2025年11月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
●新規作品。
及川徹『異世界H英雄伝』第1巻(秋田書店、1-4話)。性的興奮によって知力(予測計算能力)が劇的に高まる主人公が、怪物たちに蹂躙されつつある異世界人類を守るために活躍する話。及川氏らしく、意志的な主人公と、切迫感のあるシチュエーション、異様な緊張感のある背景美術、そしてクリーチャーデザインを初めとしたグロテスクな描写、さらに唐突感のある濃厚なエロ表現(※全年齢)がふんだんに盛り込まれている。初連載の『新世界より』漫画化の時点から、こうした個性は明らかだったし、長期連載の『インフェクション』でもその手応えが常にあった。実は、前作『軍神のタクト』(全3巻、未読)のリメイクのようだ。主人公の名前もキャラの位置づけもほぼ同じで、違いは……性的要素かな?
ディーン・ロウ『勇者殺しの花嫁』第1巻(少年画報社、原作あり、1-6話)。既成教会権力が、強すぎる勇者を危険視したため、暗殺のために下っ端戦闘員の主人公が送り込まれたという状況。コマ絵の一枚一枚を見るかぎりでは、一級のクオリティがある。繊細な描き込み、美しいプロポーション、異形生物の迫力、瞬間の印象的な切り出し、建造物の質感と存在感、等々。しかし、漫画としてのコマ組みと紙面演出が、どうにもぎこちない。原作に由来するストーリーの強引さも相俟って、ちぐはぐに見えるところが多い。うーん。
稍日向(やや・ひなた)『ボクはニセモノノキミに恋をする』(GOT、単巻、全10話)。日本神話(イワナガ/コノハナ)のイメージを絡めつつ、禁足地での神隠しネタを描いている。絵も筋立ても、まあ悪くはないのだが、単巻ゆえの食べ足りなさがある。
7Liquid『なにも理解(わか)らない』第1巻(芳文社FUZ、1-16話)。言葉も通じず、現代世界の知識もほぼ無い(記憶喪失)という徒手空拳状態で異世界に転移(?)した若者の物語。コンセプトどおりにそれなりに面白いが、しかしモノローグ中心で、漫画でやる意義がよく分からない。5-6頭身の画風で、メインヒロインのエルフは確かに可愛らしいし、周囲の空間的な広がりやアクションポーズの躍動感は上手く描けているのだが。
桃山あおい『三日月の国』第1巻(バンチ、1-5話)。16世紀オスマン帝国の首都イスタンブルを舞台にした芸術家たちの物語。おそらく一冊で2人ずつくらいのペースで主人公が切り替わっていく、オムニバス路線と思われる。この巻では、宮廷工房で働く頑張り屋の外国人少年(※元キリスト教徒)と、皇帝付料理人をフィーチャーしている。キャラ作画は両目が大きくてどちらかと言えばクラシカルな子供向け漫画に近く、作劇もあっさりして素直だが、背景の建築物や作中で制作される美術作品などのディテールはきちんとした取材に基づいているようだ。その意味で、歴史ロマン分野として真面目に描かれている作品だと言える。特別に魅力的というほどではないが、こういうアプローチの作品も世に出ていることには意義があるだろう。
みなぱか『6億年の博物旅』第1巻(芳文社、1-6話 ※四コマではなく通常のストーリー漫画)。タイムトラベルが可能になった近未来の大学で、様々な時代を訪れて博物学的に様々な情報を収集してくる話。芳文社らしく、登場人物は全員がゆるかわ若年女性で、顔アップやバストアップのコマを連発する仕様だが、古生物の考証はきちんとしているように見受けられるし(生物や背景もリアリスティックに描かれている)、ロマンとインパクトのあるレイアウトも演出されている。「kawaiiキャラが白亜紀やデボン紀を訪れる気持ち良い漫画」としては、期待されるとおりの出来だろう。ただ、あまりにもウェルメイドな萌え漫画なので、かえって退屈に感じてしまいかねない。
