2026/02/14

漫画雑話(2026年2月)

 2026年2月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。

●新規作品。
 二宮ひかる『うさぎも夢見るクリームソーダ』第1巻(少年画報社、1-7話)。人類の繁殖のために作られた兎型デミヒューマンの主人公が、友の喪失や、新たな隣人との出会いなどを通じて、その実存的な苦しみを強く意識していく。00年代前半にこの漫画家が手がけた『犬姫様』のモティーフを拡大して尊厳破壊的な社会構造と直面する個人のドラマとして鋳直したもののように見受けられる。この作者らしく、内圧の高さを窺わせる感情の不穏さ、精神の危機に陥った瞬間の怖ろしさ、そして爆発的な激怒の表情などが、主人公一人の心の推移としてまっすぐに描かれていく。
 たかはしツツジ『声の降るへや』第1巻(小学館、1-9話)。イラストレーター主人公と、その部屋に転がり込んできた旧友(癒やしヴォイス配信者)、そしてその隣人や会社の同僚たちの関係を次第に構築していく。作画に関しては、基本的には上品に整った男女美形キャラたちだが、困惑や怒りなどの表情では適度に崩してとっつきやすくしている。テーマ性は今のところあまり感じず、基本的には温和な恋愛コメディとして展開していくようだ。


●カジュアル買いなど。
 窓口基『東京入星管理局』第5巻(28-33話、完結)。溢れんばかりのアイデアと掘り下げのある窓口氏による、SFベースの組織ドラマ。存在は知っていたが、既刊を買えずにいた。今巻では、地球に入星していた(様々な認識阻害で見えなくされていたらしい)異星人たちの存在が暴かれて、超現実的な風景が一気に噴出し、ほとんどサイケデリックなまでの情景がふんだんに展開される。ただし、漫画進行としては、少々錯綜していて状況が把握しづらい。


●続刊等。

 1) 現代ものやシリアス系。
 みいみつき『楠木さんは高校デビューに失敗している』第7巻(43-48話)。絵柄こそキャッチーだが、ストーリー面では、過去のトラウマ体験から自らの社会性を取り戻そうとする苦しみや、相手に受け入れられない関係の苦みなどを率直に描いており、基本的にはシリアスな思春期ものと言える。登下校時の路上など、背景作画もしっかり描かれているので、その世界の中をキャラクターたちが動いて、生きているという臨場感がある。
 こだまはつみ『この世は戦う価値がある』第5巻(42-53話)。友人一家の交通事故問題と関わっていく中で、主人公は改めて自分の両親から抑圧されてきた過去を自力で振り払い、そして自分が自分であることの価値を取り戻す。東京の港湾風景――どうやら江戸川あたりらしい――の、物寂しくも開放的で、厳しくも突き放した情緒のある情景が、本作の荒々しくも痛切な物語によく似合っている。


 2) ファンタジー世界やエンタメ寄り。
 あきま『人喰いダンジョンと大家のメゾン』第3巻(15-22話)。巨大構造物のエネルギー循環システムに目を向けつつ、襲撃者「マンションマン」たちの謎にも接近していく。弐瓶勉フォロワーのような位置づけになりそうだが、本作はSFめいたメカニカルなくすぐりはあるものの、本格的な(システマティックな整合的説明を前提とした)SFという感じではない。グロテスクなクリーチャーとの戦いも、今一つ解決感のないまま進んでいく。
 恵広史『ゴールデンマン』第8巻(57-66話)。謎のヒーローの物語は、一種の平行世界設定から主人公の悲惨な生育背景を辿り返して、そしてアイデンティティを取り戻すところまで到達した。超能力開発のための少年人体実験というのはベタではあるが、作劇の巧さと作画の迫力が相俟って、スピード感と重量感のあるドラマになっている。


