄りの視点では2015年頃にはピークを越えたかなと感じていたが、今回(来週末)の「こみトレ」カタログでは全サークルの四分の一ほどを占めていて驚いた。まだまだ熱気があるようだ。もちろん、「ユーザー規模」「作品の形態(メディアなど)」「二次創作の作りやすさ」「即売会個別の特性」などの様々な要因があるので、これのみでは一概には言えないが、私にも影響がありそうなジャンルが依然として活況にあるというのはそれはそれでありがたいことだ。忌憚なくエゴイスティックなことを言うと、「1/350比叡が出るくらいまで盛り上げていってほしい」というのと、「『信濃』の画像検索結果に介入してこないうちに終息してほしい」のとで、アンビヴァレントな気分ではある。

  もっとも、「信濃」のggl画像検索上位のほとんどが軍艦信濃のプラモ写真ばかりだという現状も、「信濃」という言葉の広がり――信濃国、信濃川、信濃町など――からすればこれはこれで致命的に偏っているのだが。

  ちなみに、こみトレは基本的に男性向けで、しかも二次創作志向がかなり強い。ただし、女性参加者もわりと多い(3割くらい)。女性向け即売会or女性向けサークルが多いのはシティの方だと思うが、そちらはよく知らない。そもそもこみトレも、個人的に注目しているゲームクリエイターさんが何人も参加されているから買いに行っているだけであって、そうでもなければ出不精の私が即売会の戦場に足を運ぶわけがない。あと、まあ、盲導犬募金をしたり、知人に会ったりもしているけど。


  余所のbloggerブログ(なんだか言い方が変だが仕方ない)で、URLがccTLDにリダイレクトされずに「~blogspot.com」のまま閲覧できるところがあった。どこの設定をどうしたら、そういう形にできるのだろう。bloggerは基本的には閲覧者の環境に(?)対応したccTLDで表示される――例えば日本からアクセスしたら「.jp」で表示されるし、ロシアからであればおそらく「.ru」となる――仕様のようで、リンク管理や既読カラーなどにも影響するため、可能ならばうちのブログもすべて「.com」表示に統一しておきたいのだが……。
  ともあれ、日本語bloggerブログに日本からアクセスしているのに「.com」のままというのは、その無機的な画一性の感覚がちょっと気持ち良かった。ただし、試しに「.ru」や「.de」などに手動入力してみると、どうやらいったん「.jp」にリダイレクトしてからさらに「.com」に再移動しているようだ。いったいどうしてそんなややこしいことに……。ちなみにうちのブログは、日本国内からアクセスした場合はおそらく、「.de」「.com」などのURLを指定しても自動的に「.jp」ページに移される。


  アメリカ艦の面白さに、ここ数日で急速に目覚めてきた。メカニカルにゴツゴツした構造物群が甲板上にきれいに詰め込まれているし、レーダー等の小物も(IJN艦ばかり見慣れた目には)なかなか物珍しく新鮮なデザインだし、幾何学的な迷彩模様も白黒単色のわりになにやらポップでたいへん面白い。日本の旧海軍艦も、表情豊かな艦橋や武骨なカラーリングが個性的だし、甲板上もべつにいろいろ詰め込んで並べ立てればいいというものでもないのだが、米国艦は米国艦でなかなかクールなところがある。
  今日もピッツバーグ(巡洋艦)を買ってきたが、「なんだこれは、遊んでいるのか」とにっこりしてしまうような楽しい迷彩柄になっている。70年以上も昔によくもこんなデザインの塗装を、全長200m以上の海上浮遊物に施したものだ。

  趣味の領域では、一つ一つの対象の面白さは感性的に認識され、感性的に選び取られる。もちろん理屈や知識がそこについてくることも多いが、新たな趣味嗜好を見出す初発のきっかけも、その対象を最終的に自らの趣味の対象として好むようになるのも、感性的なアクセスによるところが最も大きいだろう。少なくとも私自身の場合はその傾向が強いと思う。
  ただし、しかしながら、感性は知性よりも不安定であるが、同時に知性よりもしばしば狭隘であり、発展性に乏しく、固定的なものでもある。適切な仕方で新たな刺激が与えられなければ、それに反応できるレセプターはなかなか生まれてこない。これまでどおりのルーティンワークな趣味生活を送るだけでは、新たな趣味嗜好を獲得するのは案外難しいものだと思う。だから、新たな趣味的感性に目覚められたことは大いにみずから喜ぶべきだし、また、趣味嗜好を広げようとする場合には感性のみに頼るのではなく知性の助けを借りることも有用だ。「知的好奇心」と呼ばれるものがまさにそれであり、そして知的好奇心を常にできるかぎり活性化させておくことは、けっして容易ではないが人生を楽しむうえでの見返りもきわめて大きい。
  では、最初に述べたように、感性的アクセスが初発のきっかけになりやすいと述べたのは、矛盾しているだろうか。矛盾のないように双方を結びつける仕方の一つは、「知性はたしかに有用なのだが、しかし実際には人々は趣味を拡張することにみずからの知性をめったに使用していない」という命題を挟むことだろう。まあ、私自身もそうだし。あるいは、「知的好奇心は、感性的反応の感度を上げるという形で、趣味判断のキャパシティを広げることに寄与している」という側面もあるかもしれない。

  えっ? カント? そんなものはもう忘れたよ。


  ブラックジョークの話だけど。胃:王都#41の08:45は抱腹絶倒ものだった。ハムカツ氏が言いかけたところで「ん?」と不穏な気配を察して即座に制止のツッコミを入れるマエストロの反応の早さが絶妙。ハムカツ氏が表情などでサインを出しておられたのかもしれないけど。



  08/18(Fri)
  [ www.escude.co.jp/product/akatoki2/chara04.html ]
  なん…だと……大波氏が『ヴェルディア幻奏曲』以来のEscu:de作品に出演されるとは!
  白月氏は『Re;Lord』のフィーネ役で憶えている。手塚氏と民安氏は、えーと、民安氏はEscu:de作品には初出演で、手塚氏は『プリスター』があったか。


