2025年3月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
今月は何故か、(お色気)恋愛ものに秀作が多い。
●新規作品。
furu『ひなたとお兄ちゃん』第1巻。異界の怪物たちに破壊されたポストアポカリプス状況で、空は黒い霧に覆われた常闇世界になっている。主人公男性(兄)は実はモンスターであるにもかかわらず、視覚障害の妹(人間)を保護しつつサバイバルしているという屈折した関係。おそらくホラーでもあり、サバイバルものでもあり、主人公の行動原理を巡るミステリーでもあり、そしてさらに、一年後には兄が絶命することも予告されているというカウントダウンドラマでもある。読み続けるかどうかは、うーん、ひとまず次も買ってみよう。
雁木真理『妹は知っている』第1巻。兄は抜群の切れ味を持つラジオ投稿職人だが、職場では寡黙で不器用。そして妹(アイドル)は、兄の本当の面白さを確信している……というシチュエーション。かなり強引な設定ですぐにネタ切れしそうだが、今のところは上手く行っているし、周囲の登場人物もキャラが立っているし、決めゴマの表情も良い。ちなみに、バスト露出描写やベッドの事後シーンなどもあるが、エロコメではない(※作者の過去作にはエロコメ寄りの作品もあるようだ)。
りんりん『アオハルハラスメント』第1巻。孤独な高校生男子と孤立した女子が、緩い連帯関係を結ぶが、それぞれにトラブルが起きていくという話。シチュエーションはかなりベタな「歪な青春」もので、作画も不安定だが、読ませる力はある。お色気要素は、多少含まれている。
まめ猫『純情エッチング』第1巻。アダルトコミックを描いている美大学生(女性)と、それを知った男子学生の物語。エロコメ路線ではあるのだが、説得力のある絵作りを真剣に追求しており、読みごたえがある。同じ作者の前作『ももいろモンタージュ』(全4巻)も同じような「エロい絵を追求するキャラクター」の物語で(※主人公は油彩学生)、そちらの方がモティーフの掘り下げや分析の具体性において優れている。『モンタージュ』の方は、「太腿フェティシズムのための立体的な造形把握」から「官能的な水着デザインの追求」に至るまで、技術的な具体性と美術的な説得力が物凄いたいへんな傑作だったのだが、今回の『エッチング』はちょっとパワーダウンした感じ。ちなみに、両作とも「日の出芸術大学」を舞台にしている(※愛知県立芸術大学の有名な高床講義棟がしばしば描かれている。作者の出身校なのだろうか)。
ふぉっくスー『バクアクギ』第1巻。国の負担になっている人々を、様々な駆け引きゲーム間引きしていくという架空日本でサバイバルしていく話。眉を顰めたくなるシチュエーションだが、『国民クイズ』も発表当時は似たような感じだったのかなあとも思う。現在の目で見ると、『国民クイズ』は苛烈な諷刺的描写と切迫感のある空気が、いかにもポスト・バブルの熱気と不安と意志を感じさせて面白いのだが、あれも当時は顰蹙を買うような作品だったのかもしれないし、そしてこの『バクアクギ』(や、同じく皮肉で差別的な含意をたっぷり含んでいるように見える『ドラマクxxx』)についても、後世から見れば説得力を持つようになるのかもしれない。内容について見ると、ゲームとその解決法はなかなか上手いアイデアをいくつも出していて飽きさせないし、絵の迫力も抜群に良い。
文ノ梛(ふみのなぎ)『灰と銀の羽根』第1巻。フィンランドっぽい架空世界でのおねショタスローライフ(※バックグラウンドには陰惨なミリタリー要素もあり、わずかに人死にのグロ描写もあり)。ベタであざとくてキャッチーだが、こういう正統派路線できちんとした成果を出してくれるのはありがたい……フィンランドものも正統派だし、おねショタも王道でしょ?
