2025/02/11

漫画雑話(2025年2月)

 2025年2月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
 何故か、今月はえろぐろ作品が多いような……。


 ●新規作品など。
 ほそやゆきの『シルク・フロス・ボート』。不登校の中1主人公は蚕を飼い始め、その一方で亡くなった元同級生は人型の蚕として生まれ変わって(?)いるという状況。手書き感の強い簡素な絵柄はキャラクターたちの感情をそっと押し隠しているようで、死と再生を巡る幻想的な展開が、現代日本の生活風景と入り交じる(※三途の川の渡し守キャラも登場する)。コマ組みも風変わりで、まるでの繭部屋のような四コマ進行が時折現れたりする。
 中将慶次(なかまさ・けいじ)『カノンレディ』第1巻(原作小説も刊行されている)。18世紀末相当の架空世界で、砲撃技術で成り上がろうとする少女たちの物語。軍装や戦術のようなディテールの描写が、かなり忠実に史実に則しているのが見て取れる。また、作画面でも、どうやら手書きめいた感触のペンタッチには勢いがあり、作品のダイナミックな雰囲気を強めている。さらに、漫画構成技巧としても様々なテクニックを意欲的に投入しているのが好ましい。例えばフキダシをつなげたり、あるいはフキダシを枠線と一体化させたり。コマ組みも、斜めゴマなどの不規則ゴマを積極的に活用しつつ、効果的なレイアウトを作り上げている。作者は本作が初めての商業連載とのことで(※非商業での制作経験はあるようだ)、男性キャラの描き方などに荒削りなところは見て取れるものの、漫画作りが非常に面白いので、時間を掛けてじっくり読んでしまった。楽しい経験。今後とも注目していきたい。
 柳原満月『魔法少女×敗北裁判』第1巻。KTCのエロコメだが、基本状況の切り取り方が巧みだし、程良いパロディネタ、世界設定の堅固さ、そして石化刑や妊娠刑といったマニアックな描写に至るまで、この作者らしく切れ味の良い作品になっている。要するに、「魔法少女は負けたら終わりの筈だが、敗北したらどうなるかを考える」、「法廷での事実検証という形で敗北見せつけを描写する」、「様々な魔法少女キャラをどんどん投入していける」といったように、物語の面白味を作り出していけるように構築されているのが上手い。この作者の前の連載『フラッサの魔女』(全3巻)は残念ながら中途半端に完結していたが、今回は順調に行きそう。
 森永ミキ『ルビー・オンザ・ケーキ』第1巻。人を食う(※物理的な意味で)魔女たちを探して討伐しようとする組織の物語。基本設定は『ガンガン』誌らしくちょっとチープだが、絵柄はかなり好みだし、夜のロンドンの濃い雰囲気も適切に表現されている。ごく控えめながらグロ描写がある。


 ●カジュアル買いから。
 吉山航平『銀の受胎』(既刊2巻をまとめ買いしてみた)。大量の怪生物に襲撃されたポストアポカリプス近未来世界で、異形の胎児を埋め込まれた男性兵士とその部下(男女の恋愛あり)の物語。闇雲な勢いがあるし、意欲的な表現もあるが、次巻で完結とのこと。作者はこれが2つめの連載のようだ。
 1号『怪鼠一見帳 花札』(既刊4巻のうち1-2巻を買ってみた)。1938年の東京を舞台に、怪異現象を探して回るホラー作品。同人版でも並行展開しているようだ。影ベタの濃い絵柄、やけに太い枠線、そしてフラジャイルな不安定感のあるキャラ絵と、趣味に合えば楽しめるだろう。ちなみに主役の眼帯キャラは男性のようだ。
 二駅ずい『撮るに足らない』(既刊2巻)。大学生の日常エロコメとして、『惰性67パーセント』『ふぉとくら』等と同じジャンルと言えるだろう(※もうちょっとマイルドにすると幾花にいろ『イマジナリー』なども視野に入ってくる)。これはこれで、たまに読むと楽しい分野。絵は抜群に魅力的だし、作者は本作以前にも等身高めの学生日常ものを手掛けているので、そちらも買ってみるかも。
 ナツイチ『三咲くんは攻略キャラじゃない』(既刊2巻)。ギャルゲー的世界で、非攻略キャラとして設定されている悪友キャラ(外見は可愛い)を巡るコメディ。メタ-ギャルゲーものとしてはかなり出来の良い作品だし、絵柄のデフォルメ度合いもユニーク。作者は、男の娘ものを得意としており、それをバランス良く取り込んでいる。

 眼亀『ミズダコちゃんからは逃げられない!』(既刊2巻)。ツインテールのように巨大な触手を生やしている「水田さん」のデザインそれ自体も斬新だが、そのインパクトをきちんと強調するように空間的な奥行きのあるコマ絵を丁寧に作っているし、異形的側面を際立たせるような画面演出も凝っている。コメディベースのようでいて、いわゆる「亜人共生社会もの」としての掘り下げもあるし、メイン以外の亜人たちの造形もオリジナリティがある。クトゥルフ的な暗示も含めて、物語世界の広がりをきちんと見据えて作られているのが見て取れる。ただし、不快なお下品キャラがいるし、紙面全体のバランス(絵の密度)が制御しきれていないところもあるが、まあ許容範囲内。