緒川みのる『ガレキの街のルウとメエ子』(単巻、小学館)。地上の(ややスラムめいた)街に同居する二人の少女の目から、特権階級たちの住む地上100kmの浮遊構造物を見上げる、屈折と苦難と闘争と希望の物語……と、まとめられそうだが、内容はやや錯雑としている。6頭身のキャラクターたちは躍動感のある絵で描かれているし、コマ組みもかなり意欲的にレイアウトされており、読後感の手応えはある。
糸川一成『のけもの恋がたり』第1巻(小学館、1-5話)。妖怪に狙われる血筋の少女と、半妖(犬系)男性の間の大正伝奇恋愛物語。オーソドックスな路線で、二人の関係に説得力を持たせる設定に独自性もあるし(※男性は女性を物理的に守るし、女性は男性の暴走を防ぐ力を持っている)、紙面演出にも良いところがあるのだが、今一つ食べ足りない。枠組そのものはベタなので、例えば、絵の魅惑的な美しさを作り出すとか、あるいはもっと強烈な物語的フック(大きなジレンマなど)を出すとか、もう少し味付けが欲しかった。うーん。
●カジュアル買いなど。
行徒『わけあって絶滅しました ビューティフル』(小学館、原作あり、既刊2巻)。様々な絶滅生物が美形男性(※ショタ含む)に擬人化されて、絶滅の経緯を自ら語る4ページ漫画集。原作の説明にはいくつか誤りも指摘されているようだが、ユーモラスな語り口と、行徒氏の洗練されたキャラクターたちによるフルカラー漫画としての面白さがある。
吉河美希『柊さんちの吸血事情』第6巻(講談社、30-35話)。オーソドックスな同居コメディだが、三姉妹(+サブヒロインズ)が吸血種であるところにオリジナリティがある。コメディとしてはマイルドで、演出的にも無難だが、とにかく安定感があり、気持ち良く読める。きちんと79点を取り続けている感じ。小顔寄りで、骨格の良く発達したプロポーションにも個性がある。
Hyuga『これってハラスメントですか?』(集英社、5-11話)。ある会社の社員相談室を舞台にして(※ここだけがレギュラーメンバー?)、様々なハラスメント事例をオムニバス的に描いている作品。ハラスメント問題を真面目に扱いつつ、それぞれストーリーの深みとキャラクター内面のデリカシーに沿った掘り下げを試みており、きちんとした読み応えがある。を絵柄(表情)はやや味付けが濃いものの、良い作品だと思う。せっかくだから第1巻も買っておこう。
赤井千歳『100年の経(たていと)』第4巻(小学館、16-20話、完結)。コールドスリープによって百年後の世界で目覚めた小説家が、AI小説全盛の世界に直面する……という物語のようだ。人の創造性と、時間を超えた人の繋がり、そしてすれ違いをモティーフにしたSFとして面白そうではあるが、物語の中盤はどのように埋められているだろうか? 作者は2019年デビューで、これが2つめの連載のようだ。
雨瀬シオリ『ここは今から倫理です』第10巻(49-56話、完結)。カジュアル買いでごく一部の巻しか読んでこなかったが、この作者に特有の憂いの濃い絵柄と、きれいに整理された倫理学的説明、そしてその一方で、単純な解決を与えない苦みのあるジレンマのドラマが展開される。最後は主人公自身の来し方にまつわる生死の問題(安楽死、尊厳死)に触れつつ完結した。
●続刊等。
1) 現代ものやシリアス系。
九重すわ『踊町(おどろまち)コミックハウス』第2巻(6-11話)。ドヤ街のような土地の、妖怪のような大家のいるアパートで、二人の元気な少女が、漫画賞で生活費を稼ごうと漫画制作に取り組みはじめる。00年代初頭風のアナーキー日常ものの雰囲気を継承しつつ、創作同人風の自由な展開を商業作品の枠にぎりぎりまで近寄せてパワフルに進んでいく。丸顔寄りの主人公たちは可愛らしく、絵はハイレベルでポージングもレイアウトも紙面演出も、そして要所の幻想的な表現も、抜群に良く出来ている。そして今巻の最後では舞台の移動と主体の切り替わりというどんでん返しが提示された。