J・ターナー『黄雷のガクトゥーン』(原作ゲームあり)第1巻……どうして今どき、しかもよりにもよってLiar-softの中でそのタイトルをコミカライズしたのかという疑問が湧く。とりあえず買ったけど。この漫画版の作者は、過去に『世界樹の下から始める半竜少女と僕の無双ライフ』などを手掛けている。漫画としての出来は『半竜少女』の方が良かったかな。Liar-soft作品としては、『SEVEN BRIDGE』あたりが漫画化されたら面白かったかも。
イツカぬくもり『最凶の悪女になってお兄様を独占』(原作あり)第1巻。キャラの表情描写も、紙面レイアウトの演出も、力強い表現意欲に満ちており、なかなか良い感じ。ストーリーはありがちだが、見せ方の上手さが好ましい。私にとって大事なのは、ストーリーよりも、演出の手触りや、画風(文体)による独自性、そして漫画としての演出の面白味にあるので。
カミムラ晋作『トー牌少女』第1巻。刹那的に路上賭博麻雀をしている少女の物語。基本的には麻雀バトル漫画だが、強気で破滅的で切れ者な眼鏡キャラ目当てでも読めるが、このキャラの作画は山崎かのり氏によるとのこと。山崎氏自身もファンタジー『アルマギア』で良い漫画を描いておられたし、メインのカミムラ氏も害虫漫画『ベクター・ケースファイル』が面白かった。
aoki『王宮には「アレ」が居る』(原作あり)第1巻。女性向けの復讐もの。第1巻の時点では「アレ」が何を指しているのかも分からないが、宮廷内の策略を弁舌で解決していく形で一段落ついている。キャラ絵は魅力的だし、陰湿な陰謀についても後味を良くするようにフォローを利かせている。原作のネット小説は完結しているようだし(※ざっと読んで大筋は把握した)、とりあえず買い続けていこう。
●カジュアル買いなど。
色白好(しきしろ・このみ)『ガイシューイッショク!』第6巻。押しかけ同居エロコメなのだが、アグレッシヴなヒロインの情念の描き方に凄まじいインパクトがあるので、思いきって既刊も買い揃えた。全年齢ながら執拗な愛撫描写を展開し、しかもその見せ方にもオリジナリティと迫力がある。
mmk『隣の席のヤツがそういう目で見てくる』第2巻。眼鏡ヒロインと男性主人公のお色気コメディだが、女性の側が積極的で、男性キャラの身体に関するフェティッシュな描写が多く、しかも色気はあるがあまり下品にならないというバランスが面白い。ネタの切れ味も良い(※この巻は、ヒロインが熊の着ぐるみをずっと被ったまま学園祭シーンを続けているという大胆な進行)。学生服やスカートの布地表現も、細やかに(おそらく手書きの網目で)描かれており、たいへん質感豊かな紙面になっている。作者はこれまでお色気ラブコメタイトルを複数手掛けてきたようだ。
しばの番茶『隻眼・隻腕・隻脚の魔術師@COMIC』第4巻。表紙買いをしてみたら、本編の漫画もやたら上手かった。画風そのものは筆触感が強く、ちょっと道満晴明氏を連想させるような自由な崩し方がたいへん気持ち良い。コマ組みも巧みで、とりわけページを捲った際の切り替えの効果が存分に活用されているし、奥行きのある空間的なバトル描写も良い。ただし、「構成」としてもう一人の漫画家(矢上裕氏:『エルフを狩るモノたち』以来のベテラン漫画家)もクレジットされており、そちらの方がコンテ(ネーム)を作っているとのことだが、どのくらい具体的なレイアウトを提供されているのかは不明。既刊も買い揃えて読んだが、シリアスとコミカルを往復するのはちょっと微妙かも。
既刊だが、水瀬まゆ『むすんでひらいて』(新装版、全4巻)をまとめ読み。恋愛オムニバスで、周囲の人間関係がつながっていて、それぞれをメインキャラとして順次焦点を当てていくスタイルが面白い。絵もきれいで、特に新装版の裏表紙の絵がとても上手い。
多貫カヲ『死神皇女の結婚』第2巻。カバーイラストが美しかったので買ってみた。コメディ表現が古くて趣味に合わなかった(驚きの「ガァァァァン」とか変顔とか)が、雰囲気は良い。遡って第1巻を買うかどうかは少々微妙だが。
それにしても、「主人公が人間関係に振り回されて我慢してきたが、大事なものを傷つけられそうになったのでついにキレて、虐殺の大立ち回りをしてスッキリする」というのは、なんだかヤ○ザ映画のようなノリだ。このパターンは、現代の男性向けにはかなり少なくて、その一方で女性向けには時折見られる。おそらくは、「宮廷に放り込まれた一般人の私」というありがちな枠組が、「シンデレラストーリー」+「実は凄い私」+「狭い世界のじっとりした人間関係」の3要素を経由して、上記のようなストーリーテリングに収束していくからだろう。
