2024/12/21

2024年12月の雑記

 2024年12月の雑記。


 12/31(Tue)

 趣味生活の年間回顧。全体としては例年同様。ただし、金銭的にはやや縮小してしまった。
 模型関連では、いろいろなジャンルを適当に手掛けて、技法面でも経験を積んだが、腰を据えて大物に取り組むことはできなかった。中-長期的な展望や構想も、あまり見えていない。この一年で印象深かったキットは、「ボイジャー」と「STAPEL」かな。
 ゲーム関連も細々と続けている。学園恋愛系が退潮して、ダーク系(Guilty)とピンク系(かぐや)が堅実に残っているという感じ。Escu:deが切れ味の良い新作を出し続けてくれているのもありがたい。
 アニメに関しては、一クールあたり1-2本程度を選別して視聴している(※最初のうちはいろいろ見て回っているが、大半はすぐに落とす)。堅実かつ誠実に作り込んだ『望まぬ不死』、演出抜群の『負けヒロイン』、そしてオリジナルアニメ『ネガポジアングラー』はいずれも満足。
 大きな出来事として、木村あやか氏が配信開始されたのは本当にありがたかった。夢のような幸せだ。何度も繰り返しているわけではないが、一回ごとに丁寧に視聴している。

 漫画関連は多いので、3種カテゴリーに分けて回顧する。
 継続中:小川麻衣子『波のしじまのホリゾント』、冬目景『百木田家の古書暮らし』、小野寺こころ『スクールバック』、上戸亮『ロメリア戦記』、シロサワ『水姫先輩の恋占い』、胡原おみ『逢沢小春は死に急ぐ』、そして岩永亮太郎『Pumpkin Scissors』の連載再開。
 新規作品:背川昇『どく・どく・もり・もり』、馬かのこ『ディディアディクション』、しなぎれ『女装男子はスカートを脱ぎたい!』、窓口基『冒険には、武器が必要だ!』、空空北野田『深層のラプタ』、九重すわ『踊町コミックハウス』。
 完結した作品:浅山わかび『ラストカルテ』、コトヤマ『よふかしのうた』、三都慎司『新しいきみへ』、いけだたかし『旅に出るのは僕じゃない』、ナナトエリ・亀山聡『僕の妻は発達障害』、amase『蛍火艶夜』、そして山本崇一郎いろいろ。
 単発作品:よしながふみ『環と周』、ちょめ『室外機室』、さかさな『おままごとのおわり。』など。




 12/24(Tue)

左「セタリア」は、太腿(股下):脛=3.0cm:5.3cm。ただし、太腿パーツ全体としては4.2cm。右「BDナイト」は、3.0cm(3.5cm):4.2cm。

 脚の長さ。人体の造形としては、一般的には太腿よりも脛が長い方が美しいとされる。ただし、ガールプラモの場合は、バランスのよろしくないキットも多い。私見では、主な理由は二つある。
 1: 15cm級の小さなキットなので、脛を伸ばしすぎると華奢になりすぎてしまう。
 2: 太腿パーツが、股下ではなく腰部にまで食い込んでいるので、太腿が長く見えてしまう。
 3: 太腿の造形(肉付き表現)が弱いため、間延びして空疎感が強まる。
そういう事情は理解できるのだが、それでも、プロポーションに疑問を覚えることがある。上記「Buster Doll ナイト」は、失敗例の典型だろう。太腿の造形がのっぺりしているのもまずい。それに対して「セタリア」は、(靴による底上げがあるとはいえ)おおむね3:5のきれいな比率になっている(※それでも、太腿の間延び感は否めないが……)。
 手許にある適当なキットで、適当に測定してみると、以下のとおり(※脛/太腿の比率が大きい順に配列している。どこまでが太腿かの厳密な区切りは困難なので、あくまで大雑把な目安程度。また、リンク状スペーサーなどを挟むか否かで2-3mmの違いは出てくる。下記は基本的にプレーンな素体状態として測定した)。

キット太腿股下(括弧内は太腿パーツ全体)/脛の長さ(mm)比率
MDスサノヲ(レガリア)31(37)/61(ハイヒール)1.97(1.65)
FAG白虎31(43)/57(メカ脚)1.84(1.33)
※ウルトラマンブレーザー26(35)/461.77(1.31)
FIOREセタリア30(42)/53(靴あり)1.76(1.26)
アーリア(Suyata)31(38)/53(ハイヒール)1.71(1.39)
フランケンシュタイン32(40)/55(ハイヒール)1.71(1.38)
※蛍(可動フィギュア)33(41)/561.70(1.37)
モビルドールサラ31(36)/52(ハイヒール)1.66(1.44)
FIOREロベリア30(38)/51(ハイヒール)1.67(1.34)
錦衣衛33(40)/53(ハイヒール)1.61(1.33)
青龍31(39)/501.61(1.28)
MD朱羅:弓兵(絆)30(35)/481.60(1.37)
FAGバーゼラルド30(40)/48(ハイヒール)1.60(1.20)
ユフナ・マルキナ32(37)/501.56(1.35)
FAGフレズヴェルク32(39)/50(ハイヒール)1.56(1.28)
メイドロイド:ミャオ35(42)/52(靴あり)1.49(1.24)
30MSイルシャナ28(34)/411.46(1.21)
楊戩(ようせん)35(42)/50(ハイヒール)1.43(1.19)
MD朱羅:弓兵(蒼衣)28(35)/401.42(1.14)
FAGグライフェン32(37)/45(靴あり)1.40(1.22)
MD:BDナイト30(35)/421.40(1.20)
合体アトリ30(37)/421.40(1.14)
佐伯リツカ(水着)35(43)/481.37(1.12)
スレッタ30(37)/40(靴あり)1.33(1.08)
VFGフレイア・ヴィオン34(41)/45(ハイヒール)1.32(1.10)
30MS(水着)31(37)/401.29(1.08)

