はじめに(1ページ目)
第1章:アダルトゲームCGの基本的特徴とその構造的事情
第2章:修辞としての特殊なCG表現(このページ)
1. 文法的表現としての立ち絵/背景/一枚絵システム
2. 一時的な演出作用のための画風変化:SD(ちびキャラ)
- 1) SD表現の歴史
- 2) SD表現の意味作用
3. 一時的な演出作用のための画風変化:その他の様々な様式(3ページ目)
第3章:構造的な事情に基づく画風変化(4ページ目/5ページ目)
第4章:個別作品の総体的な画風選択(6ページ目/7ページ目/8ページ目)
おわりに
第2章:修辞としての特殊なCG表現
【 1. 文法的表現としての立ち絵/背景/一枚絵システム 】
アダルトゲームの画面は、立ち絵画像と背景画像の組み合わせを基礎としている。これらは基本的に、汎用的に何度でも使われる画像素材であり、したがって、アダルトゲームの画面は、通例、どのシーンでも同等のクオリティ、同質のスタイルであり続ける。
しかし、常に同一のままであるというわけではない。それらは、表情やポージングを差分変化させたり、ズーミングやスクロールといった操作を施されたりするし、また、時刻変化するシーンや回想場面ではシェードを掛けて色調変化させたり、特殊なシーンではカットイン(比較的小さな画像)がオーバーラップしてきたり、一枚絵(全画面のイベントCG)に置き換えられたりする。さらに、シンプルな読み物AVGではなく、SLGパート(ゲームパート)を含むタイトルでは、まったく別種の画面構成によってその都度の状況が表現される。これらは、その都度の場面や、その都度のアクションなどに応じた視覚的演出として理解できる。換言すれば、アダルトゲームの基本文法からの修辞的離脱だと言うことができる。
また、一つの作品全体が、前章で述べたような一般的な着彩様式とはまったく異なるスタイルで制作されているという場合もある。これも、一作品内部においてはその特有のスタイルで一貫していてゆらぎが無いとしても、プレイヤーは支配的様式からの離脱の中に、作品全体の特有のコンセプチュアルな意味作用を見出すだろう。
【 2. 一時的な演出作用のための画風変化:SD(ちびキャラ) 】
特定の場面あるいは特定の瞬間にのみ、局所的に他の場面とは趣の異なる画面にするのは、コンピュータAVGにおいてよく見られる風景である。アダルトゲームでは、いわゆるSDを初めとして、ラフ画像、漫画風、美術風、アニメーション、スクリプト演出など、さまざまなスタイルの視覚的変容がもたらされる。
最も頻繁に見られるのは「SD(スーパーデフォルメ)」「ちびキャラ」であろう。その一般的な特徴としては、「極端に頭身の低い(2頭身からせいぜい3頭身の)人体プロポーションで、頭部と両目が極端に大きい」、「描線は簡素かつ明快」、「表情や身振りもかなり誇張(デフォルメ)されている」、「アニメのようなフラットな塗りで、原色に近い素朴な色彩を持つ(ただし例外も多い)」、「背景などは大胆に省略される」、「AVGの画面では、全画面とは限らず、小さめのカットインの形態をとることもある」などが挙げられるであろう。
1) SD表現の歴史
現在につながるSDの基本的形態は、少なくとも1980年代にまで遡ることができると思われる。漫画分野では、とりわけ『Dr. スランプ』(1980-84年連載)に代表される少年漫画や、四コマ漫画、二次創作同人漫画の隆盛がある。とりわけ男性オタクの間では、『あずまんが大王』(1999-2002年連載)や『らき☆すた』(2004-連載中)といった四コマ漫画の浸透とともに、SDが急速に身近なものになっていた。ゲーム分野においても、初期のアーケード/家庭用ゲームにおける簡略化されたドットキャラに始まり、グラフィックが精緻化されてきた90年代でも、『ぷよぷよ』『SDガンダム』『ポケットモンスター』などの著名なシリーズがSDキャラクターを活用している。さらに、それらを取り込んだアニメ演出も様々な形で呼応し、SDの可愛らしくも最早けっしてロリコン的ではない美意識は、90年代のうちにすでに十分普及した表現スタイルになっていた。
