2013/10/21

FD制作は減っているのか

  「隠しヒロインたち」の記事に関して、ヒロイン「昇格」の件で気になったことどもの雑多なメモ。


  【 FD制作の減少? 】
  「隠しヒロイン」の件。FDでのヒロイン「昇格」の代表例として、どんなものを挙げたらよかったのだろうか。私はFDをあまりプレイしないので、このあたりの事情には詳しくない。『この大空に~』のFDは羽鳥空キャラと優希芹果キャラを「昇格」させたらしいが、それは別のところで言及したし……。keyは頻繁にやっているが、非18禁なので後回し。最近だと、『鬼ごっこ!』の妹キャラ(浦部葵)あたりだろうか。
  いろいろ振り返ってみると、意外にも(?)、最近ではFDはあまり制作されなくなっているのかもしれない。一時期(00年代後半頃まで)の白箱系は、ちょっと人気の出たタイトルはすぐにFD制作されていたという印象だったものだが……。

  ざっと調べてみると、例えば、すたじお緑茶は、『恋色空模様』(本編2010年/FDは2011年。以下同様)まではたびたびFDを制作してきたが、それに続く『祝福の鐘の音は~』(2012)は今のところFD等の制作告知はなされていない。HOOKSOFTは、『HC』(2009/2009)以降は、小さなものしか作っていない。Purple softwareも『Signal Heart』(2009/2009)が今のところ最後だが、先頃久しぶりに『ハピメア』(2013)のFD制作が告知された。CUFFS系列も、FDを作ったのは『ヨスガ』(2008/2009)の一度きり。ASa Projectも、2004年のデビュー作ではFDを制作したが、それ以降の5タイトルでは市販レベルのFDは制作していない。clochetteは『かみぱに!』(2008)以来の5タイトルで、『スズノネ』(2009/2009)の1本でしかFDを作っていない。さらに言えば、ゆずソフトやAXLはこれまで一度もFDを作っていない。OVERDRIVE/GROOVERやApRicoT(旧CROSSNET)も同様で、2008-2009年頃からはFDが存在しない。
  こうしてみると、2009年頃を境にしてFDを作らないようになっているブランドが多数存在する。ここから、白箱系でのFD制作は減っていると述べてよいように思われる。
  CIRCUS、キャラメルBOX、ねこねこソフト、pajamas soft、Littlewitch、F&Cなどが活動停止しまたはリリースペースが鈍っていることも、この状況に拍車を掛けているだろう。

  他方でAUGUST、ensemble、FAVORITE、ういんどみる、Leaf/AQUAPLUS、きゃんでぃそふと、みなとそふと、戯画、UNiSONSHIFT系列、Whirlpool、ageなどは、近年でも定期的にFD(またはそれに相当するようなタイトル)をリリースしている。lightのあれも。ハイクオソフトのは「定期的」とは言いがたいが。非18禁寄りのkeyやminoriも、FDへの依存傾向が強い。
  上述のALcotは珍しい例で、『Tryptich』(2006)から『EL』(2008)までの4タイトルにはFDが無かったが、『大統領』(2009/2010)からはFDを作るスタイルへと移行している。PULLTOPも、当初はFDの少ないブランドだったが、『この大空に』(2012/2013)ではFDを制作した。

  白箱系以外に視野を広げると、でぼの巣の「追加シナリオ」リリース(事実上FDの一種と見做すことができる)が代表的だろう。Eushullyは、内容追加データ(「アペンドディスク」)を頻繁に制作しているが、これはAVG作品における「ファンディスク」に相当するものと考えてよいだろう。Escu:deは、以前はFDやおまけディスクを頻繁に制作していたが、『あかときっ!』(2010/2011)以降の4タイトルでは今のところFD等の告知はなされていない。Black CYCやApRicoTも、FDを作らなくなっている。

