2014/10/08

月の物語――『片恋いの月』そのほか

  月の物語。『片恋いの月』のタイトル画面変化演出など。


  【 『片恋いの月』回顧 】

  月のゲーム、月の物語、月の歌といったら、私の中ではやはり『片恋いの月』が挙がる。それまで朗らかな青空への偏愛を示し続けていたすたじお緑茶が、この時だけは、そして限りなく美しい憧れと焦がれそのものとして、夜空の月を描いた一作。そして、もちろんその名のとおり、欠けた月のお話でもある。

  ただし『片恋い』は、月だけでなく、月と時の物語だった。本作では、2007年当時最高峰の立ち絵振り付け演出も見所だが、個人的にはタイトル画面変化が最も印象深い。この作品は三部構成になっており、最初の(サブ)ヒロイン三人をクリアすると第二部に入り、第二部で物語の背景と核心が開示されて、そして最後の第三部に進むというものだが、そのそれぞれでタイトル画面が大きく変化する。第一部、つまり初期状態では、タイトル画面は――筑波山をモデルにしたとおぼしき――双子の山を遠く臨むのどかな風景だった。青空からズームバックしてその全景を画面に収めるなめらかなズーミング演出の心地良さは、特筆されてよい。

  初期状態からは、何種類かのエンディングに到達できる。それらの物語の中では、「過去見(うしろみ)」と「時惑い(ときまどい)」のキーワードとともに、この作中世界全体に影響を及ぼしている超自然的存在のことが断片的に示唆される。そして、その断片的な暗示に対応するかのように、いずれかのエンディングを迎えた時点でタイトル画面は十六夜山の夜景へと変化している。無情な白さの満月に照らされた姉妹山の風景は、神秘的であるとともに、いかにも悲しげである。

  さらに、すべてのエンディングに到達することによりフラグが充足され、タイトル画面には第二部(「2nd story」)への入り口が開放される。そしてそれとともに、その真相の物語を予告するかのようにタイトル画面は一変する。ここでは、タイトル画面はもはや外界の風景ではない。どことも知れぬ暗闇に屹立する時計(の集積体)が、縦スクロール(ティルト)で不気味にその姿を現してくる。タイトル画面変化演出を行っている作品は多数存在する(cf. 演出技術論Ⅳ-4-5-β)が、それらのほとんどは表示キャラクターの追加や色調差分変化(昼→夜や冬→春)にとどまっており、画面全体が完全に別物に変化するタイトルはきわめて珍しい(――たしか『水月』[F&C、2002]はオールクリアでタイトル画面が劇的に変化していた筈だが)。この重々しく気味悪くそして悲しげなタイトル画面変化は、私にとっては、まちがいなく最高のゲーム体験の一つだった。

  この「2nd story」を、その最後の物語を結末まで見通した時、タイトル画面はふたたび様変わりする。ここではタイトル画面は、舞台となった街の全景を上空から晴れやかに俯瞰する構図で、街の中央部へと静かにクローズアップしていく。初期状態のタイトル画面と、この最終状態のレイアウトとでは、カメラの向きも「街から山」が「山から街」へと反転し、カメラワークも憧れのズームバックから親しみのズームアップへと逆転している。そして、月の神と時の神にそっと見下ろされ見守られるかたちで、物語は閉じられる。


『片恋いの月』 (c)2007 すたじお緑茶
(図1:)インストール直後の初期状態のタイトル画面。ゲームを起動すると、左上の青空のみを映した状態から始まって、斜めにズームバックしていき、この穏やかな風景のすべてをゆっくりと画面に収めていく。その途中から、タイトルロゴやメニューも出現してくる。
(図2:)いずれかのエンディングを迎えると、タイトル画面はミステリアスな夜景に変化する。ゲームを起動すると、満月を大映しにした状態から静かにズームアウトして山と湖がフレームインしてくる。このズーミングのなめらかさも、美少女ゲームがこの時期に獲得した財産の一つである。

(図3:)最初の「Start」(=「1st Story」)のエンディング全てに到達すると、タイトル画面が一変し、そして締めくくりの物語「2nd Story」への道が開かれる。ゲームを起動すると、不気味なパイプ群から縦にスクロールして、不思議な時計群が視界に入ってくる。
(図3a:)スクロール表示の全体(※複数のスクリーンショットをつなぎ合わせてある)。図2以降の状態では、タイトル画面で流れるBGMは固定的ではなく、音楽鑑賞モードでプレイヤーが直前に選択したBGMがそのまま引き継がれる形になっている。デフォルトでは「月と時 ~姉妹神」。/画面左のデジタル時計の時刻と、画面右の金色の時計の文字盤は、Windows時刻を参照してリアルタイムに動いている。すなわちこのSSでは、時刻は1時20分43秒だった。このようにWindows時刻を参照してタイトル画面を変化させる手法は、他にも類例が存在する(cf. 演出技術論Ⅳ-4-5-β)。

(図4:)オールクリア後面。下端の山麓部分まで映した状態から開始して、市街地中央へゆっくりズームしていく。図1と同様に、左上から輝かしい陽光が射し込んでおり、菱形のレンズフレアエフェクトの間に、斜め十字型のきらめきが不規則に瞬いている(簡易アニメーション)。画面左下のキャラは、おまけシナリオへの入り口。



  【 月と美少女ゲーム 】

  アイキャッチが月齢変化だった『ひなたのつき』も、「次の満月まで」というその残された時間をひそかに表しつつ、同時に新月の異変などの状況変化をも示唆していた。『ク・リトル・リトル』でも、禍々しい黒い月と黄色の夜空が、異世界らしさをよく表現していた。月齢変化や月食は伝統的に伝奇ものとの結びつきが強く、『アトリの空と真鍮の月』もその種の道具立てとして月に注目していた。他方で学園ものになると、月よりも星に注目が集まりがちになるようで、天体観測部もたいていは星々のロマンを語らうのが通例である。『十六夜れんか』にも美しい月があったような憶えがあるが、具体的にどんなのだったかはもう忘れてしまった。『月と魔法と太陽と』も、夜空を自由に浮遊する魔法使いキャラたちの物語。『恋神』のメインヒロインはツクヨミ(月読神)であり、各章タイトルも月に絡めたものになっている。