2017/05/23

『ToHeart』雑感

  『ToHeart』についての雑感。いかなる時代の中にあって、どの分野に何をもたらしたのか。


  『ToHeart』は、私の中では「懐かしむべき過去の思い出」ではなくて、あくまで「現在のアダルトゲーム(または美少女ゲーム)シーンにつながっている、巨大なマイルストーンの一つ」であり、常に引き合いに出して考えているタイトルなのだが、残念ながらスクリーンショットが手許にほとんど残っていないので、なかなか明示的な言及がしにくい。


  【 属性ベースのキャラ萌え文化の牽引者? 】
  一つには、ヒロインたちの「属性」的造形とその配置を意識化したタイトルであり、そしてユーザー(であるところの当時のオタクたち)にもそうした「属性」認識を定着させた点で、非常に影響が大きかったと思われる。これは『ときメモ』(1994)のエキセントリックなキャラクター造形を、親しみやすい萌えキャラ路線へとチューニングしたものであり、また、Leaf自身が2年後に発売した『こみっくパーティー』や、漫画分野における『ラブひな』(翌1998年に連載開始)ともども、オタク界における様々な「属性」概念の普及と属性基軸のキャラクター把握の浸透に一役買っていた。

  そうしたアプローチは、もちろん現在では桁違いに精緻化されているためかなり見えにくくなっており、単純な「ツンデレ」キャラや単純な幼馴染キャラのごときものはもはや存在しないが(cf. 「三属性によるキャラクターデザイン」)、現在でも美少女ものにおけるキャラクターデザインの強固な基盤の一つであり続けているだろう。ただし、1997年当時はまだ「ツンデレ」という言葉すら生まれていなかったし、現代的な「男の娘」(2005年発売の『はぴねす』『おとぼく』)が登場するにはさらに8年を待たなければいけなかったのだが。


  【 当時の文化的技術的環境との相互関係 】
  人的、文化的な観点でも、90年代末のPC環境の普及(≒webアクセスの普及)と相伴って、「ネット上での情報共有(例えば攻略情報や二次創作小説)」、「オタク(同志)の可視化」、「ファン同士のweb上での交流(掲示板など)」、「オタク個々人の情報発信の容易化と活発化」、「二次創作文化の普及」、「ファンアートを通じてのイラストレーターの増加(裾野の広がり)」、「デジタルイラスト技術の飛躍的進歩(16色から256色、さらにフルカラーへ)」、「同人界への人材流入」、「同人即売会への企業参入」、「性表現の(web上での)公然化」、「『萌え』文化の隆盛」といった様々な現象にぴったり歩調を合わせて幸せな歴史を辿った作品でもある。秋葉原が電気街から萌えの街に傾斜していったのも、たしかこの時期だったかと思う。

  アニパロ誌とは異なった新たな地盤の上に大量のイラストレーターが生まれてきたし、また、当時のネット上での二次創作小説(SS)の文化からは大量の脚本家が出現した。彼等は、00年代のアダルトゲームの内容的充実の大きな部分を担い、さらに10年代に入ってからはアニメやLN、ソーシャルゲームに活動の場を移しつつもいまだ活発に創作をおこなっている。この世代はまさに、現在の男性向け二次元オタクシーンを支えているクリエイターの中でも特に厚みのある、30代後後半から40代にかけての層(主に1970年代の生まれ)を形成している。『ToHeart』の発売された1997年当時にちょうど18歳(正当にプレイできる下限年齢)であれば、生まれ年は1979年、そして2017年現在は38歳である。1997年当時に29歳であれば、現在は49歳だ。

  ちなみに、オタク系クリエイターの中でも声優はボリュームゾーンが一回り違っているようで、どうやら『セーラームーン』(1992-97年) を若い時期に経験した層――だいたい1980年代生まれ――が現在最もきらびやかな世代になっているようだ。また、アニメ関係者(アニメーター)は60年代世代がまだまだ元気なようだし、漫画分野は広すぎて世代云々を語れる余地が無い。LNは今世紀に入ってから激変してきたようだ。


  【 アダルトゲーム分野の中での位置づけ 】
  アダルトゲーム分野の中では、『同級生』的ナンパコメディ路線に対して真面目な純愛路線が推進されていくきっかけになった……と言うことはできるかもしれない。

  この時代以前のアダルトゲームは、どうやら「ゲーム部分のおまけ(褒賞)としての性的なCG」、「ストーリー性に乏しいアダルトもの」、「シリアスなサスペンスAVG」が支配的だったようだ。もちろん『きゃんきゃんバニー』シリーズ(カクテル・ソフト、1989-)や『同級生』シリーズ(elf、1992-)のような恋愛ものもすでにあったが、前者は「彼女が欲しい」という欲求が初発に存在して学校外での行動が中心になるナンパ路線であったと思われる――私は2本しかプレイしていないが、おそらくシリーズ共通のアプローチだろう――し、後者は後者で主人公はかなり激しいブラックユーモア感覚の持ち主だし、セックスフレンド関係から開始するヒロインもいる(『下級生』の橘真由美)ので、ストレートな「純愛(ラブストーリー)」とはかなり趣を異にする。『Piaキャロットへようこそ!!』シリーズ(カクテル・ソフト、1996-)も、週間スケジュールやパラメータ変動などがあってSLG的要素が強く、また第2作まではシナリオはかなり薄い。また、上記の作品はいずれも、主人公の活動範囲は学校内ばかりではなく、放課後や休日の学外での自由行動が大きなウェイトを占めていた。

