2016/06/14

スポーツものSLGの不在

  スポーツ活動をSLGとして表現したタイトル(がほとんど無いという話)について。


  ルールに則ったスポーツもののSLGという点で、『せんすいぶ!』(Escu:de、2013)は稀少であり貴重な作品だ。SLG系タイトルは、1)たいていはバトルもの(しばしばルールが無く、命のやりとりになる、物理的な戦闘行為)か、あるいは、2)ヒロインを目的とする調教SLG/育成SLGか、3)企業運営や利殖活動を目的とする経営SLGばかりで、スポーツ(「ゲーム」)の行為それ自体を作品中のゲームパート(一定の特有のシステムの下で為され、プレイヤーが細かく具体的な指示を出す、参加的-相互作用的なパート)として持つものは、非常に少ない。『Maple Colors』(バッティング勝負など)や『温泉DE卓球』(卓球)などのミニゲームを含むものはいくつかあるし、麻雀などのボードゲームをデジタルゲーム化したものはそれなりにあるが、「作中の行為としてのスポーツ活動を」「本格的なゲームシステムで表現した」タイトルというと……あ、あれ、他に思いつかない!?

  「ルールと審判員が存在し」「プレイヤーは全人格的に敵対するわけではなく」「直接的な利害を争うわけではない」「身体運動的競技」という意味では、『アウトベジタブルズ』(ソフトハウスキャラ、2014)も一応該当する。ただし、その活動内容(怪盗勝負)からも、またゲームシステム(一種のカードゲーム)からも、スポーツと呼ぶにはいささか微妙だが。Liar-softの『CANONBALL』『どすこい!女雪相撲』『姫巫女銀河』はAVGだし……。AVGでは、先頃アニメ化された『蒼の彼方のフォーリズム』も架空のスポーツを主題にしており、ルール設定から試合中の描写まで、たいへん力の入った作品だった。

  思いつきで、書きながら思い出したりデータを漁ったりしてみたけど、スポーツものがここまで欠落しているとは思わなかった。びっくり。90年代以前にまで遡れば、あるかもしれないが……。少なくとも00年代以降は、上記『せんすいぶ!』以外は、きちんとしたスポーツもののSLGは皆無と言ってよい状況のようだし、AVG分野でも事情はほとんど変わらない。

  『せんすいぶ!』については、以前のブログ(例:2013年3月25日付雑記同年5月12日付雑記)でも言及した。どちらも発売前(プレイ前)のものだが。また、Escu:deはこれ以外にも、洞窟冒険ものの『とびっきりRUIN』や、フィギュア改造SLGの『ふぃぎゅ@メイト』など、バトルでも調教でも経営でもない、オリジナリティのあるゲームを制作している。ソフトハウスキャラだと、無人島での生活全体を包括的に表現した『南国ドミニオン』がある。e.go!/でぼ、alicesoft、Eushully、ninetailには、スポーツものSLGは――あるいはバトル/経営/調教以外のSLGは――皆無と言ってよい。xuse、triangle、F&C、かぐや/astronauts、leafなども同様。



  スポーツもののSLGがこれほど少ない――事実上1本しか存在しない――のは何故だろうか。

  仮説1:この分野のユーザーたちはインドア派であり、そもそもスポーツに興味が無い。
→部分的にはありそうだが、スポーツ系ヒロインは非常に多いので、スポーツ全般が敬遠されているということは無さそうだ。もっとも、ヒロインたちのスポーツネタも、コスプレとしての側面が強く、スポーツ活動それ自体が前景化されることは少ない。また、ユーザーたちは、スポーツ試合をデジタルゲームとして自らプレーしたいとは思わない(そういう需要が無い)というのもありそうだ。
  特定の運動系部活を取り上げたAVGならば、『こなゆきふるり』(カーリング部)、『夏色さじたりうす』(弓道)、『フォルト!!』(テニス)、『ワルキューレロマンツェ』(ジョスト競技)などがある。もっとも、これらのスポーツものAVGもきわめて少ないので、「AVG/SLGを問わずスポーツものはきわめて稀である」と述べてしまってよいかもしれない。ただし、部活もの全般が忌避されているということはおそらく無いだろう。天文部や吹奏楽部、演劇部、放送部、モーターグライダー部、チアリーディング部、DIY部、ロケット部、魔女っ娘委員会、恋愛トレーニング部などのサークル活動が物語展開の中心に置かれているAVGタイトルは非常に多い。部活の雰囲気や集団行動の描写が嫌われているということは無さそうだ。


  仮説2:スポーツ活動をゲーム化するのは難しい。
→そうだろうか? スポーツはしばしば「定型的な活動であり」「制作者にとってもユーザーにとって既知である」。したがって、ゲームパートとして構築するのは比較的容易であるように思われるし、ユーザーにも受け入れられやすいだろう。したがって、スポーツSLGが作られないのは、制作技術/制作コスト/ルール受容の次元ではなさそうだ。試合結果による状況管理なども、他のSLGと比べて特に難しいということは無いだろう。ゲームシステムが既存のものと比べて新鮮味に乏しいとしても、アダルトゲーム分野はゲームパートの新規性(だけ)で売っているわけではなく、「ストーリー要素(AVGパート)」「キャラ萌え要素」「アダルト要素」によっても支えられているので、デメリットは十分打ち消される。
  もしかしたら、スポーツをゲーム化するのは、よほど本格的に作り込まなければ、ミニゲームになってしまいやすい(そして、中途半端なミニゲームは、QTEと同様、邪魔者として嫌われている)のかもしれない。また、他分野(コンシューマなど)の同種作品と比較されて、クオリティの差が露呈しやすいというのも、避けられる一因かもしれない。アダルトゲーム分野は、本格的なゲームパートを持つ場合でもあくまでAVG+SLGの両輪を必要としており、ゲームパートのみにあまり大きなコストを掛けることが出来ないので、コンシューマ並のスポーツゲームを制作するのは難しいだろう。


