2026/01/07

2026年1月の雑記

 2026年1月の雑記。

 01/26(Mon)

 土曜日のイベントに参加してから、まだ太ももに筋肉痛がある。要するに、低いテーブルのプラモデル作品のために頻繁にしゃがんで撮影していたのは、要するに数時間断続的にスクワット運動をしていたようなものだから、筋肉に負担が掛かるのも当然か……。


 今月の美少女ゲーム新作『諦観のイヴ・ベセル』は、キャストが凄いんだよね。秋野氏主演に、杏子氏メインという贅沢な配役で、それから皆都乃ヨーコ氏というのはたぶん歌謡曲の人、そして和央氏も10年代後半から良い仕事をしてこられた方。さらにサブキャラにも、かわしま氏、一色氏、桜川氏、柚原氏と、2010年前後に輝かしい表現を記録してきた役者さんが並んでいる。何なの、これ……買おう。

 Laplacianもロープライス新作を告知したし、こちらも良いキャストになるだろうと期待している。




 01/18(Sun)

 今週末(今日)は、こみトレに久しぶりの顔出しをしてくる。
 来週末の模型展は、何を持っていこうかな……。

作品特徴、検討事項等。
初音姉様確定。アプローチの独自性と見た目のキャッチーさがある筈。技術面での個性もそれなりに明確。同じく怪物ガールの「メルティーナ」も、添えものとして持っていくかもしれないが、荷物のキャパ次第。
アーキテクト(グランデ)ほぼ確定。私なりの独自性を出せているので、他人の前に見せる意義はある筈。さらに大型ハンドに交換して、シルエットを変えることもできる。ただし、一見すると違いが分からないという問題点もあるので、無印FAG版も一緒に並べた方がよいかも。
△ イ401(2種)キットそれ自体のユニークな位置づけからして、制作実例を見せる意味はあると思う。ただし、1/700は小さすぎるので、展示会よりもSNS写真向きだろう。1/350キットと並べてもよいが、荷物が多くなりすぎるし……。同じ趣向の「ネウロイ赤城」も持参するというアイデアもあるが、ちょっとくどいかも。
△ 艦船ガールズ(3種)一発ネタとしての面白さはあるのだが、ただそれだけで終わってしまいそう。要は、無難に作っただけのようなスタイルなので、モデリング技術の個性が非常に見えづらく、作品としての個性が乏しいのが難点。以前の模型店コンテストで「出雲」を公開したことがあるのも躊躇要因。マンネリは嫌なのよ……。
△ その他塗り変えのサンプルとして、ユクモあたりも良いかもしれない。星花・百合も派手でよいが、そこまで持っていく余裕はたぶん無い。

 現時点の見込みでは、姉様+アーキテクト+イ401(1/700)の3つを持っていくつもりだけど、これだとあんまり面白くならないかもしれないというのが悩みどころ。


 こみトレ47に参加してきた。全体の雰囲気は、コロナ前からほとんど変わっていないと感じたが、それでも痛車コーナーが出来ていたり、ジャンル分布が変化していたりといった違いはある。

 うちに戻って購入物を検分していたら、……えっ、カジュアル買いをした一冊が、以前かなり好みだったイラストレーター(原画家)さんの本だった……。カタログの事前チェックもしないまま、1000サークルの中のほんの1-2%を直感で買っただけなのに、ピンポイントでこの作家さんを選んでいたことに我ながら驚いた。
 
 もっとも、これにはいろいろな要因があって、
- 名の知れた、実力のあるクリエイターが多数参加しているので、「好みの作家さん」のいずれか一人を引き当てる確率は元々高い。
- 色使いや構図、描線の美しさなど、言語化しにくい微細なところで、クリエイター個々人の個性はけっこう明確に存在する。そういう点を理解していれば、無意識的にでも選び取れる可能性はわりと高い筈。
- その一方で、私自身の「好み」の方向性がわりと固定的なのも確かだ。いや、幅は広いつもりだけど、「これとこれは私の琴線に触れる」という美意識の条件がわりと明確に存在している(※なので、商業アダルトコミックでも、店頭カジュアル買いつもりで同じ作家さんのダブり買いをしてしまいやすい)。

