2025/09/09

漫画雑話(2025年9月)

 2025年9月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
 今月は女性向けや現代世界ものが多く、ファンタジー新刊は少なめ。
 未読が10冊以上あるけど、読んだら追々加筆していく。


●新規作品。
 山水みこ『セーデルホルムの魔女の家』第1巻(一二三書房LAVARE、原作あり、1-8話)。妖精や精霊を見ることのできる女性(メイド)と、彼女が仕える男性(元軍人)と少女(妖精を感じ取れる)の物語。おおまかに英国(ケルト妖精)をモデルにしているが、架空世界としての設定。一般人には妖精の存在はほぼ知られていないため、7歳の少女は親族からもへんけんと迫害を受けてきたという経緯がある。小説原作にありがちな、台詞に一つ一つ挿絵を付けたような感じだが、静かで内省的な本作の雰囲気には合っている。掘り出し物……とまでは行かないが、ひそやかで穏やかな暮らしの物語として、読み続けていけそう。山水氏はこれまではイラストレーター活動がメインで、漫画連載は今回が初めての模様。「挿絵っぽい」という上記の印象も、このキャリアに照らしてみれば得心がいくし、一枚一枚のコマ絵もきれいに整っている。
 イチ『くじらの料理人』第1巻(コアコミックス、1-8話)。海自の潜水艦に乗り込むことになった、ネガティヴ思考の調理隊員の話。料理要素を主人公の精神的成長に結びつける作劇の腕も、周囲のキャラクターたちを立たせる造形も、潜水艦という環境の特殊性も、なかなか上手く描き出している。作者はこれが初連載とのこと。
 杉谷庄吾『FG(フォーミュラガール)』第1巻(小学館、1-4話)。時速200~300kmで走れる特殊な資質を持った少女たちが、カーレースのように競走している世界の話。元々は作者が2009年に着想していたネタなのだとか。この漫画家は、『ポンポさん』シリーズで知ってから既刊を買い揃えるくらいには気に入っていて、その後しばらくは迷走していたようだが、この元気の良い新作でまた楽しませてくれることを期待したい。
 三都慎司『ミナミザスーパーエボリューション』第1巻(集英社、1-4話)。この作者らしく、思春期の苦悩と意志と暴走、日常と超自然的事件の交錯、骨格のしっかりしたキャラと背景作画の密度、インパクトのあるレイアウト演出、そして今作では水の様々な質感表現と、実に楽しい。
 かわのあきこ『悪役令嬢のお嫁さま』第1巻(文藝春秋、1-5話)。北欧風の架空世界で、追放された貴族女性が、雪国で人狼(魔族)女性と結ばれ、その力を利用して復讐しようとする物語。失った幸せへの悔恨、御伽噺との符合、そして原始的なケモ耳一族の村での生活などに特徴的な個性がある。紙面演出も、角度の付いたアングルや、印象的なロングショット、そして悪役令嬢ものらしく影の濃い表情、そして相方ヒロインについても、能天気だが異種族(異文化)らしい不気味さも示唆されており、フックの利いた作品になっている。


●カジュアル買いなど。
 紫藤(しどう)むらさき『運命の恋人は期限付き』第1-3巻(マイクロマガジン、原作あり、1-5, 6-11, 12-18話)。新刊(第3巻)の表紙を見かけて、既刊ごと一気に買ってみたら大当たりだった。架空の洋風貴族社会で、結婚したくない男女が偽装恋人になった話……と書くとチープだが、主人公女性の健やかな自立心と美術に関する有能さ、そして善良さがたいへん美しい。そして男性の側も、誠実な目で彼女の美質をきちんと見出していく(※彼も理知的で公正な人物として描かれており、嫉妬心描写もうぶな可愛げの範疇に留まっている)。
 作劇に関しても、貴族社会で求められる様々な社交上の配慮を織り込んでいく描写は、デリカシーの味わいを楽しめるし、そういった考慮に対してスマートに対処していく描写も、やはり読んでいて気持ち良い。物語の大状況は、王位継承を巡る政治的策謀に巻き込まれる(それを主人公の貢献によって乗り越えていこうとする)というもので、それと同時に、偽装恋人のミクロな問題も並行して発生してくる。主人公女性は貴族体制を離れてでも自立して生きていきたいとす願っている人物で、性格面ではあっけらかんとしていて恋愛はほとんど意識していない。その一方で、男性の側は彼女に惚れつつあるというギャップも、オーソドックスながら微笑ましい。
 作画についても、潤いのある両目と、繊細な頭髪表現、品位を保ったユーモラスなコマ、そして堂々とした決めゴマに、ダイナミックなレイアウトと、抜群に好みのスタイル。紫藤氏は、これまで小説のイラストやアンソロコミック参加の経験が多いようだ。漫画連載としては、『台所召喚』(原作あり)に続いてこれが2本目?

