2013/09/02

AVGの画面構成について

  『エルフと淫辱の森』(softhouse-seal、2013)をプレイして思ったこと。


  『エルフと淫辱の森』は、いつものsofthouse-sealで、お気楽にプレイできる作品。キャラクター二人の個性も、いつもどおり素描のような短さながら、それぞれの境遇とそれに対する自身の心情の機微はきれいに描き出されている。ACTパートはワイド画面全体を使っているが、AVGパートは画面両端がイメージ画像に常時占有されておりメイン画面が実質的に800*600画面になっているのが、VN以前の古のAVG時代――典型的には『同級生』のような――を連想させてちょっと面白かった。

『エルフと淫辱の森』 (c)2013 Devil-seal

AVGパートの画面レイアウト。ウィンドウの左右両端は左図のように処理されており、背景画像は実質的に800*600サイズである(立ち絵シーンも一枚絵シーンも同じ)。ACTパートでは、両端の枠は消えて画面全体が使用される。



  【 PC環境とPCゲームのスペック 】
  00年代後半の市販PCでは1600*900や1920*1080のようなワイド規格(16:9)のディスプレイが標準化し、そしてコンピュータAVGもその画面アスペクト比に対応した解像度が普及した(cf. ウェブサイトエロゲについてのあれこれの記事ゲームソフトのワイド対応・デュアルディスプレイ対応比較、なかんずく年表記事)。しかしながら、AVGの画面構成それ自体は、依然として90年代後半以来のレイアウト――すなわち、『雫』『痕』(ともにLeaf、1996)によって拓かれたとされるところの、背景全画面様式――が、ほぼ例外なく維持されている。

  【 非-全画面背景の時代 】
  アドヴェンチャーゲーム分野に限ってみれば、90年代前半頃までのコンピュータAVGは、背景画像をゲーム画面全体に拡げるレイアウトは、現在のように支配的ではなく、むしろおそらくは少数派であり、あるいは少なくとも後発の様式であったらしい。その都度のロケーションを表しつつ人物画像をその上に乗せる舞台となる背景画像は、ゲーム画面のごく一部にのみ表示されるものであり、その周囲は例えば『ポートピア連続殺人事件』(エニックス、1983)のように黒画面であったり、あるいは例えば『同級生』(elf、1992)のように彫刻などの模様でデコレートされていたり、あるいは装飾的な矩形デザインの枠の内部に置かれていた。また、画面下部のテキストボックスも、現在のような背景画像にオーバーラップするレイヤーとしてではなく、背景画像から切り離された別個独立のインターフェイスとして表示され、また、所持金などのパラメータ欄も小窓の一つとして常時表示されていた。そして、そのようなレイアウトの下では、背景画像を基盤とするゲーム画面は、「主人公の視界」のようなものではなかった

  【 背景画像の全画面化 】
  それに対して、現在のコンピュータAVGに通じる画面構成を採用した初期の例として挙げられるのが『かまいたちの夜』(チュンソフト、1994)(註1)であり、そして1996年の上記『雫』である。これらのタイトルでは、背景画像や一枚絵(に相当するもの)のような画像は、枠に囲まれた小窓として表示されるのではなく、ゲーム画面全体に大きく広がって表示される。そしてテキストも、別窓として表示されるのではなく、背景画像にオーバーラップするかたちで表示される(――そしてこれ以降は、全画面テキスト表示型ではなく画面下部テキストボックスが採用されるタイトルに際しても、テキストボックスを一時消去するとその背後には背景画像や一枚絵の一部がきちんと存在する、あるいはそのためにテキストボックスを一時消去することができるようになる)。そしてセーブ/ロードなどのボタン類も、テキストボックスに一体化(付随)するデザインになる。要するに、ゲーム画面全域に広がった背景CG(またはイベントCG)がゲーム画面の基盤となり、その上に人物画像やカットイン画像や各種エフェクトパーツやテキストボックスが展開されるという様式であり、そしてこの時期以降のコンピュータAVG(とりわけアダルトPCゲーム)においては、これが支配的な様式になる。画像やテキストをどのように位置づけるか、どのように組み合わせるか、あるいはそれらをどのようなものと見做すかに関する美意識が、この時期に決定的に変化したようである。

註1) チュンソフトの前作『弟切草』[1992]も背景全画面様式であるが、この作品では背景画像の上に人物画像が重ねて表示されることは無かったと記憶する。その意味で、本稿の趣旨からは外れる。


  【 非-全画面背景のいくつかの実例 】
  この様式は非常に強力に普及した。もちろん例外は存在し、例えば非-全画面の背景画像を使用した作品はいくつも現れている。最も先鋭的なのは、カットインの組み立てによるFFD表現に挑戦したLittlewitch(註2)であるが、その他にも、横長の全画面背景を一貫して採用する実例として、Liar-soft(註3)Terralunar『しすたぁエンジェル』『らくえん』、そして『誰彼』(Leaf、2000)、『LEVEL JUSTICE』(ソフトハウスキャラ、2003)、『朱』(ねこねこソフト、2003)、『MERI+DIA』(ぱれっと、2005)のような個々の試みがある。フローチャートなどを別窓で表示するタイトルも存在した(例:『フォークソング』[REWNOSS、1999])。近年でも、アスペクト比変化に対応するための過渡期的対処としてテキストボックスを(擬似的に)背景画像から分離した『かしましコミュニケーション』(AXL、2010)のような例もある。
  しかし全体としては、先に述べたような全画面背景スタイルに圧倒されている。Liar-softも、当初は画像部分から分離した(黒背景)テキスト表示領域スタイルから、画像領域に(部分的に)オーバーラップするテキストボックス様式へと移行している(――知るかぎりでは、『腐り姫』[2002]の時点ですでに、立ち絵がテキスト表示領域に干渉しており、「画像表示枠とテキスト表示枠」といったような区分は崩されている)(註4)

