2013/08/03

なずなヶ好(2013.08の雑記)

  2013年8月の雑記。(→2013年9月2013年7月


  08/31(Sat)
  櫻井さん、いいな!と感激しているところ。声質それ自体は木村氏にやや似た印象だが、発声は月城氏のふるふるヴィブラートを想起させる柔らかさがあり、芸風はおそらく水瀬氏に近い可愛らしいキャラクターが得意と思われ、そして芝居ぶりの生きの良さは桜川氏にも匹敵する。これまで出演作にはあまり出会ってこなかったが、『王賊』の可憐で健気な「ルカ」役や『ファンタジカル』の悲劇的な役回りの「リリム」だと言われればなるほどと納得できた。『エルフと淫辱の森』でも、ハーフエルフとしての鬱屈を滲ませながら能天気なバカゲーテキストの側面も巧みに表現していた。『朝凪のアクアノーツ』のコーラス部部長役も、そういえば、逢川氏の端正な芝居ぶりとのコントラストが楽しかったと思い出される。『大阪CRISIS』のメインヒロインは、全体をちゃんとプレイしきっていないのであまり印象に残っていないが、いかにもこの方に相応しい役柄だった筈だ。
  さて、この方のメインキャラ芝居をしっかり聴きこもうと思ったら、どの作品をプレイするのがいいだろうか。

  『大阪CRISIS』から派生したテキスト:新記事「つるみくについて」と、『エルフと~』から思い出した話:新記事「AVGの画面構成について」を、別記事に切り分けた。構成のしっかりした論述は、もう目指さなくていい。大事なのは論じることではなく書き残すことだと、そう思うようになった。


  雑誌を見ていたら、ikgm_akn氏の絵が見事にCUFFSもどきに変化していて笑ってしまった。

  bootUP!の芸風はずっとあれのままの筈なので、一本プレイしたら食傷もとい満足しきってしまうのだが、キャスト情報を見ていたら「やっぱり買おうかな」という気分になってきた。

  上原あおい氏って何者だろう? 今年の五月頃から、わりと元気の良いブランドの新作に立て続けにキャスティングされているので、気になってきた。まだ一本もプレイしていないのでどんな方なのかは存じ上げないが、良いお芝居をされる方だといいな。



  08/30(Fri)
  [ tsubame30.exblog.jp/19548740/ ]
  わざわざEGScapeのトップページからリンクされているこの記事、統計操作の仕方がおかしい。顕著なのは「1ゲームあたり得点入力割合」のくだりで、恣意的な(事実に反する)仮定を置いたうえで統計的には意味をなさない"割合"計算をして読者を誤誘導し、さらにそこからユーザー傾向に関して筋の通らない結論を導出したりしている。全体の方針としても、4つのカテゴリーに分けるのはいいとしても、それなら全体集合の値も併記すべきだろう。分布の類似だけから各カテゴリーに対する評価の実質的傾向や相互間の点数比較にまで(無根拠な)推測を広げているのも問題。他方で、例えば「価格帯」のように点数評価に大きく影響を与えているであろう要因を無視している(――見返したら価格帯についてはコメント欄でも指摘されているが)。私の所感を忌憚なく言えば、上記ブログが統計をめぐって述べることは信用できないという判断に帰着した。

  一般論として言うが、記事一覧(あるいは記事タイトルをリスト化したログ)の無いサイト/ブログは致命的だと思っている。そのサイトがどのような主題乃至対象についてどのような仕方でどれだけ多く/少なく述べてきたかもそしてどのような記事があるのかも分からないしさらにはそれらの過去記事へのアクセシビリティもきわめて劣悪だということとほぼイコールなので。
  この点では、――以前にも書いた憶えがあるが――htnはそのレイアウトのつまらなさやキーワードリンクの見苦しさにもかかわらず、ページ最上部に記事一覧ページへのリンクがデフォルトで置かれているというその一点(のみ)においては良い。
  blggrにも基本ガジェットの一つとして「ブログアーカイブ」があり、これはレスポンスも速く月単位での一覧性もあるので私もこのブログの最下部に設置しているが、全体のサーベイや個別記事へのアクセスの点で大きく劣るので、正直に言えばまったく満足していない。自作の「個別記事一覧」ページはテーマ別の配列、「ブログアーカイブ」は投稿日順の配列というように、方針及び役割が異なっているので、次善的妥協として設置している。個別記事アクセスやキーワード検索については、ブログ内検索ガジェットをその隣に置くことで対処しているし、そしてこれらはブログ下部に置いてあるので記事本文を読む妨げにはならない。

  上で言及した人に限った話ではないが、特にゲーム界隈の言論では、「解析」という言葉を不用意に使っている人は、「考察」「批評」を使う人々と同じく眉唾前提、いやそれよりはるかに疑わしいと思っている。



