2013/10/16

ワイド画面がもたらしたもの

  ワイド画面がもたらしたもの――初期の挑戦と現在に至る困難――

  1.最初のワイド画面タイトル
  2.最初期のワイド画面タイトル群とそれぞれの特質
  3.ワイド画面の得失
    1)イベントCGの構図に関して
    2)テキスト表示幅に関して
  おわりに:PCゲームの実行環境


  【 1.最初のワイド画面タイトル 】
  [ green.ribbon.to/~erog/Wide_Page02.html ]
  思い出したかのように言及すると、ワイド画面を初めて採用したPC(アダルト)ゲームは『秋色謳華』だというのは私も演出論でも述べたが、ただしこのタイトルの当初のリリースは2005年夏のコミケ限定販売に過ぎず、一般販売されてはいなかった。それゆえ、例えばgetchu.comのデータベースにも、『秋色謳華』単体では登録されていない。このタイトルが一般流通化したのは、のちにセット商品『秋箱』(2008)に再録された時点のことになる(――それまではわりとレアアイテムだった筈。他社の例だとF&Cの『みずかべ』『NAKED BLUE』なども当初はコミケ限定販売で、一般販売化されるまでは入手困難だった)。こうした事情を踏まえつつ、市販流通した正式な商品のみで考えて、2006年2月にageが発売した『マブラヴ オルタネイティヴ』を「最初のワイド画面タイトル」だとするのも、一つの筋の通った立場だと言える。

  私自身は、「コミケ販売であっても、この場合は制作及び販売の主体が商業ゲームメーカーであり、明確な連続性がある」、「商業作品の関連商品(『秋色恋華』のFD)であり、内容及び作品規模の点からも無視することは妥当でない」、そして「とりわけ技術史的乃至文化史的次元で見れば、一般販売かどうかで扱いを違える必要は無い」といった考慮から、『秋色』を最初の実例として挙げたが、『オルタ』に「最初」の栄誉を授けるという立場の人もおそらくいるだろう。


  【 2.最初期のワイド画面タイトル群とそれぞれの特質 】
  作品内容に踏み込んでみると、『秋色謳華』の背景画像は『秋色恋華』の背景画像を拡大してワイド化するという無理のある対応をしていたし、ワイドサイズで表現することで意味のある演出があったわけでもない。Purple softwareがワイド画面の構成をきちんと自らのものとして消化して、ワイド画面ならではのゲーム作りに成功したのは、『あると』(800*600)を挟んだ二度目のワイド画面挑戦『プリミティブ リンク』(2007年、1024*614)を待たねばならなかった。

  それに対して『オルタ』は、冒頭の英語シーン(ハイヴに潜入した国連軍兵士のシーン)がはっきり示しているように明らかに映画風の画面作りを目指しており、そこにはセンタリング字幕のぎこちなさに代表されるいくつもの瑕疵(あるいは陳腐さ)や、背景画像を擬似3D変化させる空間表現に見て取れるような強引さがあったとはいえ、立ち絵画像を自由拡縮して背景画像の中に埋め込んでいく写実志向の画面構成や音声パンニング等の周辺技術とともに、ワイド画面の意義は適切に発揮されていた。

  個人的には、――これも演出論などでくりかえし述べてきたが――すたじお緑茶の『片恋いの月』(2007)もまた、ワイド画面ならではの広々とした舞台を活用した初期の傑出した実例として『オルタ』に比肩すると考えている。そして、それ以降の現代AVGは、とりわけワイド画面を採用した白箱系AVGの多くは、age式の映画字幕スタイルよりも、緑茶式のフキダシ会話スタイルを志向してきたと言える。

  いずれにせよ、Purple SWにおいては物語の舞台をより良く見せようとする空間性表現、ageにおいては映画らしい写実性に寄り添おうとするための様式的表現、緑茶においては多人数会話を適切に表現するための機能性表現と、ワイド画面採用の趣旨はそれぞれに異なっている。


  【 3.ワイド画面の得失 】
  2013年現在においても、各ブランドはワイド画面の扱いに苦慮し、あるいは時としてワイド画面の特性に無頓着なまま失敗し続けている。