眞藤雅興『ルリドラゴン』第4巻(25-33話)。体育祭が大きくフィーチャーされた巻だが、テイストはいつも通り。すなわち、自分自身の中の無視できないアイデンティティ上の特徴と、それを巡って生じる周囲の人々との摩擦、そしてそれらを通じて社会の中に存在し続けようとする苦闘、しかしそれにもかかわらず発生する新たな(不本意な)自身の身体的特徴によってさらに攪乱される彼女の思春期の生活。もちろんこれは、「思春期の女性に突然現れる、不本意で苦しくてコントロール困難で、自らの身体的コンディションの変化を恥ずかしくも周囲に晒してしまったり、さらには社会生活に支障を来すことすらある現象」という点では、女性生理と酷似しているという辛さもある。
とこのま『稲穂くんは偽カノジョ~』第3巻(21-28話)。女装男子+偽装カップル+同居ものという贅沢な設定。導入のきっかけは強引だったし、心情の襞の掘り下げが凄いというほどではないが、絵は穏健にまとまっているし、ヒロイン(仮)のキャラクター個性はユニークだし、恋愛関係のベタベタに踏み込まないのもあってスムーズに読んで楽しめる。
伊月クロ『彩純ちゃんは~』第7巻(27-30話)。わりとあっさりと(?)、旧友と再会できた。そしてそこから、お互いの立場を踏まえた心のすれ違いが、ややユーモラスに、そこそこシリアスに描かれる。今後はこの二人の関係をメインにして、あらためて(ようやく)百合関係が本格的に展開されていくようだ。こういう二部構成めいた転換は、なかなか大胆と言えるかもしれない。
もりとおる『旭野くんは誘われ上手』第3巻(21-30話、完結)。父親から大事にされていなかった主人公は、自分から他人を食事に誘うことができず、誘われる姿勢を選んでいた。ホームドラマ的な家庭問題を背景に据えつつ、現在の大学生としての生活と人間関係、そしてそこで培われてきた彼なりのアイデンティティを、柔らかなタッチと繊細な表情、そして「食事を共にする」という情景を活用しつつ情緒豊かに描いた良い作品。
木下いたる『ディノサン』第8巻(39-43話)。面白い漫画なのだが、ドラマの抑揚を作るために、廃園危機というせちがらくもベタな危機を持ち込んでいるのは、いささか苦々しく思う。もっとも、このシチュエーションでは、恐竜たちの生態(病気など)を個別に描いていく以外で物語の縦軸を作ろうとすると、恐竜園の存続という社会的側面になってしまうのは、まあ、仕方ないのだろうけど。
soon茶『ヤン先輩はひとりで生きていけない』第2巻(5-9話)。他人のために頑張れる善良な主人公が、今巻でも魅力的に描かれている。恋愛に弱い(致命的に惚れっぽい)ところも、ぎりぎり笑える範囲のユーモアに留めつつ、彼女自身の心のデリケートな動きとして表現しているし、毎回のファッションも――第1話でもネタにされていたとおり――面白い。
牛乳麦ご飯『ボーイッシュ彼女が可愛すぎる』第4巻(35-42話)。156ページとやや薄めの本だが、もう4冊目。幼馴染なのに妹に気づかないなど、ストーリーには強引なところがあるが、力を入れるべきところは頑張って演出しているのが分かるし、これでいいんじゃないかな。ちなみに、水着姿になったヒロインのプロポーションが、安定感のある整ったスタイルなのが、予想外に魅力的だった。丸顔+ショートヘアというかなり珍しいタイプをメインヒロインに据えて成功しているところも素晴らしい(※供給の乏しかったニッチ需要を上手く掬い取れたとも言える)。
万丈梓『恋する(おとめ)の作り方』第11巻(95-102話、目次無し)。正式に付き合い始めた後も、様々な躊躇や、それを乗り越えようとする意志のドラマがある。要所の見せゴマをカラーにする演出も堂に入っている。
夜墨リョウ『XXしないで! 月峰さん』第2巻(11-19話、完結)。吸血女性とそれを受け入れる男性の高校生活を、頭身高めの絵柄でしっとりと描いていて、第1巻もわりと好みだったのだが、残念ながらこの巻で終わってしまった。もったいない……。
