2017/11/30

2017年11月の雑記

  2017年11月の雑記。(→12月10月


  11/28(Tue)

  【 webラジオ回顧 】
  00年代の終わり頃は、STP/胃~之煮と並んで逢川奈々氏のラジオをずっと聴いていた。HDDの奥底から掘り出してきたファイル群を見ると、
- 「奈々転抜刀」は第57~75回のデータを持っている。第57回のファイルのタイムスタンプは2007年6月、第75回は2008年2月。ちなみに最終回は第77回だったとのこと。
- 「■(のりべんとう)」は第1回(2008年5月)~12回(同年12月)。どこまで続いていたかは失念。
- 「ポッド屋奈々不思議」は第0回(2009年1月)~第63回(11年9月)。もう少し続いていたようだが、たしか自然消滅的に中断してしまったと記憶している。
- ヴォイスドラマ「ヤマモリミオカクロニクル」は第94回(09年6月)~494回(11年1月)。
  落ち着きのあるアルトヴォイスと、ほとんど言葉をとちらない端正な語り口、親しみやすいトーク内容、そして、これだけの規模のラジオを完全独演会でやりきった力量。ラジオパーソナリティとしてたいへん優れた方だと思うし、上記約4年間の時間には本当に感謝している。

  というわけで「奈々不思議」を聴いていたら、じゃんけんの掛け声の「グー・チー・ジャス」ネタが出てきた。「プレアデスradio」で牧野氏が仰っていた話だけど、本当にあったんだという驚きが。


  「しゅな*GIMO(仮)」こと「らぶ*しゅな」は、月替わりでアダルトゲームブランドを一つ一つ取り上げる(スポンサー扱いだったか)という珍しいスタイルで、おっとりしたお二人のトークとともに、楽しく聴いていた。
  たしか2010年6月から2014年3月まで隔週で公開されており、おそらく80回か90回くらいまで続いていた。手許には第1回から第70回頃までのファイルが50個ほどある。たしか第70回頃にDL形式からFlashストリーミング形式に変わったため、音声ファイルをDL保存できなくなった。ちなみに、同じくバナナ管轄の「アイチョ」も同様の形式に切り替わった。第232回以降のデータを持っていないのはそのため。「アイチョ」は聴き続けていたが、「しゅな」はそれがきっかけで離れてしまっていたかもしれない。
  しかし、ラジオCDなどは発売されなかったし、web上にもまとまった言及はほとんど存在しないようで、我々ユーザーが後からその歴史を振り返ることが困難になっている。もったいないことに、バナナ系列のラジオはなかなかディスク販売されない。50回×50分として、ざっと40時間。メーカースタッフさんがゲスト出演されていたこともあり、資料的観点でも貴重な記録だし、不完全ながら概要記事を作成することにも意味はあるが……時間を取れるかなあ。最低限の情報として「公開日」「担当ブランド」「ゲスト」だけを書き留めておくにしても、結局ファイルを全部聴く必要があるので、労力軽減されるわけではないし……。

  ファイルが抜けている回(聴きそびれた回)は第29、31-32、37、42、44、52-56、58-59、61、63、68回、そして第70回以降。その他、特別編として『しゅなテン』イベント前夜祭編、2011年年越し編(?)、『美少女ゲーム声優のお仕事2』収録版の3つも持っている。

  こういったwebラジオの情報は、献身的なオタクの方々がwkpdなどに記載して下さっていた場合には記録として残るのだが、かなり時間の掛かる作業だし、大量のラジオコンテンツをフォローするのは難しいだろう。


  ケモキャラは良い……実に良い、素晴らしい……。
  元気で可愛いケモキャライラストを見ると、なんだか寿命が延びるような気分になる。

  10年代前半のオタク界隈は魔法少女ルネッサンスのようなブームが目立っていたが、ここ数年でケモキャラの浸透と拡散が劇的に進行している。しかも、興味深いことに、大上段に追求されるような形ではなくて、明示的言及のないまま自然な形で普及してきているような感じ。喩えて言うなら、90年代の女性キャラデザインが珍妙なアクセサリーをわんさか装備していた時のように、カジュアルなキャラクターデコレーションの一種としてケモ耳を使用するのが受け入れられやすくなっているような印象がある。私自身、本格的なケモキャラだけでなくてもいいので、ケモキャラ的記号使用の敷居が下がり、ケモキャラや異種族キャラや亜人キャラやモンスターキャラの裾野が広がっていくのは歓迎している。



  11/25(Sat)
  [tw: 927869932607479808 ]
  ちょっと面白いネタがあったので。『のんびり農家』は:

△△×××
×○○××
××-△×
××△○○
×○○○×

  24項目中、該当するのは7つ、プラス曖昧なものが4つ。このテーブルに従って評価するかぎりでは、異世界ものとしてはそれほど典型的なスタイルではないということになりそうだ。もっとも、全体平均(他の作品が平均的にどのくらいのスコアを取っているか)にもよるし、三分の一も該当していればかなり多いという言うこともできるかもしれない。
  ちなみに、上記は単行本第1巻のみでの判断。web版は読んでいないが、どうやらすでに単行本5巻分くらいのテキストがあるようで、その内容次第では上記テーブルの項目チェックも変化する可能性がある。


  [ www.hook-net.jp/ixshetell/character/chara1.html ]
  ああっ、ああっ、HOOKSOFT新作のキャストが!

