2014/11/29

舞台設定における田舎趣味と都会趣味:実例検討(2)

  個別事例の紹介と検討(2)。都会について。
  全体的な概観と、田舎についての検討は、それぞれ別ページに。


  【 1. 都市の雰囲気――繁華街と夜の世界 】

『るいは智を呼ぶ』 (c)2008 暁WORKS
(図1:)都会の周縁に生きる若者たちの物語である。特殊な呪いに囚われた彼等を中心に、マフィアや新聞記者、情報屋など、さまざまな胡散臭い立場のキャラクターたちが登場する。タイトル画面においてすでに、街全体を臨む俯瞰画像が使われている。ぼんやりと青く光を滲ませた、都会の雑然とした夜景である(※起動時刻に応じて変化する)。
(図2:)主人公たちが集う場所の一つ。薄暗い高架下、即物的に金網で仕切られた用水路、放恣で大雑把な落書き群、散乱したゴミといった、およそ「美しく」ない事物がこの世界の基調になっている。田舎や自然に寄せるロマンティシズムとは対極に位置する、いわばリアリズムの美意識を美少女ゲームに(再び)もたらしたのは、本作の功績の一つである。
(図3:)薄汚れた路地裏の他にも、廃ビル、工場、繁華街などが背景画像として登場する。市街地の裏路地や連絡地下道、下水地下道といった、「都市の影」に当たる場所で様々な人物と遭遇し、あるいは対決するシーンが発生するのは、『真昼に踊る犯罪者』や『Dancing Crazies』(後述)、さらに『pianissimo』『長靴をはいたデコ』『大阪CRISIS』『こんそめ!』『桜花センゴク』『妖刀事件』などにも見られる。
『coμ』 (c)2009 暁WORKS
(図1:)上記『るいは~』から先鋭化された本作は、大都会のリアルな美醜だけでなく、党派的対立の要素、異能バトルのグロテスクさ、ネット情報の取り込み、アヴァンギャルドな黒白赤トリコロールのコンフィグデザイン、さらには「城」「王」といった童話的イメージをも援用しつつ、その速度感のある物語を展開している。左記画像は、ビル群のダイナミックな仰角構図。
(図2:)電飾看板やネオンサインが所狭しとひしめき合う繁華街の夜景。この趣向と密度は明白に特定の演出効果を担っている。前作のリアリズム的志向からさらに一歩先へ進んだ強靱な表現意欲が、背景画像の視覚的設計にも現れている。
『聖娼女』 (c)2013 frill
不品行な少女たちが歩き回る繁華街。過剰なまでにまぶしく着彩されることによって、その輝きの人工性が強調されている。狭い裂け目のような夜空とのコントラストも秀逸である。
『ままらぶ』 (c)2004 HERMIT
海外ホームドラマを模した趣向の作品であり、ゲーム画面にはブラウン管のような縁取りが付与され、またコミカルな場面では観客の笑い声SEが響き渡る。物語の舞台も都会的であり、高層ビル、待ち合わせのランドマーク、高級レストラン(での特別なデート)といった記号的表現に満ち溢れている。
『Dancing Crazies』
(c)2005 ソフトハウスキャラ
(図1:)サラリーマンとして生活しつつ、裏の顔では賞金稼ぎをしている主人公の物語。上記『るいは~』と同じく、俯瞰構図の市街夜景であるが、こちらは作品の大人びた雰囲気に合わせて、落ち着いた色調で着彩されている。背景美術はスタジオMAOによる。音響面でも、BGM群はバラード調のムードを志向している。
(図2:)AVGパートで使用される背景画像の一つ。本作はSLG+AVG作品であり、SLGパート上で賞金稼ぎ行動を選択すると、賞金首との戦闘が発生するが、市中、ビル内、屋敷内、屋上、公園、埠頭などさまざまな場所で多対多の乱戦が擬似リアルタイム進行で展開される。格闘や銃撃、そして遠距離からの狙撃やヘリでの銃撃、果ては衛星レーザーに至るまで、激しい戦いが市内で行われる。


