2014/11/16

舞台設定における田舎趣味と都会趣味

  美少女ゲームのロケーションについて。


  【 田舎への志向: 考えられる理由 】
  なんらかの文化的バイアスと思われる特徴的傾向の一つとして、田舎趣味がある。白箱系ではおそらくモラトリアム的安逸との親和性があり、黒箱系では閉鎖的共同体の奇習への導入としてしばしば用いられているが、それ以外にもさまざまな要因があるのではないかと思う。想像できるところでは、例えば:

  1)背景美術への注力という観点から。
  1-a)AVGの背景画像は基本的に、成人の視界に相当するアイレベルに固定されるが、そこでは雑然とした町並みは、労力のわりに見栄えがしない。ただし、後述のように、雑然とした町並みを描くことそのものに積極的な審美的機能を持たせようとするコンセプトの作品も存在するが。
  1-b)それよりは、せっかく背景にコストを掛けるのならば、美しい自然の上に美しいヒロインを置きたいと考えるのは、自然なことだろう。彩りゆたかな自然や、開放感のある風景は、インドア派都市生活者が多いと思われる美少女ゲームプレイヤーに対しても、強く訴えかける。
  1-c)とりわけ屋内の背景作画に関しては、00年代半ば以降、3Dモデリングが活用されているが、それとのコントラストとして屋外の自然を強調するのは、戦略的にも意味があるだろう。

  2)立地条件。
  2-a)状況の限定。他方で、その土地の中で、主人公たちの行き先を限定することができる(=背景画像の枚数を必要なところに集中できる)ということも考えられる。大都会ではないということは、狭いということだ。美少女ゲームの中で、繁華街等を訪れる場面で、「近隣ではここくらいしか遊べる場所がない」といったエクスキューズ的モノローグを、ゲーマーたちは何度も目にしている筈だ(――例えば『水月』『雪影』『朝凪のアクアノーツ』『夏めろ』等々)。
  2-b)余剰物の削減。表現空間に関わってくるアクターを限定しやすいという効用も考えられる。ただ単に、人(モブ)が少ないというだけの話ではない。周囲を動き回る様々な物体、無数の雑音、強烈なアイキャッチ広告群。そういったものをできるかぎり排除して、固定視点での静的な(そして、静かな)空間を作り上げるのには、都会よりも地方都市や田舎の方が向いていると考えられるのは、理に適っている。

  3)懐古的雰囲気。
  事実上すべてのユーザーにとって、学園生活はすでに過去のものである。ピュアなヒロインたちの登場する、初々しい恋愛の物語にとっては、大都市よりも田園地帯や地方都市のイメージの方がおそらく親和的だろう。 いよいよクオリティを増しているBGMも、落ち着いた親密空間を描くことを後押しする。もちろん、開放感のある舞台は、心理的にも恋愛の物語に適している。


  【 田舎趣味の概観(1):田舎学園ものの流行と変遷 】 
  実例については枚挙に暇が無いが、まず「田舎学園もの」というジャンルとしては『ヨスガノソラ』(Sphere、2008)が典型的だろう。田舎に戻ってきた主人公という的確な状況設定と、実在ロケーション(足利市)という追加的な魅力とが、本作の知名度と成功に寄与している。

  しかし、そうした趣向は少なくとも前世紀末までは遡ることができる。その先鞭をつけた存在――すなわち田舎というロケーションを活用した学園もの――は、『フォークソング』(REWNOSS、1999)、『days innocent』(inspire、1999)、『果てしなく青い、あの空の下で…。』(TOPCAT、2000)、さらに『グリーングリーン』(GROOVER、2001)、『水月』(F&C、2002)といった著名な先行作品がいくつも存在する。とりわけCIRCUSは、『水夏』(2001)、『D.C.』シリーズ(2002-)、『最終試験くじら』(2004)において度々田舎ロケーションを採用してきた。すたじお緑茶も、第二作『夏日』(2002)以来、くりかえし田舎舞台のタイトルをリリースしている。この時期の田舎ものは、単なる「自然豊かな地方小都市」ではなく、しばしば本当の僻地山村として描かれている。

  ただし、学園ものにおける田舎趣味は、00年代半ばまではあまり盛り上がらずにやり過ごされていたようである。00年代後半になってから、『この青空に約束を―』(戯画、2006)、『夏めろ』(AcaciaSoft、2007)、『明日の君と逢うために』(Purple software、2007)、『片恋いの月』(すたじお緑茶、2007)、『朝凪のアクアノーツ』(Fizz、2008)、『夏空カナタ』(ゆずソフト、2008)、『星空のメモリア』(Favorite、2009)、『恋色空模様』(すたじお緑茶、2010)、『あまつみそらに!』(Clochette、2010)といった田舎学園ものの力作や大作がいくつも制作されるようになった。ただし、これらはいずれも「海辺の町」や「島の学園」である。00年代初頭の田舎趣味がもっぱら山村を舞台にしていたのに対して、00年代半ば以降の田舎趣味ルネッサンスは、海辺を強く志向しているのが顕著な変化である。

  00年代後半には、内陸部の村を舞台にした作品群も存在する。例えばキャラメルBOXの伝統に棹さす『とっぱら』(キャラメルBOX、2008)や、『Comming×Humming!!』(SAGA PLANETS、2008)、『残暑お見舞い申し上げます。』(めろめろキュート、2008)、『終わりなき夏 永遠なる音律』(φage、2009)、上記『ヨスガノソラ』、『星空へ架かる橋』(feng、2010)など。しかし、これらはどちらかといえば少数派であったと言えるだろう。近年でも、田舎/都会を問わず海浜志向は続いており、上記SAGA PLANETSとfengも新作の田舎舞台タイトルでは島や海辺の町を取り上げることになった(――前者は『カルマルカ*サークル』、後者は『ちいさな彼女の小夜曲』。ともに発売は2013年)。全体として、僻地趣味からリゾート地志向への転換が見て取れる。