  波奈束氏と卯衣氏のヒロイン同士での共演は『Quintuple Splash』以来だろうか。『QS』は他の三人のヒロインも小鳥居氏と星咲氏と春乃氏で、さらにサブキャラに桃山氏までいらっしゃるという異常な顔ぶれで、その後2作もきわめて殺傷力の高いキャスティングが続いているし、それ以前のタイトルでも木村氏(志田氏)、黒崎氏、井村屋氏、野神氏、杏子氏、鈴田氏と……Parasolさんはずっと希望の星でございます。

  それにしても、近年の卯衣氏は月一本ペースで出演されている。ほぼ白箱系のみで、ヒロイン級の率も高い。こんなに増えてくるとは、まるで想像できなかった。
  たしかに、氏の芝居に横溢している開放的でユーモラスな雰囲気は、白箱系タイトルのコメディシーンを明るく彩ってくれるし、氏の浮遊感のある独特のリズムの語り口は、AVGのクリック進行がしばしば硬直的になりがちなのを適度に和らげてゲームに流れを作ってくれる。その意味で、白箱系タイトルが卯衣氏を起用するのは、確かに大きな効果を上げている。
  しかしながら、やはり恋愛関係に立つヒロインとしての難しさも感じている。主人公に対する恋愛感情の表現に際して、自分が何を聴いているのか分からなくなる時があるし、また、――以前にも述べたことだが――アダルトシーンの芝居がいかにも苦しげに聞こえてしまう。その観点では、アダルトゲームに対する相性を、素朴に肯定的に見るのには引っかかりがある。
  氏ははたして何を求めてこのフィールドに身を投じてきているのだろうか。氏はいったいどれだけこの分野での芝居を楽しんでいてくれるのだろうか。氏はこの分野でのお仕事から、役者としてどのような成果とどのような手応えを得ているのだろうか。一ユーザーの単なるお節介な心配に過ぎないのではあるが、そうした点の訝りと懸念が最近常につきまとっている。


  学会質問での「私はこの分野に関しては素人ですが」という前置きは、「私自身はこの議論に関して論文を書いてはいない(つまり、発表者およびフロアとともにお互いに検討し合えるための論証的な素材を提供してはいないが、私の専門分野はここではない(別のテーマで頑張っている)ので、それは勘弁して下さい」という趣旨だと理解しているし、その場合にのみ上記のような付言をしてよいと考えている。
  つまり、当該テーマに関する論文を公表していない研究者は、すでに書いている研究者の成果(学術論文)を尊重して振舞うべきであるし、また、みずから関連性の高い論文を書いている場合には、過度に謙るべきではなく自らの論文をも検討の俎上に晒すべきである、というのが公平であると思う。
  上記の言い回しはけっして、専門家が相手を引っかけたり威圧したりするための韜晦的なフレーズなどではない。学会の貴重な時間は、そのようなくだらないポーズのために割かれるべきではないし、そんなことのために述べている質問者はいない(と信じたい)。そしてまた、その前置きをすべきくらいには、他の発表者の真摯で入念な研究の成果に対しては十分な礼節および敬意を持って向き合うべきだということでもある。
  もちろん、上記の建前以外にも、「本当に当該テーマには十分詳しいわけではないので、すでにどこかの論文で詳しく論じられている質問かもしれないけど、大目に見てね(そのような質問は、当該テーマに詳しい質問者がフロア全体のために論証補足的な質問を投げかけているという場合もある)」という趣旨であることもあるし、「他分野の視点からの質問をするので、発表者がすぐにこの質問に答えるのはハードかもしれないけど、学会というのはそういうものだから頑張って答えてね」という趣旨だったりもするし、さらには「これはきわめて高度で嫌らしい質問になるかもしれないけど、単なる専門外からの素朴な質問だから、専門家だったら完璧に答えてみせてよね」という場合も、うん、まあ、確かにある([tw: 934710151944159232 ])。そして、こういった様々な状況で同一の文言で便利に使い回せる(そしてどの意味合いであるかを明示する必要が無い)ので、冒頭のフレーズは多用されるわけだ。


  最近活発に画業を展開をしている原画家のキャリアを遡ってみると、げ18での参加歴があるということがわりとあって、「ああ、あのブランドも原画を見る目はあったのか……これはブランド評価を見直さなければいけないか」と考えつつ過去タイトルのページを開いてみたら、原画家が20人も30人も(!)ずらずら並んでいて、「いや、これだけ大量に起用していれば誰かは当たるだろう……」とあらためてガッカリした。特に『三極姫3』(25人)や『天極姫』(32人)あたりがひどいようだ。いや、個別のイラストレーターさんに優れた人材が何人も含まれているのは確かなのだが。


