2025年4月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
●新規作品(※カジュアル買いでもある)。
鴻巣覚『うさぎはかく語りき』第1巻。月からの殺人ウサギたちに乗っ取られた渋谷地下街で、ウサギハンター少女が彷徨する話。ウサ耳美少女が何人も登場するキャッチーな作品で、一種の異能バトルめいた側面もあるが、これはこれで楽しい。作者は芳文社でいくつかの連載経験がある。
壱原ちぐさ『シテの花』第1巻。一流ダンサーだった少年が、能楽に挑戦する話。近年の少年ジャンプに典型的な、若き天才の芸術バトル成り上がりもののパターンをそのまま踏襲していて、ちょっと辟易する(※本作は小学館だが)。つまり、「未熟ながら天性の異才を持った主人公が、ある芸術ジャンルに飛び込むことになり、その道の権威から後押しされて、若手総出演の大会に出演することになり」云々という、『アクタージュ』の頃から(?)のお定まりで、現在の『あかね』もまさにこの路線。『ヒカルの碁』では、まだこういうフォーマットは出来ていなかった。ただし、「王道に即した新作で、その都度の若い読者に向けて堅実に漫画の魅力をアピールしていく」というのも大事だし、また、まさに本作が語っているように「どんなお決まりのパターンでも、その中には必ず、クリエイターごとの個性のコアが出てくるものだし、その違いやデリカシーを味わうべきだ」という見方もできる。本作では、まだこれといった決定的な個性は見えてこないが……うーん。
牛乳麦ご飯『ボーイッシュ彼女が可愛すぎる』第1巻。タイトルどおりの路線で、各話8ページずつで短く刻んでいくコメディ。可愛い私服で照れたり、可愛いレストラン制服で照れたりするのだが、第10話のようにボーイッシュな姿が一番可愛かった筈では?
喜月かこ『私の魂を食べて下さい!』第1巻。死亡した会社員女性が、ゾンビだか形代だかのボディに転生させられ、そして大柄な狼のようなケモキャラを主人として定期的に魂を味わわれる(それがケモ主人にとっての食事になる)という物語。ケモキャラ造形は本格派で(※マッシヴで、全身体毛で、手足まで獣型で、鼻先も突き出ているという白狼ケモ女性)、それに対するヒロインは青肌の路理ゾンビというマニアックな趣向で、しかも魂を味わうのはキスという形を取るし(かなり煽情的に描かれる)、さらに魂を食べすぎると主人公ちゃんは絶命しかねない(※実際、瀕死になるシーンもある)というタナトスの背徳感まで取り込むという、濃厚な作品。作者はこれまでも、本格派のケモキャラ漫画ばかり描いてきたというエキスパートだが、ここまでやるか……と驚かされる。いや、濃すぎるって。
いくたはな『エルフとひとつ屋根の下』第1巻。作者名にぼんやり見覚えがあったのでとりあえず買ったみたが、ああ、そうか、『影と花』の作者さんか(※要するに百合系)。この『エルフと~』は新潟が舞台だが、作者自身も新潟にお住まいらしい。残念ながら、出来は月並。
石田スイ『ジャックジャンヌ FOLIAGE』。作者自身が深く関わったゲームからの外伝的コミカライズ。いわば男性版の宝塚歌劇で、苦みのある物語と卓抜な漫画演出で読みごたえがある。
藤丸『レジスタ!』第1巻。36歳のフリーランスクリエイター男性が、近所のスーパーのレジ打ち高校生(3年)に一目惚れした話。ご覧のとおり、シチュエーション設定はかなり気持ち悪いし、女性キャラのヒップやバストを強調する煽情的なコマもあるのだが、その一方で、絵は表情豊かでやたら上手いし、コンテによる視覚的演出も切れ味があるし、台詞やモノローグもオリジナリティと深みがあるし、心情のストーリーにも説得力がある。作中でジャンヌ・ダルクに喩えられているようなヒロインの倫理的な凜々しさを美しく描きながら、そのヒップラインや着替え姿をクローズアップするゲスいコマも定期的に現れる(※主人公の男性の心理描写それ自体は、平均的な男性よりも誠実で節制があるくらいなのだが……)。こういう二重性を一つの作品の中で、何の留保も無しに同居させてしまう風景は、なかなかショッキングだ。