 見た目の印象を裏付ける結果もあり、また、ちょっと意外な結果もあった。
 MD「スサノヲ:レガリア」がトップなのは、本当に驚いた。メガミシリーズとしては異例の16cm超えキットなのだが、胴体はコンパクトに引き締めて、脚部+脚部装甲で魅せる形になっている。脚部装甲のためのスペーサーで、脛が2mmほど伸びているのだが、それを加味してもすごい。ちなみに、無印スサノヲの素体モードでも、公式画像から判断するに、1.60(5:8)くらいはあるようだ。
 上位には中国メーカーの「アーリア」「フランケンシュタイン(エリザベス)」「錦衣衛」「青龍」が並んでいる。可動フィギュアの「蛍」も同水準。中国のプラモデルや可動フィギュアは、太腿が長すぎると感じることがあったが、長さの比率で言えば十分に引き締まったプロポーションになっている。素肌だけで太腿を構成すると間延びして見えるということだろう。同じ問題は、佐伯リツカのような水着キャラにも当てはまり、しかもこちらは実際の腿脛比も小さいので、問題が深刻化している。
 VOLKSの「ロベリア」も、股間部分のえぐれた造形は好き嫌いが分かれるが、プロポーションは良好。「弓兵:絆」は、無印版と比べて全身がかなり肉感的になったが、脚部のバランスは意外なほど良好だった。肉付きの良さと、重心の安定感と、脚部の曲線的な造形美を両立させていて、MDシリーズの中でも相当優秀だと思う。
 FAG「フレズヴェルク」は、ハイヒールで脚部の長さを稼いでいるおかげもあって、プロポーションは非常にきれいに見える。「バーゼラルド」は太腿が長すぎて不気味に感じていたが、測定してみるとかなりまともな数値だった。ゆえにバランス設計の問題ではなく、元々のキャラデザの問題と言うべきだろう。それに対して「グライフェン」は、明らかに鈍重キャラとしてデザインされているので、これで良いと思う。
 「ミャオ」と30MS「イルシャナ」は、もっと駄目かと思っていたが、測定してみたら無難なバランスだった。しかしこれらよりも下、腿脛比が1.4を下回るのは、そろそろきつい。BD「ナイト」は、スパッツのままだとバランスが悪いし、かといってスカートを履かせて誤魔化そうとしてもオムツ造形を我慢しなければならない。
 「スレッタ」は、数字の上では非常にバランスが悪いのだが、実際にはハーフパンツなので、見た目はわりとまともに見える。「フレイア」が、(ハイヒール込みなのに)ほぼ最下位なのは悲しいが、ふくらはぎの盛り上がりなど、立体的な造形としては十分魅力的に見える。騎乗ポーズとの兼ね合いがあるため、伸縮工作は事実上不可能だし、このままで良いと思う。そして、30MS水着ボディが数字上ではワースト。造形そのものも、ふくらはぎが左右に広がっていて不格好だし、なんとも誉めにくい。
 参考までに、男性(?)キャラの「ウルトラマンブレーザー」も測定してみたら、1.7超という大きな腿脛比が出て驚いた。やたらマッシヴで重たそうに見えるのに……。しかも、太腿の上端がデザインの一部としてうまく腰側につながっているので、曲げ伸ばししてもバランスが破綻しにくい。このあたり、さすがBANDAIは上手い。

 延長工作をしようとすると、太腿の方がやりやすいのだが、バランスを考えると気が引ける。しかし、脛の方を延長しようとすると、曲面構成全体をいじる必要があるので、難易度が上がる。
 他方で、多くのキットでは、太腿を短縮工作すると脚部のバランスが良くなり、なおかつ、いわゆる日本人体型に近付いて安定感が増す。これはこれでありだと思う。あくまで好みの問題だが。

 セタリアの足(足元)に既視感があったのは、同じくVOLKSの「フェイ・イェン・ザ・ナイト」にちょっと似ているからだと気づいた。こういうデザイン、つまり、大ぶりで平たくてメカニカルな靴は、このジャンルではなかなか見かけない。大抵はほっそりと縦長に引き締まった(ハイ)ヒールで、このように安定感のある靴造形はかなり珍しい。


 【 ガールプラモとバスト表現(の失敗事例だと思うもの) 】
 FAGウィルバーナイン……どうして、またもや、こんな、とってつけたような無味乾燥デザインのバストなんだ……。適当な袋をぼよんとつけただけのようなデザインで、色彩的にも悪目立ちするし、ホワイト一色なので立体感が見て取りにくいし、ここだけのっぺりしていて周囲の密度感と釣り合っていない。こつえー氏ですら、こんなデザインを出してしまうのか……。
 FAG「イノセンティア」も、文字通り後から盛り付けたようなぐんにょりバストパーツだったし、BANDAI「モビルドールメイ」も、全身のクールなデザインの中でバストだけがのっぺりしたグレーで非常にダサかった。FAG「金剛」も同じく、黒一色の膨らみを二つ貼り付けているだけで、キャラデザとしての創意工夫も、キャラデザ全体としての整合性も、まるで無い。VIOREですら、「ドラセナ」はほぼグレー単色のバストで、その部分だけ浮いていた(どうして、よりにもよって、灰色という一番つまらない色を選んだのか?)。FAG「六角潮季」に至っては論外レベルの大失敗。
 いっそVFG「クラン・クラン」「ケーニッヒモンスター」まで思いきって張り出させるのであれば、(好みはともかく私自身はどちらかと言えば薄平べったくて繊細な方が美しいと思っている派なんだけど)評価はできるのだが、上のような中途半端もっさりバストだけは苦手。ファッションとしても味気ないし、デザインとしても「見栄えのするバストを作り出そう」という掘り下げがまるで見て取れないのがつらい。ガール系モデラーたちの多くは、私よりもはるかに先鋭的で洗練された美意識でバストに注目されていると思うのだが、かれらはこんな中途半端ダサバスト表現を魅力的だと感じるのだろうか? 解せぬ。
 例えばメガミデバイスシリーズや海外キットであれば、曲線美を強調するような色分けを試みていたり、素肌パーツとのパーツ分割でいろいろな見せ方を提示したりして、あるいはネクタイを垂らして立体的な凹凸を示唆したりしていて、それらはもちろん高く評価されるべきだと思う。そういった、より良い表現を目指す試みをこそ体験したい。



