2017/03/04

カテゴリアルな萌えキャラ化

  特定のカテゴリーのものをキャラクター化する手法についての雑感。


  【 流行のきっかけ 】
  既存の特定のカテゴリーの事物を大量に萌えキャラ化(擬人化/女体化/美少女化/美形化)するアプローチについて。近年の流行の端緒は、00年代半ば以降のいくつかの作品が大きなきっかけになったのではないかと思う。具体的には、PCゲーム由来の『Fate』シリーズ(最初のPC版は2004年発売)、ACT『戦国BASARA』(第一作2005年)、漫画出自の『ヘタリア』(web版は2006年から、単行本は2008年からとのこと)、美少女ゲーム(アダルトゲーム)の『恋姫†無双』(最初のPC版は2007年発売)、『ストライクウィッチーズ』(アニメ1期は2008年)、『境界線上のホライゾン』(LN、刊行は2008年から)といった一連の作品が、既存の事物をアレンジしてキャラクター化する作法がオタク界隈で普及するのに一役買ったと考えている。雑誌「MC☆あくしず」も2006年創刊とのことである。

  もう少し時代的に早い著名な試みとして『一騎当千』(漫画連載は2000年から)や『行殺(ハート)新選組』(2000)、『恋姫』(1995)もあったし、さらにそれ以前からも、『アンパンマン』(パン)、特撮戦隊もの(例えば80年代の『太陽戦隊サンバルカン』は動物モティーフ)、『聖闘士星矢』(星座)、「MS(モビルスーツ)少女」のように、類似の作法はありふれていたし、それぞれ同人活動も行われてきた――しかも興味深いことに男性向けよりもむしろBLなどの女性向け分野において活発だった。転生ものも、伝奇小説の定番であり続けていた。

  しかし、近年のオタク界隈で受容されているような様式のそれは、ここ十年来のオタク文化の特徴と言ってよいかもしれない。また、オタク文化以外でも、いわゆる「ご当地マスコット」「ゆるキャラ」といったマスコットキャラ文化も、2000年代後半に世間的な知名度を高めていった(例えば「ひこにゃん」は2006年に指定、悪名高い「せんとくん」も2008年指定とのこと)。


  【 表1: 90年代から2009年までの主要な擬人化/女体化タイトル 】
作品初出年初出媒体コンセプト
恋姫1995PCゲーム 妖怪や神獣の女体化(天狗、龍神など)。
行殺新撰組2000PCゲーム 幕末の人士の女体化パロディ。
一騎当千2000漫画 三国志の人物の女体化転生。現在も連載中。2003年などに複数回アニメ化。
IZUMO2001PCゲーム 日本神話パロディのシリーズもの。美形化、美少女化。2005年にアニメ化。
Fate/sn2004PCゲーム 伝説上の人物(英雄)の転生。一部に女体化も含む。2006年のアニメ化を含め、関連作品多数。
Like Life2004PCゲーム 家具や文房具の擬人化(女体化)。
モノごころ、モノむすめ。2005PCゲーム 家具や文房具の擬人化(女体化)。
戦国BASARA2005家庭用ゲーム 戦国時代の人物のの美形化。続編多数。2009年にはアニメ化もされた。
ヘタリア2006web漫画 国の擬人化(男性キャラ化)。2009年から2011年にかけてアニメ化。その他関連作品多数。
戦国ランス2006PCゲーム 戦国時代パロディ。一部は女体化。
終末少女幻想アリスマチック2006PCゲーム 歴史上の剣豪の転生。一部は女体化。
恋姫†無双2007PCゲーム 三国志の女体化。古代中国舞台。続編多数。2008年から2009年に掛けて3度(3期)アニメ化。
ストライクウィッチーズ2007アニメ(OVA) 第二次大戦期パイロットの擬人化(女体化)パロディ。シリーズものの関連作品多数。
萌え萌え2次大戦(略)2007PCゲーム 兵器の擬人化(軍艦、軍用機、軍用車両の女体化)。第3作まで発売中。
境界線上のホライゾン2008小説 歴史上の人物の転生。連載継続中。2011年と2012年にはアニメ化も。
学園☆新選組!2008PCゲーム 幕末の人士の女体化パロディ。
りんかねーしょん☆新撰組っ!2009PCゲーム 幕末の人士の女体化パロディ(転生)。



