2018/11/03

「みつみ絵」雑感

  以前から希求していることだ。みつみ氏の歴史的美術的評価を、どなたかがきちんとした手法で精密に分析し整理して下さらないものだろうか。


  以下、主としてアダルトPCゲームでの原画業に沿って、私の狭い見聞の範囲で、氏の画風とその変遷について書いてみたい。


  【 F&C時代: 『きゃんバニ プル2』と『Piaキャロ2』 】

  みつみ美里氏は、当初はグラフィッカー仕事から入ったとのことだ。そして1996年の『きゃんきゃんバニー プルミエール2』で原画デビューした頃は、F&C着彩の明朗さを生かしつつも、線の柔らかさと端正なレイアウトによって際立っていた。七瀬葵氏の美意識を、F&CのCG技法にうまく接ぎ木したような印象で、90年代前半頃のいわゆる「ぷに絵」や伝統的な大人びた画風のアダルトイラストとはまったく異なる、第三の道を形成しつつあった。特に一枚絵の構図は、縦長カンバス(スクロール表示)も使いながら、全体としては端正なもので、すでにして原画家のセンスをはっきり表出していた。

  『Piaキャロットへようこそ!!2』(1997年発売:双葉涼子、皆瀬葵、榎本つかさ、神楽坂潤を担当)のあたりでは、明確になかむらたけし氏の影響を受けつつ描線のデリカシーを増していき、当時のアダルトゲーム原画家の中でもかなりフェミニンな路線での洗練を代表していた。得意の見返り美人構図も、すでに使われていたと思う。ちなみに、有名どころでは『同級生』シリーズの二次創作同人誌も描いておられた筈だが、竹井正樹氏からの影響はあまり感じられなかった。


  【 Leaf時代(1): 『こみっくパーティー』から『ToHeart2』まで 】

  Leaf(東京開発室)で制作した『こみっくパーティー』(1999年:高瀬瑞希、猪名川由宇、塚本千紗など)になると、共同原画を務めた甘露樹氏からの影響か、巨大眼球モードに大きく舵を切った。特に「長谷部彩」の横顔カットは、当時私の周囲では「これがみつみ美里の究極の造形」と言われていたものだった。
  この時期のヒロインの横顔は、頬の輪郭が鋭角を成して尖っており、そこから顎のラインもまっすぐ三角形に降りていくというもので、おそらく部分的には貞本義行氏の影響もある(※実際、みつみ氏は『エヴァ』漫画も描いていた)。ただし、その路線はむしろ山本和枝氏が、より徹底的にスタイリッシュな形で引き受けていくことになる。
  同人界隈などで大量にみつみフォロワーが発生したのも、このあたりだろう。つややかな巨大眼球+ソリッドな斜め顔+細やかな髪筋表現は、いわば「初級者が真似しやすい便利なお手本」として、爆発的に普及していった。同人界隈を巻き込んで、その影響は00年代半ば過ぎまで続いていたと思う。失敗した場合は、画一的なホームベース顔などと揶揄される者もいたが。
  「ビジュアルノベルシリーズ」によって読み物AVGの門を開いたLeaf(アクアプラス)が、高度なプログラミング技術や複雑なフラグ管理のノウハウを持たないゲーム制作志望者たちにとって参入と挑戦の敷居を下げることに貢献した一方で、若きイラストレーター志望者たちにとって福音となるみつみ絵の普及にも一役買っていたというのは、なかなか面白い歴史的事実だ。

  00年代に入ると、『こみパ』時代のバロックな個性はいささか鳴りを潜めていく。『天使のいない12月』(2003年:須磨寺雪緒、麻生明日菜、木田恵美梨)では、ツヤを落としつつグラデーションの繊細さを増していく。こうした変化には、おそらく技術的環境の変化(16色→256色→full color)も関係しているだろう。『ToHeart2』シリーズ(2004年-:柚原このみ、十波由真ほか)は、00年代中期の代表的業績だが、個人的には、この時期はどこか落ち着きが無いように感じる。


  【 Leaf時代(2): 10年代にかけて 】

  これ以降は、アダルトゲームでのメイン原画を張ることがほとんど無くなっていく(サブキャラだったり、キャラデザのみだったり)のでよく分からないのだが、『ToHeart2 ダンジョントラベラーズ』シリーズ(2009-)では大胆なファンタジー系ファッションデザイン――かなり激しい色使いをするようになった――と、意外なほどウェットな塗りとの取り合わせが、ずいぶん不思議な世界を作り出している。キャラクターの腹部あたりの高さから頭部を見上げるアオリ構図で、程々のダイナミズムと生き生きとした表情を際立たせるスタイルも、00年代のうちに完成していた。胴体部分(つまり服飾デザイン)を画面中央に大写しに描きつつ、同時にキャラクターの視線は明確な角度を持って鑑賞者(仮想上のカメラ)の方をきちんと向いていることが意識される。巧妙な構図だと思う。

  フィーチャーフォン/スマートフォン向けのソーシャルゲーム『ToHeart ハートフルパーティー』(2013-:)では、画面中央にキャラクターを大きく描くようになっているが、これは携帯媒体向けにレイアウトを合わせた意図的なチューニングなのかもしれない。もっとも、これ以外の発表機会でも、みつみ氏は縦長カンバスを好んで採用しているし、画面構成も大抵はストレートで、絵を斜めに傾けることがほとんど無い。90年代から横長ディスプレイを所与としてきたアダルトPCゲーム分野で活躍し続けてきたクリエイターとしては、興味深い傾向である。
  いずれにせよ、10年代のみつみ氏に関してはとりわけ、着彩の要素を無視しては語れないと思われるが、残念ながら私はそれを提供できるだけの知識やスキルをまるで持ち合わせていない。


