アダルトゲームにおける、老若男女さまざまなキャラクターの描かれ方について(試論)。
特に美形男性キャラについて。ひゃっほい。
【 老若男女のキャラデザの難しさ 】
美少女ゲームにおいて、若年女性キャラクターの姿は、「大きく丸々とした頭部」、「巨大な眼球と、睫毛の縁取りや二重まぶたの様式的デフォルメ」、「極端に簡略化された鼻梁」、「カラフルで派手なシルエットの頭髪」、「装飾過多な服装」といったかたちで非常に濃密な味付けでデフォルメされている。これは、思春期前後の女性キャラクターの外見的魅力を強調しつつ、個々のキャラクターを識別させるための、この分野に特有の技術的洗練だと言える。
しかし、「ティーンエイジの-(日本人の-美人の)-女性」以外のカテゴリーのキャラクターは、登場頻度は高くないし分野的重要度も高くないので、この分野で特有の描き方のスタイルは開拓されていない。特に中高年の人物については、男女問わず、二次元系オタク分野のいずれにおいても、共有されたモデルがほとんど成立しておらず、したがって個々の描き手がその都度創造性を発揮する仕儀になっている。
美少女ゲーム/アダルトゲームにおいては、さらに追加的な難しさがある。
1)若年美形女性に注目が集中しているため、そもそもそれ以外のカテゴリーの造形ノウハウがほとんど発達していない。他分野でも、確立されたモデルが無いため、隣接分野から摂取するということもできない。
2)ベースとなる彩色様式が、若年女性に志向しているため、肌表現や服飾表現に際して、男性や高齢者をそれらしく彩色するのが難しい。実際、高齢者のわりに異様にぬめぬめして皺のない顔立ちになったり、男性キャラクターが極端にくすんだ肌の色になっていたりする。特にダーク系タイトルでは、女性の白い肌とのコントラストを強めるという趣旨もあると思われるが、実際の画面は必ずしも成功していない。
3)男女間では平均的/象徴的に身長差表現が求められがちであろうが、アダルトゲームの立ち絵システムでは、身長が大きく異なるキャラクターを同一画面に収めるのが難しい。主人公の視界のようなものを仮に想定した場合、足元の高さが沈んだような位置で表示されるか、あるいは逆に頭の方が画面上側まで伸びてしまうか、あるいは女性キャラよりも小さめの縮尺で描かれるか、いずれにせよ落ち着かない画面作りになりやすい。
4)極端に誇張的デフォルメを施された女性キャラクターの造形にうまくフィットするようなデフォルメの様式が確立されていない。あるいは、そのようなすり合わせはそもそも不可能である。若年女性キャラには「可愛らしさ」という、ほぼ最優先でほぼ全面的な規準があるのに対して、それ以外のカテゴリーについては、目指すべき価値を束ねることすら難しいからである。例えば高齢男性については、キャラクター毎に「枯淡の洗練」「活力の喪失」「年齢を重ねた威厳」「退職者」「高い地位にある人物」「世間の意見の代表」「世間から離れた偏屈者」といった様々な位置づけが求められる。
【 美形男性キャラクターの描かれ方 】
とはいえ、まったく何の指標も無い暗中模索というわけではないし、技術的蓄積がなされていないわけでもない。たとえば学園恋愛系では、教師や家族(両親)を初めとして年長者キャラクターが登場する機会はけっして少なくない。ダーク系でも、集団的蹂躙に携わるモブ男性キャラクターはしばしば登場するため、「女性キャラクターとのコントラストを成すような、筋肉質な身体や浅黒い肌」や「女性を汚す存在であるため、その醜悪さや不潔さや邪悪さを強調するような外見造形」が、(おそらくとりわけ同人漫画と連携しつつ)開拓されている。ジェントル佐々木が原画担当している『姦染』シリーズは、良い見本の一つだろう。バトル系のSLG/AVGでも、「格好良さ」「凛々しさ」という指標がしばしば共有されるため、成人男性キャラクターについては一定の方向づけが出来ているようである。近年では、特にlight(原画担当はGユウスケ、泉まひる、夕薙ら)が超常バトル路線を精力的に開拓している。
