2026年3月の新作アニメ感想(※タイトル五十音順)。
『アルネ』『違国』『透明男』『29歳』『ヘルモード』の5作を視聴中。
●『アルネの事件簿』
第9話。まさかの透明人間ネタ被りで、貫井氏が驚き役なのも『透明男』と同じ。ついでに、OPパートが上下に黒帯(レターボックス)を入れている趣向も(※もちろん、演出上の機能は異なるが)。
軋みに満ちた音響とともに、今回はサイコホラーのテイストが強めで、角度のついた外連味のある絵コンテが不安定感と緊張感を煽る(絵コンテは岩畑剛一氏)。その一方で、室内の背景小物の描写が充実していたり、ヒロインたちがチャイナ服を着ていたりと、余裕と洒落っ気のある作画も楽しめる。
三男キャラを演じているのは八代拓氏。
第10話は密室殺人事件。室内を3Dモデリングして、カメラをぐるぐるとぶん回す演出が特徴的。戸外でも、魚眼レンズ風にゆがめたカットや、真上から見下ろすロングショット構図、あるいは地面すれすれからの遠景など、外連味のあるレイアウトが多用されている。キャラクターのファッションも、エピソードごとに一変していてたいへん華やかな画面になっている。ただし、ダルいレイアウトのままカメラを止めて喋り続けてしまう箇所も散見され、全体としては空転気味。
今回のゲストキャラは久野美咲氏。ほんの数分だけの邪悪猫又キャラで十二分な存在感を示していくのはさすが。久野ヴォイスの本格邪悪芝居、良い、実に良い……。
動物犯人(というか妖怪だが)というと、有名なところでは『まだらの紐』や『どんどん橋、落ちた』があるので、ケット・シー(猫妖怪)が犯人くらいはだいじょーぶだいじょーぶ。外からナイフを飛ばすネタも、悪名高い有名な『斜め屋敷の犯罪』で使われていたのでだいじょーぶ。
第11話。OPの歌唱もちょっと変えてきた。ここから最終エピソードになる筈だが、演出は力みすぎているし、ストーリーも勢い任せでなんとも味気ない。もったいない。
例えばリンが呪いの絵に当てられてしまうシーンも、もうちょっとホラーっぽくするとか、あるいはギャグっぽくオチをつけるとか、アクションの面白さを表現するとか、何かしら雰囲気を作れた筈なのだが、なんとなく目が赤くなってフラフラしてすぐに止められただけで、物語としての意味づけも乏しいし、状況の面白味も感じにくい。終盤のゾンビ大量召喚も、いかにも安っぽい(※絵そのものも、そしてシチュエーションも)。絵コンテの毛利氏も、演出の細田氏も、40年以上のキャリアのある超ベテランなのだが……。
もちろん、良いところもある。リンのファッションが今回も新しくなっていたり、絵の禍々しさも説得力があったり。ただし、このアニメ全体として見ると、いささか肩すかしの印象を拭えない。
●『違国日記』
第9話は、いつの間にか11月に入っている。後半パートでは、朝が将来展望について悩む様子を執拗なザッピングで描くが、あまり成功しているようには見えない。「違う国」みたいだという台詞も(少なくともこの回だけで見ると)唐突感があって空転しているし、彼女が「日記」に向かっているのも(少なくとも以下略)かなり中途半端で、具体的な意味づけを抉り出すところまで届いていない。「友人のと会話」「叔母彼氏の来訪」「クリエイターの訪問」を3重ザッピング進行するのは、現代のクール制アニメとしてはきわめて珍しいのだが……。
また、もう一つの軸として、創作の意味(または槇生の人生の価値選択)に関する言及も置いているが、朝サイドの問題意識とはあまり連動しておらず、「抜き身の刀」の比喩も唐突感が否めない(※もちろん、それが朝にとっては距離の遠い問題だということ自体が、物語上の意味を担っているが)。
彼女自身の精神状態が落ち着いて、周囲の様々な人々と堂々と話し合えるくらいになっているという描写でもあり、そうした日々がどんどん進んでいくというエピソードなのかもしれない。
ゴツゴツと立体的に骨張った男性の頭部が、しかも微妙に角度を変えながら口を動かすのをアニメーションにするのはなかなか大変そうだが、本作はわりと頑張っているように思う。
