2025年6月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。
●新規作品。
眞山継(まやま・けい)『シャンバラッド』第1巻(アフタヌーン)。チベットとおぼしき架空国家(※作中の中国は清代らしい)。主人公は、追放された一族の末裔であり、その一方でヒロインは、未来予見や運命予知のできる特殊な幼体固定シャーマンとして国の中枢にいる。その二人が協力して、国の運命を変えていこうとする物語のようだ。舞台設定は個性的だし、意志的なヒロインも魅力的、さらにその「占い」異能も物語の緊張感を上手く引き出している。作画はやや簡素だが、インパクトと手応えのある作品になってくれそう。期待したい。作者はこれが3度目の連載のようだ。『3×3 EYES』かよとか言わない。三つ目キャラが出てくるけど。
宵野コタロー『滅国の宦官』第1巻(ジャンププラス、原作あり)。こちらはトルコ(オスマン帝国)風の架空世界。主人公は少年宦官として後宮に入り、3姉妹の世話をしながら廷内の殺人事件に取り組んでいく……という話のようだ。お色気要素は多少あり、全体の掘り下げはまだ感じられないが、舞台設定にオリジナリティがあり、豪奢な衣装や特殊な慣習などに大きな個性が見出せる。 志村貴子『そういう家の子』第1巻(スピリッツ)。架空の新興宗教の「宗教2世」たちの物語。オムニバス風だが、次第にキャラクターたちの関係が形成されていくようだ。特異な文化集団で生育した若者たちが、外部世界との溝やアイデンティティ問題に触れる有様を、落ち着いた筆致で描いている。良い作品になりそう。
のゆ『新聞記者ヴィルヘルミナ』第1巻(アルファポリス)。16世紀ドイツ風の架空世界。主人公は過去に、「疫病は魔女のせいだ」というデマのせいで母親を失っている。現在の街でふたたび同種のデマが生まれつつあるのを見て、主人公は本当の実態を調べ上げて人々の行動をとどめようと決意する。一見するとシンプルな物語だが、非常に多面的な性格を持つ作品になりそうだ。すなわち、「デマで荒らされている現代社会の寓喩」、「ジャーナリスト活動のドラマ」、「近世ドイツ社会の生き生きとした描写」、「自立して生きようとする女性の物語」、「トラウマを克服しようとする主人公の物語」、等々。作者は過去に『赤髪の女商人』という作品も連載しており、そちらも近世ドイツ風の世界で商才によって生き抜こうとする自立した女性のドラマのようだ。買い揃えて読みたい。
竹掛竹や『吸血鬼さんはチトラレたい』第1巻(講談社)。吸血鬼ヒロインは、監視役の青年に好意を抱いているが、もう一人の吸血鬼に吸われた後の彼の血液は普段よりも甘美だった……という物語。「寝取られ」ならぬ「血取られ」という駄洒落一発ネタのような作品だが、キャラも良いし表情も色っぽく、雰囲気も良い。ネタ切れにならないかぎりは、ひとまずついていこう。ちなみに作者は本作以前に、自撮りネタのフルカラー漫画(※電子版のみ)を連載していたとのこと。
朝際イコ『カフヱーピウパリア』(単巻)。震災直後の大正時代関東のカフェ。相貌失認の少女や、長身にコンプレックスを持つ女性、そして震災のトラウマで緘黙症になった少女など、社会性やアイデンティティに苦しみを抱いている女性たちが働いている。彼女たちはこの繭(ピウパリア)で働くうちに、次第に自分を解放する道を見つけ出していくのだが、そこには依然としてカフェオーナーの不気味な欺瞞性を初めとした男性社会の抑圧が存在し続けている。女性のエンパワーメント意識に導かれた作品として誠実であり、また物語としても繊細なニュアンスを湛えており、そして漫画構成および作画の面でも充実している。
●カジュアル買い。
月ノ輪航介『ネットできらいなあいつの消し方』第2巻(完結)。表紙買いをしてみたが、モティーフは意欲的だし、問題意識も真摯だし、絵作りにも力があり、キャラクターの動かし方もなかなか大胆。他の作品も買って読みたい。