  そうか、「お誕生日おめでとう、サーニャちゃん」の日でもあったのか。
  というわけで再視聴。ああ、やっぱりサーニャさんは可愛いなあ。


  IKEAにもサルミアッキは無いのか……。フィンランドに限らず北欧全般で食べられているらしいのだが。IKEAはスウェーデン企業なので、フードコーナーには「バニラクリームを青いスポンジケーキで包んだロールケーキ」(つまり国旗の二色)が売っていた。見た目はなかなかショッキングだが、味はまとも。


  アニメディスクは、制作体制の不公正さに対する疚しさ(信じがたいほどのアニメーター搾取)や視聴時の煩わしさ(入れ替えの手間、アプリケーションの重さとUIのまずさ、ロゴ表示の鬱陶しさ)もさりながら、パッケージングが気の利かない作りになっているのも購入意欲を著しく削ぐ。オビは重要な基本情報を記載してあるわりにきれいに収納できないし、プラがやたら硬いせいでディスクをきれいに取り出せないし、余計な特典グッズ満載で価格水増ししているように感じるし……。
  セットものでも、例えば複数のディスクがずらして二重に重ねてレイアウトされていて、上のディスクをいったん外さなければ下のディスクを取り出せないものがあったり(見た目はきれいだけどこれは駄目でしょ)、あるいは3枚以上のディスクがロールケーキのように連なっていたり(巻物かよ)。中味は素晴らしいだけに、それらを享受するのにパッケージング設計が障害になっているのは、なんとももどかしく悔しく苛立たしい。PCゲームでは、凝ったパッケージの場合でも、そのようなチープな失策はほぼ皆無なのだが。

左は、6枚(6面)ものケースをグルグルと折り畳んでいく仕様。6面目まですべて開かなければ、6枚目を取り出せない。同じような仕様のボックスセットは、他にも時折見かける。右は、下のディスクを取り出そうとすると、まず上のディスクを外さなければいけない。この二つは、内容面ではむしろ非常に優れた作品なのだが、ディスク収納の仕様は思い出せるかぎり最悪の例になっている(泣)。


  立場の如何にかかわらず、ああいう人やああいう人たちは歴史が怖くないのだろうか、自分の名を大事にしないのかと訝らずにはいられない。後世の人々からは間違いなく道徳的愚行、政治的蛮行、非理性的暴言として言及され、その当事者として歴史に汚名を残すであろうに……そのような者として自分の名が歴史上に記憶されることを恐れていないのだろうか。



  08/16(Wed)
  アニメは視聴覚メディアの創作物であり、それゆえアニメ作品の解釈や批評は美術的アプローチであったり映像学の知見の上に展開したりすることができるし、また当然第一にそうすべきものだろう。カメラワーク、色彩設計、カット割り、音響演出といった次元で、そしてそれらの連動した総体として、個別作品の特質と技巧と達成を指摘するものだ。実際、海外(とりわけ映画学の普及した米国)のアニメ研究は、そうしたオーソドックスな議論を展開し蓄積している。
  しかし、日本国内のアニメ論はいまだきわめて貧弱であるように思われる。映像の細部に多少踏み込んだ議論でも、せいぜい場当たり的に図像学めいた手つきで(スタティックな静止画で済む範囲で)「こんなオブジェが描き込まれているのはこういう状況を象徴しているのだ」などといった指摘を並べるくらいで、映像演出それ自体についてはほとんど何も語られないし、ましてや体系立った議論には程遠い。ドメスティックな(とりわけオタクの中での)アニメ論には、絶望的なまでに悲観している。
  結局のところ、制作過程に目を向けない議論は、上滑りした見当違いのものになりやすいという、ありがちな話なのだと思う。制作の現場に立ち戻って、そこから何が起きているのか、何故こうなっているのかを跡付けるところから始めなければ――それが目的や結論になるわけではないが必要な前提になるのだ――、場当たり的にちょっと面白い指摘をするブログエントリが浮かんでは消えていくばかりで終わってしまうだろう。

  「学」のレベルで扱うということは、個々の議論を公平かつ客観的な形で展開させ(つまりバイアスをできるかぎり排除しつつ第三者にも理解できるような形にさせて)、それらの各論的分析をより大きな展望の中に位置付けて評価できるようにし、さらにそれらを相互に結びつけて新たな展望を得られるようにし、そうしてそれらを蓄積して繰り返し参照し再検討し改良して先へ進んでいけるようにするということだ。それが(まだ)何も無いのだ。
  もちろん、私が試みてきた一連のゲーム演出論も、学として成立させるための準備作業のためだった。実際にどこまで成功しているかは分からないが、そうした道筋をつけられるように、あるいはその見本となり得るようには心掛けていた。


  術語としての「軍属」とは、おおまかに言えば軍隊に所属してはいないが軍隊活動に参加している者のことを指すのだが、世間的には「軍人である地位(身分)」や「軍隊組織に正規所属しているという状態」を指す言葉として使われており、状況によってはほとんど正反対の意味になってしまいかねない。「軍人」というとまさに個人のことを指すように感じられがちだし、「軍人の身分にあるという状態」を婉曲に指示する簡潔な単語は既存の一般的な日本語の語彙には存在しないので、たまに目にするそれらしい言葉がそこに入り込んでしまったのだろう。どうやら言葉というものはそういうもので、あることを簡潔に言い表す(ものだと共通了解されうる)言葉があったらちょうど良いというスペースには、誤用であれ造語であれ、なにかしらてきとうな言葉が嵌まり込んでしまうことがある。それに対して、その言葉を別様の意味で用いていた小集団は、不平を漏らすことはあるとしても、苦情を申し立てて批判する権限は与えられていない。


  夏休みのうちに日本橋へのオタ遠征もしておきたい。今週末くらいに行っておくか、それとも来月(例えば、こみトレの後)にするか……。


  ヤード・ポンド法も一つの文化なので、国際規格に合わないからと軽々しくバカにしたりその絶滅を願ったりするのは、控えめに言っても異文化に対するディーセンシーを欠く振舞いだろう。日本人にも一部にそういうことをなかば冗談めかして公然と口にする人がいるが、冗談でも――あるいはブラックジョークに踏み込んでいることの認識および配慮を伴わずに――そのようなことは言うべきではない。


  「胃~之煮」を聴いて以来、サーターアンダギーが必殺技の名前のように聞こえるようになった。ごろっとしたかたちで実の詰まった、マイルドな味わいの沖縄風ドーナツといった感じ。