  08/25(Sun)
  ブログの引用画像は、どこまでなら「非アダルト」の範囲内に収まってくれるのだろうかというどうでもいいことで悩んでいた。『あかときっ!』の(半)脱衣画像のことだが。素肌の胸部が晒されていたら(18禁ではないにしても)15禁くらいにはなるのだろうが、それでも「アダルト」コンテンツに該当してしまうのだろうか。あるいは、下着が見えているだけでもまずいだろうか。ストッキングの下に一応下着の存在が認識できる状態でも15禁なのだろうか。さらに言えば、下着は脱衣済みだがスカートは残っている「はいてない」状態はどうなのだろうか。あるいは、下着脱衣しているが棒(魔砲器)が局部が完全に隠されている状態のものは。
  ……というわけで、今回はギリギリを狙ってみた。いくつかのSSでは下着がはっきり露出させられている。しかし、性描写ではないから、「アダルトコンテンツ」にはならずに済むかなあ、と。

  原画分担は、スタッフコメント欄などから察するに、
- 笹井氏=リリィ/爽夏/チッカ/彩子/流
- 草上氏=七夕/真姫/凛子/ククリク/美優(※七夕はやや不確か)
といった案配だろうか? プロポーションにメリハリの利いていて服装がさっぱりしているのが笹井氏で、胴回りや腕部の線が柔らかくて服飾が可愛いのが草上氏のデザイン、といった感じ。男性キャラやクラヤミたちについては推測できる手掛かりが無い。犬洞氏は本編ではキャラデザ&原画の一人としてクレジットされていたが、FDではキャラデザとしてクレジットされているだけなので、実際にはあまり関与されていなかったのかもしれない。実際、ご本人のブログでもこのタイトルについては「キャラクターデザインのみ」と書かれている。『ツナバン』も『こんそめ!』も好きなのだけど。

  スクリーンショットの選出と配列だけで6時間も掛かってしまった……。1000枚規模のSSをスライドショーでめくっていきながらゲーム内容を思い出しつつ、さらに個々のSSが論説にとってどこでどのように使えるかにも思いを巡らしていくのは――そしてそのゲームのBGMを聴きながらであれば尚更――、何十時間でもやっていたいほど楽しい活動ではあるのだけど。
  SSはキャラクター配分も考慮していて、ヒロインズは2~3枚ずつおおむね均等に出せたのだが、できれば凛子をもう一枚、そしてククリク様の画像をせめて一枚でも入れることができていたら、という二点の心残りがある。まぁ、773号やクラヤミたちもろくに出せなかったが。

  読み返してみたら、この作品に対して私が感じていたことが、ろくに言い表せていなかった。型通りのクリシェまみれの味気ない文章でしかなかった。この作品の魅力の源泉を、その機微を、少しでも示唆できるようにするためには、いったいどうしたら良かったのか。
  ……ああ、そうか! あのわりと深刻なシナリオにもかかわらず魔物戦闘だろうがククリク様相手だろうがラスボス戦闘だろうが所構わずヒロインたちが局部を晒しまくるあの脱衣戦闘の見事なまでのバカゲー的側面が掬い取れていなかったんだ!?