繰り返すが、漫画表現技術においてもプロット構築においても抜群にハイクオリティだ。それだけに、物語レベルでの「凜々しい少女と誠実な男性の間のデリケートな距離感描写」と、視覚表現レベルの「未成年キャラに向ける露骨な性的視線」の落差はなんとも不気味に感じる。そもそも日本の漫画には、ストーリーと無関係にお色気カットを挟む(※例えば、ヒップを後ろから見上げるアングルの対面構図とか)のは、よくあることだ。私もそういうのには慣れている。しかし、本作のように健やかなヒロイン像を描こうとしているところに、そうした視覚的エロを盛り込んでしまうと、双方の矛盾と衝突がかなり厳しく顕在化してしまう。うーん。
作者の藤丸氏はアダルトコミックやアダルトPCゲーム原画で十年以上のキャリアがある。読んだことは無かった筈だし、本当に高い実力を持った漫画家さんなのは分かるので、そちらも買ってみるかも。ちなみに、購入理由は「主人公男性が眼鏡キャラで、度入りを描いていそうだったから」。実際にはレンズ度入り表現は無かった。
というわけで藤丸氏のアダルト短編集『ラブミーテンダー』(初出は2009-2017年)と『花 flowers』(2020-2022年)も買ってきた。特に前者の「Life is a Battlefield」シリーズが秀逸で、ストーリー展開にも独創性があるし、可愛らしいデフォルメ絵も適宜入れて楽しげな抑揚を作り出しているし、作画と演出も上手い。ただし、ページ数の少なさゆえか、やや迷走気味の作品もあるが、これはやむを得ないだろう。
ちなみに、アイドル「桃稚るな」が登場するので上記『レジスタ!』と作中世界のつながりがあるし、同じく『ラブミー』所収の「This is Love」はまさに『レジスタ!』と同じシチュエーションだった(つまり、妥協としての恋愛を厭う主人公がレジ担当少女に惚れる話)。
●カジュアル買いや単刊作品。
幾花にいろ『国を蹴った男』(上下巻同時発売)。戦国時代の鞠製作職人と今川氏真の物語(原作小説あり)。幾花氏が歴史漫画に進出されたのには驚いたが、美形男性もムサい男性も描けるので、これはなかなかの適任だし、甲冑描写なども迫力がある(※ただし、戦争シーンは無い)。
上田悟司(うえだ・さとし)『現実主義勇者の王国再建記』(原作あり)第13巻。コマ割が非常に不思議な配置で驚いた。見開きやシンメトリーを意識しているのは分かるのだが、極端な縦長コマを多用したり、長方形でない変形コマ(角が90度ではないもの)を組み合わせたりして、非常に珍しいレイアウトになっている。
私見ではおそらく作者は、縦のコマ進行をベースにしている。一般的なストーリー漫画では、基本的にコマを横に(右から左のコマへ)進めていき、左端に行ったら折り返してまた右のコマから読んでいく。それに対してこの漫画家は、コマを縦に(つまり上のコマから直下のコマへ)読み進めていくことを前提に、コマ組みをしているように見受けられる。そう考えれば、この一見奇妙なレイアウトも筋の通った形で理解できる。いずれにしても、非常に風変わりで珍しい漫画体験を提供してくれる(※もちろん四コマ漫画も、縦に読んでいくスタイルだが、あれはまた別枠の文法があるので、ストーリー漫画とは違う)。
ただし、ストーリー(状況や台詞回し)はチープだし、台詞を詰め込みすぎていて上手くないと感じるページも多く、極小コマもいかにも説明的で味わいに欠ける。現時点では、総合的には「漫画としてあまり上手くない」と言わざるを得ないのだが、上述のとおり、表現技法としてのポテンシャルは感じるので、作者オリジナルの作品を読んでみたい。
なお、西洋ファンタジー風の異世界に「龍」(つまり、羽根の生えたドラゴンではない、中国風の長いアレ)が出てきたのはこれまた珍しい。これは原作者(小説家)の功績だが、漫画として視覚化することによって大きなインパクトが生まれている。
同書、第65話より引用。読み進める順序を水色のラインで示した。通常のストーリー漫画とはまったく別の構成原理でコマ配置されているが、読者としては普段どおりスムーズに読むことができる。極端に小さなコマを多用するのは、説明的であまり上手くないと思うが、まあ、作家の個性の範疇だろう。
冬虫カイコ『土曜日の三重奏』と短編集『回顧』。この作者は『みなそこにて』(全3巻)の頃から読んでいるが、いずれも抑圧的な人間関係に苦しまされる構造を執拗に描いている(田舎の家父長制、教育ママたちの競争心、クラブ活動での嫉妬心、専業主婦コミュニティの内輪性、等々)。狭い共同体のミニマルな抑圧描写は読んでいて嫌気が差すし、ステレオタイプ的な描写もあるが、その一方で人間精神の機微に対する独自のデリカシーある洞察も表現しているので、さしあたりは読み続けていくつもり。