 江垣沼『生意気なギャル姉を解らせる話』第2巻(集英社、15-29話)。ダウナー暴言ギャルのようだが、実態は自己評価が極端に低く不器用で、周囲から搾取されかかっている義姉(元・従姉)の心をひそから解きほぐそうとする義弟の物語。その性質上、ゲスい描写もあるが、コンセプトは興味深い。黒フキダシから本心台詞への転換の視覚的演出や、キャラクターの内心描写に踏み込む大胆さ、そして周囲の加害的存在から姉を救おうとするサスペンスの側面、等々。ちなみに、広島が舞台と明言されているのはちょっと珍しい。
 余談になるが、漫画のフキダシ台詞の中で「笑い」の意味での「w」を使う例を、昨年頃からよく見かけるようになっている。ネットスラングがここまで一般化してきたか……。

 『魔男のイチ』は、最初の数冊だけ読んだことがあるが、面白さが全然分からなかった。そもそも唯一の男性の魔女(魔男)であることにもほとんどドラマ的な意味が無いし、彼が魔法の力を得たのも「女性では絶対に勝てないという魔法設定の魔物に勝ったから」という御都合主義極まりない事情だし。魔物(魔法生物)も、人類に試練を与えて魔法の力を与えるという説明の一方で、人類が魔法生物を狩って回っているので魔法生物たちと敵対しているという全然別のストーリーに変化しているし(※後から説明の折り合いが付けられるのかもしれないけど)。キャラクターも、内面造形がはっきりしないまま、勢い任せのハチャメチャテイストで押し切っていて、味気ない。結局のところ、量産型のファンタジーバトル系少年漫画(コメディ寄り)という以上の個性を見出せなかった。うーん、どういうところが面白いのだろうか。作画担当の宇佐崎氏は『アクタージュ』を連載していたクリエイターで、絵作りはそれなりに良いけれど……原作(ストーリー設定)の方が問題であるように見受けられる。南アジア系褐色ひねくれおねえさんヒロインと野性的な微ショタ主人公というだけではさすがに辛い。

 星くずし『追放された回復士~』第4巻(一迅社、原作あり、20-26話)。不遇な少女ヒロインを救って幸せに成長させていく話のようだ。下品な悪役も登場するが、ハーレム度合いが露骨ではない(※いや、明らかにその傾向はあるけど)というだけでも、ずいぶん取っつきやすい。
 ハーレムものは似たり寄ったりになりがちだし、多数のヒロインを雑多に登場させるので個々のキャラクターの掘り下げが薄くなるし、かといって描写を深めようとするとストーリー進行が遅滞するし、お色気表現も型通りで終わってしまうし(※これまた掘り下げの余裕が無い)、特定のヒロインが気に入った場合でも登場機会がヒロイン間で等分されて出番が少ないままなので、結局のところ「撒き餌だらけでメインディッシュが来ない」ような作品に出会いやすく、個人的にはジャンル全体を忌避しがち(※つまり、店頭で良さそうなタイトルを見かけても、買わない側に判断を強く傾ける)。


●続刊等。

 1) 現代世界、シリアス系など
 丸井まお『となりのフィギュア原型師』第7巻(67-76話)。フィギュア関係のネタの切れ味が凄いし、そこからコメディを広げる発想も抜群に豊かだし、キャラクター造形もやたらマニアックで、相変わらずとんでもない異才ぶり。
 二駅ずい『撮るに足らない』第4巻(23-29話)。二人がベッドインしてから。物語の緊張感が失われて、ただの全年齢えろまんがになっていきそうなのがちょっと不安。
 きただりょうま『魁の花巫女』第5巻(36-45話)。バストは惜しげもなく放り出しまくるが、ただそれだけなので面白くない。きただ氏ならば何かユニークな物語を仕掛けてくれると期待して読んできたのだが、そろそろ飽きてきた。
 ナツイチ『三咲くんは攻略キャラじゃない』第3巻(21-30話)。良いところもあるのだが、型に嵌まった描写や生硬な表現もあり、うーん。
 ヨシカゲ『神にホムラを』第4巻(22-30話、完結)。いささか中途半端なところで終わりを迎えた。キャラクター造形も、イメージの視覚化も、戦後初期という時代設定のユニークさも、そして天才キャラが持つ妖気の表現に至るまで、多大な魅力はあったので残念だが、漫画家としての資質は十二分に示されているので、次なる作品に期待したい。