  今月の前半はPC環境を再整備するのに汲々として、なんとかしてノイズレスなマルチメディア再生環境を取り戻すことには成功したけれど、それから二週間、本業や実生活(オフライン生活)でバタバタしたりして、結局あんまり実のある趣味生活を送れずに来てしまった。最低限のタスクとしてwebラジオ群の更新にはなんとかついていけたし、音楽方面も新しいジャンルに手を出してみたりしたし、ゲームのプレイ時間もそれなりに確保できたし、同人方面での収穫もあったし、珍しくLNの開拓が多少進んだけれど、それでもやはり総合的に見ると生産的とは言いがたい状況だ。
  来月は……どういう方針にしようかな。寒くなってきたから模型制作は休止する(せいぜいパチ組みくらい)として、さしあたっては比較的新しいAVGと古典SLGあたりに手をつけていければと考えている。ここのところ、このブログ上でのアウトプットが激減しているが、まずはインプットを豊かにしていきたい。
  ちょうど十年くらい前に、サイトで雑記などを書いていた頃は、週に一個すら新しいネタを出せずに呻吟していた。実際には、ネタが無いわけではなくて、思考を綴って形にする際の視座設定が出来ていなかったのが原因だったように思う。つまり、1)概念的に特定されたアイデアを用いて、2)議論全体をロジカルに規定し、3)実証的展望を形成しながら、4)分析を深めていくという一連のプロセスの、最初の土台固めが出来ていなかったのだ。今回の足踏みも、それに近いところがある。
  ゲーム攻略というシステム重視のアプローチ(00年代前半:サイト時代)から出発して、演出システムとしてのAVG観の体系化をひとまず行い(00年代末から10年代初頭に掛けて:tw時代から旧ブログ時代)、そして個別要素(CGや音響やUI)または個別タイトルの次元でのコンセプト重視の評価を軽くさらって(10年代半ば:このブログ)、ここから自分は10年代後半のアダルトゲーム分野についてどのような視座を形成することができるのだろうか。

  一つの特徴として、10年代のスタンドアロン型アダルトPCゲーム(とりわけアドヴェンチャー分野)は、「ゲームとはなんらかの目標達成を追求する挑戦的遊戯である」という前世紀末以来のゲーム観から、ついにほぼ完全に手を切って、よりいっそう自由自在にプレイヤーが作中世界のあらゆる要素を楽しんでいくことが出来るようなスタイルを体現している、と述べることができるかもしれない。例えば、light(『さかここ』シリーズ)、でぼの巣(『神楽』)、Seven Wonder(『ひめごとユニオン』)、Innocent Grey(『FLOWERS』)、campus(『ウソ』)、Frontwing(『Corona Blossom』)などが試みているオムニバス的連作のアプローチは、00年代末から10年代初頭に掛けてはセールスの苦境に喘ぐブランドによる歪で例外的な制作スタイルのように見えていたが、現在の目で見れば、このような柔軟性のある作品構造のうちに、特有のアドヴァンテージと特有の意義を見出すことができるだろう。
  なお、連作ものについては、昨年の記事「連作、シリーズもの」でも簡単な整理を試みた。


  LNAF.OAのタロット占い。正位置/逆位置の比は、期待値どおりのバランスに収束しつつある。
  カードの種類について見ると、多いのは「皇帝」4枚、「女帝」3枚。それに対して「戦車」「正義」「審判」「世界」は0枚。世俗権力の頂点を示すブリリアントな「皇帝」「女帝」を立て続けに引いている一方で、「審判」「世界」のような超越的な存在に触れるようなカードや「正義」「戦車」のような押し出しの強いカードが一枚も出てこないというのは、占い師さんの個性が出ているようで微笑ましい。

  そういえば、戦車には『ノラとと』アニメ(第4話)でも乗っておられた。「独占資本めぇ~」。MBT-70(Kpz.70)はDragonがキット化しているようで、作中の情景を模型で再現することも一応可能と思われる。[ nora-anime.net/img/ss-04-05.jpg ], [ nora-anime.net/img/ss-04-05.jpg]
  『だぶるじぇい』に続く、怪作ショートアニメへのご出演でもある。



  11/21(Tue)

  [ pbs.twimg.com/profile_banners/704227382790475776/1500168726/1500x500 ]
  いのくち氏のtwヘッダ画像は、『不思議の国のアリス』第2章の最初の方。
  たいへん良いご趣味でございます。花の方は何だろう。勿忘草の一種かな?

