2018/12/26

『GA 芸術科アートデザインクラス』とプラモデル

  四コマ漫画『GA 芸術科アートデザインクラス』のプラモデル制作について。
  模型制作に馴染みのない漫画読者に向けた、紹介的なテキスト。


  きゆづきさとこ『GA 芸術科アートデザインクラス』第6巻(芳文社、2014年)には、登場人物たちがプラモデルを制作するエピソードが含まれている(48-55頁)。作中の描き込みを見るに、どうやらフォルクスワーゲン社のビートル(Beetle 1303S)を作っているようである。

  この記事では、以下の二つを行う。
1) 作中の描写を、実在のプラモデルキットと比較する。
2) 作中のプラモデル制作を、実際に再現する。

AOSHIMA「ビートル 1303S」(ノーマル版)。実車の1/24の縮尺のプラモデルなので、キットの大きさは17cmほど。プラ成形色はホワイト。


  【 1) 元ネタとなっているキット 】

  単行本48頁2コマ目と、50頁1コマ目の描き込みを見るかぎりでは、このプラモデルは青島文化教材社(AOSHIMA)が発売した「ビートル 1303S」である。「THE BEST CAR Vintage No. 69」として発売されたもののようだ(cf. [ www.ms-plus.com/images_item/12000/12531.jpg ])。箱絵を描くに際して、作者はこのキットを参考にしたと思われる。
  このキットは、現在では絶版扱いになっているようで、メーカー公式サイトでも情報が出て来ない。つまり、完全に同じ製品を手に入れるのは、現在では難しい。中古市場を探すしかないだろう。現在は「ザ・モデルカー」シリーズとして同等製品が発売されているが、おそらく箱変え製品で、キットの構成は同一のようだ(※cf. [ www.aoshima-bk.co.jp/product/4905083055526/ ])。こちらは2018年現在でも一般に流通しているので、比較的容易に購入できる。

  しかし、キットの中身を見ると、別の問題がある。49~51頁の描写を見ると、どうやら上記キットではないのだ。AOSHIMAは、通常の「ビートル 1303S」の他に、オープンカー(カブリオレ)仕様のキットも発売しており、作中で描かれているプラモデルのパーツは、むしろそちらを参考にしているようだ(cf. [ www.aoshima-bk.co.jp/product/4905083055724/ ])。
  要するに、作者はこのエピソードの執筆に際して、箱絵についてはノーマル版(クローズドボディ版)を参考にして作画しており、プラモデルのパーツについてはオープンカー版(カブリオレ版)を参考にしている。

  ちなみに、51頁左側の四コマでは、野田ミキさんが大きめのパーツを貼り合わせているが、このような形状のパーツは上記「ビートル」キットには見当たらない。もちろん実在のキットに忠実である必要は無いのだし、これは漫画の中のカジュアルな描写だろう。

  48頁の扉絵に描かれている「M: COLOR」は、実在の塗料「Mr. Color」シリーズをもじっている。現在でも模型店や家電量販店のホビーコーナーなどで販売されており、入手はきわめて容易。
  49頁のニッパーは、模型店に置かれている一般的なものと思われる。持ち手部分がターコイズグリーンで価格は1000円程度の、初心者向けのニッパー。
  51頁で使われている接着剤も、プラモデル制作ではごく一般的なもの。おそらくTAMIYAの接着剤(セメント)シリーズだろう。

  なお、この「ビートル 1303S」については、海外メーカーのイタレリ社(Italeri)もプラモデルキットを発売している。また、型番の異なる「ビートル」のプラモデルは、TAMIYA、HASEGAWA、REVELLなどのメーカーも発売している。特に細かいこだわりが無いならば、それらを作ってもよいだろう。いずれも実物に対する縮尺は1/24となっている。特にドイツRevell社のキットは、カブリオレ版(オープンカー仕様)がある。そのほか、「ビートル」シリーズには、1/43スケールの完成品ミニチュアカーも多数発売されている。
  なお、実物のビートルの「1303」モデルは、1973年から販売されていたとのこと。


AOSHIMA社から発売されている「ビートル 1303S」のプラモデルキット2種。上がカブリオレ(オープンカー)版で、下がノーマル版のパッケージ。どちらも、模型店や通販サイトで比較的容易に入手できる。
「カブリオレ」版のパーツ。単行本49頁1コマ目に合わせてレイアウトしてみた。パーツの色が違っているが、メーカーがプラの色を変更している場合がある。
これも「カブリオレ」版キットのランナー。単行本49頁2コマ目で、野田さんが持っているのと同じものと思われる。ただし、細部は異なる(※部分的に表裏反転されているようだ)。
51頁右側の四コマで野崎さんを悩ませたのは、「カブリオレ」版のこの部分(※写真左下の組立説明書)。最後に55頁でツノとして使われるパーツでもある(※右下のパーツ)。なお、ノーマル版にも同等位置のパーツがあるが、形状は多少異なっている(※左上のパーツ)。
単行本48頁の1コマ目(扉絵)で描かれている工具たち。いずれも、日本国内のモデラーにはお馴染みのもの。


