2014/11/29

舞台設定における田舎趣味と都会趣味:実例検討(1)

  個別実例の紹介と検討(1)。田舎について。
  全体的な概観は前ページにて行った。都会については次ページを参照。


  【 1. 田舎の風景――TOPCATの『果て青』と『アトリの空』 】

『果てしなく青い、この空の下で…。』
(c)2000/2003 TOPCAT
商店街すら存在しない山奥の山村、「安曇村」を舞台にしている。舞台設定に対する意識の鋭さは演出手法にも現れており、例えば音楽的なBGMはほとんど用いられず、代わりに鳥の鳴き声、虫の音、木々を渡る風のSEが多用されている。また、テキストも縦書き表示にすることができる。
『アトリの空と真鍮の月』
(c)2009 TOPCAT
(図1:)上記『果て青』の続編的位置づけの作品である。舞台は「芦日村」。学校に在籍する生徒の数もごく少ない。湾曲した道路、田んぼのディテール、森と山、青空といった要素が背景画像に盛り込まれている。タイトル画面で棚田が描かれているとおり、狭い山村である。
(図2:)学生たちの生活圏。木造の一軒家や小屋がまばらに立ち並ぶ。2009年発売のタイトルであるが、作中世界の時代設定はおそらく昭和期である。
(図3:)人物立ち絵とともに表示された画面は、このようになる。このヒロインは、神社に起居する巫女キャラクター。遠景で見ると、家屋はこのようにまばらに点在するのみである。




  【 2. 田舎の風景をめぐる文物――共同体と文化的活動 】

『鬼ごっこ!』 (c)2011 ALcot
あえて古めかしさを表現したり、懐古的雰囲気への接続を意図して、学校の建物が木造校舎として描かれることもしばしばである。上記『果て青』『アトリ』のほか、『はるのあしおと』『こなゆきふるり』『カルタグラ』『残暑お見舞い申し上げます。』『明日の君と逢うために』『アッチむいて恋』『恋色空模様』『さくら、咲きました。』なども純木造の校舎である。
『ゆのはな』 (c)2005 PULLTOP
人々が集まるのは商店街や公民館、あるいは喫茶店である。田舎舞台の作品では、主人公たちと具体的な関係があるわけではない町内の人々も、しばしば顔のある個人として描かれる。もっとも、その中には、いささか奇抜な性格の人々もいるが。話し出したら止まらない海軍マニアの春日さんとか

『ホシツグヨ』 (c)2007 Grooming
都市生活におけるのと同様に、あるいはそれ以上に重要なインフラとして、電車(小さな駅)やバス(停留所)が描かれることも多い。長いバス待ちの時間や、雨宿りのシーンなどで活用され、時にはそこで決定的な会話が展開される(例えば『ヨスガノソラ』『夏めろ』)。

『碧ヶ淵』 (c)2004 ネル
周囲との連絡の乏しい共同体では、昔ながらの旧家が残存しつつ、独自の風習を残しているものとして描かれることがある。それらは、伝奇的な設定や性的な慣習の担い手として物語の中に現れる。家屋そのものもしばしば大ぶりで、どっしりした門構え、奥座敷と床の間、渡り廊下と離れ、謎めいた土蔵、そして時には座敷牢といったものを伴っている。

『天巫女姫』 (c)2003 Grooming
神社は、共同体的紐帯を具現する側面もあり、またいくつかの作品では古事を伝える制度としての役割も担っている。前者は祭事の主催者として、また後者は伝奇ドラマにおける情報提供者として。時には、神社に祀られる神が実際にキャラクターとして登場することもある(例えば『神楽』シリーズや、『めぐり、ひとひら。』『とっぱら』『あまつみそらに!』など)。

『雪影』 (c)2006 Silver Bullet
神社は祭事を司る。美少女ゲームでも、境内での祭が取り上げられることは多い。『水月』『雪影』『ヨスガノソラ』『あまつみそらに!』などでは、祭に伴う神事としての巫女の踊りが一枚絵で披露される。本作の舞台は「かみのやま(上山)」。作中の描写からして、東北地方と思われる。冬季には大量の積雪があり、また過去には飢餓に苦しんだ時代もあったとされる。


  【 3. 田舎の自然風景とその変化――季節、時刻、位置 】

『明日の君と逢うために』
(c)2007 Purple software
田舎町を取り囲む自然として、鬱蒼とした森が描かれることも多い。巨木の根元、鮮やかな緑の葉、苔生す地面、可憐な花、まだらに射し込む木漏れ日などは、グラフィッカーたちの腕の奮いどころでもあるだろう。本作では、ApRicoTやJellyfishが背景作画している。
『座敷楼』 (c)2010 BLUE TOPAZ
季節や時間に応じた変化を感じ取りやすい、あるいは、それらを表現しやすいというのも、自然豊かな環境ならではのことである。上記『雪影』や『アトリ』でも、桜の季節、緑鮮やかな夏、そして雪に覆われた冬と、背景画像にも季節差分が用意されている。本作は低価格作品だが、厳冬の背景画像がほとんどモノトーンで巧みに描かれている。

『恋する姉妹の六重奏』
(c)2014 Peassoft
(図1:)季節差分と同様に、時刻差分を用いるのも、美少女ゲームの一般的なスタイルである。日中差分では、優しくたなびく巻雲や、愛嬌のある綿雲(積雲)、そして夏季にはとりわけ入道雲(積乱雲)が描かれる。飛行機雲も良いアクセントになる。
(図2:)坂の途中からの風景は、夕焼け差分の好適な舞台である。夕陽背景では、空は金色や橙色からダークマゼンタ、そして青紫色へのグラデーションを展開する。夕陽を受けた雲も、複雑な色合いを見せる。海の色も、照り返しの輝きを見せたり、あるいはその青さによって色彩的なコントラストを示したりする。
『AYAME』 (c)2006 LiLiTH Myst
山の中腹から村全体を臨んだ様子。平地の都市部とは異なり、山村や島の町では、急坂や複雑な凹凸地形が頻繁に描かれ、また高所からの見晴らしや上空からの俯瞰CGも頻繁に用いられる。本作のように、低価格帯でも田舎の奇習を扱うダーク系タイトルや超自然的現象を扱う伝奇系タイトルが存在する。



