2020/12/11

アダルトゲームにおける学園恋愛系(1ページ目)

 アダルトゲーム分野における学園恋愛AVGの歴史的展望。

 【 目次 】
はじめに
第1章:学園恋愛系内部での変遷(このページ)
  初期:スケジューリングSLGと場所選択式AVG
  00年代前半:読み物化と規模拡大
  00年代後半:内発的な新機軸の開花 
  10年代にかけて:学園ものを超えて
    1) キャラクター造形と関係描写の精緻化
    2) 学園ものの設定拡張
    3) 性表現要素の拡充
第2章:アダルトゲーム全体の中での学園恋愛系次のページ
  90年代から00年代前半:ワンオブゼムとしての学園もの
  00年代を通しての変化:学園もののメインストリーム化
  10年代のさまざまな動き:学園ものが再び相対化される
おわりに(雑感)


 はじめに

 アダルトゲーム(エロゲー)といえば学園恋愛コメディ、という認識の人は多そうだが、実際には学園恋愛系は、アダルトゲームの一部分に過ぎない。確かにそれが圧倒的に優勢だった時期もあるが、それは00年代後半から10年代前半までの、ほんの十年足らずの期間の話だと考えている。学園恋愛系(俗に言う白箱系)のここ二十年の動向を、私なりに素描してみよう。

 
 第1章:学園恋愛系内部での変遷
 
 学園恋愛系(明るい雰囲気の学園もの)と一口に言っても、内実は時代とともに大きく変容してきている。ごくおおまかに、私なりの展望を綴ってみよう。


 【 初期:スケジューリングSLGと場所選択式AVG 】
 
 90年代末~00年代前半までは、個々のヒロインとの恋愛ドラマそのものが物語の中心に据えられることが多かった。これは、ゲームシステム上、やむを得ないことでもあっただろう。『同級生』シリーズ(1992/1995)のようなスケジューリング恋愛SLGや、『To Heart』(1997)、『とらいあんぐるハート』(1998)、『days innocent』(1999)、『Maple Colors』(2003)のような場所移動式AVGの形式では、個々のヒロインとのイベントがバラバラに併存するしかなかった。それゆえ、個々のヒロインとの一対一会話での(恋愛)描写が、シナリオの中心に置かれていた。それ以外の大掛かりなドラマを展開するのが難しかったということでもある。
 
 しかし次第に、恋愛以外の様々な要素にも大きなウェイトが置かれるようになっていく。

『Maple Colors』(CROSSNET / ApRicoT、2003年)。リアルタイム進行で、プレイヤーキャラは校内を自由に移動できる。本質的には、『同級生』型のスケジューリングSLGと同じ発想であり、ヒロインとの一対一会話の蓄積によってイベント進行する。


 【 00年代前半:読み物化と規模拡大 】
 
 00年代初頭から00年代半ばに掛けて、アダルトゲームの「読み物」化が進展していった。具体的には:
- 複雑なゲーム進行システムとは手を切って、ほぼ選択肢やアイコン選択のみになった。
- フラグ構造は比較的シンプルになり、選択肢の数も減少した。
- テキスト量が爆発的に増加し、シナリオボリュームが増大した。

 テキスト量はメガバイト規模になり、コンプリートするまでに十数時間、さらには20時間以上掛かるようになっていく。90年代のような、エロ要素で牽引しつつ一発ネタで売り切るというゲリラ的な制作の時代ではない。丁寧に作られた真面目な作品が増えていき、ユーザーも誠実なクオリティを求めるようになっていく。

 例えば、縦書き表示のタイトルが急増したのも、この時期のことだ。学園舞台を含むタイトルに限ってみても、『パンドラの夢』(2001)、『水月』(2002)、『白い蛇の夜』(2003)、『こなたよりかなたまで』(2003)などが縦書き表示を導入した。これらの試みからも、アダルトゲームがゲームシステムへの取り組みから離れて、饒舌な読み物としての側面を推し進めていこうとした動きが見て取れる。読み物的なゲーム(ヴィジュアルノヴェル)は、90年代にも全年齢『かまいたちの夜』(1994)やLeafの『雫』『痕』(ともに1996年発売)のような実例が散発的に存在したが、00年代にはこの時期にはアダルトゲーム分野全体が「読み物」的アプローチに傾斜していった。

