第4話「四方木田かよと山県沙織/田畑若菜と田畑佐江子/柏木拓人と吉村さやか」
今回は、脇筋のエピソードを集めている。原作漫画ではそれぞれ第6話、第10話、第5話に相当する。比較的くつろいだ内容が多いが、演出的にも色彩感豊かな表現や、舞台シーンのインパクトの強い絵面、さらにはユーモラスなデフォルメに至るまで、個性的な話数になっている。
脚本は綾奈ゆにこ、絵コンテ&演出は、いしづかあつこ。いしづか氏は、『宇宙よりも遠い場所』などいくつもの作品で監督を務めている。
【 Aパート:「四方木田かよと山県沙織」 】
ダブルユーキと武内の3人を巡るエピソードであり、第7話にも関連する。しかしそれ以外のキャラクターとの関わりが乏しいため、時代設定などははっきりしない。武内と宮島悟の関わりから計算するに、おそらく竹原や田畑よりも数年上の世代かと推測されるが、確定情報は無い。タイトルは、引退した四方木田を先に出して、現役スターの山県を後に書いている。ここからも、このエピソードの主眼は四方木田の生き方のほうにあることが察せられる。
(00:00-)アバンタイトルは手と手を差し伸べあうワンカットのみで、すぐにOPに入る。青色の腕と赤色の腕の対比はOPにも見られるが、ここでは両手がつながる前にホワイトアウトによって二人の手は断絶してしまう。
メインタイトルとともに表示される一枚絵は、淡島の教室から輝かしい緑の木々を臨むスチル。サブタイトルの絵は、四方木田と山県の歌劇学校時代の風景のようだ。
(01:40-)きらめく背景とともに、山県(鏑木)は、いくぶんの躊躇いと羞じらいを込めるように自らの両手を絡み合わせるが(アニメ版独自)、最後には堂々とカメラに視線を送る。周囲は明るいグリーンで満ちており、彼女が演劇界の輝かしい成功者であることをあらかじめ告げる。インタヴュワーの台詞がいくつかカットされている(原作2巻7頁の最後)、場つなぎの事務的な台詞なので省略してもなんら問題ない。
そこから事務所内でのインタヴューシーンに移行する。小ぢんまりとした部屋ではあるが、緑の植木、力強い朱色のソファ、そして見晴らしの良い窓外がその社会的成功を示唆す(漫画では、窓にはサッシが降りていて、鉢植えも無い)。
このあたりは、アニメ版独自の絵コンテで会話が進む。ソファの背後に掲げられているポスター2枚は、おそらく四方木田と山県のものだろう(このポスターは、何度も執拗に画面内に映り込む)。しかし、出されたお茶は、片方が飲み干されて片付けられる。とあるカットでは、まさに現在の事務職ルックの四方木田が、自身のポスター画像の前に立って過去の「悠木みほと」としての姿を覆い隠してしまう。つないだ手と手の、青と赤が混じり合い、そして二人の中にそれぞれ溶け込んでいくカットもアニメ版の創意による。端正なレイアウトで、無人の教室風景が懐古されるが、それはすぐにズームアウトして現在の会話に戻る。山県が雑談を打ち切って部屋を出た後には、四方木田が遅い午後の日差しの中に佇む。彼女自身も、山県とともにある現在の仕事に充実を感じているのだろうが、ロッカーで大きく遮られた背後の影には、大きな鉢植えが花を咲かせている。これが裏方としての幸せだろうか? 色彩的にも、ヴィヴィッドレッドの衣装の山県と、紺鼠(彩度の低いブルーグレー)の四方木田が明確なコントラストを示している。
(03:50-)瑞々しい青葉とともに、あらためて彼女たちの淡島学校時代の回想が始まる。二人は左右を頻繁に入れ替えつつ、そして神秘的で清らかなターコイズブルーの色合いに染められつつ、学校生活を楽しく共有している。さらに、彼女たちが自らの芸名を作って正式な役者として歩み始めるピークの瞬間は、イエローゴールドの光に照らされている。このあたりのシークエンスでは、所作や表情は原作を取り込んでいるが、こうした色彩表現はアニメ媒体ならではの新たな世界を創出している。
しかし、四方木田は早々に引退を決意してしまう。常緑樹の松に雪が積もっているので、これはけっして人生の終わりではないことが示唆されているのだが、四方木田は文字通り、自らの役者としての看板を下ろして、開けた戸口から真っ暗な戸外へと去っていく。