  【 企画としての利点 】
  このアプローチには、多くのアドヴァンテージがあると考えられる。
  1)作り手の側としては、既存の知識体系を利用することができ、しかも元ネタを公然と表示することができるため、キャラデザ(外見、性格、物語等々)がやりやすい。
  2)当該知識体系には大量の個体が含まれる(そうであるようなネタが選ばれる)ため、キャラクター量産にも向いている。
  3)周辺事情として、00年代以降の同人界の活況と人材の豊富さにより、人材調達とキャラクター量産が容易になっている。
  4)特定のカテゴリーを取り上げているため、あらかじめそのカテゴリーに興味を持っていたユーザーを取り込めるし、それ以外のユーザーにも作品全体のコンセプトを伝えやすい。
  5)受け手の側としても、特定のカテゴリーの既知の情報を手掛かりにするため、興味を持つきっかけになりやすいし、個々のキャラクターを受け入れやすいし記憶しやすい。
  6)キャラクター要素が基軸となる近時のオタク文化においては、大量のキャラクターを登場させることにより、「一キャラでも引っかかればユーザーを引き込める」というカジュアルユーザー志向の誘因戦略に親和的である。メディアミックスにも適している。
  7)「萌える○○」本のような路線では、特定の分野に関する簡易的な事典ものに、キャッチーな擬人化イラストを付けることで、商業的に成立させる(つまり売れる)ことを可能にしている。



  【 創造性と受容形態に対する懸念 】
  ……と、たしかに良いことも多いのだが、個人的には好きではない。どうしても作りがイージーに思えるし、マンネリ化もしやすい(織田信長キャラはいったい何人いるんだ?)。さらに、作品の評価軸が実在物に関する知識に依存しがちになる(元ネタをうまく反映できていることが「優れた」作品であることの根拠とされてしまう)という点にも、疑念を抱いている。実在兵器をそのまま作中に登場させる安易さと併せて、オタク界の創造性と想像力の衰えをひそかに危惧している。あと、検索汚染もかなり深刻だったり。

  フィクションたる創作表現と現実世界に関する学知とを無邪気に接続してしまい、現実世界の事実に合致していることやその精度をもって創作物の価値(出来の良さ)を測る尺度としてしまったり、それどころか現実(に関する知識)をもって創作表現の「間違い」を指弾しようとしたりするといったことは、創作行為の射程を短いものにしてしまう。そして、実在事物を元ネタにしたり実在兵器等をそのまま登場させてしまう手法には、そうした現実ベースの真理要求や真正性要求が介入する余地を作ってしまう危険がある。もちろん、現実から完全に遊離した創作表現は受け入れられない(意味が分からない)だろうし、西洋美術における人体描写の正確性要求(プロフェッショナルな技術的前提)やハードSFにおける科学的挙証要求(意味形成のための分野文化的前提)のように一定の真理要求が掲げられる場合もある。しかし、一般的には、元ネタに関する知識を深めることは、それを利用した作品に対する理解を深めることと同義ではない。おそらくは90年代の『エヴァンゲリオン』を契機として広まったこの安易な事実照合/知識収集/真理要求が、今では無自覚に標準的な受容形態として行われているように見受けられる。
  その端的な表れが、キャラデザの作為性だろう。元ネタの要素を視覚的に反映させるために、擬人化キャラたちをゴテゴテと過剰装飾的にデコレートする。それらは、私見では、まったくもって美しくない。「元ネタの個体にまつわる諸事実を反映している度合い」のみがキャラデザの出来具合の評価基準になる世界では、造形の洗練という観点が閑却されていく。作品の世界の広がりを表現するための一素材としてデザインされるのではなく、簡素なインターフェイスの上に現れる汎用的な固定画像にすぎないという性質も、単なるイメージイラストとしてのイージーさに拍車を掛けているように思われる。玉石混淆な多数のイラストレーターによる分散的分業であるという事情も、キャラクターデザインの美的統一性の欠如をもたらしている。

