2013/12/15

美術作品を参照しているゲーム

  既成他分野の創作物(美術、彫刻、映像etc.)に対する視覚的模倣表現について。


  アダルトPCゲームで、他分野の美術作品を引き合いに出したCGってあっただろうか。アールデコ調のインターフェイスデザインや印象派めいた背景美術エフェクトは見たことがあるが、個別の作品を具体的に示唆するような表現は、ちょっと思いつかない。美術部ヒロインがカンバスに向き合うようなシーンは少なからず存在するのだが、そのわりに直接的な参照表現は見当たらない。参照対象の範囲を映画や彫刻にまで広げても、そうした実例は非常に稀であるように思われる。やや具体性のあるものとしては、『SWAN SONG』のあれ(cf. 雑記2012/08/06画像)や、『幼なじみは大統領』のアメコミ風カットイン(※下記引用画像参照。そしてその後の『鬼ごっこ!』と『中の人~』も)、ロシア・アヴァンギャルド風の『リヴォルバーガール☆ハンマーレディ』、あるいは絵巻物風の『神咒~』が挙げられるだろうか。
  古典的な芸術以外だと、『白詰草話』のなにやらものすごく『エヴァ』っぽいOPムービーとか。ライダーキックポーズのバトル一枚絵(『セーラーナイト』『魔法戦士の学園祭』など)や、「花とゆめ」風の装幀(『サフィズムの舷窓』)、あるいはOPムービーに登場するアニメキャラパロディ(『巫女みこナース』)、永井豪風キャラクター(『おまえのなつやすみ』)、あるいは背景画像に描かれた額縁の中の油絵といった程度でいいなら、まだ他にも実例はあるが。

  ブランドでいえばelf、CLOCKUP、SkyFish、みりす、Liar-soft、個別クリエイターならTOMA氏、杉菜氏、丸谷氏、伊藤氏あたりはいかにもそういうことを盛り込みそうなものだけど、具体例はなかなか思い浮かばない。むしろ女性向けの方が、そうしたアプローチに親和性がありそうだ。もしかしたら私の気付いていないところでスーラ風レイアウトのヒロイン集合一枚絵とか宗教画ライクに大見得を切った一枚絵とかユトリロ風背景画像とかがすでにあったりするかもしれないが。

  一般論としては、実在の事物を参照した素材制作乃至素材利用は、例えばクラシック曲使用(cf. クラシック音楽が使われているエロゲのまとめ)や実在ロケーションの背景取り込み(cf. 舞台探訪アーカイブ)のように、PC(アダルト)ゲームでも少なからず行われている。テキストでも、映画ネタには比較的頻繁に遭遇する。しかしながら、既存の(具体的な)美術作品のモティーフやレイアウトやタッチを、下敷きとして視覚表現の中に利用するものは、不思議なことにほとんど見受けられない。それは、一つにはゲーム原画家やイラストレーターの人材育成/人材発掘/技能訓練が主として同人などの自由な場で行われており、ハイアート寄りの制度(例えば美大)と無縁に成立しているからなのかもしれない。あるいは、PCゲームに特有のプロセス的事情として、原画と着彩の分業が「外部の趣向」の介在する余地を少なくしているということがあるかもしれない。イベントCGは4:3または16:9といった固定的な規格を受け入れざるを得ず、しかもストーリー進行の中で使用されることを前提にせざるを得ないため、美術作品の構図を取り込むことを難しくしているのかもしれない。あるいは、それ以外のなんらかの特有の事情があるのかもしれず、あるいはその「欠如」はただ単に偶然的な現象であるのかもしれない。OPムービーについても、大半が外注であるため、そうした創意の入り込む余地は小さくなっていると思われる。いずれにせよ、私が観察し得た範囲では、既存美術作品のパスティーシュ的表現は、現在の-国内-男性向け-商業-アダルト-PC-ゲームの枠内では非常に珍しいものになっている。

  散発的に現れるギャグ演出としてのパロディや、Liar-softとちよれんという数少ない例外を除けば、ここ十年来のアダルトゲームは外部(他の創作分野)の趣向を自身の中に取り込むということに対して一貫して消極的なままであった。現在よりも活況であった当時は、流行の最先端としての文化輸出的立場を享受しており(例えば「奇抜制服」「ツンデレ」「男の娘」といったその都度の新趣向の先導や、00年代半ば頃に頂点を迎えた「アニメ化」)、輸入の側に立つことは少なかったが、00年代末以降その座を下りてから――今度はライターやイラストレーターの人材輸出という形態に向かった――も、外部の流行を摂取することに対する消極性は続いており、その趣向特化及び洗練の進行と引き換えに、離れ島としての側面がはっきりしてきているように見受けられる。