特に男性キャラクターを得意とする原画家もいる。ことみようじ(例えば『このはちゃれんじ!』)、八宝備仁(『彼女×彼女×彼女』ほか)、佐野俊英(『110』)、CARNELIAN(『PARA-SOL』)、甘露樹(『うたわれるもの』)、吉澤友章(『長靴をはいたデコ』)、大槍葦人(『白詰草話』)、佐々木珠流(『Dancing Crazies』『王賊』)、泉まひる(『Imitation Lover』)、杉菜水姫(『カルタグラ』)、たまひよ(『ましろ色シンフォニー』)、Vanilla(『蠅声の王』)は、美形男性や偉丈夫、あるいは女性オタクにも受け入れられるような、魅力的な男性キャラクターを作り出している。上田メタヲ(『闇の声』シリーズ)、TOMA(『Maple Colors』シリーズ)、wagi(『真剣恋』シリーズ)も、多彩な男性キャラクターをデザインしてきた。ブランド単位で見ると、alicesoft(『大帝国』など)とUNiSONSHIFT(『時計仕掛けのレイライン』など)の継続的業績は圧巻である。
美形男性キャラクターについては、女性向け分野から摂取できるというアドヴァンテージがある。実際、女性向けブランドと男性向けブランドの両方を持っているメーカーもある(拙稿「CGワーク(8)」4章4節を参照)し、人的/組織的にも交流がある。ことみようじ、川合正起、CARNELIAN、由良、山本和枝、桜沢いづみのように、男性向けと女性向けの両方で原画実績のあるクリエイターもいる。
ただし、男性向けと見做されるアダルトゲーム分野の美形男性キャラクターの描き方は、女性向け分野(女性主人公ものの「乙女ゲーム」、男性同士の関係を描く「BL(ボーイズラブ)ゲーム」)のそれに対して、いくつかの点で傾向的な相違がある。1)スタイリッシュな痩身長躯よりも、がっしりした男性的な体躯が重視されがちなようである。2)頭部も、あまり過剰な細面には描かれず、角張った顎のラインがしばしばはっきり描かれる。3)眼鏡キャラクターの比率が高い。これらのうち、1)と2)は、おそらく女性キャラクターとの間で釣り合いを取るためであろう。また、3)については、一作品に登場する男性キャラクターの人数が少ないため、クールな知性を示唆する記号としての眼鏡を素直に採用しやすいためであろう。
【 結語 】
男性向けアダルトPCゲーム、いわゆる「エロゲー」は、まずもって、ヒロインたる美少女キャラクターたちの可愛らしさに注目が集まる。しかし、それ以外のキャラクターたちにも目を向けてみると、それらが非常に魅力的に、そして多彩な仕方で表現されていることに気付く。その豊かさは、この分野の美術的な豊かさと文化的な厚みを証立てている。
【 資料:実例検討 】
『巫女さん細腕繁盛記』
(c)2004 すたじお緑茶
登場機会が少なく、物語上の重要度も低いサブキャラクターは、そもそも画像制作されないことも多い。この作品では、小窓カットインという形ではあるが、商店街のサブキャラたちも穏健なデザインで一つ一つきちんと描くことによって、文字通り「互いの顔の見える」地域社会の手応えを作り出している。原画は美弥月いつか。
『ゆのはな』 (c)2005 PULLTOP
サブキャラクター「伊東みつ枝」。アダルトゲームのみならず、オタク系各分野は、高齢者キャラクターの描写に苦慮してきたが、本作では温和な高齢女性を描くのに、ほとんどSD並にデフォルメするという奇手でそれを解決した。本作のメイン原画は藤原々々だが、このキャラを描いたのはSD担当の仁之丞(渡真仁)か?