  というわけで:新記事「『あかときっ!』について」(1ページ目2ページ目



  08/23(Fri)
  次に何をプレイしようかと思案しつつ、手を拱いたまま立ち止まってしまった感じ。
  随分前のことだが、何ヶ月も(ほとんど丸一年ほども)ゲームから離れてしまった時期があった。たまにゲームを開始してみても、無数の音と無数の色とそして無限に細分化される時間継起とに、その膨大な情報の波濤に圧倒されて、すぐにやめてしまっていた。要するに、ゲームをどう見ればいいのか、ゲームとは何なのかが、分からなくなっていた。ひょっとしたらすでに既知の症例として命名されている病気の一種なのかもしれないが、それ自体は(つまり他人が同じような経験をしているかどうかは)どうでもよい。
  ゲームに限らない。小説でも、漫画でも、映像作品でも、音楽でも、あるいは芸術以外の分野(例えば専門書なり論文なり)でも、同じようなことは度々経験してきた。そして、いずれもしばらくすると――場合によっては数年の長さでサスペンドされ続けることもあったが――解消されてきた。問題を解決した経緯や解決したメカニズムについては自分でもよく分かっていないが、いずれにしてもそういう硬直の時期を経た後では対象に対してより適切な見方が出来るようになったと思う。余裕を持って、あるいは距離を置いて、しかしもっと精密に正確に対象の機微に触れて、そしてよりいっそう公平に、そして情熱の量は変わらぬままにおそらくはそれ以前よりももっと対象を楽しめるようになった。一歩読み進める度にのしかかってくる多大な労力に耐えきれず途中で擲つようなこともなくなり、最後まで作品に付き合い続けることはずっと楽になった。そう振り返ってみれば、それらはおそらく、私にとって良い経験であり、結果として好ましい過程だったのだろう。
  そしてこの経験は、人の認識や思考の可謬性と可塑性を強く意識させるものでもある。その都度その都度、その時点では本当に真面目に慎重に"考え"ていたつもりでも、後になってみればそれは随分視野が狭くあるいは偏っており思考の道具立てもきわめて貧しくそしてそれゆえ非常に歪なものになっていたことが判る。そして、しかし、それらは改訂乃至改良され得るものだということも、(ある程度の可能性として)信じることが出来る。そして、さらに言えば、少なくとも私個人の履歴としては、そうした変化は主として、他人による筋の通った議論を知ることからもたらされてきた。そして私自身の言論活動も、人間的魅力や人格的影響力といったものに依拠することはまったく考えていない――もっとも、行使しようと思っても私には出来ないが。(あくまで抽象的な集合であるところの)読み手に対してこのブログが目指されているものがあるとするなら、それは思考の型を"実演"することであり、そしてこの点では前のブログやtw時代あるいはサイト雑記の時と変わりは無い。そして、私がここで話題を限定しているところのPCゲームに関していえば、古いタイトルか新作タイトルであるかにかかわらず私が知り得たかぎりの作品のことをくりかえし言及して書き残すことによってそれらの記録と生命を長く遠く豊かに保つことに少しでも参与できればと思っている。言うなれば、永遠の生命を持つ初号機(blggr)の中に人類(ゲーム)の生きた証を残すための媒体となるユイさん(私)、のようなイメージ。



  08/21(Wed)
  新作の萌木原氏はケモ耳+白衣+リボン+本持ちキャラかー。「キャスト次第で」とかいった弱気発言は封印して早々に予約しておこう。
  そういえば長いことLoS作品からは遠ざかってしまっていたが、原画陣も好きだし脚本面も最近ではしげた氏が参加しているのに手が伸びなかったのは何故だろうかと自省してみると、どうやらキャスト陣が見慣れない方ばかりだったためのようだ。……人気声優や有名声優(らしき方々)ばかりにかぶれている保守的な声オタでごめんなさいごめんなさいごめんなさい。


  それにしても、「購入特典」というのは一見するとずいぶん妙な表現だ。普通に考えれば、そもそも「購入」していないものに「特典」だけが出てくるわけがないのだから、本来は「購入特典」とは言わずただ「(その商品の)特典」とのみ言えば済むものの筈だ。元々はおそらく「(DVDやBDの)全巻購入特典」のような言い回しが出発点だったのだろう。そこから、「予約特典(予約した時点で先渡しでもらえる特典)」、「初回版購入特典(初回版を購入してくれたことに対する特別の特典)」、「店舗別購入特典(の内容は云々)」などの派生的表現も出て来た。そして現在では「購入特典」という言葉は、「購入者全員が入手できる特典」、すなわち「期間限定や人数限定などの制約は存在せず、購入すれば必ずもらえるという、商品本体とは一応別個のコンテンツであるところの物品」として、特有の有意味な内容を持つようになっている。
  なお、商品売買に伴われない[つまり無償の]物品提供は、通常は「プレゼント」「(無料)サービス」などと呼ばれる。


  PCゲームのプレイ本数よりも映画を観た本数の方が多いであろうという程度には私も映画はそこそこ観てきたが、しかし私の映画体験の最高の瞬間は、もしかしたら、大学一回生の時に教養科目英語の時間を使って先生が見せて下さった『JCSS』(の、後で調べたところではどうやら1973年版)だったのかもしれない。映画の内容が良かったというよりも――いやもちろん内容もバンで砂漠に乗り付ける冒頭から様々なダンスそして市場のシーンに至るまでたいへん印象的なものだったが――、それよりも、誰が制作したいかなるタイトルの作品でどのような内容のものであるか、一切の事前知識無しにいきなりその映像を浴びた稀有な体験だったという点にもっぱら依拠している。似たようなことは容易に実行可能だ(例えば適当なタイミングでTVのチャンネルを変えるなり、あるいは知人のおすすめ映画ディスクを観せてもらうなり)が、そういうものよりももっと(客観的には)非随意的であり(主観的には)偶然的でありそして(私個人のその当時までの芸術鑑賞履歴の中では)非常に新奇性の強いものだったという点で、それは特別な経験になった(――ちなみに、今検索してみたらその先生は現在はR大で教鞭を執っておられるらしい。先生のフルネームが記憶の中から即座に出て来たのには我ながら驚いたが、しかし、「いつか講義中に映画一本を丸々上映したい」という宿願は間違いなくこの先生によって植え付けられたものだし、その思いとともに先生のお名前は生涯忘れられないかもしれない)。
  以上を前置きとしてゲームに関していえば、私は基本的には「ネタバレ配慮なんかどうでもいい」という立場だが、こういう驚きのある体験はとても重要なものだとも思うし、私もゲーマー人生の比較的初期のいくつかの地点でこういう体験をしてきた(その中には「知人にすすめられてPCアダルトゲームなるものを初めてプレイしたその日」もある)し、そしてこのような体験が今となってはずいぶん得がたいものになってしまったことを惜しむ気持ちもある(――スタッフやサンプルCGすらほとんど見ずに「ブランド買い」や「新規ブランド買い」をしていれば、びっくり箱体験にはそれなりに出会えるし、そういう体験をさせてくれたブランドはよりいっそう好きになるものだが。そして、その意味では、例えばLeafやabogadopowersやTerralunarやソフトハウスキャラのスタッフ諸氏や朱門優氏には感謝すべきだし、そしてキャラメルBOXやOrbit[ROOT]やすたじおみりすやelfの作品を継続的にフォローしてこなかったことは悔やまれる)。

