2025/08/08

漫画雑話(2025年8月)

 2025年8月に読んだ漫画の雑感。主に単行本新刊について。

●新規作品。
 ワタヌキヒロヤ『エイリアンズ』第1巻(小学館、1-11話)。現地調査のために地球に潜入してきた高度文明の異星人が、廃屋に住む若年女性型アンドロイドと同居する日常ドタバタ劇。どちらかと言えば、キャラクター造形の謎はアンドロイド(元セクサロイドで、所有者は逝去している)の側にウェイトが置かれており、それに対してエイリアン主人公は、彼女の不思議な性質と地球固有の文化の両方に振り回されていく。勢いのあるペンタッチと表情豊かなキャラクター性に大きな魅力があり、近未来SFらしいアイロニカルな描写もある。ただし、SF要素はほどほどで、基本的には同性同居日常もののコンテクストの中にあり、そして百合要素は今のところ誇大広告めいているが、まあ楽しいので良しとする。作者はバスケ漫画『つばめティップオフ!』(最初の連載作品)を終えたのち、現在は写真漫画『SUNNYシックスティーン』も並行連載中。
 ほしつ『ホイホ・ホイホイホ』第1巻(ムービーナーズ、1-7話)。超能力に目覚めた高校生の日常話。おっとりしたユーモア路線で、これはこれで好きな人も多いだろう。
 enem『さようなら、私たちに優しくなかった、すべての人々』第1巻(ガンガン、原作あり、1-5話)。オカルト能力を使って、田舎の権力的虐待者たちに復讐していく話。千里眼やサイコキネシスなどの超能力はあるがけっして万能ではなく、能力行使には反動もあり、さらに復讐儀式にも一定の制約(手順等)があって、なかなか思い通りにはいかず、全体として伝奇クライムサスペンスというユニークな路線になっていくように見受けられる。漫画表現はオーソドックスだが、歪んだ醜悪顔などのインパクトも相俟って強く印象に残る。作者はこれまで2本の長期連載をしてきた実力派。
 藍田鳴『放課後異世界ふたり旅』第1巻(講談社、原作あり、1-4話)。様々な異世界に飛んで、それぞれの転移勇者たちのトラブルを収めて回る物語。多数の異世界を駆け回る賑やかさ、転移した「勇者」たちがぶつかる困難の掘り下げ、女子学生コンビという萌えバディ路線、そして問題解決までに設定されたタイムリミット(※かなり作為的だが)と、ずいぶん詰め込んだ内容ながら、キャッチーにうまくまとまっている。ただし、基本的に一話完結(一世界ずつの解決)スタイルのようで、物語を図式的に進めすぎているようにも感じる。作画は2021年デビューで、これが3本目の連載とのこと。
 猪ノ谷言葉(いのや・ことば)『ソナタとはいったい誰なんだ』第1巻(秋田書店、1-5話)。魔王を倒したが記憶を失った少年英雄のところに、兄と称する魔族と妹と称する人間(姫)が訪れるが、少年自身は過去(記憶)よりも現在の世界体験を新鮮さを味わいたい……というシチュエーション。ハードな状況も描かれるが、主人公の純朴な朗らかさに救われる。近年ありがちな「魔王戦後もの」だが、その中でもオリジナリティがあるし、ドラマの構図も明快。絵作りは、とても真面目に描かれているが、同時にキャッチーな大見得シーンもきちんと作っている。作者は『ランウェイで笑って』(完結)に続く2つめの連載。


