2016/09/25

ケモ耳造形の難問

  ケモ耳をどこにどうやって付けたらいいのかという話。


  フィクションの人間型キャラクターが頭頂部寄りにケモ耳を生やしていると、「人間の耳があるはずの側頭部は、どのような状態になっているのか?」という問題が生じてしまう。アダルトゲーム分野に焦点を当てて、実例に即して検討してみよう。


  1) 四つ耳?
上と横で左右計4つの耳が見えているキャラクターは、おそらく多くの鑑賞者にとって非常に受け入れがたい絵になるだろう。実際、このような描き方をしている鈍感無策なイラストレーターは、ほぼ皆無だ。


  2) 人間耳の無い状態?
  しかし、だからといって、側頭部の耳をなくしてつるんとした輪郭にしてしまうと、それはそれで不気味に感じられてしまうだろう。このような絵を描いている者も、まずいない。つまり、側頭部の肌を露出させないという対処が必要になってくる。


  3) 側頭部にケモ耳を描くアプローチ
  ケモ耳を側頭部に生やすというアプローチで問題を解決しているイラストレーター/キャラクターデザイナーもいる。例えば、ソフトハウスキャラの佐々木珠流は、大量のケモ耳キャラを作り出しているが、最初期からしばしばこの手法に則っている(『巣作りドラゴン』[2004]、『王賊』[2007]、『忍流』[2009]など多数)。また、アダルトゲームにおける本格的なケモキャラタイトルの一つ『うたわれるもの』(Leaf、2002)や、獣人キャラ飼育ものの『はっぴ~ぶり~でぃんぐ』(Purple software、2002)、類似コンセプトのロープライス秀作『ワンコとリリー』(CUFFS、2006)も、横耳アプローチでケモ耳を描いている。

  ただし、ケモ耳の位置が限定されるということであり、デザイン上の制約が激しいという新たな問題を生む。佐々木氏のようにオリジナルのキャラデザをするならばあまり差し障りは無いが、実在の動物に引き寄せたデザインを試みる時には、この方法は採用できない場合が多いだろう。例えばウサギ耳やキツネ耳を側頭部につけてしまったら、デザインの根幹が破壊されてしまう。ゾウやレトリバーのような垂れ耳や、人魚キャラクターのヒレ耳(例:『英雄×魔王』[Escu:de、2005])であれば、側頭部でちょうど良いのだが。

  エルフの長耳デザインも、これと同じコンセプトの設計だと考えることができる。

『王賊』 (c)2007 ソフトハウスキャラ
獣人族のネイは、側頭部に大ぶりな垂れ耳を持っている。内側の白いフサフサまで緻密に描かれているのが興味深い。人間風の頭髪と、ケモ耳表面の体毛は、同じ色で塗られて完全に一体化している。人間耳の問題も生じない。原画は佐々木珠流
『うたわれるもの』 (c)2002 Leaf
遺伝子工学で作り出されたキメラ生命体である。引用画像のキャラクターたちは、垂れた犬耳を側頭部に持っており、耳の部分は黒髪とは異なる色の体毛に覆われている。このほか、ウサギ耳(側頭部から伸びている)のキャラクターや、鳥の翼のようなものを側頭部に持っているキャラクターなどもいる。原画は甘露樹


  4) 側頭部を隠すアプローチ
  したがって、大多数のイラストでは、ケモ耳キャラたちは、横髪をしっかりと貼り付けて、側頭部の地肌が見えないようなデザインに作られている。開放的なショートカットの場合ですら、側頭部は頭髪で厚ぼったくガードしておかねばならない。これが、カジュアルなケモキャラデザインにつきまとう困難の一つだ。ケモ耳を大型にしたり、あるいは頭部の斜め上寄りの微妙な位置に描くことで、側頭部の問題を外見的にうまく解消するという対処もある。