『Quartett!』 (c)2004 Littlewitch
この作品は、漫画風のFFD演出を採用しているおり、主人公の姿も頻繁に画面内に姿を見せる。大槍葦人は、このイタリア人の若者「フィル・ユンハース」をなかなかのハンサムとして描いており、しかもシーンによっては非常にくだけたコミカルな表情にも描いている。
『このはちゃれんじ!』
(c)2001 rouge(Will/FlyingShine)
ことみようじは、男性向け/女性向けゲームから(成人)漫画、小説イラストに至るまで、様々な分野で活動している。アダルトゲーム分野でも、早い時期から非常に水準の高い男性キャラクター原画を提供してきた。引用画像の立ち絵はマッドサイエンティストの「乙丸貴英」。
『カルタグラ』 (c)2005 Innocent Grey
サブキャラクター「八木沼了一」。警察官としては優秀だが、独善的で嫌味なキャラクターである。杉菜水姫はその後、『殻ノ少女』『クロウカシス』などの作品でも見応えのある男性キャラクターを高いクオリティで描いている。
『蠅声の王』 (c)2006 LOST SCRIPT
執事「キヨタ」。斜に構えて片手を腰に置いている美形眼鏡キャラクターという点は、上記の八木沼と共通している。しかし、どちらかといえば女性向けに近しいスタイルで描かれているように見受けられる。実際、原画担当のVanilllaは、新作乙女ゲーム『神サマなんて呼んでない!』(2017年発売予定)にも参加している。
『王賊』 (c)2006 ソフトハウスキャラ
原画は佐々木珠流。 学園恋愛系やダーク系では力強く魅力的なサブキャラ男性は登場させにくいが、SLG作品やバトル系AVGにはそうしたキャラクターが多数登場する。特にstudio e.go!/でぼの巣製作所、alicesoft、ソフトハウスキャラの作品には人気の高い成人男性キャラクターが多い。画像は軍団長の「火山」「ロンゼン」。
『PARA-SOL』 (c)2010 ROOT
CARNELIANは、老執事や妖艶な女性から可憐なヒロイン、ショタ、褐色肌、眼鏡キャラ、魔法使いに至るまで、人種年齢性別を問わず、なおかつ男性向けにも女性向けにも高い説得力を持つ、傑出したキャラクターデザインを作り出してきた。美形男性キャラクターの造形に関しても、PCゲーム分野における最高峰の一つであろう。画像は主人公「藤田小次郎」。
『カルマルカ*サークル』
(c)2013 SAGA PLANETS
通常の男性友人キャラクターに代えて「男の娘」キャラを配する作品が現れている。典型的な男性キャラの制作を回避しつつ、可愛らしいキャラクターをもう一人追加できるという意味で、理に適ってはいる。
『星空へ架かる橋』 (c)2010 feng
アダルトゲームには、ショタ(低年齢)キャラ、美少年キャラ、女装キャラ(男の娘)、華奢(小柄)な男性キャラ、TSキャラ、弟キャラなど、中性的/女性的な外見の男性キャラが多数存在するが、その中でもこの可憐で病弱な弟キャラ「星野歩」は、最も名高く好評を博している男性キャラクターの一人である。担当声優は卯衣。
『DUNGEON CRUSADERZ 2』
(c)2008 アトリエかぐや
原画家M&Mはショタキャラを得意としている。『マジカルウィッチアカデミー』(2005)の主人公「ツカサ」は作中随一の人気キャラクターであり、本作にも音声付きで再登場した(担当声優は井村屋ほのか)。サブキャラではあるが、師匠のシルヴィアとの特別なシーンも用意されている。
『Maple Colors』
(c)2003 CROSSNET/ApRicoT
TOMA率いるApRicoTは、『AYAKASHI』ではバトルものに相応しくワイルドな迫力のある男性キャラクターをクールに描きつつ、『Maple Colors』シリーズ(2003/2008)では美形に限定せず個性の強い多彩なキャラクターたちを大胆に描いてきた。
『真剣で私に恋しなさい!』
(c)2009 みなとそふと
『Maple Colors』の男性サブキャラたちが、前世紀からの照り返しを残した濃厚なカリカチュア的造形であったのに対して、2010年代現在を主戦場としているこのシリーズは、すっきりした直線的な描線とクリアな表情表現によって、活発粗野な物語の広がりを下支えしている。原画はwagi。
『うたわれるもの』 (c)2002 Leaf
コミカルなシーンや過激な状況を表現するために、エキセントリックな外見のキャラクターも使用される。甘露樹は、美形男性キャラクターにも長じているが、このように非美形の奇抜な外見をもデザインしている。有名な『こみっくパーティー』(1999)の「九品仏大志」も、甘露によるデザインである。