2026/07/06

2026年7月の雑記

 2026年7月の雑記。

 07/06(Mon)

 「でぼの巣」公式サイトに、『新風記』用のDL「大魔王の迷宮」パッチが出ていたので試してみた。
 100階層のダンジョンで、難易度などの設定はあらかじめ自由に選べる(※難易度に応じてレアアイテムの出現確率などが変化する)とのこと。
 これまで以上の高ステータス装備や強化型のアイテムが大量に出るので、ゲームの難易度やアイテムの意味が激変してしまった。強力な武器防具を求めるなら、ここに行く一択になってしまうのが味気ない。それでいて、中盤までは弱いアイテムばかりなのでダレるし。
 20階ごとにボスキャラが登場し、最後は「大魔王」、つまり妖狐な葉子さんが待ち構えている。ただし、葉子を含めてボスの強さはたいしたことが無い。プレイヤーキャラもレベル60以上まで成長していくが(上限は不明)、雑魚敵もどんどん強くなるので、最終的には一匹撃破するのに4回殴らなければいけないほどになる。これもダレる……。
 新たな罠(?)として「でぼの巣」もあった。入るとアイテム屋があり、ダンジョン内部でもアイテム売買ができるのはありがたい。ただし、店主の「でぼ雀」を間違って攻撃すると怒って連続攻撃を仕掛けてくるのは『風来のシレン』っぽい(あるいは『ゼルダ』の鶏)。

 罠の仕様が変わったせいで、雑魚敵が勝手に「無音領域」の罠を踏んだせいでプレイヤーキャラも補助一切禁止の地獄に巻き込まれてしまったり、雑魚敵が警報を鳴らして敵を量産してしまったりすることがある。おそらく画面内(同じ部屋の中)にいるときだけの現象だが、それでもかなり厄介なことになる。


 宝塚観劇に行ったことは、もちろん複数回あるけど、幸か不幸か、ハマりはしなかったのよな……。私の中に、この種の演劇を楽しめる素地は十分ある筈だし、実際に素晴らしいステージがあるのも分かっているけど。たぶん、スターとかアイドルとかに対する個人崇拝的なメンタリティが私の中に皆無なせいだと思う。
 漫画家やゲームデザイナーや声優についても、無条件に全賭けするような心性はどうしても出てこない。「このクリエイターさんの表現は凄いなあ」とか、「この方の創作姿勢にはつくづく敬服する」といった気持ちはあるのだけど。
 同様に、グッズ集めの物神崇拝(フェティシズム)も無いのは、お財布の観点で助かっている。「床に張られたキャラ広告の顔を踏まないようにする」くらいには、人の心はあるけどね。……人の心?


 『攻殻』アニメ新版は、わりと良さそう? まだ観ていないけれど、原作漫画をベースにしつつ、細部をかなり丁寧に現代化しているらしい。脚本は円城氏なので、ある程度は期待していたけど、どうやら本当に良い仕事をされているようだ。
 絵柄再現についても、原作のノリに合わせたチューニングだと考えるなら、そう悪い選択肢でもない(※絵柄の単なる模倣では無意味だが、しかし、これまでの『攻殻』のしかつめらしい雰囲気を解毒する上では、有効な見せ方になり得ると思う)。
 原典(原点)に立ち返ってもう一度、そのポテンシャルを丁寧に汲み直そうとするのは、それはそれで意義のある活動だ。例えば、クラシックの楽譜を演奏したり、海外の古典小説をあらためて翻訳し直したり、戯曲を現代的に上演したり。それらは知的に誠実で、そして同時に十分に創造的な営みであって、俗流の単なる「原作に忠実(原作模倣)」とはまったく別のものだ。だから、単なる絵柄再現ではなく、元になった作品を精読し直して、現代においてそれを再制作する意義を出していけるならば、良いことだと思うし、原作(コンテンツ)の可能性をさらに引き出すことにもなるだろう。
 視聴予定に入れていなかったけど、どこかで時間を取って観てみようかな。ナメクジが出てくるところまではチェックしてみたい(※下ネタです)。
 キャストは、『ARISE』ともまた違った独自の座組で、残念ながら中國氏(※サイトー役だった)は参加しておられないようだ。

アニメ雑記(2026年7月)