註2) Littlewitchの画面構築様式については演出論Ⅰ-1で簡単に紹介した。その初期のそして最も傑出した表現である『白詰草話』(2002)と『Quartett!』(2004)においては、多くのシーンで全画面背景が一応置かれており、その上に様々なオブジェクトを表すカットイン(フレーム)が行き来する。しかし、それらの背景画像は「プレイヤー乃至主人公の視点」のような発想からは完全に切り離された抽象的記号的なロケーション表示画像として扱われており、また、特有の背景画像を伴わず白画面または黒画面の上にキャラクターフレームや台詞フキダシフレームが往来するという体裁のシーンも多数存在する。つまり、ここでは「背景画像-対-人物立ち絵」のような組み合わせの原理はなかば放棄されており、そしてそれゆえ、本稿のようなモデル的把握にとってはほとんど扱いきれない。

註3) 本稿のような展望の下でLiar-softの画面構成を捉える時、例えば、一見するときわめて個性的な視覚的構築を行っている『漆黒のシャルノス』(2008)も、けっして特異なものではなく、非常に古典的な背景画像使用スタイルに棹さしたものと考えることができる(cf. 拙稿「フェイスウィンドウの機能についての覚書」の実例紹介ページ)。

註4) 非-全画面背景を採用したタイトルの実例と、それらの表現様式上の特質については、のちに別掲記事「非全画面の背景画像」で詳しく検討した。併せて読まれたし。


  【 AVGに関する様々な問 】
  現在のAVGの画面レイアウトは、自明のものではない。絶対的なものでもない。しかし、AVGの画面がこのようなものになったことには、(完全に合目的的な"進歩"のようなものではないとしても)それなりの経緯と事情があったのだろう。そして、その経緯と事情がどのようなものであったかを踏まえておくことは、現在のAVGに関する様々な問――例えば「ゲーム画面は主人公視界の代弁乃至再現であるのか否か」、「現代AVGにおいて画面分割はいかにして可能か」(cf. 『あまつみそらに!』の検討)、「カットインをどのように定義することができるか」、「テキストボックスは何であるのか」(例えばrUGPCatSystem2のテキストボックス可動はどのように評価できるか)、「(全画面)一枚絵を支えてきた美意識はどのようなものであるか」――について考えるうえでも一定の示唆を得る機縁となりうるだろう。本稿で述べてきたことは、十分な実証を経ていない、なかば仮説レベルの展望に過ぎないが、しかしこの問題について(私自身が)思考していくための手掛かりになればと思う。


  なお、AVG以外での余白活用の例、あるいは余白が生じる例としては、アーケードゲーム(とりわけSTG)の移植タイトルが多いだろう。この場合、媒体によって画面の縦横比が致命的に異なり、しかもそれを改変することが相当な困難を伴う。すなわち、TV画面等に合わせて横幅を拡張することは、手間が掛かるだけでなく、その作品のシューティングゲームとしてのクオリティを致命的に変更する(しかもきわめて高い蓋然性でクオリティを損なう)であろう。それゆえ、移植版においては、画面の左右にはイメージイラストのようなものが置かれることになる。


『行殺新選組 ふれっしゅ』 (c)2000/2002 Liar-soft

古典時代の画面レイアウトを思わせる画面構成。このブランドは、その後も現在に至るまで、全画面背景は採用せず、上下に黒帯の掛かるかたちにしている。
なお、本作は立ち絵を使用せず、左図のようにフェイスウィンドウで人物表示を行っている。顔窓アクションも行われている。

『MERI+DIA』 (c)2005 ぱれっと

この作品では、立ち絵シーン(「背景+人物」シーン)でも、一枚絵シーンでも、常に画面上下に黒帯の掛かるレイアウトにしている。

『かしましコミュニケーション』 (c)2010 AXL

(図1:)ウィンドウモードでのゲーム表示を、6種類の中から選択することができる。1024*576、960*540、800*450、1024*768、960*720、800*600。
(図2:)コンフィグで「16:9」タイプを選択すると、テキストボックスは画像部分(背景+人物)に透過オーバーラップする。他方で「4:3」タイプを選択した場合(図3)は、画像部分は16:9の時と同一だが、テキスト表示領域が画面下部に分離する。図2はWSVGA相当の1024*576(16:9比)、図3はSVGA相当の800*600(4:3比)である。

(図3:)このコンフィグは、2010年当時としては配慮の行き届いたものであったが、2013年現在の目から見ればいかにも過渡期的な折衷的対応と見做されるであろう。


『ひなたのつき』 (c)2013 ko-eda

(※後日追記)本作は、立ち絵シーンはHD相当(1284*724)の全画面背景そのままだが、一枚絵シーンでは、背後に残された背景画像の上に960*720サイズの一枚絵が被さる形になる。





  後日追記。
  EGScapeには、作品属性としてワイド・スクエア画面切替可という項目があり、2016年2月時点で60本以上のタイトルが登録されている。