  こうした先行タイトルと比べて、『ToHeart』は、
●「ゲーム要素を(少なくとも表面上は)あまり含まないAVG形式で」、
●「もっぱら学園(高校に相当する)のみを舞台にして」、
●「ナンパではなく、真面目で『ハートフル』な恋愛要素をクローズアップして」、
●「(当時の水準では)かなりの大作規模で、ハイクオリティに作りきった」
という意味で、新規性の高いアプローチだったように見受けられる。

  そしてこれらの要素は、まさに2017年現在の白箱系ジャンルの基本的性格であり続けている。現代の恋愛AVGにおいて、主人公は最初から「彼女が欲しい」という欲求を露わにしていることは稀だし、シニックな性格設定も少ないし、学園外のキャラクターがヒロインになることも基本的には無い(――主人公一家が経営する喫茶店のように、生活の拠点そのものである場合を除く)。これらは、「純愛」ストーリーの価値を保護しようとするための、『同級生』以前のナンパ志向に対する一貫した忌避的姿勢の伝統であるように思われる。

  ただし、これらの諸側面は、しばしば誤解に晒されてもきた。
  1) 例えば、「ゲーム性を放棄して単純な読み物AVGになった」というのは誤解だ。特にメインヒロイン「神岸あかり」に関しては、彼女一人だけを追っていてはイベントが進まず、他のヒロインとの択一イベント(対決イベント)を発生させて好感度を稼がなければ、ハッピーエンドまで到達できないという仕掛けが入っていた。場所移動システムといい、日数進行ベースのフラグ管理といい、その作りは実際には古典的な恋愛SLGを踏襲していた。
  2) 「純愛」という言葉それ自体は当時は使われていなかったようだ。「純愛」が標榜されるようになったのは03~04年頃からだろうか? また、「ハートフル」という言葉は本作スタッフによる造語(和製英語)であるらしいが、実際にはアダルトゲーム分野の中では日常志向はあまり定着しなかった(――むしろその周辺の二次創作アンソロ四コマ漫画あたりから、あずまきよひこ流の萌え四コマの形で発展していったと見るのが妥当だろう)。
  3) シナリオが重厚巧緻であったということではないし、「泣きゲー」だというカテゴライズもほとんど誤りである。「マルチ」シナリオのようにストーリーに悲しげな影が落ちることはあるが、あくまで一時的なものであり、最終的にはおおむねハッピーエンドで締め括られる。いわゆる「泣きゲー(という、実際に流行として存在したかどうかもよく分からないもの)」は、この翌年の『ONE』(Tactics、1998)に発する感性だろう。
  4) 脚本面では、コメディ要素が無かったわけではないし、ヒロインたちのキャラクター造形も当時からすでにかなりキッチュなものだと捉えられていた。つまり、生真面目なラブストーリーものであったというわけではない。肩の凝らないショートコント的な内容の「おまけシナリオ」も含まれていたほどだ。ただし、クラス内で孤立している少女の悩みに付き合ったり、新ジャンルの格闘スポーツに突き進もうとする後輩の手助けをしたりするといったように、ヒロインの心情に即しつつ真面目に物語を展開していく脚本姿勢は、当時としてはわりと特徴的だったかもしれない。
  5) 性表現要素の薄さ(俗に言う「エロ薄」「エロイッカイズツ」)に関しても、『ToHeart』がきっかけであったというよりも、同時代のF&Cや、その後のkeyが主導した路線だと言うべきだろう。本作では、例えば「ベッドで初めて結ばれた後、シャワーを浴びに行ったヒロインを追いかけて浴室でもう一度交わる」といったような描写もあり、それぞれにイベントCGが何枚も用意されている。


  【 アダルトゲームとしての表現様式およびクオリティ 】
  表現素材の観点では、『雫』以来の全画面背景スタイル、「立ち絵+背景」モンタージュのさらなる徹底、人目を引くOP映像(ただし単独の動画素材ではなく、おそらくエンジン制御で素材群を組み合わせて生成されている)、音楽素材への注力といった要素も、指摘されるだろう。

  ゲームの通常画面が、「立ち絵」と「背景」それぞれの汎用素材の組み合わせによってその都度生成されるという意識は、「写真」機能(つまりスクリーンショット撮影+保存+再現機能)がゲームエンジンそれ自体に実装されていることによって、ユーザーサイドにも強く意識された。このことは、「AVGは低コストで作れる」という(部分的には誤解に基づいている)認識をも広め、多くのクリエイターがアダルトPCゲームに参入するきっかけになったと言われている。

