2025/07/05

漫画雑話(2025年7月)

 2025年7月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
 試しに今月からは、収録話数も記録しておくことにする。

●新規作品。
 吉川英朗『黒焔の王ゼルク』第1巻(ガンガン、1-2話)。吉川氏の新作だ! これまでも『魔王と俺の叛逆記』(全8巻)や『魔王様の街づくり!』(全12巻)などで、可愛くて強い丸顔ケモ耳むちむちヒロインたちと激しいSFスキルバトルを描いてきた漫画家さんだが、今回は可愛くて強い丸顔むちむちストッキングおとこのこを主人公に据えて超常バトルを描くという大胆な英断をされている。やったね!
 あきま『人喰いマンションと大家のメゾン』第1巻(ジャンププラス、1-5話)。地球滅亡の寸前で周囲の時間経過を止めて(?)いるスラム的近未来メガストラクチャーの話。『ナウシカ』と弐瓶勉をミックスしたようなアプローチで、他に逃げ場など無いが、しかしシステム内部では有限な資源を維持するために謎の邪悪な収奪機構が作用しているという状況は、いかにも現代的な苦みを感じさせる。スパッツ主人公が、元気なのか暗いのかやけっぱちなのか冷静なのか、ちょっと不思議なキャラ造形(※ブレているだけかもしれない)。この漫画家の前作『少女Null』(全4巻)は、たしか一冊だけ読んでみてそのままにしていた。悪くはないが、個人的な好みにはあんまり合わない。
 佐倉準『問題だらけの魔法使い』第1巻(小学館、1-5話)。異世界に飛ばされた高校生が、クイズでポイントを稼ぎつつ頑張る話。コメディネタではあるのだが、フルカラー漫画で、わずかにショタ味を残す主人公が様々なトラブルに巻き込まれて頑張る様子はなかなか可愛らしい。クイズネタそのものは無難な出来で、買い続けるかどうかは分からないが、ひとまず憶えておく価値はある。作者は200年デビューとのことで、『湯神くんには友達がいない』(全16巻)の長期連載に続く二つ目の連載。
 くらの『帝都の隠し巫女』第1巻(フラワーコミックス。原作あり、1-4話)。妖怪たちに憑かれた不遇少女が、謎の呪術医男性のところに転がり込むことになる。少女漫画らしい明晰でほっそりした作画で、怪異ものの幻想性と、男性の正体に関するミステリー的な仕掛けが混じり合って、穏やかながら不思議なムードを漂わせている。

 柑奈まち『捨てられ公爵夫人は、平穏な生活をお望みのようです』第1巻(TOブックス、1-5話)。悪役令嬢キャラの中に入った主人公が、ゲーム知識で辺境の領地改革をしていくというオーソドックスなコンセプトだが、描写のディテールやキャラクターの振り付けが繊細だし、穏やかで朗らかな表情も心地良い。
 近時の異世界転生ものは、ただ単に「神授のスキルで独善的なハーレムを築く」だけでなく、「現代水準の倫理観をベースにして、社会全体を良くしていく」というアプローチが目立ってきているように感じる。つまり、階級差別をしない平等主義や現代的な身だしなみの意識によって周囲の人々の好意や信頼を獲得しつつ、現代のごく常識的な衛生観念や労働環境を広めることによって、人々の生活環境を効率的に改善していく。そして、強欲に私益ハーレムを目指すのではなく、(ひとまずさしあたっては)現地社会の持続可能性と、人々の精神的安定を志向する。下記『マスケットガールズ!』や『現実主義勇者』も、まさにこの流れに棹さしている。もちろんこれは10年代半ばにはすでに現れていた方向性だが(『のんびり農家』は部分的にその先鞭を付けていた)、なかなか興味深い傾向だと思う。
 ただし、問題もなくはない。現代的な倫理観をもって、新たな世界で公共的貢献をするというのは聞こえが良いが、そこには植民地主義の側面も否応なく滲み出てくる。また、身だしなみの良さや、セクハラをしない姿勢、あるいは身分制に囚われない振舞いによって、現地の人々の評判――とりわけヒロインたちからの好意――を獲得するというのは、イージーさの気配も漂わせる。とはいえ、上記『捨てられ』では、配下の騎士男性が謹厳な(※その世界の価値観としては)性格で、身分制的意識を当然視して行動し――例えば、貴族主人公に触れようとする農奴少年を蹴り飛ばす――、しかもそれはすぐには解消されないままに続いているという難しさを誠実に描いている。