 2026年7月の新作アニメ感想。
 さしあたり『キャラメリゼ』『クレバテスII』『グロウアップショウ』『さよならララ』『捨てられ聖女』『対あり』『ジャードゥーガル』『透明な夜』『ブチ切れ令嬢』『BLACK TORCH』『メビウス・ダスト』『ダンシング』あたりを視聴してみる予定。とりあえずおおまかに点数も付けてみる。
 『岩元先輩』『手札が多め』は、クオリティが期待に届かなかったので、残念ながら退却。


『岩元先輩ノ推薦』
 第1話。原作の耽美的オカルトの雰囲気は、あまり再現できていない。低予算ゆえか、アニメーションとしての表現がまるで不足している。つまり、作画枚数も少ないし、演出も全然出来ておらず、美形男性たちの静止画と声優の力演で、ぎりぎり繋いでいる。とはいえ、この幻想的なオカルト路線の作品はきわめて貴重だし、この路線が好きならば楽しめると思う(※原作の方が桁違いに出来が良いのだが……)。60点。もう一話くらいは付き合ってみるが、たぶんすぐに止めることになる。
 主演の坂泰斗氏はとても良い芝居をされているし、教師役には、なんと、石田彰氏がいる。青沼老人を演じている鈴木琢磨氏も、ものすごく丁寧に造形された、精密な芝居をされている。しかし、青沼青年役の永塚氏は、ちょっとミスマッチかも。


●『乙女怪獣キャラメリゼ』
 第1話。恋愛感情で怪獣になってしまうシャイな少女の物語。特に後半のドラマティックな状況変転の演出は、ダッチアングル(水平から傾けたカメラ角度)を多用しつつ、スピード感と迫力があってなかなか良い。作画もまずまずで、枚数もかなり多い。ただし、前半のコメディ演出の見せ方はいささか陳腐。70点。ここから、出オチで終わらずにどこまで行けるかな。
 主演の千賀氏については、第1話の忙しいコメディでは芝居の掘り下げのポテンシャルはまだ分からないが、声色はツヤがあって耳に残る。昨年デビューしたばかりの方のようだが、この演技ならばひとまず安心してついて行けそう。


●『グロウアップショウ』
 第1話は、コミカルで躍動感に満ちた出会いの物語。ロングショットも効果的に使われているし、木造建築を初めとした昭和中期のレトロ感とのコントラストも良い。キャラの赤い睫毛が特徴的だが、暖色ベースの賑やかな色彩が作品のムードに似合っている。もしかしたら、「サーカス団を舞台にした美少女キャラもの(+スポ根?)」だけで終わるかもしれないが、映像作りは気持ちよいし、堅実に楽しめそう。ただし、キャストはよく分からない(新人~若手が中心のようだ)。75点
 昭和30年代で、主要キャラたち(ローティーン?)が孤児というのは、明らかに第二次大戦の影響だが、シリアスな物語になるかどうかは分からない。監督のキャリアからしても、明るい萌えコメディのまま行きそうだが……。制作にはGood Smile Companyが入っていたが、もしかしてボンネットバスのプラモデルキットを発売するのだろうか。(そっちじゃないだろ)
 エンタメだと想定するなら、コンセプト作りは上手いと思える。つまり、「30年代=レトロな人懐っこさ、賑やかさ、美術的個性、大人のいない孤児たちの世界」、「サーカス=運動表現の魅力、ロードムービー(?)、多人数がいつも同居している場、演目に応じたキャラ個性」、「大会(?)=目標設定、ドラマ、集団の中での主人公の役割」と、各要素がポジティヴな機能を持ちつつ全体がまとまっている。換言すれば、美少女スポーツものの流れに位置づけられそうだということでもある。