  もっとも、知識収集はオタクの性である(歴史と軍事はまさにその中心地だ)し、単純な元ネタ反復などというものはあり得ず、実際にはそれを超える新たな創作的醍醐味が常に現れてくるものだし、近年のオタクのキャラクター受容リテラシーの高まりがあってこそ可能になっているという側面もある。また、創作物もあくまで現実世界の人々が現実世界に存在する事物の一つとして認識し受容し利用するものである以上、「創作物である」という条件に対してなんら特別な地位を与えることなく、形式面でも各自がただ自分の好きなような仕方で受容し消費し利用していっても構わないし、実質面でも創作物の表現内容を現実の事物と同じ地平において生起するものとして当人の現実認識の一部として消化しても構わない。

  それに、現代の商業制作であることから、大作企画であるほど好都合だという点もある。ロシアの小説のように大量のキャラクターを一から憶えていかなければいけない作品を成立させ流通させるは、今世紀の大衆文化としてはきわめて困難だろう。言い換えれば、大作だからこそ我々ユーザーの目に触れる機会が相対的に多くなっているに過ぎず、実際には全体として見ればカテゴリー擬人化タイプの作品は依然として少数にとどまっているだろう。



  【 アダルトゲームのばあい 】
  ちなみに、スタンドアロンプレイのアダルトPCゲームも、上記のようなカテゴリー萌えキャラ化とは正反対の路線が支配的である。玉石混淆な大量の萌えキャラを登場させるのではなく、ヒロイン人数を絞り込みつつ一人一人をデリケートに作り上げている(――別記事「三属性によるキャラクターデザイン」も参照)。さらに近年は恋愛系ですら、『セイイキ』シリーズ(2014-)や『アイカギ』(2017)のようにヒロイン一人に特化したタイトルが現れている。

  これは、アダルトゲーム分野に特有の事情のためでもある。1)この分野はなによりもまずCGのクオリティを強みとしているため、量産に向かない。2)商品単品の価格が高めであるため、カジュアルな流入は期待できない。3)アダルトシーン増強要求により、ヒロイン人数が減らされているという側面も考えられる。4)伝統的に、オリジナル志向が強い分野でもある。アダルトゲームは、「原作のないオリジナルの作品を」、「連載ものではなく、一製品ですべて完結した形で」、「商業作品として成立させられる」という創作上の美質を持っている貴重な分野である。

  もっとも、BaseSonは二匹目以降の泥鰌にも成功し続けているようなので、カテゴリー萌えキャラ化路線がまったく不可能というわけではないだろう。また、キャラデザのコストという観点では、すでにサブキャラが比較的多数登場するしそれらは丁寧にデザインされるようになっているので、コストの点ではあまり負担にならないかもしれない。さらに、SLGタイトルは、内容上の要請からも、また大作企画になりやすいという点からも、大量のキャラクターを登場させることが多い(――とりわけalicesoft、Eushully、ninetail)。なかでもALcotはいち早くこの流れに乗って『幼なじみは大統領』(2009、現代の政治家)、『鬼ごっこ!』(2011、日本昔話)、『中の人などいない!』(2012、東京各区代表+特撮ネタ)で人気を博した。今後のアダルトゲームが特定の事物カテゴリーを基軸にした萌えキャラ量産路線に(も)地歩を築いていく可能性はある。



  【 アダルトゲームにおける実例 】
  1)まずは歴史ネタ(主に歴史上の有名人の女体化)から。この分野での先駆者はおそらく『行殺新選組』(Liar-soft、2000)。新選組ネタは、『学園☆新選組』(May-Be SOFT、2008)、『りんかねーしょん☆新撰組っ!』(りぷる、2009)、『萌恋維新!』(Abel software、2010)、『機関幕末異聞 ラストキャバリエ』(キャラメルBOX、2015)も取り上げた。
  上記『恋姫†無双』シリーズは、古代中国に飛ばされた現代人青年の話。三国志の人物たちが何故か女体化(というか性別反転)している。『超時空爆恋物語』(プリムローズ、2010)は、クレオパトラや楊貴妃など歴史上の美女たちが転生してきたというシチュエーション。転生ネタは『桜花センゴク』(ApRicoT、2010)も用いている。戦国時代ネタは、この他にも『戦国ランス』(alicesoft、2006)、『戦国天使ジブリール』(FrontWing、2011)、『平グモちゃん』(Liar-soft、2012)があり、いずれも当時の人士がキャラクターとして(しばしば男性が女性化して)登場する。しかし、戦国時代の知名度や人気に照らしてみれば、タイトル数は意外に少ない。
  SLGジャンルでは、alicesoftの『戦国ランス』(上記)と『大帝国』(2011)が名高い。後者は主にWWII期の軍人や政治家のパロディキャラクターが多数登場する。『英雄*戦姫』シリーズ(tenco、2012/2014)は、世界史上の英雄たちが女体化してごちゃまぜに登場する架空(?)の地球を舞台にしたSLG作品。げ18もいろいろ。