  1)イベントCGの構図に関して
  大きな変化の一つが、イベントCGの構図、とりわけアダルトシーンのそれに現れている。4:3画面からワイド画面(16:9、一部は16:10)に移行したことにより、キャンバスの横幅が1.28倍(16:10の場合は1.2288倍)に広がっている。この広さは、多数のキャラクターを描き込む際にはアドヴァンテージになるが、ただしこのアドヴァンテージの恩恵を受けたのは(特に白箱系タイトルでの)「立ち絵+背景」シーンであって、一枚絵シーンにとってはむしろ縦の狭さ(縦横の比がよりいっそう大きくなり、正方形からさらに遠くなってしまった)というデメリットが露呈した。一つの人体を縦方向に描くと、両サイドの空間はオブジェクトによって埋められることのまま空いてしまう。とりわけアダルトシーンでは、多くの場合、まさに「ヒロイン一人のみが描かれる」一枚絵が通例であり、そしてワイド画面はアダルトシーン構図のヴァリエーションを大きく制約することになったと思われる。ワイド化したタイトル群で、イベントCGの構図がより大きな傾斜で――水平線から斜めに大きく傾けて――提示されるようになったという指摘はweb上で何度目目にするが、特にアダルトシーンでは、ヒロインが真横に寝そべった構図が頻出することにもなっている。
  例1:[ http://www.cabbit.jp/midori/images/graph/cg007.jpg ]。背景の水面は65度にまで傾斜しているが、このような急傾斜はもはや珍しいものではなくなっている。さらにアダルトシーンは、仰臥した人物を上から撮った構図になることも多いため、脚部側が画面上に、顔面が画面下側に来ることも間々ある。この一枚絵に関していえば、この急傾斜のレイアウトのおかげで、中央のヒロインの全身が画面内に収められ、その動きがはっきり見えるようになっているが、しかし水面(液体)の傾斜には違和感が残る。
  例2:[ http://xsrv.moon-stone.jp/product/ms14/img/1160.jpg ](※アダルト要素を含む画像につき閲覧注意)。明らかに90度を超える回転をした構図である。ヒロインの身体も、重力方向に逆らう角度になっている。ここでは、ワイド画面の中にヒロインの(足先以外の)全身を収めつつ、このダイナミックな傾斜(回転)処理によってヒロインの胸部が強調されるような構図になっている。

  2)テキスト表示幅に関して
  もう一つの問題は、テキスト表示と関わる。横幅の長いワイド画面ウィンドウでは、その幅に合わせてテキストを表示しようとすると、一行の文字数が非常に多くなってしまう。縦書き書籍の場合には一行40字でも無理なく読むことができるが、ゲームテキストの場合は事情が異なる。現代のコンピュータAVGは、書籍よりも大きな画面の上で表示され、しかも一クリック毎にテキストが消去-更新されてしまう。その環境的特性を意識せずにいると、テキストが横にだらしなく伸びた読みづらいインターフェイスになってしまう。それゆえに、ワイド画面が普及して以降も多くのブランドはメッセージウィンドウを横一杯に広げることはせず、テキスト表示は可読性に配慮した穏健な横幅に収めている(――大多数のタイトルは、一行の横幅を22~28文字程度に設定している)。
  ただし、そうした可読性配慮に欠けた、あるいはそのための適切な処理を見出すのが困難なブランドも存在する。管見の範囲では、特にminori(一行35字)とnitro+(一行35字)の鈍感さが際立っている(cf. 2012/3/31付雑記)。ageのような字幕志向のテキスト表示を行うブランドも、改行幅に無頓着なテキストの場合、非常に不格好な見栄えになってしまうことがある。
  なかでもRosebleuは、最新作でも一行45字という極端な設計にしている。下記サンプル画像にはテキストよりもショートカットアイコンの方が悪目立ちしてしまうデザイン上の失敗も見て取れるが、コメディテキストにもかかわらずゲーム進行を遅滞させそのリズムを破壊する画面設計は、想定された作品コンセプトとインターフェイスの実装との間で明らかに不整合を来している。
  [ http://www.rosebleu.jp/blog/wp-content/uploads/2013/09/R1_014.jpg ]


  【 おわりに:PCゲームの実行環境 】
  パソコンのディスプレイは、00年代前半までながらく4:3比であったが、00年代半ば頃からワイド画面化が急速に進んだ。PCゲームにおけるワイド画面の採用も、最初に述べたとおり2005-06年に始まっており、その普及傾向もパソコン環境の変化とおおむね軌を一にしている。PCゲームは不可避的にその実行環境の変化によって(しばしば致命的に)影響を受けるメディアであり、ワイド画面化もその一例と考えることができる。しかし、PCゲームの表現を、ただ単に実行環境の変化に伴う受動的追従的な変化とのみ見做すことは、一面的に過ぎるであろう。変化をもたらした原因が外在的要因(のみ)に基づくのかそれとも内発的要因があるのか、また、外在的要因がきっかけであったとしてもそれが結果としていかなる新たな創造性を刺激することになったかを、個別作品に即して注視する必要がある。


  このブランド三題噺は、以前にも同じようなことを書いていたのだった。うぐぅ。
  PCゲームにおけるワイド化の目的と意義をめぐる小考