石黒正数『ネムルバカ』(単巻、新装版)。大学生二人の寮生活。先輩はかなり才能のあるインディー系バンドボーカルだが、無軌道な暴走をすることがある。後輩は後輩で、自分が社会とのつながりをどのように形成していくのかが見えず、人生に迷っている。そして最後は、やや破滅的だが開放的なカタルシスを……それを目指したようだが、そこに到達できたかどうかは分からない。
例えば安倍吉俊(1971-)が『NieA_7』を刊行し、木尾士目(1974-)が『四年生』『五年生』を連載していた90年代後半から00年代初頭の雰囲気が、この作品にも残り香として漂っているように感じる(※石黒氏は1977年生まれで、本作は2006-2008年の連載とのこと)。つまり、徹底的に自由なバンカラ的アナーキーと経済的に貧しいモラトリアムを楽しみつつ、同時に社会との関わりを求めてやけっぱちに無謀な行動に走ろうとするが、結局はそれほど大きなアクションを取れるわけでもないという悲壮な小市民的熱気が、おそらくこのあたりの世代にはあったのだろう。
20年代の現在でも、似たような方向性の作品は多数存在する。しかし現代のセンスだと、キャラクターたちはもっと穏やかで、過激な暴走には向かわず、そして小さな人間関係の機微をもっと掘り下げることに集中して、大文字の「社会」との対決はひっそりと回避するだろう。2006年と2025年、つまり19年の時間的懸隔を意識しつつ、しんみりしてしまった。
●続刊等。
空空北野田『深層のラプタ』第4巻(完結)。終盤はどんでん返し展開を連発しつつ、また外連味のあるレイアウトも効果的に用いつつ、この苦くも不気味な物語を締め括った。ショタ漫画でもあり、また神戸漫画(三宮など)でもあり、いろいろと満足。
雁木万里『妹は知っている』第2巻。オフライン生活では寡黙な兄は、ラジオリスナーとしては抜群の面白投稿を連発している。そしてアイドルの妹(だけ)は、兄のそうしたユニークな価値を知っているというギャップ状況。全体としては穏やかな進行だが、ユーモラスな回もあれば、苦みのある回もあり、作中で描かれている投稿ネタもなかなか面白い(※プロのエンターテイナーが「大喜利協力」としてクレジットされている)。
増田英二『今朝も揺られてます』第2巻。JR神戸線とおぼしき路線に毎日乗り合わせる中学生二人の初々しい恋愛未満状況と、それを秘かに見守る乗客たちの暑苦しいリアクション。ラブコメに観察者を取り入れたのは面白いし、内気で奥手なヒロインが抜群に可愛らしい。「朝露駅」は、明石市内の「朝霧駅」と思われる。また、「瀬尾見」を検索したら、作者の過去作『さくらDISCORD』の舞台(地理的には網干に相当)だったらしい。
牛乳麦ご飯『ボーイッシュ彼女が可愛すぎる』第2巻。おしゃれのために眼鏡を掛けるエピソードがある。前半では、キャラの動かし方や見せ方に慣れてきた様子。それに対して後半では当たりの関係が進展していく。
きただりょうま『魁の花巫女』第4巻。刊行ペースが速くて(やたら筆が速くて)驚くのだが、しかし内容面では何をしたいのか分からない。和風ファンタジーなのか、ハーレムなのか、お色気なのか、何なのか……それぞれを中途半端に混ぜたまま漫然と進めているせいで、昔の美少女ゲームの共通パートを延々読んでいるような気分になる。
たなかのか『赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。』第4巻(完結)。最後はマッチ売りの少女と対決して完結。無難な終わり方だが、ひとまず満足。
瀬尾知汐『罪と罰のスピカ』第3巻。連続殺人タクシー運転手の長い人生を描きつつ、その暗部を抉り出してとどめを差した。殺人者だけを標的にする快楽殺人者主人公という不気味な設定だが、捻りが利いていてユニーク。