  この単語を使うこと自体、いささか躊躇するところだけど、いわゆる「老害」、つまり「キャリアは長いが生産的なことが出来ずにおり、それどころか周囲に迷惑を掛けている人」がジャンルを衰退させるというのは因果関係が逆ではないかと思う。「そういう人々がいるからニューカマーが離れていってジャンルが縮小する」というのではなくて、「ジャンルが縮小していくと、当該趣味に関してつまらないことしか出来ないのにその趣味に執着するというような輩しか残らなくなる」ということではないかなあ。
  個々の趣味(のジャンル)の消長盛衰それ自体は、経済的文化的政治的なさまざまな事情によって左右されるものであり、ある時代のある状況下では広汎に流行した趣味が、ほんの少し変化した別の時代の別の状況下では沈滞するというのは、よくあることだ。それはそれで仕方ないことなのだが、ある趣味が「その時代にはあまりウケない趣味」になり、それを楽しめる人が減少した時に、1)多くの人は、楽しめないので素直に離脱する(あるいは近づかない)が、2)その趣味を依然として楽しめている比較的少数の人はマニアックな人として留まり続け、そして同時に、3)もはやあまり楽しめなくなっているがうまく離脱できずにいる人は当該趣味に留まり続けながらネガティヴなことばかりを言い続けてしまうだろう。例えば和服文化も、そのような経緯を辿ったという者がいるし、オタク文化や隣接諸領域でもあれやこれやがそうなったようだ。
  要するに、「衰亡したジャンルでは、結果的に『老害』の存在がよりいっそう目立つようになる」ということであり、しかしそうした経験則が、因果関係を誤認して「『老害』が新規参入を阻むことによってジャンルが縮小していくのだ」と捉えられるのではなかろうか。その趣味が面白いものであれば、邪魔な人が多少存在しても新人たちはどんどんそれを楽しんでいくだろう。周囲の無理解にもかかわらず若者によって新たな趣味が勃興するのと同じように、既存の趣味もまた、頭の固い古参との衝突があろうが新たな参入者と新たな感性によってどんどん刷新されていくという生成変化を不断に続けているものだろう。
  基本的には個人的主観的な事柄である「趣味」の諸領域に関しても、その盛衰はマクロレベルの事態によって決まるところが大きいのであって、その中に愚かな個人がいくらか存在する程度ではジャンルを左右するほどのたいした影響は持たないだろう、というのが私の基本的な考えだ。ただし、スポーツにおけるスター選手の登場が典型的であるように、特別にきらびやかな活躍をする個人の存在が一つの趣味を爆発的に伸長させるということは確かにあるが、特別に愚かな人の存在が、その愚かさを対外的に見せつけるだけで一つのジャンルを萎ませるというのは滅多に無いことではなかろうか。たとえば、「統一団体のトップにたまたま暗愚な人物が就任してしまって、その者が致命的な運営上の失敗を繰り返すことによってそのジャンルが立ちゆかなくなる」といったことはあるかもしれないが、それは個別的具体的実際的な「失敗」の問題であって、いわゆる「老害」のイメージとはかなり異なっている。

  趣味の領域は基本的に実利の問題ではなく主観的な嗜好の問題であり、したがって利害得失を客観的なかたちでひとしなみに決定することは出来ない。なにを良しとするかは、そのジャンルに参加している人々の間でおおまかに共有される価値観によって左右されるが、その価値観は絶対的な規範ではないし、またその内容を参加者たちが変化させていくことは可能だし、実際しばしばそうなっている。だから、愚かな人々や余計なお節介には取り合わずに、一人一人が自分なりに楽しいと思えることを追求していけばいいと思っている。絶対に守らなければならないのは、せいぜい、スポーツにおける身体的安全確保のための一連のルールや、特定のレギュレーションを受け入れている場面(例えば特定のコンテスト)ではそれを遵守しなければならないという契約的制約くらいのものだろう。
  もちろん、これまで多くの人々が真剣に熟考しつつ展開してきた慣行や基準や知見はしばしば妥当なものであり、その蓄積は尊重すべきであり、それを自らのものとして受け入れている人々の価値観も一つの価値観として尊重すべきではある(つまり安易にバカにしてはいけない)。しかし、上の世代から「そんなものはSFではない」「スケールモデルとはこうでなければいけない」と言われても、それを突っぱねて「それでも私はこういう作品を楽しみたい、こういう形で楽しみたい」ということは出来るのだ。
  その際に、自分はこのような観点でこのようなありようを目指しているのだということを、きちんと考えて表明できるようにしておくのも良いだろう。理屈を、原理を、哲学を持つことは、当該趣味において他人の意見に盲従するのではなく自分なりの判断が出来るようにする基礎となるし、それとともに、自らの楽しみをよりいっそう深めることにも寄与するだろう。


  巨大娘に目覚めそう……いや、目覚める、私は目覚めたぞ!



