2025/12/07

漫画雑話(2025年12月)

 2025年12月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。

●新規作品。
 長代ルージュ『イヴとイヴたち』(単巻、GOT)。SF百合短編集。戦場での幻想から、人類絶滅後の二人、漫画家とアンドロイドのぎくしゃくした関係、そして伝奇百合妊娠、そして脳髄ネタに絡めた「永遠の恋」への思弁的SFと、内容は多彩。全年齢扱いながら、ストレートなベッドシーン描写もある。キャラの表情はやや生硬だが、いずれもユニークな展開で読みごたえがある。作者は18禁分野でも執筆しているようだ。
 宇加創陽(うか・そうや)『odd and kind』(単巻、講談社、原作あり)。こちらも3作の短編(中編)が収録されている。ウラシマ効果とノスタルジーとロマンスを綯い交ぜにした宇宙開拓もの。宇宙人に6年間もアブダクションされていた少年と、その友人たち。そして、若者たちの祈りを聞き入れようとした神と、その青少年たちの行動との間の奇妙なズレ。豊かなイマジネーションと堅実なSF描写、そして切なさのある恋愛テイストが、濃い陰影に縁取られたキャラクターたちの力強い表情とともに描かれている。
 zinbei『この世でいちばん甘い毒』(単巻、小学館)。現代日本の若年都市生活者の、ちょっと風変わりな体験を様々に描く短編集。ややスノッブで掘り下げは浅く、イメージは類型的だが、キャラは可愛い。


●カジュアル買いなど。
 薄雲ねず『レーエンデ国物語』第2巻(講談社、原作あり、5-9話)。クラシカルな、ややアジア風の架空世界の幻想的な物語で、絵柄からコミュニティ習俗描写の描きぶりまで、明らかに『乙嫁語り』以降の流れに棹さしたスタイルを採っている。絵の密度が素晴らしいが、やや圧力が強すぎて緩急が欲しいのも、このジャンルに特徴的。というわけで第1巻も買って読んだが、「本国の政治的駆け引き」「交易路の開拓」「村内のユニークな生活と人間関係」「主人公のアイデンティティの謎」「メインヒーロー側の謎」といった層が積み重なりすぎて、物語全体の目標設定が掴みづらい。悪くはないのだが、これほど重たく詰め込んだストーリーは、小説の速度でやるべきものであって、作画漫画のペースで進めていくのは大変すぎるのでは……。
 あむ『澱の中』(第3巻、講談社、15-22話)。カバーイラストに妖気を感じて買ってみたが、男性主人公は社会的な自信を喪失してコンプレックスに苛まれており、またヒロインはヒロインで変態的な性的執着を示す側面と社会的に抑圧されてきた側面(母親と夫それぞれからのDV)の両方を持っている。そして両者ともに、虚無的で捨てばちで自傷的な振舞いと、それを逃れられない人格形成上の困難を饒舌に噴出させている。
 せっかくなので既刊も買って読んだが、ああ、「澱(=澱んだ執着)」でもあり、「檻(=囚われた心)」でもあり、そして「下り物(経血ネタがある)」でもあるのか。近年増えている全年齢露悪エロ(※歴史的には90年代のSMを経由して10年代のNTRものの普及に触発された流行か?)の中に位置づけられそうだが、それらの中でもかなりシリアス寄りのスタンスで、しかしほとんどチープに陥りそうなギリギリの大胆なシチュエーション展開と、そして漫画演出技巧(コマ組みやレタリング)はかなり意欲的な挑戦も見られる。主人公の強烈な自意識描写も、ストーリー進行と歩調を揃えて展開している。

