「アダルトゲーム」とか「エロゲー」をどう呼ぼうかという呼称の話。
ある事象を学問的検討の対象とする場合には、つまり公平/正確/客観的に捉えようとする場合には、その対象をどのように呼称するかがしばしば問題になる。それは、対象の外延を誤認させないようにするという正確性の次元の問題であったり、あるいは対象にまつわる価値的含意に対してどのように距離をとるかの問題であったりする。
例えば、「聖地巡礼/舞台探訪」という現象。「聖地巡礼」という言葉を用いる場合、それは、当事者たちが単なる一般的な観光目的ではなく、その土地と関連する特定の作品に対する心情的コミットメントを持つがゆえに、わざわざその土地をみずから訪れているのだという文化現象としての側面を重視していることになるだろう。とりわけ、「聖地巡礼」活動を、キャラクター文化(ということは、往々にして、歴史小説等が有する史実性とは異なった、純然たるフィクション作品)における心情的愛着を前提とした訪問行為であると見做す場合、つまりロケ地訪問一般とは異なる特殊な活動として捉えようとする場合に、呼称のレベルでこのような選択がなされる場合がある。ただし、このような「アニメ等の聖地巡礼/それ以外の舞台探訪」の間の区分は、研究者が検討対象を限定しようとする際に行う暫定的な操作的区分である(つまり、本質的な相違だと主張しているわけではない)場合もあり、あるいは、大きく性質を異にする別種の活動なのだという本質論的立場からそうなっている場合もあり得る。他方、「舞台探訪」と呼称する場合、そうした側面への言及が慎まれている。つまり、当事者たちの心情的コミットメントの如何には立ち入らないか、あるいはその存在を自明視せず慎重な検討の対象にするか、あるいはとにかくロケ地訪問全般を幅広く扱おうという立場に親しい。あるいは、既存の宗教的活動としての「聖地巡礼」との混同を避けるために、それとは別種の活動であることをはっきりさせるために別の言葉を用いるという判断から来ることもあるだろう(例えば、おおいし氏は、「舞台探訪」という用語選択の根拠としてこれを挙げている)し、「聖地」という表現が曖昧である(「元作品があり、そこで『舞台』となった場所を訪れるのだ」という内容が分かりにくい)という判断もあるだろう。私としてはどちらでもよいと思っているが、普段は「舞台探訪」の方だけを使っている。
いわゆる「エロゲー」に対する一般的で中立的な呼称も、これと同じ問題に直面する。つまり、「販売時に年齢制限のある(18禁の)」、「通常は商業ベースで流通する(ただし同人形態も含む場合がある)」、「どちらかといえば男性向けと見做されている(BLや[18禁]乙女ゲーは通常含まない)」、「ほとんどがPC媒体で実行される」、このゲーム分野をどのように正確に捉えるかということだ。それでは、実際にどのような呼称があり、そしてどのような呼称を採用したらよいか。
1)比較的有力な呼称の一つ「美少女ゲーム」は、おおむね妥当であるが、コンシューマの非18禁タイトルも視野に入れるという特徴があり、また、「美少女」という価値的目標を指定した表現となっている。「それでは、少女とは言えない高年齢のヒロイン(例えば「母」もの)は? 性別が女性ではない『男の娘』ヒロインは?」 このような疑念が提起される余地がある(――ちなみに、「美」しくないヒロインのみが登場するタイトルが存在するのかどうか、私は寡聞にして実例を知らない)。
2)他方、「アダルトゲーム」という呼称は、それとは異なった仕方で認識する、あるいは異なった基準でこの分野を切り分ける。すなわち、「美少女」へのコミットメントという要素をいったん括弧に入れ、代わりに「アダルト(すなわち性表現。時として暴力表現等も含む)」要素をこの分野の中心的な価値的目標の地位に据える、あるいはそのように対象の範囲をカテゴライズする。
3)さらに距離を置いた記述的な表現もあり得る。すなわち、「18禁ゲーム」「PC18禁ゲーム」「男性向け18禁ゲーム」「商業18禁ゲーム」などのアプローチだ。これらは、表現媒体(PC)、流通媒体(商業)、主要利用者層(18禁、男性向け)といった客観的事実に依拠した表現であり、学問的にはおそらくこのような呼称の方が適切であろう。しかも、コンシューマ非18禁ゲームを混入させないようになっている(――コンシューマ非18禁分野を算入できないということでもあるが)。
4) もちろん、当事者の多くが使っている言葉として、「エロゲー」という語を選択するというのもあり得る。ただし、当事者の認識をそのまま無批判に流用するのではなく、一定の慎重さを踏まえているということを示すために、それとは異なった呼称を用いるというのは、学問の世界ではよくあることだ。私自身としては、そういう姿勢のためもあり、また略称になってしまっているという点、そして個人的にはいささか品の無いストレートすぎる言葉だという理由から、この言葉は普段からまったく使用しない。
これらの違いは、基本的には、どれが正しく、どれが間違っているという次元の問題ではない。また、上述のように、対象それ自体の問題だけでなく、論者それぞれが選び取った姿勢を示すという側面もある。ただし、語の選択とその理由について、無頓着なままでいてよいということではないし、それぞれの考えや論旨に応じてそれにフィットした呼称を用いる方がよいだろう。
私としては、当初は「アダルトゲーム」という呼称をもっぱら用いていた。例えば「演出技術論」でも、「PCアダルトゲーム」または「アダルトPCゲーム」という名称のみを用いていた筈だ。しかし、一時期は「美少女ゲーム」という呼称に切替えていた。前のブログで使うようになり、このブログでも最近まではこちらの言葉を使っていた。それは、「この分野は美少女キャラクターに接近しようとするユーザーたちの意欲によってこそ、大きく駆動されているのだ」という考えからそうしていた。ただし、最近ではふたたび考えが変わり、やはり「アダルトゲーム」と呼ぶ方がニュートラルでよいという考えに傾いている。「18禁ゲーム」「18禁PCゲーム」という用語をほとんど使っていないのは、ただ単に、数字/アルファベット/カタカナ/漢字が混在してしまうため、入力の手間を惜しんでいるというせいもある。「アダルト」と「18禁」はほぼ互換的に捉えられるため、大きな不都合も無いし。
ちなみに、「アダルトゲーム」というのは、おそらく和製英語であり、「adult game」と言っても英語話者には通じない(あるいは、すぐにはピンと来ない)可能性がある。英語ならば「R-18 PC game」、あるいは「porn video game」と述べる方がよさそうだ。「hentai game」というのもよく使われているようだが、日本語話者にとっては心理的に抵抗感のある言葉だ。