2016/07/01

アダルトゲームのCGワーク(1)

  アダルトゲームで用いられる、様々なスタイルの画像について。
  全体目次はこのページの末尾に。

はじめにこのページ
第1章:アダルトゲームCGの基本的特徴とその構造的事情
  1. アダルトゲームの着彩と原画
  2. アダルトゲーム着彩様式の構造的要因
  3. 小括:00年代アダルトゲーム分野の歴史的功績
第2章:修辞としての特殊なCG表現(2ページ目3ページ目
第3章:構造的な事情に基づく画風変化(4ページ目5ページ目
第4章:個別作品の総体的な画風選択(6ページ目7ページ目8ページ目
おわりに


  はじめに

  日本の商業アダルトPCゲーム分野には、さまざまな点で、比較的強い均質性が見出される。それは、アドヴェンチャーゲームとしての基本仕様(画面下部テキストボックスや、選択肢によるフラグ操作と進行管理)、性表現上の様々な嗜好乃至趣向の分類および配置、キャラクター設定(ツンデレや無口キャラなどのいわゆる「属性」)などにも見出されるが、グラフィックワークの次元でもはっきりした共通性が見て取れる。それらは、何故このような形になり、何故これほど似通ったスタイルが普及したのか。そして、そうした支配的流儀以外のスタイルを持つ作品には、どのようなものがあるか。本稿では、アダルトゲームにおけるCGワークの一般的特徴と、その共通性の基礎を概観したうえで、さらにそこから逸れるさまざまな表現を紹介していく。



  第1章:アダルトゲームCGの基本的特徴とその構造的事情


  【 1. アダルトゲームの着彩と原画 】
  00年代半ば以降、日本の商業アダルトPCゲームのグラフィクスは、製作環境/プレイ環境としてのPCスペックの高まりとともに、きわめて高品質な着彩が一般化している。その品質は、当然ながら掛けられるコスト(金銭=労力=時間)によって変動するが、現在では大判のポスターや抱き枕などにも使えるような高解像度になり、それ単体で十分な鑑賞に堪えるほどのクオリティを備えている。このアダルトゲーム分野のグラフィックワークは、各ブランドを横断して比較的似通ったスタイルを示しており、俗に「エロゲ(ー)塗り」とも呼称されるそれは、全体としてアダルトゲーム分野を特徴づけるメルクマールの一つにもなっている。

  白箱系(学園恋愛系)をモデルとして、この着彩様式の基本的特徴を概観してみよう。

 1)総じてデリケートな中間色の色彩設計をおこなうが、画面全体の色彩感は非常にカラフルである。
 2)衣服等に、はっきりした陰影を、細やかに描き込む。
 3)光源に関しては、極端な角度にはしない。立ち絵や背景など、画像素材の汎用的利用のためである。しかし、一枚絵(全画面のイベントCG)では、意欲的なライティングが施されることもある。また、頭髪には、光の反射がしばしば表現される(いわゆる「天使の輪」)。
 4)面の塗りはフラットである。ただし、影になる部分との境界線には、繊細なグラデーションを掛けることが多い。
 5)大ぶりに描かれた虹彩は、とりわけ緻密につややかに塗られる。
 6)人物画像の輪郭線は、薄めの色で、ごく細く残されているのみである。原画の線は、塗り分けの中にほとんど解消されている。
 7)衣服や頭髪など、ディテールは非常に細かい(原画レベルで描き込まれていることもあり、着彩段階で精緻化される場合もあるようだ)。



  【 2. アダルトゲームの着彩様式の構造的要因 】
  このスタイルの特徴は、アニメや漫画などの他の媒体と比較すると、よりいっそうはっきりするだろう。アニメの絵は、最終的に動画として処理されるため、3D技術が浸透した現在でも、複雑なグラデーションを取り込むことには消極的である。また、セル画時代以来、色出力には一定の制約があった。さらに、原画/動画/背景などの分業制作システムも影響している。いわゆる「アニメ絵」の典型的な特徴、すなわち「比較的限定された色指定」、「静止画部分(背景など)にはグラデーションが掛けられるが、人物などの動画レイヤー部分はフラットに塗られる」、「塗り分けの境界線(輪郭線)が明確である」といった諸要素は、映像媒体特有の構造的事情に起因している。

  また、漫画のカラー絵や単行本表紙も、アダルトゲームやアニメとはしばしば異なっている。漫画作品のカラー絵の傾向としては、以下のようなものがあるだろう。1)雑誌レベルではしばしば発色に大きな制限があるため、簡素な多色塗りになることが多かった。2)集団制作というよりは個人制作の性格が強いため、作風に応じた多様性が大きい。3)大量かつ定期的にカラー制作することが少ないため、(とりわけ昔は)デジタルカラー着彩のノウハウの蓄積が比較的乏しかった。4)逆に単行本表紙などでは、必要な枚数が少なく、しかも商業的な露出も大きいため、高コスト=高クオリティなワンオフの塗りが施されることもある。5)本編カラーページであれ表紙絵であれ、全体を塗り込めるとは限らず、何も描かない余白が許される。6)漫画家の仕事であるため、非常にはっきりした輪郭線を持つことが多い。