英語版の"Alice's Adventures in Wonderland"、左記引用画像は有名なオタクイラスト版独自イラスト版。魅力的な挿絵はKriss Sison氏によるもの。2015年7月1日付雑記でも言及したが、出版社Seven Seas Entertainmentは日本の漫画を大量に翻訳出版しているカリフォルニアの会社で、公式サイト(ブログ)には「今度は漫画『○○』の版権が取れましたよー嬉しいねー」という楽しげな告知記事群が並んでいる。最新の作品から古典名作漫画まで手広く押さえているのも凄い。この会社でお仕事したいくらい。


  [ www.bishop.gr.jp/products/ktjk/character.html ](※アダルトゲームサイト注意)
  「破瓜体験音声」……その瞬間のヴォイスだけを抜き出しているのか。その発想は無かった。というか、これを楽しむユーザーはいるのか? いや、うーん、なるほど確かにそういう瞬間に魅力を感じるユーザーはいそうだが、いや、しかし、うーむ。


  「モンキーパーク」概要記事も完成。書きすぎたかも。


  歩サラ氏のお声と喋り方がなんだかとても耳馴染みが良くて、この既視感のような感覚のルーツを手繰ってみたら……どうやら私は、北見六花氏のトークに近い感じで聴いているようだ。かなりちゃきちゃきした喋りをしているのだけど、きれいな礼儀正しさもあって、声色はとてもニュートラルで聞きやすいアルトヴォイスで、全体としてはマイルドで親しみやすい雰囲気で、しかも肩の凝らないユーモアセンスもある、そんな感じが北見氏への連想を誘っているようだ。


  う…まずい、ここのところ褐色肌キャラへの抵抗力がどんどん落ちている。このままだと、イノセンティア(青)も買ってしまいかねない。イノセントどころかきわめてコケティッシュで猥褻感溢れるデザインだが、店頭で定期的に目にしていると興味が抑えがたくなってくる。
  (買うのを我慢する必要なんて無いのよ……無いのよ……)



  11/17(Fri)
  新作チェックは週末中になんとか……。


  やっぱり金目鯛ぴんく氏は最高だな!
  妖気を帯びた赤眼キャラがよく映える。


  1万円のオタク商品Aを買いたくなる。我慢すると1万円が浮く。せっかくなので、浮いた1万円を別のオタク商品Bに投入できるが、それはあくまで「浮いた1万円」を使っているだけなので、私は損をしていない。ふたたびAを見やるが、やはり我慢して買わずにおく。すると1万円が浮くので、さらに商品Cを買える余裕が出来たことになる。安んじてCを買う。以下同様。かくして私はいっさい懐を痛めることなく無限にオタグッズを買い続けることができる。――もちろんこれはかなり極端に図式化したものだが、実際にはこれに類する思考を辿ってしまうことは間々あるし、それによって多額の支出をしてしまうことになる。「前回我慢したから、今回は我慢しなくていいよね」というのは、局所的にはバランスが取れているように感じられるが、それは無意味な対比に過ぎない。人間の感覚は容易に錯覚するし、人間の直感は容易に誤るものだ。さらに、我慢した分だけ、その反動でDもEもFも買いたくなってしまうという副作用もある。
  この誤謬思考を避けるにはどうしたらいいか。まず商品Aを欲しくなった時点で、それをすぐに買ってしまうことだ。そうすればBやCを買うこともなくなる。素晴らしい解決だ。――もちろん実際には、商品Aを迷わず買い、続いてBが欲しくなったら即座に買い、さらにCを躊躇なく買うといった行動パターンになるので結論はほとんど変わらない。
  いずれにしてもオタクはお金が掛かるものなのだ。


  蒼依ハル氏の芝居は、脚本を精密に見据えているクールさと、音声表現を声色の次元から完璧にコントロールし尽くそうとするほどの徹底性と、さらにそれらを超えて真に迫った表現に届く情熱的な勢いとを両立している。低年齢系萌えキャラの愛らしい声も、やさぐれキャラの荒々しい罵声も、官能をひたすら高めていく嬌声も、それらすべての基礎に、冷え冷えとした彫塑的な人工美の美意識が張り付いているように感じられ、しかもそれでいて常にむき出しの迫真性に伴われているかのようにも感じられる。本当に不思議な、そしてたいへん魅力的な役者さんだと思う。


  ちょっとずつ進めて「モンキーパーク」概要整理はようやく第20回まで到達。書き漏らすのがもったいない話が多すぎて、かなりの分量になっている。


  使い勝手を考えると、57に上げるのではなく(あるいはそうするくらいならいっそ)、firefoxそのものにお別れした方がいいのかな……。セキュリティ問題を理由にアップグレードの脅しを掛けてきているわけだが、強制的にUIがこんなに変えられてしまうなら、ユーザーはユーザーであることそれ自体を止めるという選択肢に走るだろう。望むようなレイアウト、諸機能、視認性が確保されなくなるというのは非常にストレスが掛かるし、そのストレスというコストを支払うつもりは無い。これまでのアドオンも「旧式」として完全無効化されてしまっているのがあるし……。
  とりあえず、ただちに56に戻した。今後どうするかは検討中。
  ちなみに、57ではアイコンも変化していて、火狐がさらに大きくなり、尻尾がぐにゃんと広がっていて、かなり目障りだった。自己主張の強すぎるアイコンは有害。

  firefoxのウィンドウをアクティヴにする度に、更新ポップアップが一瞬だけ出てはすぐに消えていく。本当に一瞬で消えるので、リアクションの入力も出来ない。……何この嫌がらせ(怒)。

