2016/08/19

アダルトシーンの表現技法雑感

  アダルトシーン表現のいくつかの特徴。主に「実況台詞」「断面図」「体液増量」について。
  いろいろ間違っているところも多いと思われるので、あくまで暫定的なメモとして。


  【 1. 実況台詞 】
  ヒロインが饒舌に実況台詞を展開するのは、アダルトゲームが発祥かと思っていたけど、コミックにもそういう文化があるのだろうか。アダルトゲームでは、1)クリック進行という構成上の事情と、2)イベントCGの枚数がごく限られているという視覚表現上の事情からして、テキストで状況を描写する必要がある。さらに、3)とりわけ00年代に入ってからは、女性声優の音声で卑猥な台詞を喋らせることに大きな価値を見出すという文化も形成されてきた(いわゆる「卑語」の有無を重視するユーザーは一定数存在する)。そうした実況台詞は、いかにもアダルトゲームに特徴的な表現だというのが私の認識だ。

  それに対して漫画(アダルトコミック)では、1)台詞の分量に対する紙面上の制約がきわめて大きい。あくまで主体は絵であって、テキストは絵を鑑賞するのを阻害してはならない。2)大量の齣絵によって、その都度の状況が十分説明できるので、わざわざテキストで説明する必要は乏しい。大雑把に試算して、15ページに4コマずつ含まれるとすれば、60種類の絵を使うことができる。本来は見えない(=絵で描写できない)箇所についても、いわゆる「断面図」のような表現手段が開拓されている。3)台詞以外にも、擬音や効果線のような補助的な表現手段が豊富である。 4)音声に伴われておらず文字だけなので、過激な単語を喋ってもそれほどショッキングではない。だから、アダルトコミックやアダルトイラストで台詞(ネーム)まで過激化させるようになったのは、それほど古いことではないのではないかと思う。実際に広汎な調査をおこなったらどういう結論が出るか分からないけど、私のごく乏しい知識と諸要因の考慮からして、さしあたりこのように考えている。

  「実況台詞といえばTriangle」とよく言われるが、Triangle自身、いつ頃から実況台詞が増えてきたのだったか。大量の誇張的なヒロイン台詞が普及していったのは、アダルトゲーム分野全般における性描写増強傾向の一環かと思われる。基本的には00年代半ば以降のことだろうか。『姫騎士アンジェリカ』(シルキーズ、2007)が画期であったかと思われるので、意外に遅い。ただし、自身原画家でもあるみさくらなんこつが、それ以前から同人漫画で(?)同種の過激台詞を展開していたので、アイデアそれ自体は『アンジェリカ』の発明ではない。



  【 2. 断面図カットイン 】
  私見では、断面図がオタク向けの性表現で使われるようになったのは、基本的には00年代半ば以降で、本格的に普及したのは10年代に入ってからだと考えている。記憶では、たしかTechArts系列が、早くから導入していた筈だ。ざっと調べてみると、『へんし~ん!』May-Be SOFT、2004)――あ、安玖深さんがいるぞ!――には断面図カットインがあった模様。断面図カットインアニメーションは『モノごころ、モノむすめ。』(2005)からだったろうか。初代『ジブリール』(2005)あたりはどうだったかなあ。アダルトシーンでの非-断面図のカットイン多用は、特に近年のが、一連のPurple software作品で精力的におこなっているのが印象的だ。


  実況台詞にしても、断面図にしても、そんなにえろいんだろうか?という疑問はある。前者であれば、日常では絶対に耳にしないようなお下品で卑猥な言葉を、ヒロインが自分の目の前で躊躇無く口走るようになっているのは、それだけ自分と相手の関係が特別なものになっているとか、あるいはそれだけ相手が性的に陶酔していることの証拠なのだ……とかいったような受け止め方なのだろうか。あるいは、後者であれば、生々しい器官の存在をはっきり示唆してくれる優れた表現手段であるとか、 本来目に見えない箇所で何が起きているかを、分かりやすく視覚化してくれている福音的発明であるとかいったような評価なのだろうか。基本的に、どちらもほぼ男性向けで、女性向け(BLコミックや乙女ゲーなど)では滅多に使われていないと思う。