  【 2. 躍動感のある都市風景造形――『LEVEL JUSTICE』 】

『LEVEL JUSTICE』
(c)2003 ソフトハウスキャラ
(図1:)悪の組織「ヴァルキル」に所属するマッドサイエンティストとして、組織犯罪撲滅のための特殊政府組織「SAFE」と争うドラマティックなSLG作品である。背景画像はしばしば主人公のアイレベルから離れて、左記画像のようなダイナミックに誇張された遠景や、あるいは極端な俯瞰構図や仰角構図で構成される。
(図2:)ビル街でのAVGパートの一シーン。立ち絵が置かれる場合でも、地面との写実的整合性への配慮は堂々と無視されている。これは、AVG作品全般にとっての可能性でもあるが、部分的には、本作がSLG作品であることによってもその説得力を確保されている。画面デザインも、鉄板とボルトの頑健なイメージで構成されており、硬質なSE群と相俟って、荒々しくもスタイリッシュな印象を与える。
(図3:)最も極端な場合には、このように真上を見上げた大胆きわまりない構図が背景画像として採用される。AVGパートでも使用されるほか、OPムービーではこの画像が回転しながらタイトルロゴが表示される形になっており、プレイヤーがこれから眩暈のするような状況の変転に投げ込まれることをはっきりと予告している。スタッフロールでの「背景CG」担当は笠懸えびら小原理敏大橋学
(図4:)上図に立ち絵を配した状態。写実的にはあり得ない角度だが、プレイヤーはすぐに慣れていく。背景画像の上下に黒帯が入っているのは、これが主人公の視界の写実的表現でないということのサインでもあり、そのため、背景画像はカットインのような位置づけに接近している。この上下黒帯表現は、『アトラク=ナクア』『朱』『めぐり、ひとひら。』なども行っている。別掲記事「非全画面の背景画像」を参照。
(図5:)劇的なシーンだけでなく、ごく日常的な生活のシーンでも、このように極端な角度のついた画面構成が頻出する。このような、一種の表現主義的志向の下にある画面構成スタイルは、SLG作品の構造的抽象性、特撮戦隊もののよく知られた様式性(のパロディ)、主人公の剽軽ながら熱っぽいモノローグといった様々な構成要素の絶妙の組み合わせによって成立している。
(図6:)悪の組織の黒装束は、ムードを出すためのコスプレである。彼等にも普段の生活があり、普段着に戻って「表」の生活を楽しんでいる様子もAVGパートで描かれる。他方で特殊警備機構「SAFE」のヒロインたちも、「金稼ぎをしたい」「コスプレができる」といった個人的な事情から職務を行っている。このような私生活の親密さと、上記のようなダイナミックな視覚表現との共存も、本作の魅力である。
(図7:)もちろん水平構図の背景画像も使われている。本作の舞台「奈賀島府」は、高層ビル街や住宅街だけでなく、このように工業地帯も含んでおり、こうしたロケーションでもAVGイベントが発生することによって、作品全体の硬質な雰囲気はいよいよ強化される。特撮パロディに特有のロケーションとして、石切場の背景画像(俯瞰)という珍しいものもある。
(図8:)一枚絵においても、力強い仰角構図がたびたび現れる。左記画像は、悪の組織が周到に用意したスクリーンとスピーカーを通じて、組織指導者「ヘルオー」が市民に対してゲリラ的演説を行っているシーン。


  【 3. 実在のロケーションに依拠した都市表現 】

『らくえん』 (c)2004 Terralunar
(図1:)泡沫アダルトゲーム制作会社に新人原画家として雇用された浪人生を主人公とする物語である。その世界は必ずしも華やかなものではなく、彩りに乏しい裏通りの一角に、ゲームブランド「ムーナス」の事務所は所在する。『夢喰い』の浮華で攻撃的なコンセプトとは異なり、ゲーム制作スタッフの様々な日常の浮き沈みが物語の大部分を占める。
(図2:)アダルトゲームの中でアダルトゲーム制作を表現するという関係からも見て取れるように、アダルトゲームが置かれている状況全体に対しても鋭敏な関連づけがなされている。舞台設定もまさに秋葉原周辺であり、作中では秋葉原中央通り(左記引用画像、都道437号線)やビッグサイトといった実在の場所がはっきりと描かれる。なお、この引用画像のように、本作ではデフォルメ立ち絵も多用される。
(図3:)音響表現やテキスト表現についても意欲的な試みを多数敢行しているこの作品では、背景(風景)表現に際しても実写取り込みというアイロニカルな手法を試している。逆説的なことだが、手作業で作られる背景画像が徹底的に人為的な制作物であるのに対して、写真画像はその「無加工(ただ外界の映像を写しただけ)」という表見上の印象のために、むしろ心象描写との親和性が高い。
『おたく☆まっしぐら』 (c)2006 銀時計
(図1:)上記『らくえん』がクリエイターサイドの物語であったのに対して、こちらはユーザーサイド(オタク)が主人公である。左記背景画像は、秋葉原駅電気街口の風景(西向き)。2006年当時のものである。現地への舞台探訪を行っているユーザーも存在する:まほろんの星屑内の『おたく☆まっしぐら』舞台探訪記事
(図2:)秋葉原中央通りを北面した背景画像。左端にはCLUB SEGAの赤い看板が見える。作中でも、ここでヒロインの一人がコスプレを披露する。
(図3:)2014年現在、「メッセサンオー」はすでに無い。ロケーションは、同じく中央通り(秋葉原駅から北西)。
『Scarlett』 (c)2006 ねこねこソフト
世界各地に足を伸ばす怪作。左記画像のとおり、本作において「現代日本」を代表するのは、田舎や神社ではなく、首都東京のカラフルな町並みであった。