  私にとって、firefoxを使う長所は、
  1) タブバーを、ページのすぐ上(アドレスバーよりも下)に置くことができる
  2) 読み込み中止ボタンを、更新ボタンとは別に設置することができる
  3) 「前のページに戻る」ボタンなどを大きく表示することができる
  4) アドオンにより個人的なチューニングが出来る余地が大きい
といったあたり。つまり、誤クリックの可能性を極力低減し、またマウスカーソルの移動距離を極力短くすることができる。
  IE11もおおむね似たようなレイアウトになるが、行き届かないものが多いし、Chromeはアドレスバー(入力バー)が下にあるしボタン配置も融通が利かない。その一方、firefoxも57にするとこれらのメリットのうちいくつかが消えてしまう。SafariやOperaは利用者が少ない(うちのブログだと前者が6%、後者が1%)し、前者はWindows版に問題があるようだし、Operaはデザインが好みではない。なお、IEは別アカウントでgmailを開くために使っているので、趣味アカウントをそちらに統合してしまうと不都合が生じる。
  ということで、選択肢としては、
  a) firefox56を使い続ける:ポップアップが不快だし安全上もリスキー。「更新の確認を行わない」ようにしたので、これでポップアップが出なくなれば、さしあたり問題を回避できるが……。
  b) firefox57にする:無難な選択肢ではあるが、レイアウトが望むとおりにならない可能性があり、先行き不透明。
  c) IEに移行する:比較的不都合が少ないが、あまり融通が利かないので気が進まない。
  e) Chromeに移行する:レイアウトが嫌。最後の手段。
  ……うーん、今更IEユーザーになるのもなんだし。f57も高速になった分、負荷も掛かるらしいし、しつこい更新要求に従わせられるのも癪だ。どうしたものか。web検索してみると、f57でも設定を強引にいじることによってタブをアドレスバーの下に表示させることが出来るようだ。また、f57に不満があれば、アンインストールしてからf56を再インストールすれば、基本的な設定情報やブックマークを維持したまま戻すことは出来る(実践済み)ので、f57が耐えがたい場合でも復旧の保険は一応利いている。


  逮捕は有罪確定ではないということを日頃述べている人でも、しかも日頃から低年齢キャラのイラストを楽しんでいても、漫画家の書類送検報道に接したら喜々として侮蔑的な大喜利に参加してしまうのだね……。水に落ちた犬(あるいはもしかしたら水を浴びせられただけかもしれない犬)を叩くことに対して、倫理的法的双方の観点からの躊躇いは無いのかね……。うん、路理ネタはわかりやすく馬鹿にしやすいネタだし、当事者がオタク界隈では非常に知名度の高い人物であって話題性も高かろうから、いじり回すのはさぞや楽しいことだろうよ。でも、その当否をきちんと考えているだろうか。自制する心は無いのか。そして、自分がその作家の作品を楽しんできたり、あるいは自分の周囲にその作品を楽しんできた人たちが多数いたりすることに鑑みてもなおも、君たちはそれを止めないのか。



  11/11(Sat)
  結局、旧PCのHDDを交換して生き返らせた。今しばらくこちらでやっていこう。
  経緯は「新PC導入」→「新PC導入(その2)」→「旧PC復旧」にて。

  サウンドチェックも兼ねて、まずはwebラジオを聴いて心を安らげる。

  PCゲームも(再)インストールしているが、もちろん順調。
  3D系タイトルも以前と同じく快適に動作している。


  [ www.miragesoft.jp/product/koiflag/character.html ]
  桃山氏の快活妹キャラなんてのは、素晴らしいものになるに決まっている。やはりご当人や音響関係者の間でも、この路線こそが十八番という認識なのかな。元気で素直な年下系キャラクターを演じても、けっして嫌みがなく、しかもキャラクターとしての充実した内面的インテグリティの手応えを十二分に与えられるというのは、この役者さんの類稀な美質の一つだろう。