  また、BGMとCGのクオリティを高めて、アングラ的チープさから手を切って、いわば「上品」なアダルトゲームの手触りを作り出したというのも特徴的だろう。Leafは基幹スタッフ(下川直哉)が楽曲制作をも手掛けていたし、たしか独自の音響設備を持っていたはずだし、BGM再生もMIDI等ではなくCD-DA形式を導入して音質の確保に努めていた。グラフィックスタッフも、その後も同社や他社で活躍した人材が多い。256色(!)の先進的環境にも早くから対応していた。もちろん当時のF&Cやalicesoftも優れたCGスタッフと音響スタッフを擁していたが、それらに引けを取らないクオリティを誇っていた。『ToHeart』が当時のオタクたちを魅惑したのは、ストーリー面やキャラクター造形の新規性ではなく、むしろ従来の「アダルトゲーム」イメージを覆すほどのハイクオリティなCGやBGMの新鮮さのためであったかもしれない。本編BGMが個別にサントラCD発売されたというのも、かなり早い時期の実例だろう。

  ただし、BGM/CG素材のクオリティがユーザー獲得につながるということが、どこまで考えられていたかはよく分からない。実際、イベントCG鑑賞モードはまだまだ洗練されていなかった(たしか適当な配列で一枚ずつめくっていくだけだった筈)し、音楽鑑賞モードも「隠し」機能扱いにされていた(タイトル画面の特定箇所をクリックするというもので、音楽鑑賞モードの存在は事実上ノーヒントのサービス機能だった)。ゲームBGMが単独で聴く価値があるものだという認識は、これ以前の(アダルトPC)ゲーマーにはほとんど無かったようだ。ただし、1997年以前の他社作品にも、音楽鑑賞機能を提供しているタイトルはあった(――例えば1997年以前のalicesoftやF&Cの作品にも、BGM回想モードは実装されていた)。


  ここまで書いておきながら、私自身はPC版発売当時にプレイしたわけではない。しかし、当時のネット上の個人ウェブサイトや掲示板やSS(二次創作小説)サイトなどを後追いで読んでいくと、当時の空気はだいたいこのような様子だったようだ。


  【 twでの2017年現在の二次創作イラストを見ると 】
  同じキャラを現在のスタイルで描くと様式的変化が歴然として、あらためて驚かされる。頭髪の描き込み(線の集まりとするか、面全体または立体で捉えるか)から、頬の輪郭の違い(90年代的な「ぷに」は完全に乗り越えられた)、目の描き方(当時は眼球巨大化とヒラメ化に傾きかけていた)、描線および色彩感のデリカシー(解像度の変化という環境要因も大きい)、その一方で肉感表現の急激な先鋭化(いわゆる「乳袋」はまさにPCアダルトゲーム分野が震源地だったが)、垂れ目の消滅(下まぶたを太く描いてはっきり傾斜させる描き方はほとんど行われなくなった)、等々。


  【 キャスティング妄想 】
  もしも『ToHeart』第一作を現代(2010年代後半)の主立った白箱系声優陣でキャスティングするならば、どの方がどの役を演じられるだろうか。

  あかり=小鳥居氏の一見控えめなアグレッシヴさが上手くハマるはず。
  志保=遥氏の賑やかさか、あるいは桐谷氏でも素晴らしいものになるだろう。
  芹香=奏雨氏でオーソドックスに……というか、音声は要るのか?
  智子=秋野氏で切れ味の良い罵倒台詞を。関西弁を重視するなら、桜川氏も良さそう。
  レミィ=手塚氏でおおらかさと懐の深さを。真ヒロイン的シナリオにも応えてくれるだろう。
  理緒=上田氏という思い切った配役はどうか。普通に考えれば綾音氏だろうか。
  琴音=八尋氏になりそうだが、車の人や篠原(片倉)氏、杏子氏でも良いと思う。
  葵=小倉氏か榛名氏あたりで元気良く。八幡氏も良い。
  マルチ=藤咲氏が順当(もちろん液漏れ)。
  サブキャラだと、綾香=桜川氏だと良さそうだが、安玖深氏という案も捨てがたい。セリオ=波奈束氏は譲れない。坂下=美月氏も最近の配役傾向と実力実績に鑑みて盤石。

  予想7割、願望3割で「現代における最善最高最適の配役」を妄想するとこんな感じになるだろうか。最新世代に囚われずに願望100%で妄想するのであれば、もっと別のキャスティングになる。また、ベタに「今だったらありがちな配役」を想像するのであれば今谷氏や桃井(い)氏、あじ氏あたりが入ってくるだろう。橘氏はどのキャラに合うかなあ。秋野氏だったら一人で全キャラを演じることもできそうだ。