  【 実例検討 】

  あまりスクリーンショットを撮っていなかったので、今回は個別作品に即した適切な紹介的整理ができない。PC媒体ではないもの(例えばドリームキャストなどの家庭用版タイトル)だと、画像引用は難しい。

『きゃんきゃんバニー プルミエール2』
(c)1996 カクテル・ソフト
このキャラクターも、みつみ氏原画だと思う(※自信が無い)。毛先の繊細なウェーブ表現や、面長の上品な顔立ち、ダイナミックだが落ち着きのあるレイアウトなど、その後のみつみ氏を予示している。
『こみっくパーティー』 (c)1999 Leaf
PC版のパッケージアート(原画は甘露氏との合作)。みつみ氏が担当したのは中央のメインヒロインのほか、中段左側の黒髪ヒロイン、右下の眼鏡キャラなど。つややかな瞳の塗りは、256色時代のLeaf東京開発室の武器でもあった。
『ToHeart2 X-RATED』
(c)2005 Leaf
フラミンゴピンクは明るくて彩度の低い色だが、面白い使い方をしている。ヴィヴィッドな色を使わずパステル系で色調を統一した淡彩志向のカラーデザインが、この頃から明確化していった。
2013年の作品。画集『MITSUMI MISATO ART WORKS』(アクアプラス、2016年)、109頁所収。左記引用画像は書籍からの写真取り込みなので歪みがあり、また、やむを得ず周囲を一部トリミングしている。/アイレベルはかなり低く、キャラクターの腰のあたりにほぼ水平の画角で設定されているが、キャラクターの視線はこちら側に向けられているので、事実上アオリ構図に等しい表現効果を発揮している(※同書63頁、88頁、117頁などでは明確に角度のついたアオリ構図も採用している)。/このような見返り美人構図(振り返りポーズ)は、みつみ氏の得意とするレイアウトである。斜め顔を説得的に見せているという点でも、このポージングはきわめて効果的である。


  【 ひとまずのあとがき 】

  それほど忠実ではない、アダルトゲーム寄りの一ファンとして印象論を雑駁に語ると、こんな感じ。私にはせいぜいこのくらいしか言えないので、もっと詳しい人がもっと詳しく語ってくれることを願うばかりだ。特に同人活動も含めた包括的な展望は、そちら界隈の方々になんとかしてほしい。あなたたちが歴史を書き残すんだよ! あなたたちが美術的評価を確立させるんだよ!
  私自身、グラフィクスの質という観点では、以前の記事「アダルトゲームのCGワーク」などでも何度か言及してきたが、まがりなりにもまとまった文章にしたのは今回が初めてだ。


  【 追補:アダルトゲーム分野の中での位置づけ 】

  アダルトゲーム分野でも、みつみ絵エピゴーネンは幾人も現れていた。有名なところではみさくらなんこつ氏、みけおう氏、萌木原ふみたけ氏から、00年代半ばのてんまそ氏あたりまでは、比較的はっきりした影響が見出せるだろう。近年のこぶいちむりりん両氏の絵にまで、その痕跡は見て取れる(が、精緻化したグラフィックワークや複雑化したキャラデザの下で、最早まるで別物になっている)。梱枝りこ氏あたりになると、影響関係で言えば、なかむら氏/みつみ氏に対していわば孫弟子世代に当たるだろう。

  ただし、00年代後半になると、アダルトゲーム分野は次第に、みつみ絵風の類型を脱していった。例えばrefeia氏は、その画業の最初期に商業アダルトゲーム原画を何本も手掛けている――『僕がサダメ 君には翼を。』(2007)から『すきま桜とうその都会』(2011)まで――が、その特異なヒラメ顔スタイルは、アダルトゲーム内外に大きな刺激を与えたようである。ただしその感性は、部分的にはいとうのいぢ氏によって00年代前半のうちから準備されていたものだが。

  10年代初頭には、カントク氏あたりが新たなスタンダードを確立するかに見えた時期もあったが、さほど普及もせず、ネットイラストの多様性の中に埋没していった。もとよりCUFFS系列は、☆画野朗氏や橋本タカシ氏といったF&C出自のクリエイターたちが形成していたのだが。

  近年では、和泉つばす氏や鶴崎貴大氏といったfeng系統の流儀が、アダルトゲーム分野での現代的洗練の成果として人気を博しているようだが、その中でも涼香氏(F&Cでの原画実績もある)やなちゅらるとん氏は、依然としてみつみ様式の圏域にある。

  AUGUSTべっかんこう氏は、当初から「アニメっぽい」と評されており、白箱系(学園恋愛系)の中ではみつみ絵に対する注目すべきオルタナティヴの一つだと認識されてきたが、双方の間にはそれほど大きな懸隔があるわけではなかったし、独自路線を明確化した10年代(『穢翼のユースティア』)以降もべっかんこうフォロワーはあまり現れなかった。

  ちなみに、より大人びた高等身な画風のアプローチは、主に黒箱系(ダーク系)やピンク系ジャンルで、聖少女氏、M&M氏、佐野俊英氏らによって継続的に展開されていった。その一方、「ぷに絵」の伝統は娘太丸氏や織澤あきふみ氏、かんなぎれい氏らが引き継いでいったと述べてよいだろうか。

  こうした一連の展望も、「CGワーク(6)」記事でおおまかに言及してある。