  【 4. 田舎とさまざまなジャンルとの関わり 】

『九十九の奏』 (c)2012 SkyFish
都会の文物から離れた土地は、しばしば超自然的な現象の舞台になる。「葛折町」を舞台とする本作は、十二支に対応する「九十九神」たちが登場する、古典的かつ本格的な伝奇ものである。

『プリズム・アーク』
(c)2006 pajamas soft
(図1:)西洋中世風ファンタジー世界でも、『Princess Holiday』や『ブラウン通り三番目』のように、鄙びた町や村が舞台になることがあり、あるいは深い森が戦いの舞台になることがある。しばしば宗教的結合(教会)を中心とした小共同体として描かれる点では、和風世界と変わらない。
(図2:)屋内背景作画に関して00年代初頭から3Dモデリングをいち早く取り入れたpajamas softであるが、屋外の自然背景に際しても、このように精細なクオリティを実現している。

『ひなたのつき』 (c)2013 ko-eda
西洋中世的世界の中でショタエルフたちと交流する作品。この辺境の村の風景は、緑に囲まれた石造りの家々が特徴的である。他方で、上記『プリズム・アーク』や『王賊』のように、威厳ある城郭が描かれる場合もある。
『あねいも2』 (c)2007 boot UP!
大きな湖を擁する山間部の街(モデルはおそらく諏訪湖)。雑然とした大都市ではなく、清潔感のある空気と、ゆったりとした高級住宅街、そして温泉とスキー場もある観光リゾート地の様子が、背景画像を通じて表現されている。美少女ゲームとしては異例の趣向であるが。左記画像は、物語の冒頭で主人公が電車の中から目にした「上妻市」の遠景(の一部)。
『あまつみそらに!』 (c)2010 Clochette
00年代後半以降、田舎ロケーションの中では、島の学園という設定のタイトルが優勢である。海辺の開放的な雰囲気(もちろん浜辺での海水浴イベントがある)、坂の上からの見晴らし、船着き場からの来訪者といった要素が、好んで取り上げられている。

『カルマルカ*サークル』
(c)2013 SAGA PLANETS
(図1:)未開拓の森は、島舞台の作品でもしばしば描かれる。本土との連絡は、大きな橋が架けられていることも多い(本作のほか、『明日の君と逢うために』『恋色空模様』『てとてトライオン!』なども)。
(図2:)島の風景は、隔絶されたローカルな雰囲気や、風光明媚な自然環境だけでなく、洗練されたリゾート地としての側面も持ち得る。左記画像は、海に面したレストラン(と男の娘)。
(図3:)海沿いの公園は、しばしばロマンチックな出会いや告白の場面に用いられる。本作の背景制作には、草薙も一部関わっている。この画像でも、薄暮の色合いとグラデーションは繊細を極めている。



  【 5. 田舎を越えてさらに――観光地と遭難生活 】

『恋する夏のラストリゾート』
(c)2014 PULLTOP LATTE
(図1:)都会から離れた魅力ある環境という意味で、南国リゾート地が舞台になることもある。本作は、新規オープン準備中のリゾート地に主人公が住み込みアルバイトをする物語。
(図2:)海辺背景の夕方差分。キャラクター立ち絵も、色調を変えた夕方差分にされている。『明日の君と逢うために』や『恋色空模様』のように、波打ち際アニメーションが施されている作品もある。

(図3:)島内の風景。2010年代の美少女ゲームでは、背景画像もいよいよ高いクオリティで作成されるようになっている。自然物と人工物のどちらも、きわめて質感豊かに、そして拡縮変化にも堪えるほど精緻に描かれている。
(図4:)夕陽差分。上の画像と比べれば分かるように、微妙な拡縮変化が、(これまた飛躍的に機能性を増してきた)ゲームエンジン側によって施されている。背景画像は、主なものでは、日中差分、夕暮れ差分、夜間(点灯/消灯)差分、降雨差分(作品によっては降雪/積雪差分)が用意されることが多い。
『南国ドミニオン』
(c)2005 ソフトハウスキャラ
(図1:)場所も定かでない南国の無人島に漂着した10人の男女の物語。美峰に外注した背景作画は、この時期の美少女ゲームとしてはきわめて水準が高い。左記画像はタイトル画面でも使用されている。

(図2:)湾内をたゆたう白波が美しい。本作のパッケージは、箱にこの画像が印刷されており、その外にキャラクターたちが印刷された透明プラケースを被せるという形になっている。通常時は波間の上にヒロインたちの姿が置かれている形になり、プラケースを外すと島の風景だけになる。このパッケージデザインからも、本作の舞台設定の個性と背景画像の品質にスタッフがいかに意識的であったかが窺われる。
(図3:)無人島だがそれなりに大きく、淡水湖もある。同社はその後も、『グリンスヴァールの森の中』(森の学園)、『王賊』(西洋中世風ファンタジー世界の壮麗な城郭)、『Wizard's Climber』(巨大な塔と自然風景)、『DAISOUNAN』(異星の荒々しい自然)でも美峰に背景委託しており、趣のある背景画像群によってAVGパートのその都度の状況がプレイヤーに対してより良く印象づけられる。