  08/14(Mon)
  休暇中だからと昼夜を問わずゲームをしていたら、うぐ、身体の芯が歪む……。長時間のデスクワークは危険だ……。


  『領地貴族』体験版公開。感想とメモは別ページに。


  【 AVGの立ち絵システムと声優の芝居 】
  AVGの一般的な立ち絵システムとその下で展開される会話劇スタイルは、役者にとっても演じやすい条件かもしれない。つまり、
  1)シーン毎にどのキャラクターがそこに居合わせているかが明確である。また、20時間以上に及ぶ脚本全体を通しても、登場人物の数はそれほど過剰にならないし、キャラクター間の関係も明確である(呼称表もあらかじめ作成されているようだ)。そのため、その都度の相手に語りかける時も、声優が台詞の意味合いと位置付けを見据えてそのニュアンスをコントロールしやすい。
  2)キャラクター間の距離感も明確である(あるいはあまり気を払わなくてよい)。大声を出したり、振り向いたりするといったような状況や、位置関係の変化はあまり生じない。会話に参入してくる時や立ち去って行く時も、地の文から明確になる。そのため、演技における距離感の「間違い」が生じにくい。アニメ収録では、アフレコ時点で映像が出来ていない(演者は未完成の映像しか見られない)こともしばしばあるようで、距離感の間違いも時折生じてしまうらしい。
  3)基本的には全身運動を伴わないので、そうしたことを無理に表現する必要が無い。走りながらの台詞、格闘戦の最中に複雑なアクションをしつつの台詞、身体をひねって後ろの席に語りかける台詞、等々……そうしたことに拘束されない。もちろん、熟達した声優はキャラクターの身体の動きをも声で表現することができるし、物理的運動(の表現)に合わせた演技も芝居の面白さも一つではあろうが、それはキャラクター表現の核心部分というわけではないし、また、AVG表現の自由さは個々の声優にそうした要素をアドリブで入れられる余裕をも備えている。
  4)個々の台詞の開始/終了のタイミングや口パクのタイミングを気にしなくてよい。アニメや吹き替えの映像の「尺」に正確に合わせた芝居が出来るのは、現代声優の専門的な技量の一つではあるが、それは芝居の創造性とはあまり関係のないことだ。個々の声優が、キャラクター理解と台本解釈とシーン把握を踏まえつつ、その都度のキャラクターにとって最善だと判断したテンポで、他の要素に気を遣わずに、そしてもちろんマイクワーク(マイクの交替使用)も気にせずに、自分の芝居に集中することができる。また、録り直しも比較的容易だろう。もちろん、他の共演者の居合わせている場面で音声空間を共同形成していくライヴ感も芝居の醍醐味の一つではあろうが、それとは一味違った仕方でみずからの演技を彫琢し深化させていくことができる機会だろう。
  例えばこのあたりが、アニメや吹き替えに対するアドヴァンテージとして作用しているのではないかと思う。アニメはアニメで、吹き替えは吹き替えで、あるいはナレーションや司会業もそれぞれに声優の精髄を発揮する重要な現場ではあろうが、ゲーム収録もこれはこれで声優にとって楽しい現場であってくれたらと思う。


  役(芝居)を離れた個人の内面はユーザーにとってはどうでもいいことだし、推し量りようもないのだけど、「いったいどうしてこの役者さんはアダルトゲーム分野に参入されているのだろう?」と訝ってしまうような方がいる。よその場面むにゃむにゃでのトークを聞いても、まるでオタク趣味(萌え文化)とは無縁そうな雰囲気だったり、この分野の作品に不可避的について回るアダルト要素についてもちっとも興味が無さそうだったり(実際、アダルトシーンが下手だったり…むにやむにゃ)、そういった内面的コミットメントを感じさせないのに、しかしそれでいて、実際に音声として出てくる芝居は抜群に素晴らしいというのを体験すると、「役者の可能性」や「人間の意識のありようの不思議」を突きつけられたような気持ちになる。例えば、にしださんとかういさんとかみるさんとかしばはらさんとかあきのさんとか……いったいどういう人間性とどのような感性といかなる技術があったら、この分野で堂々とこんな芝居を作り上げていくことができるのだろう。

  声優の中には、「芝居は好きだが人前に出るのは好きではないので、映像や舞台の役者ではなく声優ならば、表に出ないで裏方で芝居をしていられる」と考えてこの道に進んだという方もいる。たしか海原氏もそんなことを語ったおられたはず(※たしか「中目黒モンキーパーク」のトークだったかと記憶する)。


  ことりいさんについては、いろいろ見聞を深めて「ああ、こういう人柄とこういう芝居観の方だからこんなアプローチの演技になってくるのかなあ」という感触――ただの思い込みかもしないが――が得られたので、そんなに怖れることもなくなってきたのだけど、その一方、しらゆきさんはいまだになにやら不可解な恐怖の淵源であり続けている。もちろん「恐怖」というのはおそらく適切ではなくて、是々非々をきちんと判断しつつ言うべきことはきちんと言葉にされるタイプの方だろうかなあとは思うけれど、同時にシャレの分かる懐の広さも備えており、自分なりの趣味を確立されている方でもあるのだろうけれど、しかし、なんとも言い知れぬ、役者としての底知れないポテンシャルが、素人の私をしてこの方を畏敬せしめているのではないかと思う。演じているキャラクターはわりとオタク向けな性格づけなのに、しかもご本人はもしかしたらオタク趣味に通じておられるらしいのに、実際の芝居は非常に折り目正しい本格派路線をしっかり突き詰めているというところが、聴く側が居ずまいを正さざるを得ない存在感につながっているのかもしれない。


  というわけで新作は26日(土曜)に届くようにしてあるのだけど、それまではどうしようかな。

  先月発売の『アペイリア』もまだプレイしていないのだった。あの範乃氏の脚本で、しかもシルキーズプラスブランドという、たいへん恵まれた作品であることがほぼ保障されているので、できるだけ早く着手したい。

  ほんの一枚の印象的なサンプルCGを目にしただけでも、そのタイトルを買おうと決意するには十分だ。この一枚絵がいったいどんなシーンで、どのような脚本とどのような声優とどのようなBGMとどのような演出で、プロット全体の中ではいかなる位置づけを占めて、オリジナルサイズではどれほどの美しさを湛えつつ現れるのだろうか。それを夢想しつつ到着を待つだけでもこんなにも楽しいのに、製品版が届いたら実際にそれをプレイし、実物をじっくり眺めることまで出来てしまうのだ。なんという幸せだろうか。



  08/09(Wed)
  STP/胃のテニス部「部長」さんというのは、何者なのだろう。「こういち」さんと呼ばれていたから、飯塚氏のことなのかな。それとも、中國氏の事務所のマネージャーさんがテニスのインストラクターをされていたという話もあったから、もしかしたらその方かもしれない。明言されていないのでよく分からない。


  新記事:「本職声優の意義と素人吹き替えの困難
  難しい問題だと思うが、世間の議論で看過されがちな視点を取り上げつつ、私なりの理解を整理しようと試みた。要するに「個別的には出来の良い素人吹き替えもあるかもしれない」、「しかしそれは他のスタッフの追加的負担の上に成り立っているものだ」、「だからそういうアプローチが蔓延するのは良いこととは言えない」といったような話。


  大航海ラジオは、私には合わなかった。トーク全般に落ち着きが無い感じがあったし、一本調子でひねりのないお色気ネタを連発するのに食傷したというのもある。しろき氏のガラガラ声芝居も苦手だった。


