2026年5月の雑記。
05/11(Mon)
ファイルーズあい氏の芝居ぶりに感じていた既視感は、ああ、一色ヒカル氏だったのか。あの表現力の抜群の振れ幅。表面張力の強いスタッカートの鮮やかな生命感。腹の奥から舌の先端まで通じているような鋭敏さと迫力と存在感。そして台詞のポテンシャルを最大限に引き出すような細部の精密さとニュアンスの彩りの豊かさ。
今期アニメは不作だと思っていたけど、じめじめじっとり路線に良作が多いので、そこそこ良い感じになってきた。『淡島百景』は多面的なエピソードを展開していく広がりの中で物語世界の見え方が安定してきたし、『上伊那』も(ストーリーは散らかっているが)映像的な楽しさは随一だし、『自称悪役』も傍観者的なスタンスの中に悲劇的な鬱屈が滲み出てきた。それに対して『カナン様』のほとんど不条理めいたスラップスティックが、ちょうど良い箸休めになっている。『鑑定士』は、4-5話がひどすぎたので切ることにしたけど、もうちょっと金元ヴォイスを聴いていたかったという気持ちもある。
「オタク」の精神文化、その変遷、一般社会との関係について。このブログで何度か語ってきた話も含むけど、あらためて私なりに、展望を整理し直してみる。
80年代までの世代は、私から見れば、いわば「オタクの原風景」のようなものだ。つまり、いわゆる「オタク」が文化集団としてのアイデンティティを獲得する前の段階だ。言い換えれば、孤立して自分なりの関心を突き詰めるマニアたちが、ロールモデルとしてあった。男性的分野で言えば、SFマニアや鉄道マニアなどがその典型だった。漫画読者は比較的マージナルだったというのも、おそらく確かだろう。ただし、その段階では趣味の「知」はオープンなものではなく、プライドを賭した競争的なものだったり(「SFを1000冊読め」)、社会性を欠いた収集癖だったり(マイナービデオ収集)したようだ。この時代には、大学サークルやパソコン通信などのメディアはすでに存在したが、あまり組織化されてはいなかったようだし、彼ら自身も記録をろくに残していない。
一般社会からは、マイナー趣味に没頭する人々は奇異の目で見られていた。「珍奇な資料を紙袋に提げた、身嗜みに気を遣っていない長髪バンダナの男性」といったステレオタイプ的イメージは、80年代のうちには確立されていたと思われる。昭和的な同調圧力、体育会系なマチズモ、「不良」集団による暴力性の優位、前近代的な階層思考、等の下で、そうしたインドア系マイナー趣味の人々は格好の「いじめ」対象として攻撃を受けていた。ただしこれは、当時の日本社会の差別性のごく一部であり、セクハラの日常的行使、女性の社会進出に対する偏見、その他マイノリティに対する嘲笑(同性愛者がどのような扱いを受けてきたか)、あからさまな地域差別や出自差別の残存など、激しくも悲惨な攻撃性の一部として、インドア派蔑視も当然のように行われていた(もちろん、それら個々の属性が被った問題は矮小化されてはならないが)。ともあれ、こういったマニア趣味蔑視もまた、多くのマイクロ・アグレッションにありがちなように、歴史にはほとんど書き残されずにいた。この状況は90年代半ばあたりまでは続き、例の事件も影響もあっ、マスメディアを通じた(主としてネガティヴな)露出も増えていった。
風向きが変化してきたのは、おそらく90年代後半以降だろう。まず、一般社会との関わりで見ると、「日常生活」「イメージ」「社会-経済的プレゼンス」の3点のそれぞれに大きな変動があった。
1) 日常生活における「迫害」の弱まり。男女雇用機会均等法の導入、福祉社会から新自由主義的競争への変質、バブル崩壊や金融危機(山一證券)、さらに震災や大規模テロ(1995年=平成7年)といったカタストロフ的事件を通じて、それまでの日本社会の通念的モデルは急激に不安定化し、文化的にも自由化、多様化していった。そうした中で、マイナー趣味に対する一般社会からの圧力も薄れていった。
2) マニア/オタクに対するイメージも、伝統的な趣味(SFや鉄道、歴史、ミリタリー)から、「漫画やアニメの愛好者」へと変化した。さらに、スーパーファミコン(1990)やPlayStation(1994)などの家庭用ゲーム機の普及も、インドア系趣味に対する世間の認知を和らげる一因になったかもしれない。
3) さらに、『エヴァンゲリオン』(1995)が「社会現象」を引き起こしたことに象徴されるように、オタク発の文化やコンテンツが一般社会に浸透し露出することが、ごく普通のことになっていった。