2) ファンタジー世界やエンタメ寄り。
石沢庸介『第七王子~』第21巻(175-181話)。榮竜との高速戦闘と、そこで開花するヒロインたちの新たなスキルが華々しくも劇的に描かれる。技のアイデアの独創性と説得力が絶妙だし、それが研鑽と才能と(そして時には悲劇性)によって裏付けられている誠実さも石沢氏らしい。
宮木真人『魔女と傭兵』第7巻(47-56話)。漫画表現がぐっとこなれてきて、コマの流れも良くなり、コミカルな表現も上手くハマるようになってきた。ただ、やはり、物語の雰囲気が相変わらず酷薄で、とりわけヒロインキャラたちが怯えたり、殴られたりするシーンが頻出するのは少々きつい。まあ、そういう冷酷さは、傭兵という立場での厳しい現場の物語として、筋が通ってはいるのだが。そしてヒロインたちも、基本的にツリ目強気なキャラばかりで、とても魅力的なのだが。そして、バトルシーンのギミックとその説明も説得力があるのだが。
kakao『辺境の薬師~』第11巻(78-85話)。背景の描き込みが、とんでもないレベルに達している。いくつかのツールは使っているのだろうけど、基本的には全て独自に描き起こしていると思われる。しかも異世界の和風建築の内装の装飾的ディテールから、屋根が並ぶ都市風景の立体感まで、超絶技巧で作画されている。しかも、単なる名技披露ではなく、場面ごとの雰囲気やニュアンスを表現することにきちんと寄り添っているのも凄い。作品全体として見ても、顔アップのコマがかなり少なく、常に空間的な広がりの中で物語が展開されるし、コマ絵そのものも角度と奥行きのある絵で柔軟に描かれているし、さらには壁越しの2部屋をフレームインさせているような技巧的なレイアウトまで使いこなしている……どうしてそこまでするの……。ストーリーそのものはただの天然チート系で、そのうえセクシーで豊満なキャラクターが大量に出てくるのだが(※特におまけ漫画はおねショタ全開のえろになる)、この紙面演出がこの漫画版の圧倒的な迫真性と美術的な没入感をもたらしてくれる。
大関詠詞『~スローライフの夢を見るか?』第3巻(14-20話)。四十路男性が若い身体で異世界転生した話。お色気シーンもそれなりに多いが、メインヒロイン一人を同行者として確立して、その周囲の問題に取り組んでいくところは好印象。しかも眼鏡ヒロインだし。苦悩や怒りといったキャラクターの心情描写も率直誠実に描かれている。
恵広史『ゴールデンマン』第7巻(48-56話)。一種の鏡像世界にリープしてから、物語が一気に進んだ。しかも、状況の大転換や、心理面での大きな節目を入れつつ、スピーディーに展開していく。連載開始当初から、このあたりのドラマを目指して積み重ねてきたのだろうか。
上戸亮『ロメリア戦記』第5巻(21-25話)。島との交渉から衝突へ。少年兵たちと戦うというのは、現代エンタメ作品としては突出して深刻な倫理的困難に直面させる状況であり、物語は苦い懊悩逡巡とともに誠実に描かれている。漫画表現としては、繊細なペンタッチによる緊張感と、丁寧な描き込みによる豊かな質感表現、そしてキャラクターたちは存在感のある表情を見せるし、戦闘シーンも躍動感のあるポージングで説得的に描写されている。
朝倉亮介『アナスタシアの生きた9日間』第3巻(完結、12-18話)。良い作品だったのに完結とは……巫女が勇者少女を殺害することが予言されているというカウントダウン式ドラマで、一日=一冊のペースでじわじわ進んでいくと期待していたのに……。こういうカウントダウン型の物語はわりと珍しいし、和風異形のクリーチャーデザインも独創的で、コマ組みレイアウトも鮮烈なインパクトがあり、異能のアイデアもそれぞれユニークで、さらにグロめの表現も大胆で、これを9巻まで続けてくれるとワクワクしていたのに、なんと惜しい……。エンディングは、異能スキルを活用して巻き戻すという形で、きれいに筋が通ってはいるのだが、やはり本来想定していたであろう結末まで描いてほしかった。もったいない……。
