2024/08/01

漫画雑話(2024年8月)

 2024年8月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。


 窓口基(まどぐちもと)『冒険には、武器が必要だ!』第1巻。洋風ファンタジー的世界で、武器作りをしたがっている元気少女の物語。本作の美質は、主に2点挙げられる。
 1) ファンタジー世界のディテールが説得的に描かれている。例えば、「冒険者は、武器に自分の命を預けている(※脆い武器で冒険をしたら死ぬ)。だから、それを提供する武器屋にはそれだけ大きな信頼が求められる」。「刺繍に魔力を込めることのできる職人がいる」。「領主権限により、狩のできるエリアが制限されている」(つまり、作中の政治的社会的関係のリアリティ)。次巻に収録されるであろう話(配信中)では、ダンジョン探索のための足場作り職人(!)がフィーチャーされている。俗に「解像度が高い」と言われるような特質だが、「魔力を込められる刺繍職人」「ダンジョン内の足場確保が重要」という細部まで世界像を緻密に想像できるクリエイターはなかなかいないだろう。
 そして、このように作中世界のありようを突き詰めたうえで、それをストーリー展開に活かしている。上の例で言えば、「猪モンスターに襲われて撃破したが、狩猟エリア外なので『密猟』になってしまった → 年長キャラ(友人の母親)がきちんと解決してくれた」という描写になっており、主人公たちの慌てぶり、不期遭遇バトルの勢いから、キャラの頼もしさ、そして解体シーンへの繋ぎまで、描写の構築の一環として上手く機能している。
 2) その一方で、主人公は、金物屋の見習いでありながら、オリジナリティのある武器を作りたがっている。こちらの側面は、作品に対して「動機づけ」と「遊び心」の二つを、たっぷりと提供している。例えば、巨大なおろし金や、バネで伸縮する鎌、ウサギ捕獲用のネット射出ランチャー、等々。鶏の頭部が四方八方に突き出したデザインのメイス(棘棍)というのも、物凄い発想だ。こういった武器のアイデアは、十分に独創的だし、漫画として視覚的な興趣を提供しているし、主人公の活動を魅力的で説得的なものに見せているし、そしてストーリーにも推進力を与え、そして作品展開と武器アイデアの双方が密接に絡み合っている。例えば、巨大なおろし金は、作中では機転を利かせた冒険者によって「盾」として使われる。また、厄介な位置に陣取った巨大ゴーレムを撃破するために、特殊な武器を考え出すというエピソードでは、「特殊な状況なので、通常の武器ではなくワンオフ装備が求められる。主人公が、本来は武器屋ではない素人なのに、武器の受注ができたのは、そういう特殊状況のおかげだ」という作りになっている。アイデアの豊かさと、それを使う現場描写の的確さ、さらにはユーモラスさの取り合わせがたいへん楽しい。
 要するに、「変わった武器を作りたがる少女の物語」という作品コンセプトの設計が、抜群に上手い。すなわち、作中世界のディテール表現と、キャラクターの動機付けと、視覚的な楽しさと、ストーリー上の驚きの4要素が、しっかりと結びついて相乗効果を作り出している。また、漫画表現としても、レイアウトが非常に上手いし、台詞回しも良く、読み応えがある。出色の出来。


 貞松龍壱『パンをナメるな!』第1巻。内気なニート少女が、鎌倉のベーカリーで働きはじめる話。著者名に見覚えがあってなんとなく買ってみたら、Aoshimaの新版「アトランジャー」を手掛けておられた方だった(※キャラデザと漫画版の両方)。
 導入部分の筋書きはかなり雑だったが(※細かな情報の不整合が多い)、萌えキャラたちとともに本編がスタートしてからはスムーズに展開している。背景を含めた空間的な作画がとてもきれいで、キャラクターたちの動きや位置関係に説得力があるのも良い。キャラクターたちが、確かにこの店内で活動しているのだという感触。かれらがその街に生活しているのだという手触り。そういったものを読者に実感させるうえで、背景作画とキャラクター作画をフィットさせるのは、とても大事なことなのだ。これなら買い続けても良さそう。


