2024/12/20

アニメ『ネガポジアングラー』各話感想メモ

 オリジナルアニメ『ネガポジアングラー』(2024年10月~12月、全12話)の感想。
 雑記欄に書いていたものをまとめた。


 【事前の印象】
 オリジナルアニメとして、興味はある。釣りには詳しくないが、植村泰監督は演出業で実績のある方だし、メインヒロインがファイルーズあい氏なので大丈夫だろう。脚本の鈴木智尋氏は、『DOUBLE DECKER! ダグ&キリル』(2018)でもオリジナルアニメ脚本を手掛けている。制作会社のナット(NUT)は、2017年設立の比較的新しい会社のようだ。


 【 第1話:ネガティブアングラー 】
 秋のオリジナルアニメ『ネガポジアングラー』第1話を視聴してみた。しっとりした画面作りで、背景(風景)の質感が良い感じ。絵はあまり動かないが、コンテが上手くやっているので飽きさせないし、水に落ちたシーンの水泡アニメーションなど、見せどころをきちんと見極めてコスト配分しているのが分かる。脚本面でも、主人公の境遇と海釣りのアクションを丁寧に連動させているし、背景も夜間から次第に明るくなってくる(陽が昇る)推移がストーリーの変化と歩調を合わせている。この出来なら、十分期待して視聴していけそう。オリジナルアニメだから、12話(?)できれいに完結させてくれるだろうし(※原作付きのアニメは、中途半端に終わってしまうことが非常に多いので……)。
 ファイルーズあい氏の演じるメインヒロインは、なんだか『キルラキル』あたりに出てきそうなキャラデザだが、性格はまともそうだ(※まさに上村監督はGAINAX出身とのこと。ただし、『キルラキル』そのものには関わっていないようだ)。舞台は現代日本(江戸川区?)だが、戸松遥氏の演じる水色ツインテールキャラはタイ出身、長身の男性も留学生(おそらくアジア系)で片言日本語と、国際色豊かなのが目を引く。さらに、マスク着用の女性キャラは、なんと小松未可子氏。
 気になる点は、劇伴と音声のバランス(※戸外のシーンなのに、音声がやや籠もったようにオフな感じで聞こえた。それとも海上の開けた感じの表現なのか?)。口パクも微妙に合っていない――というか、口パクアニメーションがかなり簡素――に見えたが、現代アニメはこのくらいの水準なのだろうか。まあ、どちらも些細な瑕疵にすぎず、作品鑑賞には問題無いが。


 【 第2話:プールで釣りで 】
 オリジナルアニメ『ネガポジアングラー』第2話。遊戯的なアニメーションがところどころ面白いし、釣りシーンの動画も美しさと力感を雄弁に表現している。脚本もきちんと筋が通っていて、カタルシスへの導きを上手く構成している。予想外に良い出来で、なかなか楽しい。
 劇伴も、まるでフィルムスコアリングのようにハマっている(※映像に合わせて、後から音楽を作曲すること)……と思ったら、本当に全話フィルムスコアリングで作っているようだ。劇伴担当は菊谷知樹氏で、今のところ、ほぼギター1本だけでBGMを押し通しているのも大胆。
 ただし、音楽に対して台詞の音量が小さくて埋もれがちになるのは、あまりいただけない。例えばヒロインが力強く喋っている場面でも、音声ボリュームが小さくてツヤが出ておらず、迫力に欠ける。明らかに音響監督の失敗だろう。
 作画については、鼻の穴を律儀に描いているのがちょっと珍しい。デフォルメの崩し方といい、「3」字型に唇を突き出す描き方といい、ちょっと昔風のレトロ感を狙ったものかと思われる。また、口パクがたまに合っていないが、このくらいは許容範囲内だろう。演出が充実しているからなのか、23分がやたら長く感じるのも珍しい体験だ。「えっ、これでやっとAパートが終わったの?」という感じ。