  「GROCRAPER 第3新東京市」は、第4使徒を一発で引けた。


  このままじゃ、『D+VINE[LUV]』を3周目プレイしてしまう!?
  (※『このままじゃ、姉と~』のもじり。このネタは以前もしたような……)

  実のところ、規模が大きすぎないSLG作品は、一通りプレイしてからが本当の勝負になることが間々ある。つまり、最初にシステムとフラグとシナリオをおおまかに把握して、再プレイでは細部の条件を検証していって、そして条件を確定できたら3巡目以降では、コンプリートを目指したプレイや独自コンセプトのプレイなどをいろいろ試みていく。場合によっては、ゲームエンジンの仕様や性能を確かめるためにもチーt…こほん。最も適しているのはSHC作品だが、『少女魔法学』なども楽しかったし、この作品のように程々の規模のRPG作品でも反復プレイはわりと頻繁に行っている。ランダム性によって彩られながら、システムの中で泳ぎ回るのが楽しいのだ。

  楽しいには楽しいのだけど、再プレイばかりでは新作に手が回らないというのも確かで……。


  コミケでの会話は、基本的にオフレコだと思っていたけど、世間の認識は違うのか?
  1)原則的には、すべてオフレコ。
  2)世間話や、こちらから振った話など、相手に迷惑の掛からないことであれば多少はOK。
  3)ただし、会話内容に触れる場合は、できるだけ濁して書く(詳細には書かない)。
  4)当人または第三者のプライヴァシーに関する話は絶対NG。
  5)イベントスペースでの発言は、条件次第(オフレコが明言されていないならば原則OK)。
  6)企業出店のスタッフでも、当該企業及び商品に関する話以外はNG。
  だいたいこのくらいの認識なのだけど……。イベントで誰々さんがこう言ったというような話は、ネットに書かないのが当然のルールであり、そしてその方がお互いの利益にもなると思う。くだけた雰囲気のイベントの場で、客の一人にたまたまポロッと言ったことでも、フォーマルに言質を取られるような世界になったら、スタッフは迂闊なことを絶対に漏らさぬよう警戒せざるを得ないし、名義問題などについても冷淡な対応しか出来なくなっていく。また、イベントの場での私的な会話の内容は、第三者が裏を取ることができない。その発言が、あるいは「そのような発言があったという言及」が、虚言や事実誤認であるかどうかが他人には判断できない以上、そうした言及は鵜呑みにしない方がよい。

  つまり、某声優さんの件だ。平均以上に慎重な方々までぶっ通しでRTして確定情報として言及しているのは、見ていてモヤモヤする。その発言の投稿者に十分な実質的信用があるのかもしれない(私は全然存じ上げない人物だ)し、さすがにこんなことで嘘をつくことはまず無いだろうけれど、第三者の仕事上の去就に関する話がこんなあやふやな形で広められるのは非常に危なっかしいと思う。
  (あのかたのあらたなおしばいがきけないだなんて、わたしはしんじないからな!)

  松永氏の場合は、なんだっけ、どこかのメーカーの制作スタッフがwebラジオかどこかでそう発言したのだっけ。それならば、公的な場での責任ある発言ということで、信用ベースで聞くべきだろう。そちらはそちらで悲しいニュースだったが。



  08/06(Sun)
  『領地貴族』、早くもマスターアップ。せっかくだから今月は早めに予約を入れようかな。日曜日のうちには新作チェックしておこう……と見てみたら、例年8月の常で、いわゆるビッグタイトルがあまり無いようだ。


  サルミアッキも最後の一粒◆に……食べきってしまうのがこんなに惜しいスイーツ(全然スイートではないけどな!)は久しぶりかも。最後までしっかり味わって食べよう。もっとも、入手は難しくないので、もう一箱、あるいは二箱以上でも買ってくればいいのだけど。買って、そう、買えば……買う……買ってこようかな。


  日曜日の午後11時に。ついうっかり『D+VINE[LUV]』のディスクを取り出してしまった私の明日はどっちだ。棚から掘り出すのに失敗していれば、安らかに眠ることができたのに……。「ジャマダハル」の件の確認もあるが、武器強化に関する完全な情報がwebにも無いので、できればなんとかしたいところ。いったい十何年越しの懸案なんだか。

  ……と、始めてみたはいいが、条件調査が面倒すぎる。
  1)アイテム入手は、雑貨屋の固定リストのほかは、市場の高額販売と、敵からのアイテムドロップによる。しかし、市場(少年)の売り物はおそらく到達階層に規定されるため、ゲーム進行が停滞を余儀なくされる。しかも、一回の販売ではほんの数個しか提示されないため、ダンジョン出入りを繰り返す必要がある。しかもアイテムは800種類以上もあるので、遺漏のない調査をするのはきわめて困難。
  2)その一方、敵ドロップは、おそらく階層準拠で決まっていると思うが、敵によって違いがあるかどうかが判断しづらい。少なくともボスドロップはアイテムテーブルが異なるが、通常敵と宝箱については不明。
  3)そもそもアイテムの種類が膨大なので、そもそもアイテムコンプリートすら困難だし、ましてやパターンを抽出するのも困難。
  4)各アイテムの強化ステータスを確かめるのはさらに大変。svdtコピー(バックアップ)で多少は労力軽減されるが、それでもかなりの手間になる。 しかもステータス変化や属性効果、特殊効果なども含めると情報量が多すぎて、見やすい(実用的な)リストとして整理するのもきわめて難しい。
  ……これは無理だな。

  (プレイし続けて、ふと気付けば午前5時過ぎ……明日今日の仕事はどうしよう。)

  起きるのがつらくなるなあと思っていたら、警報でお休みになった。なんという幸運。珍しく徹夜をした日にこうなるとは。世界は私をこんなに甘やかしてくれなくてもいいのに……あるいは、私はこうしてもっともっとゲームに勤しむべきだということなのかも(――とはいえ、講義の方は終わっているし、それ以外の仕事もわりとフレキシブルにやれるので、実は休みになろうがなるまいが大差ないのだけど)。