●『さよならララ』
 第1話は名作劇場テイストを入れた童話仕立てで、幻想的な美術と劇的な展開、そして動画表現もダイナミックに動かしている。ただ、第2話以降で雰囲気を変えてくる(コメディ要素を入れてきそう)ので、どうなるかはまだ分からない。話を引っ張っていく魔女キャラの言動がご都合主義的万能なのは気になるが、おそらくこの1話だけだろうから許容範囲内。流れてきた魚をモグモグ食べてしまうあたりなどの、のんびりしたユーモアはわりと好み。ただ、声優の芝居はまだよく分からない。実況モノローグのしつこさもマイナス。オリジナル作品としての期待も込めて80点
 人魚主人公として、ここから『むろみさん』路線に行くのか、それとも『人でなし』か、あるいは『邪神ちゃん』か、はたまた『ごめんねごはん』か……。
 第1話で提示された範囲から考えると、「人魚族と人間族の違いや優劣如何」、「主人公の目標設定(愛の獲得と、人魚族の復活)」、「ボクサー少女との関わり」、そして「滋賀県という舞台設定の意味」といった要素が見て取れるが、それらがうまく噛み合っていくかどうかはまだ分からない。ボクサー少女との百合関係になって琵琶湖に入水というのがシンプルな解決になりそうだが、さすがにそうは行かないだろう。人魚の設定についても、アンデルセン風の泡少女のまま行くのか、和風の八百比丘尼ネタ(不死化)を取り入れるかどうかは不明。
 最後で出てきたキャラクター「大津茉里」を演じているのは、新人声優の川石氏。所属事務所のプロフィールによれば、まさに滋賀県のしゅっしんのようだ。もっとも、今の20代だと、地元方言がどのくらい身についているかは分からないが。同様に、大津家の他のキャラクターたちも、関西圏(大阪や兵庫)の出身のようだ。これもおそらく意図的にネイティヴのキャストで揃えたのだろう。滋賀と兵庫ではいろいろ異なるが、イントネーションなど、共通しているところも多い。滋賀県出身というと小林眞紀氏もいらっしゃるのだが、残念ながらここでは起用されなかったようだ。


『手札が多めのビクトリア』
 第1話がこれでは、ちょっとつらいかな……。映像は、静止画としては整っているが動きが乏しく、演出的な面白味も無い。台本も、説明台詞が多すぎるし、台詞回しにもセンスが無いし、事態の推移もかなり強引。
 映像に関しては、画面分割を多用するのは作為的に見えるし、カットが飛びすぎる(人物の動きにつながりが無い)のも問題。脚本に関しても、彼女の元工作員としての活動やスキルがまるで見えてこない(※作中の描写は、身分証(?)を偽造したり、馬車の客を酒で酔わせたり、ひったくりに足を引っかけて転倒させたり、外出中の侵入者を警戒して髪の毛を挟んでいたりするだけで、やたら安っぽいし、「手札が多」いようにはとても見えない)。安済氏の主演は、倍音が乗ったような深みのある声色と安定感のある芝居だが、台本そのものが退屈なせいで、台詞のディテールの面白味が全然味わえない。原作小説も未読だが、ここまでつまらないとは予想していなかった。上手い下手以前の問題として、「味気ない」としか言いようが無い。50点
 冒頭で、暗く陰鬱な曇天を「良い天気」だと語られていた点は気になる。凝った背景設定がありそうにも見えないが、何かしらの仕掛けがあるかもしれない。
 ちなみに、美術監督を初めとして、制作スタッフに中国系(?)とおぼしき方々が多数参加しているようで、国際的なアニメ制作の観点で興味深い。作画の枚数それ自体はそこそこあるのだけど、やはりコンテと原作(テキスト)が悪い。「謎を秘めた女性が、故郷を離れて独力で生き抜きながら、虐待されていた可哀想な少女を助け出して保護し、同時に見栄えの良い男性から好意を持たれている」というのは、とてもワクワクする魅力的なシチュエーションになり得るはずなのに、それをダルダルな筆でただなぞっただけの代物が出てくるとはさすがに予想できなかった。うーん。
 第2話も念のため視聴してみるけど、冒頭で駄目そうだったら、諦めてさっさと退却するつもり。