理想的な王子の姿を挟んで、ふたたび現在に戻る。さきほどとは正反対に、山県がグレー系の私服でくつろいでおり、それに対して四方木田は暖色のセーターを着ている。今度は山県が、かつての四方木田(悠木)のポスターを覆い隠すように堂々と立ち上がり、四方木田はその姿を楽しげに見つめている(この演出もアニメ版独自)。「あんたの幻想なんかに頼らないで生きてやるわよ」という宣言を体現する動きでもある。最後にもう一度、二人の手が結び合わされるが、もはやどちらがどちらの色(男役と娘役というシステマティックな区別)ではなく、現実の人肌どうしでしっかりと手をつなぎ合う(このカットもアニメ版独自)。
親しかったが同じ舞台に隣り合って立つことができなかった二人という状況は、本作中で何度も描かれる。
伊吹と岡部は、伊吹の嫉妬から関係が致命的に破綻した。
岡部と小野田も、小野田の一方的な執着のために、岡部の退学を引き起こした。
上の世代に対して、四方木田が身を引いたのは、賢明な解決だったとひとまず言えるだろう。いくぶんのわだかまりを残したものの、このエピソードが示唆しているように、きわめて安定した関係へと再構成することに成功している。武内が、山県の隣を埋めてくれたのも、四方木田にとってはおそらく好ましい帰結だっただろう。
さらに下の世代で、竹原と上田は、苦味を残してはいるものの、お互いを奥底まで認め合う関係に辿り着いた。上田自身は、演劇の道には進まなかったが、竹原との長い友情を育んでいる。奇しくも竹原の芸名を受け行けるかのように、小鳥遊姓の男性と結婚し、そして結婚式はほとんど竹原と二人の主演ステージのような場になった。
それ以外に、対等ではない「憧れ」の関係も、本作ではしばしば恵まれた結末を迎えている。司玲於奈に憧れた浅上レオは対談の機会を得たし、竹原に憧れた沙羅たちも奇跡的な共演のステージに立つことができた。役者の藤沢江里と、イラストレーター(?)になった絵莉も、お互いに祝福を送り合う関係になった。
舞台から降りた者どうし、例えば田畑と柳原も、強い信頼関係と繊細な配慮をし合える仕事仲間になっている。
このように見ると、この四方木田たちの風景もまた、競い合う同輩どうしの間でいかにして悲惨な衝突を避けて、淡島に限られない広い世界の中でいかにして良好な関係を結べるかという可能性を描くエピソードとして、岡部-伊吹の世代と、竹原-上田の世代の状況を照らし出す重要なアクターになっていると考えることができる。
【 Bパート:「田畑若菜と田畑佐江子」 】
先述のとおり、原作第10話の小さいエピソードである。次のCパートとともに、完全な淡島外部の登場人物(ファンの側)がフィーチャーされるが、田畑の内面(淡島への動機づけ)にも言及される。
(06:50-)トップスターの退団会見がTVで流れている(女優が発している言葉はアニメ版独自)。次の第5話(原作第21話)の司玲於奈の引退シーンにちょっと似ているが、別人である。テキストは例によって原作漫画のままだが、絵コンテは、原作に縛られず、自由に再構成されている。漫才ポスターが細かく描かれているのが微笑ましい(劇場の外観も含めてアニメオリジナルのカット)。『エリザベート』のDVDパッケージには「淡島電鉄」とある。この世界の歌劇団も、現実の阪急電鉄と同じような成り立ちのようだ。『エリザベート』は、現実の宝塚にとっても看板タイトルの一つであり、宝塚ファンがこれをファーストチョイスとして薦めるのは、よくあることなのだろう。
佐江子がDVDで観たのは、浅上レオ主演の公演録画。「トート」とは、ドイツ語のTod、つまり「死、死神」のことである。この「トート」役の花澤氏は、実際に第5話の浅上役も演じているので間違いない。DVD映像も、アニメ版オリジナルの表現で、衝撃的な雷鳴から、ミステリアスに流れる銀-朱の前髪、暗いベッドに光が射す外連味のある演出、トートの手先の振り付け、そして佐江子を見下ろすかのように雰囲気たっぷりに現れる顔立ちの魅惑に至るまで、佐江子の世俗的生活を一変させるのに十分なインパクトと説得力がある。浅上がこの時点でトップスターになっていることから、おそらく浅上(浅香)は、田畑たちよりもかなり(10年以上)上の世代と思われる。
「おばちゃん」は、エンドロールによれば、「若菜の大叔母」とのこと。口調からして、おそらく関西在住者であるのも、いかにも宝塚ファンらしい(宝塚劇場は兵庫県宝塚市に所在)。ただし、本作の淡島学校/劇場がどこにあるのかは、一切説明されていない。電車が通っているので、「島」ではないと思われるが、関西にあるのかどうかは不明。第4話の伊吹の言葉からして、東京都内(乃至関東地方)でないことだけは確実だが、竹原-上田の学校が鎌倉の実在学校をモデルにしていることを考えると、関東近辺である可能性もある。