  仮説3:SLGを制作する際に、スポーツを取り上げるインセンティヴがきわめて小さい。
→あり得るかもしれない。例えば、「典型的なバトルSLGの方がはるかにユーザー受けが良いので、どうせSLGを制作するならばスポーツものではなくそちらに向かう」といったことがあるかもしれない。あるいは、あくまでスポーツとして行われる勝負であれば、「倒した相手を蹂躙する」といったことが出来ないので、アダルトゲームとしては不利かもしれない。ただし、上記のように、スポーツSLGがバトルSLGよりも高コストになるということは無さそうだ。また、相手チームのヒロインを無用に傷つける心配が無いというのも、バトルものに対するスポーツものの優位になり得る(――ヒロインに対する物理的嗜虐趣味は満たされにくいが、そちらは少数派だろうし)。
  あるいは、スポーツの前提それ自体に差し障りがあるのかもしれない。つまり、「(実力はともかく)ルール上は対等の条件であり」、「ズルをする余地が無く(あるいはそれをするとスポーツである意味が無くなり)」、「ルールが基本的に同一のままである(変化に乏しい)」という事情は、SLGにするとゲーム進行が平板なものになってしまう可能性がある。20時間なり40時間なりを楽しませるアダルトゲームにおいて、同じような試合の連続では飽きてしまうし、かといってあまり極端なルールの変化をもたらすことも難しい。ルール上の公平さを維持しつつ、試合のシチュエーションを多様なものにし、さらにそれをプレイヤーの努力と結びつけ、しかも長大なAVG+SLGなので失敗時リトライの負担を減らすように(つまりゲームバランスを適切にコントロール)しなければいけない。これは、現在のアダルトゲーム分野では、かなり要求の高い条件であるかもしれない。それよりは、ターン制限無しにプレイヤーキャラの成長を待つことができるSLGやRPGを制作する方が、はるかに容易だし、しかもユーザー受けも良いだろう。そう考えてくると、アダルトゲームの中でスポーツの試合をゲーム化するのは、ハイコストローリターンなのかもしれない。


  仮説4:ただ単に見過ごされてきただけ。ポテンシャルはある。
→その可能性は低いだろう。家庭用ゲームにせよアーケードゲームにせよ、コンピュータゲームはその歴史の早い時期から、スポーツを好んで取り上げてきた。「アダルトゲームの制作者たちが愚かにもスポーツをゲーム化することにまったく意識が及ばなかった」などとというのは、あまりに無理のある想像だ。


  仮説5:前提となる認識が誤っており、私の知らないところに多数存在する。
→あるかもしれない。私自身がスポーツゲームの存在を見過ごしている可能性がある。 例えば、ファンディスク内のコンテンツとして小規模ゲームの中に、スポーツゲームが入っていたりするかもしれない。


  仮説6:スポーツ離れは、オタク趣味全般で広汎に生じている文化現象である。
→そのようなことは、あるだろうか。確かにTVアニメでは、90年代以前と比べて、スポーツものが激減しているように思われる(――統計を取っているわけではなく単なる印象論なので、実態は異なるかもしれない)。LNでも、スポーツものは稀だろう。しかし、漫画ではまだまだスポーツものは大きな人気を博している。
  アニメ/漫画/LN/ゲームの媒体毎に得意/不得意や人気/不人気がある(例えばロボットものは、アニメ/ゲームにはあるが漫画やLNでは非常に少ない)し、アダルトゲームにおけるスポーツものの少なさは、それ自体特有の事情があると考えるべきだろう。例えば「アダルトゲームはあくまで『アダルト系』なので、スポーツのようなメジャー志向のネタを扱うよりも、ニッチでも強力な趣向を扱う方がセールス上も有利になる」といったようなことがあるかもしれないが、アダルトゲーム分野の独自性を主張するには慎重な検討が必要だろう。


  いろいろな可能性をざっと考えてみたが、よく分からない。チーム戦のスポーツならば、多数のヒロインを同時に活躍させやすいし、SLGだけでなくAVGの場合でも、様々なメリットがあると思われるのだが……。やはり、コストの問題だろうか。


  【 後日追記 】
  上記以外にも、スポーツもののタイトルは存在する。『ぱちぱちサーキット』(ainos、2006)はACTだったようだ。『CANNONBALL』(Liar-soft、2003)も、一応SLGに分類される。AVG形式で、特定のスポーツが主題化されている作品としては、『ワルキューレロマンツェ』(Ricotta、2011)が、「ジョスト」と呼ばれる馬上槍試合を取り上げている。同様に『蒼の彼方のフォーリズム』(sprite、2014)は、「フライングサーカス」という空中飛行競技を物語の中心に置いている。EGScapeを見ると、『リズミック・レヴ』(EXTREME、2002)は二輪ロードレースを、『Distance』(Silksoft、2009)は陸上を扱っていたようだ。
  AVG分野にとってのスポーツものの難しさは、運動表現の媒体的困難、相手選手を大量に登場させねばならないコスト、ルート毎に展開を変化させる難しさなどがあるだろう。さらに架空スポーツの場合は、ルールをプレイヤーに理解させる手間も問題になってくる。



  参考リンク:別掲の拙稿AVGにおける運動表現の諸相