小形朱嶺(おがた・あかね)『若葉さんちの青い恋』第2巻。カバーイラストが度入り眼鏡だったので購入。内容面では、四姉妹がそれぞれ男性と付き合っていく話のようだ。構成が面白くて、長女は職場恋愛(たぶん)、次女は高校生の真面目恋愛(相互尊重恋愛)、三女は同級生ながらおねショタ風味、そして四女はどうやらからかい系と、それぞれ近年の人気路線を取り揃えしつつ、それぞれの物語を同時並行で展開させているようだ。なるほど、上手い。大抵の人はいずれかの趣向に引っかかるだろうし、そうでなくても四姉妹の家族描写も多いので飽きない。
●続刊等。
背川昇『どく・どく・もり・もり』第4巻。背景設定が見えてきた。この作者らしく、孤独なキャラクターに対するコミュニティ(≒マジョリティ≒権力者)からの厳しい圧力と、それに対する抵抗、脱出、解放への切実な希求が織り込まれていて、やるせなくも力強い物語になっている。
眼亀(めがめ)『ミズダコちゃんからは逃げられない!』第4巻。下品な要素が増え、新キャラも多数投入して、展開もイージーになってきたが、もうしばらくは読み続けてみよう。亜人共存ネタはすでにありふれているのだから、せっかく出来たユニークな個性のキャラクターを丁寧に掘り下げていく方が良いと思うのだが……。
だたろう『北欧ふたりぐらし』第4巻。スウェーデンで暮らす夫婦の物語で、今回は2回目の冬から春にかけて。北欧の現地文化(日常の慣習から特別な行事まで)を経験していくのが中心だが、スキーの運動描写なども丁寧に描いているし、こういう作品をたまに読むのも良い。
工藤マコト『不器用な先輩。』第9巻。オフィスラブ(未満)の物語だが、恋愛未満の状態を延々続けるのは、そろそろもどかしい。
松浦だるま『太陽と月の鋼』第10巻。陰陽道のトラブルに巻き込まれた夫婦のミステリアスな冒険もの。作画と演出は抜群に上手いのだが、ストーリー面ではそろそろ飽きてきた。
『エクソシストを堕とせない』第11巻。以前から暗示されていたとおり、ダンテたちの同性愛的メンタリティが明示され、さらにモブ神父による児童性虐待も描かれた。ただし、聖書(レビ記)を参照させることで責任逃れをしているが、同性愛的関係を道徳的罪として描くのはさすがに問題があるように思える。リヴァイアサン編のあたりまでは良かったのだが、それ以降はストーリー面でも混乱が見られるし、作画面でも演出が大人しくなっているし、設定面やデリカシーの点でも粗が見えてきたのは少々残念。
シロサワ『水姫先輩の恋占い』第6巻(完結)。主要人物が本物の奇行を繰り返しながら、全体としてはラブストーリーめいた大枠を辿っていくという怪作だった。ただし、カップルの心情的な関係の深まりをもっと描いてくれていたら……という憾みもある。
ぬじま『怪異と乙女と神隠し』第9巻。フェティッシュで可愛らしいキャラ描写と、オリジナリティのある怪異アイデアは、この巻でも抜群の出来。ただ、もうちょっとコマ組みの演出を掘り下げてくれると嬉しい。
馬かのこ『ディディアディクション』第3巻(完結)。嘘と正義、いたずらと悪意を巡るサロメ的サスペンスは、行き着くところまで行って、(たぶん)バッドエンドで終わったが、納得のいく形ではある。
きただりょうま『魁の花巫女』第3巻。ストーリーはたいして面白くないのだが、漢字を当てた擬音や、衣装の柄のやたら細やかな描き込みなど、妙なところに迫力がある。
椙下聖海『マグメル深海水族館』第10巻。館長の過去に焦点を当てている。デリカシーに満ちた内面造形を、深海生物の生態とオーバーラップさせて視覚的-文化的な広がりに結びつけていくストーリーテリングの妙趣は、今巻でも存分に発揮されている。
小野寺こころ『スクールバック』第5巻。男性教師に恋心を抱く学生を見て、その友人は彼女が傷つくことになるのではないかと危惧する。鈍感な対応をした女性教師と、それを避けている学生。弁当のサイズを気にする吹奏楽の学生。こういった、小さな問題ではあるが、当事者の心にとってはきわめて重大な思春期の悩みが、用務員の主人公とのカジュアルな関わりによって、変化したり、しなかったりする。解決しないことも重要だ。主人公は善良で朗らかな人物であるが、彼女自身も悩みを抱いている小さな個人として描かれている。「彼女と出会うことで問題がきれいに解決する」「彼女は神のような洞察で、華麗な説得をする」などといったような虚構の美談ではない。良き人物がいることで、周囲の人々に対して良い影響があるかもしれないという、不確かながら誠実な希望こそが、本作の基本姿勢だろう。
