第4話「炉の主(オッチギン)」
原作漫画第7話の途中(1巻166頁)から、第8話の終わりまで(単行本第2巻)。
サブタイトルはもちろん、当主となるべき末弟の地位のことだが、その「オッチギン」が即位しなかったという意外性にもつながっている。
脚本は井上美緒(第7話も担当)。近年でも『不器用な先輩。』(2025)など、いくつかの作品でシリーズ構成を務めているクリエイターである。絵コンテ&演出は霜山朋久(第2話の作画監督も務めている)。90年代からのキャリアがあり、『SANDA』などの監督経験もある。
(00:00-)アバンタイトルは、ソルコクタニとの対面の瞬間から。ほんの数秒間のシーンだが、アニメ版は例のモンゴルテーマの太鼓連打BGMと、室内の松明から飛び出てくる火の粉によって、不穏さを強く印象づける。
(01:40-)OPを挟んでAパートに。アニメ版では、「炉の主(オッチギン)」について詳しく説明しているが、それ以外は、レイアウトも台詞もおおむね原作どおりである。「炉の主、竈の火を守る者。他の兄弟が独立して自分の放牧地を持っても、末の弟だけは親元に残って、一族の財産を受け継ぐの」。
ここでソルコクタニを演じている久野美咲の芝居も、ユニークな仕方で人物像を掘り下げている。壮大な世界展望を語っているのだが、どこか浮ついて空疎に聞こえる――そう聞こえるように、あえて無頓着で押しつけがましく、それでいて、分かっているような分かっていないような演技をしている。言い換えれば、主人公にとっては、大事な書物をまったくどうでもいいことのために使おうとしている理解不能で気持ち悪い台詞のように聞こえるということでもある。
確かに、この妃はこの妃なりに広い視野と優れた理解力を持ってエウクレイデス『原論』の意義を語っているのだが、主人公からすれば、共感できるところが微塵もない、徹頭徹尾不気味な他者であり、そして『原論』を奪っていった憎むべき敵にすぎない。その致命的な溝を、この隙間風の吹くような寒々しく薄っぺらい会話の演技は確かに作り出している。しかも、皮肉なことに、『原論』の内容に向き合おうとする知的好奇心という意味ではソルコクタニの方がやはり正統なのであって、亡き奥様への敬慕を書籍に投影している主人公の方がむしろおかしいのだが、こうした転倒状況は古典的な悲劇作品によく見られる王道の作劇そのものでもある。
漫画版と同様にアニメ版でも、亡き奥様の姿と眼前のソルコクタニをオーバーラップさせる。絵コンテはかなり原作のコマに寄せているが、ここでは声優の芝居が物語に迫真性と深みを与えている。主演関根明良も、湧き上がってくる憤激とそれをぎりぎりまで抑える内圧を巧みに表現している。
(05:50-)季節は冬に。ペルシャへの望郷を語りつつ、『原論』講義を続けていることが示唆される。さらに、羊たちの糞の処理や、春の訪れ、馬の扱いに苦労する様子、そして二度目の冬を経て1224年の夏に入る。この一連のシークエンスはアニメ版独自の追加。
1224年ということは、主人公はそろそろ20歳になる頃だろう。ここでは珍しく主人公の視点を離れて、ソルコクタニとトルイの夫婦が主人公のことを褒めるシーンがある(アニメ版独自の描写)。トルイの息子たちが元気に狩りの成果を誇っているという一見微笑ましい状況だが、アニメ版は落日の夕暮れに時間帯を設定して、チンギスカンの死を予告する(※ここでもチンギスカンは後ろ姿だけであり、顔は描かれない)。そして、老いたオオカミが倒れ伏すイメージによって、その最期を暗示する(アニメ版独自)。
(10:30-)時代は1227年夏へ(※アニメ版のテロップによる)。崖の上に立って亡父を思うトルイや、むせび泣く家臣たちなど、アニメ版はチンギス・カンの逝去をドラマティックに見せている。さらに、原作どおりのナレーションに合わせて、アニメ版はトルイ部隊の勇壮な騎乗や巧みな射撃、宿営地巡回中の人気ぶりなどの描写を拡充している。
そして1229年秋。主人公はこの時点で21歳~25歳あたりか。原作からわずかに順序を入れ替えて、羊の中から石を見つけるシーンをここに挟んでから、新皇帝の即位シーンが描かれる。祝いの食事、歌舞音曲、モンゴル相撲などの描写も、アニメ版はカットを増やして賑やかな映像にしている。巫術師(カム)による占いの踊りも、ワンカット描かれている(アニメ第6話を参照)。今後登場する妃たちも、アニメ版はここでひそかに登場させている。「カンではなくカアン」というくだりは、原作ではチンギスカンの親族たちの台詞だったが、アニメ版では参列人士たちの会話に移し変えている。
即位したのがトルイではなくオゴタイであったというミスリード演出は、原作でもアニメ版でも行われている。その後の祝宴で、原作漫画では、兄弟の結束についてソルコクタニが、「本当にそれが続くのならいいけれど…」と不安気なモノローグを残す。それに対してアニメ版は、ファーティマは「慣習を破ってまで後を継がせるなんて、そのオゴタイとかという皇子はよほど優秀なのかしら」といった独り言を言わせている。その後、ソルコクタニが主人公に極秘命令を与えるシーンで、アニメ版はここでもふたたび中空に浮かぶ満月を描いている。