  【 AVG表現と沈黙の時間 】
  AVGでは、沈黙の時間を扱うのが難しいのかもしれない。クリック進行をベースとしている、つまりテキスト進行をベースとしている以上、本編中のあらゆる時間が常に言葉で充溢されている。言い換えれば、「言葉では何も語られぬままに過ぎてゆく時間」や、「何かを待ち続けている時間経過」、「緊張感に満ちた沈黙」といったものが表現しにくい。視聴覚(+言語)芸術としては、これはいささか厄介な問題だ。
  もちろん、対処法はいくつもある。例えばウェイトを掛けたり、オート進行にしたり、「……」台詞でやり過ごしたり。あるいは「一枚絵を新たに表示し、テキストは表示しないまま、クリック待ち状態にする」といったような形で、つまり作中の物語的時間ではなくユーザー制御時間というメタレベルの擬似的な沈黙といったようなアプローチもあるし、あるいはそれと複合して桜吹雪などのアニメーション表現を導入することによって、厚みのある時間の存在および推移を実感させるという方法もある。しかしそれでも、ユーザー(プレイヤー)にストレスを掛けずに無言の時間を表現するというのは、依然として特殊な処理を必要とする。恋人たちが無言のまま見つめ合う時間、敵対者との間の緊張感に満ちた対峙、美しい風景に時を忘れて見入る時間、主人公が放心のままに過ごす時間、語ろうとして語られなかった言葉、そうしたものがAVG進行の饒舌さの背後にしばしば隠れていってしまう。

  もちろん、同様の困難は言語芸術(つまり文学)においても生じている。もっとも、この場合は、そもそも視聴覚表現を欠如した無時間的芸術であるので、問題だと言うことすら出来ないが(ただし、例えばダブルスペースにする、つまり一行空白を空けることによって隠微な時間経過や活動停止時間を示唆するといったような手法は存在する。特にLNでは比較的頻繁に用いられているようである)。また、アニメ作品でも、近年では登場人物一人一人が行儀よく順番にそしてひたすら止め処なく喋り続けて二十数分間が言葉に埋め尽くされているような種類の作品もあり、そうしたタイプの作品では沈黙の情趣がしばしば後景に退いたままになっている。漫画でも、実写作品のカット割り編集に準じているかのように一コマ毎に一人ずつが順番にそして常に台詞を表示し続けている作品は、けっして少なくない。それはそれで、それを自らの文体(スタイル)として選び取ったうえでその中で整合的かつ効果的に整理したものとして評価すべきものだが。


  オーバーオールキャラがもっと出てこないかな……。さしあたり思い出せるかぎりでは、『英雄*戦姫』の秋野キャラ、『カタハネ』のワカバ・フォーレなど、『プレイ!プレイ!プレイ!』の森永あずき、くらいしか知らない。
  [ www.getchu.com/brandnew/703287/chara_all30.jpg ]
  [ www.getchu.com/brandnew/220453/c220453chara4.jpg ]
  [ www.getchu.com/brandnew/677338/c677338charab14.jpg ]
  あるとすれば機械屋キャラだが、実際にはだいたい白衣になっている。『Corona Blossom』の霧島茱萸子も『パトベセル』の篠原伊月もオーバーオールと呼ぶには微妙だし。低年齢ボーイッシュキャラだと……MeteorやGaletteあたりにいなかったかな。『あまなつ』のはるさめは……違ったか。『プラネットドラゴン』のイディも、キャラクターイメージの方向性は近いが服装は別物。『うえはぁす』の自動車改造屋キャラはツナギだった筈。『Rance』シリーズのマリアや『アルテミスブルー』も作業着。『恋リゾ』の夜明夕陽さんも作業着。『にーづま かぷりっちょ!』は、新妻エプロン。
  web検索してみると『星継駅』シリーズ、『Lowすぺっく!?』、『鈴菜日記』にもいるようだ。特殊なシチュエーションでもないかぎり、この服装をデフォルトにしているキャラはそうそういないだろう。
  マリオって言うな。

  こういうネタを書くと、「あれを忘れたのか」「これを知らないのか」というのが露呈してしまうが、構うまい。自分一人の思考のためのブログだ。


  BD/DVDでは、TV版(または劇場上映版)とディスク再編集版の両方を選択視聴できるようにしてくれないものだろうか。上映版では慎ましくサウナシーンでタオルを巻いていたものが、BD版では素裸に描き直されたせいで胸部のぼよんぼよんが露骨になり、ずいぶん品下がった雰囲気になってしまっていて、これなら上映版の方がましだったと感じた。こんな余計なサービスはしてくれなくていいのに……。
  とはいえ、TV放映版でしばしば用いられる射光隠蔽処理はさらに下品なので、そうした場合はさすがに隠蔽の無いヴァージョンで安心して視聴できる方がよい。