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2026/02/10

2026年2月の雑記

2026年2月の雑記。

 02/10(Tue)
 喜多村英梨、竹達彩奈、戸松遥各氏をついつい混同しそうになる。もちろん芝居の質はそれぞれに異なるのだが、世代の近いところで元気後輩系が得意そうな感じがあるためか、頭の中でごっちゃになりやすい。
 喜多村氏は元気キャラからクール系まで多彩にこなす方で、個人的にはボクっ娘系の印象が強い(『ソラノヲト』のクレハ、『レヴィアタン』のバハムート、『アムネジア』の庚霧江)。竹達氏は享楽的なキャラクターが特に目立つ(例えば枝垂ほたる。近年だと魔族アウラなども。初のメイン級キャラが中野梓だったりもするけど)。戸松氏は線の細いキャラが似合うが、年上キャラも含めて様々な役を、近年でも多数担当されている(『無駄づかい』の菊池茜はツッコミキャラ、『ネガポジアングラー』のアイスは年上キャラ、『よふかし』の桔梗セリではギャル路線など)。

 オンラインゲームをプレイしていれば多数の声優の芝居を聴けるのだろうけど、個人的な信条でガ○ャ系ゲームは一切プレイしないので、有名声優でもほとんど演技を耳にしていないことがわりと多い。


 今期のアニメはそろそろ折り返しの第6話に入るが、今のところ6作品を視聴中。『アルネの事件簿』は、特殊設定ミステリと外連味のある映像作りの取り合わせがユニークな味わいだし、『透明男』は一見のんびりしたシチュエーションからの繊細かつ大胆な掘り下げに凄みがある。映像面でも、闊達自在なジェスチャー演出がたいへん楽しい。『29歳』も、穏やかな作品ながら絵コンテのレイアウトなどに意外なほどのクオリティが見え隠れする。『ヘルモード』は、映像的には一段落ちるが、田村(睦)氏主演のおかげもあって安定感のあるストーリー進行が心地良い。ただし『シャンピニオン』は映像的な面白味が乏しいし、『違国』は粗が出てきたのでやめるかも。
 役者に関しては、 『透明男』の阿座上洋平氏が完全透明キャラを演じて、声だけでキャラクターの感情のニュアンスを表現しつくすという何代をこなしている。『29歳』の古川慎氏も、無骨な中にも時折ゆるやかな愛嬌を滲ませるコントロールが快い。『違国』の沢城氏の出来映えはもちろんとして。


 『神楽』シリーズは、もう全作を律儀に追わなくてもいいかなと思っている。今回は『新風記:舞歌』をプレイ。百々目鬼も「鬼」属性なので、鬼斬系の武器を道中で入手できれば非常に楽になる。ただし、それで調子に乗ってレベル上げをサボると、鬼斬の効かないボスで苦戦する羽目になる。また、水場で蝦蟇の耐久力が上がっているのはちょっとだけ面倒。
 雲外鏡の反射スキルは、「盗み守り」で防げる(※こちらのクリティカルヒットが反射されて即死する危険がある)。しかし垢嘗めの防具外しは、「盗み守り」では防げない。こちらは配下妖怪を盾にしておけば安全。
 配下妖怪については、ラスボス大百足がたしか毒属性を持っているので、こちらの配下妖怪に大蜘蛛や鬼を使うと、毒攻撃でかえって回復させてしまう。
 今回のプレイでは、ステータス一時強化マスが少なかった一方で、大型雑魚がやけに多かった。偶然かもしれないが、内部的にバランス調整された可能性もある。


 1月下旬以降にどっさり買っていた漫画単行本も、ようやく(ほぼ)読み終えた。感想メモも、これから書いていく……積んで取り出せなくなってしまう前に。

2026/02/06

アニメ雑記(2026年2月)

 2026年2月の新作アニメ感想(※タイトル五十音順)。
 今のところ『アルネ』『違国』『透明男』『29歳』『ヘルモード』の6作を視聴中。
 『シャンピニオン』はやめた。