『水月』(F&C FC01、2002年)。テキスト表示は、縦書きと横書きを選択できる。また、全画面テキスト表示も、「読み物」としての性格を強く示唆している。


 【 00年代後半:内発的な新機軸の開花 】
 
 シナリオの大規模化(=比重増大)を受けて、00年代後半になると、作品全体のプロットがよりいっそう丁寧に構成されるようになった。まず前半パート(いわゆる共通ルート)では、ヒロインたちが登場してくる過程を描写したうえで、全員が集まって何か大きなイベントに取り組む。「文化祭での出し物」というのが最も典型的なパターンだが、それが中盤のクライマックスを形成する。そして、後半パートでは、その過程で選択してきたヒロインとの個別シナリオへと、一気に分岐していく。

『明日の君と逢うために』(Purple software、2007年)。中盤のクライマックスに学園祭イベントを置くスタイルは、この時期に形成された。その後も『シュガーコートフリークス』(2010)などを経て『キミトユメミシ』(2016)の頃まで連綿と続く定石になっている。

 こうした構成には、分野史的にいくつもの新機軸がある。
 1) 順序立ったストーリーで、盛り上がりのあるドラマティックな物語になった。
 2) ゲームへの参加的性格よりも受動的な読み物としての方向性で洗練されていった。
 3) 世界設定などについて、特徴的な設定やガジェットを扱いやすくなった。
 4) ヒロイン間の関係描写が密度を増した。
 5) 多人数によるコメディドラマが大きなウェイトを持つようになった。
 6) ヒロインのキャラクター性が重視され、また、ヒロイン人数が絞り込まれていった。
 7) 様々な視聴覚演出を取り込める余地が大きくなった。

 1)ストーリーの充実と、2)読み物化については、あらためて説明する必要は無いだろう。例えば『もしも明日が晴れならば』(2006)のように、前半パート(=体験版部分)だけで一つのストーリーとして完成されているような優れた読み物AVGが現れるようになってきた。
 
 3)世界設定の掘り下げに関して。ボリュームのある共通パートを書けるようになったため、そこで複雑な設定の物語を展開することが容易になった。実際、例えばファンタジー魔法学園ものの『プリンセスうぃっちぃず』(2005)や『ウィズ アニバーサリィー』(2006)、あるいは時空跳躍ものの『七彩かなた』(2006)、異世界交流ものの『プリミティブ リンク』(2006)、神話ネタを大規模に織り込んだ『いつか、届く、あの空に。』(2007)のような、凝った世界設定のタイトルがいくつも制作されるようになった。
 
 4)関係描写の充実について。中盤までのシナリオが共通ルートとして一本化されることによって、ヒロイン間の関係も丁寧に扱えるようになる。昔のように、主人公と個々のヒロインとの一対一関係だけではなく、多数のキャラクターが同時に居合わせて、にぎやかな会話劇を繰り広げるようになった。
 作中のシチュエーションとしても、主要キャラクターたちが集合したサロン的空間がしばしば登場する。とりわけ「サークルの部室」や「生徒会室」などが好んで用いられる。例えばブラスバンド部(『ぶらばん!』[2006])、民俗研究部(『片恋いの月』[2007])、秘密基地(『ツナガル★バングル』[2007])など。
 なお、10年代の男性オタク系の隣接諸分野(漫画、LN、アニメ)でいわゆる「ハーレム化」が進行した(アニメ版『インフィニットストラトス』1期は2011年放映)が、それらに先行するアダルトゲーム分野の場合は、「人間関係の描写密度増大 → 多人数が集まるサロン化 → 男性脇役キャラの削減 → 主人公中心のハーレム化」という順序で進行したように思われる。

 5)コメディ化について。多数のキャラクターが同時に居合わせることによって、状況を派手に動かすこともできるようになった。一対一の落ち着いた会話劇だけでなく、賑やかな多人数会話や、陽気なノリツッコミコメディ、奇人キャラクターによる大掛かりなドタバタ展開も描かれるようになった。ういんどみる作品が典型的だが、ユーザーサイドでも「テンポの良い掛け合い」を評価する声が大きくなった。
 それに対して00年代前半までは、学園恋愛系でもメランコリックな叙情志向の作品や悲劇的な展開の作品が比較的多かった。例えば『銀色』(2000)、『Crescendo.』(2001)、『世界ノ全テ』(2002)、『夏日』(2002)、『天使のいない12月』(2003)、等々。拙稿「00年代アダルトゲームにおける悲劇要素」も参照。
 