  11/09(Thu)
  二種類の『キノ』漫画版の良さについても語りたいが、時間的余裕と精神的余裕が……。


  そういえば、たしかにオレルドもケッテンクラートに乗っていた。単行本第9巻(第30話)あたりから登場する。バイクよりは大きく、しかし自動車(四輪車)に比べるとずいぶん小さいという、なかなか不思議なサイズの乗り物。別言すれば、「バイクのような一人乗りではなく、複数人がゆったりと乗れるので、車上で会話シーンを展開できる」、それでいて「通常の自動車のようなルーフが無いので、開放的な雰囲気で、場合によってはロングショットで全乗員をフレームインさせつつ、情景を描いていくことができる」という両面の長所を持っている。
  カルッセル編は、観念的な側面と劇的な展開とロマンティックな要素がうまく混じり合って、たいへん読み応えのある中編規模(単行本3冊分)のストーリーになっていた。何度読み返してもその都度引き込まれる。単体で劇場版アニメにしてもよいくらいだろうに。


  [ www.irasutoya.com/2017/11/blog-post_267.html ]
  誰だ、こんなイラストをリクエストしたのは。そして、誰が使うんだ、こんなイラストを。


  そんなこんなで家計簿(デジタル)をつけていられなかったので、先月末からお金の管理がかなり滅茶苦茶なことに……。


  PCゲームのスクリーンショット集は、10GBを優に超えていて、コピーを取るのも大変。


  [ hibiki-radio.jp/description/noratoto/detail ]
  第13回に大橋氏がゲスト。なんだか普段(レギュラーラジオ)よりも(あ)ユルいかも。



  11/08(Wed)
  hpのデスクトップ機を購入して丸三日ぶりに復帰。これでうまくいけば……(三度目)。

この三日間、昔のXPノートを取り出して旧作を遊んでいた。800*600サイズのデスクトップには、『pianissimo』の左記背景画像を使っていた。昭和初期の和室風景は、色合いも目に優しく、作業中の雰囲気を静かに和らげてくれていた。



  11/02(Thu)

(2017年11月2日、自宅にて撮影)
最近の私にはネタ要素の濃い写真を作れる用意すら無いのだった。清水選手はともかく、尾崎氏もどこかでお声を拝聴したことがあったような……実力のある方だろうから、どこかの作品でそんな機会があったのだろう。映像は、清水氏らの質問もしっかりしていて見応えがあった。

  『英雄*戦姫』と『真剣恋』くらいだろうか?(何が)


  桃山氏の芝居は、いわば安玖深氏に比肩するほどのなめらかな発声とつややかな声音をベースにしつつ、みすみ氏に匹敵するほどの内発的な躍動感と熱っぽい精神的集中が感じられるのだから、たしかにこれはもう私が賞賛賛嘆しないわけにはいかないのだった。


  『のんびり農家』を買い占めたるー!!と勢い勇んで再び近隣のオタクショップ群を巡ったのだが、どこにも見当たらなかった。もしかして、たった2日間で売れに売れまくって店頭在庫が払底したのだろうか。だとしたら、それはそれでたいへん嬉しいことだ。私自身、すでに2冊は確保しているのだが、今回は読書用、保存用、布教用に加えて御祝いのつもりでもう一冊買うつもりでいた。2巻以降はそんなに買わないんだからね!

  この作品世界をSLG化するのは難しいだろう。役職位置はあまり融通が利かないだろうから、主人公の行動力+専用道具が主なリソースになる。村の発展度合いに応じて知名度が上昇したり交易品の種類を増やせたりして、そこからイベントが発生していくという感じだろうか。『領地貴族』よりもむしろ、『悪魔娘』の料理開発を田畑開発に置き換えてみたら、小説のテンポにわりと近いものになるかもしれない。



  11/01(Wed)
  今月中は実質的にブログを動かすつもりは無いが、とりあえず雑記ページだけは作成しておく。


  【 内藤氏の小説 】
  内藤騎之介氏の『異世界のんびり農家』は、電車の中で一時間足らずで読んでしまったが、相変わらずの内藤節でたいへん楽しめた。この種のネット小説それ自体が、ほとんど初めての体験だったが。

  農業というと、『Wizard's Climber』『BUNNYBLACK3』『悪魔娘』にも農作業中のシーンの一枚絵があったし、『DAISOUNAN』にもリンゴ収穫の一枚絵があった。これらは内藤ディレクターの趣味嗜好を反映していたのか、それともただ単に生活のさまざまな営みのワンオブゼムとしてたまたま描写されたにすぎないのかは分からない。
  ただ、アダルトPCゲーム分野の中で農作業の様子がまとまったかたちで描写されるのは、おそらくきわめて稀だろう。往事のF&Cには、都市生活者のロマンティックな夢想のような「田舎暮らし」イメージの発露としての農作業シーンがどこかにあったかもしれない。minoriやMOONSTONEの作品にも、トマト畑やヒマワリ畑の表象が時折つきまとっていた。あるいは、「花壇の手入れをするヒロイン」くらいのものならば、白箱系を中心にいくらか存在する(例えば『ONE2』『Magus Tale』『パンドラの夢』にもあったかも)。これが黒箱系だと、学校でウサギを飼っているヒロインはそのウサギともども大変な目に遭ったりするが(例えば『THE GOD OF DEATH』)。そういえば花壇育成SLGの『花暦』もあった。