『カルタグラ』 (c)2006 Innocent Grey
(図1:)物語は昭和26年の東京で展開される。左記画像は上野弁天堂だが、他にも不忍池や上野駅前など、実在のロケーションが背景画像として多数登場し、それが歴史探訪的なムードと古典的な探偵ものとしての興趣の双方を深めることにも寄与している。
(図2:)雪の積もった弁天堂の背景画像が、本作が志向する美の側面であるとするなら、この画像のような市井のにぎやかな町並みを描いた背景画像は、戦後の混乱期という物語上のシチュエーションを体現するものであろう。
『キラ☆キラ』 (c)2007 OVERDRIVE
物語の中盤では、主人公たちのバンドが演奏旅行に出るというロードムービー的展開になる。関東から静岡(浜名湖)、名古屋(名古屋城ほか)、京都(清水寺/太秦)、大阪(アメリカ村/道頓堀)、そして選択肢次第では神戸(元町/北野)、岡山、広島、熊本、福岡(博多)、沖縄(国際通りなど)にも足を伸ばす。背景画像も、多くが実在ロケーションに依拠している。
『漆黒のシャルノス』 (c)2008 Liar-soft
(図1:)煤煙に覆われたロンドンという設定の作品。時代は20世紀初頭であり、政治家チャーチルや、フィクションの名探偵ホームズといった当時の有名人たちも登場するが、その一方で、怪奇現象が度々発生する世界でもある。
(図2:)本作の画面構成は、通常のAVGとは異なり、ロケーションを示す複数の画像を組み合わせる形で構築されている(cf. フェイスウィンドウ記事で紹介した)。画像それ自体も、時として遠近法を解体した自由な造形で描かれる。例えばこの画像でも、周囲のビル群は垂直に並列されてはおらず、街全体がうねっているかのように、あるいは時計塔の威容に道を譲るかのように、傾斜した姿で描かれている。


  【 4. SF的あるいは非日常的世界における都市の描写 】

『MERI+DIA』 (c)2005 ぱれっと
(図1:)地球規模の大災害によって多くの人口が失われた世界。古びた路面電車や中華系の屋台群といった要素は、旧来の秩序をいったん破壊された世界で手持ちの技術を駆使しつつサバイバルする人々の様子を示唆している。その一方で、階級分化が再度進展しており、一部には遺伝子改良技術を用いた新たなファッションすら生まれている。
(図2:)一枚絵シーンでも通常シーンでも、このように上下に黒帯が掛けられている。このため、テキストはいわば映画字幕のように受け止められる。また、立ち絵演出の次元でも、背面立ち絵やサイズ変化によって空間表現(奥行き表現)や運動表現を積極的に行っており、近未来SFアクションドラマとして興味深い表現世界を作り出している。
『蒼海のヴァルキュリア』
(c)2009 Anastasia
人工的世界の極致とも言うべき、潜水艦内での物語。ここでは背景画像の密度こそが、そのシチュエーションの説得力を担保している。
『BALDR FORCE』 (c)2003 戯画
ネット上に構築された広大な仮想世界も、そこに人々(の意識の投影物)が存在し行動し交流しているかぎり、一つの社会であり都市であると言ってよい。本作の電子世界は、基本的には現実と同様に色彩豊かに存在するが、その構造的性格が示唆される際には古典的な流儀に倣って緑色基調で描かれることがある。
『マブラヴ オルタネイティヴ』 (c)2006 age
(図1:)攻撃的な異星人が襲来している世界。都市とは文明の産物であり、それゆえ科学技術と科学文明のあり方を注視するSF作品が都市を扱うとき、しばしばその終端たる「崩壊」の側面にまで意識が向けられる。
(図2:)放棄された市街地で、ロボット隊が模擬戦を行っているシーン。本作で描かれる建築物やロボットの多くは、3Dモデリングされた素材を基礎としており、それらを様々に組み合わせて一枚絵(と呼ぶべきもの)を作り、あるいはスクリプト振り付けを施して、破滅に瀕した世界の様々な状況をリアリスティックに描き出している。
(図3:)同じく、模擬戦の一齣からのスクリーンショット。素材+スクリプト+エフェクトによる緻密な視覚的演出の一つの精華である。廃墟趣味は、『果て青』『百鬼』『ひとがたルイン』『よつのは』『R.U.R.U.R』『蠅声の王』等にも見出される。
『沙耶の唄』 (c)2003 nitro+
異次元からの超自然的存在の侵入によって人類が死滅した世界。緻密に造形されたビル群の無機的な質感と、それを覆う内臓のような奇怪な生命体群との間のコントラストが印象的である。nitro+は、都市空間への関心を、あるいは人為によって作られた世界への関心を、作品の中で表明し続けているブランドである。