 元三大介(もとみ・だいすけ)『魔法医レクスの変態カルテ』第1巻(新潮社、1-6話)。以前から存在は知っていたが、気まぐれで単行本を買ってみた。なるほど、上手い。「ビキニアーマー」「淫紋」といった20年代現代のキャッチーなネタを踏まえつつ、それらを丁寧に咀嚼して独自の(ある種の合理的な)解釈に結びつけている。その意味では、ほとんどSF的なまでの知的なアプローチを採っている。演出面も、外連味を見せつつもコマ組みや作画や台詞回しは明晰だし、ネタの密度もきわめて高い。個人的には、第2話のパワフルでポジティヴなエルフガールがたいへん魅力的。
 最新刊(第2-3巻)まで買い揃えて読んだ。テイマー、壁尻、ユニコーン、エロトラップダンジョン、張型、リビングアーマーと、いかにもキャッチーなネタを俎上に上げつつ、そこにオリジナリティと説得力のある解釈を展開している。例えば、触手生物の分類論(捕食型/苗床型/寄生型)のように、非常に明晰な説明を与えつつ、そこから物語的な面白味をたっぷりと引き出していく手腕とイマジネーションが素晴らしい。作画に関しても、初老男性を現代漫画らしさを維持しつつきちんと描いているし、さらにそれが女体化した状態も的確に描き分けているところが素晴らしい(※これをやれる漫画家は、そうはいない。具体的には、顎のラインや睫毛の描写によって性差表現をしているのだが、キャラクターの同一性を確保しつつアレンジできる技量は、並大抵ではない)。

 谷口菜津子『じゃあ、あんたが作ってみろよ』第4巻(ぶんか社、22-27話)。保守的-家父長制的-マチズモ的な価値観から次第に解放されていくキャラクターたちを描いている。


●続刊等。

1) 現代ものやシリアス系。
 雁木万里『妹は知っている』第5巻(37-45話)。ミニマルなエピソードを各話完結で緩く繋げているのだが、日常的なシチュエーションから出発しつつ、読者に実感の手応えを持たせるような展開にしていくのは、まさに作中のラジオネタと同種の巧さだし、キャラクターたちもそれぞれに社会的な距離感をデリケートに(時には不器用に)意識しつつ、全体としては融和的な雰囲気を維持しているところも上手い。
 江戸屋ぽち『紙山さんの紙袋の中には』第4巻(20-26話、完結)。飛び道具的なキャラクターばかりで物語のコントロールが難しかったのか、これまでの展開は捉えどころが無かったが、江戸屋氏らしく優しい雰囲気と内面造形を感じさせる描写に、斜めゴマと陰影を多用した演出のおかげで、きれいな形で完結してくれた。『メルセデス』の方は、ひきつづき情趣豊かな連載を展開していただきたい。
 江垣沼『生意気なギャル姉を解らせる話』第3巻(30-43話)。姉の心情的な掘り下げはいったん収めて、ライバルヒロインとのサイコスリラー的駆け引きに焦点が当てられている。チープなシーンやギスギスした描写もあるが、妖気のある表情を大写しにする見せ場の大ゴマはたいへん魅力的。
 瀬尾知汐『罪と罰のスピカ』第5巻(30-38話)。いかにもミステリらしい孤立山荘殺人ネタから、主人公の危機、殺し合いの惨劇へと何重にもどんでん返しを敢行していき、そして主人公のバックグラウンドと動機に焦点が当てられる。連載漫画形式のミステリ/サスペンスは、そのエピソードが完結するまではトリックの公正如何を確定しきれないのがちょっともどかしい。小説媒体ならば、ほとんどは単巻で完結しているので一気に結末(真相)まで辿り着けるのだが。