 12/20(Fri)

 『ネガポジアングラー』第12話。
 美しい作品だった。これまでの各話感想をまとめて個別記事にした。

 この作品も、そして前クールの『負けヒロイン』も、絵の動かし方が非常に洗練されていた。
 一つには、ただ闇雲に動かすのではなく、動かすところとそうでないところの取捨選択をしていること。そしてそれは、絵を動かすことを、その都度の場面の演出的造形の下にコントロールしているということでもある。カットごとに、そのアニメーションを見せることで、どのような表現効果をもたらすかが明快に整理されており、鮮やかな成果を挙げていた。
 第二に、個々のカットをどのように動かすかについても、はっきりした映像演出上の定見が見て取れる。「個々のカットのどのタイミングで動かすか(つまりコンテ全体の設計でもある)」、「どのような動かし方をするか(けっして一律ではない。ましてや、のっぺりとだらしなく動かし続けるのでもない)」、「絵の動きに、意味づけをする(漫然としたアニメーション化ではなく、振り付けとして機能するように動かす)」。
 そういう観点で、これらの作品は非常に優れていた。時にはコミカルに全身を崩してみせ、また時には瞬間の動作のハッとするような美しさを描き出し、さらには情感豊かで繊細な動き(例えば頭髪が静かに風になびく様子など)を掬い上げる。
 また、いわゆる「撮影処理」の範疇で、画面のクオリティを上げる技巧も、ここ数年で大きく深化してきたように感じる。古典的なアニメのようにべったりした画面ではなく、遠近法的なボカシによる空間的な情趣や、時間帯に応じた画面全体の色彩感の変化や、雨滴のナチュラルな表現など、大小様々な次元で映像の見え方を細密にコントロールする。これについても、『ネガポジ』『負けヒロイン』は傑出した出来だった(※同時期の他のアニメと見比べても、抜きん出たクオリティだと思う)。

 模型制作でいう「フィルタリング」の有無にも似ている。つまり、キット全体を特定の色合いで薄くコーティングすることだが、この処理を施すことによって、各部の色調にまとまりが生まれるし、また、細やかな滲みによって、特有の質感がもたらされ、面の空疎感も払拭される。この処理をしないと、塗り分けた複数の色が衝突しあったままになるし、特にヴィヴィッドな色はかなり下品になる(※そういう派手さをあえて活かすアプローチもあるけれど)。
 上記のアニメ撮影処理も、それに近い作用を果たしている。画面が安っぽくならず、その都度の独自のトーンを持つようになり、さらには時刻等に応じた光(ライティング)の感触やそれに基づく空気感も作り出すことができる。実写映画や舞台芸術でも、もちろんこうしたコントロールは行われているが、アニメ媒体でも同種の演出技巧が定着し、効果的に用いられるようになってきたのは嬉しい。


 アニメ版を作るべきは、「アルカナディア」よりも「創彩」ではないかなあ。
 アルカナディアは、そもそもキャラ造形の方向性がバラバラで統一感が無いし、現状ではキャラクター間の関係が見えていないし、プラモデルのサンプル写真などでも複数のキャラクターを絡めたものはほとんど無い。作中世界のイメージについては、公式サイトで四コマ漫画を連載しているのだが、デフォルメの強いコメディなので、プラモデル版とは印象が大きく異なるし、あれを読んでいるモデラーがどのくらいいるかは疑わしい。要するに、ユーザー間で共有されるベースが存在しないので、アニメ版も「なんか違う」という反応を受ける可能性が高い。造形面でも、元のキャラデザがせっかく精緻なのに、それをアニメ並の低クオリティへダウングレードしてしまうと、かなり寂しいことになりかねない。商業的に見ても、まだ品数が少なすぎるし、店頭でも品切ればかりで全然入手できないので、KOTOBUKIYA自身の利益にはつながりにくい。そんなコンテンツをメディアミックス展開するのは、得策とは言えないだろう。
 とはいえ、「キャラ間関係や世界のイメージが乏しかったからこそ、それをフォローするのだ」という考え方もできるし、品切れが多いということは、セールスが好調(=ポテンシャルが大きい)ということだから、それをさらにブーストするのもありかもしれない。また、男性主人公抜きで、異種族美少女ばかりのお気楽コメディ(になるのか?)は、現在のアニメ界では、一見ありそうで実は珍しい路線なので、案外ニッチを狙えるかもしれない。リスキーだと思うけど。

 それに対して「創彩」シリーズは、キャラクターが多いし、相互の交友関係も強く示唆してきた。商品展開も(小物などを含めて)充実している。こちらの方がはるかに堅実かつ有望だろう。このシリーズは、最初の3キャラで冬服/夏服/水着と、しつこく繰り返しすぎて商品展開がかなり鈍重で、どうしても広がりに乏しかった。その意味でも、大規模な宣伝コンテンツを出す意義は大きいと思われる。
 ただし、アルカナディアが5キャラ(+未発売2キャラ)に対して、創彩は4キャラ(+未発売6キャラ)だから、商品点数の観点では同水準と言える。こちらもわざわざヴォイスキャストを掲載しているくらいなので、アニメなどのコンテンツ展開を予定していそうだが、女子学生日常もののアニメだと、よほど上手く作らなければ埋没しかねないというリスクがある(※キャストも、バーゼラルド役だった長江氏くらいしか聴きどころが無い)。