『はるかぜどりに、とまりぎを。2nd story』 
(c)2010 SkyFish
海面上昇によって多くの都市が水没した世界。本シリーズや上記『MERI+DIA』のほか、『しすたぁエンジェル』『青と蒼のしずく』『ひめしょ!』でも同種の趣向が扱われており、いずれもカタストロフを経験し衰亡に瀕した人類文明(とその美しさ)を懐古的に描いている。


  【 5. 都市の変容――非写実的な背景画像の可能性 】

『Forest』 (c)2004 liar-soft
(図1:)緑に浸食された新宿という舞台設定の作品。左記画像でも、左側のビルの窓には青葉が犇めいている。背景美術は、多くの場面で実写取り込み画像を使用しつつ、その上に自由気儘なポーズ及びファッションの人物画像が踊り回るという楽しいAVG作品である。
(図2:)人物画像は、図1のような全身画像であることもあれば、バストアップ画像が用いられることもある。しかしバストアップ画像でも、左図のように、テキスト表示欄に掛かるところではグラデーションで消えている。背景は、JR新宿駅東口から東向きの眺め。
『蠅声の王』 (c)2006 LOST SCRIPT
(図1:)未来世界を舞台にしたSFホラーバトル作品。物語は、放棄された軌道エレベータの基部とおぼしき場所から始まり、吸血鬼の住まう本拠も、遠い過去の近代的建築物の中にある。超自然的要素に支配された過去の人工物を描くために、背景画像は特殊な筆遣いで彩色されている。
(図2:)人物立ち絵が置かれる場合でも、水平線の写実的整合性への考慮は放擲されている。空に浮かぶ月は、「夜」の時間帯を示唆する、吸血鬼ものの定番小道具である。
『それゆけ! ぶるにゃんマン えくすたしー!!!』 (c)2014 Digital Cute
STG作品ならではの、自由なデフォルメを利かせた背景。街の風景は多重スクロールで流れていき、林立するディスプレイ群では様々な映像が明滅し、さらに電車も走行している。
『仏蘭西少女』 (c)2009 PIL
(図1:)本作の背景制作にも関わっている吉田誠治は、美少女ゲームにおける背景制作の専門家の一人として、とりわけ2003年の『モエかん』以降、著名なクリエイターである。左記画像は、「赤い草」のシーン。自然物は一部を灰色で塗ると、かえって全体の鮮やかさが際立つのだという(webラジオ「中目黒わくわくモンキーパーク」第13回での発言)。
(図2:)物語は1923年5月の東京で始まる。左記画像にも描かれている浅草の凌雲閣は、当時のよく知られた建築物として、フィクションでも好んで取り上げられている。当て字とルビを多用する擬古的趣向の文体とともに、大正時代への想像力を喚起させる仕掛けの一つとして作用している。
(図3:)1923年は、関東大震災の年でもある。本作では、荒々しい格闘の場面や、幻想上のシーン、あるいは花々を映した象徴的なパッセージ、そして大規模災害の状況ではこのように大胆な筆致の画像が用いられる。同じような表現は、『SWAN SONG』にも見出される(cf. 2012年8月6日付雑記)。