  そういえばキャラメルBOX/STREGAの三人の「小鳥遊圭」は同一人物なんだろうか。



  08/20(Tue)
  思い立って2004年発売のあるタイトルを掘り出してきたものの、インストールまでは漕ぎ着けられたが起動できないというオチに。泣く泣く転進して別のタイトルをインストールしたが、今度は最初から回想欄が開放されていて、ついうっかり開いてみたらアダルトシーンの枠が80個以上あってまたもや涙目。フルプライス級のシナリオ規模だと、40~50個くらいまでならなんとか受け入れられるようになってきた(例えば『クラインハーゼ』『すぽコン!』は49個。『彼女×彼女×彼女』は54個)のだけど、それ以上になるとゲーム全体のバランスが「ベッドシーンの連続」という感じになってきてしまい、プレイしていてかなり辛い。濡れ場の色気はそれはそれで良いものだと思うけれど、そんなには要らないのよー! まあ、「(男性向け)アダルトゲーム」というジャンルの中で提起してよい苦情かどうか疑わしいし、そもそも自分に合わない商品を買った愚かさは自分一人のみに帰属するものではあるけれど。
  win7で起動できなかったタイトルに関しては、こういう時のためにXP機も一応保存してある(そちらなら大丈夫の筈)し、コンテンツの一部を知りたいだけ(例えばBGMサンプルを聴いてみるとか)という場合にはあれやこれやの対処もありはするのだけど、やはり惜しい、悔しい。win7OS上でもXP時代のタイトルは結構ちゃんと動作してくれるのだが、しかし『Quartett!』が起動してくれなかったのは本当に残念だった。


  しばらく前の話になるが。PCゲーム関連のsvdt掲載サイトが二つほど、いつの間にかたてつづけに閉鎖されていたのは、何かあったんだろうか。コンプsvdtを利用するためというよりも、svdtの格納場所を確認するのにそこそこ重宝していたのだが。


  アダルト要素に主眼を置くタイプの作品は、性表現の分量と嗜好が追求されているものの、それらは基本的にきわめて即物的なものなので、その点をきちんと受け止められないユーザーの目には非常に味気なく趣に欠けるものと映ってしまう。その意味で、少なくとも私にとっては、愛嬌と心地良さに満ちた白箱純愛系よりも、作品の側からプレイヤーに対してコミットメントを強く要求される分野になってしまう。性表現を基軸としているという意味では一見すると間口が広いようでいて、それが一定程度特化していくと、非常に付き合いにくいものになってくる。私以外の大多数の(とりわけ男性の)PCゲーマーたちの中に、こうした感受性はあるのだろうか、無いのだろうか。
  インターフェイスの快適さと楽しさ、作品毎に特有のシステマティックな趣向(特にBY系統)、そしてスタイリッシュなwebサイトデザインに至るまで、その都度はっきりした趣向を凝らしてきたという点で、アトリエかぐやの「粋」は非常に稀少なものであり、そしてそれは作品の輪郭(コンセプト)それ自体を研ぎ澄ませることに寄与しただけでなく、おそらくユーザーにとっての「取っつきやすさ(受け入れやすさ)」にも、そして特に00年代半ばの同ブランドの隆盛(つまりセールス面の成功)にも、結びついていたのではなかろうか。それはおそらく、UNiSONSHIFT(特に『Re:メイド』『Chu×Chuアイドる』の織澤原画ライン)やNEXTON系列、あるいはTechArts系列(May-Be SOFTなど)のようなブランド群が試みてきた道でもあるだろう。