  【 田舎趣味の概観(2):伝奇ものの舞台として 】
  他方、伝奇系を中心とした、非日常の異境を示唆するイメージとしての「田舎」像は、私見では、『恋姫』(シルキーズ、1995)を嚆矢とする。そして『痕』(Leaf、1996)、『顔のない月』(ROOT、2000)、『誰彼』(Leaf、2001)、『月陽炎』(すたじおみりす、2001)、『腐り姫』(Liar-soft、2002)、『めぐり、ひとひら。』(キャラメルBOX、2003)、『夏神楽』(studio e.go!、2003)、『ゆのはな』(PULLTOP、2005)、『AYAME』(LiLiTH Mist、2006)、『雪影』(Silver Bullet、2006)、『青空がっこのせんせい君。』(すたじおみりす、2007)といった意欲的な作品で、超自然的な出来事の舞台として度々利用されてきた。とりわけGroomingは、『天巫女姫』(2003)や『ホシツグヨ』(2007)といった伝奇作品において、くりかえし農村地帯を舞台とした。著名な同人作品『ひぐらし~』も、2004年以降の存在である。近年でも『九十九の奏』(SkyFish、2012)、『ものべの』(Lose、2012)、『美少女万華鏡』シリーズ(ωstar、2011-)などがある。

  超自然的要素をあまり強調せず、田舎の奇習をフィーチャーし、あるいは歴史の長い小規模共同体の特有の文化という観点を取り込んだ作品は、黒箱系に多い。実例としては、『瀬里奈』(アトリエかぐや、2004)、『碧ヶ淵』(ネル、2004)、『狗哭』(Black Cyc、2011)、『夜這いする七人の孕女』(Guilty、2013)などがある。これらは、『誰彼』を除き、基本的には内陸の村である。もちろん、『11eyes』や『ク・リトル・リトル』のように、あるいは日野亘企画作品(後述)のように、都会で展開される伝奇作品もあるが。

  「学園恋愛系」「伝奇系」以外における田舎趣味の発露は、管見のかぎりでは、前世紀の『かぜおと、ちりん。』(シーズウェア、1999)にまで遡ることができる。その後も、『うたわれるもの』(Leaf、2002)、『よつのは』(ハイクオソフト、2006)といった作品が現れている。D.O.の一連の田舎ものタイトルも、このカテゴリーに位置づけられるだろう。


  【 都市生活の先鋭的表現 】
  手許のSSを見返していたが、日野亘企画の『るいは智を呼ぶ』『coμ』の美少女ゲームとしての異常さと素晴らしさの一端が、たしかにその背景美術にある。薄青く輝く都会の夜景、放恣にライトアップされている街の夜景、屋上から臨む市街地の薄ぼんやりとした夜景、そして崩壊寸前のビル、水路沿いの壁面のスプレー落書き、汚い路地、大量の看板が林立する繁華街、パイプ群が剥き出しになった廃工場、大通り沿いの騒がしい歩道、屹立するビル群を仰いだ構図、奇妙な模様を施されたペデストリアンデッキでの立ち話、高級マンションの明るく冷たい室内での集会、真っ白な大橋での出会い、居並ぶ街灯群に傅かれているかのような王の姿、そういった大量のイメージが、作品の色合いを決定している。

  それと双璧を成すのが、――意外に思われるかもしれないが――内藤騎之介企画によるソフトハウスキャラだ。『真昼に踊る犯罪者』『LEVEL JUSTICE』『Dancing Crazies』『アウトベジタブルズ』といった作品において、冷たく荒んだ都会におけるサバイバルを度々描いてきた。それらは、超人的暗殺者や妖怪猫又、あるいは怪人を製造している悪の組織といった非日常的要素を伴ってはいるが、そのベースにあるのは現代の大都市生活者のふだんの風景であり、そしてしかも、そうであればこそ、その風景の中に溶け込みあるいはそこから浮き上がってくる非日常の事象が刺激に満ちたものになっている。

  もちろん、建造物や機械や都市生活あるいはそれらの崩壊した姿といった人工美をその舞台設定や空間表現の梃子にしている作品は、他にもある。典型的なのは、『マブラヴ』シリーズや、『MERI+DIA』『R.U.R.U.R』『リヴォルバーガール☆ハンマーレディ』といったSF作品。あるいは『蒼海の皇女たち』シリーズのようなミリタリーもの。『バイナリィ・ポット』『こころナビ』から、近年の『ココロ@ファンクション』『ハーヴェスト・オーバーレイ』に至るまでの、一連のVR/ARものもある。VRものは、『BALDR』シリーズや『マジカライド』といったACT作品でも3D空間表現の格好の素材として取り上げられてきた。また、ApRicoT、つるみく、nitro+といったブランドも、現代の人工的空間の意匠を好んで採用してきたし、Escu:deの『あかときっ!』は明確に方向づけられた個性的なデザイン空間を提示した。『超昂閃忍ハルカ』も、ビル街と忍者という組み合わせを提示した。その特異なスタイルによって『Forest』が展開した新宿の街も、銘記されるべきである。


  個別実例は、田舎について都会について、それぞれ別ページで検討する。