●『天幕のジャードゥーガル』
 第1-2話。原作のタッチをリスペクトして、デフォルメ体格に、輪郭線の無い衣装表現、記号化された背景、そしてそれらをカラフルに彩っている。建物迷路を駆ける動画や、遠景と近景をダイナミックに行き来するコンテなど、映像としても魅力がある。作画枚数もかなりのものだし、滲むようなグラデーション塗りは、通常のアニメ塗りよりも手間が掛かっているだろう。キャストについては、少々もっさりした芝居もあるが、桑島氏の短調の声色が引き締めているし、そして主演の関根氏がかなり良い(※これまでは浅い芝居の役者だと思っていたが、今回で見直した)。80点……だが、原作もすでに読んでいるし、軽く流すくらいの付き合いにするつもり。
 モンゴル人兵士の会話は、この時点の主人公にとっては理解できない言語なので、モンゴル語音声+日本語字幕という形になっている。クレジット等を見るに、どうやら実際にモンゴル出身のモデルさんや力士に演じてもらっているようだ。もちろんプロの声優ではないが、さすがにこの場合は文句を言う気になれない。ネイティヴに発音してもらうことの重要性でもあるし、モンゴル文化を尊重することをも意味するからだ。同様に、ペルシア人の役は、イラン出身のニケライ・ファラナーゼ氏が演じている。さすがに全キャラクターを、日本語で者部蹴れるイラン系の声優で揃えることは不可能だろうけれど、実際にイランルーツの声優さんがいるならば、その方にペルシャ人キャラクターを演じてもらうのは、まあ、ひとまずはありだと思う。同様に、「関西弁キャラは、関西ネイティヴの声優でないとなかなかきれいな発音にならない」という限界もあるし。
 ムハンマド君の芝居が、言葉に全然意味が乗っていなくて、滑舌もモッサリでひどいので何事かと思ったら、声優ではなく若手俳優とのこと。どうしてこんな……。オーラがあるわけでもないし、耳障りにすぎる。上記の力士声優の方が、声がちゃんと出ているだけはるかにマシなくらい。


●『ワールド イズ ダンシング』
 第1話。けっして悪くはない。終盤の小屋の中での激しい踊りは、墨と筆で描いたかのようなタッチで、中割のない静止画の乱舞として表現されているが、それでいて明確なつながりとスピード感があって、現代アニメとして非常に優れた表現だと思う。また、時代設定を感じさせる衣装や背景のディテールも良い。ただ、それ以外の映像の流れ全体は、あまり良くない。例によって漫画のコマを貼り付けたかのように、映像的な自然さが無いし、顔アップでの会話が多いし、コミカルなデフォルメ表情も面白くない。荷車を運ぶ場面など、状況説明も拙劣。
 主演はかなり良いし(花守ゆみり氏)、ショタBLになりそうな気配もあるので、もうしばらく視聴を続けるつもり。シチュエーション設定の意欲込みで75点
 原作(漫画)も読んでみたが、そちらの方がはるかに良い。このアニメ版は、余計なシーンや不必要なアニメーションばかり増やしていて(※動かさなくてよい部分を無駄に動かしていて気が散る)、その一方で村人たちの祭の熱狂は描かずにスルーしてしまうというズレっぷり。「金はあってもセンスが無い」というのは困るなあ……。

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2026/07/05

『淡島百景』原作漫画とアニメ版の比較対照:第12話

 第12話「淡島百景」

 原作の最終話(第31話)に相当。ただし、原作の章題は「岡部絵美と伊吹桂子3」だったところを、アニメ版では上記のとおりメインタイトル=サブタイトルにしている。 脚本は中西やすひろ。絵コンテ&演出は、渡邉こと乃。時間は23:50と、ほんの10秒だけ通常よりも長い(おそらくエンドカードの分)。

『淡島百景』原作漫画とアニメ版の比較対照:第11話

 第11話「岡部絵美と伊吹桂子」

 原作は第29話の終わりから、第30話まで。ED後のワンシーンのみ、第31話(最終話)の冒頭を先取りしている。
 脚本は中西やすひろ。絵コンテ&演出は、山村日向。フリーの演出家とのことで、本作への参加はこの話数のみ。例によって、大筋はレイアウトや表情づけまで原作漫画に沿っているが、イメージカットなどをかなり増やしている。とはいえ、アニメーションとしての動き(キャラクターのモーション)などは、あまり付いていない。会話とモノローグを主体とする作品なので、そうした動画演出の重要度は他よりも低いタイトルではあるのだが。

2026/07/04

『淡島百景』原作漫画とアニメ版の比較対照:第10話

 第10話「長谷川慎爾と夏木詩子/城芙美子の娘/伊吹桂子と岡部絵美」

 「長谷川慎爾と夏木詩子」は原作第5巻27話のエピソード、「城芙美子の娘」は同28話、そして「伊吹桂子と岡部絵美」は第29話からの終盤エピソードに入っていく。
 脚本は中西やすひろ。絵コンテは渡邉こと乃。演出は田部伸一。全体としては原作漫画に寄り添っているが、「長谷川慎爾と夏木詩子」では花の象徴性演出が活用され、「城芙美子の娘」では大胆なレタリング演出、そして「伊吹桂子と岡部絵美」では水の超現実的なイメージがまとわりついて、アニメ媒体ならではの表現空間を創出している。