第10話のサブタイトルは「縛る」だが、むしろ呪縛のしがらみや停滞よりもむしろ、様々なものが時間とともに流れていくことに焦点が当てられているようにも感じた。冬の朝の登校シーンから、夕暮れの孤独な下校、足下に現れるイメージ上の波打ち際、そして海面を走る鉄道、等々、印象に残る描写が多い。
古文のテキスト(6:10-)は、『徒然草』第12段。打ち解けて深く語り合える相手と、そうではない相手について語っているくだり。
脚本は、よく練られていて良い出来だと思う。おそらく原作漫画からいろいろ再編して、アニメの一話ごとにきちんとしたテーマで揃えるようにしている。ただし、その裏面で、エピソード間のつながりの弱さも感じる。「前回はこういう心情を掘り下げていたけど、あれはあの後どうなったの? あの深刻そうな描写から、保留したままなの? 今回のキャラクター造形には、それがどんなふうに反映されているの?」という疑問が出てくる。
第11話。お互いに相手の本質など「分からない」ままに、砂漠に二人で並び立つことができるようになっていた。デリケートな語りに教条性を極力排しつつ、また、アニメ媒体に特有の表情表現のぎこちなさをなんとか乗り越えつつ、物語を描き出している。
朝は、両親がいたらこうはなっていなかったであろう現在の生き方(クラブ活動)を肯定的に受け入れることができる精神状態になっている。その一方で槇生は、朝の台詞の随所に亡姉からの残響を聞き取りつつも、それはもはやトラウマを刺激するものではなく、何か和らげられた記憶になりつつあるようだ(あるいは、過去のトラウマとは切り離された、朝個人との会話として受け止めることができる関係になっている)。周囲の社会環境にしばしば発生している抑圧と比べて、この二人の家庭生活はお互いを傷つけないフェアな交流関係を構築することに成功したということだろう。
ただし、冒頭の医学部入試の採点不正について、「教室内で目立つ」という文脈に絡め取られてしまっているようにも見える。「性差別(採点不正、女性軽視)」→「社会的抑圧(不登校、野球部)」→「恋愛(ヴァレンタインデーの儀式、恋愛していないこと)」→「社会的抑圧からの解放(離婚、歌)」と、つながっているようでいて、順序がズレているように感じられた。
●『透明男と人間女』
第9話は、旅館での臨時探偵イベント(原作単行本第4巻の後半部分)。OPを飛ばしてぎっしり内容を詰め込んでいる。集中して視聴していたら24分があっとという間に終わってしまった。カニの女将は、新井里美氏お得意の怪演。ロングヘアの人魚キャラが男性ヴォイス(多田啓太氏による兼ね役)なのも、ちょっと意外で面白い。暗転を繰り返す緊張感に満ちた演出から、それがしずかの世界であることが視聴者にも理解され、そして接触を通じて透乃眼の顔立ちが次第に判明してくる有様が絶妙。透明人間は「見えない」存在だが、しかし視界に依存していない夜香には問題にならず、そしてその距離を一気に乗り越えようと唇での接触を図り、そしてその情熱的な触れ合いを通じて、「他者から見てもらえない(認識されない)」存在である透乃眼の生身のありようを――ありのままを――真に感じ取ることになっている。ただし、この回の絵コンテ全体としては、シンプルなスライド(ドリー)カメラや浮遊感のある回転カメラなどで、間を保たせるのにちょっと無理をしている感じもある。
原作では、前カノの姿は一切描かれていなかったが、このアニメ版で犬系の異種族として描写された。足の形状もしっかりケモキャラ造形の本格派。その他、半魚人の仲居が前半から登場していたり、部屋付きの露天風呂が手摺のあるユニヴァーサルデザインだったり、無人のロビーで女将と相談したり、さらには旅館の全景(カニのマーク付き)や仲居たちの回想シーンも、アニメ版オリジナルの追加ディテール。脚本は瀬田監督。絵コンテは横屋健太氏、演出は西村大樹氏。
貫井氏のオーバーアクションな驚き芝居が、ちょっと過剰気味になってきた。『アルネ』でも騒がしいキャラを演じていて、(収録そのものは同時期とは限らないが)そちらでも回が進むとともにどんどん大袈裟で芝居がかった喋りになっている。その方向に進みすぎるのはちょっときつい。