アダルトゲームにも、この潮流に沿った動きが現れている。筆者は不勉強なので90年代以前のことは詳しく分からないが、例えばカクテル・ソフト(例えば『晴れのちときどき胸さわぎ』[1997])やelf/シルキーズ(例えば『BE-YOND(ビ・ヨンド)』[1996/2000])といった当時の大手ブランドも、派手なデフォルメキャラクターを2Dカラー画像で展開していた。SLG作品におけるSDユニット表示などは言うまでもない。
現代的感性のSD表現がアダルトゲーム分野の中で見出されたのは、『Lien ~終わらない君の唄~』(PURPLE、2000年1月発売)と『Parallel Harmony』(C's ware、2000年11月)であるとされる。原画家ことみようじは、『Parallel Harmony』以降も、『このはちゃれんじ!』(rouge、2001)や『地っ球の平和をま~もるためっ!』シリーズ(C's ware、2003)で、諧謔に満ちたデフォルメキャラクターたちをゲーム画面に登場させていった。また、大きな話題になった『君が望む永遠』(age、2001)は、その入念な視聴覚演出の中で、クレヨン画のような一連のデフォルメCGを使用することで、失恋や恋人の死といったシリアスな物語との落差を巧みに印象づけた。このSD原画はいくたたかのんによる。また、デフォルメキャラの目を大きな白丸に描くスタイルは、とぼけた表情や驚きの表現として近年でもしばしば見られるものだが、これは元々は南向春風のアイデアによるものだと言われている。
『鬼畜王ランス』 (c)1996 alicesoft
ドットキャラの形で、コンピュータゲームでは伝統的にデフォルメキャラが多用されてきたが、イラストでこのようなデフォルメキャラを表示するのは珍しい。本作はかなり初期の実例であろう。エンディング画面やタイトル画面などで、限定的に使用されている。
『いただきじゃりがりあんR』
(c)2005 すたじおみりす
中箱(右)に印刷されている画像は、外箱(スリーブ:左)のパッケージアートのデフォルメになっている。この白目SDキャラクターの描き方は、南向春風が00年代初頭に案出した手法だとされている。
『君が望む永遠』 (c)2001 age
作中で「遥の伝説」(遥伝説)と呼ばれる、名高いSD表現の一つ。素朴でおおらかな描線と、クレヨン調のパステル着彩が、牧歌的な回想シーンを印象づけている。また、上図画像と下図画像を連続切り替えすることによって、擬似アニメーションを行っている。画像自体は、画面全体を覆うフルサイズ。
00年代前半、特に2003~2005年頃から、アダルトゲーム分野ではSDの採用が増加していったようである。また、一作品の中で通常の原画を制作するイラストレーターとは別にSD原画家を起用するタイトルや、あるいはSD制作を活動の中心にするSD専業原画家も現れてきた。以下、主要なSDイラストレーターを、主に参加したブランド/タイトルとともに列挙しておく。当初は通常原画を担当するイラストレーターが同時にSD画像の制作も行っていたが、完全に自立したSD専業原画家としてのこもわた遙華の出現は、重要な里程標的事件と言ってよいだろう。
イラストレーター | キャリア初期のSD担当作品と、主な参加ブランド |
ことみようじ | 通常原画も。上述。 |
いくたたかのん | 通常原画も。上述。 |
瀬之本久史 | 通常原画も。『Milkyway』シリーズ(Witch、2000-2005)、そして『ひだまり』(2005)以降のAXL作品など。 |
娘太丸 | 通常原画も。『PIZZICATO POLKA』(pajamas soft、2003)など。近年はSD中心。 |
TOMA | 通常原画も。『Maple Colors』(2003)など、CROSSNET/ApRicoTで。 |
脳みそホエホエ | 『オーガストファンBOX』(2004)以降、一連のAUGUST作品に参加。 |
織澤あきふみ | 通常原画も。『WAGA魔々かぷりちお』(2005)など、UNiSONSHIFTで。 |
chocochip | 通常原画も。『家庭教師のおねえさん』(2005)など、アトリエかぐやで。 |
あおじる | 通常原画も。『淫妖蟲』シリーズ(2005)など、Tinkerbellで。 |
こもわた遙華 | 『スピたん』(xuse、2006)など多数。 |
