2026年2月の新作アニメ感想(※タイトル五十音順)。
今のところ『アルネ』『違国』『シャンピニオン』『透明男』『29歳』『ヘルモード』の6作を視聴中。
●『アルネの事件簿』
第5話。ここまで事件パートは長引いたが、最後は超自然的要素のある特殊設定ミステリとしてオチを付けたうえで、派手なバトル展開を披露して締め括った。これはこれであり。外連味のある絵コンテに、手書きエフェクトをリズミカルに盛り付けたアニメーション作画も好ましい。異能ミステリという独自性に、美術的な趣向の面白味、そして充実した映像表現に、流血まみれの派手なスプラッタと、なかなか隙のないクオリティで楽しめる。80点。
ただし、ミステリをアニメ媒体+複数話編成でやるのは難しい。読み返しが困難だし、読者の理解度(熟読)に応じた進行速度ができないし、一部のトリックが使えなくなるなど、いくつもの問題点がある(※もっとも、それ以前にこのエピソードの謎解きは、ミステリとしては破綻していると思う)。
●『違国日記』
第5話。今回は母-娘関係のありようを、回想やフラッシュバックを多用しつつ二重写しに描いていく。未成年時代の槙生が黒のショートヘア(つまり現在の朝と似ている)なのも、明確にその類似性と相違を示唆している。具体的には、「反抗期を持つ機会を失った朝、母親からの呪いを振り払いきれずにいる朝」と、「母親との溝(母親からの心ない言葉もあった)をなんとか解決して対等に話し合える関係を形成している槙生」の比較だ。脚本構成も、ライティングやタイミングコントロールなどの映像表現も、良く出来ている。朝の中学校時代からの親友えみりとの関係も、次第に距離が離れていくことが執拗に示唆されている。
しかし後半は、やけにキモい。男性弁護士がいきなり異性(槙生)に握手を求めてきたり、笠町が槙生の肩を抱いたまま未成年者を部屋に呼び入れたり。原作未読なので、これが意図的な仕掛けなのかどうかは分からないが、この回単体で見るととりたてて屈折も無しにナチュラルに描いていそうでもあるのが不気味。弁護士来訪時のシーンで、わざわざ椅子の移動を描いていることと照らし合わせると、笠町が槙生の隣に座って肩を抱き寄せているのは「特に問題のない友愛の関係なのだ」という意味づけを目指していると思われる(あるいは、弁護士に対する笠町の嫉妬と勘繰ることも一応出来るし、人間関係に関する槙生たちの鈍感さの表現かもしれない)のだが、視覚的には未成年者の存在に対するデリカシーゼロのやばい振舞いで、視聴していて鳥肌が立ちそうなくらいキモかった(ほとんどグロいほどだった)。まともな成人なら、親戚の未成年者の前で異性と肩組みはしないよね……。男性向けコンテンツのセクハラ描写――それらは作中でも基本的には「社会的にいけない行為」として扱われる――とはまた違った種類の生理的不快表現が放置されているのが、かなり気になる。というわけで、全体評価85点から、個人的なキモさで-15点。
さらに細かい話だが、作中でやれに「ウケるー」が連呼されているのも、ちょっと引っかかる。2026年現在だと、若者の日常会話ではほぼ使われないんじゃないかなあ。20年前の言語感覚に聞こえるが、まあこれは仕方ない。
ソファの描写を巡って、もう少し考える。今回の前半パートの描写が典型的なように、本作は徹底的に男性家族(父親や祖父)をフレームアウトさせている。しかるに、ここでソファの描写をポジティヴなものとして解釈しようとするならば、笠町は擬似父親のような立場に準えざるを得ないが、それはあまりに説得力を欠く。「父親」の存在は、これまでまったく必要とされてこなかったのだから。ましてや彼は、高代+田汲の二人の家に訪れるのは(昔の恋人時代を別として)まだ2度目にすぎない。そういう点でも、今回のソファ描写は、ストーリー上も演出上も、明らかに筋が通らない。未成年者に与えうるダメージを(=個人としての尊厳を)大切にしていない描写になってしまっているからだ。ましてや朝は、両親を失ったばかりで極度に不安定な状態にある。そこで彼女の精神面への配慮を欠いた笠町の振舞いには、大きな問題がある。
おそらく、「両親と子供の擬似家族っぽい風景が成立した、ほのぼのとした状況」にしたかったのかと推測されるが、いささか唐突すぎるし、それに、心情のデリカシーを主題化している筈の本作の中に、こうした性的にだらしない鈍感さが投入されるのは個人的にかなりきつい。
あるいは、より慎重に捉えるなら、幸せな少女時代の槙生と姉が横並びで遊んでいた融和的な関係が反復再現されていて、それと同時に朝にとっては以前に楽しんでいたのと同じ音楽がそこで反復されていることによって、この場は槙生と朝のそれぞれにとって心安らげる場が再現されている……という演出なのだと言えるが、いや、それにしても、そこに家族でもない男性(笠町)が入ってきて叔母の肩を抱き寄せているのはやっぱりおかしい、おかしすぎる、異常すぎる。これは作劇として失敗だと思う。