●『アルネの事件簿』
 第5話。ここまで事件パートは長引いたが、最後は超自然的要素のある特殊設定ミステリとしてオチを付けたうえで、派手なバトル展開を披露して締め括った。これはこれであり。外連味のある絵コンテに、手書きエフェクトをリズミカルに盛り付けたアニメーション作画も好ましい。異能ミステリという独自性に、美術的な趣向の面白味、そして充実した映像表現に、流血まみれの派手なスプラッタと、なかなか隙のないクオリティで楽しめる。80点
 ただし、ミステリをアニメ媒体+複数話編成でやるのは難しい。読み返しが困難だし、読者の理解度(熟読)に応じた進行速度ができないし、一部のトリックが使えなくなるなど、いくつもの問題点がある(※もっとも、それ以前にこのエピソードの謎解きは、ミステリとしては破綻していると思う)。

 第6話は、一話完結の人魚エピソード。やや台詞のテンポが急ぎ気味で、声優たちの芝居も上滑りしがちだったのは残念だが、安楽椅子探偵+モンスター(特殊設定)の謎解きとしてはなかなか面白かった。光源演出や、人魚胴体の動画表現、そしてトリックとなる二重写しの再叙など、映像として見せる意義のある内容だった。80点
 ……人魚役は茅野愛衣氏だった! 気づかなかったなあ。
 途中までは、「再会したい人魚が別に存在したのか?」という可能性も考えたが(海図を見るシーンなど)、外れだった。


●『違国日記』
 第5話。今回は母-娘関係のありようを、回想やフラッシュバックを多用しつつ二重写しに描いていく。未成年時代の槙生が黒のショートヘア(つまり現在の朝と似ている)なのも、明確にその類似性と相違を示唆している。具体的には、「反抗期を持つ機会を失った朝、母親からの呪いを振り払いきれずにいる朝」と、「母親との溝(母親からの心ない言葉もあった)をなんとか解決して対等に話し合える関係を形成している槙生」の比較だ。脚本構成も、ライティングやタイミングコントロールなどの映像表現も、良く出来ている。朝の中学校時代からの親友えみりとの関係も、次第に距離が離れていくことが執拗に示唆されている。
 しかし後半は、やけにキモい。男性弁護士がいきなり異性(槙生)に握手を求めてきたり、笠町が槙生の肩を抱いたまま未成年者を部屋に呼び入れたり。原作未読なので、これが意図的な仕掛けなのかどうかは分からないが、この回単体で見るととりたてて屈折も無しにナチュラルに描いていそうでもあるのが不気味。弁護士来訪時のシーンで、わざわざ椅子の移動を描いていることと照らし合わせると、笠町が槙生の隣に座って肩を抱き寄せているのは「特に問題のない友愛の関係なのだ」という意味づけを目指していると思われる(あるいは、弁護士に対する笠町の嫉妬と勘繰ることも一応出来るし、人間関係に関する槙生たちの鈍感さの表現かもしれない)のだが、視覚的には未成年者の存在に対するデリカシーゼロのやばい振舞いで、視聴していて鳥肌が立ちそうなくらいキモかった(ほとんどグロいほどだった)。まともな成人なら、親戚の未成年者の前で異性と肩組みはしないよね……。男性向けコンテンツのセクハラ描写――それらは作中でも基本的には「社会的にいけない行為」として扱われる――とはまた違った種類の生理的不快表現が放置されているのが、かなり気になる。というわけで、全体評価85点から、個人的にキモさを感じた分で-20点。
 さらに細かい話だが、作中でやれに「ウケるー」が連呼されているのも、ちょっと引っかかる。2026年現在だと、若者の日常会話ではほぼ使われないんじゃないかなあ。20年前の言語感覚に聞こえるが、まあこれは仕方ない。