ミズタマ | 『ウィズ アニバーサリィー』(2006)など、CROSSNET/FAVORITE。 |
ここのか | 通常原画も。『はっぴぃ☆マーガレット!』(CROSSNET、2007)、最近では『PRIMAL HEARTS』シリーズ(ま~まれぇど、2014/2015)など。 |
成瀬未亜 | 『ツナガル★バングル』(ういんどみる、2007)など。声優業も。 |
広瀬まどか | 『恋色空模様』(すたじお緑茶、2010)など。 |
たかへろ | 『アッチむいて恋』(2010)など、ASa project作品に参加。 |
田口まこと | 通常原画も。『恋神』(2010)など、主にPULLTOPで。近年はSD中心。 |
その他、猫野おせろ(Fizzや戯画)、山田石人(すみっこなど)、鳥取砂丘(HERMITなど)がおり、さらに近年では、都桜和(ASa Projectなど)、れとまクロ(ETERNALなど)、イチリ(MOONSTONEなど)、すいみゃ(CUFFS系列)、ななかまい(FrontWing)などが、専業または兼業で活発にSD制作をおこなっている。
『恋神』 (c)2010 PULLTOP
田口まことによるSD。毛筆の筆触を強調した雄渾なタッチと、児童画のような記号表現(ぐるぐるの太陽)が目立っているが、CGワークは頭髪表現(天使の輪)を含めてきちんとしているし、印籠の正確な描写や口元のゆるみ表現など、現代的なセンスに貫かれている。カットインのような非-全画面CGである。
2) SD表現の意味作用
SDを用いることで、どのような効果がもたらされるか。先に述べた『君が望む永遠』が、早くから、明確に、そして多面的にそれを示唆している。この作品では、ヒロイン「涼宮遙」の過去のユーモラスなエピソードを紹介する際に、荒っぽいパステル調のSDイラストでその様子が描かれる(「遙伝説」。cf. 演出論Ⅳ-4-1-δ)。ここで、通常のCGとは異なるスタイルを採用することで、以下のような作用が生まれている。すなわち、
α) 肩肘張らない、くだけた親密な雰囲気。
β) 現在眼前の出来事ではなく、時間/空間/視点を異にする出来事であること。
γ) 主人公がその出来事を、当然視せず、驚きをもって受け止めていること(距離感)。
δ) 通常の立ち絵では表現しきれない状況に、視覚表現を与えている。
ε) 複数の画像差分を連続表示することで、簡易的にアニメーションさせている。
これらの性質は、その後のSD使用においても継承されていく。
α)に関して。SDが最も頻繁に用いられるのは、なによりもまずコミカルなシーンである。普段は取り澄ました立ち絵で画面内を行き来していたキャラクターたちが、突如ゆるやかな曲線に描かれて、誇張的な表情をしつつ、大袈裟なエフェクトをまとって現れる。それはけっして厳しい緊張感に満ちた場面ではあり得ない。ヒロインたちとの日常的なコミュニケーションの楽しみをいよいよ前面に押し出していくようになった白箱系AVGにとって、ギャグ演出の一環としてのSD表現はたいへん好都合なものであろう。このようなムードの変化と視覚的抑揚が、SDの第一義的な作用である。SD画像は、全画面のイラストとして表示されることもあれば、カットイン(非全画面画像)のように立ち絵シーンにオーバーラップ表示されることもあり、また、汎用的なSDキャラクター画像のみがアイキャッチなどに使用される場合もある。
『77』 (c)2009 Whirlpool
アダルトゲーム分野において、こもわた遙華は、AUGUSTの脳みそホエホエと並んで最も早くからSD専業で活動しているイラストレーターの一人である。直線的でクリアカットな描線、余白を活かしたツリ目寄りにデフォルメされた表情、品のよい着彩が、SD画像としてのアイキャッチ的機能とコミカルな軽快さを発揮している。
β)とγ)に関連して。機能的な変化もある。例えば『淫妖蟲』(Tinkerbell、2005)には一種のおまけシナリオが含まれているが、そこでは、すべての立ち絵が3頭身のSD全身画像になっている。「SD立ち絵」というアプローチの珍しさはさて措き、注目したいのはこれが「おまけシナリオ」専用の演出であるという事実だ。ここでは、凶悪な敵キャラクターまでもが可愛らしいSDで描かれるこの空間は、まさにその画風によって、本編の物語とはまったく位相を異にするものだということをプレイヤーに伝えている(cf. 拙稿「近時の一枚絵枚数配分について」)。