  「名場面マーカー」って……なんという余計なお世話。



  08/18(Sat)
  パートヴォイスを巡って、少しだけ考えを整理してみた。これまでの演出論の中でも、これをトピックとして取り上げたことは無かった筈だ。
  肩肘張らずに、もっと気軽に、もっと気軽な、こんな雑感記事を書いていくようにしたい。そして、個別作品の枠を超えて、しかし「○○十選」のような狭いものではなく、横断的な思考を展開しつつ同時に個々の作品の特質に対して様々なかたちで光を当てていきたい。
  しかし、それらが人に読まれるかどうかは最早まったくどうでもいい。どちらかといえば、読まれたくなんかないという方が正直な気持ちだ。そういう失望は、私がこちらのブログに移ることを決意させた原因の(最大のものではないが)一つだった。
:新記事「パートヴォイス活用についての雑感


  画像掲載を試してみたけど、……枠線の仕様が前のブログから変わって、好みでないかたちになっている。どうやらBlggrの基本テンプレート自体が改訂されていて、以前のブログのと完全に同一のかたちにすることは出来ない模様。
:新記事「近時の一枚絵枚数配分について


  webラジオのバックナンバーを聴きつつ:新記事「PCゲーム声優の『世代』をめぐるもやもや


  RdAは理多氏がゲスト。ずいぶんお久しぶりにお声を聴いた。もちろん今回のはラジオトークが中心であってキャラクター芝居を堪能するには足りないが、水が体に浸み込むように心地良い。歌手としてはずっと活動されているものの、役者(ゲーム声優業)としては2012年末以来、出演歴が途切れているのが残念ではある。


  最近、メーカー間コラボレーション企画が増えているのが、なんとなく嬉しい。



  08/16(Fri)
  『BB3』宝箱調査、だいたい枠組が見えてきたので単独記事化。
  この情報は、マップデータを公開している余所のサイトに寄稿した方が閲覧者の便宜になるとは思うのだけど、しかしながら、先方のレイアウトに収まりきらないところでいくつか述べておきたいポイントがあるので、今回は躊躇せざるを得ない。
  かといって、私のデータに基づいて先方のマップデータに宝箱パターンを反映してもらう――つまり双方で同一の情報を別途公開する――という対処にも、それはそれで問題が生じる。問題は少なくとも二点(二段階)あって、1)現在想定している先方のサイト管理者さんは、外部から寄せられた情報を出所明示せずに掲載される方のようなので、この場合、双方のサイトで同一の情報を共有しているということが第三者に分からないままであるということ、そして、2)同一の検証結果に基づいている情報が、その事実を示さないまま複数のサイトで公開されてしまうと、第三者にはそれらがそれぞれ独自(独立)の検証に基づく結論だと見做されてしまい、それゆえそのデータの信頼性(確からしさ)が過剰に高く誤認されてしまう虞があるということ。
  このように考えた結果、記事としての内容の半端さにもかかわらず、宝箱パターンについての記事は自分のサイトで独自公開することにした。



  08/14(Wed)
  そういえば黒箱系にも眼鏡主人公はたくさんいるんだよね……不覚。


  今月はSkyFish、ま~まれぇど、HOOKSOFT、noesisあたりを新作購入予定。
  来月はSEVEN WONDER、Nephrite、SAGA PLANET、ko-eda、PULLTOP等を候補に入れて考える。Digital Cuteは早くキャスト情報を公開して下さい。



  08/13(Tue)
  ensemble新作には有栖川氏が……ブランドデビューから皆勤中なのね。善哉。
 (※新作ベースで5本、FDを含めれば7本すべて。)
  Chuablesoftにも、2007年の『SS』以降皆勤中の模様。


  思うところあってTinkerbellのあのシリーズを(再)プレイ中。
  そしてその余録:「コンピュータゲームにおけるエンディング到来の自由度
  今更言わでもがなの原則論だが、今私が感じたのはこういうことなのだろうとという再確認。
  『淫妖蟲』は、2005年発売という時期を考慮してもなお実に奇妙な作品だった。リボンの立ち絵アニメがあったりするし、桃野先生の立ち絵が画面内にある時にテキストボックスを消去すると画面上部からミカンが降り注いでくるという妙な(意味不明な)ギミックが仕込まれていたり、さらにはメッセージウィンドウ右端の猫マークが瞬きしたりする。いったい何故こんな。

  白鳥武さんは、たぶん私のゲーム経験の中でトップクラスに好きなキャラクターの一人。
  というか、このタイプの強気クール有能ショート(できれば眼鏡着用、あるいは少なくともツリ目系、どことなくボーイッシュ、しばしば不遇、のぞむらくは木村ヴォイス)キャラに対しては、たいてい妙な思い入れが生まれてしまうが。ルーベラン隊長、氷川雫さん、望月綾芽さん、ベルセリカ中隊長、そして最近では毛内清美さん。自分に誇りを持っているキャラクター。