 「異種族共生もの+異能ホラーもの」を程良くミックスしたところに本作の個性があると考えるべきかもしれない。異種族キャラとの非日常的生活というシチュエーションは、様々な形で展開されてきた。例えば:
 1) E.T.(エイリアン)のようなSF的=科学的=生物学的アプローチ。シリアスで理知的な、がっちりした物語が多いか。
 2) 『ドラえもん』のような素朴風味のSF。日常寄りで、かなり自由に展開される。
 3) 00年代美少女ゲーム以来の西洋風異世界交流系(異世界との交流ゲートなど)。あるいはそのマイナーヴァージョンとして、古典的なモンスターデザインだけを拝借した、異種族来訪もの(エルフキャラなど、典型的には『亜人ちゃん』)。
 4) 和風の妖怪同居もの(幽霊など)。『鬼太郎』以来の歴史があり。コメディ寄りも多いか。
 5) 独自設定の非-人類種の知的生命体(『寄生獣』など)。SFにも近付く。
 6) 魔法少女ものに付随する、不思議なペット生物。基本的にはファンタジー路線。
 7) 人類同士の異文化交流(留学生など)も、場合によっては、これらに近いスタイルになる。
 こういった幅の広いジャンルの中で、本作は「古典的な洋風モンスターキャラに見えて、その実、かなりオリジナリティがある」、「日常コメディのようでいて、その実、ホラー要素も見え隠れする」、「それでいて『沙耶の唄』『ニャル子』のような露骨な見せ方ではない」と、なかなか捻りの利いたスタンスを採っている。一見すると「触手ツインテール少女」というただの一発ネタのようなコンセプトだが、よく考えてみると、なかなかしたたかな作品のように思える。


 ●その他。
 恵広史『ゴールデンマン』第4巻。ストーリー面では、転換点になる。大きな危機を乗り越え、新キャラが登場し、重要な情報を得られた。演出面でも、説得力のある描き込みと、ユーモラスなシーンの挟み込み、そして台詞回しと物語構成もよく練られていて、この巻の最後の台詞にも深みがある。各キャラクターが内面的な一貫性を持って行動しているのも良い。つまり、話の都合でキャラがいきなりマヌケになったりはせず、それでいてユーモラスな言動も入れているというバランスが面白い。
 アメコミヒーローコミックを念頭に置いた作品というと、『KEYMAN』とか『僕のヒーローアカデミア』とか『SHY』とか、アニメ『Tiger&Bunny』とか、遡れば『COBRA』はSF映画ベースだし、それから『江戸前・あ・めー…うっ、頭が。
 日本人が映画等で大まかに共有している「アメコミヒーロー」イメージというと、「ヒーローは複数存在する(※クロスオーバーもある)」、「社会性を持って存在する」、「公的組織には所属しない」、「しばしば社会正義やアイデンティティ問題に向き合う」、「特定のライバル(ヴィラン=悪役)がいる」、「長寿作品が多く、設定(の変遷)も込み入っている」といった感じだろうか。フルカラーコミックであるとか、出版社主導の分業制作だとか販売形態が日本とは異なるとか、他にもいろいろあるけれど。