  アダルトゲームの着彩スタイルも、特有の技術的/構造的/経済的/分野文化的な諸要因の下に選択されていると考えてよいだろう。8ヶ月から12ヶ月を掛けて制作されるフルプライス級タイトルでは、90枚前後に及ぶ一枚絵(フルサイズのイベントCG)を初めとして、キャラクター8~13人ほどの立ち絵、30~50枚の背景画像、そしてそれらの差分(局所的な変化パターン)が作成されている。大半のアダルトゲーム会社は、ごく少人数の基幹スタッフによって成り立っており、CGを統括するグラフィックチーフ以外はしばしば外注作業で制作される。つまり、多くのメーカーがそれぞれ、大量の静止画CGを、作品毎に斉一なクオリティを保ちつつ、外注スタッフに発注していくというのが、この分野の産業構造である。

  実際には、着彩スタッフ個人やCG制作会社が広報レベルで露出することは少ないし、ユーザー間での知名度も高くないだろう。しかし、美峰草薙などの制作会社、あるいは吉田誠治ゆうろのような著名グラフィッククリエイターも少なからず存在する。また、F&C(フェアリーテール/カクテル・ソフト)のような当時の大手メーカーが、業界全体のグラフィックワークをリードしたという側面もあるだろう。F&Cに勤務し、あるいはF&Cと仕事をした数多くのCGクリエイターが、アダルトゲーム分野全体に播種されていった(――後述のなかむらたけし等のほか、☆画野朗[→現在CUFFSで活動中]、ばんろっほ[→ま~まれぇど]、蔓木鋼音[→SkyFish]、萌木原ふみたけ[→Lump of Sugar]、鈴平ひろ[→Navel]、そして松本規之、針玉ヒロキ、水谷とおる、駒都えーじ、江森美沙樹、みぶなつき、蓮見江蘭、しゃあ、七尾奈留、みさくらなんこつ、村上水軍、等々)。

  CGスタッフだけではない。原画家の側もしばしばフリーランスであって、複数のメーカーの作品に制作参加している。そのため、着彩の特徴まで含めた「絵」全体の個性を保持することが比較的困難であり、またユーザーの側も、線画と着彩の一体性に対する美的要求はそれほど強くないと思われる。典型的なのが原画家金目鯛ぴんくの一連の業績であろう。1998年にACTRESSブランドで発売された『き・ず・な』以来、今年6月にWaffleから発売された最新作『交姦の虜たち…』に至るまで、18年間に亘って24ブランドで60本以上の商業タイトルに関わってきている。

  そしてさらに、この分野は、「美少女ゲーム」とも呼ばれるとおり、女性キャラクター(ただし一部に男の娘キャラクターを含む)の魅力をアピールすることを重視する分野であり、実際、それによってセールスも大きく左右される。漫画やアニメのようにコンテンツを分割提供することが稀であり、脚本のクオリティやゲームシステムの出来によってユーザーを引きつけることが困難であるため、CGの訴求力に頼る度合いがきわめて大きい。

  また、性表現を重視する分野でもあるため、あまりにも整理された塗り分けをおこなうアニメ塗りのクールさよりも、肌の質感表現に関わるグラデーション表現が好まれたであろう。液体のリアリティを強調するCG技法も発達してきた。文字通り「Wet and Messy」を謳ったFlyingshine黒ブランドの『アカルイミライ』『クライミライ』シリーズ(2003-2007)はその典型例の一つである。

  このような一連の条件に照らして、「ブランドの違いを超えて比較的均質であり、しかもきわめて高クオリティである」というアダルトゲームCGの分野的特質とその動因は適切に理解されるだろう。もちろん、完全に斉一というわけではなく、例えばlightFAVORITEのようにグラデーションを限りなく控えめにした(一見するとアニメ塗りのようにも見える)スタイルを採るブランドもあり、また高いコストをかけて平均以上の緻密さを追求するブランドもあり、キリヤマ太一、八宝備仁、瑞井鹿央のように原画家自身がほぼ全てのCGをデリケートなブラシ塗りで制作する例(後述4章1節4項)もあり、さらはLiar-softのような独自路線のブランドも存在する。また、頭髪表現や瞳孔表現、ハイライトの趣向、肌の塗り、あるいは制服ファッションや小物ディテールなどに関しても、様々な流行の変化は生じている。とりわけ、90年代末から00年代前半に掛けては、F&CからLeaf(東京開発室)に移籍したなかむらたけし、みつみ美里、甘露樹らによるいわゆる「みつみ絵」画風がこの分野全体に対して強い影響力を持っていたが、00年代後半からは隣接諸分野との相互影響が強まり、みつみモデルからの離脱と多様化が進行した。