 どちらにしても、『FAG』アニメ並のクオリティだとしたら、視聴意欲は湧かないかな……。『FAG』当時(2017年/2019年)と比べても、現在のKOTOBUKIYAの余裕は乏しくなっているだろうし、有力な企業が(製作委員会として)出資してくれるかどうかも分からない。公式サイトのミニコミックが40話以上続いているし、そのあたりで人気の手応えを確認できたのかもしれないが、かなり不安がある。公式サイトの構成を見ると、いかにもゲームやアニメにありそうなレイアウトなので、企画当初からそこまで想定しつつ進めてきたのかもしれないが、それにしても、もっと上手いやり方はあったのではないかなあ。
 ケンタウロスキャラのCVがファイルーズあい氏なので、「聴く」価値はあると思う。ソフィエラ役の加隈氏も、しっかりした芝居をされる方なので、このお二人に関しては安心できる筈。

 KOTOBUKIYAだったら、HEXAGEARやFAでメカものアニメを作ってもよかったんじゃないかな……。元々のモデリングデータは、当然ながらきれいに揃っている筈だし。ストーリーの自由度も高いので、上手い脚本家や演出家を引っ張ってこられれば、十分大きなリターンが見込めそうなものだけど。


 以前にも書いたけど。メディアミックスの中で、アニメ版が「我こそが本家でござい」と言わんばかりの顔で出てくるのは、本当に嫌い。
 事情は分からないではないけれど。例えば、原作小説(小説家/挿絵画家)は、ヴィジュアル面では出てきにくいし、漫画家も新規イラストを提供する余裕が無いことが多いだろう。それに対してアニメ版は、絵柄を規格化されているし、産業構造としても人手を調達しやすい。さらに、アニメ版としての版権であれば、多くの企業を巻き込める、つまり、様々な参加企業の強みを生かしてプロモーションを効率的に拡大しつつ、利益も折半していくことができる(※出版社や作家個人だけでは、そうした継続的活動を担っていくのはほぼ不可能だろう)。アニメ版を前面に押し出すことによって、多くの消費者を取り込めるというのもある。
 そういった事情も分かるのだが、それでも、「アクスタなどのアクセサリーグッズやゲーム化キャラたちが、全てアニメ版準拠で塗り込められてしまう風景は、どうにも好きになれない。原作が尊重されていないと感じてしまうし、アニメ絵は味気ないというのもあるし、サブカルの中でも商業主義の権化のようなアニメ関連産業が出しゃばっているというのもある。


 ようやく暖房を入れたが、さっそく喉が嗄れた。……感染症じゃないよね? そういえば昨冬も、自宅ではエアコンを使いつつ、ずっとマスクをしていたのだった(※もちろん外出時も、常時マスクを着用しているし、レストランなどでの外食も一切していない)。
 ※翌日追記:悪寒もするようになった。体調を崩しかけていたところに半徹夜したのもまずかった。ひとまず今日は静養して、明日の授業は遠隔実施、それからなんとか対応しよう。うぐぅ。せっかくの冬休みを、ただ自宅に籠もって遊び続けるしかないのk……って、それは元々予定していた行動そのものじゃないか。


 「少年」呼びをしてくるお姉さんキャラ(+喫煙、長身、だらしない、ダウナー寄り、白衣、垂れ目、癖毛、眼鏡、丁寧語不使用、etc.)は、どのように形成されてきたのだろうか。『終末の過ごし方』(1999)では、その典型的なイメージがすでに確立されていたし、さらに遡れば『うる星やつら』のサクラ先生あたりは「少年」呼びをしていたかもしれない(未確認)。ガンダムシリーズのハマーンも、おそらくその原型だろう。
 目下の流行は10年代末頃に始まって、ここ5年ほどのうちに様々な新作漫画が刊行されている。ただし、基本的にはどれも短命で終わっているし、クオリティ面でもマンネリ低空飛行が多いが。私見では、この流行は、1) 一つには「からかい系」の派生のように見受けられる(※『からかい上手の高木さん』の連載は2013-2023年)。2) また、それと通底しつつキャラクター像は正反対になる「ドジっこお姉さんコメディ」の潮流も、『だがしかし』(2014-2018)あたりからずっと続いている。さらに、3) 現代的な「強い女性」像や、「おねショタ」「ファム・ファタール」なども、年上女性キャラの普及に一役買っているだろう。
 こうして、年上女性に柔らかく弄ばれるコメディは、「からかいヒロイン」「ドジっこお姉さん」「おねショタ」などの融合、あるいは中間形態として伸張してきたのだろうと考えている。ネット界隈でも、10年代半ばから、このタイプの女性キャラクターの流行(再発見)が見出される。個人的には、『少年、ちょっとサボってこ?』(2019-2020年、全4巻)が、この時代の気分をいち早く掬い上げた作品として印象深い。
 とはいえ、非常に難しいジャンルなのは確かだ。キャラクター像が比較的明確なので、融通が利かないし、基本的に一話完結型のコメディ連作になるので、作者のアイデアが厳しく試される。また、様々な趣向に絡んでいると言っても、それらの下流、傍流、派生物に過ぎないので、これ自体が大きな流行を作り出していくのは難しい。だから、結局は、例えば『よふかしのうた』のようにオリジナリティのある物語を自力で展開していくか、最近だと例えば『ディディ アディクション』のようにクライムサスペンスなどの趣向と組み合わせて読者を惹きつけるか、はたまた美少女ゲーム分野でキャラクター像として活用するといった何らかの技巧が必要になるのだろう。


 かぐや新作は、『ナーかにおまかせ』の路線を引き継いだ感じなのかな。ナース服のデザインは同じだし、キャラクター配置もかなり近い(※眼帯+銀髪+関西弁は、そうそうない組み合わせだし)。病院名の「すめらぎ(皇)」も、『おまかせ』の医師キャラと同じなので、作中設定上も関連がありそう。


 頭痛、咽喉痛、関節痛で久しぶりにきつい目に遭っている。仕方ないので寝ていようと思っても、関節痛のせいで長時間横たわっていられない。また、痛みで食欲ゼロなのだが、そのままだと体力が尽きるのでなんとか食べるしかない(服薬するためにも食事が必要)。体温は37.1度まで下がってきて、悪寒も弱まってきたが、依然として身体的負担は大きい。うぐぅ。