 【 第3話:心のこり 】
 アニメ『ネガポジアングラー』第3話。絵の動かし方がかなり好み。キャラクターを動かすときに、ブレのコマ(つまり残像のようなアレ)を中割で挟むのは、アニメの表現文法としてはちょっとレトロ感があるが、勢いがあって気持ち良い。キャラクターの身体をほどよくデフォルメで崩しつつ、全身運動の力感(あるいは脱力感)を表現していくところも上手い(とりわけ序盤の、電車に駆け込むまでのシークエンス)。ロングショットのカットも、空間性を強調したり、長回しで使ったり、大胆な真横レイアウトだったりしてユニーク。
 また、仕掛けを放り込む(投げる)ときの放物線の美しさや、魚が掛かったときの棹の複雑な力学的動作も、かなり難しい作画だと思われるが、私のような釣り素人にも雰囲気が鮮やかに伝わってくる。よっぽど上手く作画しなければ、なかなかこうは行かないだろう。ストーリーに関しては、今回のサブタイトル「心のこり」も、複雑な含蓄があって良い(※どうやら躑躅森のリールは、弟の形見の品のようだ)。
 [ https://natalie.mu/comic/pp/np-angler ]:この記事でも語られているとおり、東京のビル街を背景にした「大都会+釣り」というシチュエーションも、「自然+釣り」という通念をひっくり返していて視覚的な新鮮味があるし、都会夜景の情緒も取り込みつつ、近代的建築と深い海原とのコントラストが明確化されるという意味でも面白い効果を挙げている。釣り趣味は、「大都会の片隅で、世の中の上を見上げるのではなく足元に目を向けて、目の前の楽しさに心を傾けて純朴に暮らす人々」を表現する機能も担っているようだ。
 主演の岩中睦樹氏は、陰々滅々としたキャラクターを演じながら、愛嬌のあるところをわずかに滲ませてくるのが良い。相方の石川界人氏も、一見硬質な声色で、キャラクターの感情のはっきりした手応えを表出しつつ、同時に懐の広い柔らかさも兼ね備えている。ヒロイン役のファイルーズあい氏も、活きのよい感情をたっぷりと芝居に乗せつつ、全体としては非常に明晰なアニメ発声をしている。


 【 第4話:釣りって難しい? 】
 アニメ『ネガポジアングラー』第4話。日常回にして、ヒロイン「鮎川ハナ」をフィーチャーした話で、終始リラックスした雰囲気で物語が進む。しかしこのヒロインは、髪型が記号的で、意志的な上向き鼻筋で、両目を大きく開いていて、堂々とした腕組み仁王立ちが似合うあたり、やはりGAINAXアニメでバトルをしていてもおかしくないキャラに見える。
 今回はOP(主題歌)を省略しており、尺の余裕を持った本編はゆったりとした時間感覚で進行している。その一方でED映像は、前回まではビル街の遠景を映していたのが、今回はキャラクターたちの生活風景を描いた素描の集まりになっている。この回だけの特殊な処理なのか、それとも第5話以降もこれで行くのかは分からないが、本編進行が周囲の人間関係に着地しつつあることを感じさせるという意味で、ちょうどタイミングの良いアレンジになっている。
 デフォルメ顔の多用や、動く猫耳(?)など、遊戯的なアニメ演出もふんだんに投入されている。情趣のあるギターBGMも、映像の抑揚に寄り添いつつ、時には遊び心を差し込んできて、たいへん心地良い。


 【 第5話:散財アングラー 】
 アニメ『ネガポジアングラー』第5話。残念ながら、ハズレ気味の回。顔アップでひたすら説明台詞を釣瓶打ちするので情緒が無いし、レイアウトにも美しさを感じない。顔を映さない後頭部のまま喋らせるという無策カットも散見されるし、不自然に絵が止まってしまう箇所もある。本当に上手いコンテであれば、引き締まったレイアウトで場面ごとのムードを鮮やかに表現したり、止め絵でも映像的な流れを維持するように構成できるのだが……。コンテ担当(室井氏)は、90年代からのキャリアのある方なのに、とにかく退屈で味気ない。ついでに、今回フィーチャーされたキャラクターの喋りも、甘ったるい媚びが強くて苦手(※声優は土屋氏)。
 第4話までは、コンテの洗練と遊び心、そして会話シーンでも間(ま)の取り方などが巧みで、映像作品として見応えがあっただけに、今回の安っぽさは本当にもったいない。次回以降は持ち直してくれることを願うばかり。
 良いところも指摘しておくと、中割りの作画はかなり意欲的に、面白い絵を入れている。そういう現場の情熱は、確かに見て取れる。ただし、コンテの拙さを作画で挽回するのは難しい。
 ストーリー面では、どのような位置づけになるだろうか。ポジティヴに「主人公が身銭を切って、趣味の世界で自分を誇れるもの(道具)を手に入れた」となるか、それともネガティヴに「主人公は趣味の世界でも、散財しつつ道具マウントで自分の価値を確保しようとする」となるのか。