90年代の激変は、「オタク」内部の次元でも起きていた。一言で言えば、孤立したマニアから、オンラインで社交する知的な集団として組織化されていったと考えられる。Windows95/98機のセールスとともにインターネットが広く普及していき、さらに理系大学院生たちを中心とした「ホームページ」群によって、様々な趣味に関するオープンな情報提供が積極的に展開されていった。そこでは、幅広い視点から対等に議論することが良しとされ、プライドの高いマッチョ権威主義者は非常に少なかった……まあ、分野や集団によるだろうけど(※なお、当時は、ポータルサイトとしてのYahooが主流で、カタログ化された検索おすすめサイトがピックアップされて、優れたサイトに注目が集まった)。例の用語法を使うなら、オタク第一世代から第二世代への移行が生じた。
趣味の対象についても、現代的な二次元系の趣味(アニメ、漫画、ゲーム、ライトノヴェル)に多数の人が引き寄せられていった。深夜アニメ枠の拡大は90年代末に始まり、『少年ガンガン』(1991-)、『Gファンタジー』(1993-)、『電撃大王』(1994-)、『少年エース』(1994-)といったポップ志向の新たな漫画雑誌が創刊される一方で、『YKアワーズ』(1993)や『YMアッパーズ』(1998)のようなディープ寄りの雑誌も現れてきた。この流れは00年代の『きらら』系(本誌2002年、キャラット2003年、MAX2004年)の「萌え四コマ」勃興あたりまで続いていく。それらと平行して、「コミックマーケット」に代表される同人誌即売会の裾野も爆発的に広がり、文化的な豊かさと社会的な交流密度が確保されていった(※即売会は、オンラインの友人どうしがオフラインで定期的に会える機会として相互補完的に機能し、また、クリエイターの人材発掘の場にもなった)。
いわゆる「サブカル」との溝も、この時期にはすでに生まれていた。図式的に対比するなら、ヴィレッジ・ヴァンガード的なサブカル系カルチャーが「現実社会との対比を意識しつつ、階層主義な秘儀性≒マニア性を維持し、文化的側面に集中した」のに対して、第二世代型のオタク文化は「創作世界のエンタメ性に専心し、メジャーな商業コンテンツを受け入れ、オープンな知的交流を目指した」と言
えるだろう。サブカルとの「対立」の発生を00年代以降に見出す者もいるが、私見では、この温度差の違いは90年代のうちにすでに顕在化していた。内容的にも、サブカル分野がしばしば「鬼畜」系や「自殺マニュアル」やいわゆる「ファッションロ○コン」のような前時代的で攻撃性に満ちた悪趣味を弄んだのに対して、オタク側はそういったリアルな悲惨から距離を取って美しい世界を目指した。もっとも、そのスタンスが非-社会性を超えてさらに現代の反-社会性にまでつながっているのかもしれないが。
典型的なのは18禁のPC美少女ゲーム分野で、元々はマニアックなパソコン趣味の延長上に発生していた領域だが、Win95/98の普及とともに当時の「オタク」たちの間に大きく普及し、そしてネット上のレヴューサイトや攻略サイトも多数作られて、幅広い議論のアリーナが成立していた。さらに、感想投稿&情報登録を行える巨大なデータベースサイト「Erogamescape」(2001-)が公開され、そこではユーザーたちがオンラインで自由に様々な内容を投稿しつつ、詳細な情報をオープンに共有できる場が成立していた。
美少女ゲームや、当時のハーレム系ノヴェル/アニメ(あかほりさとる)とともに、可憐で美しい架空若年女性キャラクターたち、すなわち「萌えキャラ」を堂々と前面に押し出すことが、オタク界隈で常態化していったのも、この時期だった。
(※余談ながら。美少女ゲームにも『はじるす』『はじいしゃ』のようなロ○コン系タイトルはあったけど、あれはむしろ例外的だったから目立ったのであって、実際にはロ○メインのタイトルは非常に少なく、けっして主流にはならなかった。全体としては、わりと保守的で無難なキャラ属性が人気だったのは、後述の処女性問題にも反映されている)。