  【 解釈の問題 】

  作者は明らかに、AOSHIMAのノーマル版とカブリオレ(オープンカー)版の2種類のキットを知ったうえで作品を描いている。それでは、何故、作品中では2種類をミックスして描いているのだろうか。とりわけ、オープンカー仕様のプラモデルが存在することを知っている(おそらく実際に所持して、参考にしながら作画している)のに、作中ではわざわざノーマル版キットを改造する流れにしているのは、何故だろうか。以下に、私見を簡単に述べておく。

  最初にノーマル版のビートルを描いて、有名な丸っこいシルエットの読者に見せているのは、まず登場人物たちがどのようなキットを作っているかを示すためだろう。彼女等が何を作っているのかが分からないままでは、読者は状況をイメージしにくいからだ。その意味で、まずはオーソドックスにルーフ(天井)の付いた状態で描くことは、確かに有意義だろう。
  しかも、車種がまさに「ビートル」(=甲虫、カブトムシ)であることにも、明確な意味がある。55頁のオチで、ボンネットに余剰パーツを付けて、カブトムシのツノのようにするというネタにつながっているからだ。その観点でも、典型的なビートルの姿を印象づけておく必要がある。

  その一方、ルーフの閉じた状態のカーモデルでは、人物(紙人形)を乗せられない、あるいは、乗せた絵面が分かりづらいものになってしまう。天井の開けたオープンカー仕様にすることは、中盤(53頁)のネタを展開するうえで、必要なことだった。
  作中で言及されている、プレスリーのキャデラックも、どうやら天井を外せるオープンカー仕様であったようだ。ということは、「野田さん → ピンク色 → プレスリー → オープンカー」というネタの結びつきもある。かなり凝ったかたちで、いくつものネタと知識と演出が絡み合わされている。

  このような事情で、ノーマル版とカブリオレ版の双方を取り込むために、自力改造という筋書きになったものと思われる。しかし、それだけではない。
  一つには、ノーマル版をオープンカーにしたという改造工作は、美術系学校らしさを表現する作用を果たしている。工作技術の高さや、オリジナリティの追加を、読者に印象づけている。最初からオープンカー仕様のキットを作るエピソードにしたのでは、この面白味が出せない。 
  また、オープンカーに改造したというのは、作り手の野田さんの個性を表現することにも寄与しているだろう。天井が開けた開放的な雰囲気は、いかにもこのキャラクターらしいと、読者は感じられるだろう。

  それにしても、ビートルにオープンカー仕様が存在したというのは、知らない人もかなり多い筈だ。また、プレスリーのエピソードも、有名ではあるが、かなり昔の話だ。この8ページの短編も、数多くの背景知識によって支えられている。




  【 2) 作中のプラモデル制作を再現する 】

  登場人物たちが作っているのと同じプラモデルが、現実に存在する。ということは、作中のプラモデル制作を実際に再現することもできる。

  ただし、難しい問題がある。作中では、野田さんがクローズドボディのプラモデルを自力で改造して、オープンカー仕様として作ったということになっている。しかし、絵として描かれているのは、オープンカー版のプラモデルのパーツである。したがって、作中の制作を再現する場合に、
A) 作中の出来事に従い、クローズドボディ版のプラモデルを改造制作するか、
B) 作品の描写に従い、オープンカー版のパーツを使って制作するか、
という問題が生じる。

  A)のアプローチは、「改造」という行為に焦点を当てている。野田さんの改造工作を追体験(再現)するという意味では、ノーマル版を改造する方が正しい。しかし、完成状態のプラモデルの形姿は、漫画に描かれたものとは少々異なったものになるだろう。また、オープンカー仕様に改造するには、キットのパーツを大幅に切断したり、ルーフの幌を自作したりする必要がある。つまり、技術的な敷居が高い。

  B)のアプローチは、作品内で描かれている「形状」に注目している。50-51頁で野崎さんたちが苦労した組み立てを追体験するには、最初から「カブリオレ」版のキットを使う方が適している。また、キットをストレートに組み立てるだけで、オープンカー仕様のビートルを完成させられる。ただし、自力改造のプロセスをショートカットしていることになる。

