第10話「知恵」
前話の続き(原作第19話の末尾)から、20-21話の全体と、第22話(4巻9頁まで)の最初までを描いている。時代はひきつづき1232年の秋。
サブタイトルは、モンゴルの活動が軍事(武力)から統治(知恵)へと移行しつつあることを示唆し、また同時に、幼き主人公がムハンマドから受け取った「知識の価値」を思い出したことにも掛けている。
脚本は佐藤寿昭(第3、6、8話も担当)。今回の絵コンテ&演出&レイアウトは、前場健次(本作では初参加。他作品では作画監督レベルの仕事も多数引き受けている)。そして「絵コンテ協力」として藤倉拓也もクレジットされている(第1-2話を担当)。大筋は原作漫画とほぼ同一だが、この回では台詞レベルでの状況説明の補充や、画面レイアウトの刷新による印象的な絵作りなど、アニメ翻案版ならではの創意が良く発揮されている。
(00:00-)アバンタイトルは、例によって前話の要旨をリピートしている。
(02:10-)原作漫画から順序を替えて、原作3巻133頁以下のオゴタイの夢から始まる。青い世界に囚われたオゴタイの表情のクローズアップや、「精霊たちの住む世界」の真っ白に輝く神秘的な動物たちなど、アニメ版はこの場面の描写を大幅に拡充している。トルイが陽光とともに登場する演出も、前回から維持されている。モンゴル独自のシャーマニズム的精神文化のディテールを、このアニメ版は豊かな視覚的イメージとともに掘り下げているのが特徴的である。
原作漫画では、「地底の精霊たちが気づいてしまう」とあるが、アニメ版では「地底の」を削っている。映像上の表現からして、白い獣たちと闇の獣の対比は明らかなので、この処理は理解できるものだが、元々の設定で「地底の」存在が忌むべきものとして語られていたことは付記しておく。トルイが血にまみれた剣を出すところも、アニメ版独自の表現。彼のこれまでの所業をあらためて強く示唆する演出である。
(04:30-)目覚めるオゴタイ。その隣に置かれていた精霊界の地図(?)を眺めるが、それをボラクチンがあからさまに遮り、オゴタイとトルイの最後のつながりを断ってしまう(アニメ版独自)。ボラクチンが、病床のオゴタイを見つめて、一度目を閉じてから立ち去るのも、アニメ版独自のミステリアスな映像表現である。
(05:20-)夜の宿営地を探し回るファーティマのシーンに戻る(原作127頁以下)。「ドレゲネ様のこと、何か知っていると思ったのに……」といった、やや説明的なアレンジ台詞もある。夜中のシーンだが、ここでは月は見えず、低い雲に絡まれた星空が見えるだけである。トルイの死を、流れ星で示唆するカットもアニメ版独自。
さらにトルイが急死するシーン(原作140頁以下)についても、いきなり馬上で苦しみ出して倒れるカットや、よろよろと帰ってきた夫にソルコクタニが駆け寄るカットなどはアニメ版の新規描写である。
(08:30-)チンカイが取り次ぐ「ジャルグチのシギ・クトクより~」という台詞もアニメ版の追加。「ジャルグチ」は、原作漫画では「断事官」という言葉にルビが当てられている。「我が国の発展に貢献することでしょう」というフレーズも、アニメ版が追加して状況を明示している。
ボラクチンが小柄なキルギスタニを脅す台詞でも、「法に背いて」という文言をアニメ版は加えている。キルギスタニが行政官に掛け合っているシーンは、原作では先に出ていた(3巻126頁以下)が、アニメ版は順序を入れ替えて叙述の順序をきれいに再整理している。「そ、それは……」と狼狽える少女に対して、ボラクチンが大きな日傘とともに圧迫するかのように見えるコンテも、アニメ版の演出である。原作漫画では、室内で背を向けたまま呟くような描写だったが、アニメ版では顔を近づけて「その願い、叶うかもしれないぞ」という不気味な振り付けまで与えている。このように、アニメ版はボラクチンが誰に対してどのように影響力を行使しているかを、視覚的-物語的に強調するような表現にアレンジしている。
子供たちが遊んでいる骨がファーティマの足元に転がってくるのもアニメ版独自。この背骨(?)は、これまでも謀略の組み立てを暗示するように使われてきたが、ここでは主人公の策謀の破綻と、その残滓を示すかのようである。『原論』に炎のイメージが重なっているのもアニメ版の追加表現。
テントの入り口を開いて光が射すカットも、原作漫画には無い描写だが、ここに収蔵されている書物が新たな知の光をもたらしていくことをさらりと暗示する巧みな演出。この書庫での会話シーンは、アニメ版が印象的な表現にアレンジしている(※レイアウトも原作のコマ絵から大きく変更しているし、ボラクチンが手を差し伸べるのもアニメ版独自の所作である)。
天幕の外に出る主人公。アニメ版は夕暮れに設定して描いている。荷台から大量の紙が吹き飛ばされていき、それがムハンマドの花びらの思い出にオーバーラップするのも、盥が転がり落ちるディテールも、「奥様……それももう叶ってしまいました」というパッセージも、このアニメ版独自。
丘の上を幸せそうな家族が羊を追っていく一方、その下を、彼らとは逆向きにファーティマが進んでいく。ごく短い追加カットだが、主人公がこれからどのような生き方に向かっていくのかを示す、優れた絵コンテである。
(16:50-)小川で行水するシラの様子は、アニメ版の追加。彼の文化的背景を示すためだろうか。「全部……あの人の……ボラクチン様の掌の上だったんだわ」という台詞も、骨組みを散らすカットも、アニメ版のアレンジ要素。ファーティマの馬が先に駆けていくのを、シラが焦って追いかける描写も、アニメ版の追加。原作漫画では、風景コマだけを挟んですぐにカダクたちのシーンに移行するのだが、アニメ版は主人公の新たな決意を表現するようにこの場面を盛り上げている。焼きゴテでカダクを探して回るところも、アニメ版独自のシークエンス。
(20:50-)ここで原作漫画の第4巻(第22幕)の内容に入っていく。ファーティマがカダクに食ってかかる描写はアニメ版の追加で、その叫び声はこの場面のグユクたちの混乱した状況をさらに強く視聴者に印象づける。