 【 第6話:TAI LOVER 】
 アニメ『ネガポジアングラー』第6話。動きの表現や視聴覚的演出がとても鮮やかに出来ていて、視聴者の感覚を気持ち良く刺激してくれる回だった。例えば、スタッフのコメントでも言及されているとおり、太刀魚を捌くシーンは、何気ないカットなのにやたらとなめらかでリアルだし、釣った魚のエラが動いているところも生命の手応えを強烈に意識させる。夕陽のシーンで主人公に柵の影が掛かるところもインパクトがある。
 戸松遥氏の腰を据えた芝居も、台本に大きな説得力を加えている。当初は、「戸松氏ほどの人物を、わざわざこんな脇役キャラに使うのは何故だろう?」と思っていたが、今回のような重要な役割――主人公に良い刺激を与えてくれる年長者だ――を演じるのであれば、なるほど、戸松氏クラスの役者をキャストしなければいけないわけだ。
 劇伴(BGM)は、第1話の頃はほとんどギター1本だけだったが、ここに来て他の楽器もかなり目立つようになってきた。わびしいソロ演奏から賑やかな合奏になるという聴覚的変化は、ストーリーと歩調を合わせた演出だろう。
 タイ人や中国人(中国語台詞がある)が、ごく自然に登場しているのも、現代日本を舞台にしたアニメとしてはきわめて健全な描写だし、また同時に、日本の現代アニメとしては(残念ながら依然として)きわめて珍しい描写だ。
 全体として、「映像としての気持ち良さをきちんと提示する」というアニメならではのエンタメ要素と、「この作品ならではと言えるような尖った個性」をきちんと作り上げるコンセプトのクリアさのバランスが絶妙だし、キャスト陣の芝居やフィルムスコアリングのBGMによるクオリティの大幅な底上げと、中割で大胆に崩してみせる意欲的な動画作画、そして背景静止画のレイアウトの美しさも相俟って、たいへん旨味のある映像作品になっている。繰り返し視聴してもその都度たっぷりと味わえるところがあるのは凄い。

 長谷川育美氏の出演はどこだろうと思ったら、ああ、留守電の自動メッセージの役(?)なのか。こういう現代ものでもギルド受付嬢案内役を演じるとは。

 [ https://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1730421167 ]
 animate timesでは、なんと、一話ごとの振り返りインタヴューが毎週掲載されているのだが、それによれば第1~3話は助走(エピソードゼロ)とのこと。そして、今回視聴した第5話で、また一つ大きな節目(お祝い)になった。次回からは、そろそろドラマを動かしていくのかも。