 6)キャラクター要素の強調と、ヒロイン人数の絞り込み。『はぴねす!』(2005)がキャラクターソングCDを発売したように、キャラクター要素を前景化する動きも、この時期に現れている。作品のコンセプトや演出やゲームパートや物語だけでなく、一人一人のキャラクターの存在が、広報レベルでも大きく扱われるようになり、関連グッズも多数発売されるようになった。10年代以降のオタク界隈はキャラクター要素を最大限強調するようになっているが、それを先取りするものと言える(※ただし、女性向けのBLCD文化や小物グッズ文化も、これと並行してすでに花開いていた)。
 ただし、その一方で、ヒロイン人数(いわゆる攻略対象)は減っていった。00年代初頭までは、ヒロイン人数は一作品に6~8人ほど提供されることが多かったが、00年代後半になるとヒロイン人数は5人、さらには4人へと整理されていった。こうなった事情については様々な要因が考えられるが、一人一人のシナリオにきちんとした内容が要求されるようになったという側面もあるだろう。テキスト総量やCG枚数に限界がある以上、一人あたりの描写を充実させていこうとすると、必然的に人数を絞り込むことになる。
 
 7)視聴覚演出の充実。「多人数が居合わせる」+「大掛かりなドラマが展開される」といった状況を表現するために、様々な演出技術が開拓されていった。とりわけ、複数のキャラクター立ち絵を同時に配置したり、それらを活発に動かしてキャラクターアクションを視覚的に表現したりといった視覚的演出の進展がめざましい。ういんどみる、ぱれっと、Purple software、すたじお緑茶などの白箱系ブランド群が、AVGゲームエンジンの機能増強と立ち絵スクリプト演出を精力的に進めていった。これについては、拙稿「演出論的覚書」で詳しく紹介した。

『はぴねす!』(ういんどみる、2005年)。魔法学園もの。軽度のファンタジー要素によって華やかに彩られつつ、奇抜な性格のキャラクターたちによる陽気な大騒動が展開される。「学園コメディ」の典型的なイメージを確立させたのは、本作の大きな功績だろう。

 00年代の学園恋愛系AVGが目指していたこれらの特徴を凝縮して、最も徹底的な形で提示してみせたのは、すたじお緑茶の『片恋いの月』だろう。ヒロインキャラはマッドサイエンティストな部長、フィンランド帰りの元気な後輩キャラ、巫女服の同級生などがおり、さらにサブキャラには、高圧的だが抜けているお嬢様キャラとその取り巻きもいる。これらが民俗研究部の部室を拠点として、賑やかなドタバタコメディを展開する。日常シーンでは、全身立ち絵や背面立ち絵を活用して、その場にいるキャラクター全員が画面表示されるように作り込んでいる。さらに、スクリプト演出で立ち絵を様々に動かして、ダイナミックなアクションを実行させている。
 ストーリーは、前半の共通パートでは、地元の伝承を調べながら文化祭での出し物に向けて盛り上がっていく。そして、文化祭が終わったところでさらに劇的な新展開が発生し、伝承で暗示されていたミステリアスな現象が前景化されていく。最終的に、作品全体は3部構成の多層構造となり、「学園恋愛もの」の枠を飛び越えた時空ファンタジードラマの全貌を現す。

『片恋いの月』(すたじお緑茶、2007年)。全身立ち絵や背面立ち絵を活用して、何人ものキャラクターが集まっている部活空間を視覚的に表現している。テキストボックスも自由な位置に表示され、漫画のフキダシのように機能している。