00年代半ば以降、この気風は変質していく。「メイド喫茶」での媚びた接待や、『電車男』(2005)に象徴されるようなオタクイメージの世俗化、オタク活動の俗流化。アイドル産業の復興(※AKB48は2005年活動開始)と、「総選挙」や「握手券」に代表されるような過激なまでの商業主義的搾取構造の出現。性的な露出の多いコスプレと、それをローアングルから撮影する集団の公然化(いわゆる「カメコ」。90年代以前からも存在したらしいが、即売会のコスプレ会場や秋葉原の歩行者天国で大きく可視化されるようになった)。実在の道具や車両等にキャラクターイラストをラッピングした「痛○○」のような、美少女キャラクターの公然露出。そしてオンラインでは2chの空気に染まった人々による性差別や国籍差別の噴出。つまり、オタク趣味は、公平でオープンで知的な鑑賞的趣味ではなく、日本人男性がリアルな欲望を満たすための場になっていった。
アニメや漫画を語る場でも、しばしば投稿者は男性であることがデフォルトとして想定され、女性であることや女性文化を擁護するものは無残な排撃に遭った。中国や韓国に対するヘイト発言も溢れかえった(例えば中国人ヒロインに対しても攻撃の矢が向けられた)。美少女ゲーム分野でも、ヒロインの処女性が、異様なまでに絶対視された。女性声優に対する性的欲望を放言する邪悪な声優オタクたちも、2chやその周辺プラットフォームによって助長されて、現在に至っている。ミリタリー関連でも、いわゆる「萌えミリ」界隈の非倫理的な姿勢には、当時から大きな問題があった(※伝統的なミリオタが良かったとはけっして言わないけど……)。そういった陰惨な負の側面も、私は忘れていない。
私見では、この時期を分水嶺として、「オタク」は決定的に変質した(第三世代?)。現代のオタクたちには、90年代以前の(被害)体験は無く、この時期に作り出された虚妄の反フェミニズム、反グローバリズムの被害意識をベースにしている。……ただし、このような切断認識は、00年代以前を過度に美化してしまうのかもしれないが。
この時期には、女性のオタク文化ももちろん広がっていたのだが、戯画化されたBL像や、ナマモノ同人(※実在の男性アイドルなどを性的に描いたファン創作)の閉鎖性、そして少女漫画分野の沈滞などもあって、分離と周縁化が進んでいった。即売会でも女性向けサークルは、ほぼ半数を占めていた筈だが。
一般社会(一般人)からは、奇異の目で見られることは少なくなっただろう。萌えキャラ(=可愛らしい若年女性キャラクター)をマスコットにするのも、世間的に受け入れられていった(※00年代半ば以降の「ゆるキャラ」ブームと歩調を合わせた流行と言えるだろう)。先駆的とされる『らき☆すた』と鷲宮神社の関わりは、2007年頃からとのことようで、さらに、いわゆる「ご当地萌えキャラクター」路線で、「鉄道むすめ」(2005-)や「温泉むすめ」(2016-)などのコンテンツが量産されていった。それらは、二次元系文化が育んできた「フレンドリーで好意的な印象を与えるイラスト技術」を社会一般にも広めて活用できるようにしたという点では大きな意義があったが、しかし同時に、若年美形女性ばかりをマスコットとして扱うことに慣れさせるという意味では問題があり、それゆえいささか両義的な評価にならざるを得ない。
さらに10年代以降は、ソロプレイ志向のオンラインゲームがさらに商業主義化を推し進め(いわゆる「ガチャ」)、メディアミックスの進行も、コンテンツをクリエイターではなく企業の手に握らせる方向に進んだ。さらにSNSの普及は、オタクたちをカオス的集団として束ねつつ、かれらのマジョリティ意識を助長した(※日本におけるtwitterの最初の拡大期は、2009-2011年頃だろう)。いわゆる「推し」様式も、関連グッズの大量購入を通じてファン意識を高めるというカルトまがいの物神崇拝的慣行を強めた。10年代末から現在まで続いているY/V-tuber界隈が、どのような位置に置かれるべきかは、私にはよく分からないが。
オンラインゲームで「女体化」アプローチが蔓延したように、この時期には、女性キャラクターを性的に扱うことが主流になった。前世紀までの「萌え」とは、女性キャラクターの可憐さや内面造形に対する愛着であって、むしろ性的魅力とは正反対のものだったし、ツンデレキャラも、男性主人公にはコントロールしきれない女性キャラのパワーを反映していた。しかし現代では、女性キャラクターの魅力の判断基準は、徹頭徹尾、セクシュアルなアピールの強さに志向している。その意味では、現代の女性キャラが「萌え」と呼ばれなくなったのは、妥当と言える。アニメ分野でも、SNSで「○○は俺の嫁」という言い回しが00年代半ば(?)以降広まっていたが、これもまた男性的な所有欲ベースの発想に他ならない(※女性文化の側でも、「同○拒否」のような類似の発想は生まれてきた)。