 hat.『透明な夜に駆ける君と、目に見えない恋をした。』第1巻(原作あり。ガンガン、1-4話)。白杖をつきつつ常ににこやかに微笑んでいる大学生ヒロインに、主人公男性が関わりを深めていく。視覚障害の困難を前景化しつつ、デリカシーのある作劇になっている。
 真木蛍五『ナキナギ』第1巻(講談社、1-5話プラス長大なプレストーリー)。恋する少女と、それを異能の力で助ける友人(海から来た怪異生物が変身している)の物語。本編は明るくユーモラスな日常友情もので、黒衣の長身少女が異能を発揮する派手なシーンと、その怪異少女の不器用さを味付けに加えつつ展開している。キャラクターたちの表情表現の振れ幅が抜群に広く、なおかつ的確で、さらに視覚演出の切れ味も凄い。作者はすでに長期連載『可愛いだけじゃない式守さん』(全20巻)の経験もあるが、残念ながらこれまで読んだことが無かった。できれば過去作品も読みたい。


●カジュアル買いなど。
 柳井伸彦『死に戻り王女は生き延びるために百合ハーレムを作ることにした』第1巻(今年1月の発売。1-4話。小学館。原作あり)。タイトルどおりのコメディ。何度も死に戻りをしつつ原因(首謀者たち)を順番にハーレムに取り込んで生き残っていく形で、同一状況の繰り返し演出が楽しい。コマ組みや表情も力強く外連味があるし、能天気トンチキ姫が真面目に頑張るところも良い。エロ描写は控えめ。作画の柳井氏は、これまで原作付きのタイトルをいくつも手掛けてきたベテラン。

 樋口彰彦『江戸前エルフ』(講談社)。SNSで見かけた絵に凄味を感じたので買ってみたら、確かに素晴らしい出来だった。以前は「どうせ日本すごい+チープグルメ+エロエルフでしょ」と思い込んでスルーしていた、ごめんなさい。コマ組みがきれいに洗練されているし、光源演出などもデリケートで雰囲気があるし、その一方で大胆に崩したデフォルメ表情もユニークな出来映えだし、さらに台詞回しなども気が利いている。異様に上手い。例えば妹キャラの初登場のときも、冒頭から2ページにわたってひたすら背面だけを映して(※その後ろ姿もすでに可愛い)、そして丁寧にお辞儀をしてから頭を上げるその瞬間に初めてその顔立ちをアップで出す。こういう「溜めと解放」のコンロトールが実に巧みで気持ち良い。作者の樋口氏はこれが5つめの連載作品のようだが、残念ながらこれまで一つも読んだことが無かった。
 ただし、ちょっと気になる点がある。コピペを多用しているのがかなり目立つ(特にキャラの正面顔)。拡縮したり、口元だけを描き直ししたりしてはいるのだが、明らかに同じ顔が連続しているし、しかも両目を大きく見開いた正面顔なのでいったん気づくと目障りだし、場面ごとの表情に合っていないコマもあるし、少々いただけない。うーん。全体としては、とても上手い漫画だし、コピペのおかげで絵のクオリティが保たれている側面もあるのだが……。というわけで、数冊買ったのだが、読み続ける意欲が大きく削がれて、途中で積んだままになっている。

 あらいまりこ『ある奴隷少女に起こった出来事』第3巻(双葉社。完結。原作は英文の半自伝的作品)。19世紀半ばの黒人奴隷少女の物語で、漫画としての作りはやや生硬ながら、当時の衣装や建物などもきちんと再現されているし、この有名な作品の知名度と作品生命を延ばすという意味でも、こういう漫画媒体での展開はあってよいと思う。