 【 10年代にかけて:学園ものを超えて 】

 1) キャラクター造形と関係描写の精緻化
 
 00年代末から10年代に入る頃には、キャラクター造形がいよいよ精緻になっていく。ヒロインキャラの「属性」分類は90年代のうちに進展していたが、当時は「巫女」「眼鏡」「ポニーテール」「黒髪」「珍奇な口癖や語尾」のようなキャラクター単体での記号的な特徴づけが支配的だった。しかし、上述のように00年代のアダルトゲームではストーリーが丁寧に構成されるようになり、それとともに、ヒロインたちの性格設定もストーリー展開と連動して造形されるようになっていった。昔ながらの外形的な「属性萌え」は、00年代を通じて解消されていった。性格「属性」が提示される場合も、少なくとも3つ以上の属性を慎重に組み合わせてキャラデザするのが通例となっていく(拙稿「三属性によるキャラクターデザイン」を参照)。
 アダルトゲームだけではない。アニメ、漫画、ライトノヴェルなど、10年代のオタク系諸領域では、単純な「属性」の組み合わせを超えた繊細なキャラクター造形が行われるようになっている。アダルトゲーム分野もそれと歩調を合わせている。いやむしろ、「ヒロインとの関係描写」を主題とする分野であるがゆえに、他の諸領域よりも先行してその変化に踏み出していたと言える。現在では、ヒロインたちの人物造形はきわめてデリケートに形作られているが、長大なシナリオの中でヒロイン一人一人を丁寧に描き出してことができるというノヴェルゲームの長所が、ここでも活きている。

『恋する姉妹の六重奏』(Peassoft、2014年)。4組8人の姉妹キャラが登場する力作であり、相互の人間関係も細やかに組み立てられている。個々のキャラクターも、「優しい×おっちょこちょい×生徒会長」のように多数の性質を組み合わせて深みを出している。

 ストーリー上でも、恋愛とコメディだけでなく、人間関係全般がよりいっそう細やかに描写されていく。とりわけ00年代末からは、学園ものでも、ヒロインたちと生活空間を共にするシチュエーションが増えていく。典型的なのが学生寮であり、例えば『Signal Heart』(2009)、『アッチむいて恋』(2010)、『Strawberry Nauts』(2011)、『とらぶる@すぱいらる!』(2011)、『この大空に、翼をひろげて』(2012)などがリリースされていく。ヒロインたちとの出会いは、もはや特別なものではない。そこから先の状況、つまりコミュニティの中で人間関係が形成されていく過程を描くことこそが、決定的に重要になっている。学園もの以外でも、『ゆにばる!』(2010)や『超時空爆恋物語』(2010)のように、共同生活空間を舞台にするコメディ作品が増加している。
 主人公とヒロインの関係描写に関しては、HOOKSOFTの『HoneyComing』(2007)が公式サイトのキャッチコピーで「純愛」というフレーズを強調して以降、コメディ基軸路線から真面目で初々しい純愛路線への揺り戻しも発生している。また、『HoneyComing』が「恋愛授業」を提示したのとちょうど同じ年に、『こいとれ』(2007)は「恋愛部」を取り上げ、『きみはぐ』(2007)は「恋愛同好会」ネタを出してきた。こうした動きからも、00年代後半から「恋愛」があらためて焦点化されていたことが見て取れる。なお、恋愛要素の扱われ方に関しては、拙稿「恋愛と純愛」および「アダルトゲームにおける恋愛要素の位置づけ」を参照。
 ヒロインどうしの間でも、「仲良しコンビ」「凸凹コンビ」「似たもの同士の反目」「幼馴染どうし」「同じ部活」「憧れ」「からかい」「世話焼き」など、様々な関係が設けられている。ヒロインと主人公の間の垂直的関係だけでなく、ヒロイン相互間の水平的関係に関しても、厚みのある描写が展開される。公式サイトで人物相関図を提示するタイトルも現れている(例えば『キスと魔王と紅茶』[2009]以降のま~まれぇど、CUFFS系列の『your diary』[2011]や『イモウトノカタチ』[2012]など)。

『Strawberry Nauts』(HOOKSOFT、2011年)。単なる「キャラ属性」の組み合わせではなく、個人史的背景やキャラクター間関係も丁寧に描かれる。HOOKSOFTは、ヒロインとの関係描写を深めるために様々なシステムを試みている。