  というわけで『D+VINE[LUV]』での表記は「ジャマダハル(※これが正しい)」ではなく「ジャダマハル」だった。残念ながらスクリーンショットはうまく撮れなかったが。ゲームエンジンそれ自体に実装されているSS機能の方はザラザラのノイズbmpになってしまうし、キャプチャソフトを使ったら盛大に色化けしてしまった。おそらく昔のXP機でプレイしたせいで、正式対応しているwin95/98であればきちんとSS撮影できただろう。ちなみに、win7以降になると、ゲーム画面そのものが色化けする。

  イベントテキストはほとんど飛ばしたので、15時間でクリア(ゲーム内カウント)。脇筋イベントを無視してひたすら先へ進むプレイをすれば、4時間台でクリアできると思う。突き詰めれば3時間台も出来そう。

  架空世界の生活を広く表現するロールプレイング作品ということもあり、ヒロインもほぼ全員が職業人。昔は聖職者のマナティさんや診療所のシヅキ先生が好きだったけど、再プレイしてみると冒険者ギルドのマリ子さんやシスコンのラエラも可愛いと感じるようになった。



  08/03(Thu)
  ……はっ、口寂しい時に、ついサルミアッキを食べてしまっている。最初に食べた時は、40gの箱を完食できるかどうか危ぶんでいたくらいだったのに……。甘くないので食べてもクドくならないし、一つ一つの粒が小さいので気軽に口に入れられるし、噛まない(噛んで食べる気にならない)のでずっと口に入れておけるし、程々の刺激があるのも(眠気覚ましというほどではないにせよ)デスクワークに適しているし。日本風の味覚にとってはおいしいとは言いがたいし、べつにフィンランドへの連想を誘うようなものではないが、これはこれでなかなか乙なものナンダナ。◆◆◆


  広島では、若い人でも(しかも女性でも)、本当に「じゃけー」「じゃけん」と言うんだ……初めて耳にしたかも。文字にすると少々激しいイメージになるが、実際に音として聞くぶんにはまったく気にならない(当然ながら、「じゃけ」部分には強勢が置かれない)。関西弁でいう「~やねん」「~やから」の「や(ya)」の部分を「じゃ(ja)」に変えたようなもので、意外なほどナチュラルでフレンドリーな響きになっていた。

  ちょうど先日言及した『おたマ!』は、ヒロインの名字がオタク街シリーズで、日本橋(大阪)や大洲(たぶん名古屋の大須)と並んで大手町(広島)がある。『夏恋ハイプレッシャー』の広島弁ヒロインには、このブログ(2014年4月)でも言及していた。歴史ものを別論とすれば、他に広島人ヒロインはいたかなあ……。
  自分のブログを検索してみると、そうだった、『プリンセス小夜曲』のサブキャラにもいた。web検索すると、『恋せよ!! 妹番長』にも広島ヒロインがいるが、広島弁ではなかったようd……って、なんと、榊るなヴォイスだと!? どちらも、映画などで見られるジャパニーズマフィアのイメージを踏襲しているようだ。


  LNAF.OA#20。「エイライルマタルユーティライネンヤクノオオハシアユルデース!」をほんの一息(約2秒)で言い切るとは、ずいぶん慣れてらっしゃるなあと数えてみたら、52+77+20でもう149回になるのか。さすがの熟練なんだなー。(サルミアッキもぐもぐ◆◆◆)


  久しぶりに、歯を磨かずに就寝してしまった……。幸いにも寝る前までサルミアッキ◆◆◆を食べていたおかげで口の中がべたべたすることは無かったけど、なにやらレッツ背徳な感じで、気分は良くない。

  40gの黒い◆が残り少なくなり、食べきってしまうのが惜しくなってきた。けっしてそんなにおいしいというわけでもないのだけど、そこらの甘ったるいばかりのチープなお菓子よりは食べられるし、いったん慣れてしまえば食べ飽きない味だろうと思えるし、これはこれで……いや、べっ、べつにあんたのことが気に入ったわけじゃないんだからね! 捨てるのももったいないから、しょうがなく義理で食べてあげてるだけよ、だから勘違いしないでよね!(もぐもぐまうま)



  08/02(Wed)
  『領地貴族』OPムービー公開。


  【 ユニットの性能と配置 】
  戦略規模のSLG+AVGでは、複数のユニットを様々な任務に配置することがよくある。経営SLGでも、同じように役職任命システムを伴う場合がある。それらの配下ユニットの性能をどのように設計するかは、ゲームバランスに関係するだけでなく、キャラクター表現にも関わってくる。
  1)それぞれが機能特化している。SLG作品では最もオーソドックスなアプローチ。各ユニットの個性ははっきりするので、キャラクター要素のあるSLG+AVG作品でも、よく使われている。ただし、役割が固定化(プレイスタイルが固定化)しやすいというきらいがある。
  2)育成すれば、どれも同じように育つ(どれも汎用的に使える人材になる)。「育成」というプレイヤーの関与が反映されるため愛着を持てるようになるし、無駄なユニット(無能ユニット)を作らずに済むという利点がある。究極的には似たり寄ったりの性能になりかねないが、育成対象の選択の問題があるので、そうした問題を表面化させずに済ませることもできるし、育成対象選択の段階でもプレイヤーの意志が反映される。
  3)育成の仕方に幅があり、各ユニットの性能が必ずしも固定的ではない場合。プレイヤーが介入することによって成長の仕方をコントロールできるというタイプもあれば、ランダム成長によるタイプもある。特に前者の場合は、プレイヤーの意志をゲーム状況に反映させる要素が強まる(つまり、参加的/挑戦的/褒賞的性格が強まる)し、ゲームをボリュームアップさせる手段にもなり得るので、多用されやすい。

  さらに、そうしたユニットの数が限られているかどうか、保持数には限界があるか、調達(取捨選択)が容易であるかどうか、調達コストと維持コストはどうか、性能(および育成結果)があらかじめ判明しているかどうか、ロスト可能性はあるか、といった要因もある。