『淫妖蟲』 (c)2005 Tinkerbell
物語本編は陰惨で過激な触手ものであるが、おまけシナリオでは通常の立ち絵は一切用いられず、キャラクター画像はすべてSDスタイルで表示され、物語もコメディタッチで展開される。通常/SDともに原画はあおじる。
δ)とε)に関して。さらに、SD表現の経済的作用も無視できない。00年代に入っていよいよ大規模化し、高い品質が要求され、画面解像度も上がっていく中で、一枚絵制作に大きなコストが掛かるようになってきたことは疑いない。そうした中で、慣例的に受け入れられてきたSD画像を投入することで、特別な場面にローコストで専用画像を充填することができる。また、アダルトゲームの視聴覚的演出が全方位的に豊かに高度化しつつある中で、静止画の限界を超える方策の一つとして、SDならば比較的簡単にアニメーション化できるという向きもあっただろう。例えば『明日の君と逢うために』(Purple software、2007)や『恋色空模様』(すたじお緑茶、2010)にその優れた実例が見られる(cf. 演出論Ⅳ-4-1-δ)。
『明日の君と逢うために』
(c)2007 Purple software
全画面サイズではなく小さいサイズのカットインで、しかもかなり簡素化したデフォルメの一例である。本作のSDはGIFアニメであり、汗や背景などが簡単ながら動きを見せる。SDの制作者は、通常原画と同じまっぴーらっく.であろうか。
『星空へ架かる橋』 (c)2010 feng
SD画像の表示形態は、全画面画像(例えば上記『77』)、小窓カットイン(『恋神』『明日の君と~』)、立ち絵(『君が望む~』『淫妖蟲』)などがある。左記引用画像では、汎用背景の上にSDキャラクター画像がオーバーラップするという形で、いわば特殊な立ち絵のように使われている。SD作画は澤野明。
『恋色空模様』 (c)2010 すたじお緑茶
路上をバイクで疾走するシーン。「遠景の山と雲」、「道路脇の木々」、「流れていくセンターライン」、「キャラクター部分(バイクの二人)」の4つの層が、それぞれ独立にアニメーション(拡縮やスクロール)している。SD担当は広瀬まどか。
その他、本編外の装飾としてSDが用いられる場合もある。SDは、通常のままのキャラクター表現ではないということのサインになるので、本編の物語進行を外れて、アイコンとしてさまざまな場所に登場することができるようになる。具体的には、本編中の場所移動選択マップに現れるキャラクターアイコンや、本編の狭間のアイキャッチ画面、コンフィグ画面などにも、SDは好んで使用される(――なお、拙稿「フェイスウィンドウの機能についての覚書」も参照)。
『Chu×Chuアイドる』
(c)2007 UNiSONSHIFT
アイキャッチの中で使用されるSDイラストの一例。このキャラクター表示は、現時点でどのヒロインのルートに乗っているかを示すサインの役割も果たしている。織澤あきふみは、早い時期からSDの感性をさまざまな仕方で活用している。
SDキャラクターは、通常とは異なる様々な意味作用をもたらすための手段として、アドホックに使われている。それは、ムードの変化(コメディ表現)だけではない。アイコン的表象(キャラクター存在表現)であったり、位置付けの変化(回想など)であったり、視覚的抑揚(簡易アニメーション導入)であったり、専用画像充填(一枚絵の安価な代用)であったりする。
なお、SD表現については、拙稿「美少女ゲームにおけるSD使用の特徴的な傾向?」、「デフォルメ立ち絵の可能性」、「SD雑感」などの記事も参照。
『アッチむいて恋』 (c)2009 ASa Project
たかへろによるSD画像。ニュアンスに富んだ中間色の色彩設計、陰影の濃いグラデーション塗り、そして全体の静けさと柔らかさ。SDは必ずしも騒々しいばかりではなく、デリカシーと両立し得るということの最良の見本であり、そして、卓越したSDの見本でもある。
次ページ(2章3節)に続く。