2019/08/18

アニメ『ソラノヲト』雑感

  アニメ『ソラノヲト』雑感。本当にまとまりのない雑感集。


  (2018/03/06)
  「実在兵器表現」記事の引用スクリーンショットを撮るために『ソラノヲト』を再視聴。のどかな民族音楽風の劇伴を基調としつつ、演奏者の呼吸のリズムをくっきりと反映するラッパの音色から、繊細な触覚的イメージを伝える効果音表現に至るまで、音響面では非常に豊かでデリケートな演出が施されている。それと歩調を合わせるかのように、脚本それ自体はむしろ寡黙で、喋りすぎない節制が利いている(――無言シークエンスの長さという物理的な意味でも、台詞で説明しすぎないという修辞的な意味でも)。そして、台詞と台詞の間の沈黙の時間にも、確かな情緒が埋め込まれている。背景美術の充実と、上品なユーモアのある脚本と並んで、この情趣豊かな沈黙の時間は、本作の中でも特にすぐれた価値のある一側面だろう。

  劈頭の第1話が力の入った内容になっているのは当然としても、つづく第2話もたいへん面白い。第2話Bパートの廃屋探索のシークエンスは、画面全体が水平を失ってしばしば斜めに傾斜しており、ダイナミックな奥行きのある構図も頻出する。その一方で二人の幼い少女たちを映す際にはしばしば顔を大写しのクローズアップにしており、彼女等の心理のこまやかなディテールを視聴者に訴えようとしているかのようだ。さらに、二人の会話の音声進行のテンポと画面上の映像進行のリズムとが絶妙の仕方でずらされており、その二重進行が迷路探索のような浮遊感と不思議な迫真性を生んでいる。脚本面では、音楽(≒人の心)は時間と地域を超えて通じるというモティーフがはっきり提示されており、さらに多脚戦車から電信設備、遠未来設定に至るまでの情報も如才なく織り込まれている。第7話のことを思い出しておくと、「幽霊」を巡るフィリシアの言動も趣深い。「初陣・椅子ノ話」という、控えめにウィットを利かせたサブタイトルに至るまで、神経が行き届いている。作品全体の中では、ただの導入的なクレハ回の筈なのに、どうしてここまで力が入っているんだ……。この第2話の絵コンテは神戸監督自身が担当している(※神戸氏の絵コンテは第1、12、13話も)。

  キューベルワーゲンは主に第4話で出てくると思うので、そこまでは観ておこう
  第4話も雨アニメとしてたいへん趣のある回だが、夏服に替わった第5話も、背嚢姿のとぼけた雰囲気を初めとして、寛ぎのあるユーモアに満ちていて楽しい。第9話も雨アニメ。筋立ては古典的なネタの組み合わせだが、端正にまとまっていて気持ちの良い回だった。ラストシーンで写真の胸部に潔く×印が付けられているところまで、よく行き届いている。
  というわけで、最終話まで視聴してしまった。満足。ディスク版なので、もちろん12+2話編成で観たのだが、第7.5話と第13話は無くてもいいかなと思う。前者は作りが月並だし、情趣の乏しいギャグ回だから。せっかくの「私のあなたたち」をここで出してしまっているのもマズい。ナンバリングのうえでは、よりにもよって第7話の直後だ。後者の第13話はけっして悪くはないのだけど、やはりこの作品としては言葉で語らせすぎていて、いや、けっしてちっとも悪くはないのだけど、ユミナさんが趣味の悪い巾着袋をブンブン振り回すシーンのアニメーションとかも含めてすごく楽しかったのだけど、しかし第12話まででバッサリ終わらせてしまった方が潔いかもしれないと思わないではない。

  「ありがとう」「ごめんなさい」をちゃんと口にするキャラクターは、やっぱり好感が持てる。フィクションの中のコミュニケーションでも、相手の言葉をきちんと受け止めている様子が視聴者にはっきり伝わってくるからだ。

  この作品といい、『少女終末旅行』といい、海に魚(生命)がいなくなったというのを自然の致命的破壊の象徴として描くのは、日本人らしい(あるいは島国文化らしい)感性と言えるのかな。たしか『エヴァ』(TV版の南極や劇場版の赤い海)もそうだった筈。
  その一方で、海面上昇は、(現実的にいえば島嶼国にとってはとりわけ致命的なのだが)オタク系フィクションではしばしばロマンティックな風景のために用いられている。アダルトゲーム分野でも、『しすたぁエンジェル』しかり、『はるかぜどりに、とまりぎを。』しかり。そしてふたたび上記『エヴァ』も。

  科学文明が衰退して一見牧歌的な中世的様相を示している遠未来世界というシチュエーションは、日本のサブカルチャーでもしばしば取り上げられる。古典的な『未来少年コナン』『ナウシカ』から『∀ガンダム』『スクラップド・プリンセス』、あるいは部分的には『ヨコハマ買い出し紀行』『キノの旅』あたりも該当すると言ってよいだろうか。『ソラノヲト』もこの流れに棹さす作品の一つであり、しかも、わずか一クールのアニメ作品でありながら、作中世界の文明史(人類史)全体の先行きをかなりはっきりと示唆するところまで踏み込んでいる。

  寝室での下着姿や風呂場のシーンにもいやらしさが無いし、グロテスクな描写もほぼ無いので、子供にも見せられる作品だと思う…のだが、ああ、11話でフィリシアさんがアーイシャへの鎌掛けで余計なエロ台詞を発していなければ……。