LEEHYE『生まれ変わってもよろしく』第4巻。韓国のオンライン縦読みカラー漫画を日本風のコマ組み漫画にした書籍(※もちろん台詞も日本語訳されている)。記憶を維持して生まれ変わった女性が、前世のショタの成長した姿(物理的には年上になっている)と再会するというシチュエーションで、いわば両片思いのような双方のズレが面白い。今巻では、その二人がつながることになった記憶が思い出されて、物語が大きく進みつつある。おそらく韓国語版からの翻訳と思われるが、日本語としても(そして日本社会のようなつもりで読んでも)自然に読める。翻訳家が上手く処理してくれているのだろう。
井山くらげ『後宮茶妃伝』第6巻。特殊な知識を持つヒロインが、架空中国風の後宮で活躍するという、ありがちな(※ただし実際の作品数はそれほど多くない)路線。このヒロインの武器は「お茶」で、一見すると一発ネタのようだが、茶の文化、政治的含意、産業と貿易、育成環境と、なかなか上手い具合に拡張性があり、後宮だけでなく国全体の政治動向にも絡めるストーリーを展開している。
二駅ずい『撮るに足らない』第3巻。クローズアップを多用してインパクトのある画面と、性的な下ネタを連発しつつ、二人が交わるところまで達した。ここから、下ネタラブコメに行くのか、それとも下ネタ大学生ダラダラ日常ものに行くのか、エキセントリック下ネタ漫画になるのか……。
閃凡人『聖なる乙女と秘めごとを』第4巻。全年齢エロ。描きたいストーリーは、おそらく大量に用意されていそうなのだが、それが長大なベッドシーンによって頻繁に遮られるせいで非常にもどかしい進行になっている。紙面構成と視覚演出は、相変わらず上手い。……こうして連載ものにコメントしていると、どうしても「相変わらず」を多用してしまいがちだが、まあ仕方ないか。
柚木N'『カレシがいるのに』第11巻。これも全年齢エロ。今回はややイージーで、話の展開も強引なものが多いし、キャラクターの心情表現にも情趣が足りない。
トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』第5巻。本格的に宮廷内の謀略が動き始めた。アニメ化はしなくていいと思うけど。
たみふる『付き合ってあげてもいいかな』第14巻(完結)。大学4回生の同性カップル(未満)の話。小さなシーンを詰め込みすぎて混雑した雰囲気もあるが、全体としては彼女たちの今後の関係について、しっかりした意志的な決意と肯定的な希望を描ききっている。
イズミダフユキ『マダラランブル』は第4巻で完結。期待したほど続かなかったのは、敵の吸血鬼たちがかなりキモかったのが原因だろうか(※キャラ造形もスキルも、かなりオリジナリティがあったのだけど)。
乙須ミツヤ『俺の死亡フラグが留まるところを知らない』第7巻。ゲーム世界の悪役に転生してしまった主人公が、死の未来を回避しようと奮闘する話。設定は一見チープだが、主人公の真率な心情が丁寧に掘り下げられているし、コマ割などの演出もかなり頑張っているので好きな作品。この巻では、大規模な惨劇が起きつつあるという切迫した状況で、主人公がそれを阻止しようと苦闘している。健気で誠実で影のある主人公が、とてもいとしい。
ガス山タンク『ペンと手錠と事実婚』第5巻。ライトな推理もの+押しかけ同居もの+ミドルエイジ&高校生コンビ+コメディテイストもあり、という、なかなかのごった煮漫画だが、全体の雰囲気には一定の統一感があるのが面白い。
落合実月『魔法使いにただいま』第3巻(完結)。異世界からの魔法使い種族とパートナーになった男性の物語。ヒロインとの心温まる同居生活が、ひたすら朗らかに描かれている。騒々しくもなく、エロ要素もなく、他者と人生をともにする楽しさを率直に、しかも確かな実感の手応えを伴って表現しているのはちょっと珍しいスタイルで、たいへん気持ち良く読めた(※ヒロインは女性寄りの姿だが、実際には無性別で、女性身体にも男性身体にも変化できる)。
小宮りさ麻吏奈『線場のひと』(下巻)。