  個人的には、実況台詞に官能性を感じることはほぼ無い。特にいわゆる「卑語」は心底どうでもいい。しかし「あったら不快になる」ということはないので、好きな人がいるなら好きなようにやってくれたらいいと思う。地の文でムードのある文章を書いてくれる方がよほどえろいと思うが、これは小説寄りの捉え方かもしれない(――人格形成される思春期に、小説の中に時折現れるえろテキストにどきどきしていたせいだろうか)。断面図は、いかにも作為的だとは思うが、男性的欲求を投影した(投影できるような)描写の仕方として、これはこれで理に適っているのかもしれないとは思う。「つまりそういうことをしたいんですよね」というのが分かりやすいという意味で、二次元(イラスト)の性表現としては正統な進化なのかもしれない。



  【 3. 液体増量 】
  非現実的な大量の体液も、特徴的な表現の一つだろう。もちろん昔からあったのだろうけど、アダルトゲーム分野だと、00年代半ば以降のTinkerbell(特に『淫妖蟲』[2005]以降)と、アトリエかぐや『家庭教師のおねえさん』[2005]のあたりから)が、その普及に大きく貢献したと思われる。BLACK LiLiTH(例えば『対魔忍アサギ2』[2006])も、上記「断面図」や「誇張的台詞」とともに「液体増量」表現の摂取が早かった。よく分かんないけどなんだか派手で贅沢っぽい画面になるので、これはこれでおもしろ…いかな? あんなにべちゃべちゃ付着したら後始末が大変だろうと余計なことを考えてしまうが、まあ、アダルトゲーム世界の体液は揮発性だと思っておこう。

  漫画分野ではどうなのかは、よく知らない(アダルトコミックの表現技法についてはすでに立ち入った検討が為されているようなので、後で確認しておきたい)。モノクロ紙面では、液体を描き込みすぎると何が何だか分かりにくくなる可能性があるので、あまり過剰には描きにくいのではないかと推測する。



  【 4. その他のテクニック 】演出技術論Ⅳ章1節も参照。
  テキストがイベントCGを遮蔽しないように、アダルトシーン(あるいは一枚絵シーン全般)ではテキスト表示形態を変更する。これは黒箱白箱を問わず重要度の高い問題であり、特にAUGUSTがこの点で意欲的だったと記憶する。個々のタイトルは確認できないが、『FORTUNE ARTERIAL』(2008)の頃にはそういう処方を施していたような……。もっと遡れるかもしれない。

  同様に、女性の身体を遮蔽しないように、男性の人体が半透明化する。着彩の省力という効果もある。これはわりと昔からあったという印象。00年代初頭にはすでにあったと思うし、ひょっとしたら90年代から行われていたかも(――遡れば、もちろんSFCの『かまいたちの夜』[チュンソフト、1994]の頃から透過キャラ絵のアイデアと技術は確立されていた)。むしろ近年では、あまり採用されない手法。とりわけフルプライス作品では、一枚絵の構図をうまく調整して、男性身体がフレームインしないように設計するというアプローチの方が支配的だろう。単色半透明身体は、画面が安っぽく見えてしまうというのも問題。

  目元と口元を極端に緩める、いわゆるAH顔。アダルトゲームではLiLiTH系列とルネ系列がリードしてきたが、黒箱系の一部を除いて、それほど広汎に使われてはいない。アダルトゲーム分野の内外を問わずみさくらなんこつの影響が大きかったので、これも00年代半ば以降ではないかと思われる。