 ソファの描写を巡って、もう少し考える。今回の前半パートの描写が典型的なように、本作は徹底的に男性家族(父親や祖父)をフレームアウトさせている。しかるに、ここでソファの描写をポジティヴなものとして解釈しようとするならば、笠町は擬似父親のような立場に準えざるを得ないが、それはあまりに説得力を欠く。「父親」の存在は、これまでまったく必要とされてこなかったのだから。ましてや彼は、高代+田汲の二人の家に訪れるのは(昔の恋人時代を別として)まだ2度目にすぎない。そういう点でも、今回のソファ描写は、ストーリー上も演出上も、明らかに筋が通らない。未成年者に与えうるダメージを(=個人としての尊厳を)大切にしていない描写になってしまっているからだ。ましてや朝は、両親を失ったばかりで極度に不安定な状態にある。そこで彼女の精神面への配慮を欠いた笠町の振舞いには、大きな問題がある。
 おそらく、「両親と子供の擬似家族っぽい風景が成立した、ほのぼのとした状況」にしたかったのかと推測されるが、いささか唐突すぎるし、それに、心情のデリカシーを主題化している筈の本作の中に、こうした性的にだらしない鈍感さが投入されるのは個人的にかなりきつい。
 あるいは、より慎重に捉えるなら、幸せな少女時代の槙生と姉が横並びで遊んでいた融和的な関係が反復再現されていて、それと同時に朝にとっては以前に楽しんでいたのと同じ音楽がそこで反復されていることによって、この場は槙生と朝のそれぞれにとって心安らげる場が再現されている……という演出なのだと言えるが、いや、それにしても、そこに家族でもない男性(笠町)が入ってきて叔母の肩を抱き寄せているのはやっぱりおかしい、おかしすぎる、異常すぎる。これは作劇として失敗だと思う。
 まあ、パートナーでもない異性の家に、しかも女性の未成年者まで同居しているのに、よっぽど重大な事情というわけでもないのに来訪するのは明らかに無神経なので(※衣類や私物があるのに)、笠町はそういうところがズレた人間だ、あるいは笠町と槙生はたまたまそういう風変わり(婉曲)な距離感に慣れてしまっていた、と解するのがひとまず妥当なのだろうけど……。視覚的には、『ウテナ』の鳳暁生のようなマッチョ侵害ビヘイビアに見えてしまう。
 視覚表現としても問題がある。前のエピソードで槙生が朝を抱き寄せたのと同じなのは分かる。ただし、その類似性には、少なくとも今のところまったく意味が無いか、あるいは、公平性を欠いた解釈にしかならない。その解釈というのは、「強い者が弱い者を保護する」という家父長制的構造の反復再現というものだ。身体をまっすぐ立てている槙生が、弱っている朝の身体を傾ける。同様に笠町の腕は、自立している筈の槙生の身体を自分の側へ傾けさせる。これは相互に身体を預け合う対等の関係ではなく、相手を自分に依存させるポーズに見えるが、それはこの作品でやってはいけない振舞いの筈だ。その意味でも、何のための二重写し演出なのかという強い疑念がある。

 これ以外でも、例えば、朝に対して「自分の母親を好きでいなさい」(大意)と命令文で告げていたり、どうにもおかしな不整合や、コンセプトとの齟齬が散見される(※槙生の不器用さや、首尾一貫しきれない側面というエクスキューズも一応可能ではあるが、そうした描写のフォローも見当たらない)。これらは原作由来だろうとは思うが、全体としては「頑張っているのは分かるし、映像としても秀逸だが、粗も多い」と言わざるを得ない。
 個人としての独立と尊厳を大事にするというコンセプトの筈なのに、サブキャラには不摂生でだらしない外見(猫背でボサ毛で眉の手入れも出来ておらず両目も小さい)で他人の悪口を言う同級生、といったような偏見丸出しの悪者用のステレオタイプ的造形を持ってきたりするし……(※今時のアニメでも、ここまで露骨かつ酷薄にネガティヴイメージを盛り付けるキャラデザは稀だと思う)。主要キャラの尊厳だけを称揚しながら同時にそれ以外の人間については平気で蔑視的表現を持ち込んでくるダブスタは、けっして褒められたものではない。