 うわあ、もう一冊も、コロナ以前に毎回買っていたサークルさんだった……。絵柄もジャンルも、ちょっと変化していたのに、まさかの大当たりとは。
 今回は、サークル名などの情報はほぼノールックで、表紙絵とタイトルとコンセプトと、それから気になった場合は見本誌を数秒ペラペラめくって見るだけで、ひたすら自分のセンスだけで挑戦するような買い方をしていたのだが、好みのサークルさんだったことに気づかないままピンポイントで購入決断していたのは、「作品のクオリティ評価が適切に出来ていた(=評価眼が適切に機能していた)」のか、それとも「好きなサークルなのに気づかないまま買っていた(=気づけないくらいに目と頭がボンクラ)」と言うべきか……。まあ、結果的に、良い本を買えてラッキーではある。


 冬アニメは今のところ10本ほど視聴している。24分×10作=240分、つまり毎週わずか4時間なので、このくらいならば時間面での負担は小さくて済む。しかし、スクショ試聴や再チェック視聴なども含めるとかなり手間がかかるので、もう少し減らしたい。
 『カヤちゃん』はストーリーの先が見えたら切るかも。同様に、『魔王の娘』はマンネリに飽きたら、『人外教室』『ヘルモード』も映像の質次第で、やめるだろう。『ドラゴンの卵』『29歳』も、声優目当てで視聴するには微妙かも。『アカウント』は、ファイルーズ氏のレギュラー出演が惜しいが……。
 『アルネ』『シャンピニオン』『透明男』『違国』は、たぶん最後までついていくと思う。

 ちなみに、配信サイトAでの第1話の視聴数を見ると、『ヘルモード』40.2万、『29歳』31.9万、『アルネ』12.5万、『魔王の娘』9.7万、『人外教室』8.5万、『透明男』7.9万、『ドラゴンの卵』7.2万、『シャンピニオン』6.7万、『アカウント』6.5万、『違国』5.7万、『カヤちゃん』4.8万となっている。かなり意外な数字だ……。
 もちろん、先行配信や独占配信の有無(他サイトとの兼ね合い)や、TV放映の有無や地域などの要因に大きく左右される値なので、真に受けることのできない数字だが、「少なくともこのくらいは視聴者がいる」という指標にはなる。そして、異世界ものが相変わらず強いのも、明確な傾向として見て取れるだろう。



 01/08(Thu)

 イ401(2種類同時制作)は、ひとまず吹き付け優先でざっと仕上げる予定。フレーム部分は、やや明るめのメタルブラックにしてみた。順調に完成したら、今月下旬の模型展に持参してもいいかも。
 タカオ部分のカラーリングはどうしようかな。できれば、イ401部分とタカオ部分の間で、「グリーン寄りのブルー」と「レッド寄りのブルー(つまり紫)」のようにコントラストを作りたいのだが、ネット上の制作例を見るかぎりでは、どちらも普通のブルーなので迷っている。

 制作プロセスの見込み。
 6.5時間:切り出しと最低限の組み立て(作業済)。
 2時間:フレーム色の吹き付け塗装(作業済)。
 2時間:ライトブルー塗装。マスキング無しでざっくり塗ってしまう(作業済)。
 3時間:ダークブルー塗装。境界部分をマスキングするが、直線ばかりなので簡単。
 3時間:タカオブルー塗装。パーツ数は少ないが、細かなマスキングが必要。
 6時間:部分筆塗りをしながら組み立て。スミ入れは省略してしまいたいが……。
 2時間:デカール貼り付け。面に貼付するだけなので難しくはないはず。
 1時間:パールコート吹き付け。艦船模型なのにパールコートとは。
 3時間:最後にエッチングパーツや機銃を、塗装+取り付け。手摺は何色なのだろうか?
 というわけで、22時間(+作業済み8.5時間)で、総計30時間ほどになる見込み。2隻同時制作しているから、一つあたり15時間と考えればまずまずのペースだが、しかし再来週の模型展に間に合うかどうかはギリギリ。