 遊維『大海に響くコール』第3巻(12-19話)。新キャラの同級生が出てきたり、名港水族館(※作中では「名古屋海洋水族館」)に行ったり。とても良い作品なのだけど、その美質を説明するのが難しい。シャチに魅せられた高校生女子たちの物語……というといかにもベタなのだけど、お色気志向はほぼ無く、クリアカットな作画と生真面目なストーリーで各回が展開されていく。シャチの絵もダイナミックな迫力に満ちているし、人物作画も時折デリケートな光源(陰影)を付けて表情を印象深いものにしている。シャチの生態をヒューマンドラマ(思春期の様々な悩み)と絡めて作劇するのはオーソドックスなアプローチだが、けっして蘊蓄優先にはならないし、美談めかした形にもせず、安易な解決にもしないまま、高校3年生に進級していく。息を詰めて読んでしまう、不思議な魅力のある作品。
 真面目さは、作中での学校での描写にも見られる。ありがちな「試験だりー」「赤点になりそー」路線ではなく、小テストも30/50ではかなり悪いという認識だし、毎日の学習習慣の作り方や、大学受験を意識した悩みまで、律儀に取り組んでいく姿勢が率直に描かれている。エンタメ寄り(?)の現代漫画としてはちょっと珍しい(※漫画界では、成績優秀な学生を描く場合には「学年1位」とか「全国模試上位」のような雑な紋切り型でやり過ごされることが多い)。

 いたち『負けヒロイン~』第5巻(20-22話)。焼塩編の終盤から、文化祭編の始まりまで。90年代(くらい?)少女漫画の繊細さを引き継ぐかのような、細やかなペンタッチと大胆なデフォルメの共存がユニーク。アニメ版の方が先行していて、大筋ではこの漫画版も原作/アニメ版の双方を踏襲しているが、細かな所作の追加や回想カットの入れ方、そしてもちろんコマ組みレイアウトによる演出の味付けの違いなど、漫画版の独自性もきちんと打ち出している。角度を90度傾けた(つまり水平→上下になっている)コマも意欲的に使用している。