 12/11(Wed)

 VOLKS「セタリア」も組んだ。ボディ構造は基本的に「ルピナス」と同一だが、頭部、胸部、太腿、足元はパーツ新造されている(※太腿は「ルピナス」のようにショートパンツに組むこともできる)。頭髪パーツは、今回は単色だが、複雑に尖った毛先パーツを絶妙の角度設計で一発抜きしているのは見事。褐色の素肌パーツも、微妙に赤味の射した健康的な成形色で、さすがのクオリティ。
 ただし、一部のパーツがギチギチにきついのも相変わらず(※先の「ルピナス」よりは多少ましになっているが……個体差?)。腕部などの嵌め合わせも、そのまま組むと段差や隙間が出てしまう。不器用ドジっ子VOLKSちゃんのすることだから、笑って見逃すけど。
 ちなみに、バストサイズはほぼ同じ。せっかく別パーツを使うのだから、お互いのサイズを変えていたら面白味が増した(パーツ差し替えのポテンシャルが上がった)と思うのだが……。
 今回は局所塗装のみ(※脚部の模様やメタルカラーを筆塗り)。黒色パーツも場所ごとにツヤの有無を違えて質感をコントロールしているし、白色ランナーや橙色ランナーもあまり透けないようになっているので、このままでいいかなと。

 こういうホットパンツ姿のガールプラモは、初めてだろうか。水着やSFボディスーツのハイレグはこれまでにもあったが(例えばMD「スサノヲ」やVOLKS「ドラセナ」)、リアル寄りの布地感のあるファッションとしては珍しいかも。

 お供ロボットは、共通パーツも多いが新規パーツもかなりあって、実際にはまるで別物のようになる。相変わらず、骨組みだけの簡素で貧相なメカだが、先の「ロベリア」のお供に比べれば格段にマシになっている。
 「ルピナス」の専用パーツI-A~I-Dに対して、「セタリア」はII-A~II-Fまであって、お得感があるが、実はルピナス(税込8800円)の方が「セタリア」(同8250円)よりも高かったりする。なお、一部の関節パーツ(POM)の他は、すべてABS素材。


プライズフィギュア「Figurizm α:ランカ・リー(オシャレマクロス革命 ver.)」。これは良い! スチームパンク風のディテールが濃密に織り込まれているが、全体のバランスが良いし、カラーリングもユニーク。気に入ったので筆塗りでちょっと色を足した(※主に金具のシルバー)。
上半身のアップで撮影。ベルトやリボンの造形もきちんとしているし、プライズ系にありがちな空疎感や安っぽさもうまく回避している。このキャラの頭髪はもっさりしがちなのだが、このフィギュアではエッジの繊細さと明るいグラデーションで頭髪の躍動感を演出している。

 実は、台座パーツの配置がおかしくて、足元を台座に嵌め込むと左手の杖が大きく干渉して曲がってしまう。ここだけは惜しい、おまりにも惜しいのだが、まあ仕方ない。今年入手したプライズフィギュアの中で、最高の出来かもしれない(※9月の雑記に載せた「天乃リリサ:ペンフレ!」や、「春日野穹:Coreful」なども良かったけど)。
 最近のプライズフィギュアの中では、この「Figurizm α」シリーズが傑出したクオリティを披露している。意欲的なポージング、ディテールの完成度と隙の無さ、表情の説得力と、とにかく素晴らしい。「レム」が鉄球を持って仁王立ちになったフィギュアも、このキャラの数多あるフィギュアの中でトップクラスに好み。

Coreful「春日野穹」。このシリーズも総じて完成度が高い。このフィギュアは、配色は極々シンプルなのだが、ワンピースの緻密な布地モールドに、たなびくスカートの大胆な造形、そしてポージングの繊細さ(手先の表情)など、見どころが多い。素肌の血色感や幼めの表情も、いかにもTAITOらしい。


 うーん、海外オタクから、「このエ○ュでやってるゲーム楽しいよね」と言われたら、さすがに一言たしなめるしかない。「それは少なくとも日本では違法だし、正規ユーザーはそれを好まないんだよ」と。
 とはいえ、海外は海外で、著作権等に関する法制度が異なっていたりするし、特にアニメでは違法共有の歴史を持って(しまって)いるし、「自分の国で正規販売してくれないんだから」といったようなエクスキューズを持っていたりもするので、なかなか立場のすり合わせをするのも難しいのだけど。
 それでも、私がわざわざ海外プラットフォームに出て行っているのは、まさに、こういう日本側の事情や考え方についても理解を持ってほしいという目的もあるので、これはこれで良い機会だと考えよう……つらいけど。
 ただし、べつに私は日本人の代弁者とか伝道師とかになるつもりは無いし、ましてや、「ジャパニーズの俺こそがオタクの正統だ」と彼等の前で威張ったり監視者になったりしてはいけない。そのあたりのバランスや力関係は、やっぱり、難しいよね……。

 現在の英語アカウントは、あくまで「腰掛け」「お出かけ」くらいのカジュアルな位置づけにしている。つまり、活動の本拠というつもりは無いし、あまりクリティカルな情報を残すつもりも無い。もっとも、そのおかげで、ログをきれいに保全するという意識を持たずに、気軽に☆を付けまくることもできている。もちろん、けっして無責任な運用をするつもりは無いのだけど、このような軽みのあるアカウント運用は初めてなので、わりと不思議な気分。
 従来のアカウントでは、例えば「☆欄を誰に見られても大丈夫なくらいクリーンに運用する」といったような姿勢だった。これはこれで、強く自制を働かせることになっていたので、その判断で良かったとは思う。

