2026/08/04

アニメ雑記(2026年8月)

 2026年8月の新作アニメ感想(第5話~)。
 『キャラメリゼ』(現時点での評価は80点)、『クレバテスII』(70点)、『グロウアップショウ』(70点)、『さよならララ』(80点)、『対あり』(70点)、『ジャードゥーガル』(85点)、『透明な夜』(65点)、『BLACK TORCH』(70点)の8本を視聴継続している。『ダンシング』(65点)と『手札が多め』(65点)は、精読はせずに流し見程度に付き合っていく。


●『乙女怪獣キャラメリゼ』
 第5話。進級した春と、新しい友人。怪獣化ノルマは序盤であっさりとこなしつつ、メイクによる自己承認を語る。主人公が抱えている問題を、外面に症状が現れる身体的コンプレックスだと明言するのはたいへん悲しくつらい。
 今回の新キャラ(ギャル)を演じているのは、白石氏。


●『グロウアップショウ』
 第5話。調子が上がってきた。雨のしっとりした情緒と、木造家屋のノスタルジックな雰囲気、双子キャラのバックグラウンドを掘り下げる優しい物語、そして洒落っ気のあるユーモラスな演出。今回の絵コンテも、亀井幹太監督自身による。
 今回の悪役キャラを演じているのは生天目氏。

 昭和30年代のサーカス団というのは、確かに上手いシチュエーションだと腑に落ちてきた。つまり、
 1) 美少女ものを、ノスタルジー世界とレトロ原色デザインと取り合わせる新奇性。00年代風の256色ヴィヴィッドカラーでもなく、20年代風の暗い中間色でもない。セピア色寄りの統一感を持ちつつ、色彩的な賑やかさも確保している。上手いチョイスだと思う。
 2) 戦後復興期の、ひたすら自由で、無邪気にポジティヴでいられる雰囲気(※もちろんこれは昭和を後から美化したイメージなのだが、フィクションとしてはこのくらいのアレンジは十分あり)。
 3) サーカスは、キャラクターの全身運動の魅力を前面に押し出せる。現代のステージアイドルものと、相通じるところもありつつ、パフォーマンスのスタイルはまったく異なっているので独自性を打ち出せるし、「サーカス」それ自体としても、広くイメージが共有されているので受け入れられやすい。ただし、これまでのところ、そういうパフォーマンス動画としての面白味は、あまり作り出せていないが。ブランコ芸も単純な動きだし、マジックも突飛な超自然的現象になってしまっている(※これはアニメ媒体ならではの問題でもある。アニメは「何でも描ける」というのが当然の前提であるため、どんなにアクロバティックなサーカス芸を披露しても、それをリアルな凄味として感じ取るのが難しい)。


●『さよならララ』
 第5話。ケーキ店「アンデケン」で働き始める。密度感のある屋内俯瞰レイアウトは、今回も効果的に使われている。実在のお店(近江八幡市)を使っているためもあり、スタッフの名字は市内または近隣の地名から取られているようだ。キャストは、さすがに滋賀出身オンリーとはいかず、京都出身者や大阪出身者もいる。
 アルバイトを通じて、人間の集団生活に触れる主人公。その風景が、写真現像のシーンでじんわりと形を成していくところがたいへん印象的。写真だけでなく、自家用車のルームミラーに主人公の姿が映り込んでいるというテクニカルなカットもあり、バイト先のスタッフたちが彼女をそっと見守っている視線もそっと描写されており、今回はとりわけ視界(視線)の存在が強調されている。
 一見素朴なようでいて、作りはかなりしたたかで、しかもテーマそのものは(今のところ)ストレートというバランスも興味深い。
 ララの履歴書の書体もやたら凝っている。前衛書か何かのような幾何学的な面白さがある。


●『天幕のジャードゥーガル』
 第6話は、小清水氏のモノローグ(ナレーション)でリードされる、ドレゲネの長大な回想。前回にも増して凄みのある、名匠小清水氏の芝居。心情のデリケートな移ろいと、その底にわだかまる暗いパッションを、あくまで芸術的な品位と緊張感を持って演じている。映像表現としても、神託の踊りのプリミティヴな迫力とミステリアスな陶酔の演出は息をのむ出来映えだ……って、老族長の役は石田彰氏だ!!! 後半の悲劇的なシーンも、駆け回る馬たちのアニメーションが切迫感とを煽る。妖しいカーマイン色のオーロラも、流血の過去と復讐の密約を効果的に演出しつつ、双方を結びつけている(※このオーロラは、実際にモンゴルで発生することがあるらしい)。原画/動画も潤沢に投入されているようで、中盤のクライマックスに相応しい密度と劇的な動きを表現しきっている。
 少女「クラン」役は水瀬氏。ちょうど『ダンシング』第5話でも少女役として出演していたが、なるほど、こういう芝居が得意な方なのかな。


●『ワールド イズ ダンシング』
 第5話。欠点が露わになってきた。たしかに動画はダイナミックに動かしまくっているのだが、それが効果に結びついておらず、ただ落ち着きのないサーカス芸で終わってしまっている。視聴覚演出としては、シーンごとの重要度やニュアンスの意味づけができていないし、肝心の舞のシーン(Bパート)も面白味や新奇性が見て取れない。うーん。要するに、「作画班は頑張っているのに、脚本構成と演出が致命的に的外れなせいで、チグハグで筋の通らない凡作になってしまっている」という認識。前シーズンの『春夏秋冬』や昨年の『LAZARUS』と同じ轍を踏んでいる。
 構成と演出が失敗しているのは、AパートとBパートの対比にも表れている。Aパートでは、大胆なデフォルメを多用しつつ、超人的な躍動感のある全身運動をこれでもかと見せつけている。そこは素晴らしい。しかし、Bパートの舞台上では、写実志向の――現実的な人体機能の限界に縛られた――舞を描いており、その姿はいかにも精彩を欠く。シナリオ上では、未熟ながらも舞踊の新たな世界を垣間見させるものである筈なのに、それが見えてこないのは、そういった演出の失敗のせいもある。
 うーん……もう切ろうかなあ。濃密な動画表現は素晴らしいのだが、それらが物語とちっとも連動していないので、ナンセンスな空転で終わってしまっているので。絵は面白いだけに、実にもったいない。これは監督(と脚本)が悪い。黒柳監督は、00年代からのキャリアのあるアニメーターで、監督としてもこれが6作目のようだが、うーん。川滿氏は、これまで9本ほどのタイトルに脚本参加しており、シリーズ構成としてはこれが初仕事のようだ。

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