【 1.一枚絵におけるまばたき表現の意義について 】
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立ち絵シーンがダイナミックに動く(ようになった)のに対して、一枚絵(イベントCG)シーンは動きがなくてまったく進歩していない、という指摘乃至主張はそれはそれで一つの着眼点だろう。立ち絵シーンと一枚絵シーンとの間にこのような落差が生じており、そのギャップはいよいよあからさまなものになっているというのは、私も以前から何度か言及してきた。しかし、それに対して一枚絵の目パチ(まばたきアニメーション)を導入することがはたして問題解決になるかどうかは、一概には言えない。以下、私見の概略を述べてみよう。
1)構成上の価値。一枚絵には、立ち絵シーンとは異なった別個独自の意義(価値的目標)がある。立ち絵表現は、通常のシーンで登場人物やそれらの動作を視覚的に表すためのコラージュとして機能的に捉えられ、そして機能的に発展してきたが、それに対して一枚絵は、特定の状況に合わせたワンオフ素材であり、特別なシーンに投入される稀少なリソースであり、そして一枚絵の出現はしばしばプレイヤーに対する褒賞として機能してきた。
2)ゲームデザインの中での「褒賞」的位置付けを別としても、一枚絵は昔から、絵(静止画)としての美しさをみずからの美徳としてきた。一枚絵が「動く」ようになるというのは、目パチのようなごく局所的な運動としてであれ、桜吹雪のようなエフェクト付与(例:『プリンセスうぃっちぃず』)であれ、e-moteやAfter Effectによるアニメーション化加工としてであれ、あるいは拡縮演出による柔軟な応用(例えば『ウィズ アニバーサリィー』)としであれ、はたまたレイヤー分割による奥行き表現(例:『MERI+DIA』)や運動表現(例:『R.U.R.U.R』『ヨスガノソラ』)としてであれ、SD絵のアニメーション化(『恋色空模様』)としてであれ、その静止画としてのレイアウトの完璧さから逸脱していくものに他ならない。もちろん、これらの中には成功したものもあるが、「静止画としての美」という確立された価値要素に対する挑戦という側面が意識されないままに、ただ単純に目パチという変化を――しかもそれだけを――称揚するのは、一面的にすぎるだろう。
3)すでに解決法は存在する。上記2)で述べた様々な特殊的演出に加えて、もっと一般的な処方として、一枚絵の差分変化はすでにここ十数年来、PCアダルトゲームの常識となっている。これらの無数の技術的方法を前にして、目パチの追加は、AVGの歴史に対してそんなに大きな変化をもたらすものだろうか? そもそも、一枚絵に対する目パチ付与は、もちろん、『ものべの』による発明などではない。演出技術論Ⅲ-2-4で述べたように、十年以上前から、つまり00年代初頭にはすでに、『Piaキャロットへようこそ!!3』(F&C、2001)や『メタモルファンタジー』(Escu:de、2001)によって、そうした実践はいくつも存在した。それゆえ、『ものべの』の目パチによってAVG表現が進化したと述べることの出来る余地は、積極的にも、消極的にも、おそらくどこにも存在しない。
4)消極的側面。何故、一枚絵の目パチは普及しなかったのだろうか。個人的な仮説として、立ち絵の目パチと比べても、一枚絵の目パチは、より大きな違和感をプレイヤーに与えるのではないかと考えている。私自身の経験と直感以外にこの仮説を支持する証拠は今のところ提示できないが、この可能性については以前からくりかえし述べてきた(cf. [tw: 12104166897 , 16536462300 , 5242012680855552])。上記ブログの方は、
本作はイベントCGでも目パチ口パクがありますので、プレイしていて自然な印象を受け、途中で盛り下がるなんてこともありませんと述べておられるので、この論点はさしあたり個人間の感性の違い以上のものではないが、ただししかしそれゆえ、絶対的/一般的に肯定できる演出だということにもならない。
このように、立ち絵と一枚絵とでは作品構成の中で担うものがそれぞれ異なっているし、目パチ付与がマイナスに作用する可能性もある。ただ単に一枚絵にも立ち絵のように「動き」をもたらせばいいというものではないだろう。結論として、上記ブログ記事の『ものべの』評価(及び一枚絵の目パチ評価)は、安易にすぎるように思われる。