 そこのサーバーには、米国人はもちろんのこと、フィリピン人、ベトナム人、バングラデシュ、イタリア、ドイツ、ブラジル、カナダ、等々の方がいて、しかも男女比もおそらくイーヴンっぽい感じで、それぞれが冷静に趣味の話を投稿し合っているのは、本当に素晴らしい環境だと思う。
 mastodonでも、日本人(日本語話者)という同質性の高い集団がそのまま特定のサーバーだけに極端に集中しているというのは、私には、どうしても閉鎖的で澱んで内向きに馴れ合った状況に見えてしまう。そうではなくて、もっとオープンで風通しが良く、もっと雑多な刺激があって、もっと広く遠くまで視野を持てて、もっと生々しく「他者」を感じられる空間の方が好ましい。


 折しもmixi2が注目を集めているが、私の評価はかなりアンビヴァレントだ。つまり、
・昔ながらのSNSイメージを脱却していないように見える、
・招待制では、盛り上がりの限界は低いだろう(※企業も参入しにくいのでは?)、
・そもそも招待制のような囲い込みは大嫌い、
・しかし、これであの邪悪なtwitterからの離脱が増えてくれるならば、諸手を挙げて歓迎する。
・厳しめの運営のようで、デマ煽動や詐欺アカウントを排除して健全なSNSになりそう。

 私自身は、そこには行かないだろうけど。アプリオンリーというのは、一般人向けのチューニングとしては正しいと思うが、個人的には敬遠したいし。
 個人的には、分散的-分権的なmastodon系統こそが最も水に合う。特定の誰かに支配されることの無いデジタル空間は、本当に貴重なものだ。もっとも、そちらはそちらで、各サーバーの運営の不安定性(経営面とモデレーション面の両方)を初めとする問題もあるのだが、少なくともシステム面での構想は、旧来型の――00年代以来の――ソーシャルメディアとは大きく異なる発想および理念に立脚している。そこが好ましい。
 でも、ちょうど上で書いたように、mastodon上に私がアカウントを設けているいくつかのサーバーも、それぞれに様々な軋みがあって、ややこしいのは確かだ。そろそろ、またブログ一本のやり方に戻ろうかな……。

 特定の場に執着しすぎることは避けたい。そういう執着は、往々にして不合理だし、そういう執着を優位に置くせいで、有害な場から逃れられなくなるのは危険だし、そして、愛着を持つべきはあくまで「人」であって「場」ではないと考えている。だから、耐えがたく嫌なことがあった場合は、「離脱」の選択肢も真剣に考慮する(実際それを実行したこともある)という姿勢でやってきた。
 安住の地など無い。場所に依存すべきではない。これは私のポリシーの一部のようなものだ。

 ソーシャルメディアに関しては、私の中に、おおまかには二つの意見がある。
 「一つのSNSに腰を下ろしてしまって、そこでフィードされるものを口を開けて呑み込んでいくだけというのは不健全であり、また知的怠惰でもある。一つのプラットフォームに取り込まれてしまうのではなく、もっといろいろなメディアへと、もっと新しいメディアへと、野心的に挑戦していくべきだ」というもの。そして、もう一つ:
 「そもそも、なんらかのソーシャルメディアでアクティヴでいなければならないというわけではない。ソーシャルすることに駆り立てられること自体が不健全だ。私たちはもっと孤独でいて良いし、他者との交流だけでなく、自分の中で熟考したうえで慎重にアウトプットしていくことも、きわめて重要なことだ(が、現代では閑却されている)」というもの。


 あの戦車アニメシリーズは、「女体化」+「萌えキャラ部活もの」という、10年代に大流行した二つの要素を組み合わせているという点で、かなり珍しい(そして上手くやった)と言えるのかな。もう一つの10年代的ブームたる魔法少女ものだけは入っていないが。
 様々なカテゴリー的要素を擬人化、女体化、美少女化するのは、キャラクターを大量に登場させるオンラインゲーム(いわゆるソシャゲー)で大量に試みられた。ただし、ゲーム媒体の都合上、あまり特殊な(特定の)活動だけを目指させるのは難しいようだ。漫画などで既存の事物を擬人化(女体化)した場合も、大抵は人畜無害な日常コメディに終始しており、そこにさらに特定の趣味活動コンセプトを追加するのは避けられがちだった。
 その一方で、「美少女オンリー(※男性キャラは徹底的に消去する)の趣味活動もの」もまた、萌え四コマを中心として様々なネタを投入した(※俗に言うcute-girls-doing-cute-things)。こちらはこちらで、萌え四コマコメディの性質上、キャラクターたちの造形がすでに強度に記号化されており、その上に特定の擬人化要素を流し込むのは味付けが濃くなりすぎるし、コメディの身動きが取りづらくなるだろう。
 ともあれ、どちらも基本的にはイージーで低品質のものが多かったと思うが、それでも全体として大きな注目を集めるパワーのあるアプローチだったのは確かだ。そうした中で、二つの要素(=市場)を同時に取り込みつつ、ある程度以上のクオリティで作ったならば、大きな成功を収める見込みは確かにあったと言えるだろう。
 こういう路線のコンテンツは、意外にも非常に少ないように見える。バトルではなく、特定の具体的な活動をしているという意味では、美少女競馬ゲーム(※ギャンブルは好きではないのでタイトルを挙げたくない)も、おそらく該当する。『細胞』関連のコンテンツも、部活というわけではないが、特定の目標を持った擬人化ものと言えそうだ。


 室温15度前後という微妙な気温が続いている。手先足先が冷えるけれど、まだぎりぎり暖房をつけるほどではない(エアコンを動かすのはもったいない)という中途半端な状態。
 そろそろ本格的に寒くなってきそうで、それはそれで嬉しくないけれど。



 12/06(Fri)

 映画『ショーシャンク』は、私としてはかなり苦手な作品。ところどころ唐突感があるし、「放送室に籠城して好きな音楽を流す」のような俗っぽいシーンもあるし、犯罪の片棒を担いでおきながら最後に自分はその裏金を持ち逃げして悠々自適生活を手に入れるところもモヤモヤする。こういった[tw: 1864957916274667695 ]ところに、みみっちくて鼻持ちならない下品さを感じているのかもしれない。ある種の「さすおに」的慰撫コンテンツじゃないかとすら疑っている。