  08/11(Sun)
  CMKについて。「死者が出たらイベント自体が廃止されてしまう(※と言われているが本当にそうなるかどうかは非常に疑わしい)のだから、熱中症等に各自注意しよう」という定型句化した警告は無数に繰り返されているわりに、「死者が出てしまわないように(出てしまう前に)、イベント自体を自主的に中止したら」という提言を目にしたことは一度も無い(――今ちょっとggってみたら、そういう主張が皆無ではなくて安心したところ)。
  一つ目の主張と二つ目の主張は独立の問題なので一方を主張しつつ他方を主張しないとしても(あるいは他方に反対するとしても)一応矛盾ではないし、また、おそらく熱意ある参加者たちは言っても聞かないだろうしまず重要なのは当事者への呼びかけであるというのはもっともなことではある。
  しかし、「もし死者が出たら、大問題になる(かもしれない)」という命題は、その表見的逆命題「死者が出ないうちは、このままのやり方を維持していて構わない」という態度をなんら正当化するものではない。そして、急病人多数のため救護室がキャパオーバーしているなどというのは、一般的にいえばすでに異常事態になっていると言うほかない。「死者(はまだいない)」という最も極端な状態を引き合いに出さねばならないほどの、十分なスキャンダルだ。準備会は「気温○○度以上ならば開催中止する」といったようなことをはっきり規定しておいた方がよい――そして今年のような過熱状況では実際に中止する方がよい――のではなかろうか。そうした規定がすでにあるなら、不明を恥じるしかないが(※――アクセス集中のためか、8月11日現在、CmcMkt公式サイトが閲覧できない。カタログ等の案内も引っ張り出せない状態)。実際には、中止した場合にどれだけの経済的問題が生じるか――会場費からサークル参加費(返還?)まで――は想像しきれないが。
  死者が出るというような最悪の事態が発生する前に、発生しないように、参加者の側もそして運営主体の側も十分な対策を講じておくべきだという点自体は合意されると思う。そしてそれだけでなく、現に多数(何百人?も)存在してしまっている急病人たちに対して、「無事で良かったね」と言うだけで済まされるのだろうか。「準備と対策」を呼びかけるだけでは、もはや十分(適切)とは言えないように思われる(――とりわけ、未成年の参加者が多数存在することを踏まえれば、「参加者の自己責任」だけではエクスキューズとして十分ではない)。個人の努力だけではなく、制度としての対応が必要なのではないか。外圧的中止に対する政治的懸念よりも、その前に、現実的対応としての中止を考えるべきではなかろうか。参加者たちの生命と健康は最大限重視してほしい。



  08/07(Wed)
  『BB3』スキル習得リストをようやく(ほぼ)完成させた。『BB2』の時は、同一のスキル習得パターンを持つユニットグループが多数存在したし、そのうえ武器系/魔法系でタイプがきれいに分かれていたので、リストも簡潔明瞭なものになったが、それに対して今作ではスキル習得パターンのセットがユニット毎にほとんどバラバラになっているため、ユニット別に五十音順で並べるしかなかった。洗練されないレイアウトだが、やむを得ない(――スキル習得パターンが同一なのは、アリス/イリス/エリスと、ブレンダ/フレンダ/ミレーヌの他は、タロウ&ライエル、ロウゼ&ラッサン、トニー&ハンスイ、マルサッカ&クドア[※ボルトジュニアは違う]、リウ&ミニ。かなり少ない)。
  実用な的攻略を目指す人なら、習得の早い項目と遅い項目を色分けしたり、おすすめユニットのコメントをしたりするものだろうし、私もこれ以外のブランドだったらそうしていただろうが、しかしソフトハウスキャラ作品についてはそうした実質的示唆はできるかぎり差し控えておきたい。作品が提示するこの状況(ゲーム内世界として描かれている「状況」だけでなく、ユーザーが向き合うことになるこのシステムそれ自体という「状況」)に対して、個々のプレイヤーがどのように感じ、どのように判断し、どのように行動し、そしてどのようなリアクションを受け取るかは、この「遊び(機構上のゆとり部分、自由度の余地)」の広い作品にあってはそれぞれ異なったものになるし、そしてその差異によってもたらされる個々人のプレイ内容の多様性、そしてその固有性と一回性こそは、このブランドの生命だと考えているからだ。
  なお、現時点では、打撃系スキルの一種類のみが最後までチェックできていないが、これはすぐに終わるだろう。ということで、次にどのゲームをプレイするかをそろそろ思案しておかねば。もしかしたら、この勢いで全ユニットLv99までやるかもしれないが。