山本崇一朗氏の作品は、今まで単行本を全て買って楽しんできたけれど、今回の新作はもう無しかな。今どき「男子野球部の女子マネージャーたち」というシチュエーションは(それを無頓着なまま出してくるとしたら)、さすがにそろそろ無理なレベルできつい。
●続刊等。
ヨシカゲ『神にホムラを』第3巻。1950年代の数学漫画。数学者漫画は、近年でも『天球のハルモニア』などがあったが、いずれも短命に終わっていた。本作は順調そうで何より。作者のヨシカゲ氏は、これまで芸術家漫画とお色気バトル漫画を連載してきた多才なクリエイターで、今作でも、本来は紙の上だけで展開される数学的思考を、迫力ある形でヴィジュアライズしている。
瀬尾知汐『罪と罰のスピカ』第2巻。主人公は他人の意識を読めるエスパーで、隠れた悪人たちを殺して回っているが、彼女自身にも倫理観は無い(一種の快楽殺人者である)というサスペンスドラマ。この第2巻も、悪くはないが、ややパワーダウン気味。
阿賀沢紅茶『正反対な君と僕』第8巻(完結)は、物語冒頭の状況を最後にもう一度振り返るという演出とともに、美しく締め括られた。『正反対』がお互いに配慮し合う「ケアとしての恋愛」ジャンルを打ち出したのに対して、川田大智『半人前の恋人』第5巻は、相互の敬意ベースの恋愛というアプローチを代表している。こちらでは、和太鼓職人の女性と美大学生の男性の間のデリケートで誠実な関係が描かれていく(※いや、まあ、職能がなくても敬意は成立しうるけれど、作劇としては相手のスキルや目的意識に対するリスペクトという形をとる方が説得的だろう)。
熊谷雄太『チェルノブイリの祈り』第3巻(原作あり、大きめのA5判)。重苦しいオムニバス。この巻では、立入禁止区域に戻った「サマショール」たちの素描と、原発作業員を志願した者の誇りとその結末、そして情報隠蔽を巡る官僚サイドの語りと、直接的な被災当事者以外の視点も広がってきた。
窓口基(まどぐち・もと)『冒険には、武器が必要だ!』第2巻。相変わらず絶好調の切れ味。JRPG的ファンタジー世界の解釈としても、ダンジョンの道路整備をする職業に目を向けるというリアリズムにまで意識が及んでいるのは凄いし、台詞回しもユニークで面白味があるし(例えば「百発一中」の下り)、コマ組みのレイアウトや視覚的演出も鮮やか(※とりわけ第8話で、鼠キャラが狼キャラの肩に飛び乗っていくところは、異様なまでに上手い)。キャラクターたちも、主人公には大きな赤リボンという大胆な意匠を堂々と与えているし、本格派の獣人キャラも多数描かれる(※四肢も動物的だったりするし、体格も3メートルの馬キャラや50センチの鼠キャラがいる)。
橋本花鳥『ルキオラと魔境の商館員』第4巻(完結)。終盤はやや迷いのある形で終わったが、全体の出来は良いし、切り口もユニークなので、早期完結は惜しまれる。
阿久井真『青のオーケストラ』第12巻。相変わらず、漫画演出の切れ味が物凄い。今回は、審査演奏から、恋話エピソード、3年生の卒業、そして国際的コンクール(ドイツ組が来日)と、かなり物語が進んだ。
丸山朝ヲ『転生したら剣でした』第17巻。演出の出来映えが相変わらず素晴らしい。ただし、攻撃魔法の表現が、ただ横にビームっぽいものを出すだけという悪癖も相変わらずなのが惜しい。剣を振るのであれば全身運動的な迫真性が生まれるのに対して、魔法的エネルギーを打ち出すのは、「手先から何かを出しているだけ」なので、力感や速度感が見えづらく、どうしても迫力に欠ける。一見似たような動きなのだが、もうちょっと上手く捻ってくれるとありがたい(※メインキャラは剣士であって、魔法攻撃はあくまで補助だという事情があるにせよ……)。
アベツカサ『葬送のフリーレン』第14巻。内容を忘れた、というか、13巻を買っていなかったような……。今回大量に登場したキャラたちのドイツ語ネームは、ちょっと雑かも。
うの花みゆき『雪と墨』第7巻。ヒロインの実家(大店の商家)を巡る揉め事の続き。そちらの問題は、本作のコンセプトからして脇筋だと思うのだが、いったんその話に手を付けたら止まらなくなってしまっている。もちろん、トラブル無しに物語を続けるのは難しいから仕方ないし、ヒロインの新たな側面も描かれているし、カップルの出会いを回顧する重要なシーンもあるのだが……。