第10話。今回は、鬼木羅たちのカップルエピソードと、夜香家に挨拶に行くエピソードの二つ。内容はやや散漫で、情緒的なフックに乏しく、視聴覚演出も無難。そのわりに、エロ(と誤認させる)ネタをアニオリで突っ込んでくるなど、どうにも雰囲気が一貫しない。ストーリーを追うのに集中したせいか、ちょっと余裕が無いと感じた。ただし、しずかが室内を歩くときの微妙な不安定さなど、細やかなところもある。
原作単行本では、ゴミ探しは第5巻、ガトーショコラのくだりは第4巻前半、それに続くベッド/床のやりとりは第5巻後半、夜香家訪問は第5巻前半に相当する。いずれも、原作の短いエピソードをアニメ版ではじっくり尺を取って描写している。ただし原作漫画では、夜香家訪問時に、最後まで同棲の話をし忘れたまま終わっていたが、アニメ版ではきちんと同棲予定についての挨拶をしている。ちなみに弟君キャラが、紫色ベースなのは意外だった(※原作漫画には色彩が無いので)。
「輿谷駅」は、どうやら埼玉県の越谷駅のようだ。
残る2話分は、透乃眼の実家(透明人間の里)を訪れて締め括る感じかな。同棲開始のシーンまで入れられる時間的余裕は無いかも。
第11話……物凄い一話だった。透乃眼の実家を訪れるエピソードなのだが、様々な画風とユニークな演出を大量投入しつつ、動画としてもやたら柔軟に動きまくっている。具体的には、黒背景のレタリング表現から始まって、画面分割進行、水彩風、強烈な暗転、絵本風、魚眼レンズ風、アメコミ風、悪夢的な心象風景、黒帯(レターボックス)による画面狭隘化、彩度の高いフラットな着彩(ウェブトゥーン風?)、イルミネーション風背景、そしてとどめに本作を象徴する満月の光。エンドクレジットによれば、この回の映像は演出・絵コンテ・制作進行をCHAFIK(シャフィック)氏が統括しており、作画補佐などもフランス人(?)のクリエイターが参加している。この作品そのものが、様々な種族的体質や文化的背景を持つ人々が出会う物語なので、そのアニメ版が、他文化ベースの表現手法をも積極的に取り入れてみせるのは、コンセプトの次元でも筋が通っている。
今回は、原作漫画の第5巻から。指輪のエピソードは、わざわざアニメ版で拾い上げるほどのエピソードではないと思うし、前半パートとのつながりも無いので、いささか疑問は残る。
●『29歳独身中堅冒険者の日常』
第9話。左手の治療問題はマイルドに描き、そして冒険者としての師匠(相棒)意識を改めて確立していく。伸びやかに広がる草原の背景が心地良く、また、シーンの切り替えも実にきれい。巨軀のドワーフリーダーのように、サイズ感や遠近感をユーモラスかつ説得的にレイアウトしているのも面白い。絵コンテは、1970年代からのキャリアのある大ベテランの辻初樹氏。
本筋以外でも、オリーヴによる殴打から、リルイの盆踊り、走る大根、多脚戦車(?)と工房爆発など、やけに細かなネタが充実している。その一方で、左腕は失われたままだし、冒険者をリソースとして管理するなどのシビアな側面も示唆されている。
第10話。ヴェロニカをフィーチャーしつつ、長髪を巡る思い出と、村内の美しい生活風景、そして冒険者としての生き方を絡めて、ミニマルながら非常に充実したエピソード。前髪を指でつまむ所作を反復してみせたり(※回想を含めて計8回)、後ろ姿を過去と現在でオーバーラップさせたりと、脚本構成も視覚的演出も神経の通った繊細な作りになっている。ユーモラスなカットを入れる余裕もあり、キャラクターの表情も実に楽しい。絵コンテ&演出は、第4話も担当していた梅本駿平氏。脚本は、野村イクミ氏と山崎貴之氏の共同制作(※本作の脚本は、ほぼこの二人で回している)。
アニメ制作のHORNETSは、本作が初めての単独制作のようだ(※過去には他のアニメスタジオとの共同制作の実績も複数あり、CMアニメなども多数制作している模様)。柔らかなタッチに、統一感のある美術設計、そして躍動感のある演出効果をきちんとコントロールできる動画と、芯のある作画をしている。会話シーンなどでも、顔アップに依存せず、ロングショットで周囲までしっかり作画しているし、キャラクターたちの前進の動きもなめらかに描いている。今作は、けっして高予算企画ではないだろうけれど、クオリティコントロールがやたらしっかりしていて、見応えのある作品を作り上げているという感触。