 鎌谷悠希『同志少女よ、敵を撃て』第2巻(5-9話)。卒業から、初めての実戦へ。アナログ感の強い筆使いで、紙面には重苦しい緊張感が満ちており、そしてそれを超えていこうとする若者の意志が鮮やかに描かれている。漫画版は、6巻くらいの規模になるだろうか。
 文ノ梛(ふみの・なぎ)『灰と銀の羽根』第2巻(6-10話)。元狙撃兵の女性と、元少年兵が、北欧風の架空世界で同居生活をする物語。おねショタ+悲壮な戦争トラウマ+北欧ロマン+食事もの+戦後スローライフという贅沢な作りで、とても楽しいのだが、しかし戦争PSTD描写を単なるおねショタ漫画の味付けとして使っているのには、どうしても倫理観の引っかかりを覚える。上記『同志少女』のシリアスさと比べると、本作がいささか不道徳に見えてしまう(※とはいえ『同志少女』も、絵柄そのものはかなり可愛らしい「美少女もの」ではあるし、この『羽根』も真面目に描いている作品ではあるのだが……ショタキャラにケモ耳を生やすkawaii演出を頻繁にやっているのでありがとうございます、ちょっと浮ついた印象になってしまうのは否めない)。
 うの花みゆき『雪と墨』第8巻(35-39話)。洋風北国悲壮ロマンは、上記『同志少女』『灰と銀の羽根』と併せてこれで今月3つめになる。実家編の続きで、今巻は工場潜入……なんだかクラシカルな冒険小説のような趣になってきた。しかしその中にも、キャラクターの心情が明確に刻み込まれており、ドラマとしての手応えがある。
 田島青『ホテル・インヒューマンズ』第12巻(56-59話、完結)。作画や演出はお世辞にも洗練されているとは言いがたく、ストーリーテリングもいささか青臭くてぎこちないし、まるで創作系同人を商業の枠に無理矢理嵌め込んだかのような落ち着かなさもあったが、それでもその都度描こうとしているものは伝わってくるし、他の作品ではなかなか見られない意欲的な表現もあり、最後まで読んで付き合ってこられて良かったと思う。
 まめ猫『純情エッチング』第2巻(6-11話)。第1巻はよく分からない感じだったが、今巻になってピントが合ってきたし、まめ猫氏らしい表現意欲に満ちたダイナミックな演出がハマってきた(コマ組み、キャラ絵の切り取り方、指先のデリケートな絡み合い、そして構図反復の効果など)。
 瀬尾知汐『罪と罰のスピカ』第4巻(21-28話)。今巻は丸々受刑者編でまとまっている。主人公スピカの邪悪な行動はいったん後景に引いているが、ミステリとして練り込まれたストーリーになっている。
 雨水汐『僕らのアイは気持ち悪い』第2巻(6-11話)。学生時代に一時付き合っていた二人と、その片方の妹と、さらにその妹に想いを寄せる同級生の、4人の多重ダークサイコ百合ストーリー。第1巻の導入は小道具頼みのやや強引な描写だったが、この巻ではキャラクターの掘り下げが進んで面白くなってきた。とりあえず、もうしばらくは買っていこう。
 しなぎれ『女装男子はスカートを脱ぎたい!』第3巻(13-21話)。着衣の陰影まで手書きの掛け網で描き込む密度感は、紙面全体に異様な存在感をもたらす。瞳の輪郭も、わざわざ細かな線のつらなりで滲むように描いており、真ん丸なギョロ目造形を和らげるとともに、憂いのある情趣を目元に作り出している(これできれいな真円を描けているのも驚き)。何より凄いのは、コマ割のレイアウトが抜群に上手くて、見せたい絵を最大限の効果で表現しているところ。さらに、全身の動きもかなりしっかり描いているので、迫真性がある。そのうえ、フェティッシュな思考の表現や、表情のニュアンス、台詞回しの巧さなど、とにかく切れ味が凄い。何者なんだ、この超絶テクニシャンな漫画家は……。一見すると荒っぽくプリミティヴな作画の、お気楽女装コメディのようでいて、その実、見せたい演出を100%形にしていて、その迫力に圧倒される。キャラクターたちの内面造形が固まってきたのか、感情表現も掘り下げられてきた。一コマずつじっくり眺めていくので、一冊読むのに1時間掛かる。
 千種みのり『好都合セミフレンド』第3巻(話数表示無し)。夏祭などのイベントを経験しつつ、ルカの心情変化に焦点を当てている。すうな側の描写は落ち着き気味。
 工藤マコト『不器用な先輩。』第10巻(95-101話)。異動により上司-部下ではなくなったが、会う機会も定期的にあり、悩みの深さも落ち着いてきた。言い換えれば、進展が無いということでもある。

 2) ファンタジー、エンタメ系など
 パミラ『骨姫ロザリー』第2巻(6-10話)。第2巻からいきなり学園編展開で、しよーもない人間関係展開とダラダラした説明で、うーん、ダレる。死者の声を聞き取れるというキャラクターの個性は良かったし、一見華奢だけど強い主人公というのも視覚的に面白かったし、第1巻の漫画演出も凝っていたのに……。
 丸山朝ヲ『転生したら剣でした』第18巻(86-90話)。例によって、オンライン掲載の最新話まで即座に収録して新刊を出している。使い古した兜のディテールや質感はさすがだし、異形モンスターの巨大感の表現なども優れている。
 井山くらげ『後宮茶妃伝』第7巻(37-41話)。反乱陰謀編の決着まで。ほっそりとして清潔感のある輪郭線が、キャラクターたちの顔立ちを引き締めている。世界設定は茶の銘柄も含めてすべて架空だが、お茶マニア主人公が政治問題を解決していく描写はなかなか気持ち良い。「中国風の後宮で、女性主人公が知識やスキルで活躍する」ジャンルの中でも、珍しく私が読み続けている作品。