  ケモキャラ特化コンセプトのタイトルでも、登場するケモ耳キャラクターたちはケモ耳を頭頂部寄りに生やしつつ、側頭部の地肌は一切見えないようなヘアスタイルになっているのが多数派である。実例としては、『けもの学園』(Tactics、2001)、『ニャンニャンしちゃう!!』(トラヴュランス、2002)、『にゃんにゃこにゃん』(pianissimo、2002)、『王立ネコミミ学園』(Dress、2004)、『ぷらねこ』(An*tique、2005)、『わんことくらそう』(ivory、2006)、『きすみみ!!』(ぷらす+てぃっく、2006)、『わんわん、もーもー、うさうさ、こーん!』(もえたまごソフト、2007)、『イヌミミバーサク』(千世、2008)、『みみをすませば』(しゃくなげ、2009)、『オトミミ∞インフィニティー』(あっぷりけ-妹-、2011)、『しろのぴかぴかお星さま』(Sweet light、2013)、『けもみみハーレム化け~しょん』(2016)など。近時注目を集めているケモ耳キャラ特化の同人タイトル『ネコぱら』シリーズも、同様である。

  ケモキャラ重視コンセプトの作品の中でも、『いな☆こい!』(Whirlpool、2006)やおかえしび~すと!(studio e.go!、2006)、ネコっかわいがり!(13cm、2006)、『さくら色カルテット』(アトリエかぐや、2011)は折衷的で、上記3型のケモ耳キャラデザインと、この4型のケモ耳キャラとが同居している。

『わんことくらそう』 (c)2006 ivory
二匹とも、頭部の斜め上側にケモ耳が突き出ている。しかし、左側のキャラクターはケモ耳をやや後ろ側につけることで、付け根が意識されにくいようになっているし、右側のキャラクターも横髪で耳の付け根を覆って、側頭部の様子が見えないようになっている。原画はあかつきまお
『いな☆こい』 (c)2006 Whirlpool
キツネ耳の狐神キャラクターだが、頭頂部側に耳を突き出させず、斜め向きとも横向きともとれる微妙な角度にデザインされている。さらに、ロールした横髪が、側頭部の輪郭を剥き出しにさせず、ゴージャスな広がりと心地良い立体感のある頭部ディテールを形作っている。原画はてんまそ
『ぷにぷに☆はんどメイド』
(c)2004 CLOVER
本作には異種族や超自然的存在のキャラクターが多数登場する。ネコ耳や長耳、あるいは首のチョーカー、尻尾、羽根といった外見的特徴を目立たせるために、他のパーツから識別できるように描かれている。ただし本作でも、ケモ耳キャラクターの耳元は前髪や横髪で慎重に隠されている。原画はあおいゆーじ


  5) 迂回策
  問題を迂回するやり方もある。つまり、はじめから「ケモ耳部分はあくまでアタッチメントにすぎない」とすることで、四つ耳状態を押し通すという道である。典型的には、バニーガール姿がこれに該当する。人間の認識は面白いもので、「付属品なのだ」というつもりで観れば、四つ耳でも自然に受け入れられるようになる。

  ただし、これも問題が無いわけではない。ケモ耳をアタッチメント扱いにするということは、そのキャラクターは「付け耳キャラ」カテゴリーであって、「ケモ」ではなくなるからだ。ケモキャラの魅力の一つに「自然派」「野生的」というイメージがあるが、付け耳の人工性はそれに真っ向から対立する。また、生来的ケモ耳キャラとしてデザインする場合には、そのようなエクスキューズが入り込む余地は無い。したがって、この対処が有効なのは、「付け耳コスチュームのイラスト単体として、そのシルエットの面白さを味わう」という状況に限定されるだろう。

  a)装飾品のほか、b)横に撥ね毛のあるキャラクター(例:『九十九の奏』の伏姫)、c)感情表現としての一時的なケモ耳出現(例:『真剣で私に恋しなさい!』の川神一子)、d)ロボットキャラの長耳型センサー(例:『ToHeart』のマルチ)、e)魔族キャラや一部動物キャラの「角」表現(例:『英雄×魔王』のカルデリーズ)も、これにかなり近い。