●カジュアル買いなど。
 墨佳遼『蝉法師』(単巻、イースト・プレス、2024年)。セミたちを擬人化しつつ、その鳴き声を念仏の読経として表現している。儚い生命の存在がパワフルに生きつつ己の目的を追求したり、人生の価値を思い悩んだりする描写は、読経シーンの迫力と相俟ってたいへん印象的。明暗の激しい夏の雰囲気も良い。
 コノシロしんこ『うしろの正面カムイさん』第11巻(小学館、100-109話)。様々な妖怪を性的に除霊していく一話完結型コメディ。ただし、えろネタというよりも馬鹿馬鹿しい艶笑譚に分類されるべきだろう。大量の小ネタをしれっと仕込みつつ、第11巻まで来てもオリジナリティと勢いを維持しているのは大したものだと思う。ちなみに、第100話ではちょうど百物語を扱っているし、飛頭蛮(※中国妖怪で、文字通り頭部が離脱して飛び回るジオング)に対するネタの広げ方が物凄い。既刊もいくつか読んでみようかな。
 kakao『辺境の薬師、都でSランク冒険者となる』第9巻(講談社、原作あり、70-77話)。「あのkakao氏か」と読んでみたら、やたら上手くなっていた。空間的なレイアウトの活用。木造建築などの質感表現の説得力。キャラクターのポージングの躍動感。そして巻末おまけ(えろ)のオリジナリティ溢れる発想。美少女ゲーム『はにかみクローバー』(2016)の頃から注目していて、アダルト単行本も買って読んだくらいだが(※たしか2冊持っている、しかし自宅倉庫から掘り出せない……)、ここまで凄味のあるクリエイターになっていたとは。ただし、本編ストーリーはあまり好みではない。


●続刊等。

 1) ファンタジー系
 宮木真人『魔女と傭兵』第6巻(38-46話)。相変わらず長所と短所が極端。コマ組みが機能的に作られておらず非常にだらしないし、メインヒロインの性格もおかしいし(※純朴な能天気さと威圧的な嫉妬深さが強引に混ぜられていて不気味)、精神的にグロかったり倫理的に引っかかりのある言動があったりもするが、その一方で、とても良い絵も出てくるし、サブヒロインたちもかなり個性が立っているし、理性的な交渉描写を読む快楽もある。45話からはイサナ君が再登場するが、今回もやはり「元気で強気だが結局は主人公にしてやられてへこまされる当て馬」の役割を担わされている。こういう描写が、微笑ましいコメディとして明るく処理されることもあれば、その逆に、女性キャラに対する陰惨で威圧的な蹂躙として表出される場面もあり、なんとも温度差が激しい。
 石沢庸介『転生したら第七王子~』第20巻(167-174話)。第二のボス「バミュー」との戦い。連載配信版のカラーから、単行本ではモノクロになっているが、それでも画面構成の迫力とストーリーテリングの掘り下げはさすが。
 近江のこ『もうやめて 回復しないで 賢者様!』第2巻(6-15話)。グロ注意。発想の切れ味も、キャラの可愛さも、演出の巧さも、現代漫画として非常に優れている。例えばワープゾーンを指先で開く所作や、心臓を舐めて生命力を奪うゴーストの描写、主人公の不死性設定の扱いなど、ファンタジー要素のアイデアだけでも感心させられる出来。本題のグロ(リ○ナ)要素も、自己斬首、水中窒息、スライム溶解と多彩だし、それぞれのプロセスや状況把握についても際立った掘り下げがある。なお、流血や骨折は多いが描写はほどほどで(?)、臓物までは描かないというマイルド(?)な程度に留めている。下記の『メイドインアビス』が大丈夫な読者ならば本作もいけるだろう。ところで、入力していて気づいたけど、このタイトルは五七五調だな……。
 中将慶次『カノンレディ』第2巻(7-12話)。良いところもあるが、見せどころの盛り上げが今一つで、前巻と比べてパワーダウン気味。
 恵広史『ゴールデンマン』第6巻(39-47話)。並行世界に飛んで状況全体をリセットしたこともあって、敵対関係が明確になり、敵方の重要情報も示され、さらに主人公自身についても大きな謎が提示された。ブルースは、驚き役&説明役を担って物語を引き締めつつ、ツッコミや細かなポージングの描写でユーモラスな彩りも与えており、なかなかの名脇役になっている。
 江戸屋ぽち『欠けた月のメルセデス』第5巻(17-20話)。アニメ化するとのことで、この漫画連載も継続保障が付いたのが嬉しい。ただし、作者の負担増は大変だろうとも思う。この巻は、王位継承を巡る陰謀に焦点を当てているが、クールに研ぎ澄まされた表情表現や、緊張感のあるコマ組み、バトルシーンのダイナミックな運動表現、奥行きのあるレイアウトの迫真性、そして内面描写の印象的な演出に至るまで、読み応えがある。
 フカヤマますく『エクソシストを堕とせない』第12巻(86-93話)。地獄側に乗り込んで出会ったルシファーは、「神に抵抗する朗らかで公明正大な善人男性」として描かれる。キャラクター造形のユニークさと、状況全体の不気味な見えづらさが面白くなってきた。
 つくしあきひと『メイドインアビス』第14巻(「兄とでも」「射手」「テパステ」)。グレートーンに塗り込めつつ、枠線も手書きでゆるゆると描く紙面の濃密な雰囲気が楽しい。渓谷の巨大感などの空間表現も良い。