  2)創作物や伝承(の人物)。日本神話は『IZUMO』シリーズ(studio e.go!、2001-)を初めとして、『恋神』(PULLTOP、2010)と『彼女は高天に祈らない』(Escu:de、2011)あたりが代表的だろう。いずれも、神話の神々がキャラクター(ヒロイン)として登場する。『とっぱら』(キャラメルBOX、2008)は影女や橋姫といった日本の妖怪がヒロイン。唯一の人間ヒロインと結ばれるとバッドエンドのような扱いになるのもユニーク。酒呑童子などの怪異要素も含んだ歴史もの(平安時代)として、『シキガミ』(2011)もある。
  西洋ものでは、『黒の図書館』(ふぉ~ちゅん♪、2003)『メルティ・メルヘン』(ぱんだはうす、2003)が先駆的だった。童話/民話/昔話ものでは、『幻奏童話ALICETALE』(GALACTICA、2012)や『メルトピア』(side-B、2014)もある。アーサー王物語を題材にした『12+』(アニゼッタ、2011)と『Knight Carnival!』(Nomad、2010)は発売年が被った。北欧神話ものも、『ソレイユ』シリーズ(2007-)や『戦乙女ヴァルキリー』(ルネ、2004)などいくつか。『ノブレスオブルージュ』(Chuablesoft、2013)は『三銃士』ネタで、近代の創作物を元ネタにしているものは珍しい。

  3)自然物や人工物を擬人化したものは、アダルトゲームにはほとんど存在しない。ヒロイン級に並べているタイトルは、『Like Life』(HOOKSOFT、2004)と『モノごころ、モノむすめ。』(May-Be SOFT、2005)くらいだろうか。どちらも救急箱や冷蔵庫などが擬人化されて登場する。日常的な事物が性表現にはマッチしないからだろうか。『セックス あ~ん♪ パンツァー』(softhouse-seal、2014)は、タイトルの自己申告どおり戦車の擬人化もので、チハまたはティーガーの女体化キャラを主人公(自機)とするACTで、10式戦車やルクレールの擬人化キャラがボスとして登場する。『まいてつ』(Lose、2016)に登場するハチロクも、8620形蒸気機関車に対する一種の擬人化と捉えることができるだろう。

  なお、擬人化の主題からは外れるが、『マブラヴ』シリーズ(age、2003-)には、実在の軍用機に名前を借りたロボットが多数登場する。また、擬人化というほどではないが、キャラクターの名字を特定のカテゴリーで揃えるという手法は多用されている。例えばゆずソフトは毎回この手法でネーミングしており、例えば『E×E』(2007)は各キャラクターの名字を京都府内の神社名(伏見、野宮、貴船など)にしており、『のーぶる☆わーくす』(2010)は刀工名(兼元、正宗、国広など)を名字にしている。その他にも、地名(駅名、温泉地名、島名など)、戦国大名の名字、果ては空港名や軍艦名まで、さまざまなカテゴリーが名字や名前に使われている。TVアニメ化もされた『School Days』シリーズ(Overflow、2005-)の登場人物の名字が歴代首相の名字であるのも有名だろう。

  こうして実例をさらってみると、00年代末以降はアダルトゲーム分野でも、既存の事物をストレートに反映させたタイトルが増えていると言えそうだ。00年代前半までは、作品規模がそれほど大きくなかったため、キャラクター量産の必要性が薄かったという事情もあるだろう。あるいは、白箱系では恋愛要素に対して、黒箱系/ピンク系では性表現要素に対して実在知識体系の参照が忌避されたのかもしれない。