 何度でも書くけど、ヤード・ポンド法をバカにするのは、異文化蔑視であり、嵩に掛かったマイノリティ迫害そのものだからね。
 マジョリティであるメートル法ユーザーにとっては不便なものだけど、YP法もそれはそれで、使用者たちの生活文化そのものだ。マイノリティ文化に対して気軽に「滅べ」と言っている人たちは、自分たちが迫害の言葉をぶつけていることに、ものすごく鈍感だ。
 もちろん、度量衡は機械的、技術的な問題でもあり、それをできる限り統一的に――間違いのないように――運用することにも大きな意義がある。でも、それだけではなく、特定の文化に根ざしたものであることも、忘れてはいけない。


 現クールの『君は冥土様。』を、ちょっとしたきっかけで視聴してみたら(ひとまず第1話だけ)、意外にも落ち着きのある映像作りで面白かった。
 暗殺メイドの押しかけ同居というベタなシチュエーションで、いかにもチープなドタバタ日常コメディになりかねないところだったが、このアニメ版では穏やかなピアノBGMと繊細な効果音を付けていて、メイン二人の会話にじっくり付き合っていけるようになっている。細やかな光源表現なども面白いし、OP映像も(ちょっと気持ち悪い表現もあるが)意欲的な作りになっている。ただし、顔面アップや白背景を多用しているのは、ちょっと微妙かもしれない。
 主人公は高校1年とのことだが、微妙にショタっぽいのも良い(※身長もメイドの方が高い)。
 それにしても、「メイドの雪さん」というと、やはり『水月』を連想してしまう。

 (結局、私はジットリと湿度の高い映像演出が好きなだけじゃないのか。『ソラノヲト』『ヨスガノソラ』の頃から、最近の『小市民シリーズ』『義妹生活』『アングラー』あたりまでずっと……。)


 アニメは一クールに0~2作くらいしか見ないが、次の冬クールはどうなるかな。
 例によってanimateの記事を参考にしてメモ。
 (五十音順、現時点で61本掲載)

 2期が9本、3期以上が12本(つまり、併せて34%が続編やシリーズもの)。ほとんどが原作付きで、オリジナルアニメは『空色ユーティリティ』(ゴルフ)、『もめんたりー・リリィ』(漫画同時並行、大阪もの?)、『RINGING FATE』(中国発のヴァーチャルバトルもの?の吹き替え)の3本のみ。海外発のタイトルは『ARK』もある。
 ※追記:『全修。』もオリジナルアニメのようだ。アニメーター主人公がゲーム世界に転生するシチュエーションというのはベタだが、ひとまず視聴してみるかも。

 ジャンル別では、
- 和風ファンタジー: 3
- 洋風ファンタジー: 15 +異世界転生: 7 ……36%が洋風ファンタジーは、従来通りの水準。
- 中華風世界: 2(ファンタジーとは限らない)

- 女性向け: 8 +その他女性主人公:6
- 恋愛: 3
- 現代コメディ: 3
- ラブコメ: 6
- 部活もの: 1
- 音楽(アイドル): 2

- バトル: 4(TCGや殺し屋)
- スポーツ: 2
- ミステリ: 2
- ロボット: 3
- SF: 2
- 魔法少女: 1(プリキュアのみ)
- 動物関連: 2
- ホラー1
- お色気1

 感想:大きなムーヴメントが見られない……こんな状況で大丈夫か?
 オリジナルアニメとして『もめんたりー・リリィ』を観てみるつもりだが、フル3Dアニメの日常コメディもののようで、あまり期待はしていない。あとは、ホテルミステリ(?)の『誰ソ彼ホテル』、未履修だった『アクエリオン』、女性向け恋愛もの『どうせ、恋してしまうんだ。』『魔法使いの約束』、コメディ枠で『ババンババンバンバンパイア』あたりを試しに見てみるかも。放送部ものの『花は咲く』は、原作を途中まで読んでいたが、スタッフ/キャストともに不安がある。
 制作スタッフについては、よく分からない。脚本の髙橋龍也氏が『結婚することに』『没落予定の貴族』『Übel Blatt』で大活躍。

 声優については、種﨑敦美(6本)、富田美憂/久野美咲/早見沙織(各3本)、悠木碧/日笠陽子(2本)、園崎未恵/佐藤利奈/喜多村英梨/沢城みゆき/小林ゆう/金元寿子/長縄まりあ/長妻樹里/友永朱音/大地葉/ゆかな/田中美海/ファイルーズあい/大原さやか/折笠富美子/小松未可子/田村睦心/一色ヒカル(1本)。
 キャスト目当てだと、『異世界通販』(久野美咲/富田美憂/小林ゆう)、『Unnamed Memory』(2期、メインヒロイン種﨑敦美)、『グリザイアPT』(種﨑敦美/長妻樹里/友永朱音)、『魔神創造伝ワタル』(田村睦心氏の少年主人公)、『夜は猫といっしょ』(3期、種﨑敦美氏と悠木碧氏がメイン)あたりが有望だが、ストーリーや演出次第かな。『薬屋』(2期、悠木碧/種﨑敦美/久野美咲)は、1期(第1話)の時点で演出が口に合わなかったので観ていない。『同棲はじめました』を、ファイルーズあい氏(3番目?のヒロイン)目当てで視聴するのは、さすがにつらいか。



 12/02(Mon)

 『神楽漫遊記:ましろと紅葉』をクリア。
 中盤までは、防錆があれば安定して進める。中盤からは、餓鬼対策の「盗み守り」と一つ目入道対策の混乱耐性があれば大丈夫。強敵が少ないため、道中は難易度が低いが、ラスボスがいきなり難しくなる。メカ付喪神は配下を召喚して壁を作ってしまうし、接近しようとしても弾き飛ばしを連発するので、広範囲必殺技や範囲攻撃アイテムが必要になってくる。