 【 第7話:この人何者? 】
 『ネガポジアングラー』第7話は、とてもきれいな構成。以前の主人公は、滑り止め大学に安住する同級生を見下したり、大きなことができなくて拗ねたりしていた。そして今回の釣りでも、自慢の高級釣り竿を使って大物を狙いをするのだが、ろくに釣果が上がらない。しかし、同僚たちの輪に誘われて、小さめ(15cm前後)のサッパをたくさん釣っているうちに、その心情が変化していく。つまり、独善的な虚栄心を捨てて、何かを一緒に楽しむことの価値を受け入れるようになる。
 孤独でルサンチマンを抱えていた青年のドラマとしても、説得力のある見せ方だし、それを釣りの特徴と絡めていく脚本の練り込みも良い。釣りの最後に、さきほど釣り逃した大魚(だったかもしれないもの)の影を一瞬見せるという、余韻の情緒も素晴らしい。
 おそらく釣り番組風と思われるナレーション演出(+サブキャラ「藤代」役)は、菅原正志氏。基本的には外画吹き替え系の声優で、『ロボコップ』の主人公だったり、アニメだと『0083』のバニング大尉だったりする。小器用ではないが、ずしりと来る鋼の声色に、抜群の存在感がある。
 そしてこの回の最後は、キャラクターたちが視聴している釣り番組の中に、藤代のナレーションが聞こえてきて、しかも初心者(=主人公)の釣り体験をナレーションしているという、遊戯的な入れ子演出をちらりと見せてクールに締め括る。
 キャラクター心理の真面目な掘り下げを、ストレートに言葉で説明させるのではなく、状況そのものを通じて描写するという大人びた演出技巧は、オリジナルアニメならではの可能性を結実させたものと言ってよいだろう。そして、「釣りを楽しむアニメ」としての側面も、前回と今回でたっぷりと描き出している。しかも、今回もEDソングをカットして、23分40秒を本編のために使い切っているという力の入れよう。とても誠実に、そして丁寧に、しかも楽しげに作られている良いアニメだと思う。
 台詞のやりとりで、間(ま)が確保されているのも良い。つまり、Aが喋った台詞をきちんと受け止めてから、Bが返事の台詞を口にする。こういう細やかなタイミングで、「かれらが会話している」という映像的説得力が高まる(※他の作品では、ひたすら強引に、溜めもなしに台詞の応酬を詰め込んでいくというのもある。それはそれで速度感があったりするが、しかし会話表現としては作為的で、上滑りして聞こえる)。

 あえてネガティヴな要素も挙げておくと、釣りの「あるある」話に走るのはちょっととチープだし、web動画などにありがちな下品なズンドコBGMもいただけない。まあ、けっして大きな瑕疵ではないし、一回くらいはこういうユーモラスなネタがあっても良いとは思う(※ちなみに、ミリタリー系の動画もしばしばそういううるさいBGMを付けているので、視聴するのは非常に気が進まない)。

 第1話は、たしか春か夏(海に落ちても助かるくらいの季節、6月くらい?)。5話の時点で、最初のバイト給料が出た(つまり、1ヵ月または2ヵ月ほど経過している)。さらに第7話では、秋冬の厚着をしていて、かなり大きく時間が進んでいる。ということは、余命2年のタイムリミットの問題まで、きちんと描ききるつもりなのだろう。

 メインヒロインの「鮎川ハナ」を、萌えキャラ的美少女として描いていないのも良い。程良いツリ目も、ツンと上向いた鼻筋も、時として大胆にダラリと崩されるデフォルメの表情も、そしてファイルーズあい氏の力強い芝居も、このキャラクターがしっかりした意志を持って自分なりの楽しみを堂々と追求していることを強く感じさせてくれる。あの瓢箪のような不思議なヘアスタイルも、そのあたりまで考慮したうえでのキャラデザなのだろう、たぶん。


 【 第8話:親子の関係、子供の成長 】
 『ネガポジ』第8話は残念回。脚本はぎこちないし、コンテも平板で退屈。絵も動きが乏しいし、さらに劇伴も中途半端。
 台本はとにかく余計なことを喋らせすぎで、察しの良い子供(9歳児)の台詞にストーリーを牽引させて美談シチュエーションを作るのは、安易に言わざるを得ない。途中でいきなり登場するモブ少年たちに釣り知識をべらべら説明させるのも、いかにも作為的で落ち着かない。
 コンテ面でも、狭い川釣りに終始しているせいもあって、美しいカットが少ない。終盤の親子が釣りに集中する大事なシークエンスを、イメージ的な静止画でぼんやりとやり過ごしてしまっていたりして、演出判断が盛大にミスっている。ただし、前半では距離を離して歩いていた親子の後ろ姿が、ラストでは近く寄り添って歩いているという変化など、良い部分もありはするのだが。
 そもそも、今回はレギュラーサブキャラ男性とその(離婚別居の)息子の間の関係だけの話に終始していて、主人公の人生(人生観)にはまったく関わりが無いし、それ以外のキャラクターへの広がりも無い。本当に拙劣な回になっていて、がっかりした。もしかしたら、「釣りに熱中して家庭を顧みなかった趣味人の業」のようなものを描きたかったのかもしれないが、そうだとしても誉められたクオリティではない。
 これまではとても優れた出来だったのだが、たまにこんなハズレ回が出てくるのは、まあ、仕方ない。次回に期待しよう。