  そういえば、今回は風変わりプレイを楽しむ時間が取れなかった。
  ラフィノーやミアルテといった強敵がいるので、スキルポイント不使用プレイは難しそう。ステータスアップは僅かな自然成長のみであり、攻撃手段も乏しいまま、さらに回復手段が極端に限られるというのが問題。初期習得or自然習得の範囲で見ても、複数対象を攻撃する手段はフランソワの「ホウキ払い」、ブライドの「漆黒の闇」、天剣バリィーバの「乱剣殺」(×2)、ファレンの「大豪炎」、アオの「無限斬り」、ラフィノーの「森の豪矢」、ヒビの「四連ツララ」、それからイシュやタマガのノックバックダメージ、「球石」系アイテム、そして最終的にはミアルテ/ルーアルテ/キュリハの全体攻撃魔法など、それなりに有効なものが揃えられるので、攻撃面はなんとかなりそうだし、防御面は味方被撃破は覚悟のうえでリザーブメンバーもきちんと育てておけば、あとはレベル次第でラスボスにも勝てるだろう。ドラゴンだけは、勝算が見えてこないが。そういえば『王賊』でも同じようなスキル不習得プレイを試みたことがあったが、初期スキル限定という条件下で各ユニットの個性が際立たせられてけっこう面白かった憶えがある。
  戦闘の仕様上、ダークスLv1プレイは至難。難易度はさほどでもないが、戦闘で毎回ダークスを死なせなければいけないのがとにかく面倒。
  物理攻撃オンリープレイは天界兵や「黒い婦人」が厄介という程度だが、魔法オンリープレイだと終盤の正妻様にダメージを与えられないのでクリア不可能。
  内政コマンド不使用プレイ、あるいは施設建設を一切行わないプレイも、加入ユニットが極端に制限されるのでかなり難しいだろう。施設建設を行わない場合、加入しうるユニットは序盤のマリーアリスとパニバーナ、そして迷宮視察で加入する6人、学園視察のイザナ、抵抗勢力の13人、天界の3人の計25人。……これはこれで面白いが、財政面が厳しい。施設収入が無いというだけではない。ユニット数が致命的に不足していると、迷宮戦闘に人員を確保するのも大変だが、かといってダークス宮を守れる者がいなければ冒険者によって財産を大量に奪われてしまうからである。しかも、施設建設が出来ないため、防衛戦力の底上げも出来ない。最初のうちから毎ターンダンジョンで粘ってダークスたちを成長させていき、できるだけ迅速に抵抗勢力の人材を吸収していかなければ、ダークス宮から経済的に破綻することになるだろう。この条件で、引継ぎ無しでクリアできるかどうかは、実際に試して見なければ分からない。施設が少なければ、冒険者の数も少ないままだと予想されるので、早解きプレイを目指せば案外簡単かもしれない。
  進行フラグをきちんと理解していれば、ダンジョン進入回数最小でクリアというのも面白い挑戦になるかもしれない。最初の1回は、配下ユニットをできるだけ集めてから千樹庭に入り、ダンジョン内でできるだけレベルアップして、そのままネイマールを撃破するところまで行ければ理想的だろう(※ダンジョン内に回復ポイントがあるのが重要)。ネイマール撃破は必須ではないが、しかしLv1ダークスたちでいきなり「抵抗勢力の拠点」に入ってヤーヌを撃破できるだろうか? 実際には、ダンジョン進入回数が進行フラグになっている箇所があるので、残念ながらあまりきれいな攻略にはならないだろう。

  偶然性に由来するゲームシステム上の"事件"は、楽しいものも不幸なものも含めて、今作でもいくつも生じた。例えば、前衛の一ユニットがたまたま集中攻撃を受けて瀕死になり、次ターンで回復しようとしたところ、4回連続で回復妨害されたうえ、さらにそのユニットが狙われて撃破されてしまったこと。あるいは例えば、3周目で余裕を持って――持ったつもりで――ドラゴンに挑んだら、予想外の長期戦になって途中で気力切れを起こして回復ができなくなくなり、フィールドユニットが次々と撃破されてはリザーブが参戦していく総力戦になったが、「次に全体攻撃を撃たれたら間違いなく全滅する」という最後の(育成途中の)3ユニットがぎりぎりでドラゴンを倒せたこと。こういう経験は、当分忘れられないだろう。