(10:30-)田畑若菜の実家は、群馬の新興住宅街のようだ(原作どおり)。若菜は夏休みで一時帰省しており、大きく伸びた入道雲とともに、牧歌的なムードの土地柄を示している。玄関口を真上から撮る構図など、アニメ版のコンテは縦横の空間性を意識したユニークなレイアウトを作っている。DVDの芝居映像は、ほぼ全てアニメ版独自のもの。『ミー・アンド・マイガール(Me And My Girl)』のポスターは、原作漫画でも描かれている。
夜の道路は、原作漫画のレイアウトそのまま。ただしアニメ版では、街灯が十字路を照らしており、人生の岐路の存在を暗示している。田畑の自室に張られているポスターは、『ティファニーで朝食を』(のパロディ。原作には無い)。竹原の後ろ姿や、学校屋上からの夜景なども、アニメ版独自。田畑の頭上にあるポスターを、夜の光が一部だけ照らしているのは、これから田畑が淡島の舞台に「部分的に」関わっていくからだろうか。原作では夜空に雲がたなびくだけだが、アニメ版では雲が流れて遠くに三日月が顔を出すところまで描いている。。
【 Cパート:「柏木拓人と吉村さやか」 】
原作第1巻第5話と、それに続く「番外編」をベースにしている。演出は総じて企みに乏しく牧歌的なデフォルメに満ちているが、それは芸道の追求にはコミットしていない素人の視座(ファンの世界)としては、むしろ正しいのかもしれない。このエピソードも、台詞の省略が多少あるが、基本的には話をスムーズに整理するための省略である。
(12:20-)外出許可証を提示した予科生たちは、緑の森を越えたステージで、白い光に照らされながら楽しげに踊る(アニメ版独自のカット)。参加者は田畑、村上、ザワちゃんとポニーテール少女という4人。時系列では第2話の終わりからつながっている。海と踏切、湾内風景と山百合の花といった状況説明的カットも同様。さらに、スター「香月泉」のポスターを柏木拓人が撮影するところも、彼が淡島ファンであることをあらかじめ明示してくれる、親切なアニメ版オリジナルのカット。柏木がカメラ好きという描写もアニメ版独自のもの(原作ではそもそもカメラが出てこない)。
サブタイトル表示の一枚は、引っかけのための一発ネタにも見えるが、役者とファンとが向き合っている、言い換えれば、あくまで逆向きに存在であるという意味にも取れるかもしれない。
(12:40-)港通りの商店街風景はアニメ独自。後ろに山が見えるのは、やはり兵庫の海沿いなのだろうか? だんご屋ばかりなのは不可解だが、これは田畑の地元に掛けたものかもしれない。
柏木が乗っている鉄道車両が、いかにも阪急電車そのままのデザインなのが微笑ましい。もらったチケットは、アニメ版によれば『ミー&マイガール』の公演である。教科書に「数学I」とあるので、柏木君は高校1年生で間違いない。2005年のことなので、折りたたみ式のフィーチャーフォンを使っている(原作ではスマートフォンで描かれていたので、アニメ版は意識的に時代性を強調するガジェットに描き変えたのだろう)。
(14:00-)このあたりは、背景のポスターや書棚などのディテールが付け加えられている程度で、演出上の特徴的なファクターはあまり見当たらない。レイアウトそのものも、かなり柔軟に再構成されている。アニメ版で吉村(さやか)がアップロードしている写真は、「淡島の海とヤマユリ」。どうやら「淡島」は、このあたりの地名でもあるようだ。あるいは、淡島観劇の際に訪れた海という比喩かもしれないが。吉村のSNSアイコンは、ガラス細工のウサギ。後のシーンにもあるように、こうしたキラキラな輝きが好みなようだ。これらはすべてアニメ版オリジナル。キラキラのシャンデリアも同じく。
吉村の背景に描かれている大きなフラワースタンドには、チューリップ、バラ、マーガレットが生けてある。ポスターには、主演として「夕凪みち…」(みちる?)の名前が読み取れるが、作中では出てこない。客席の描写を見るかぎりでは、観劇客は若い女性が大半のようで、現実の宝塚歌劇が中高年にも大きく受けているのとは多少雰囲気が異なる。
最後に、夕方の湾内をバックにしたヤマユリの一枚絵とともに、このエピソードはひとまず閉じられる。
ED後に、さらにおまけパートがある(22:10-)。原作漫画でも「番外編」として掲載されていた3ページ漫画を使っており、四方をカラフルな枠で囲み、アニメーションもほとんどしないポップな映像である。