  『Vantage Master』は素晴らしかったなあ、という毎度の結論。

  SHC作品でいえば、『葵屋』にはユニット要素は(ほぼ)無し。
  『うえはぁす』の特殊カードは、入手機会が限られ、入手内容もランダム性があり、保持数も5枚までと限定されている。双六型逃走ゲームの枠内で、独自の面白味を追加するものだった。
  『海賊王冠』のカードは、武器としても使えるし、財宝として売却することもできる。戦闘用の基本的なカードは購入できる。また、自船に投資すれば倉庫を拡張していくことができ、育成の手応えを感じられるものになっていた。『プラネットドラゴン』も、自船の拡張強化が可能。
  『真昼』は、配下ユニット制。ユニット数の枠には余裕があるが、各ユニットは個性的な特殊スキルを持っているが、ユニット入手とユニット成長はランダム性が強く、プレイ期限もあり、さらに引継ぎもできない。繰り返しプレイをして、その都度の変化を楽しませることに寄与していた。主要キャラクターは一般ユニットよりも強いし、ロストしないという特性もある。
  『アルフレッド』は、配下ユニットは5名の固定メンバー。それぞれステータスが多少異なるが、すべきことは同じだし、プレイは無期限だし、無茶をすれば序盤からLv99にすることもできる。それぞれのユニット(キャラクター)のイベント発生に関わるため、全員を使っていくことになる。
  『ブラウン通り』は、依頼を出す冒険者チームがある。加入および成長はランダムで、プレイ期限があるが、経営SLGのおまけ部分にすぎないので問題にはならない。丁寧に育成していけば、難しい依頼をこなせるようになり、高額商品を持ち帰ってくれたりする。『悪魔娘』にも同じようなシステムがあるが、そちらも引継ぎは無い。
  『LEVEL JUSTICE』は、戦闘ユニットになる「怪人」たち。加入と成長にランダム性があるが、作成元アイテムに応じて成長傾向が異なり、それによってゲームバランスが調整されている。成長幅がかなり大きいので、気楽にプレイできる。全体として、ユニットの違いはあまり意識されない。
  『巣作り』は、配下ユニットを購入する仕組み。成長幅がかなり大きいが、大規模な多対多戦闘システムであり、ユニットロストする可能性も高い。スキル修得はユニットの種族毎に一定範囲のランダム性があり、ユニットの多様性と育成の手応えは、たしかに引継ぎ周回プレイの楽しみにつながっていた。『勇者砲』は、ステータス成長を拡大しつつ、スキル要素は装備品の形にして、組み替えの余裕を提供した。
  『南国』はきわめてユニークであり、主人公以外の9人の漂流者たちは、サバイバルに協力してくれる仲間でもあり、また場合によっては主人公を妨害したり敵対したりする相手でもある。メンバーは固定で、延々プレイしていれば全てのスキルを修得することも一応可能。『DAISOUNAN』も大枠は似たようなもの。
  『Dancing Crazies』は、『真昼』を戦闘特化させたようなゲームシステム。配下ユニットはロストする可能性があるし、育成してもそれほど強くはならない。主要キャラクターのユニットはわりと強力だが、コモンユニットは数合わせの域を出ない。
  『グリンスヴァール』では、学園在籍者は基本的には統計的、割合的な存在でしかない。ただし、メインヒロインたちが登場していれば、防衛戦闘や実行可能コマンドに変化が生じる。
  『王賊』は、戦争SLG。兵種ごとの違いがあるが、育成していけばどれもそれなりに強くなり、スキルもプレイヤーが選択付与することができる。ただし、最高ランクまで育成してもそれほど強くはならない。また、一部のユニットが圧倒的に強力なので、ユニット間の使い分けという点ではそれほど複雑なものではない。
  『Climber』は、メインヒロイン一人だけ。『魔剣』もほぼ同じ。成長の仕方は、プレイヤーがほぼ完全に制御できる。
  『忍流』の配下ユニットは、ステータス成長とスキル修得があり、育成していけばどれもほぼ最高値になる。多数の配下ユニットたちをさまざまな任務に出していくゲームなので、ユニットの頭数と性能が決定的に重要になる。言い換えれば、有能なユニットが何人いても困らない。性能の格差がありすぎたならば、プレイイングがかなりややこしくなっただろう。
  『BUNNYBLACK』シリーズは、配下と引き連れてダンジョン探索をするRPG。一度に帯同できるユニットの人数は限られているが、多数のユニットをストックしておけるし、高いレベルまで育成すればたいていのユニットは使える。『BB3』では、施設運営にも使えるようになり、ユニットの配置の面白味が増した。いずれも、ユニット保持数の締め付けは厳しくないし、プレイ期限も無きに等しいので、余裕を持って育成していける。
  『雪鬼屋』は、従業員ユニットを役職配置していく。ユニット毎にステータス成長のパターンは固定だが、育成の仕方次第でスキル修得は変化する。経営SLGとしてのシステム全体がかなり複雑で効果が見えにくい。
  『門』では、防衛の各部隊はそれなりに成長するが、強化には限界があり、それほど強くはならない。また、ユニット配置にもターン消費するため、多数のユニットを保持してもあまり意味が無い。部隊にリーダーを配置することもできる。
  『アウトベジタブルズ』は、おおまかには『うえはぁす』の拡大洗練版と言っていいだろう。ヒロイン二人の成長は、使用可能なカードという形で表現され、どのカードを取得するかはプレイヤーが完全に指定できる。ツインヒロインではあるが、成長傾向(取得可能なカード)には多少のちがいがある。効率的なプレイを目指すと、一人のヒロインのみに育成を絞った方がよいというのは、美少女ゲームとしてはいささかプロブレマティックな仕様だった。

  もっと詳細に検討すべきテーマだと思うので、折を見てあらためて丁寧に個別作品の特徴を整理しておきたい。「ユニット」という形で表現されているが、要はシミュレーションにおけるリソース管理や投資収益の問題なので。しかも、それと同時に、AVG+SLGではキャラクター表現をも意味し、とりわけソフトハウスキャラでは、多数のキャラクターがそれぞれの利害関心を持って行動し相互作用しあう状況そのものが重要なので、「ユニット」として扱われるそれらのアクターたちの作中社会における位置づけも考えなければいけない。