  (2018/08/12)
  【 『ソラノヲト』とお盆雑感 】
  「蝉時雨・精霊流シ」の時期か。夏の日差しと日陰の暗さの強いコントラストに導かれて、日本的なお盆の慰霊の雰囲気をストレートに描いた回だった。いや、ただしシチュエーションはかなり個性的で、日本とスペインが混淆した遠未来世界で、遠藤ヴォイスの金髪キャラが、過去の(つまり21世紀現代の)日本軍兵士のミイラと幻想の対話を交わした事件を回想し、しかもそれが作中世界の背景設定の深部に触れているという、非常に複雑でデリケートな作りなのだが。
  しかも、そのキャラクターにとっての対隣国戦争の生々しい記憶と、過去の対異種族全面戦争の痛ましい痕跡とが二重写しに語られるというアクロバティックな脚本であり、さらには、現実の現代日本にとって一種の神話のようになっている8月終戦のイメージももちろん投影されているであろうから、戦争の災禍を3重の仕方で想起させる物語が展開されていると言ってよい。話数制TVアニメ作品としてはかなり凝った趣向の回になっている。脚本担当は吉野弘幸氏(全話担当)。

  『ソラノヲト』は、導入の第1話はきれいに出来ているし、第2話の演出も抜群に面白いのだが、第3話(「梨旺走ル」)でいきなり主人公が倒れて別キャラ視点に入ってしまうのが、こんな早いタイミングでイレギュラーを入れてしまうのかとちょっとモヤモヤした。もっとも、準主役級の重要なキャラなので、ここでツイン主人公の枠組を示したのだと見るべきかもしれない。第4話(「玻璃ノ虹」)は、困難とその克服に関する、これまた二重進行のいささかアンビヴァレントな物語だが、雨の雰囲気と街の風景、そして空の広がりが気持ち良い。
  以下、脚本ベースでおさらいしていくと、第5話(「山踏ミ」)は爽やかな夏服になり、年少組に焦点を当てつつ、おっとりしたコメディを基調にしている。ただし終盤は急転直下で作中世界のシリアスな状況設定に触れつつ、それを下敷きにして「過去の(先輩)隊員たち」と「現在の彼女たち」を重ね合わせるが、けっして饒舌に走らず、繊細で寡黙な語り口の中にしめやかな情緒を滲ませる演出が良い。
  第6話(「髪結イ」)は、ある休日の風景をAパート(隊員サイド)とBパート(主人公側)に分けて両面から描くという、ありがちだが手の込んだ内容。第2話からこの回までずっと、脚本では複数の要素の対比と連結が取り上げられており、なおかつ、作中の各キャラクターが生きてきた過去の事実乃至経緯を繊細に解きほぐしていくような内容になっている。
  そして続く第7話で、「過去との対決」モティーフに関して最も隠微にして最も深刻な物語を提示して、第8話からは「これからの現実」の側に、大きなウェイトが置かれるようになっていく。

  近年のアニメにもお盆エピソードはいくつかあるようだけど、さすがにアダルトゲーム分野だとなかなか思い浮かばない。帰省した田舎の夏祭とか、大学生のフィールドワークで性的な奇習の宴に巻き込まれるとか、妖怪たちが活性化するので巫女姉妹が退治して回るとか、赤い雪が降って世界がループするとかいった趣向のものはあるけど。そういえば『誰彼』も、世界の理が歪みだしそうな暑い夏休みの時期だったか。
  8月のお盆よりも7月の七夕の方が、取り上げられる頻度が高いかも。『ホシツグヨ』『カルマルカ』『アステリズム』『星空のメモリア』等々。時期的にも、そのくらい早めの方が扱いやすそうだ。
  そもそも夏というのは、中高生の生活を描写するにはちょっと扱いづらい季節かもしれない。6月の梅雨を超えると、7月初旬には早々に七夕が来てしまい、それに続いて期末試験があり、それから夏休みに入ってしまい、8月一杯を過ごして、9月に新学期が始まるというスケジュールだから。物語進行の抑揚に合わせてうまく始点と終点をうまく切り出すのは難しそうだ。作品によっては、修学旅行エピソードを挿入したりもする。





  (2019/3/30)
  私はアニメオタクを名乗れるほど数多く視聴しているわけではないので、自分のごく狭い見聞の範囲から、「2010年代のクール制アニメで一番好きな作品は『ソラノヲト』かも」くらいの判断を安直に下してしまえる。90年代だったら『ウテナ』、00年代は……『シムーン』を挙げたいけれど、つらい作品なので挙げられない。
  『ソラノヲト』は、劇伴の趣味も良いし、効果音も繊細に付けられているので、耳にも気持ち良い。キャスティングも、デビューから間もない金元氏の清新な芝居はうまく役柄に合っているし、小林氏の異様に抑えたウィスパー台詞も耳をそばだてさせる緊張感がある。
  コンテレベルでの演出も、神経の通った見事なものだ。正統派の映像演出の技術をきれいに使いこなしているのが見て取れ、その達者ぶりに苛立たしさを覚えてしまうほどだ。作画に関しては、2010年作品なのでまだそれほど3D使用がクドくなくて、真正面からの2Dアニメーションをゆったり味わえる。ウェットな背景美術も美しい。
  第3話はリオとカナタの二人に話の焦点を絞り込んでおり、やや重たい印象があるのだが、あらためて視聴してみると、この回でこういうことを描いておかなければいけなかったのだろうと腑に落ちてきた。逆に4~5話は、良いシーンもたくさんあるのだが、脚本と演出がちょっともたつく。第6話以降は、実に滋味に満ちた回が続いていく。
  1話だけ取り出すのだったら、『JOJO』のイギー vs ペットショップの回を挙げたい。いや、映像として良かったかどうかはまるで憶えていないので、ただ単に「凄絶な福圓美里独演会」としての評価になってしまうが。