  アニメーション処理。After Effectsやe-moteに代表される補助技術を用いて、元々は静止画の一枚絵を、リアルタイムレンダリングでダイナミックに動かす試みがある。あらかじめ動画素材として作ってしまうプリレンダリングアプローチも含めて、発想それ自体は90年代から存在し、さまざまなかたちで試みられていたが、近年になってようやく、自然さという点でもコストの点でもまともな実用水準に達しつつあるようである。


  性表現それ自体とはややずれる論点だが、プロポーションのデフォルメ、特に胸部の誇張的拡大も特徴的なセックスアピール表現だ。これも、それほど大きく遡るものではないかもしれない。本格的な流行は、00年代後半からではなかろうか。佐野俊英原画の『姉とボイン』(G.J.?、2004)、聖少女原画の『CLEAVAGE』(Empress、2005)、『ご奉仕爆乳ウェイトレス』(アンダーリップ、2005)や『爆乳喫茶』(West Vision、2006)なども、現在の目で見るとフィクション表現としてはべつにそんなに大きくは見えないというのが怖ろしい……。わるきゅ~れの『女体狂乱』第一作は2008年の発売。想像だが、成年漫画(商業/同人)では、かなり昔から一ジャンルとして存在していたのではなかろうか。

  いわゆる「乳袋」表現がどの時期に現れてどのように普及していったかについても、きちんとした調査がなされるべきだろう。衣服の構造を無視して布地が身体に貼り付いたようになっており、とりわけバストの下側が非現実的に引き締まっているのは、ボディコンシャスネスの表現として理に適っているとは言える(――さらに極端なものとして、衣服の上からでも乳頭の突起が分かるというものもある)。00年代半ばにはすでにいくつもの実例が見出されるが、個人的には『処女はお姉さまに恋してる』キャラメルBOX、2005)が普及に一役買ったのではないかと考えている。
  ういんどみるは『魔法とHのカンケイ』(2004)以降の作品で、また、Purple softwareは『まじぷり』(2004)以降、fengは『青空の見える丘に』(2006)以降、Chuable softは『あまなつ』(2006)以降、ゆずソフトは『天神乱漫』(2009)以降、そしてClochetteは、第一作『かみぱに!』(2008)から、この手法を採用しているようだ。ちなみに、面白いことにHOOK作品の制服はしばしば胸部に大きなリボンを着けており、バストの膨らみが目立たないような服飾デザインになっている。



  【 結語 】
  アダルト(ゲーム)の表現は、一枚絵とテキストだけであまり変わり映えがしないと思われているかもしれないが、実際には様々な流行があり、様式的変化があり、新機軸もあり、幅の広がりもあり、他分野との影響関係もあって、ほんの数年もあれば大きく変化している。現在私がごく普通のものとして受け入れている表現技法も、十年前には存在しなかったり、あるいは非常にマイナーな趣向にすぎなかったということがあるようだ。

  上のように見てくると、アダルトゲームの性表現は、00年代半ばに大規模かつ多角的に進展があったと言えそうだ。その時期に何が起きていたのかと考えてみると、アダルトゲーム分野では解像度上昇(800*600のSVGAサイズが標準化した)があり、また、白箱系と黒箱系の分化が始まるなど、個別作品に対する評価基準がある程度整理されつつあった。そうした中で、アダルトシーン表現の拡充が追求されるようになったのは、自然なことだろう。本稿が言及した「実況台詞/過激台詞」「断面図」「液体量増加」はいずれも、アダルトゲーム分野が震源地であるか、あるいは少なくともその普及に大きく貢献した技法だろう。

  その一方、外部要因としては、同人漫画文化の隆盛と、ネット上の(アダルト)イラストの増加が、この時期にはすでにかなり進んでいたと思われる。そうした中で、他分野から様々な技法を摂取するというプロセスも生じてきた。例えば「AH顔」「バスト巨大化」、あるいは「目の中にハートマークを描き込む」「口元の緩み(※別記事参照)」などは、他分野からの影響として理解する方が説得的であるように思われる。