古日向いろは『石神戦記』第6巻(25-29話)。所領奪還を果たして、次は少人数で隣接領に潜入することになった。中世日本風の伝奇+政略+合戦もので、喩えるなら和風ルリタニアロマンスのような趣が受けているのだろうか。私はむしろ、おねショタ目当てで読んでいるけど。一歩間違えば短命連載で終わりかねない路線だが、世間的にも好評なようで、連載が続いているのは嬉しいかぎり。くクリアカットな描画と安定感のあるコマ組み進行、そして戦闘シーンの迫力とユニークな石術、さらにキャラクターも人数が多いなりに個性が明確なので、隙がなく80点を取り続けている感じ。ファンを熱狂させるというほどではないが、堅実に読者を惹きつけていけるクオリティが頼もしい。
緒里たばさ『暗殺後宮』第9巻(45-49話)。9巻まで来ても相変わらず、状況や立場が一つのところに留まらず、どんどん変転していくのが面白いが、今回はついに後宮を追い出されてしまった。いったいどうするんだ……。まあ、なんらかの仕方で楽しく解決してくれるだろうという信頼を作者に預けておいてよいだろう。後宮の複雑な人間関係からいったん離れた主人公が、周囲の人々と穏やかな交わりを獲得しているのが微笑ましい。
上田悟司『現実主義勇者の王国再建記』第14巻(68-72話)。龍族ヒロインを加入させて、この世界の存立の謎を意識し始めるところまで。今巻も、上から下への読み進めを強く意識したコマ組みが非常にユニークで面白い。このコマ割の実験に付き合うためだけでも、この作品を読み続ける価値はある。コマ絵についても、トーンは控えめで、ひたすら手書きで背景から影付けから衣装までザクザク描きまくっている感じが気持ち良い。せっかくなので、既刊も最初から再読したが、やはり面白い。コマ組みは見開きレイアウトと縦進行を活用しつつ闊達に組み立てられていて刺激的だし、キャラクターの内面の心情(信念と気遣い)が丁寧に描かれている。
道満晴明『ビバリウムで朝食を』第4巻(45-57話、完結)。最終巻で刺激的なSF的設定が噴出する。ビバリウム(生活環境槽)の宇宙に対する、それを作り出した高次元宇宙とその意図、さらにその上の次元と、多層的な世界像が展開される。オーソドックスなSF的アイデアとともに、藤子作品を初めとするパロディも贅沢に投入される(オバQ、パーマン、ドラえもん、そして税理部=They Liveなど)。七不思議探しの日常的冒険から始まった物語が、ユーモアやシュールギャグやSF/オカルト/幻想と結びつきながら融通無碍に広がっていくところはさすが道満晴明氏。今回はジュヴナイル風の意匠だったが、次作はどのようなアプローチになるだろうか。
久しぶりに木村紺『神戸在住』(全10巻)を通読した。京都の学生時代に読んだときはあんまり好きではなかったが、あらためて読んでみると、その強い個性に感銘を受ける。手書きで柔らかく、それでいて緻密に描き込む画風の手触りに、内省的独白をコマの間に差し込む独創性(※90年代末当時のちょっとした流行にもなっていた)、大学生の日常ものとしての広がり、そして数年前の震災を初めとするローカルな社会的重層性への、ストレートでありながら距離を置いた視座(※主人公は東京から入学してきた異邦人という位置づけだ)、観光漫画としての先進性(※北野異人館街が扉絵で頻繁に描かれる)、絵画や音楽に囲まれている大学生のアーティスティックな雰囲気、そしてそれ以外も、身体障害や国籍アイデンティティ(中国系2世)、さらには喪失体験(人の死)を掘り下げる際の異様なまでの切迫感。
現在私がたまたまその土地に住んでいるという事情を別にしても、本作で描かれている30年ほど前の神戸の開放的な風景と、そこで生活した感受性豊かな大学生の内省的デリカシーの陰影、そしてその若者を取り巻く社会の厚みによって特徴づけられた本作は、今なお特異な個性を持っている。