 というわけで完成した。
 プラモデルとしての質は、あまり褒められたものではない。パーツ精度は低くて隙間が出るし、細かなバリも多かった(※金型劣化のない初期ロット=ファーストショットの状態で買った筈なのに)。まあ、意欲的なネタではあるので、作ってくれただけでもありがたいと言うべきだが。


 今期のアニメは、もう一つも観ないままでもいいかな……という気分になっている。
 まあ、1-2本くらいは定期的に視聴してもいいけど、うーん。
  ↓
 ……などと軽率にも見くびっていたが、冬アニメは意外にも個性派の作品がたくさん出てきて面白くなりそう。じめじめ陰々滅々なアニメが増えるといいよね……。
 『シャンピニオンの魔女』は、古風な少女漫画風に見えて深刻な社会的孤立を正面から描いており、やたら緊張感が漂っている。
 『透明男と人間女』は、視覚障害者(全盲)ヒロインの生活の細かな所作をデリケートに掬い上げつつ、穏やかな相互尊重的関係の恋愛ものを徹底することで、感動ポルノを回避するというしたたかな見せ方をしている。
 『違国日記』は、時間継起を自由に組み替えて演出するノンリニアな進行が演出的にハマっているし、沢城氏の芝居も凄みがある。
 『アルネの事件簿』も、レトロな怪奇アニメ風の演出に大きな個性がある。
 その一方でエンタメ系では、『29歳独身中堅冒険者』『魔王の娘は優しすぎる!!』は、どちらも明らかに低予算企画なのだが、声優の偉大な力を借りつつ低年齢ヒロインを魅力的に造形することで物語を牽引している。前者は鈴代氏、そして後者は久野氏だ!



 01/04(Sun)

 「イ401」を、とりあえずパーツ切り出し。1/700は3時間、1/350は3時間半。
 これも艦船模型扱いでいいよね?

 塗装は、上面(濃いブルー)、下面(薄めのブルー)、内部フレーム(軍艦色orメタルカラー)、木甲板(ダークブラウン?)、そしてタカオ部分(別のブルー)、それと細部の塗り分けだけで良さそう。
 ただし、内側を筆塗りで済ませるか、それとも吹き付けにするか、どちらの方が効率的なのかで迷っている。たぶん、「内側を吹き付け → 適当にマスキングして表側を塗装 → リタッチとウェザリングで誤魔化す」で大丈夫だと思うのだけど……。


 「イ401」の内部フレームの塗装色で迷っている。
 1) 軍艦色(TAMIYAダークグレー)。設定どおりだし、スケール感にも即している。スミ入れも映える。しかし内部フレーム露出という個性を表現しづらい。ところによっては、別の色で塗り分けてもよい。局所的な筆塗りでも、同じ色をキープできる。
 2) いつものメタルブラック(※ツヤ消しブラックにシルバーを少量混ぜる)。金属的で重厚な質感を付け加えることができるし、内部フレームらしさを最大限強調できる。しかし、スミ入れが目立たないし、濃淡など複数の色での塗り分けも目立ちにくい。なお、影になる下面部分なので、色を明るめにする必要がある(※つまり、シルバーを多めに混ぜる)。
 3) 部分ごとに両者を使い分け。パーツ構成などを表現できるが、質感やスケール感が混在してしまう。今回はNG。
 3') グレーをメタルグレーにする折衷案もあるが、グレーとシルバーは特徴を殺し合うのでたぶん失敗する。NG。
 4) 1/700はグレー、1/350は金属色と、キット単位で使い分け。……面倒だし、並べて比較した時の面白味が損なわれる。NG。