  【 3. 小括:00年代アダルトゲーム分野の歴史的功績 】
  いったん整理しよう。アダルトゲームCGの高品質性と均質性は、「少人数制作」「原画と着彩の分業」「外注着彩の恒常化」「大量制作の必要性」「CGクオリティの商業的重要性」などの一連の要因に基づくものであると考えられる。

  90年代末から00年代前半に爆発的に拡大したアダルトゲーム分野は、原画/着彩スタッフとして大量の人材を受け入れ、育成し、そして拡散させていった。同人分野やソーシャルゲーム分野が現在そうであるように、この時期のアダルトゲーム分野は、オタク分野全体にとって、多数の才能を引っ張り上げ、大量にプールし、そして他分野にも輩出していった、巨大な楽園であったと言えるだろう。00年代にアダルトゲーム分野がデビューさせた数多くのクリエイターたちが、2016年現在でも多くの分野で活躍している。

  ここで私は、アダルトゲームの着彩が画一的だと主張しているのではない。一般的に言ってクオリティ確保とヴァラエティ創出は相反しがちであり、そしてアダルトゲーム分野がその構造上、合目的的にクオリティ確保の方を重視したという側面はあるだろう。しかし、この分野がグラフィックワークの次元での多様性を無視していたということではない。次章以降で紹介していくとおり、作品固有のコンセプトに照らして、あるいは特定の場面での演出的意図から、あるいはクリエイターの個性を最大限重視するために……様々な考慮に基づいて、様々な様式(スタイル)の絵がプレイヤーの前に展開されてきた。

  ただし、それらの広汎な広がりすべてを捉えて体系的に整理することは、筆者の手に余る作業であるため、アダルトゲームがこれまで披露してきた無数の多様性のプリズムの輝きの中から、わずかにいくつかの実例を紹介することをもって、説明に代えたい。以下、第2章では視覚表現の一時的な演出的転換の実例を挙げていき、第3章では一作品内部での複数の美術的スタイルの構造的な組み合わせを紹介し、さらに第4章では、一作品全体が特徴的な美術設計に導かれている個々の実例について検討する。つまり、画風変化の規模が大きくなる順序で論じていく。


  次ページ(第2章)に続く。



アダルトゲームのCGワーク:その特徴、成り立ち、多様性


  ――細目次――

はじめに(…………………………………………………………………このページ

第1章:アダルトゲームCGの基本的特徴とその構造的事情
1. アダルトゲームの着彩と原画
2. アダルトゲーム着彩様式の構造的要因
3. 小括:00年代アダルトゲーム分野の歴史的功績


第2章:修辞としての特殊なCG表現(…………………………………2ページ目
1. 文法的表現としての立ち絵/背景/一枚絵システム
2. 一時的な演出作用のための画風変化:SD(ちびキャラ)
  1) SD表現の歴史
  2) SD表現の意味作作用
3. 一時的な演出作用のための画風変化:その他の様々な様式(………3ページ目
  1) 漫画
  2) 美術作品/実写取り込み
  3) ゲーム分野の内生的変容
  - 3a) ラフ画像
  - 3b) スクリプト操作
  - 3c) 高度な表現ツール
  - 3d) その他

第3章:構造的な事情に基づく画風変化(……………………………4ページ目
1. SLGパートとAVGパート
  1) 古典的なドットワーク/チップキャラ
  2) イラストキャラクター
  3) 3D表現
  4) 固有画像を極力使用しないゲームデザイン
  小括
2. 原画のシステマティックな分担(………………………………………5ページ目
  1) キャラクターの位置づけに対応した原画分担
  2) シナリオ分担に対応した原画分担
  3) シナリオ構造を反映した原画分担
  4) その他の特殊な構造的原画分担
3. ムービーパート
小括

第4章:個別作品の総体的な画風選択(…………………………………6ページ目
1. アダルトゲームのCGワークの多様性
  1) プロポーション
  2) デフォルメの流儀(特に頭部)
  3) 描線の質とその扱い
  4) 着彩
  5) 一枚絵の構図選択
  6) 立ち絵のレイアウト
  7) 人物と背景
  小括
2. 個別作品における画風選択(…………………………………………7ページ目
  1) 画面構成との関係において
  - 1a) カットイン組み立て
  - 1b) 立ち絵の背景画像への嵌め込み
  - 1c) 一枚絵進行
  2) 作品コンセプトとの関係において(……………………………………8ページ目
  - 『SWAN SONG』
  - 『さよならを教えて』
  - 『夏めろ』
  - 『らくえん』
  - 『Forest』
  - 『LEVEL JUSTICE』
  - 小括
  3) 技術的事情との関係において
  - 3a) アニメーション
  - 3b) 3Dタイトル
  4) 分野的帰属との関係において

おわりに