※えろいはなしではありません。
転倒して下着を見せてしまう一枚絵は、美少女ゲームでは非常にありふれたものだが、個人的には、そういう絵を見ると、ついつい、「最低限の躾も出来ていない子なんだなあ」という目で見てしまう。転倒したとはいいえ、人前で大股開きをしてしまうなんて、幼稚園児じゃあるまいし……と。同様に、鍵をかけ忘れたWCに入ってしまうというシーンも、現実だったらあり得ない、ひどい不調法だと常々思っている。
原則論としては、フィクションの描写は現実の挙措動作から切り離された独自の表現と見做されてよいのだが、しかしながら、現実感覚から完全に――徹底的、全面的に――切断されたものになるのは難しい。とりわけ、商業美少女ゲームでは、物語の因果関係の推移や物理法則の維持や人間的感情の理解など、受け手(ゲーマー)の現実感覚を一切参照させずに造形すること、あるいは受け手がそれらを一切参照せずに理解することは、事実上不可能だろう。例えば、一枚絵で描かれている状況を理解する際に、ひとびとは通常、遠近の空間的把握や地面と重力の存在を当然に前提としている。ただし、立ち絵の配置が遠近法的サイズに従っていない場合もあるし、仰向けになったキャラクターの前髪が重力に逆らったままで描かれることもあるが。
もちろん、上記のような一枚絵は、「下着を見せることには価値がある」という目的、つまり、現実的な「躾」感覚とは別の――その感覚から独立の、その感覚よりも優位の――特有の目的に従った結果であり、それを踏まえて受け止めねばならないものだ。だが、受け手の一人である私の現実感覚と激しく衝突するものであることも確かだし、そして「曲がり角でぶつかって転倒する」というシーンの因習性、作為性と相俟って、私を苛立たせるものでもある。「そんな陳腐な仕方で、一枚絵を消費してまで、下着を見せられても……」と常々思っている。
しかしながら、ここで必要なのは、私の現実感覚を絶対視することではないし、また、創作物の中の表現全てを絶対視することではなく、また逆に全てを単なる嘘(虚構)と見做してフィクションの檻の中に閉じ込めて鑑賞することでもない。それらをただ「相対化」して穏便な思考停止の中に解消することでもない。私には私の立場と環境があり、創作物にはその創作物なりの目的や価値があるが、創作物を受け止めることは相互の衝突を経験することでもあり、そしてその衝突経験はそれぞれの前提や背景についてよりいっそう慎重に捉え返す機会にもなる。美少女ゲームならではの下着表現の合理性と限界をその実践全体の中で慎重に考え、そしてそれと同時に自分の「常識」(現実感覚)が異物をどこまで受け止められるかを試しつつ、なんらかの納得できる向き合い方を自分なりに見つけられれば、ひとまずはそれでよいと思う。
ゲームではないが、たとえば映画『けいおん!』のパッケージに不快感を覚えたという人の感覚は、私にも理解できる。高校生たちが教室の床に座り込んだり、会議用テーブルの上にぺたんと座り込んだり、テーブルの上にしゃがみ込んだりし、あまつさえ上履きまでテーブルの上に置いている様子は、かなり異様である。もしかしたら本編の内容と密接に関わる表現なのかもしれない(私は観ていない)が、もしそうでないならば、理解困難なパッケージアートである。これが「何故そうなっているのか」という疑問を抱きそれについて探究することは、作品と受け手との間の価値観の衝突を契機として意識化されたのだし、そこから作品に関するなんらかの新たな示唆を得られたならば――「より深い」解釈であれ、あるいは不幸にして作品の欠陥を暴くことになるのであれ――それでよしとしよう。そして、ここでも、大事なのはまず作品をよく観ることだ。
私があの露骨で不作法な衝突+下着露出の一枚絵を初めて目にしたのは、たしか『BALDR FORCE EXE』(2002)だった。当時も「なんだこのはしたない人は」と感じていた憶えがある。PCゲームの中でも、それ以前からも同種のもの――特に「遅刻遅刻ー」パターンとして――はきっと存在したにちがいないが。同様に、鍵をかけ忘れたお手洗いでヒロインと対面してしてしまうシーンは、『D+VINE[LUV]』(2000)にはすでにあった。いずれにせよ、どちらのシーンも、その後現在に至るまで、とりわけ白箱系AVGで嫌というほど多用され続けている。「最初のショッキングな出会い」を描くためにも、衝突+下着シーンは今後とも使われるだろうし、ヒロインたちと起居をともにする日常表現の比重が高まるのに応じて、「お手洗いでのハプニング」も今後ともくりかえし描かれていくのだろう。着替えている最中に入室してしまうシーン(※トイレシーンがカギを掛け忘れたヒロイン側の責任であるのに対して、こちらは基本的に主人公側の責任だ)も、上記二つに比べれば頻度は低いものの、その品の無さと引き換えにしたお色気シーンのチャンスとして、定番のシーンであり続けるのだろう。
それにしても、私の場合、美少女ゲームのアダルトシーンでも、「股間なんて、そんなもんこっちに見せつけんな、近づけんなバカ!」とか「こんなにべちょべちょにしちゃったら、ベッドの後始末が大変なんじゃないの」と思ってしまうことがある。潔癖症というわけではないのだが、そういうを見て面白がれる性質ではないし、かわいらしい日常シーンの方が好きなので。……美少女ゲームのユーザーとしては、もっとよくぼうたぎる、えろいひとになりたかった。