【 2.一枚絵へのアニメーション要素の導入に関する実例検討 】
1)90年代から00年代初頭にかけて
比較的早い時期から、一枚絵のアニメーション化(あるいは解体や再構成)の試みは為されていた。例えばLeafは、『WHITE ALBUM』(1998)にはスクロール演出や降雪エフェクトを様々な利用していたし、また、『うたわれるもの』(2002)のクライマックスでは、当時の技術の限りを尽くして、仮面が落下してくる微速スクロール演出に挑戦していた。
2)00年代中期の動向
一枚絵に対して、差分変化を超える連続的な変化を導入しようとする試みが急激に増加したのは、00年代半ば頃であったと考えられる。以下に実例紹介していくとおり、この時期に、一枚絵を複数の層(レイヤー)に再分割してそこに運動表現を導入しようとする試みが、さまざまな形で為されるようになった。ただし、この時期には、画像のズーミングや微速スクロールをなめらかに表現するのは容易ではなかったようである。そのため、これらのアニメーション表現は、ごく短時間(1~2秒程度)のものにとどまっている。『プリンセスうぃっちぃず』(pajamas soft、2005)や『ウィズ アニバーサリィー』に代表されるように、魔女ヒロインたちの空中浮遊シーンはこの多層化+拡縮演出の好適なモティーフとなった。2006年頃からは、なめらかな微速ズーミング/微速スクロールが実現されていき、演出としての実用性が増した。
3)10年代
2010年代に入ると、立ち絵振り付け演出がいよいよ優勢になり、その一方で一枚絵のアニメーション化はあまり行われなくなってきたようである。どちらかといえば、画面サイズを超える大きな一枚絵を用意して、ゲーム進行中で(瞬間的に)拡縮スクロールを行ってその都度の注目点を強調するという使われ方が支配的になっている。
そうした中で、数少ない例外として、『恋色空模様』(すたじお緑茶、2010)は、標準的な一枚絵ではなくSD絵において、複数の技法を組み合わせた擬似アニメーションを幅広く展開した。例えば、画像の多層分割と拡縮表現を組み合わせて、路上を疾走するバイクを長時間アニメーションさせたり、あるいはキャラクター部分の高速な差分連続切り替えと多層分割を組み合わせることによって、斜面を駆け下りるキャラクターの様子をアニメーションさせたり、といった具合である。通常の一枚絵では、画像のクオリティを維持しつつ長時間の連続的なアニメーションを行うことは難しく、また差分連続切り替えによる(擬似)アニメーションは少々馬鹿げた印象を与えてしまう可能性がある(cf. 『ク・リトル・リトル』)。しかし、SD絵であればそれらの難点をクリアして効果的にシームレスなアニメーション表現を実現できる(あるいは実現しやすい)のだということが、この『恋色空模様』の実践に見て取れる(――実例紹介は演出技術論Ⅳ-4-1-δを参照)。
『WHITE ALBUM』 (c)1998 Leaf
(図1:)縦3画面分にも及ぶ長大な低速スクロールと、降雪エフェクト(※左記引用画像では消去されている)の組み合わせによって、空を見上げる主人公たちの情緒を視覚的に表している。クリスマスの華やかさと物寂しさをふたつながら表現する効果的な演出である。
のちに『プリンセスうぃっちぃず』は、場面転換時に映す背景画像部分を、空から地面への多重スクロール(例えば「遠景の学校」と「近景の桜並木」といったように)というかたちで動的に構成して、作中世界の爽やかなムードを表現した。
(図2:)ステージでヒロインが歌い始める直前の瞬間。差分連続切り替えによって、スポットライトの彩りやストロボの輝きなどの舞台照明を表現する。なお、ヒロインが歌い始めると、ヒロインのバストアップ一枚絵に切り替わり、本編中でも実際にその歌が音響として流れる。
『MERI+DIA』 (c)2005 ぱれっと
(図1:)一枚絵を複数のレイヤーに分割し、多重スクロールすることによって一枚絵に奥行き表現をもたらしている。ここでは「ステンドグラスの背景」「人物(右)」「人物(左)」「手前の柱」の4層が、異なる速度で横スクロールする。演出技術論Ⅲ-2-5も参照。