  内藤氏の中で社会の持続可能性がどのように観念されているのだろうかという点にあらためて興味が湧いた。この作品でも、飼い犬たちは繁殖してどんどん増えていくし、近隣の野良ウサギたちをどんどん狩って食料にしていく。食料は確保できるのだろうか。狩り尽くしてしまわないのだろうか。ほとんど何も無かったところにいきなり(ほんの数年で)100人規模の生活集団が生まれて、周囲の環境と生態系はどれほどの(悪)影響を被っていることだろうか。そういう疑問が頭を離れなかった。
  もちろん、これはフィクションのお話なので、物理的文化的生物学的なリアリティの整合性は、作品の意味および価値にとって絶対の要請というわけではないのだが、内藤氏がSLG畑のクリエイターであること、そしてこのジャンルがおそらくシミュレータ的性格を強く帯びていることからして、読解に際してもこのような視座を持つことはけっして不当ではないだろう。
  内藤氏がリードしてきた一連のソフトハウスキャラ作品においても、しばしば持続可能性に関する引っかかりが生じていたという背景事情がある。例えば『グリンスヴァールの森の中』では、300年間(300ターン)モードで延々プレイしていると、学園内に教師がどんどん溜まっていき(人数が増えていき)、彼らに対する給料が嵩んでいく。だから収支を安定させるためには、定期的に教師を解雇する羽目になるのだが、そうすると学園の対外的評判が下落し(なんとまっとうなリアクションだろう!)、新入生を獲得しにくくなる。300ターンならばなんとか維持できるのだが、もしも400ターンなり500ターンなりと続けていったならば、学園はいずれ破綻するのではないかと思う。
  同様に、『雪鬼屋温泉記』でも、ゲーム後半のモードになってくると、多額の広告投資をし続けなければすぐに首が回らなくなりそうなバランスだった。『BUNNYBLACK3』のマクドゥの支払要請も、かなり真面目に資材生産に取り組まなければ、長期的には破綻しかねないようなバランスだった。別掲記事で試算したように、ぎりぎり維持可能なものではあったが。
  『門を守るお仕事』や上記『雪鬼屋』のように明確に期限(ターン制限)がある場合には、リソース配分を最適化すれば別段問題なくやり過ごせるのだが、そうした終点の存在しない状況での長期的な均衡の確保という観点は、ソフトハウスキャラ作品でもあまり感じられなかった。それはプログラム上の計算式の調整の問題にすぎないのかと思っていたが、今回の小説を読むと、ディレクターの――まさに――世界観に由来する傾向でもあったかもしれない。
  実際には、この小説で主人公たちが暮らす森は、(きわめて険しい未踏地とはいえ)徒歩横断するのに一ヶ月は掛かると言われているほど広大なので、ほんの数百人(!)が生活する村が出現したところでその影響は吸収できると考えられる余地がある。ただししかしやはり、野放図なまでに住人が増えていく有様と、その描写に対する私のケチな不安感は、まさにいくつかのソフトハウスキャラ作品をプレイしていて感じたものと同じ種類のものだった。

  ルーは青山ゆかりヴォイスで、ティアは大波こなみヴォイス、という理解でいいだろうか。
  朱門氏の小説でも、読書中につい青山ヴォイスの気配を感じ取ってしまったものだった。


  [ comip.jp/z/ ]
  関﨑俊三氏がここで新作を展開しておられたとは。
  漫画家の中では、木々津克久氏と同じくらい、この方の才能を信じている。


  ハロウィンといったら、安玖深氏主演の『とり×とり』、卯衣氏出演の『11月のアルカディア』、それから金松氏主演の『WAGA魔々かぷりちお』くらいだろうか。いずれも作品の方向性を明晰に彫り上げた素晴らしい作品だった。getchuを検索してみたら、『らいでぃんぐいんきゅばす』もそうだったか。その他、『ストーリア』と『姫様LOVEライフ』FDもハロウィンネタがあったようだ。


  えっ? なんでまたマウスに? 沢しr…いや、あの方は現在は青二なのか。
  いずれにせよ、新しい門出と言うべきものだろうから、今後のご活躍に期待しつつCDを聴こう。


  「モンキーパーク」はようやく半分ほど書けた。じきに完成するだろう。メール投稿者の欄は作らなくてもよかったかもしれない。(卑猥な名前や品のない名前もあるので、いささか気まずい)


  毎年、冬はいろいろと身辺が落ち着かない。そういえば昨年の11月も、声優さんにじかにお会いするという衝撃体験にうちのめされて、一週間以上ほとんど寝込んでいたのだった。あの時は大事な〆切を飛ばしてしもうてのう……。


  『なちゅらるばけーしょん』。海辺でツインヒロイン……『そらのいろ、みずのいろ』を思い出したが、まさか二人目の男性キャラが登場するということにはなるまい。


  (→12月10月