 単純化して言えば、模型をどのように捉えるかの問題でもある。「こうある筈のもの」を再現するのか、それとも「こう見える筈のもの」を追求するのか。言い換えれば、模型の哲学(原理論、概念論、価値論、方法論)の問題にも直結している。
 1/700に縮小したら(実物を遠目で見た場合のように考えたら)金属色が認識できる筈が無いし、軍艦キャラなのだから、設定どおりのグレーで塗る(※質感やスケール感の表現は、ウェザリングなどで付与する)。これも一つの筋の通ったアプローチだ。
 それに対して、目の前に存在する模型そのものの中に、機能性を見て取れるようにすることこそが、模型の意義だという考え方も成り立つ。例えば、これは煤で汚れる排気口であり、ここはハッチが開く場所であり、これはリベット打ちの装甲であり、これはゴム素材であり、これはオイルが垂れるようなパーツであり、ここから人が搭乗し……といったことを認識できるようにする。これもまた、模型表現として意味のあるスタンスだ(※工業生産のプロトタイプ/雛形などでは、素材から重量まで実物そのままであることが必須条件になる場合もあるだろうけど、それはまた別の話)。

 模型、とりわけスケールモデル分野には、「モデル元となる実在物があって、それの再現を目指している」という特殊な大前提がある。もちろん、架空艦などで自由に逸脱してもいいのだけど、ひとまずの大前提としては「再現の営みであること」「モデル元に対して、(なにかしら最低限の)忠実性を持つこと」は、共有されている筈だ。しかしそれを具体化する道筋は一つではないし、そこでどのような価値=方法=表現を選択するかは、モデラー個々人の思想の問題になる。
 とりわけ艦船模型では、1/700という極端な縮尺が標準になっており、「そうある筈のもの」、「そう見える筈のもの」、「そう作用する筈のもの」の間の乖離が生じがちなので、方法選択の問題が前景化しやすい(※艦船モデラーの大半は、意識的または無意識的に、常にこの問題に直面している筈だ……たぶん)。しかしこれは原理的に、ロボット模型や人物プラモでも同じことが当てはまるし、もちろん絵(イラスト)でも同じ性質の問が提起される。


 声優の話。私の場合は、「声優が好き(声優に恋する)」にはならないし、「キャラが好き(架空存在に恋する)」でもなくて、「芝居が好き(創作物や創作行為に接するのが好き)」と言うしかない。つまり、生身の人間によるクリエイティヴなアウトプットの妙技を体験することこそが、私にとって声優を聴く最大の意義だ。
 だから、ゲームやアニメのキャラ芝居を聴いている最中に当該声優の顔を思い浮かべたとしても(※そんなことは滅多に無いが)、べつに困らない。私が聴きたいのは、その声優が創造する表現世界そのものなので、むしろありがたいくらいだ。また、同じ理由で、ステージイベントやラジオトークにもほとんど興味が無い。

 とはいえ、アニメキャラなどに対して心情的にのめり込む時に、それに関わっている声優に対しても恋愛感情を抱くことは、おかしなことではないと思う。人間の意識作用は、そのくらいのことは起きうるものだ。
 また、舞台イベントでは、役者の抜き身のオーラを現場で体験できる。これも、一種の創造的な体験と言える。とりわけ歌手では、ライヴ歌唱ならではの生音のクオリティや雰囲気を味わえるだろう(※ゲームやアニメの台本芝居の場合は、PCやTVでの再生にチューニングされているので、舞台で立って台本読みをされても面白味はあまり出てこない)。
 さらに、人間そのものへの興味というのもある。傑出した芝居を披露する声優については、「いったいどのような訓練、どのようなキャリア、どのような人格形成、どのような思考から、こんな斬新で強烈な芝居を作り出せるのだろう?」という、人間の創造性そのものに対する興味が掻き立てられる。そういう意味で、声優のラジオを聴くこともある。……まあ、ラジオトークを聴いても、創造の秘奥はまったく見えてこないけれど、「こんなにも徹底的に芝居に誠実な方なんだな」とか、「なるほど、こんなにパワフルな人だから、芝居にもエネルギーが乗っているのか」とか、「確かにこの声優さんは、共演者にも十分神経を使いながら自身の芝居をチューニングされているんだなあ」といった、ぼんやりした発見はある。ただ、一色ヒカル氏のトークからは、あの奇跡のように鋭敏にして闊達な演技がどうにもつながらないのだけど。