2) ファンタジー世界やエンタメ寄り。
 高山しのぶ『花燭の白』第10巻(61-67話)。過去の真相から、現在の決意へ。レイアウトに関しては、上下に狭く横一面に広がる水平コマが多用されているのが興味深い。時には畳み掛けるようなコミカルなコマ組みとして、また時には顔の表情を隠す緊張感のあるレイアウトとして、時にはワンクッションの余韻コマとして、また時には枠線からキャラクターが飛び出しつつ情景を示すコマとして、様々な活用されている。
 フカヤマますく『エクソシストを堕とせない』第13巻(94-101話)。忌憚なく言えば、挑戦的なモティーフとそのユニークな掘り下げが見られたのは5-6巻くらいで、それ以降はあまり面白くないのだが、最後まで付き合うつもりではいる。
 鴻巣覚『うさぎはかく語りき』第2巻(7-13話)。邪悪で挑発的な描写と、シニックなユーモア、そして露骨なお色気の暗示、さらにはSFだかオカルトだか分からない都市の暗部の不気味さとといった諸要素を、芳文社らしいkawaii美少女オンリーでコーティングしている怪作。ただし、登場人物があらかじめ限定されていることもあり、次巻あたりであっさり完結しかねない気配もする。
 からあげたろう『聖なる加護持ち令嬢~』第2巻(5-8話)。他者を力づける率直な情愛と、他者を救うための覚悟を決める倫理、そしてkawaiiものを慈しみあう朗らかなコミュニティ。このまま連載を続けていってほしい。
 ぬじま『怪異と乙女と神隠し』第10巻(40-45話)。怪異の条件を客観的に要素分解して、それを利用して自身の目的のために利用しようとするクールさが、相変わらず刺激的。ただし、一歩間違うと「後出しの御都合主義的ルール」になりかねないところだが、本作は十分な説得力を維持している。それにしても、サブヒロイン三輪の描写には、今回も異様な雰囲気がある。怪異によって引き起こされる深刻な苦難の境遇と、それによる痛々しい全身負傷描写、そして強烈な心理的屈折と、苛烈な攻撃性の表情。他の怪異系キャラクターたちと比べてもほとんど別世界のような空気をまとわせているのに、大いに引き込まれる。
 星野真『竜送りのイサギ』第6巻(33-40話)。竜の住処に近い領地まで来たところで、中央政治の彼挽きに巻き込まれるわ、逃走して河原芸人一座に紛れ込むわ、そのうえ女装してやたら可愛くなるわ、さらに相方には強面の姉キャラが出張ってくるわ、そしてそれらの間にコミカル描写も挟み込んでくるわ(※36話はたぶん囲みペンギンのミームをパロっている)、最後に同行少女が怪異の側面を見せるわで、大騒ぎの一冊になっている。本筋が本格的に進行し始める前の今のうちに描いておこうと言わんばかりで、実に楽しい。
 真木蛍五『ナキナギ』第3巻(14-22話)。人間社会を知らない海棲怪異たちが、人間の少女の初々しい片思いを見守っていくという、なかなかに倒錯したシチュエーション。常識外れのキャラクターたちを使って、時におとぼけコメディを展開し、時に神秘的な恐怖を覗かせつつ、それらを絶妙にドライヴしていく手腕は、さすがと唸らされる。今回登場した新キャラは、頭髪に複雑な波模様が入っているという、とんどもないキャラデザ。小柄人魚キャラの方も、とんがりだらけのやたら複雑な髪型で、よくもまあこんな作画の面倒そうなデザインにしたものだと感心させられる。本物の非常識存在たちが自由に闊歩しているスリリングな雰囲気と、その一方で彼女たちにもそれぞれに内面的な真率さがあることがひっそり暗示される陰影感の取り合わせがきわめてユニーク。
 きただりょうま『魁の花巫女』第6巻(46-55話)。漢字表記のオノマトペは今回も独創的だが、そろそろ読むのを止めるかも。
 閃凡人『聖なる乙女と秘めごとを』第8巻(56-63話)。ようやく四枚花弁の指標が出てきたが、このペースで4人×4枚だと30~40巻の規模になってしまう。ストーリーはだらだらしているし、これもそろそろ止めるかも……。コマ組みの紙面レイアウトを初めとして、旨味のある漫画ではあるのだが。