 残りは4話? アルア(※タイ人の弟キャラ)がまだ取り上げられていないが、鮎川のバックグラウンドに触れるかどうか、それから躑躅森の過去(弟の件)を主人公の病気と絡めて2話ほど使うとすると、もう尺が残っていない。どうなるのか想像できないが、これもオリジナルアニメならではの楽しみだろう。


 【 第9話:鍋パ 】
 『ネガポジアングラー』第9話。これは上手い。今回は素晴らしい。
 序盤(Aパート)はずいぶんスローペースでもどかしく感じたが、物語が進むにつれてバックヤードでの人間関係が微妙に変化していく。その彩りが面白い。
 それらと対比するかのように、主人公は一人でひたすらFGノットという難易度の高い結びに挑戦し続けているが、これはこれで大きな意味がある。これまで主人公は自堕落で自暴自棄で刹那的な生活を送っているだけだったのが、現在の彼は、そうした地道で難しい作業にも、腰を据えて取り組み続けられるようになっている。主人公の大きな精神的変化が、言外に――しかし明確に――描写されている。
 しかも、その結び目は、劇中でヒロインが説明するところによれば、複数の釣り糸を結びつけることによって双方の強みを生かせるものだという――「この二つは特性が違うんだ。それぞれ強みもあるけど、弱点もある。けど、組み合わせることで、お互いをカバーし合って、より強力なシステムになるんだ」。これもまた、いかにも示唆的な話で、人間関係の中に加わって協働しあうことの重要性を説くものだと言える。作品を第9話までじっくり進めてきたところで、あらためて本作の目指すところを明確に提示した、と受け取ってよさそうだ。
 さらに、以前に主人公を追い回していたヤクザの取り立て人たちも再登場する。しかしかれらは、もはや主人公にとっては敵ではない。今やかれらはごく普通の隣人であり、そして一緒にアンコウ鍋を囲むこともできるのだ。社会とは(他者とは)、見下したり敵視したり逃げたりするような相手ではなく、ただの、ごく普通の隣人たちなのだ。そういう穏やかな関係を、主人公は受け止めることができるようになっている。
 小松未可子氏の演じる取り立て人の最後の台詞も、なかなか複雑で微妙な解釈の余地を持っている。私見では、また金を貸してやるという台詞の穏やかさは、逆説的に、主人公がもはやそうしたことには関わらないであろうことを印象づけて、第1話時点の不幸な切迫感からは手を切っていることを示す大きな節目だと思われる。また別の解釈としては、主人公君が他人から信用されるようになっている(つまり、まともな意味で、お金を貸しても大丈夫な人物だという社会的評価を受けている)と見ることもできる。

 もっとも、主人公には余命2年という死病の問題がまだ残っているのだが、それがどのように扱われるかは分からない。これまでの雰囲気からすると、シリアス路線に舵を切れるかどうかは難しそうだし、かといってジョークとして吹き飛ばす(余命問題を無かったことにする)のも無理だろう。
 第1話がおそらく6月頃(?)から始まって、今回の第9話では10月か11月頃(?)まで進んできたので、最終話は翌年の春先くらいまで描いて、残された一年の生き方を暗示しつつ、苦いユーモアとして終わらせるくらいかなあ……。

 取り立て屋たちは、もしかしたら主人公にとって、父母に相当するような立場なのかもしれない。主人公を常にフルネームで呼び続ける彼等は、社会の代表であり、他者そのものであり、そして主人公にとっては逃げたくても逃げられない厄介な存在だった。そんな彼等だったが、この第9話では、長身眼鏡の男性が穏やかに主人公に語りかける雰囲気は「父」のイメージを伴っているようにも見えるし、もう一人の軽薄な男性は叔父か何かのようだ。そして女性(あねさん)は、硬質な小松未可子ヴォイスのまま、最後に主人公を力づける言葉を置いて去っていく。