『恋色空模様 after happiness and extra heart』 (c)すたじお緑茶
バニーガールコスチューム姿の一枚絵。上側に長く突き出たウサギ耳は、あくまで装飾品として認識されるため、生身の耳が露出していても「四つ耳」の問題にならない。原画はるちえ
『処女はお姉さまに恋してる』
(c)2005 キャラメルBOX
左から二番目のキャラクターは、後頭部に大きなリボンを着けている。正面から見ると、まるで大きな動物耳が広がっているかのようなシルエットになっており、いわば隠微にケモキャラ的フレーバーを付与されている。原画はのり太
『まじのコンプレックス』 (c)2010 light
純然たる人類のキャラクターであるが、頭の両側に癖毛が撥ねており、野性的な精悍さを印象づける。立ち絵は側面ポーズでも耳は露出していないし、一枚絵の大半でも耳が見えないように配慮されている(ただし、耳がわずかに見えている一枚絵もいくつかある)。原画はAKINOKO.
『魔動装兵クラインハーゼ』
(c)2009 Triangle
変身ヒロインの特殊装甲や、ロボットキャラのセンサーパーツは、時としてケモ耳の外観に近づく。実際、本作ではこの外部装甲を装備した兵は、そのフォルムから「仔ウサギ」と俗称されており、テキストでもその活発に跳ね回る様子がウサギに喩えられる。原画は斎藤なつき、夕暮ぱいろ
『真剣で私に恋しなさい!』
(c)2009 みなとそふと
人間耳と犬耳の両方が見えている画像は非常に珍しい。ただしこれは、興味や親密さを表現する一時的な演出的変化であるため、ゲーム進行上はまったく気にならない。同様に、悪意を示唆する「悪魔の尻尾」、皮肉や疑念などを表す「ネコ目化」、さらには古典的な怒りの「鬼の角」などの演出もある。


  6) 特殊な設定の導入
  上記5のアプローチに準じるが、かなり特殊な例として、「魔術的や呪いといったなんらかの超自然的作用で、人間型キャラクターに、後天的にケモ耳が生えてくる」という設定を鑑賞者に受け入れさせることができるならば、神経の通った四つ耳のあるキャラクターを成立させることができる。

  アダルトゲームには、これに該当する実例はなかなか存在しないが、アニメ作品『ストライク・ウィッチーズ』は、主要キャラクター11人のうち8人(カットによっては11人全員)が人間耳を露出させたデザインでありながら、全員に後発的ケモ耳発生させることに成功している。


  7) ケモキャラとしての徹底
  付け耳ではなく、あくまでケモキャラとしてのアイデンティティを維持しようとするならば、本格的なケモキャラにしてしまうのが、解決策としてはシンプルである。すなわち、頭蓋骨の造形からして人間型を離れたものにして、頭部から首元まで体毛を生やしたキャラクターにすれば、側頭部の形状はまったく問題にならないし、頭頂部寄りに長耳が生えているのが自然な形になる。

  ただし、人間型の外見ではなくなるので、受け取る側に好き嫌いが出てしまう可能性はある。また、架空世界設定でなければ、そのような架空種キャラクターは登場させにくいだろう。カジュアルな「ケモ耳キャラ」と本格派の「獣人キャラ」とでは、そもそもカテゴリーが異なるので同列に論じられないという見方をする人もいるだろう。

『英雄*戦姫』 (c)2012 tenco
顔面も含めて、身体全体が動物の体毛に覆われているキャラクター。左記引用画像のテキストで述べているとおり、元は人間である(人間型に戻るイベントもあるが、その場面でも猫耳だけは残っていた)。原画は大槍葦人




  結語
  フィクションにおけるキャラクター表現は、生物学的な正しさに服従する必要は無い。アダルトゲームにしばしば見られる巨大眼球や極端な小鼻は、それがヒロインの魅力を高めているという事実によって正当化される。生物学ではなく美学こそが、アダルトゲーム表現の――そしてフィクションの――価値を規定している。

  しかし、本稿で取り上げたケモ耳の問題に見られるように、私たちの認識の仕方が常識的な感性によって制約され方向づけられていることもまた、確かである。いかに美しいケモ耳が描かれていても、側頭部が耳の無いツルツルの素肌であったならば、私たちの常識は、そのキャラクターの絵を、受け入れにくくさせるだろう。魅力的なケモキャラは、魅力的なイラストは、美学と常識の間の綱引きの下に成立している。