  どちらもそれなりに筋が通っているし、総合的にいえばどちらも一長一短である。なんなら、両方のキットを買って作り比べても構わないだろう。

  ここでは、ひとまずA)のアプローチを採用して、野田さんの「ビートル」制作過程をシミュレートしてみることにする。


  【 「ビートル」をカブリオレ版に改造する 】

  ノーマル版キットをカブリオレ版に改造するには、以下のような工作が必要になる。
1) ボディパーツのルーフ(天井)部分を切除。
2) 後部に幌(折り畳んだルーフ)を自作する。
3) 側面のドア付近に一部フレームを作り、ガラスを嵌め込む。

  1)は、適当な工具があれば簡単。美術系の学校であれば、必要な工具は調達容易と思われる。2)幌の自作も、手近にあった適当なマテリアルで作ったと考えればよい。3)は比較的高度な工作だし、そもそも実車の知識が必要になる。野田さんはビートルに詳しかったか、あるいは携帯電話等でオープンカー仕様を調べて作ったと考えておこう。

  いずれにせよ、それなりの技術が求められる作業であり、素人がすぐに実行できるような改造工作ではない。野田さんの工作スキルの高さや発想の自由さを表現しているエピソードだと捉えてもよいだろうし、あるいは、技術的なリアリティにはこだわらず、単なるコメディ進行の一部と見做してもよい。


  【 野田さんヴァージョンの制作 】

1) オープンカー仕様で作る(上記)。
  野田さんに倣って自力改造でもよいし、最初からオープンカー仕様のキットを作ってもよい。

2) ボディはピンク色で塗装。
  モノクロ漫画なので、どのような色合いなのかは分からない。web検索すると、プレスリーのキャデラックはパステルピンクのようなので、そのような色合いを目指すのも一案だろう。ただし、プレスリー車の色を真似たとは限らないから、文字通りの「どピンク」(彩度の高めなピンク)にするのが正しいのかもしれない。
  塗料について。作中では、おそらく一般的な美術系の画材を利用したものと推測される。もらったのはプラモデルだけであり、その場に模型用塗料まで持っているとは考えにくいからだ。プラスチックにも塗装できる塗料として、さしあたりアクリルガッシュを想定しておく。ただし、作中の描写ではプラモデル専用接着剤を持っているし、52頁では「塗装は匂いがきつい」と言っているので、塗料に関してもプラモデル用のものを調達していた可能性がある。
  塗装はおそらく筆塗り。ノダミキさんは、まだ1年生とはいえ美術系高校に通っており、アクリル塗料の扱いにも慣れている筈だから、まちがいなく私よりも筆塗りは上手い。つまり、作中での筆塗りクオリティを、私では再現できない。
  以上、このように考えてきて、画材店で購入したアクリルガッシュの「パステルライラック」をベースに使うことにした。それなりにヴィヴィッドな色合いだが、あまりクドすぎず、いかにも野田さんが使いそうな色というコンセプトで選んだ。それ以外のパーツも、必要に応じてアクリルガッシュで適当に塗り分ける予定。
  シート部分には、同じくアクリルガッシュの「ローアンバー」、ボードなどは「プルシアンブルー」で塗装することにする。リアルなカーモデル風の塗装は避けて、ピンク色のボディとうまく馴染むような色合いを考えている。→シート部分はプラスチックの色のまま(ブラック)。幌はタンで塗装。

  3) 5人の登場人物の紙イラストを乗せる。
  単行本を見ながら、厚紙などに模写して描くしかない。また、余裕があれば、53頁のニンジンを作ってもよいだろう。

  4) ツノを付ける。
  55頁の最後に落ちていたパーツは、前輪のシャフトの一部だろう。カブリオレ版キットではB-6、ノーマル版ではA-2のパーツ。これを取り付けないと、両輪の角度変更が連動しないのだが、無くても一応は完成させられる。これをビートル(カブトムシ)のツノに見立てて刺したというのが、このエピソードのオチになっているのだから、是非とも再現したい。

  5) ジオラマ(道路、建物、埠頭)。
  ハードルが高いので、今回は省略。



  【 制作メモ 】

  アクリルガッシュは、プラスチックにも定着する。乾燥後はかなり頑丈な塗膜を形成し、爪で軽く引っ掻いたくらいでは剥がれない。ただし、平滑面に広く塗るので、あらかじめサーフェイサーを吹いておくのも良いかもしれない。

  アクリルガッシュは、塗料の伸びがとてもきれいで塗りやすい。かといって乾燥が遅いわけでもなく、塗って10分もすれば、手で触っても問題ないくらいに塗膜が固まっている。薄塗りしつつ、乾いたところで塗り重ねていけば、筆ムラもほとんど目立たない。プラモデルにもしっかり定着してくれる。エアブラシ塗装も可能とのことだし、分量あたりの価格もほぼ同等。マンセル値も明示されているので、知識さえあれば各色の位置づけが正確に判断できる。