 作画の面では、それほど大掛かりな動画は入れていない。しかし、雨滴の表現は緻密だし(撮影処理による演出)、結び目を作ろうとする手先と糸の動きをアニメーションさせるのは大変そうだ。
 絵を動かすタイミングも興味深い。一般的なアニメでは、カットごとに入りと終わり(原画)を固定してから中割アニメを入れていく。つまり、「静止状態でカットを見せてから、動きを入れて、そのカットの終わりまで進める」という形になる。しかし本作では、カットが切り替わった瞬間からすぐに絵が動いていく箇所が多い。これは、動画制作としても大変だと思われる(つまり、わざわざ手を掛けている)のだが、これによって、映像としての自然な流れを生んでいる。こういったところも、非常に意欲的で、そして上手いアニメだと思う。この作品に出会えて良かった。


 【 第10話:常宏と貴明 】
 『ネガポジアングラー』第10話は、予期されていたとおり、主人公の病状に焦点を当てる終盤ストーリーに入った。序盤の静かな進行では丁寧に布石を置いているし、中盤の釣りシーンでは、暮れなずむ隅田川の絶妙な色彩変化が物語を印象深くしている。控えめな夕陽から、主人公の迷妄を示すかのような紫色に映像は染まり、そこで魚を釣り逃がしてからは(※ここで魚眼風に映像を歪めるのも印象的だ)、ほとんど現実を離れた彼岸のような青い照明の世界に入っていく。美しいのだが、ゾッとするような浮ついた風景でもある。さらに、完全に陽が落ちて真っ暗になった空間で、主人公たち二人はもがきながらなんとかお互いの言葉をつないでいく。
 Bパートでも近所の子供たちが元気に駆け回っているシーンがくりかえし映されるのは、躑躅森の亡弟の存在を執拗に暗示しつつ、主人公佐々木常宏の健康不安とのコントラストをも形成している。もちろん、この仲良しな少年2人は「常宏と貴明」の裏返しでもある。Bパートのほとんどは、躑躅森の伯父との会話シーンと、アパートでの二人のやりとりの2シーンだけで構成されている。不安感を煽るような不安定な構図、あるいは切迫感を強調するような極端な顔面クローズアップ、そして屋内の会話劇シーンでは、光源表現などもずいぶん凝っている。劇伴の速度変化も、ドラマの動きに寄り添っている。
 入院中の弟が、ありがちな「良い子」ではなく、口の悪いキャラクターとして描かれているのも興味深い。「可哀想な、良い子」のステレオタイプを脱して独自の存在感を持たせるものと見ることもできるし、この沈鬱な回に対して明るさと力強さを――しかもいささか皮肉な形で――提供してくれているという側面もある。
 自宅アパートで、蛇口のカットが2回映されるが、その違いも面白い。1回目は、不安の漏れ出る様子を示唆するかのように、溜まった水滴が落ちる。しかし2度目は、一滴も落ちない。溜め込まれた緊張感の昂進と捉えることもできるし、二人のこわばった会話を反映して蛇口も固まっているかのようにも感じられる。また、その直前に現れる対面カットも、強い印象を残す。現代アニメとしては珍しく、左右の画面分割で二人を映しており、しかも二度目では左右逆、つまりお互いの立場が正反対になって現れる。
 一見すると「まるで地味で変哲もない映像」のように見えるが、実のところ、アニメとしては非常に意欲的な演出に挑戦し続けていて、そして充実した成果を挙げている、卓越した作品だと思う。確かな実績のあるスタッフだが、ここまで見事に洗練された映像をさらりと出してこられるとは……。こういうオリジナルアニメに出会えるのは、本当に嬉しい。
 前の第9話は楽しくて楽しくて、一週間のうちに何度も視聴していたが、この第10話はさすがに、おいそれと気軽にリピートできるような代物ではないなあ……。

 上村泰氏は、元々は制作進行や演出を担当してきた方のようだ(つまり、たたき上げのアニメーターというキャリアではない)。氏の過去作品――初監督の『ダンタリアンの書架』(アニメ版2011年)――も、ちょっとだけ視聴してみた。なるほど、上手い。シナリオ(原作)やコンテは別人だが、背景美術に深みがあるし(つまり、そこにコストを掛ける判断をしている)、画面構成や演出もしっとりと落ち着いているがスムーズだし、劇伴についても激しい弦楽器ソロなどを使っている。
 脚本(おそらく全話脚本)の鈴木智尋氏は、不思議なキャリアの持ち主だ。2008-2010年にTVドラマに脚本としてほんの数本関わった後、2011年に『Tiger&Bunny』に携わり(脚本としては2-3番手くらい?)、そこからはシリーズ構成(しばしば全話脚本)ばかりを連発している。仕事の速さと構成スキルを、よほど周囲から信頼されているのだろうか。