 ましろの閉じた両目が、薄目の呪いに……。20年代に入って薄目は消滅したかと思いきや、またもや薄目が現れるようになってきた。


 VOLKSの「セタリア」も購入。今回は無塗装で、パーツフィット(関節やピンの調整具合)を再確認するつもりだが、それでも一応、ランナー洗浄はしておく。

 VOLKのFIOREシリーズのように、ガールだけでなく、メカ部分も単体で完結するというパッケージは、国内メーカーでは少数派なのかな。後はAOSHIMA(VFG、合体シリーズ)くらいか。
 KOTOBUKIYAは基本的に、ガールにひたすら盛り付けるアーマーばかりで、メカ部分それ自体は装飾としての意味ばかりで、それ単体としての面白味を楽しむことが難しい。BANDAIはBANDAIで、「原作ありきのキャラクター再現」と「30MSのバラ売り」に二極化して、メカの面白さは顧みられていない。それ以外のメーカー(グッドスマイルやAlphamax)も、コンパクト志向になっている。
 そう考えると、近年の「コスモス」(2021)、「ドラセナ」(2022)、「アキレア(2022)/ロベリア(2023)」、「ルピナス/セタリア」(2024)のFIOREシリーズは、けっこう頑張っていると言えるのかもしれない。もっとも、VLOCKer'sの一環としてのロボット志向というのもあるだろうし、残念ながらクオリティはかなり低いのだが。

 「創彩」シリーズのガールプラモは、「小石川エマ」が出てきてようやく世界の広がりが見えてきた。これまでは別々の制服の3キャラを夏服/冬服/水着などでバラバラに展開していて、なんとも扱いづらかった。それに対して、「同じ制服の2人目」&「表情も豊か」なキャラクターが登場したことで、作中世界のコミュニティの手応えが感じられるようになってきた。2021年から始めて、足かけ4年でようやくか……という気分だけど。


 『エヴァ:破』で見限って、それ以降の作品も伝聞で聞けば聞くほどnot for meな方向性なので、個人的には「アンノイラネー」でうんざりしている。様々な既存コンテンツに絡んでいってはその都度「シン○○」にして自分のサインを大きく刻んでいくような厚かましさも、もう嫌すぎて……。
 彼のキャリアはもはや、有名コンテンツの新作に際しては後進にチャンスを譲っていくべき立場だろう。そして自分で新たなコンテンツ(完全新規の作品)を作っていくべきじゃないのか。そういう挑戦が許される立場なのだから。
 (とはいえ、「クリエイターの欲とはそういうものだ」、「(ある種の素朴な)オタクの夢とはそういうものだ」、「彼が言い出したからシリーズ新作を作れたという側面もあるだろう」、「話題性とクオリティによって特撮業界全体の隆盛に貢献した」というのも理解はしている。でも、なあ……そろそろ醜悪に見えつつある。)


 英語SNSで、「毎日投稿しに来ているのは、学校の英語の課題ですか?」と聞かれた。……ちゃうねん、教わる側やのうて、教える側やねん……。まあ、そう見えてしまうくらい、私の英語表現は拙くて生硬なのだろうけど。
 日本人オタクが海外(他言語)コミュニティに来るのは、誰かに指示された場合でもなければ生じないことだと思われている――そして実際そうだろう――のも、物悲しい。日本人(のオタク)は、それほどドメスティックに閉じこもっていて国際的な動向に全然触れていないということだからだ。
 もっとも、日本や東アジアのオタク文化に関して言えば、まさに日本語圏こそが情報の発信地であって、日本語コミュニティに居住するのが最も効果的だというのはたしかに一面の事実なのだが。しかしそれでも、ユーザーレベルでオタクたちが国際的な情報発信や趣味の交流をほとんど実践していないのは、もったいないし、あまり得にならないことだし、とりわけ排外主義的傾向がオタクたちの中でも強まってしまっている現状ではいよいよもってリスキーな傾向だ。草の根レベルで、普通の日本人オタクたちが国際的に交流したり、いろいろな情報発信をしたりしていけば、双方にとって大きな刺激や様々な機会が得られて、より良いオタク文化の可能性が開けてくると思う。私が英語圏のオタクSNSに顔を出しているのは、まさにそういう可能性に期待して、わずかなりとも双方の橋渡しになりたいという考えもある。


 ああ、たしかに、もしも現代オタクが本当に異世界に飛ばされてしまったら、現代日本のコンテンツを楽しめないのを悲しみそうだなあ……。
 異世界ものの読者たちについては、「現代日本の現実に疲れ果てているから理想郷としての異世界に行きたがっているのだ」と説明されることがあるが、実際には異世界に行きたいわけではなく、ただ単にどこかの世界で幸福に自己実現する夢を見たいだけなのか、あるいはそれどころか、徹頭徹尾ただのフィクションの一ジャンルとして楽しんでいるだけだと見るのが、実態に即していそうだ。例えば、生身のエルフと本当にイチャイチャしたいわけではなく、「エルフとイチャイチャする物語を眺めてその雰囲気を楽しみたい」という方が正しいだろう。「人生に疲れた、無趣味な主人公」像は、むしろアニメやイベントで毎日毎週楽しく充実した生活を送っているオタクたちとは対極的なものだろう(※その観点では、前世の読書好きをそのまま異世界でのモチベーションとして維持している『本好きの下克上』は、例外的なアプローチなのかもしれない)。
 これは00年代の美少女ゲームの頃からの問題で、しばしば、「学園もののアダルトゲームは、理想的な学園生活を再現したい」とか「主人公に自己投影しているのだ」といった説明が一部に提起されていたが、私はそういう主張にはまったく同意できなかった。同じような構図が、10年代の異世界もの小説にも当てはまるのかもしれない。
 とはいえ、そのように物語世界を徹底的に「自分とは直接関係のない虚構の次元の出来事」として捉える姿勢は、一面では、非常に欺瞞的でもある。自分の実生活とは断絶した物語だというつもりでも、そこからリアルな慰安を得ているのは確かだし、ましてや、そうした表現物に含まれる差別的表現についていっさい責任を負わないと言うこともできない筈だからだ。