  マルチアクター状況をどのような仕方で表現しているかという、表現手法の問題でもある。例えば『LEVEL JUSTICE』は、ゲームパートは簡素な略奪ゲームのみであり、様々なキャラクターの動向はもっぱらテキストのみで表現されていた。当時の内藤テキストの切れ味あってのものだが、しかしゲームシステムとしては広がりに欠ける憾みがあった。その一方で、『南国』『DAISOUNAN』では、基礎となるゲームシステムそのものが、複数のキャラクターたちがそれぞれ独自に行動している様子を表現することに振り向けられていた。ただし、その分、テキストイベントの発生がまばらになってしまうという難点を抱える羽目になっていた。

  『領地貴族』は、ユニット配置があるとしたら、『BB3』みたいな感じになるのかなあ。



  08/01(Tue)
  先月中はいろいろと落ち着けなかったが、今月はおもいきり遊びたい。
  ……と意気込んでいたところに、マウスのクリックレスポンスがおかしくなってきた。


  葉月といえば、『ヤミ帽』とか、『桜ノーリプライ』のひなき藍キャラとか、『殻ノ少女』の喫茶店ヒロインとか、『妻色少女』のメインヒロインとか……alicesoftのは、えーと、『闘神都市』のキャラだったか(※未プレイ)。名前でも名字でも使えるわりに、案外少ないかも。

  旧暦ネーミングでは、おそらく「さつき」が一番多い。天神かんな(神無月)と天神うづきは、誕生日から命名されたのだろうか。有名なところだと、アニメ『HAPPY★LESSON』のヒロインたちは「数字名字+旧暦名前」になっていた(一文字むつき、二ノ舞きさらぎ…)。


  【 ◆サ◆ル◆ミ◆ア◆ッ◆キ◆ 】
  サルミアッキを入手してきた。しばしば(誇張的に)その個性的な味わいが強調されるが、それほどでもないと思う。既存のものに喩えてみるなら、昆布飴から甘味を抜いてハーブを足したような感じと言えばいいか。アニスのような感じだが、実際はリコリス(カンゾウ)を使っているようだ。香りもハーブらしい雰囲気で、ハッカのような清涼感はないが、嗅いでいると神妙な気持ちにさせられる。食べた後の口臭がどうなるのかがちょっと気になった。食感は、硬めのソフトキャンディのような感じで、弾力感はあまり無くて、わずかに粘つく。あまり噛まない方が良さそうだ。サルミアッキはいくつものメーカーが販売しているようで、私が購入したこのFazer社のサルミアッキはもしかしたら比較的マイルドなものかもしれない(もっとキツいものがあるかもしれない)。

  要するに、お菓子(スイーツ)としての甘味を期待するとがっかりさせられるかもしれないが、ソフトキャンディタイプの薬用喉飴みたいなものだと思えば、それほどおかしなものでもないと思う。ネットなどには「塩辛い」「苦い」という感想もあるが、塩分はそれほど強くないし、苦みもけっしてきつくはない。ただし、ハーブのかすかな刺激が喉奥にずっと残る感覚がある。ちなみに、ハーブ系といっても、リラックスするというよりは意識が醒める感じかも。食べているとなんだか心拍数が上がるような感じがしてきたので、私はあまり食べすぎない方が良さそうだ。

  同僚のイギリス人に見せたら、「食べたことはあるけど、まあまあ好きよ」という返事だった。ヨーロッパでは、それなりにポピュラーなお菓子(おつまみ?)なのかもしれない。ただし、私としては、べつにあえて食べたい味でもないかなあ。以前に門脇氏もどこかのラジオでこれを口にされて苦しまれたそうだが、まあ、お気持ちは分かる。

  他の食べ物と合わせるならば、何が良いだろうか。ミルクだときつそうだし、紅茶も場合によっては取り合わせが悪くなりそうだ。コーヒーも、お互いの苦味を増幅しあう可能性がある。ジャスミン茶や日本茶あたりが、案外マッチするかもしれない。炭酸飲料だったらどうなるだろうか。あ、そうか、お酒には合うかもしれない。
  多少刻んでサラダに混ぜるなら、ドレッシング次第では面白くなるかも。お肉の脂で中和するのもアリかもしれないが、わざわざそこまでして食べる必要もあるまい。というか、加熱したらどうなるんだろうか。

(2017年8月1日、自宅にて撮影)
うちでとりあえず取り出せるフィンランド関連のものはこのあたり。えろいCGをぎりぎり隠蔽しているのがお分かりいただけるだろうか。『片恋いの月』やQ-X作品を出したかったが、発掘できなかった。左上の全集はベルグルンド指揮なので、まさにお国ものの演奏。下のG-6キットは、まだ制作していない。その他、北欧キャラは「キャラクターの国籍」記事も参照。

  他にも、演奏者単位でいえばいろいろなCDを持っているのだが。ムストネンの弾くベートーヴェンとバッハとか、サロネン指揮のバルトーク演奏とか。作曲家でも、先輩にメリカントやサーリアホのCDを聴かせてもらったことがあった。あと、そういえばムーミン関係の書籍やフィンランド人学者の本も持っている。

  最近のタイトルだと、ま~まれぇど新作にもフィンランド出身ヒロインが登場しているようだ。残念ながら今回は購入を見送っていたが。


  アニメやゲームの3Dキャラクターは、目元が上手く出来れば、違和感を払拭できるのかもしれない。睫毛などのディテールがイラストのように細やかに描かれていて、そしてその都度の視線がはっきり認識できるようであれば、モーションが多少おかしかったり着衣の質感がおかしかったりしても、あまり気にならなくなる。逆に、全身のモーションがどれだけ細やかに作られていても、眼球が過剰にグリグリしていたり、顔面の表情がおもちゃっぽいままだったりすると、途端にその2Dキャラそのものが不気味に見えてきてしまう。そうすると、アニメのキャラクター作画で3Dモデリングを活用したい場合は、1)目元のディテールに注力するか、2)最初のうちに「この作品はこういう『画風』なのだ」――3Dだからではなく、そういう「絵」として作られているのだ――と視聴者を説得するか、そうでなければ、3)ロングショットのみに使い、目元はできるだけ見せないようにする、といったあたりが、さしあたりの対処としてあり得そうだ。

  これは2Dイラストでも同じことで、骨格や塗りが多少珍妙であっても、顔の表情が可愛らしく描けてさえいれば、そこにキャラクターとしての人格的インテグリティとアイデンティティを見出す(あるいは投影する)ことは比較的容易になる。


  (→9月7月