2013/11/12

BGV技法の発達

  BGV技法の発達についてのメモ。


  いわゆる「BGV(Back-ground Voice)」、つまりアダルトシーンでバックグラウンドにSE扱いの喘ぎ声を流しておく(そしてそれによって喘ぎ声の密度を高める)という音響表現について、以前に民安氏が「人が二人になったようで気持ち悪い」といったようなことを仰っていた(@「中目黒」ラジオ第14回)のを思い出した。私もその感覚はなんとなく分かる。

  ただし最近では、そのような違和感を持たせないような処方も発達してきている。例えば:

1) 当人の台詞(テキストと音声台詞)のあるページではBGVを停止する。あるいは、よりいっそう細やかな対処としては、実際に音声出力がある間だけBGVがミュートまたは一時停止する(――もちろん「停止」よりも「一時停止」や「一時ミュート」の仕様の方が、BGV音声の全体を満遍なく流すことができる)。これによって「一人のキャラクターの二重台詞」という状況を技術的に解消できる。

2) BGV部分では、できるだけ意味のある言葉は出させず、「あいうえお」系の喘ぎ声だけにする。これによって、特定の台詞ばかりが反復される奇妙さを免れられるし、意味ある台詞としての存在感が過剰に目立ってしまうのを回避することができる。

3) コンフィグにBGVの音量調整も行えるようにし、ユーザーが違和感を持たないようにさせる、あるいは、違和感を持った場合にそれを軽減しうるための手段を提供しておく。台詞とBGVが同時には鳴らないようにするか、それとも台詞の有無にかかわらずBGVを鳴り続けるようにするかを選択できるコンフィグを用意しているタイトルもあるらしい。どちらかといえば消極的な対処であるが。

4) 用意されるBGV音声は一種類だけではなく複数のものを用意しておき、次第にクレッシェンドしていくようにBGVレベルでも段階的進行が表現される。積極的なBGV演出と言える。

これらのような試みがある。とりわけ、最後のものまで行くと、BGVはもはや「単なる添え物」とか「喘ぎ声の埋め草」のような見方をすることはできない。「テキスト進行とは異なる層で、情景描写と状況進行を担っている、独自の表現要素」として評価すべきであろう。十分に発達したBGVは、(ぱれっとやLiar-softのような)二重音声進行と区別できないところにまで達する。当初のBGVが非常に作為的でぎこちないものであったことは否めないが、適切にコントロールされれば、環境音SEと同じような機能を果たすものとしてそのシーンに臨場感と持続性をもたらしうる、非常に強力な表現要素となる。