第7話「兄弟」
原作漫画の第13話の途中(2巻131頁以下)から、第15話の途中(3巻22頁)まで。時代はひきつづき1229年から、翌1230年まで。
サブタイトルは、今回描かれるチャガタイ-オゴタイ-トルイたちの状況をストレートに示唆している。
脚本は井上美緒(第4話も担当した)。絵コンテは安部祐二郎とNicholas McKergowの連名。安部氏は第3話も担当している。McKergow氏は若手のアニメーターで、ネットにはオーストラリア出身との情報もある。演出も安部氏。
(00:00-)アバンタイトルは、前話のラストシーンからの続き。ドレゲネとの密談を終えてテントを出る主人公。ここでも、アニメ版の主人公は満月をふり仰ぐ。そして原作とはわずかに順序を変えて、ここで主人公は、「私、なんてことを……ソルコクタニ様の命令まで無視して……待って、私……ソルコクタニの奴隷じゃない」という思い直す。つづくシラとの会話も、原作では総会議シーンの間に挟まれていたが、アニメ版はここに集約している。
(03:00-)Aパート。アニメ版は、朝の草原を駆ける騎馬隊が美しい。その後の会話シーンは、ほぼ原作漫画のまま。ただし、漫画のコマ組みとアニメの映像作りでは機能性が異なるため、漫画とは左右の向きを反転して描いている箇所が多い(※この反転は、他の話数や他の翻案アニメ作品でもしばしば見られる処理である)。「これをもって赦す」のシーンでは、兄弟二人の姿を真横から撮りつつ、輝かしい太陽光で照らしている。公権力の太陽と陰謀の月は、このアニメ版の絵コンテで、しばしばシンボリックな仕方で導入されている。
総会議(クリルタイ)の場面では、「出たくても出れない人だっているってのに!」という台詞を追加して、病床のボラクチンが登場する前にあらかじめ布石を置いている。そして天井の明かり窓からの光に包まれたオゴタイが、国都建造を宣言する。トルイによる金国侵攻の演説のあたりは、原作のコマ絵を踏襲したレイアウトが多い。
ふたたび、鋭く湾曲した三日月の下で、ドレゲネとファーティマが情報交換をする。アニメ版が暗い天幕内で燃えさかる松明を画面中央に置いているのは、ここでも同様(明暗の色彩演出、空間的なレイアウト演出、そして心情表現の小道具演出である)。
「メルキト人だと言いたいのだけど」のくだりで、棚の上のタンポポをフレームインさせている(第3話で摘んだ花であろう)。いまやモンゴルのテントに閉じこもっているドレゲネにとって、野の草花は彼女の出自、アイデンティティ、そして幸福のよすがを示唆している(第6話も参照)。
(12:00-)第四妃のモゲが、第一皇后ボラクチンを見舞う。モゲの耳飾りを、その輝きや揺れるアニメーションによってアニメ版は目立たせている。ドレゲネ天幕の松明と、ボラクチン天幕の松明をオーバーラップさせつつ、二つの密談の隠微な照応関係をアニメ版は視覚的に明示している。相談を終えて、いびつに欠けた三日月の下で、ファーティマは自らが加害に手を染めようとしていることを独りごちるが、そのまま冷たい目で闇に消えていく。
(15:10-)翌1230年の夏。ここから原作第15幕(第3巻冒頭)に入る。主人公は22歳~26歳あたりと思われる。天幕設置の様子が細かく描かれているのは、アニメ版の追加ディテールである。
ホラーサーン(つまりシタラの出身地域)の商人たちと主人公ファーティマが交わす会話は、原作ではペルシア語でのやりとりである。