まあ、パートナーでもない異性の家に、しかも女性の未成年者まで同居しているのに、よっぽど重大な事情というわけでもないのに来訪するのは明らかに無神経なので(※衣類や私物があるのに)、笠町はそういうところがズレた人間だ、あるいは笠町と槙生はたまたまそういう風変わり(婉曲)な距離感に慣れてしまっていた、と解するのがひとまず妥当なのだろうけど……。視覚的には、『ウテナ』の鳳暁生のようなマッチョビヘイビアに見えてしまう。
これ以外でも、例えば、朝に対して「自分の母親を好きでいなさい」(大意)と命令文で告げていたり、どうにもおかしな不整合や、コンセプトとの齟齬が散見される(※槙生の不器用さや、首尾一貫しきれない側面というエクスキューズも一応可能ではあるが、そうした描写のフォローも見当たらない)。これらは原作由来だろうとは思うが、全体としては「頑張っているのは分かるし、映像としても秀逸だが、粗も多い」と言わざるを得ない。個人としての独立と尊厳を大事にするというコンセプトの筈なのに、サブキャラには不摂生でだらしない外見(猫背でボサ毛で眉の手入れも出来ておらず両目も小さい)で他人の悪口を言う同級生、といったような偏見丸出しの悪者用のステレオタイプ的造形を持ってきたりするし……。主要キャラの尊厳だけを称揚しながら同時にそれ以外の人間については平気で蔑視的表現を持ち込んでくるダブスタは、けっして褒められたものではない。
朝の母親が、蔵書から見て経済学をわりと真面目に勉強していた様子なのに、おそらく20代半ばで朝を出産して、しかも父親とは入籍もしないまま、そして料理本やニット本がその上に置かれるようになったというのは、なんともやるせない。何かしらの仕事を続けていたのか、それとも専業主婦になっていたのかは、現時点では分からない(たしか描写されていない)けど。書棚の描写は、そういった彼女の複雑さも少しずつ示唆している。
……ん? 今期の大原氏は、本作では抑圧的な母親を、そして『ヘルモード』では優しい母親役を演じておられるのか。
●『シャンピニオンの魔女』
第5話。ここに来てそろそろ、アニメ版の問題点が露呈してきた。ベースにある悲劇的なシチュエーションや童話的なイマジネーションは良いのだが、それを言葉で説明しすぎたり、品のないデフォルメ顔を乱用したり、かと思えば唐突に水没のシンボリックな映像を長時間流したりと、とにかく表現スタイルの美意識に一貫性が見られない。この直前の長尺会議のダルさも相俟って、70点に急落。ちなみに、まばたきのアニメーションが妙に多いのも、観ていて落ち着かない。ただし、作画そのものは、かなり枚数を節約しているのだが、映像としてはそれをあまり感じさせない。この点はおそらくスタッフが上手いのだろう。
猫魔女「ドロシー」は、ちょっと藤田咲氏のような声色だと思ったら、一文字違いの藤田茜氏だった。 ネズミの魔法使いが小市氏、そしてリゼルの母が園崎氏(※ただし、どちらも登場は今回だけかも)。
ストーリー上の要素ごとに見れば、「社会からの迫害」「純朴な少女」「友の喪失」「過酷な試練」「同じ性質を持つ者同士の共感(または庇護の責任感)」と、いかにもドラマティックなのだが、解説や会議や回想などで皮相的に説明しまくるせいで作為的に感じてしらけてしまうし、映像面でもそれを支える美意識が無くて、全体として空転してしまっている。アイデアが良くても実装(表現物)が駄目だと、創作物としては味気ない。うーん、もったいない。
●『透明男と人間女』
第5回は、ストーリー面では、やや散漫な出来。脚本はキャンプ後のしずか、通り雨、そしてダークエルフ君の来訪を挟みつつ、バーデート、母親紹介(デート)、そしてバラ園デートを続けていく。原作漫画だと単行本3巻の前半3割くらい。
絵コンテは、横の移動(一緒に歩くシーン)や、ズーム演出による動きの表現に特徴があるものの、やや月並。しかしそれでも、柔らかなパープル基調の色彩感や、背景モブの豊かさ、そして状況の整理(空間的にも時間的にも)、そして顔の触りあいシーンでは両手の動きを入念にアニメーションしている。なかでも、しずかのコミカルな動作(慌てたジェスチャーなど)は、昔のアニメか漫画のように大きくデフォルメされて、躍動感を存分に表現している。OP/EDの曲調ともども、作品に漂う穏やかなレトロ趣味に沿った演出と言える。作画労力そのものとしても、一見シンプルなようでいて、かなりの枚数を使っている。80点。
●『29歳独身中堅冒険者の日常』
第5話も、屋内の空間表現がとてもきれい。今回は低速ズームアップで間を保たせるカットがやや多かったが、気にならないレベル。絵コンテは三浦唯氏。
ストーリー面でも、孵化した新キャラの存在を軸にしつつ、周囲のキャラクター個性を適度に掘り下げて、マイルドに納める(大袈裟にも、美談にもしすぎない)という流れは、作品の方向性をはっきり見据えて適切に構成されている。
毎回、夜間はリルイがきちんと大人モードになっているのが微笑ましい。そういえば、アニャンゴはいきなり出番ゼロになっているが……。
●『ヘルモード』