 2) 学園ものの設定拡張
 
 そうした精緻化を進めつつも、学園恋愛系は、もはや「普通の学園もの」のマンネリに留まることはできなくなっていく。学園の設定や部活の設定も、それぞれ個性的なものになり、ディテールが細やかに描写されるようになっている。例えば『水平線まで何マイル?』(2008)では、近未来世界のグライダー部の活動がフィーチャーされているが、作中ではグライダーの機械的構造についてのレクチャーパートが設けられているほどである。また、『蒼の彼方のフォーリズム』(2014)は、近未来の架空エアスポーツを詳細に設定しており、作中では試合に向けた試行錯誤や試合本番のドラマティックな展開が丁寧に描かれる。学園での馬上槍試合を取り上げた『ワルキューレロマンツェ』(2011)にも、同様の趣向が採用されている。さらに、ALcotはオバマ大統領とアメリカ現代文化をパロディ化した『幼なじみは大統領』(2009)や、日本の昔話を下敷きにした『鬼ごっこ!』(2011)など、大量のネタを仕込んだ重層的でハイコンテキストな作品を連発していく。コメディ要素は、とりわけ『アッチむいて恋』以降のASa Projectが、露悪的なまでに拡大徹底していった。

『水平線まで何マイル?』(ABHAR、2008年)。グライダー部で競技会を目指す部活もの。左記引用画像のように、黒板を表示した本格的な技術講座のシークエンスもある。

 それとともに、異種族ヒロインを含む非-日常の学園ものが、いくつも現れている。例えば『朝凪のアクアノーツ』(2008)、『タユタマ』(2009)、『俺の彼女(ツレ)はヒトでなし』(2010)、『よう∽ガク』(2010)、『Lunaris Filia』(2011)、『聖もんむす学園』(2012)、『Magical Marriage Lunatics!!』(2013)、『春風センセーション!』(2014)、『トラベリングスターズ』(2015)、『僕と恋するポンコツアクマ。』(2015)、等々。以前から『けもの学園』(2001)や『ふぁみ☆すぴ!!』(2006)のような例があったし、架空世界の魔法学園ものも00年代半ばに普及したが、本格的な「異種族+学園」ものが定着したのは10年代以降の現象だろう。
 この観察から、いくつかの示唆が得られる。
 i) 「学園」という舞台設定は、ファンタジー要素を含めて自由に拡張することができる、柔軟なフレームワークである。ユーザーもそれを受け入れて享受することができる。
 ii) アダルトゲームにおける学園ものは、00年代以前には卑近な日常を舞台とするアプローチの代表格であった。「学園ものは、ユーザーたちが過ごした高校生活を回顧的に美化するノスタルジー志向である」というのが、当時の論調だった。しかし、10年代の学園ものは、もはや日常性を体現するジャンルとは限らない。
 iii) 異種族趣味が学園ものにも広く浸透してきた事実は、2010年代のオタク界隈全般が異種族ものへのキャパシティを大きく広げてきたのと軌を一にしている。角有りヒロインやケンタウロスヒロインはすでに存在するし、いずれは青肌ヒロインや単眼ヒロインが学園ものに登場するようになるかもしれない。

『Magical Marriage Lunatics!!』(MOONSTONE、2013年)。ファンタジー世界の学園や、異種族ヒロインの学園転入は、10年代に入って一般的なものになった。

 既存ブランドも、学園ものに様々な趣向を凝らすようになっている。『処女はお姉様に恋してる』(2005)に発した女学園潜入(女装主人公)ものは、ensembleが継続的に制作している。PULLTOPは、日本神話の神々が出現した世界を描く『恋神』(2010)、近未来ネットワーク世界ものの『ココロ@ファンクション!』(2013)、天文部を中心にしたロマンティックな『見上げてごらん、夜空の星を』(2015)などを発売するが、いずれも一応は学園もののフレームワークの中に収められている。Chuable softも、『Sugar+Spice!』シリーズ(2007/2010)以降、ワントップヒロインの『アステリズム』(2012)や、ロケット部ものの『あの晴れわたる空より高く』(2014)など、学園ものを足掛かりにしつつ挑戦的な作品を作り続けた。Purple softwareは、とりわけ『ハピメア』(2013)以降、独創的なファンタジー設定を伴う学園ものを精力的に制作している。Lump of Sugarも、東西分断された架空日本の学園や、異星人主人公の学園、温泉地の学園、魔法専門の女学園、探偵主人公の学園など、学園ものの枠内でそれぞれ尖ったコンセプトの作品に取り組んでいる。

『ハピメア』(Purple software、2013年)のタイトル画面。学園が主要舞台ではあるが、作品全体としては、悪夢をフィーチャーした幻想的な物語である。

 現代のアダルトゲームでは、「学園」という舞台設定は、プレイヤーの実体験とはほぼ切断された、高度に人工的な創作上の空間であると言える。それは、「若年女性キャラクターが多数集まる好都合なロケーション」であることをベースにしつつ、その上に様々な意匠や設定を載せることのできる、強固にして自由な沃野として機能している。


