2025年12月の雑記。
12/11(Thu)
漫画の年間回顧(※学会回顧風の何か)を書こうと思ったが、紙の単行本だけでも600冊以上買っていて、しかも優れた作品ばかりなので、選ぶに選べない……。ある程度は絞り込みつつ、結局はたくさん挙げてしまったが、中でも特に傑出した作品は太字にしておいた。
●新作(第1巻が出たタイトル)から。
1) 漫画と社会。山田はまち『泥の国』は、転生者によって身体を奪われた女性主人公が、自らを取り戻そうとする意志的な苦闘の物語。同じ作者による単巻『マイトワイライト』も印象的。にことがめ『ヒト科のゆいか』も、やや手つきはぎこちないものの、他者とともに生きる思春期の若者たちの苦みと軋みを描いている。さらに藤見よいこ『半分姉弟』は、ミックスルーツの若者たちをフィーチャーした力作。
2) ストーリー漫画。不器用な大学生主人公が頑張るsoon茶『ヤン先輩はひとりで生きていけない』、凜々しく生きるレジバイト少女を見守る藤丸『レジスタ!』、超常能力に目覚めてしまった普通の学生を巡る不穏なドラマの三都慎司『ミナミザスーパーエボリューション』、化狸一族と関わってしまった悩める若者主人公の幌田『俺のカスみたいな人生は全部タヌキのせい』、ファンタジー要素のある百合の真木蛍五『ナキナギ』、現代社会にひっそりと生きる魔女たちの幻想的作品の柴田康平『魔女とくゅらす』、後宮の連続殺人事件を追っていく宵野コタロー『滅国の宦官』、グロリ○ナものの近江のこ『もうやめて回復しないで賢者様!』など。
3) コメディ路線。達観したユーモアの雁木真理『妹は知っている』や、竹掛竹や『吸血鬼さんはチトラレたい』、エロ裁判ものの柳原満月『魔法少女×敗北裁判』くらいかな。
●完結した作品や、単巻作品から。
1) 現代世界もの。空空北野田『深層のラプタ』(全4巻)は、軍事用人工知能とショタを巡る過激なサスペンス。シ馬かのこ『ディディアディクション』(3巻)も、危険な犯罪者お姉さんに翻弄されるショタのサスペンス。シロサワ『水姫先輩の恋占い』(6巻)は、オカルト要素のあるシュール学園恋愛もので、その異様なノリに引き付けられる。ミニマルで穏やかな雰囲気の作品では、落合実月『魔法使いにただいま』(3巻)は長命存在と結婚している男性のうるわしく幸せな生活を描いている。冬目景『百木田家の古書暮らし』(6巻)も、緩やかなホームドラマのまま完結した。小野寺こころ『スクールバック』(6巻)は学生たちの小さな悩みを誠実に掬い上げ、胡原おみ『逢沢小春は死に急ぐ』(5巻)は難病の弟のために安楽死を選ぼうとする学生の生の航跡を丹念に描いた。
2) シリアス系。御厨稔『大きくなったら女の子』(3巻)は女性優位の社会像を展開することによつて性差別的-性搾取的な世界に対する強烈な問題提起をしている。朝際イコ『カフヱーピウパリア』(単巻)にも、同種の問題意識が反映されている。さらに、熊谷雄太『チェルノブイリの祈り』(4巻)は社会的惨禍によって苦しめられた人々をオムニバスで描き、佐藤二葉『アンナ・コムネナ』(全6巻)も歴史上の皇女をモティーフとしつつ女性と社会構造の問題を剔抉している。Peppe『ENDO』(5巻)も、第二次大戦中の日本で収容所に入れられたヨーロッパ人たちの物語から、巨視的-思想的な文化論にまで射程を延ばしている。
3) ファンタジー系、またはエンタメ志向。吉川英朗『魔王様の街づくり!』(12巻)は、楽しくも激しい異世界バトル+統治もの。白梅ナズナ『悪役令嬢の中の人』(6巻)も、傑出した漫画表現で、この異様な悪役主人公の魅力を存分に描ききった。大久保圭『アルテ』(21巻)も、長い旅路を終えた主人公の将来まで語りきってくれた。
●総合的な秀作や、印象的な作品、優れた表現世界を持っている作品、個人的な好みなど。