  08/04(Sun)
  「お兄様、わたしは堕落しました」。ディスプレイ上の一ウィンドウで映画を小窓再生しながら、あるいはwebラジオを聴きながら、その横に『BB3』を開いてひたすらターン回し。"ながら"プレイはしないようにしているのだけど、今回ばかりはさすがにやむを得まい。サーシャがLv80でようやくフラッシュブローを習得可能になったり、ルリエスがLv85になってもまだソニックブローすら習得できなかったりして、Lv99育成が避けられそうにない雰囲気なので。
    ↓
  いくつかのユニットをLv99育成してだいたいのパターンは掴めたので、スキル関係のページを作成。ただし、いくつかのタイプは未確定。また、習得可能タイミングがタイプ毎にずれているので、一覧としてあまりきれいな形にはならなかった。あとは、全ユニットを習得タイプが推定できる程度まで育成していけばよい。
    ↓
  『BB3』って、1万ターン以上プレイできるのね……。999ターンを超えても、セーブ/ロード画面でターン数を確認することができる。


  『モノごころ、モノむすめ。』というフレーズにどこか引っかかるものを感じていた理由がようやく分かった。『エヴァ』の「心のかたち、人のかたち」だ。もちろんこれらと似たような対句的表現は無数に存在するが、その中でもこの二つは私の中で微妙な連想を誘うものだったようだ。この第弐拾話については、以前に知人が語気を荒げて罵倒していたのを思い出す。たしかにしよーもないところの多い回ではあったが、うん、まぁ。あと、以前観ていた時は、最後のシーンで「ミサトさん、ベッドでバタバタしすぎじゃ?」とあまり良い印象を持たなかったのだけど、どちらかといえばバタバタしていたのは彼女ではなくその下の説教男だよね。
  『モノごころ~』について言えば、なによりもまず主演の桜川氏が際立った個性を発揮していた。今でこそこんなにも生き生きとした情趣に満ちた芝居を披露されているが、デビューからまだ日の浅い2005年当時はもっと素朴に表面を磨き上げた感じのスタイルで、そして木村氏にも匹敵するほど甘く愛らしい声色でユーザーを魅惑していた。とはいえ、この作品でもたしか「くぁwせ~」台詞に挑戦するなど、色物芝居にもすでにすっかり馴染んでおられたが。



  08/03(Sat)
  夏風邪をひいたので、無理をせずおとなしくゲームに勤しむことにする。

  ぐったり寝ていたら、兎月胡太郎君が夢に出て来た。実在とフィクションとを問わず、現実で接したキャラクターが夢に現れることはほとんど無いので、すごく珍しい経験。しかし、そんな時ですら、胡太郎君の声を聴きながら「ああ、これは確かに奥川さんのヴォイスだ!」と感嘆ししつつ聴き惚れていた私は、やっぱり声オタ。



  08/02(Fri)
  『BB3』のユニット育成中。Lv65でも、経験値総量の点ではまだ30%未満でしかない。スキル習得タイミングのチェックをするだけなら、おそらくLv90までで済むであろうが(※Lv99までに必要な経験値の約75%)。まずはモデルユニット(11体)の育成を完遂して、スキル習得タイミングのパターン群を把握しさえすれば、残るユニットは類推でだいたい埋められるようになる筈。とはいえ、遅いユニットだと射撃系スキルの習得が始まるのがLv50やLv60になるので、結局そのあたりまではレベルアップさせていかなければならない。一般ユニットがLv60までに要する経験値総量は691480。迷宮職で稼がせるとしても1729ターン(約2時間)ずつ掛かる。この方針なら、来週中には、あるいはどんなに遅くともお盆前には、スキル検証も完了するだろう。


  『BB』シリーズの緊張状態を見ていると、『アルフレッド学園』の夏野雪継は本当にとんでもないことをしていたんだなあ、と思う。魔界の王子(大魔王アイシエスの実子)が、ことわりもなくフラッと人間界に行っちゃったんだから。しかも、ごく少数とはいえ、親衛隊の精鋭たちを引き連れて。雪継に対する天界の介入がクーチェルの暗躍だけでひそやかに終結したというのは、ちょっと信じられないくらい。『アルフレッド学園』ED後も、天界からの介入はくりかえし生じていくのではないだろうか。あるいは、天界と魔界がひそかに(必死に)交渉してなんらかの妥協と約束をとりつけたか、あるいはもしかしたら、『アルフレッド学園』の時点では(魔力枯渇により)人間界の重要性が下がっていて雪継の行動はあまり問題にならなくなっているという可能性も考えられる。実際、近代以降(『海賊王冠』『忍流』以降)の時代では、人間界に対する魔界/天界の干渉はほとんど描かれていないのだし(――雪継事件のほかは、『DC』のリンテールくらい)。


  『薺ヶ好――なずなと若葉の物語』。『碧ヶ淵』と『宵待姫』はプレイしたしVFBも買ったほどだが、このFD作品は買っていなかった。しかし、ふとこうして副題まで振り返って見てみると、思わず胸が高鳴った。(五行)なずなさんと若葉(椿)さんが好きなのは、今に始まったことではないが。
  それにしても、両作とも実に良いキャストでした。