 3) 性表現要素の拡充
 
 学園ものでも、ベッドシーンのボリュームが増大し、作品全体の中でのウェイトも増してきた。10年代の白箱系のもう一つの大きな特徴は、性表現要素の拡充である。アダルトゲームの性表現をもっと充実させてほしいというユーザーの要求は、ライトな学園ものにも押し寄せた。そして00年代を通じてアダルトシーンは一貫して増強されてきた。学園恋愛系でも、ヒロイン一人あたりのベッドシーンの数は増やされてきたし、個々のシーンのテキストもボリュームのあるものになった。なかでもWhirlpoolは、『ねこ☆こい!』(2010)以降、各ヒロインのCG枚数とHシーン数を公式サイトで事前公開しているほどである。往時のF&Cのようなアッサリしたベッドシーンは、もはやどこにも見られない。10年代の学園恋愛系は、ピンク系タイトルにも匹敵するほどの濃厚でフェティッシュなベッドシーンを大量に提供している。00年代にはベッドシーン要求はファンディスクで賄われることが多かったが、10年代にはファンディスク制作が減少しており、本編内で回数消化されるのが一般的である。拙稿「白箱系とアダルトシーン」も参照。

『ねこ☆こい!』(Whirlpool、2010年)の公式サイトより。[ https://whirlpool.co.jp/nekokoi/character/ ](2020年12月17日閲覧)。ヒロインごとに、CG枚数とHシーン数を事前公開している。ユーザーが関心を持っている重要な情報であることの現れだろう。

 白箱系とピンク系の融合を典型的な形で示したのは、『らぶ2Quad』(2011)以降のま~まれぇどブランドだろう。特に『PRIMAL×HEARTS』シリーズ(2014/2015)は、同社の高品質なグラフィクスも相俟って好評を博したようだ。まどそふとやclochetteも明らかにこの流れに乗っているし、CUBEの『倉野くんちのふたご事情』(2012)や『間宮くんちの五つ子事情』(2016)も、この流行に棹さして性的放縦の空間を描いている。
 個別タイトルで言えば、『アマカノ』シリーズ(2014-)が、この路線で最も成功した一例だろう。ゲーム前半ではキャラクター選択を繰り返しつつ、目当てのヒロインとの純愛ストーリーが正面から展開されるが、個別ヒロインのシナリオに入ると甘く情熱的なセックスシーンが展開されていく(最終的にヒロインは官能の「ハート目」を晒すほど大きく乱れるようになる)。

『アマカノ』(あざらしそふと、2014年)。長野の温泉街を舞台にした、ゆったりした純愛ストーリー。しかしヒロイン確定後は、ボリュームのあるベッドシーンが連続する。
 
 また、先に述べた「ヒロイン造形の精緻化」とも関連するが、ヒロインそれぞれの性的嗜好を細かく設定するというアプローチが、白箱系にも浸透してきた。例えば『アマカノ』、『彼女はエッチで淫らなヘンタイ!!』(2014)、『キミトユメミシ』など、10年代のフルプライス級の白箱系~ピンク系タイトルでは、「キス好き」「匂いフェチ」「妄想癖」「露出好き」「マゾヒスト」など、ヒロインごとに性的欲求の特徴づけが明示的に設定されることが増えている。白箱系でも、性表現に大きなウェイトが置かれるようになっているので、性的嗜好による性格づけが定着したのはごく自然なことだろう。


 その他。10年代後半に入っても、様々な動きが現れている。例えば、ヒロイン毎の分割販売が広まってきた:fengの『セイイキ』シリーズ(2014-2016)、Campusの『○○ウソ』シリーズ(2015-2017)、ぱれっとの『9 -nine-』シリーズ(2017-)。また、あざらしそふとの『アイ○○』シリーズ(2017-)のように、低価格の単独ヒロイン恋愛ものも増えてきたが、ベッドシーンの回数、テキスト量、濃厚さはもはやピンク系と見分けが付かないほどになっている。

『ずっと前から女子でした』(feng、2018年)。単独ヒロインの純愛系タイトルも増えている。ロープライス(定価1850円)だが、ベッドシーンは10個も含まれており、また、抱き枕カバー同梱版も発売されている。