その観点で言うと、『透明男』も、男性上司が女性部下をいきなり食事に誘うという少々モヤッとするシーンがある(※そこに引っかかりを覚えたというSNS投稿も目にした)。しかも、おそらく採用されてまだ一年も経っていないくらいだろう。そちらの場合は、成人同士であるという前提が大きいし、周囲に第三者もおり(※しかも、もしもパワハラ的要素が感じられればツッコミを入れるであろう人物だ)、それ以前からも同僚同士で一緒に行動することはある(※探偵社なので共同見張りなどもしている)といった事情があるので、大きな問題にはならない状況になっている。
 それに対して本作の場合は、「未成年者が居合わせている」、「まだほとんど馴染みのない関係である」、「性的にも見えるスキンシップである」、「依存関係を強く示唆している」といった致命的要素が並んでおり、とても同列には論じられない。
 『29歳』の場合は、たしかに男性主人公がセクハラ発言を繰り返しているが、スラム育ちなので他者との愛情のある関係を理解できない(そのことに苦しんでもいる)という事情が明確だし、セクハラは非難されるべき行動であるという意味づけも示唆されており、けっして肯定的な振舞いとして描かれてはいない。

 作品が良いか悪いかは、「悪い」場合も含めて、できるかぎり客観的な言葉にして、何がどのように問題があるかを納得できるように言語化して批判したい。ここまで述べてきた、「自立(孤立)のテーマと依存的描写のあいだのギャップ」、「父性を排除してきた経緯と、唐突な代理父親のあいだの不整合」といった論点は、内容に即した客観性のある議論たりうるだろう。

 朝の母親が、蔵書から見て経済学をわりと真面目に勉強していた様子なのに、おそらく20代半ばで朝を出産して、しかも父親とは入籍もしないまま、そして料理本やニット本がその上に置かれるようになったというのは、なんともやるせない。何かしらの仕事を続けていたのか、それとも専業主婦になっていたのかは、現時点では分からない(たしか描写されていない)けど。書棚の描写は、そういった彼女の複雑さも少しずつ示唆している。
 ……ん? 今期の大原氏は、本作では抑圧的な母親を、そして『ヘルモード』では優しい母親役を演じておられるのか。


●『シャンピニオンの魔女』
 第5話。ここに来てそろそろ、アニメ版の問題点が露呈してきた。ベースにある悲劇的なシチュエーションや童話的なイマジネーションは良いのだが、それを言葉で説明しすぎたり、品のないデフォルメ顔を乱用したり、かと思えば唐突に水没のシンボリックな映像を長時間流したりと、とにかく表現スタイルの美意識に一貫性が見られない。この直前の長尺会議のダルさも相俟って、70点に急落。ちなみに、まばたきのアニメーションが妙に多いのも、観ていて落ち着かない。ただし、作画そのものは、かなり枚数を節約しているのだが、映像としてはそれをあまり感じさせない。この点はおそらくスタッフが上手いのだろう。
 猫魔女「ドロシー」は、ちょっと藤田咲氏のような声色だと思ったら、一文字違いの藤田茜氏だった。 ネズミの魔法使いが小市氏、そしてリゼルの母が園崎氏(※ただし、どちらも登場は今回だけかも)。
 ストーリー上の要素ごとに見れば、「社会からの迫害」「純朴な少女」「友の喪失」「過酷な試練」「同じ性質を持つ者同士の共感(または庇護の責任感)」と、いかにもドラマティックなのだが、解説や会議や回想などで皮相的に説明しまくるせいで作為的に感じてしらけてしまうし、映像面でもそれを支える美意識が無くて、全体として空転してしまっている。アイデアが良くても実装(表現物)が駄目だと、創作物としては味気ない。うーん、もったいない。