成人の腰の高さしかない幼児キャラをフレームインさせつつ会話を成り立たせていくのは、レイアウトスキルに対する要求がかなり高いと思うのだが、その点もきれいに処理している。このテクニックを見るだけでも面白い。奥行きのある構図に上手く配置したり、見下ろす視線だけで位置関係を的確に表現したり、大人側がしゃがんで会話したり(※しゃがみ込むアニメーションもわりと大変な筈)、縦のカメラ移動(ティルト)に組み込んだり、足下だけを映す情感演出として処理したりと、とにかく様々な技巧がふんだんに使われている。
リルイ役の鈴代氏は、他の作品ではちょっとよく分からない芝居もされているのだが、この作品では真に迫った涙声から、はち切れんばかりの元気台詞から、ユーモラスな叫び声まで、エッジの利いた凄みのある演技をずっと続けている。この役が性に合っていたのか、ディレクションが上手いのか、それとも別の座組では調子が出なかっただけなのか、原因は分からないのだけど。
ヤーナゴ市(=名古屋市)の市長がちゃんと名古屋弁を喋っているのも芸が細かい。そして、よく見ると例の前市長にちょっと似ていなくもない。ターニャ役の河瀬茉希氏も、繊細な情緒を反映した良い芝居をされている。どこかで聴いたことがあったような声色だが、なかなか思い出せない。……あっ、『小市民シリーズ』の悪役キャラか! あの短い芝居だけで強い印象に残っていたのか。
やはり劇伴の付け方が上手い。存在感のあるリズミカルなBGMが、シーンごとの雰囲気を強力に牽引しつつ、音楽としての終止部分がシーンのオチをきれいに締め括っている。
コマイ村=生駒(いこま:奈良市の北西)、近隣のラナ=奈良、クニミ山=三国山(みくにやま、大阪府の南端)、遠方のヤーナゴ=名古屋(往復と滞在を含めて5日)など、関西圏を中心とした実在自治体をもじった地名になっているようだ。ただし、位置関係はあまり対応していない。
第11話は、リルイが習得した魅了の力を巡るエピソード。前半はコミカルに、そして後半は静かに深刻さが増していく。キャラクターの表情や台詞の穏やかさと、それに対するBGMの不穏さの対比が上手い。
ただし、コンテはちょっと無理のある絵(背景レイアウトとキャラクター移動が不整合を来しているカット)もあるし、不自然に絵が止まっている箇所もあって、ところどころもったいない箇所がある。とはいえ、祭を控えた街中の賑やかな雰囲気から、バトルシーンでの一瞬のインパクトの迫力、そして夜のしっとりした情趣まで、良いところも多い。
ここに来て風呂場のお色気シーンを描いたのも、ちょっと驚いた。しかも、バスト揺れアニメーションまで入れている。。そういうお色気路線は避けるアプローチなのかと思っていたが……。
●『ヘルモード』
第9話は、大型ボスとの追いかけっこと、召喚モンスターたちの連携活用。モンスターたちは3D作画だが、巨大感や重量感が表されるように上手く演出されている。
ストーリーは説明台詞だらけでチープだが、「目的意識が明確」、「理にかなった仕方でポジティヴに状況を好転させ発展/成長していく」、「隠れて独りで頑張っているので嫌みが無い」、「主人公だけの物語ではなく、常に周囲の社会状況との関わりの中で生きている」、「主人公は最強ではなく、上には上がいるし、それに追いつくための努力が要る」といった要素があるので、主人公の試行錯誤に気持ちよく付いていくことができる。
第10話は、オーク退治をしている最中に、レベル上げ活動のことが団長に露見し、さらに男爵家の長男が戦死するという劇的な出来事が続く。悲劇の訪れをしっとりと予感させ、そしてその重苦しい到来を丁寧に描き出している。ただし主演の田村氏は、今回いささかイージーに流れ、気迫が乏しく聞こえたのが残念。
第11話。最後までモノローグ過多だが、前半はいかにもゲームネタらしい蟻の巣攻略で、俯瞰的な(≒SLG的な)リソース管理が意識されているし、後半はクラシカルな冒険活劇スタイルを展開して、それぞれにユニークな味わいがある。
それにしても、主人公の服装はどうして蜘蛛モティーフなのだろう?