2026/08/17

『天幕のジャードゥーガル』原作漫画とアニメ版の比較対照:第8話

 第8話「大カトゥン ボラクチン」

 原作漫画の第15話の続き(3巻22頁)から17話の終わりまで。時代はひきつづき1230年から、翌1231年に金国侵攻が開始された頃まで。
 サブタイトルは、今回の実質的なメインキャラクターを指している。
 脚本は佐藤寿昭(担当話数はこれで3つ目)。絵コンテ&演出は村越麻海。本作の制作会社サイエンスSARUの社内クリエイターで、キャリアは比較的若いものの、いくつかの作品で作画監督も務めている。


 (00:00-)前話の末尾リピートからの続き。アニメ版は、モゲ妃のピンクパールの耳飾りにオゴタイの顔を映り込ませることで、彼の世界構想が経済的繁栄の未来と深く関わっていることを視覚的に示している。その一方で愛すべきモゲの振舞いに関しては、コミカルな表現を遠慮なく投入している。

 (02:20-)Aパート。商人が持ち込んだ種々雑多な織物や家具類を、アニメ版はディテール豊かに描いている。ボラクチンの天幕を訪れたシーンは、耳鳴りのように不気味で不明瞭な劇伴にリードされ、光を遮られた室内はおそろしく低い彩度で着彩されている。そうした中で、はちきれんばかりの元気さで袂を振り回し長髪を跳ねさせるモゲ妃の明るさも目を引く。
 侍医の回想へと画面スライドする移行の仕方は、ちょっとユニーク。この箇所だけでなく、この話数は絵コンテレベルで指示された映像的な変化が非常に面白い。「外丹」を説明するくだりでは、アニメ版独自のイメージカットを制作している。モゲがドレゲネたちに相談するシーンは、モゲの悩みぶりと、ドレゲネたちの歯切れの悪さが相俟って、この夕暮れ寸前の曖昧な色合いの空の下でもどかしく展開されていく。
 盥の排水を草原に流すファーティマ。この金属盥は、懐かしきムハンマドとのエピソードとつながっている(落ちる盥のカットはアニメ版による追加)。事実、トゥース時代以来の知識をここで思い出して、彼女はそれを自らの人生のために活用する着想を得る。地面に広がった水たまりには美しい星空が映っているが(アニメ版独自の演出)、これを「美しき知識の身近な広がり」と捉えるか、それとも地に落ちた星空に「ごく狭い知識と、転倒した復讐心との間のいびつな結託」を見て取るかは、視聴者の解釈次第だろう。ここでも、水たまりの広がりのカットが、天の星空そのものになり、そこからカメラが地面に降りてきてファーティマを映すという、幻想的なカットつなぎがある。
 一人残されていたドレゲネが三つ編みの髪先を所在なくいじっている所作は、アニメ版独自。ボラクチン訪問を嫌がって、毛布に顔を隠すのも同様。他のシーンでも、ドレゲネの心細さ(あるいは精神的な脆さ)や、ファーティマへの依存ぶりを印象づけるような絵がくりかえし描かれる。

 (08:30-)ボラクチンに向けてトラップを仕掛けようとするファーティマの堂々とした語り口。そして、横顔から正面へ向き直るボラクチン。これが二人の魔女の対決であることを、このアニメ版の絵コンテは視覚的にも造形している。また、これは西方(ギリシアからペルシア)の知の蓄積を背負ったファーティマと、東方(中華文明)に親しんできたボラクチンの対比でもある。
 原作漫画では、ボラクチンが雄黄を摂取していた理由として「毒と知らないわけではなかったが それは一時的に体を楽にしてくれるから手放せなくなるのだ」とも語っているが、アニメ版では省略されている(※もっとも、後に示されるであろうように、彼女には別の真意があったのだが)。
 ここでもドレゲネは、ジャダ石を見て驚いたり、ファーティマの語りを横目で不安気に見守っていたりと、不安定な受け身の姿勢のままである(いずれもアニメ版による描写)。

 (12:10-)同じく、1230年の夏。原作漫画によれば、山西地方の「西京」である。回復したボラクチンや、他の妃たちもオゴタイ軍に同行している。ようやく明るい空の下に出たボラクチンと、彼女に駆け寄るモゲたちは、どちらも十分に元気な様子である。
 さらに翌1231年には、金国包囲が始まっている。ボラクチンからの使者がファーティマを招聘するシーンは、アニメ版独自。南宋攻撃を決意するトルイのシーンは、アニメ版では不穏な曇り空の下で描写される。つづく関所攻撃のシーンは、本作ではほとんど初めての本格的な戦場描写である(※ニーシャプール陥落やメルキト反乱などの断片的な描写も一応存在したが)。トルイの「兄上 きっと喜んでくれるぞ」のカットでは、金色に輝く空へとパンニングしていく。
 戦場から離れて、トルイの妃ソルコクタニの宿営地では、家畜たちの鳴き声が響く牧歌的な空間である。原作漫画では、ソルコクタニはネストリウス派キリスト教を信仰していると注釈が付されているが、アニメ版は十字架描写だけなので分かりづらいかもしれない。
 ドレゲネとファーティマも、オゴタイ軍に付き添って山西地方に来ている(※原作漫画は、キャプションで明示している)。羊乳を搾って加熱し、それを固めたものが「ウルム」である。原作漫画では、これをクリームの一種だと説明している。
 ボラクチンとの知的な会話。アニメ版は静かなズームアウトや怪しいBGMとともに、ボラクチンに不安の種を差し込もうとするファーティマの姿を描き出す。天井からの光を受けながら、まるで神託でも告げるかのようにボラクチンを持ち上げる。
 太陽が山際に落ちかけているが、しかし依然として強烈な輝きを放っている。このアニメ版のカットも、老境にしていまだ健在なボラクチンの存在感を暗示するものだろう。ここまで見てきたように、このアニメ翻案は、風景表現や天体描写を通じて状況のニュアンスを伝えている場合が多い。そして、ドレゲネは、ファーティマが持ってきたクリームを食べることもなく、ボラクチンに呼び出されて詰問(探り)を受けようとしている。
 ボラクチンの天幕にて。圧迫感のあるモンゴルのテーマBGMとともに、そして背中に大きな影を揺らめかせながら、ボラクチンはドレゲネに語りかける。ファーティマに騙されたようでいて、その実、冷静にも彼女への疑念を高め、そしてファーティマ本人ではなくドレゲネを標的にして、その策謀を突き崩そうとする、したたかな行動である。ボラクチンの大きな影を上へパンニングさせていき、ここでようやくサブタイトル「大カトゥン ボラクチン」を表示して、この一連の駆け引きを操ってきた真の謀略家を視聴者の前に明らかにしたところでこの恐るべきエピソードは締め括られる。