コンピュータAVGにおける平仮名台詞使用を巡る雑感。
平仮名台詞にとどまらず、ルビ機能、口癖キャラまでいろいろ。
【 平仮名台詞の早期の実例 】
低年齢キャラクター等の発言をすべて平仮名のみで表記する手法は、管見のかぎり、PCゲームの枠内では遅くとも『魔法少女アイ』(colors、2001)の時点ではすでに既知のものになっており、そしてその後も、幼児キャラクターや、その世界で使用されている言語に十分習熟していないキャラクター、なんらかの事情で言語能力や知的能力が致命的に損なわれた状態にあるキャラクターなどの発話を表現するうえでたびたび使用されてきた。
【 平仮名台詞の導入を促した、当時のコンピュータAVGの事情 】
あくまで暫定的な予想だが、このような表記法は、元々はヴォイス無しのAVGにおける発話者識別に発したものかもしれないと考えている。クリックとともにたえず更新されていく画面上のテキスト進行の中で話者の如何を明示するための簡便かつ明快なアプローチとして、90年代後半00年代初頭にかけて流行した「語尾キャラ」や「口癖キャラ」のそれと通底しているのではなかろうか。実際、上記『魔法少女アイ』も、最初の2001年版は音声無しであったが、仄聞するところでは、翌年の『魔法少女アイ plus』版ではキャラクター音声が付与されるとともに「大見結亜」の台詞は漢字まじりのテキストになったという。AVGにおけるテキストと音声の関係について考えるうえで、示唆的な変更だろう。
【 平仮名台詞と日本語:表意文字と表音文字 】
このような表現は、通常の日本語が表意文字(漢字など)と表音文字(仮名)とを併用するものであるがゆえに可能になっている。もしもこれを外国語に訳すとしたら、どうしたらいいのだろうか。英語やドイツ語のようにアルファベットを使う言語であれば、「大文字を使わず小文字だけで書く(例: she loves you.)」、あるいは「各文字の間にスペースを入れる(例: S h e l o v e s y o u.)」といった感じにすれば雰囲気は伝わるだろうか? あるいは、技巧的な方法としては、ごく初歩的な単語のみ、あるいは音節の少ない(短い)単語のみを使った文章にするのも一案だろう(――ちなみに、小説『あるジャーノン』では、単純化された誤綴やアポストロフィの欠如といった幼児的な誤字によってそれを表現していた)。語尾キャラの翻訳も難しいが、ドイツ語ならば枠構造もどきにすればなんとかそれらしく見えるかもしれない。
【 ルビ機能を通じて実現されている演出作用 】
他方で書き言葉としての日本語は、ルビ(ふりがな)を取り込んでいる。コンピュータAVGにおいても、比較的早い時期からルビ機能は実装されていた。手許で確認できる範囲では、『痕』リニューアル版(Leaf、2002年6月)や『BALDR FORCE』(戯画、2002年11月)で、すでにルビが使われている。Leafはそれ以前のタイトルでもルビを使っていたかもしれない。
もちろんルビ機能は、音声によって代替することもできるが、ただし現実の実践においては音声がルビの側に常に対応するとは限らない。そしてさらには、テキストと音声がそれぞれ別個の言葉を発するという演出すら可能になる。これは、テキストと音声を同時に出力するコンピュータAVGの特殊な媒体的性格に由来する。類似の平行性は映画字幕や舞台台本などにも存在するが、AVG作品の場合はテキストと音声との間で主/従の区別が必ずしも判然としない、あるいはそのような構造的区別を撤廃することができるという点に大きな特質がある(――テキストと音声の多重[同時並行]表現については、演出技術論Ⅲ-1-2、同Ⅳ-4-2-β、「クリック進行と音声表現の関係について」などで言及してきた)。
【 美少女ゲーム分野における語尾キャラ、口癖キャラ 】
ちなみに、現実ではまず用いられないであろう特異な文末表現(語尾)や口癖を使用するキャラクターについては、美少女ゲーム分野ではおそらく『センチメンタルグラフティ』(NECインターチャネル、1998[セガサターン版])の「~りゅん」がきっかけかと思われる(――発売は1998年1月だが、発売前から長期間に渉ってグッズ展開がなされていた)。つづいて「デ・ジ・キャラット」(ブロッコリー社のマスコットキャラクター、1998-)の「~にょ」や、『涼宮ハルヒ』シリーズの「~にょろ」も知名度が高い。
奇抜な口癖的間投詞に関しては『Kanon』(key、1999)の「うぐぅ」、『CANVAS』(カクテル・ソフト、2000)の「あんぱん」などがよく知られた実例となり、そして最終的には『こみっくパーティー DC版』(AQUAPLUS、2001)の「ぱぎゅう」(DC版追加キャラの口癖)で奇抜さの限界に達した、といった理解をしている。
これらの語尾乃至口癖は、非現実的であるというだけでなく、当人の属性(例えば種族、居住地域、性格等)をほとんど反映していないという点でも特徴的である。それに対して、80年代以前の「ナリ」「だべ」「アル」「タイ」「だっちゃ」といった語尾表現は、しばしばフィクショナルに誇張されてはいるものの、東北地方、武士階級、華僑、九州地方などの実在の方言や言語集団を下敷きにしている(――ただし、『宇宙船サジタリウス』の「~ペポ」のように、SF作品における多言語表現として異星人が突飛な語尾を使うことはあった)。
『ひなたのつき』 (c)2013 ko-eda
平仮名台詞の一例。人間族の言語に十分習熟していないエルフキャラクターが、気持ちの赴くままに発声していることを表すため、その台詞のテキストは平仮名(とごく一部の片仮名)のみで表記されている。脚本家のブログ記事「ひなたのつき裏話その1」も参照。
『仏蘭西少女』 (c)2009 PIL
薬物投与によって主人公が廃人化した状態では、本人の台詞や地の文がすべて平仮名になるのが通例である。ただし本作では、主人公以外のキャラクターの台詞をも、平仮名で表記している。主人公が(その低下した言語能力の下で)認識し得た言葉を表そうとしているのであろう。
『夢幻廻廊2』 (c)2009 Black cyc
(図1:)苛烈な訓育によって主人公が言語能力を奪い去られていく過程が、テキスト上で表現されている。図1では、主人公のモノローグテキストは通常の日本語であるが、その上に「かおるこさまだいすき語」が浸透しつつある。そして、つづく図2では、本来言いたかった筈の言葉の方がルビ側に追いやられており、洗脳の度合いが進んでいることを示している。
(図2:)地の文すら「かおるこさまだいすき語」に支配されたその後も洗脳は続き、主人公の発する言葉も、思考する言葉も、すべてそのフレーズによって塗り込められてしまう。
『BALDR FORCE EXE』 (c)2002/2003 戯画
(図1:)戯画のエンジンは、比較的早い時期からルビ機能を実装している。/若いハッカーたちの粋がった言葉遣いを表現するうえで、本作はバージェスの小説『時計仕掛けのオレンジ』で使用されていたナッドサット言葉を(いささかパロディ的に)使用している。左記引用画像はバックログ画面のもの。
(図2:)図1に続くテキスト。本文とルビの関係は、「本文=意味」「ルビ=音声」とは限らず、しばしば反対の形でも使われる。左記画像の台詞も、音声は前半では「しょうじょ」ではなく「デボーチカ」、「げきじょうだま」ではなく「ハラショー」とルビ部分を発音するが、後半ではルビの「いん・あうと」ではなく本文部分の「いれたりだしたり」をそのまま読み上げている。音声がどちらを読むかは、その都度の表現意図及び効果に応じて融通無碍に使い分けられる。