【 「薄目」出現の経緯についての仮説 】
ああ……2006年のタイトルにも、すでに薄目があるのか……。
もちろん、閉じた目に睫毛のハイライトを入れる表現は00年代初頭にはすでに存在していた。例えば『メタモルファンタジー』(Escu:de、2001)や『だぶるまいんど』(F&C、2002)には、細い白線によるはっきりしたハイライト表現がある。しかし、次第にそれが擬似「薄目」になってしまう。
それはおそらくは、 一つにはハイライト表現の「過剰化」のためであり、もう一つは「因習化」のせいだろう。つまり、ゲームウィンドウの解像度上昇によって、よりいっそう細密にディテールが描き込まれる(描き込める)ようになり、その過程でハイライト表現が「一本の線」から「目の両側に分かれた二本の線」へと変化したのだろうと推測している。これが「過剰化」による帰結だ。
そしてもう一つは、その描き込みが何を意味しているかを意識することなく、無反省に踏襲していくことによって、それがおかしな形状になっても軌道修正されなくなるというプロセスだ。目を閉じても睫毛は露出しており、もちろん現実にはそれが光を反射して輝くということは無いのだが、おそらくは表情を明るくするための装飾として睫毛の反射のホワイトを描き込んだのが始まりなのだろう。しかし、そうした光の反射は、二つに分かれるということは無いはずだ。現実の物理的形状としてもそうだし、創作表現における美的表現としてもわざわざそうする意味は薄いだろう。薄目の出現は、そのような無反省なくりかえしと、各表現要素の意味をきちんと考えない軽率なアレンジの中から生まれてきたものではないだろうか。
【 みつみ絵エピゴーネンにおけるまぶた表現(?)の変質 】
同じようなことは、他の要素についても生じている。例を挙げよう。なかむらたけし~みつみ美里流の巨大眼球スタイルでは、目と眉毛の間の、鼻筋寄りのあたりに「へ」字型の線が数本描き込まれていた。これは第一義的には、眼窩の輪郭を表すものだと理解できる(あるいは、目蓋の膨らみの輪郭を表すものかもしれない)。しかるに、このなかむら~みつみスタイルは、手っ取り早く魅力的な女性キャラクターの頭部を描けるお手本として、00年代前半に同人イラストレーターたちの間で大流行し、大量に模倣反復されていった。もちろんその中には、描写の意味を理解するリテラシーの低い、本当に未熟な者も大量にいただろう。そうした中で、この眼窩の線も、当初の意味を離れて、「よく分からないけれどこうして描くものらしい」無内容な記号になっていった。明らかに意味を為さない珍妙な線になっているものは、一部の商業アダルトゲーム原画家の絵にすら、一定数見出された。
このように、元々の意味作用が変化したり、あるいは意味作用の理解が失われて単なる慣例的表現と化してしまったりするのは、芸術表現においては珍しいことはではない。たとえば漫画的記号表現の案出および変容においても、同様の現象はある。作者の意図を離れて新たな意味が見出される――読者によって創出される――契機になっている場合もあれば、逆に、退屈な模倣によって単なる慣例的表現に堕したものもある。薄目表現の出現は、ゲーム分野におけるその最も不幸な実例の一つであるのかもしれない。
【 なかむら、みつみ、甘露における目元表現 】
ただし、いわゆる「みつみ絵」の中でも、解釈の難しいところはあるし、彼等の絵そのものも複雑な変遷を遂げている。
『こみっくパーティー』 (c)1999 Leaf
左記引用画像はOPムービーから。上下は同じ画像を並べたものだが、下段には水色のサークルで強調を付した。
まずは『こみっくパーティー』から例を挙げて説明しよう。上掲引用画像の左から三番目のキャラクター(塚本千紗)では、上目蓋の睫毛の黒いラインの上に、もう一本細いラインが左右に長く走っている。これはおそらくチャーミングな二重まぶたを表現しているのだろう。みつみ美里によるこの二重まぶた表現は、本作に先立つ『Piaキャロットへようこそ!!2』(カクテル・ソフト、1997)の時点でも確認できる。この作品では、みつみは左端の眼鏡キャラクター(猪名川由宇)と、右から三番目の横向きのキャラクター(芳賀玲子)、そして右端のキャラクター(長谷部彩)を担当している。いずれも、ほっそりした二重まぶたの描線が描き込まれているのが見て取れる。
しかし、その右隣の眼鏡着用キャラクター(牧村南)では、事情が異なる。みつみの絵では目蓋として描かれていたものが、ここでは目の端のみに短く描かれているのみである。これは甘露樹が原画担当しているキャラクターであるが、ここでは目の上のラインを目蓋として受け止めるのは少々難しい。どちらかといえば、むしろ眼窩の輪郭を表しているかのようにも見える、両義的な表現である。甘露は左から二番目(大庭詠美)と右から二番目(桜井あさひ)のキャラクターも担当しているが、左から二番目の緑髪キャラクターでは描線は細長く伸びて二重まぶたとして描かれているように見えるが、しかし右から二番目の眼鏡キャラクターでは、この線が左右両端に分かれた不思議な状態になっている。
『ToHeart2 XRATED』 (c)2005 Leaf
他に適当なスクリーンショットが無かったため、やむを得ずアダルトシーンのCGを引用する。差し障りのある箇所は隠蔽処理をした(クロムグリーンの部分)。また、水色のサークルおよび指示線の追加も引用者による。
しかし、事態はさらに複雑である。その後、『To Heart2』(PS版:2004年/PC18禁版:2005年)では、なかむらたけしが上掲引用画像のようなイラストを出している。左側の青髪キャラクター(姫百合珊瑚)では、目の上側には、
1)太く真っ黒なアイライン(おそらく睫毛表現)
2)その上の目元部分に短い細い線(二重まぶた表現の痕跡か?)
3)さらにその上に「へ」字型の細い描線(眼窩の輪郭か、あるいは目蓋上端を表しているようだ)
4)さらに離れて、眉毛との中間に、細く長い線(眉の下の窪みを表現するものかだろうか?)
の四種類の描線が置かれている。それぞれが何を表しているのかは、非常に分かりにくい。
もちろんなかむら自身も、『Piaキャロットへようこそ!!』第一作(カクテル・ソフト、1996)の頃から原画家として活動しており、むしろ上記みつみおよび甘露に先行しているのだが、三者の中でも不可解な変化を遂げてきている。
そして、これらの描線の表現効果はどのように解釈できるだろうか。繊細な二重まぶたを表現したり、眉毛の下のくぼみを表現したりして、現実ベースの「美人」ディテールをオタク的イラストレーションに反映させているのだろうか。それとも、解像度を増したゲームCGにおいて、目元周りを間延びさせないようなディテールを追加しているのか。あるいは、目元の表情に様々なニュアンスを持ち込んでいるという評価ができるのかどうか。あるいは、もしかして、因習化した単なる空虚な記号でありオタクイラストにおける盲腸的存在にすぎないと言うべきなのか。90年代末以来、十数年にわたってオタクイラストのトップランナーであり続けてきたこの三人の絵についても、その様式性やディテールの解釈には難しい要素が含まれている。
2010年代現在では、他の一般的なゲーム作品やアニメ作品でも、しばしば同じようなディテールが描き込まれる。とりわけ、睫毛の上の小さなライン(おそらく二重まぶた)と、眉毛の下の曲線ライン(おそらく眼窩の立体感表現)の二つは、広汎に普及している。