 雨田青『ミライライフライ(未来来不来)』第1巻。中国の大学生たちの物語で、著者自身も中国出身のようだ。主人公は北京のジャーナリズム学部(映像科)の学生で、卒業制作として退学者を巡るドキュメンタリーを撮ろうと考える。悩みを抱えている友人、指導教官とのやりとり、同期だった退学者との再会、権威主義的な学生指導員(student supervisor)との衝突、監視カメラに満ちた街中の風景、そして街頭インタヴューを実践する中で出会った若き映画監督など、たいへん濃密な物語がデリケートな作画で展開されていく。重苦しい圧力に満ちているが、読み応えがある。
 同じく中国出身で来日した漫画家の自伝的(?)作品、史セツキ『日本の月はまるく見える』のことも思い出したが、そちらは来月に第2巻が刊行されるようだ。


 以下、続刊ものなどのショートコメント(※作品それ自体は、以前に言及したものが多い)。
 石沢庸介『転生したら第七王子だったので気ままに魔術を極めます』第16巻。原作の素描的ストーリーに対して、サブキャラバトルなどを大量に盛り込みまくって数倍のボリュームにしているコミカライズで、少年漫画的なバトル展開が延々続いているのだが、キャラクターそれぞれの心情の機微(戦う動機や目的意識、人生の意義、等々)を丁寧に掬い上げているので、バトル描写が空転せず、読者を引き込む魅力を湛えている。バトル表現そのものも、(配信版ではフルカラーで!)きらびやかに描かれている。
 岩永亮太郎『パンプキン・シザーズ』第24巻。長い休載から数年ぶりに復帰されたが、台詞回しの切れ味とSF的思索の深さ、そしてそれらを鮮やかにイメージさせる絵作りは、以前と変わらず、素晴らしい出来映え。情報の速度が旧体制とモラルを破壊するという話は、明らかに現代のSNS環境を念頭に置いたものだが、それを、「フィクション世界の政治的-社会的動乱」や、「対テロ戦争の優位を取るための技術的挑戦」、「架空世界の技術史的ダイナミズム」、「新技術によって攪乱される人々の倫理観の問題」、さらには「それをコントロールする特許制度をめぐる国際政治ドラマ」へと見事に結びつけていく発想がたいへん刺激的。
 工藤マコト『不器用な先輩。』第8巻。不器用で愛想のない女性上司と、その部下(OJT)の男性を主軸にした(今のところはぎりぎり恋愛未満の)物語。最近の展開では、女性サイドの内面描写にウェイトが置かれている。この著者は『HGに恋するふたり』も同時連載しており、そちらも良い作品だったが、KADOKAWA不買を始めて以降は読んでいない。
 トマトスープ『天幕のジャードゥーガル』第4巻。同じ著者の『ダンピアのおいしい冒険』(6巻で完結)よりも、こちらの方が好みかな。
 買い逃していた単行本いろいろ。星野真『竜送りのイサギ』(既刊2巻)。江戸時代風の架空世界で、自然現象の象徴たる竜を殺した老将軍の遺志を継いで旅する二人の剣士たちの物語。漫画演出としての質も高く、読みごたえがある。近年でも、超人的な剣技を持つ孤独な主人公の旅路を描く作品はいくつも現れている。齋藤勁吾『異世界サムライ』(既刊1巻、ただしKADOKAWA)と、えーと、何だったか、もう一つオンラインで読んだ憶えがある。
 Peppe『ENDO』第2巻が今年2月に刊行されていた。第二次大戦中の日本で、捕虜収容所に収容された在日イタリア人たちの物語。
 『鷹峰さん』第9巻……えっ、アニメ化? こんな作品を?