  後日追記:『恋する夏のラストリゾート』(PULLTOP LATTE、2014)。下記引用画像を参照。画家ユトリロの名前がはっきり言及されているし、描かれている地点と方向も画家の作品のそれに従っているので、実在の「土地」からロケハンしたというよりも、画家の「作品」を取り込んだ表現と見るべきだろう。『プリンセスうぃっちぃず』(pajamas soft、2005)には、「民衆を導く自由の女神」を模した一枚絵がある。『しすたぁエンジェル』(TerraLunar、2002)には、北斎の有名な「神奈川沖浪裏」をほぼそのまま踏襲した一枚絵がある。衝撃的な事態を表す象徴的表現として用いられたもので、「ざっぱーんっ」という書き文字が加えられている。ムンク風のデフォルメ立ち絵も、どこかのタイトルで見かけた憶えがある……えーと、『BE-YOND』だったか。

  類例:『夢幻廻廊2』(Black CYC、2009)では、食堂背景にジェラールの「プシュケとアモル」が飾られている。『ピリオド』(Littlewitch、2007)では、ファミレスの壁にミケランジェロの「アダムの創造」が掛けられている。『あるぺじお』(SIESTA、2007)には、ヒロインの一人が驚愕と恐怖でムンク風の姿になる瞬間がある。


『幼なじみは大統領』 (c)2009 ALcot
同年1月のオバマ米国大統領就任を念頭に置いた作品であり、実在個人に酷似したキャラクターの登場のみならずハリウッド映画の有名シーンやアメコミ風カットインに至るまでアメリカ文化に対する無数のパロディ表現に満ちている。このブランドは、つづく『鬼ごっこ!』では日本昔話のパロディ、『中の人などいない!』では特撮ヒーローもののパロディに取り組んだ。
『Forest』 (c)2004 Liar-soft
実在風景の実写画像(東京都庁舎)を取り込んで背景画像に使用している例。このブランドは、のちに『SEVEN-BRIDGE』でも背景画像の一部にこの手法を使用した。実写そのままでなくとも、実在ロケーションの写真を下絵として利用している作品の実例は多数に及ぶ。

『プリンセスうぃっちぃず』
(c)2005 pajamas soft
ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」のパロディCG。このシーンのBGMは、モーツァルトの「レクイエム」の「怒りの日」冒頭部分が使われている。このブランドには、このような既成の芸術作品や知識体系を参照した演出が非常に多い。なお、これはギャグシーン(主人公の妄想)である。
『恋する夏のラストリゾート』 (c)2014 WILLPLUS / PULLTOP LATTE  ユトリロが好んで描いた、パリのノルヴァン通り。テキスト上でも明示的に画家の名前に言及しており、一枚絵のアングルとレイアウトも彼の作品を踏襲している。左奥(地図上では東側)に見える白い塔は、モンマルトルのサクレ・クール寺院。
『しすたぁエンジェル』 (c)2002 Teralunar
ショッキングな場面で用いられる特殊CG。TV版組の差し替え映像のような使用法である。絵そのものは、見比べれば分かるとおり、北斎の「神奈川沖浪裏」を、かなり忠実に再現している。漫画風齣割りカットインや、実写(写真)画像、映像作品のパロディ構図などを縦横無尽に使っている本作の視覚的豊穣さの一側面である。
『カルタグラ』 (c)2005 Innocent Grey
時として、背景画像の中に描かれた壁の絵が、実在の美術作品であるという場合もある。この背景画像では、正面左の壁の油絵はセザンヌの「玉ねぎのある静物」、右端の壁に掛かっているのも、同じ画家による「リンゴのある静物」である。
『神樹の館』 (c)2004 Meteor
壁面に掛けられている作品は、シスレーの「ポール・マルリーの洪水」。意図的な選択であろうか、本編中でも洪水のように館内に水が溢れるシーンがある。これ以外にも、館内の背景画像にはそこかしこに額縁が飾られている。


『ピリオド』 (c)2007 Littlewitch
近所のファミレスでの風景。壁面にはミケランジェロの「アダムの創造」が掛けられている。なお、このロケーションでは、BGMとして各ヒロインのキャラソンが流れる場面がある。


『魔界天使ジブリール』
(c)2004 FrontWing
上記『大統領』がアメコミを模倣したのと同様に、現代における視覚芸術の一分野として、日本国内の漫画やアニメに見られる表現スタイルを(パロディとして)導入することも多い。ここでは、少年漫画『聖闘士星矢』の必殺技表現を、遊戯的に模倣している。