 漂月『マスケットガールズ!』第4巻(主婦と生活社、24話まで収録)。架空の西洋近世風の世界に転生した主人公が、女性ばかりの部隊で参謀として活躍する物語のようだ。具体性のある戦術描写、スピーディーな展開、部下の死を描く誠実さ、国際的な大状況と絡めた政治劇、そして小柄で優秀で立場は偉いが話の分かるクールな三白眼黒髪ロングの女性指揮官とツーカーで話せる風景が心地良い。近所のJUNKUDOには既刊が置いていなかったが、折を見てどこかで買おう。
 ということで既刊も発見して購入(※web版でも序盤は読めるけど)。主人公の上官は、最初のうちは端正で美少女寄りの作画だったのか。最新巻では睫毛濃いめの堂々たる三白眼したたかキャラで、そちらはそちらで好ましいのだが。作品のコンセプト設計は、おそらく「戦記もの+異世界転生」と整理出来る。これがなかなか面白くて、「戦記もののアプローチだが、異世界転生によって現代知識と特殊スキル(死の危険を察知)を持たせることで主人公の成功に根拠を与えている」、また、「異世界転生ではあるが、転生先の社会では純然たる組織人として活動するのが珍しい(しかも17世紀欧州の軍隊組織というニッチを採っている)」。主人公に特有の特殊技能は、部活レベルの剣道経験と30代くらい?の人生経験だけというのも、節制があってバランスが取れている。漫画表現そのものとしても、カメラアングルを効果的に使いこなし、コマ組みも洗練されている。

 上田悟司『現実主義勇者の王国再建記』の既刊もいくつか買ってきた。最新刊ほどの縦進行はないが、それでも第1巻から明らかに縦長コマ(縦の断ち切りコマ)が頻出しており、試行錯誤を通じて縦進行のコマ組みを洗練させてきた過程が見て取れる。また、最新刊では小コマでキャラクターたちを詰め込みすぎだったが、中盤までは(第5巻あたりまでは)それほど無理がなく、バトル(戦争)の描写もダイナミックに描かれている。本当にクリエイティヴに、意欲的な漫画的実験を敢行している作家として賞賛されるべきだと、大いに評価を改めた。
 というわけで、さらに『現実主義』既刊を13巻まで買い揃えて通読した。縦のラインをはっきりと意識したコマ組みは斬新で、しかも見開きのレイアウトを効果的に使っている。絵それ自体も、手書き感のある筆触が心地良く、しかも布や石の質感も豊かに表現されているし、絵そのものも見通しのきれいなバランスを維持している。確かな画力と、完成状態を明確にイメージした作業で、スピーディーにザクザク作画しまくっている感じが気持ち良い。その一方で、ヒロインたちは明晰な描線とつややかな瞳でたいへん魅力的で、しっとりした重量感のあるバストから、着衣で細長く引き締められた胴体、そして安定感のある腰周りと、やや特異なプロポーションながら存在感のある造形が漫画家の美意識の在処を窺わせる。

 タヌキネタということで、奈川トモ『お前、タヌキにならねーか?』第1巻(一迅社)を買ってみた。連載も単行本第8巻まで続いており、既刊の増刷も繰り返されているようだ(買ったのは第8刷だった)。街に紛れたタヌキ男が、人々をタヌキに変化させていき、かれらの心を救ったり、ちょっと気分転換させたりするというライトユーモア人情話。基本的に単話完結型で進んでいくし、カジュアルに読める。

 ひるのつき子『133cmの景色』をカジュアル買いしてみたら非常に面白かったので既刊3巻(新潮社、第15話まで)を買い揃えて読んだ。主人公は、身体的発育が止まった成人女性で、「大人らしさ」「女らしさ」あるいは「体格相応の可愛らしさ」を周囲からしばしば無遠慮に求められてきたが、それでもポジティヴに自立して生活している。
 彼女の周囲にも、「顔面麻痺のせいで無愛想に見えてしまう男性(※主人公の部下で、関わりを深めていく)」、「大柄なため、これまで女性として扱われてこなかった人物(※ステレオタイプな『女らしさ』との距離感に苦しみつつ、自らの生き方を思う悩む)」、「女らしく可愛らしく振る舞って、早く結婚するという社会に過剰適応してきた中年女性(※その発言によって周囲の女性を傷つけてきたが、それは彼女自身が自らを抑圧してきた不幸の帰結でもある)」、「見栄えの良さにアイデンティティを賭けてきた女性(※それは周囲の人々との間に軋轢を生み、またその価値観の限界を自ら思い知らされる)」といったキャラクターたちが登場し、むしろ小柄主人公はかれらの懊悩を切り出してみせるための額縁のようになっている。
 そうした理念レベルの意欲的姿勢とともに、漫画的構成も抜群に良い。真に生きた表情。体格差を自然に反映させたり、あるいはそのコントラストを強烈に表現するような構図。キャラクターの心情や、人間関係の将来を暗示するような演出。等々。作者は『煌めく星の吸血鬼』(単巻、祥伝社)など、基本的には女性向けで活動してきており、それらの経験で培われた技術を今作でも存分に活用して、読者を引き込む漫画表現を展開している。私個人としても、ここ数ヶ月で最も深く没頭して読んだ作品の一つになった。なお、来月には第4巻が発売されるとのこと。