 2) 現代もの、シリアス系
 うすくらふみ『絶滅動物物語』第3巻(通し番号は無いが、マンモスからトキまで)。生物の絶滅が、いかにして人類社会――社会の動きや個人の欲望や政治的な都合――で引き起こされてきたかが、冷静な筆致で描かれる。例えばナチスの復古主義の下で原始的なウシを復活させようとする試みが、ユダヤ人迫害と対比されたり、南アフリカのシマウマとクアッガ(前半分だけが縞模様)の違いを否定しつつ、それが同時に奴隷制度に対する無頓着さと共存している有様が描かれたりする。さらには、第二次大戦中にウェーク島の日本人兵士たちが飢餓でクイナを食べ尽くしたエピソードや、寄生虫撲滅のためにミヤイリガイ(それら自身には罪はない)を人為的に絶滅させたエピソードも語られる。皮肉な話もある。19世紀の中国侵略の過程でフランスがシフゾウ(鹿の一種)を本国に持ち帰ったおかげで、それらは絶滅を免れていたり、あるいは、博物学者たちの新種イワサザイの命名争いをしている最中に、まさに彼等が持ち込んだネコに狩り尽くされてその鳥が絶滅していたり。こういったエピソードの切り出し方も抜群に上手いし、漫画演出も明晰で説得力がある。
 三島芳治『児玉まりあ文学集成』第4巻(21-27話)。言葉と世界認識をめぐる、高校生二人の会話劇。筆触感を最大限強調したタッチともども、ライトに読めて楽しい。
 川田大智『半人前の恋人』第6巻(42-50話)。彼の誕生日に二人が結ばれ、その一方で彼女も大学祭で飛び入り活躍したり彼の女友達に嫉妬したりするという、かなりドラマティックな巻。作画については、相変わらず眼鏡のレンズ屈折(度入りの輪郭段差)まで丁寧に描いている。
 ひるのつき子『133cmの景色』第4巻(16-21話)。再び主人公に焦点を当てて、コラボ企画での仕事ぶりや自立意識、そして恋愛と周囲の人間関係の難しさについて誠実に描いていく。ステレオタイプな偏見に抵抗して自らのアイデンティティと尊厳を保っていこうとする姿勢について、他者視点も交えつつ正面から取り組んでいる。作画については、主人公のロングヘアの柔らかいウェーブが抜群に美しい。「このストーリーとコンセプトの下で、こんなに可愛らしく美しいキャラとして堂々と描いてしまっていいのだろうか?」という疑念すら湧き上がってくるほどに。一応の説明としては、「外見の都合良さによって人格全体を判断することの問題は、まさに本作が主題化しているとおりなのだが、この主人公の描写は、現実の個人に対するものではなく、ひとまず物語の記号的表現のレベルで、この主人公の健やかさ、善良さ、繊細さを表現しようとしている。それは似ているようでいて、やはり次元の異なる問題だ」ということになるだろう。
 雁木万里『妹は知っている』第3巻(18-27話)。小ネタ集で引っ張るのは一区切りつけて、この巻では人間関係に焦点を当てている。すなわち、同僚や友人、兄妹の過去回想、離婚した両親など。ユーモア精神を常に保ったマイルドな日常ものとして、上手く軌道に乗ってきた感じ。
 林守大『Bの星線』第2&3巻(8-13/14-20話、同時刊行で完結)。第1巻は素晴らしい出来だったが、2巻以降は「これを描くんだ」という輝きが失われ、無難にまとまってしまったのがもったいない。それぞれの巻末に再録されている読み切り作品は、人の悲劇的な情念を濃密に描いており、これだけでも読む価値がある。