 ●続刊ものなど(ショートコメント)。
 松井優征『逃げ上手の若君』第19巻。北畠編が完結。コマ組みのレイアウトにも面白いところがあるし、台詞や戦術構築も良いのだが、相変わらずのこれ見よがしな大ゴマを連発するのは苦手。まるでゲームの一枚絵のように、そこでコマ組みの流れがいきなり消えてしまうし、大きなコマで状況を説明し尽くそうとするので描写が図式的に硬直してしまう。読み続けるのもそろそろ潮時かな……。
 石沢庸介『第七王子』第18巻(原作あり、149-157話)。スタンピード編が、本格的に出陣するまで。ただし、生死不明の父を巡る沈思など、影の濃い物語がじっくり描かれている。そして漫画家のショタ嗜好が漏れ出てきている……じゅるり。
 空空北野田『深層のラプタ』第3巻。今回も三宮近辺を元気に走り回っている。ストーリーの本筋は裏組織同士の暗闘に進むようで(軍事AI側と抵抗組織側)、ちょっと陳腐になってきたが、絵の見せ方は上手い。古典的な「スパイもの」や「情報戦」のジャンルが、現代のテクノロジー環境の下でいかにして成立し得るかという観点で見ると、たいへん興味深い。「人工知能の自我」という、これまた古典的なSFテーマにも正面から向き合っており、その点でも好感が持てる。
 重野なおき『撮っちゃえ!! 宇喜多さん』第2巻。歴史ものの四コマで、明禅寺合戦までをコミカルに描いている。相変わらずキャラデザの豊富さと笑いのネタの鋭敏さが楽しい。「四コマとしては折り目正しい正統派(※毎回ちゃんとオチを付けている)」、「歴史+四コマという珍しいアプローチ」、「キャラデザは一見するとシンプルだが、抜群に表情豊か」という、余人に真似の出来ない路線でフロンティアを開拓し続けている才人漫画家。
 朝倉亮介『アナスタシアの生きた9日間』第2巻。ファンタジー合戦ものだが、絵の迫力、画面構成の面白味、そして9日間の期限のある切迫感いずれも抜群に良い。構成面では、1日分=1冊でペースを計画しているのだろうか。それにしても、盛大にちょんぱしまくるし、敵の怪異キャラもかなり真に迫ったキャラデザで、紙面はそこそこグロい。「9日間」の他にも様々なところでやたら数字をカウントするのも面白い。ただし、これもガンガン系で、「光と闇」だの「勇者と巫女」だのと、ベタなところは思いっきりベタにやっていて、そうしたところは微妙に安っぽい。
 星野真『竜送りのイサギ』第4巻。話の本筋が見えない……。亡くなった武将の足跡を追うのか、介錯人の数奇な人生を描くのか、武将を殺した剣士と武将の息子の間の人間関係が重要なのか、と二人旅の放浪ドラマにするのか、竜の生態に焦点を当てる伝奇幻想物語なのか、政治的対立の下での剣劇バトルものなのか……。面白い要素は多々あるのだが、むしろ多すぎてとっ散らかっているという印象。作りは生真面目なので、ごった煮のままイージーに楽しむというわけにもいかないだろう。この第4巻を読むかぎりでは、むしろ主人公の造形を薄くしておいて竜を巡る政治的闘争(と剣術バトル)にしてしまう方がすっきりしたようにも思える。アイデアが潤沢なのは良いのだが、それだけにもったいないとも感じる。
 彩乃浦助『バカ女26時』第2巻。殺人をしてベトナムに逃亡した女性二人の物語。フックの利いたキャラクター造形と、かれらのちょっとズレた日常会話の妙味、そして先の読めないジェットコースター的展開と、それを支える表情豊かなコマ絵……と、ウェルメイドに面白いのだが、あざとさも感じる。いや、真似ようとしてもなかなか真似られるものではないし、クオリティは高いだが……。

 買い逃していたPeppe『ENDO』第4巻も。これまでは在留外国人収容所の寒々しく過酷な生活を描いてきたが、この巻では――物語上での終戦が見えてきたからか――作品の展望が一気に大きく重層的に広げられた。
 イタリア人の民族学者とドイツ人の解剖学者の会話。アイヌ村落の生活(しかも、伝統的アイヌと、日本化したアイヌ、そして観光化したアイヌという多層的な状況が示唆される)。日本人の若者の二面性(「天皇が世界を救う」という一見素朴な信念を表明しているが、それと同時に外国人と付き合うくらいには当時として開明的でもある)。英語を通じてつながるイタリア人捕虜とオランダ人捕虜たち。日本人軍人の硬直性(がほどけていくこと)と、日本の伝統的な神道-仏教の自然主義的な謙虚さ(そしてさらにはキリスト教との対比)。
 そして最後に、米国による原爆投下(日本人としてではなく、そこから一歩離れてイタリア人として受け止めつつ、しかし同時にユニヴァーサルな「良き世界」の問題として捉えようとしている)、ソ連の宣戦布告、終戦放送。……第1巻当初は地味な戦争被害者の物語のようだったが、ここまで巨視的かつデリケートな作品になってくるとは、思いも寄らなかった。


●完結巻。
 佐藤二葉『アンナ・コムネナ』第6巻。政治の動向全体についてはかなり素描的に進めているが、その都度の状況に対するアンナたちの対応や所感がしっかり押さえられているので、物語としての展望はきわめて明晰。女性差別に抗うエンパワーメントとしての側面も大きいのだが、さらにそれを超えた一般性のある、人の知性と意志の力強い営みが――歴史家を扱う歴史的叙述という多重性の下に――印象深く描き出されている。
 モリタイシ『あそこではたらくムスブさん』第7巻。ゴム製造会社が舞台のオフィスラブもの。この最終巻では、丸々一冊を使って、旅先で結ばれる一夜を描ききった。近年の「真面目で冷静で相手に配慮するラブストーリー」の一つだが、このジャンルでベッドシーンを丁寧に描いたのは珍しいかも。とはいえ、ベッドシーンの描写はキャラクターの人柄を出しにくいので、こういう物語のクライマックスとしては肩透かしでもあった。
 吉川英朗『魔王様の街づくり!』第12巻(原作あり)。こちらも終盤表現の難しさを考えさせられる。都市計画ものと魔王バトルロイヤルものをミックスした作品なのだが、この最終巻はラスボス戦と、メインヒロインの心情的解決にフォーカスし、サブキャラたちの広がりは乏しくなった。物語の締め括りを描くのにはそれなりのボリュームが求められるというのは分かるのだが、そちらに引きずられ過ぎると、これまでの作品全体のムードから乖離してしまう。いや、内容的には満足なのだけど、そういう難しさも感じる。