●続刊等。
 江戸屋ぽち『欠けた月のメルセデス』第4巻(13-16話。原作あり)。昨年9月刊行なのを買い逃していた! 吸血鬼に転生した主人公の冷静で切実な内省と、それを反映する表情のデリカシーが素晴らしい。さらにバトルシーンも、ダイナミックなコマ組みと奥行きのある作画で、迫力と速度感がある。お色気要素は無くしているが、それでもブーツを脱ぐ所作の描写などにフェティッシュな魅力が盛り込まれている。本当に大好きな漫画なので、見つけられて良かった(※普段から刊行予定はまったくチェックせず、animateやJunkudoを巡回して店頭で見つけられるものだけを買っている)。そして第5巻は8月発売とのこと。
 田島青『ホテル・インヒューマンズ』第11巻(52-55話)。現在の仕事に迷いを抱く主人公と、ラスボス側の苦い余韻を残す殺人行為。相変わらず視覚的演出は生硬なところがあるし、ストーリーについても少々制御しきれていない感じもあり、「どうしようもない運命的な結末」のオーソドックスな悲劇を衒いなく描いていることにいささか躊躇もあるが、良い作品ではある。
 石沢庸介『転生したら第七王子(セミカラー版)』第4巻。中身はすでにモノクロ版で読んでいるが、カラー化された魔法エフェクトが派手でたいへんよろしい。
 星野真『竜送りのイサギ』第5巻。物故した師匠の孫や妻と出会う、悔恨とその克服のドラマ。そして物語の全体状況も、初期に予想していたよりも複雑になってきた。第5巻まで来てもいまだに、主人公たちのパーソナルな物語と、竜のいる世界という大状況とが、うまく結びついていないままなのだが、ゆっくりしたペースで進めていくつもりのようだし、気長に付き合っていこう。他言語への翻訳版もいろいろ出ているとのことで、セールスは好調のようだから連載は続いてくれるだろうし。
 小川麻衣子『波のしじまのホリゾント』第4巻。兄が帰省してきて三角関係めいてくるが、三者それぞれのデリケートな内面描写を通じて解決に向かう。台詞そのものは言葉少なながら、各キャラクターの心情が豊かに描き出され、またコマ組みのレベルでも斜め傾斜のコマを多用することによって揺れ動く恋愛感情の落ち着かなさを読者に的確に伝えている。日常寄りのシリアスおねショタ漫画の最高峰。
 火鳥満月『Beat again』第2巻(4-9話)。もう続刊が出たのか、早いなあ。ストーリー面では、怪しげな「マルチプロデューサー」に絡まれるというありきたりな展開だが、絵そのものに大きな魅力があり、力強くも清冽で華やかな紙面を作り出している。
 にことがめ『ヒト科のゆいか』第2巻(5~8.5話)。様々な亜種族と通学する高校生活。人語を喋れなかったり(極端に口下手)、ゴーゴン種族のため他人と顔を合わせられなかったりする亜種族たちは、現実の障碍に準えて受け止めることもできるが、そうした個別の描写を超えて、「まったく別個の存在である隣人たちと、いかにして相互の敬意や信頼関係を形成していけるか」を問おうとする一般的な問題意識の次元で描かれていると言ってよいだろう。手書き感の強い作画は背景まで誠実に描き込まれているし、苦悩や落涙の激しい表情もデリカシーをもって扱われており、さらにコマ組みの紙面構成演出も強烈なインパクトを持っている。表現意欲に満ちた力作。