現代の自認「オタク」たちが、すべて絶対的に悪いというわけではない。むしろかれらは、00年代以降の商業主義的搾取やSNSのメディア煽動に絡め取られてしまった被害者だという側面も、確かにあるだろう。しかし、ここまで素描してきたように、現状の「オタク」界隈に様々な問題があることも確かなので、まずは当事者たちの手で、できるだけましな形にしていってもらいたい……私自身、二次元系趣味を長く嗜んできているけれど、もはや「オタク」と自称することは二度と無いというつもりで、しかし関わりが無いわけでもないので、せめてこうした展望を書き残している。
それにしても、某地雷氏のように90年代以前の被迫害を丸ごと否認するのも、やはり歪曲が過ぎると思う。2004-2006年頃に、オタクたちのコンプレックスが攻撃性を誘発するようにマネタイズされていったという仮説は、それなりに妥当だと思うけれど。
「良きオタクは、ちゃんと金を出すオタクだ(≒違法DLはしない)」というくらいならば、理解できるし、私自身もおおむね似たような認識で行動している。長く続いている不況(というレベルではないが)の下で、良いものには適正な金銭的な支払をしなければ、コンテンツが持続できないというのは、否定しようのない事実だし、社会関係一般の問題としては妥当だろう。
しかし、様々な経緯から、ややこしい要素が入り込んでしまっているのも確かだ。a) 一つは、アイドル産業や課金型オンラインゲームが作り出した、「楽しめる度合いは、支出した金額に比例する」、「たくさんお金を出すことが、ファンとしての価値を証明する」といった悪しき文化風習。
b) もう一つは、2011年震災の後に生まれた、「お金を使って経済を回そう」という意識。これは、当初は「被災地の物をたくさん買って支援しようね」、「計画停電などの局所的負担も生じているので、余裕のある人が助けようね」といった健全な発想だった。しかしそれが、上記a)の消費第一主義に誤接続されて、ごく一部に「オタクは経済を回しているから偉い」という妄想を生んでしまった。いや、コンテンツ産業が現代日本で比較的大きなプレゼンスを生んでいる生産部門になり得ているのは確かだが、それはべつに他の部門と競争するためではないし、ましてや、その金額が「オタク」たちの文化的価値を担保してくれるわけでもない。その点は、注記しておかなければいけない。
最近の「オタク史」議論の中で、美少女ゲーム(アダルトPCゲーム)分野の話がきれいに抜け落ちてしまっているのが、あまりにももったいない。パソコン媒体という観点でも、90年代以降のオンライン空間の趣味化をリードしていたし、攻略情報やレヴュー(それから修正パッチ)をオンラインで共有するという点でも先駆的で、そして現代に連なる「美少女」キャラクターの型を整備し普及させたのも美少女ゲーム原画家たち――コミケットの壁サークル常連たちでもあった――の貢献が絶大だし、さらには「可憐な萌えから性的な魅力へ」の移行を準備したのもアダルトPCゲーム分野だったと言うべきだろう。もっと言えば、主題歌(インディー系の歌手)とOPムービー(デモムービー)の洗練は現代アニメにも大きく影響しているし、読み物アドヴェンチャーの形式はオンラインゲームにも引き継がれている。もちろん、様々なキャラ「属性」を創出し、拡張し、整備し、組み合わせたのも大きい。
以上、3時間で約6000字。頭の中にすでに枠組が出来ているテーマで、資料もろくに見ず、ネットで年を確認するくらいで書き流すと、だいたいこのくらいの速度かなあ。
ここまでの文章できちんと言及できなかったのは、模型/フィギュア界隈、TCG産業、コスプレ、特撮、ネットラジオ、MMORPG、インディーゲーム、ライトノヴェル(※10年代以降のネット小説も含む)、それから非-二次元系の様々なホビー(評論、ガジェット、実写映画、ミリタリー、サバゲー、等々)。
私のような素人の歴史語りはどうしても精密さに欠ける議論になってしまうけれど、しかしそれでも、おおまかな展望(状況の見え方)とか、重要なマイルストーン的作品とか、忘れられてはならない事件とか、そういったものを拾い上げて記録しておくことにはいくらかの意義があるだろう。そういうつもりでこのブログを続けてきている。