 【 第11話:言わなきゃいけない 】
 アニメ『ネガポジアングラー』第11話。描くべき焦点は主人公の病気ではなく、あくまで人間関係の機微なのだという判断で、あまり重苦しくなりすぎず、人々の個性や情動を映していく。作画についても、それぞれの絵の動きが何のためにあるのか、何を演出するための映像なのかが、明確にコントロールされている。鮎川ハナが棹を振り出すアニメーションの心地良いカタルシスは、その最も優れた瞬間の一つだろう。
 ストーリー面では、逃げ出した友人を探したり連絡を試みたりするのではなく、再会するために釣りに専念する(※作中時間で、おそらく一週間またはそれ以上)というのは、いささか強引に思えるが、フィクション上の微笑ましい構成として受け入れるべきだろう。

 正直に言うと、開始前は、「珍妙なヘアスタイルのヒロインがいるし、釣りという趣味ネタで売り出しているようだから、センスのない寝ぼけた自己満足的マイナー企画なのかな」と疑っていた。しかし、意欲的なオリジナルアニメなのと、ファイルーズあい氏のメイン出演、それからキービジュアルもちょっと珍しいレイアウトで、見捨てるにはもったいないポテンシャルを感じていた……のだと思う。
 それで実際に第1話を見てみたら、脚本もコンテも予想外にしっかりしていたし、アニメーションの動かし方にも魅力があり、第2話に入る頃には野心的なフィルムスコアリングにも気づいて、「これはなかなかの力作だぞ……」と認識を改めて、最後までついていけると確信した。
 ただし、中盤までは、まだ不安を残していたのだが、第6話まで来てようやく、「このスタッフならば最後まで大丈夫だ」と信頼を預けられるようになった。懐の深い演出と、洒落っ気のある構成、そしてそれをきちんと具体化する技術。十分な歯応えのある、良い作品だと思う。


 【 第12話:ネガポジアングラー 】
 『ネガポジアングラー』第12話。最終話は、息を呑んで没頭する24分だった。
 過去と現在の二重写し演出も巧みだし、ティルト(カメラの縦移動)カメラワークも引き締まった清らかな雰囲気がある。大都市の背景美術も、キャラクターたちがそこに住んでいる感触を情感豊かに伝えてくれる。ギター劇伴も上手い。きちんと構築された脚本に対して、現代のクール制アニメとして可能なかぎりの、映像演出の粋を凝らして――しかしけっして大袈裟にはせずに――仕上げてみせた、たいへん洗練された作品だった。
 明暗のコントロールも抜群に上手くて、ずっと感心していた。夜景など、暗い時間帯のシーンも多いのだが、画面そのものが暗くなってしまうわけではなく、色合いやディテールがきちんと見える感じで、しかも、その都度の時間帯に特有の情緒をくっきりと映し出した映像になっていた(※おそらく撮影処理の範疇)。例えば、早朝に起きて出歩いた時の、暗いのだけど周囲がはっきり見えていて、しかも、世界全体が特有の色に染まりきっているという、あの不思議なムード。実際に釣りをしてきた人々も、まさに本作の映像のように、そういった様々な時間帯のムードを感じているのだろう。
 そう言えば貴明は、「釣りの楽しさとは)何か」という問について、最初の頃から言葉を濁していた(自分なりの結論を見出せずにいた)んだね……。もう一度、全話を見返してみたい。

 ファイルーズあい氏は、最後まで名演。率直で、しかし幼稚ではなく、視聴者に信頼と幸福をもたらしてくれるような力強い芝居。今作では、クレジット2番目ながらサポート&賑やかしキャラを引き受けて、物語全体を引き締めてくれた。
 このヒロインにしても、作品全体としても、恋愛やお色気からきれいに切り離されていたのは好ましい。他のサブキャラにBL妄想ガールが一人登場しているが、あくまでコメディ要素として時折挟み込まれているだけなので、本筋には影響していない(※もっとも、最終話の「起こしちまったな」は、BL事後台詞のように聞こえてしまったけど、それはむしろ私自身の側の問題なので……)。