 第6話。うーん、映像作品として致命的に退屈。キャラの両目アップを乱用するかと思えば、キャラクター棒立ちの横向きショットで延々会話を続けたりする。レイアウトによる演出的な意味づけも無いし、背景美術もずっと浅いままで飽きるし、色彩的な個性も無いし、キャラの表情も平板(※嘴マスクのせいで動きが無くなっているのは致命的)、そして時間芸術としてのタイミングコントロールや劇伴演出もほぼ無策のまま。せっかくミステリアスな不幸に陥ったショタキャラのドラマを作れそうなのに……。ここまでひどい絵コンテを作れるのかと驚いたくらいで、まさに文字通り「見るに堪えない」。ここまで味気ないと、映像で見る意味がまるで無い(※これなら台本や小説形態で読む方がはるかにまし)。もうやめた。
 一応、影絵っぽいシーンだけは、その手触りにユニークな個性があったのだが……。OP/EDのような幻想味とか、悲劇的な状況設定を映像表現につなげる技術があったらよかったのに……。


●『透明男と人間女』
 第5回は、ストーリー面では、やや散漫な出来。脚本はキャンプ後のしずか、通り雨、そしてダークエルフ君の来訪を挟みつつ、バーデート、母親紹介(デート)、そしてバラ園デートを続けていく。原作漫画だと単行本3巻の前半3割くらい。
 絵コンテは、横の移動(一緒に歩くシーン)や、ズーム演出による動きの表現に特徴があるものの、やや月並。しかしそれでも、柔らかなパープル基調の色彩感や、背景モブの豊かさ、そして状況の整理(空間的にも時間的にも)、そして顔の触りあいシーンでは両手の動きを入念にアニメーションしている。なかでも、しずかのコミカルな動作(慌てたジェスチャーなど)は、昔のアニメか漫画のように大きくデフォルメされて、躍動感を存分に表現している。OP/EDの曲調ともども、作品に漂う穏やかなレトロ趣味に沿った演出と言える。作画労力そのものとしても、一見シンプルなようでいて、かなりの枚数を使っている。80点

 第6話。原作単行本の第3巻から第5巻の内容を断続的に取り上げているが、細かなエピソードを丁寧に組み替えて再構成したり、シチュエーションごとの情景描写を拡充したりしている。
 今回登場したトカゲ系キャラクター(ヒョウモントカゲモドキ)の大きく膨らんだ尻尾がしっかり画面にフレームインしているのも、アニメ版独自の追加要素。
 また、ライトとカルマの電話で、戸外の満月がまるで祝福するようにずっと照らしているのも、アニメ版のアレンジ。
 包丁を使いながら横を向くシーンは、このアニメ版でもかなりギョッとする。視覚に頼らない人は、包丁でキャベツを刻みながら横を向くことができるというのは、晴眼者からはなかなか思い至らない点だ(※横を向くのは、視線を合わせるためではないが、相手の声を聞くためや、あるいは会話していることのサインとして顔を向けるようにしているのだろう)。
 驚いたのは、「しずかは無地でいいよね」(6:10-)という台詞。ここで無地というのは、おそらく素肌に毛並み模様などの柄(がら)がないという意味だが、人肌を「無地」と呼ぶその相対的な視点の取り方が凄いし、しかもこの台詞はアニメ版独自の言葉だ(※原作漫画には存在しない)。こういう台詞をさらりと――しかし大胆にも――投入できる脚本家(瀬田監督)の思いきりの良さと、それを支えている作中世界に対する読み込みの深さを例証する素晴らしい一事例だろう。原作者も、アニメ版スタッフも、異種族キャラクターのリアリティに対して、いわゆる「解像度」がやたら高くてきれいにピントが合っているのが、読んでいて心地良い理由の大きな一つなのだと思う。
 獣人キャラの写螺子(じゃらし)さんの服装も、アニメ版で色が付いたおかげで「似合っている/いない」の説得力が大きく高まった。こうした点は、アニメ媒体ならではアドヴァンテージだ。似合っていないとされるファッションは、確かにミスマッチだと視聴者にも感じられるし、巧みなコーディネートだとされる服装は、確かにバランスが取れていて魅力的に見える。基本的なデザインは原作漫画そのままだが、カラーアニメとして再設計したうえでもきれいにハマっている。上手い。
 ただし、キャラクターの絵の表情(感情少なめ)と、音声芝居のトーン(感情豊か)がややズレているように感じた箇所がある。ちょっともったいない。というか、写螺子役の杉山氏の芝居が、あまりにも活力に富んでいるためかもしれない。
 というわけで今回は、主役カップルがお互いに隣り合って穏やかに歩き続け、エルフ夫婦はお互いを改めて大切な存在として受け止め合い、そして獣人と蜥蜴人キャラがお互いの美質を認め合える間柄になっていく……つまり、サブタイトルどおりの「居場所」の物語になっている。今回も瀬田監督自身が脚本&絵コンテを担当している。80点