1) 現代世界もの。瀬尾知汐『罪と罰のスピカ』は、犯罪者を暗殺して回る快楽殺人者の物語。捻りも利いているし、サスペンスとしてもスリリング。高津マコト『渡り鳥とカタツムリ』は、ストーリーは穏健だが、跳ねるような勢いのあるユーモラスな絵が魅力的。mmk『隣の席のヤツがそういう目で見てくる』も、ライトお色気コメディのようでいて、初心な二人の関係がたいへんユニークだし、眼鏡ヒロインも繊細な絵で描かれている。増田英二『今朝も揺られてます』も、初々しいカップルを見守るラブコメだが、増田氏らしい演出の妙趣と、ちょっと暑苦しいノリと、カップル(未満)の二人の可愛らしさは絶品。阿久井真『青のオーケストラ』も、相変わらず演奏シーンの迫力に唸らされる。深海紺『恋より青く』は、たまたま知り合った二人の女子学生が、文化祭などでお互いのコミュニティとも関わりを広げつつ、二人が一緒にいることの手応えをじんわりと感じ取って成長していく。
2) コメディ。丸井まお『となりのフィギュア原型師』は、ネタの切れ味とキャラクターたちの飛び道具っぷりが相変わらず物凄い。しなぎれ『女装男子はスカートを脱ぎたい!』も、コミカルでありながら濃密に描き込まれた絵の質感と色気(ショタ)とサイコっぷりが素晴らしい。コノシロしんこ『うしろの正面カムイさん』は、お色気退魔ものだが、これもネタの切れ味が凄い。
3) 現代もののシリアス系。ウオズミアミ『冷たくて柔らか』は、30代で再開した女性二人の両片思い的状況だが、最先端の洗練された技巧的なコマ組みによって、逡巡と迷妄と孤独を情感豊かに表現している。こだまはつみ『この世は戦う価値がある』も、やけっぱちに暴走する女性主人公の肌感覚の鮮やかさを鮮烈に描き、ひるのつき子『133cmの景色』は低身長を初めとした社会的偏見に直面する女性たちの物語をデリケートに描いている。小川麻衣子『波のしじまのホリゾント』は、影の濃いおねショタものの傑作。ユービック『メルヘン・ガール・ランズ!!!』は、ネグレクトされた少女たちを、童話出身のキャラとして描きつつ、荒々しくも悲壮で、そして意志的な物語として造形している。三輪まこと『みどろ』も、古き昭和の地味な遊郭を舞台に、女性たちの心情のデリカシーを描いている。
4) ファンタジー系。ヨシアキ『雷雷雷』は異星生物侵入もので、スペクタクルの視覚的表現が抜群に上手いし、ストーリーも予想できない方向にどんどん進んでいく。恵広史『ゴールデンマン』も、ヒーローものサスペンスとして出発しつつ、並行世界SFの要素を強めて、堂々たる作品に成長してくれた。洋風ファンタジー世界では、石沢庸介『第七王子』がパワフルかつ大胆な視覚的演出をふんだんに盛り込んでいる。上田悟司『現実主義勇者の王国再建記』の、縦読み進行のセンスを巧みに取り入れたコマ割レイアウトには、歴史的に大きなオリジナリティがあると思うのだが、言及している人を見かけないのは残念。kakao『辺境の薬師、都でSランク冒険者となる』も、緻密極まりない作画をベースにしつつ、深い説得力のある空間演出やインパクトのあるレイアウトを釣瓶打ちに出してくれる傑作。和風ファンタジーでは、松浦だるま『太陽と月の鋼』がたいへんな演出巧者で、有無を言わさぬ幻想的なドラマとそこで藻掻き生きるキャラクターたちの切羽詰まった表情を鮮やかに展開している。しばの番茶『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師』も、個性的な絵柄と融通無碍の演出で、超人魔術師主人公の活躍を楽しく描いている。女性主人公ものでは、紫藤むらさき『運命の恋人は期限付き』のデリカシーには、溺れたくなる魅力があるし、水辺チカ『悪食令嬢と狂血公爵』には、朗らかなユーモアと瑞々しい作画の下に新婚カップルの幸せな生活風景が描かれている。そしてなにより上戸亮『ロメリア戦記』は、細部まで神経の通った精妙な作画の下に、少年兵との戦闘というきわめて深刻で苦しい状況を正面から扱って、緊張感に満ちた物語と驚きのある展開を連載し続けている。