(図2:)ただし、この2005年の時点では、低速/微速スクロール技術は、十分には発達していなかった。そのため、手前の柱の微速スクロールはなめらかなものではなく、がたつきのあるものであった(この限界は、同年発売の『プリンセスうぃっちぃず』も変わらない)が、しかしながら、その演出意図は明瞭であり、その効果も十分なものであった。
『プリンセスうぃっちぃず』
(c)2005 pajamas soft
(図1:)キャラクターの周囲を舞う桜吹雪のアニメーション。ベッドシーン以外で、一枚絵に連続的な(エンドレスな)動きのあるアニメーションエフェクトが施されるのは、非常に珍しい。
(図2:)箒に乗った飛行シーン。「手前の二人」「奥の一人」「背景」の三つに分かれてそれぞれ異なる速度でスクロール(&拡縮変化)する。/本作では、このほかにも、様々に意欲的な演出が試みられている。一枚絵目パチは無いが、立ち絵には目パチアニメがあるし、上述のように背景画像単体での多重スクロール(奥行き演出)も行っている。独自エンジン「PJADV And ExtraGames」によるもの。
『ウィズ アニバーサリィー』
(c)2006 CROSSNET / FAVORITE
(図1:)主人公を引っ張りながら、魔女ヒロインが空高く飛び立つシーンの一枚絵。おおまかには、「背景部分」「エフェクト部分(放射状の白い集中線)」「人物部分」の3層に分かれている。
(図2:)背景部分は、ゆっくりと縮小しつつ、よく見ると微妙に角度変化(回転)も行っており、それによってこの一連の運動をよりいっそうダイナミックなものにしている。人物部分も、集中線エフェクトの力を借りつつ、非常に力強いズーミングをする。このなめらかな変化は、同ブランドのエンジン「FVP(Favorite View Point System)」の賜物である。
(図3:)一連の変化の最終状態。約2秒でアニメーション変化は終了する。この図3の段階では、中央のヒロインの左側の頭髪部分に、白いもやが掛かっているのが見て取れる。アニメーション変化が終了するとともに、レンズフレアのような光源表現が新たに追加されたのである。
『未来ノスタルジア』
(c)2011 Purple software
スクリーンショットでは分かりにくいかもしれないが、左上から右下へ桜吹雪のアニメーションエフェクトが走っている。背後の小さな花びらと、手前の大きな花びらとがそれぞれ不規則に流れており、立体感のある動きを見せている。
『R.U.R.U.R』 (c)2007 light
(図1:)一枚絵にアニメーション効果をもたらした例。こちらは、「背景(宇宙)」「人物」「飛び道具1」「飛び道具2」「飛び道具3」の5枚をそれぞれ別個に動かしている。
(図2:)これら3枚の一枚絵変化を連続で眺めれば、どのような動きをしているかが見て取れるだろう。中央の人物は緊張感のある微速横スクロールをしつつ、それを取り囲むように敵の飛び道具がぐっと接近してくる様子が、アニメーション表現されている。
(図3:)この一枚絵のアニメーションプロセスが終了した最後の状態。変化時間は2秒弱。このようなスクロールアニメーションの他に、この作品では、「動画素材の投入によるアニメーション(爆撃シーン)」や、「差分連続切り替えによる擬似アニメーション(攻撃シーン)」も行われている。ゲームエンジン名は「Malie System」。
『片恋いの月』 (c)2007 すたじお緑茶
(図1:)コミカルな口論シーン。柔軟性のあるフキダシ型テキスト表示に伴われつつ、二人のキャラクター画像がそれぞれ位置とサイズを変化させる。
(2:)キャラクター画像は、スライドでフレームインしてくる。
(3:)さらに、語気を強めるのに対応して、キャラクター画像は拡大しつつ相手側へにじり寄っていく。
(4:)一連の変化の最終状態。
『ヨスガノソラ』 (c)2008 Sphere
登校時の一枚絵。CG鑑賞モードに登録される、正式な一枚絵である。静止画ではなく、各キャラクターの画像パーツは上下動をして歩行中であることを表現し、また背景部分も横スクロールをしていたかと記憶する。しかし、そのような落ち着きのないアニメーションを一枚絵に取り込むことが必要であったか、有効であったかについては疑問の余地がある。
『仏蘭西少女』 (c)2009 PIL
背後の戸外は、降雨アニメーションしている。これ以外のシーンでも、複雑な靄エフェクトや降雨アニメーションなど、様々な技術的演出が取り入れられている。