●『29歳独身中堅冒険者の日常』
 第5話も、屋内の空間表現がとてもきれい。今回は低速ズームアップで間を保たせるカットがやや多かったが、気にならないレベル。絵コンテは三浦唯氏。
 ストーリー面でも、孵化した新キャラの存在を軸にしつつ、周囲のキャラクター個性を適度に掘り下げて、マイルドに納める(大袈裟にも、美談にもしすぎない)という流れは、作品の方向性をはっきり見据えて適切に構成されている。70点のまま、最後まで行けるだろうか。
 夜間はいつもリルイが大人モードになっている律儀さが微笑ましい。そういえば、アニャンゴはいきなり出番ゼロになっているが……。ただし、登場人物に関しては、一話ごとに一人ずつ新規キャラが出てきている(※第1話はメイン二人、2話は古代種の旧友、3話は少女、4話はもう一人の古代種、そして第5話はペットの鳥)。
 それにしても、「ドラゴン」「ドラゴン」と、この一話だけで何十回連呼しているのだろうか……(※再視聴のついでにカウントしたら、30回以上だった)。


●『ヘルモード』
 第5話。作画はまだ頑張っている。大型イノシシを倒すシーンでは、さすがに少々無理があったが、ここは仕方ない。ストーリー面では、レベルアップを重ねてようやく召喚師の本領が見えてきたところ。モノローグによる説明過多なのは相変わらずだが、おっとりした進行ペースで心地良く視聴できる。ただし、虫の音らしき「ジー」SEが余計なシーン(会話などに集中すべきシーン)でも鳴ったままなのは理解に苦しむ。クオリティがちょっと落ちてきたので65点

2026/01/07

2026年1月の雑記

 2026年1月の雑記。

 01/26(Mon)

 土曜日のイベントに参加してから、まだ太ももに筋肉痛がある。要するに、低いテーブルのプラモデル作品のために頻繁にしゃがんで撮影していたのは、要するに数時間断続的にスクワット運動をしていたようなものだから、筋肉に負担が掛かるのも当然か……。


 今月の美少女ゲーム新作『諦観のイヴ・ベセル』は、キャストが凄いんだよね。秋野氏主演に、杏子氏メインという贅沢な配役で、それから皆都乃ヨーコ氏というのはたぶん歌謡曲の人、そして和央氏も10年代後半から良い仕事をしてこられた方。さらにサブキャラにも、かわしま氏、一色氏、桜川氏、柚原氏と、2010年前後に輝かしい表現を記録してきた役者さんが並んでいる。何なの、これ……買おう。

 Laplacianもロープライス新作を告知したし、こちらも良いキャストになるだろうと期待している。

2026/01/06

漫画雑話(2026年1月)

 2026年1月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。