  ただし、模型用塗料として、デメリットが無いわけではない。
- 基本的にマット(ツヤ消し)。ワニスを混ぜたりしてツヤを出すことも可能だが。
- 色のラインアップが異なる(※当然ながら、スケールモデル用の色はほぼ存在しない)。
- ラッカー塗料などとの塗り重ねには、問題が生じる可能性がある。

下が「カブリオレ」版のボディパーツ、上がノーマル版のボディ。ノーマル版で、ピンク色の部分を切断すれば、おおまかにオープンカー仕様を再現できる。ただし、後部などは手を加えて整える必要があるだろう。
ノーマル版のルーフ(天井部分)を切断して、オープンカーもどきに仕立て上げる(上)。模型用ノコギリ(ホビーソー)などを使って切り出し、デザインナイフで切断面を整形する。マスキングテープを当てておくと、きれいなラインに出来る。
ボディパーツの内側は、アクリルガッシュの「ローアンバー」で筆塗り塗装。特にドアの内側が露出してしまうので、何かしら色を乗せておく方がよい。
ボディは、アクリルガッシュの「パステル ライラック」で塗装。単体としてはパープル寄りの色だが、ピンクとしても通用するだろう。側面ガラス部分は、横枠をプラ板で自作してシルバー塗装。
ひとまず車の部分は完成。車内(ブラック)は無塗装で、プラの色のままにしている。前面バンパーは2種類あるが、作中の描写に合わせて、両脇に四角形のディテールのある「19番」の方を使用。ハンドルは左(※53頁右側3コマ目を参照)。
前輪のシャフトパーツを意図的に組み込まずにおく。こうなると左右のタイヤの向きが揃わず、バラバラに動いてしまい、コントロールが利かなくなる。
紙人形(キャラクター絵)の線画。高さ4cm、幅1.5cm程度の大きさにした。厚紙(スケッチブック)に模写したが、似せるのは難しい。リアリスティックに考えるならば、1/24縮尺なので身長158cm/24=約6.6cmになる。
山口さんと野崎さんは夏服。大道さんと友兼さんは冬服。野田さんはジャージ。作中ではおそらく色鉛筆で塗装されているが、今回は塗料で筆塗りした。プライヴェートな制作であれば、原作の絵をコピーしてもよい。

パーツの切り出しと
ゲートの整形
20分
ルーフ切除30分
幌の自作10分
(固化乾燥には12時間)
ボディ塗装内装20分
外側20分
その他塗装(幌) 10分
全体の組み立て20分
紙人形制作20分
150分

  各工程を円滑に進められるだけの十分なスキルがあれば、3時間もあれば完成させられる。ただし、自作の幌部分を乾燥させるのには時間が掛かるが、そこまで現実的に考える必要は無かろう。また、ありあわせの端材を加工するならば、乾燥時間は生じない。



  【 完成写真 】

4人のキャラクターを乗せた状態。53頁左側3コマ目を参照。電池ボックス用スペースがシャシーに組み込まれているため、座席の位置がやや高くなっている。後部の幌はエポパテで自作した。
友兼さんとニンジン。53頁左側3コマ目を参照。ニンジンの竿は、マスキングテープで簡易留めしている。
友兼さんの紙人形を自立させるために、裏側に真鍮線で支えを取り付けてある。
54頁右側2コマ目。紙人形は、もっと大ぶりに作るべきだった。
55頁右側1コマ目。この野田さんの紙人形は、両面を個別に作ってから貼り合わせている。
最後の大ネタ、ビートル(カブトムシ)のツノ。「カブリオレ」版キットのB-6パーツを拝借してきた。プラ成形色はホワイトだったので、セミグロスブラックで塗装した。
55頁の最後のコマのような感じで、野田ミキさんの後ろ姿とともに。
紙人形のキャラ絵を描くのが、一番大変だった。しかし全体としては、新しいツールを試すこともできたし可愛らしい色合いのビートルプラモを作ることもできた。
おまけ。「カブリオレ」版のキットも塗装制作した。上がノーマル版(シリーズ番号73)、下がカブリオレ版(No. 75)。赤はMr. Colorのシャインレッド(50%)+ハーマンレッド(50%)、座席などはマホガニー、銀はクロムシルバー、ライトはクリアオレンジ。
カブリオレ版キットにキャラクターを乗せた状態。漫画家はむしろこちらのキットを参考にしていたと思われる。ただし、折り畳んだルーフの形状などは、キットを超えて実車それ自体の構造を把握したうえで描かれている。
カブリオレ版のキットは、ルーフを被せた状態にすることもできる。ただし、この状態では、乗せたキャラクターがほとんど見えなくなってしまう。