  もしもFDが実際に減少しているのだとして、あるいは少なくとも局所的にそのような変化が現れたのだとして、その原因が何であるかについては十分な論拠のある答を出すことができない。
  FD制作(及びそれによるサブキャラ「昇格」)について、ユーザーサイドではむしろ積極的に要望する意見が多いと思われる。もちろん擬似的な分割販売になることへの懸念もありはしたが、FD制作は総じて好意的に受け止められているようであり、それゆえFD制作の沈滞の原因をユーザーの心理的反発に求めることはおそらくできない。また、FD制作が新作着手を遅らせるという側面について、制作者サイドが消極的になるというような現象は、少なくとも一ユーザーのレベルでは、今も昔もほとんど感じ取れない(――ファンディスクよりも次の新作を、という趣旨の発言をしたクリエイターはいるが)。外注素材の契約形態の変更によりFD制作が困難になった、というようなこともおそらく存在しないだろう。
  原因があるとすれば、心理的事情や法的事情ではなくおそらく経済的な事情であろう。すなわち、かいつまんでいえば、制作リソースをFDにつぎこむのが難しくなった(インプット面)か、あるいはFDのセールスがコストに見合わないものになった(アウトプット面)か、あるいはFD以上に収益の上がる手段が発見された(オルタナティヴ)か、いずれかの事情が想定される。しかしながら、そもそもFDは、一般論としていえば非常にリーズナブルな商品の筈である。FDの経済的側面については、以前にファンディスクという商品形式についてという小文を公開したことがあり、私の意見は現在も基本的に変わっていない(――tw上でも同じような話を繰り返していた憶えがある)。また、一部のブランドは主題歌CDや抱き枕カバーといった周辺商品を精力的に販売するようになっているが、そのことがFD制作を圧迫するということは通常考えにくい。以上、経済的側面について見ても、私の頭で考えられる範囲では、納得のいく説明は見当たらない。
  作品規模がいよいよ増大し、一方でヒロイン人数は5人から4人、さらには3人へと縮小しつつあるにもかかわらず、他方で物語の厚みを保障するサブキャラの人数は(つまりヒロイン昇格のポテンシャルも)増えている。また、広報手段が多様化し(例えばtwでの告知もすでに一般化している)、人気投票などの企画によって公式サイトにユーザーを誘導する手法も充実しており、ユーザーの「固定客」化は進んでいると思われる。にもかかわらず、実際に本編タイトルを購入してくれた顧客層(のみ)をターゲットとして見定めるという意味でファンサービスとしては最大の手段である筈のファンディスクが、制作されなくなっているとしたら、それはかなり奇妙なことだ。
  市場のあるいは業界の特殊事情を自由に想像することはできる。例えば「FDが割に合わないほどに市場が縮小している」、「新作の制作規模があまりにも大きくなりすぎたために、FDを出すことが困難になった」、「素材制作コストの問題ではなく、広報/プレス/輸送などの周辺コストが上昇したために、FDが割に合わなくなった」、「資金的事情ではなく、クオリティを保ったFD制作のための人員調達が困難になっている」、「実はユーザー層はFDを好まなくなっている、あるいは逆に、FDのクオリティに対する期待が上がりすぎてしまった」といった推測を作り出すことは一応可能だが、おそらくいずれも事実に反する(――反証を挙げることもできるだろう)。


  【 初期のヒロイン「昇格」事例 】
  (※部分的に「隠しヒロインたち」記事の註に反映させた)
  FD制作の件とともに、「ヒロイン昇格」の実例自体についても、時間があればきちんと調査し直しておきたい。2005年の『はぴねす!』以降、特に2007年以降のタイトルについては「昇格」ヒロインの実例はいくつも挙げられるのだが、2005年以前に遡っていくと、私の乏しい知識では、どのような例を挙げたらいいか分からなくなってしまう。

 比較的早期の例は、『NAKED BLUE』(F&C、2001)あたりになるのだろうか。「鷺ノ宮藍」は、本編タイトル『CANVAS』(2000)の時点では、固有のシナリオと専用エンディングがあるが、ただしHシーンは存在せずそれ以外の専用イベントCGの一枚も存在しないという、ヒロインとしてはマージナルな存在だった。それが、コミケ販売の『NAKED BLUE』で再登場した際には少々刺激的なシナリオ展開だったために、ユーザーサイドでいささか悶着の種になったという……。

  同時期の『ねがぽじ』(Active、2001)も、男の娘キャラクター――と現在ではカテゴライズされるであろうが、当時はそのような術語は存在しなかった――を主人公に据えた初期の秀作であったが、その野心作のFDに相応しく、『ねがぽじファンディスク ひとつ屋根の下で』(2002)はヒロインたちの活躍する新規シナリオとともに親友キャラ「遠場透」との同性愛シナリオも含んでいたらしい(※筆者は本編タイトルはプレイしたがFDは未プレイ)。

  少し時代を下れば、『まじぷり』(Purple software、2004)のFD『まじぷり ふぁんでぃすく』(2004)も、公式サイトによれば「サブヒロイン(茗子・朱鷺乃)のHイベント」を収録しているとのことだが、どの程度のものなのかは知らないので、保留せざるを得ない。『Like Life』(HOOK、2004)のスピンオフ商品『氷庫版』(2004)も、上記『NAKED BLUE』と同じくコミケ限定商品ではあるが、ユーザー人気を受けてサブキャラに対して事後的にヒロイン級の待遇を提供してみせた先駆的な試みと言えるだろう。この点でも、HOOK(HOOKSOFT)は先進的だった。

  ファンディスク等におけるヒロイン「昇格」というのは、もしかしたら00年代半ば以降に普及した(つまり、「比較的新しい」)流行なのかもしれず、そして、もしかしたら10年代に入ってからは(FD自体の減少傾向とともに)勢いを弱めつつある、一時的な流行だったということになることになるのかもしれない。